静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

≪ アメリカンドリームの放棄で自爆する米国民 ≫   ≪ 日中双方の 愚かで不毛な歴史歪曲合戦 ≫

2017-10-09 08:36:06 | 時評
◇ 朝日(風 ニューヨークから)アメリカンドリームは幻想か 沢村亙 http://digital.asahi.com/articles/DA3S13172604.html?rm=150
・ 〈疲れ果てた人、自由の空気を求めて身を寄せ合う民、哀れに拒まれた者たちを、私のもとによこしたまえ〉
  自由の女神像を、世界中から迫害や貧困を逃れた人々を迎え入れてきた寛容の象徴として書いた詩「新しき巨像」は、学校の暗唱ログイン前の続き教材にも取り上げられ、
  多くの米国人の胸に刻まれている。
・ ホワイトハウスの会見場でさる8月、この詩をめぐってちょっとした「論争」があった。
  教育水準や語学力、職能に応じて移民を受け入れる新制度案を説明していた高官に、CNN記者が詩の一節を引き、かみついた。
 「英語を話せる者とかコンピュータープログラマーとか、そこに書いていない」。高官は「女神像が象徴するのは米国の自由。あの詩は後で加えられたものだ」と反論した。
・ 豪州、カナダ、そして日本など、受け入れる外国人を学歴や能力などで選別する国が近年、増えている。「自国に役立つ人材を」という打算が透ける。だが、米国は長らくアメリカン
  ドリームを語り継いできた。英語ができなくても、学歴がなくても、努力すれば成功への道は開かれるという確信だ。
・ いま、その「夢」に至る道筋が目づまりを起こしている。富裕層はますます富み、中間層は没落の不安におびえる。米国が模範として振る舞う時代は終わった。他国と同じ
 「国益」優先でどこが悪い。その開き直りがトランプ時代の米国が移民選別へとかじを切る根底にある。
⇒ アメリカ合衆国の強さ/魅力の源は、移民の打算なき受け入れにみられる「寛容の象徴」に在った。それを国民が、そして其の国民の選んだ指導者自身が放棄しようとしている。 
  偏狭な一国主義とは寛容の放棄そのものだ。トランプを支持している人々も含め、一日も早く「寛容」の放棄が自滅への道であることに気づいて欲しい。

◆ 朝日(社説)中国の歴史観 政治利用の不毛な動き http://www.asahi.com/articles/DA3S13172438.html?ref=nmail_20171009mo
・ 日本と中国が全面戦争に突入した起点は今から80年前、1937年7月の盧溝橋事件である。中国では45年までの8年を抗日戦の期間とする見方がこれまで定着していた。
 ところが最近、習近平(シーチンピン)政権は31年9月18日に起きた満州事変・柳条湖事件を抗日戦の起点と唱えるようになった。
・ 当時の日中関係を14年戦争とだけ捉えると全体像を見落としがちだ。その間には関係改善を探り合った時期があり、全面衝突を避ける選択肢はあり得た。また当時の中国は
  内戦状態で、単純な日中対立の構図ではない。そもそも、共産党の抗日戦への貢献度は大きくない。それでもあえて抗日戦の期間を長くすることで、中国の戦後国際秩序形成への
  貢献と、共産党の主導ぶりを浸透させたいのだろう。← 「国共内戦に勝てたのは日本の侵攻のお蔭だよ」と高笑いしたのは毛沢東であったことを忘れまい。
・ 中国と違い、日本には言論や学問の自由がある。しかし、政治家が、いびつで不誠実な歴史認識を語る現実もある。 記憶の風化に伴い、戦前戦中の不名誉な史実を拒むような政治家の
  言動が続くのは、懸念すべき風潮だ。かつて国民に忠君愛国を植えつけ、戦時動員の下地をつくった教育勅語を肯定する政治家まで出ている。
 ⇒ 中国が日本の歴史歪曲や歴史認識の誤りを糾弾するのが<反省しないこと>への論詰ならば、中国自身の歴史教育は<正統性ねつ造>へのなりふり構わぬデッチあげだ。

〇 中国での歴史の政治利用と、日本の政治家による偏狭な歴史観の摩擦が、両国の互恵関係づくりの足かせになりかねない、と社説子の説くとおり<日中双方に続く歴史無視/ねつ造>は
  無窮動のように留まることを知らず、其の不毛な批判合戦は国交回復45周年を経る現在まで、何も生み出してこなかった。 言論/学問の自由有りと標榜するなら、日本側こそ、
  帝国主義/軍国主義に陥った国家主義の誤りを正面から認め、過去の美化を止めることで中国人民に共産党統治の誤りを気づかせるしかあるまい。
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