青田先輩と一緒に取っている授業だが、今日の雪の隣は空席だった。
なぜかというと、四年生は皆卒業写真の撮影が入っているのだ。教室も所々空席が目立つ。
教授は「あのイケメンの子が居ないから寂しいわ」と言って、雪にプリントを渡す役目を任せた。
卒業写真撮影の建物の周りには、スーツ姿の四年生達で賑わっていた。
雪は携帯画面を見ながら、幾分の緊張を持て余す。
実は自分から青田先輩にメールを送るのは初めてだったのだ。
考えに考えて、とりあえずシンプルな文面を作成した。
先輩 プリントを渡したいのですがどこにいますか?”
するとすぐに返信が届いた。
学館の二階まで持って来てもらえると嬉しいな^^
雪は学館へと向かう。
学館といってもその建物は大きく、今日は人が多く集まっていることもあり、
雪は先輩の姿を探してしばし彷徨った。
すると通りがかった空き教室から、カシャッと携帯のシャッター音が聞こえ、
雪はそちらの方を見る。
振り返ると、青田先輩が自分に向けてカメラを構えているところだった。
「せ‥先輩?」
「‥あ」
先輩は撮影の順番まで結構あるから暇でさ‥と決まり悪そうに頭を掻いた。
二人の間をなんとも気まずい空気が流れる。
「学校でスーツ着ることなんて滅多にないだろ。記念にね‥」
恥ずかしいとこみられちゃったな、と先輩は照れていた。
雪は先輩が言っていることには共感出来るけれど、この人がこういうことをすることの違和感を、
訳もなく覚えてしまう。
「あ、そうだプリント。ありがとな!」
こんなに戸惑った彼は初めて見る。
でもその笑顔はなんとも爽やかで、雪はなんだかムズムズした。
自分があの顔なら確かに毎日自撮りしてるかも‥
こうして見るとやっぱりかっこいいかもしれない‥。
‥って何を考えてるんだ!赤山雪!
雪は再び自分を諌めた。あの笑顔に騙されてはいけない、と。
プリントを渡しながら、先輩はブログかなんかやってるんですか、と雪は尋ねた。
先輩は笑いながら否定する。
そんなに俺が自撮りしてるのが不思議だった?と。
「普段は写真なんて滅多に撮らないよ。
あんまり好きじゃないんだけど、たまに気が向いた時、撮ったりするんだ」
先輩は彼を見上げる雪を見て、その気持ちを語る。
「今、この瞬間は今しかないだろ?今しかない特別な瞬間を、メモしてあげるみたいにね」
「そうすることによって、意義を感じられるだろう?」
意義‥。
雪の心には、その”意義”という言葉が強く残った。
今日は”卒業写真を撮る日”ということで一枚撮ったと先輩は言う。
どこかにアップこそしないけれど、心の中のブログみたいなもんだとも。
とにもかくにも、もう話すネタも無くなってしまった。
雪はそそくさとこの場を去ろうとした。
すると、先輩は雪を呼び止め言う。
「ねぇ雪ちゃん、一緒に写真撮ろうよ」
「は‥はぃぃ?!」
雪は動揺した。この人はいきなり何を言い出すのだ‥。
しかし先輩は雪を手招きして、こっちにおいでと微笑んでいる。
その笑顔を前にしては断り切れず、雪は彼の隣りに並んだ。
私は写真写りが良くないと言う彼女に、先輩は気にすることないと笑う。
「雪ちゃんと撮りたかったんだ」
「‥‥‥‥」
雪は彼がなぜこんなことをするのか分からなかったし、幾分戸惑ってはいたが、彼の要求に応じた。
なぜならその言葉の裏に、腹黒いものを感じなかったから。
彼は「自撮りしてるの見つかっちゃったから、その口止め料な^^」と無邪気に冗談まで言っている。
雪は緊張の面持ちで、カメラの前に立った。
シャッターが切られる。
出来上がった写真を二人して覗き込んだ。
「ぎゃっ!!」
雪は写真の出来を見て取り乱した。
髪の毛はボサボサだし、目はラリッてるし、マヌケな顔してますよとテンパっている。
先輩は変なところは何もない、俺だって前髪で目が隠れてるでしょ?と言うと、雪に携帯を取られないよう高く掲げた。
(雪が「先輩の前髪はいつも屋根みたいじゃないですか」と言うと、彼は少しショックを受けた。
)
半泣きの雪に対して、先輩は誰にも見せないし自分が記念に取っておくだけだと言った。
「それに全然変じゃないよ!可愛いよ」
雪は赤面した。きっとからかっているだけだろうけど。
雪は街を歩きながら、やっぱり撮るんじゃなかったと後悔していた。
あれじゃあ芸能人と写メ撮った一般人みたいだ。
雪は恥ずかしさに悶絶した。
ふと、見覚えのあるショーウインドウの前を通りがかった。
「あっ!ブーツ!」
幸いあのブーツはまだ残っていた。
値段は張るが、これは雪に履かれる為に生まれてきたものと考えて、雪は店に入った。
レジまで進み、お金を出そうと財布を開けた時だった。
ふと、紙幣を取り出す手が止まる。
店員さんはもう箱詰めされたブーツを手に雪の支払いを待っていたが、
雪はお金を置いてきちゃったと言うと、そのまま店を出た。
雪は父親から貰ったお小遣いを封筒にしまうと、
それを本の間に挟んでページを閉じた。
布団に入って目を閉じると、父親の小言が鼓膜の内側に反響する。
父の後ろ姿は、暗く陰っていた。
女の子は高いお金を出してまで大学に通う必要は無いからな
またすぐ行かなくちゃならないんだよ 蓮のこともよろしく頼んだぞ
しかし振り向いた父は、その表情が窺えるほど明るく、頼もしく見えた。
お前は父さんに似て賢いからな 久しぶりに顔を見たんだ。お小遣いでもやらないとな
雪の脳裏に、続いて青田先輩が映った。
今しかない特別な瞬間を、メモしてあげるみたいにね。
そうすることによって、意義を感じられるだろう?
