季節は流れ、再び祖母は伯父の家へと出掛けて行った。
そしていつもなら雪の家に戻ってくる時期になっても、祖母は帰って来なかった。
「おばあちゃん家に来ないの?どうして最近来ないの?」
「おばあちゃんはご病気だから、ずっと伯父ちゃんの家に居るのよ」
母に尋ねても父に尋ねても、答えは同じだった。
雪は口をへの字にして、しゅんと下を向く。
祖母といつ会えると誰も教えてくれないまま、再び日々は流れて行った。
「お義母さんが倒れたって‥!」「何だって?!もう一回電話してみろ!」
「車のキーはどこだ?!」
それは突然の出来事だった。
伯父から祖母が倒れたという知らせを受けた赤山家は、バタバタと支度をして病院へ向かう。
病院の廊下で、大人達は祖母の容態について話し合っていた。誰もが皆余裕の無い表情をしている。
心臓発作が‥前から入院させとけば‥でも本人が拒んで‥と子供には理解しがたい言葉が切れ切れに聞こえる。
雪はそんな大人達の姿を、蓮と並んで座りながらただ黙って見ていた。
何の説明も受けていない雪は、普段と違うその雰囲気をただ不思議に思うのみだ。
「ちょっと一服しに行くわ」「雪、ここで蓮と一緒に座ってなさい。何か食べるもの買ってくるわ」
大人達はそう言って、皆その場から席を外した。
雪は大人しく言いつけを守り、蓮と一緒に長椅子に座って待っている。
するとそこに、親戚のお姉さんがやって来た。
「雪」
お姉さんは雪に向かって、優しくこう提案する。
「おばあちゃんに会いに行こっか」
「うん!」
お姉さんは雪を抱え上げると、駆け足で病室へと向かった。
すれ違った看護師が、子連れの彼女を見て注意する。
「あら!子供は入室禁止ですよ!」
しかしお姉さんは止まらなかった。
彼女は雪を抱っこしたまま、祖母の居る病室に入室する。
その部屋は、何の音もしなかった。
幼い雪は初めて見るその光景に、なんとも言えない空気を感じ、目を見開く。
雪はお姉さんの首に回した手に、ぎゅっと力を入れた。
彼女は静かに寝台の波間を歩きながら、祖母のそれを見つけて雪に知らせる。
「あそこよ」
「おばあちゃん、雪が来ましたよ」
お姉さんは立ち止まり、寝台に寝ている祖母に声を掛けた。
雪はキャッとはしゃぎながら、おばあちゃんの方に身を乗り出す。
「雪のこと可愛がってたでしょう?」
雪は嬉しかった。
長い間会えていなかった、大好きなおばあちゃんにようやく会えるのだからー‥。
寝台を覗き込んだ雪の目に飛び込んで来たのは、
まるで同じ人とは思えない程やつれた、祖母の姿だった。
もう喋ることも出来ないのか、祖母は呻きともつかない低い声を出し、
震えながらその手を上げる。
骨ばって皺の寄ったその手が、
ゆっくりと雪の方へ近づいて来た。
それを見たお姉さんは、雪に向かってこう言った。
「おばあちゃん、雪の手を握りたいみたいね」
お姉さんは、青ざめた雪の手を取ると、祖母の手の方へと伸ばした。
雪はただ促されるまま、祖母と手を握らさせる。
骨ばった冷たく固い手が、雪の小さな手の上にのしかかる‥。
「うわああああっ!」
バッ、と思い切り手を振り払った。雪はパニックを起こし、叫びながら身を捩る。
「うわああ!うわあああっ!」
「雪?!突然どうしたの?!」
突然叫び出した雪にお姉さんが驚いていると、その騒ぎを聞いて看護師が駆けつけた。
「子供は入っちゃダメですよ!」
「い、行こう行こう」「うわああん!」「お静かに!」
二人が退室しても、いつまでも雪は泣いていた。
背中からせり上がってくる怖気を放出するように、雪は声を上げて泣き続ける。
怖い! 冷たくて! 固くて!
怖いよ‥!
そしてこれが、最期になった。
大好きだった祖母との、それが最後の記憶ー‥。
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<雪・幼少時>冷たい手 でした。
今回の記事は<臆病の虫>の後半部分を再び載せてます。あしからず‥。
大好きだったおばあちゃんが変わり果てた姿になり、その姿に恐怖を感じてしまった雪ちゃん。
その手を振り払ってしまったことが、拭えない傷になってしまいます。
次回<雪・幼少時>懺悔 です。
次回で雪の幼少期編終わります。
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このおばあちゃんとの関わりが雪の性格を形成する重要なキーになっていそうですが、どうストーリーに絡むのかとても楽しみです!
ここに繋がるんですね( ; ; )
この親戚のお姉さん、おばあちゃんを元気づけたかったんでしょうけど、もそっと雪に対して気遣いが欲しかったな…… てか、まずルールは守ろうぜ…
このお姉さんのルール無視加減には、小さい雪ちゃんに対する悪意まで感じてしまいました・・・。
かわいそうな雪ちゃん。「懺悔」を読んでますます・・・(T_T) どうすれば乗り越えられるのでしょう・・・(ToT)