雪は誰に話すでも無く、心の中で呟いた。
すみません。
褒められてお小遣いをもらったのが久々過ぎて‥。
いや初めてで‥。
もったいなくてお金を使うことができませんでした。
意義?
それはよく分かりません。
けれど‥
それが何だって言うんだろう。
意義を付けるなら、ブーツを買って所有欲を得れば良かった。
意味を持たせるなら、通帳に入れて学費の足しにすれば良かった。
けれど雪が大切にしたかったのは、大事に仕舞っているのは、初めて貰った父親からの気持ちだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<その意義(2)>でした。
行動全てに意義や意味を持たせようとする先輩と、それが問題じゃないと思っている雪。
並んで映った写メでは二人の距離は近いですが、その価値観はやはり離れているように感じます。
次回は<憂鬱な環境>です。
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なぜかというと、四年生は皆卒業写真の撮影が入っているのだ。教室も所々空席が目立つ。
教授は「あのイケメンの子が居ないから寂しいわ」と言って、雪にプリントを渡す役目を任せた。
卒業写真撮影の建物の周りには、スーツ姿の四年生達で賑わっていた。
雪は携帯画面を見ながら、幾分の緊張を持て余す。
実は自分から青田先輩にメールを送るのは初めてだったのだ。
考えに考えて、とりあえずシンプルな文面を作成した。
先輩 プリントを渡したいのですがどこにいますか?”
するとすぐに返信が届いた。
学館の二階まで持って来てもらえると嬉しいな^^
雪は学館へと向かう。
学館といってもその建物は大きく、今日は人が多く集まっていることもあり、
雪は先輩の姿を探してしばし彷徨った。
すると通りがかった空き教室から、カシャッと携帯のシャッター音が聞こえ、
雪はそちらの方を見る。
振り返ると、青田先輩が自分に向けてカメラを構えているところだった。
「せ‥先輩?」
「‥あ」
先輩は撮影の順番まで結構あるから暇でさ‥と決まり悪そうに頭を掻いた。
二人の間をなんとも気まずい空気が流れる。
「学校でスーツ着ることなんて滅多にないだろ。記念にね‥」
恥ずかしいとこみられちゃったな、と先輩は照れていた。
雪は先輩が言っていることには共感出来るけれど、この人がこういうことをすることの違和感を、
訳もなく覚えてしまう。
「あ、そうだプリント。ありがとな!」
こんなに戸惑った彼は初めて見る。
でもその笑顔はなんとも爽やかで、雪はなんだかムズムズした。
自分があの顔なら確かに毎日自撮りしてるかも‥
こうして見るとやっぱりかっこいいかもしれない‥。
‥って何を考えてるんだ!赤山雪!
雪は再び自分を諌めた。あの笑顔に騙されてはいけない、と。
プリントを渡しながら、先輩はブログかなんかやってるんですか、と雪は尋ねた。
先輩は笑いながら否定する。
そんなに俺が自撮りしてるのが不思議だった?と。
「普段は写真なんて滅多に撮らないよ。
あんまり好きじゃないんだけど、たまに気が向いた時、撮ったりするんだ」
先輩は彼を見上げる雪を見て、その気持ちを語る。
「今、この瞬間は今しかないだろ?今しかない特別な瞬間を、メモしてあげるみたいにね」
「そうすることによって、意義を感じられるだろう?」
意義‥。
雪の心には、その”意義”という言葉が強く残った。
今日は”卒業写真を撮る日”ということで一枚撮ったと先輩は言う。
どこかにアップこそしないけれど、心の中のブログみたいなもんだとも。
とにもかくにも、もう話すネタも無くなってしまった。
雪はそそくさとこの場を去ろうとした。
すると、先輩は雪を呼び止め言う。
「ねぇ雪ちゃん、一緒に写真撮ろうよ」
「は‥はぃぃ?!」
雪は動揺した。この人はいきなり何を言い出すのだ‥。
しかし先輩は雪を手招きして、こっちにおいでと微笑んでいる。
その笑顔を前にしては断り切れず、雪は彼の隣りに並んだ。
私は写真写りが良くないと言う彼女に、先輩は気にすることないと笑う。
「雪ちゃんと撮りたかったんだ」
「‥‥‥‥」
雪は彼がなぜこんなことをするのか分からなかったし、幾分戸惑ってはいたが、彼の要求に応じた。
なぜならその言葉の裏に、腹黒いものを感じなかったから。
彼は「自撮りしてるの見つかっちゃったから、その口止め料な^^」と無邪気に冗談まで言っている。
雪は緊張の面持ちで、カメラの前に立った。
シャッターが切られる。
出来上がった写真を二人して覗き込んだ。
「ぎゃっ!!」
雪は写真の出来を見て取り乱した。
髪の毛はボサボサだし、目はラリッてるし、マヌケな顔してますよとテンパっている。
先輩は変なところは何もない、俺だって前髪で目が隠れてるでしょ?と言うと、雪に携帯を取られないよう高く掲げた。
(雪が「先輩の前髪はいつも屋根みたいじゃないですか」と言うと、彼は少しショックを受けた。
)
半泣きの雪に対して、先輩は誰にも見せないし自分が記念に取っておくだけだと言った。
「それに全然変じゃないよ!可愛いよ」
雪は赤面した。きっとからかっているだけだろうけど。
雪は街を歩きながら、やっぱり撮るんじゃなかったと後悔していた。
あれじゃあ芸能人と写メ撮った一般人みたいだ。
雪は恥ずかしさに悶絶した。
ふと、見覚えのあるショーウインドウの前を通りがかった。
「あっ!ブーツ!」
幸いあのブーツはまだ残っていた。
値段は張るが、これは雪に履かれる為に生まれてきたものと考えて、雪は店に入った。
レジまで進み、お金を出そうと財布を開けた時だった。
ふと、紙幣を取り出す手が止まる。
店員さんはもう箱詰めされたブーツを手に雪の支払いを待っていたが、
雪はお金を置いてきちゃったと言うと、そのまま店を出た。
雪は父親から貰ったお小遣いを封筒にしまうと、
それを本の間に挟んでページを閉じた。
布団に入って目を閉じると、父親の小言が鼓膜の内側に反響する。
父の後ろ姿は、暗く陰っていた。
女の子は高いお金を出してまで大学に通う必要は無いからな
またすぐ行かなくちゃならないんだよ 蓮のこともよろしく頼んだぞ
しかし振り向いた父は、その表情が窺えるほど明るく、頼もしく見えた。
お前は父さんに似て賢いからな 久しぶりに顔を見たんだ。お小遣いでもやらないとな
雪の脳裏に、続いて青田先輩が映った。
今しかない特別な瞬間を、メモしてあげるみたいにね。
そうすることによって、意義を感じられるだろう?
雪は誰に話すでも無く、心の中で呟いた。
すみません。
褒められてお小遣いをもらったのが久々過ぎて‥。
いや初めてで‥。
もったいなくてお金を使うことができませんでした。
意義?
それはよく分かりません。
けれど‥
それが何だって言うんだろう。
意義を付けるなら、ブーツを買って所有欲を得れば良かった。
意味を持たせるなら、通帳に入れて学費の足しにすれば良かった。
けれど雪が大切にしたかったのは、大事に仕舞っているのは、初めて貰った父親からの気持ちだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<その意義(2)>でした。
行動全てに意義や意味を持たせようとする先輩と、それが問題じゃないと思っている雪。
並んで映った写メでは二人の距離は近いですが、その価値観はやはり離れているように感じます。
次回は<憂鬱な環境>です。
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自撮り事件発覚!で先輩が言ってた言葉、それなりに意味を感じてたけど、雪ちゃんのその後のお父さんとの出来事にまで結びつけられなかった。
先輩の自撮りの面白さと、父さんへのもどかしさに気を取られて。
父親の愛を感じられないって、女の子は特に切ないと思う。娘にとって父親は、先々異性に対する判断基準の根本になると思うので。。
父から初めて貰ったお小遣いを使えずにいる雪ちゃん、いじらしいです。。涙
ちょびこさんのおっしゃる通り
Yukkanen さんの解釈ってすごいです。
チーズインザトラップ自体が深い内容ですが、それを深く読み解いてまとめてらっしゃるYukkanen さんは本当にすごいです。
私なんかいつもこちらで、話の本質を知ってるようなものです…。
先輩の前髪、屋根みたいと言われてたんですね…!笑
それで、あの表情!納得です。笑
深く読み解くとその分チートラの面白さも倍増です!これからも頑張ります!!
>ちょびこさん
自撮り事件‥。先輩の画像フォルダ見てみたいですよね。どんな”意義”が詰まってるんだろう。
父親の愛を感じられないの、切ないですね‥。だから雪は恋愛に対して積極的になれないんですかねぇ。うーんもどかしい。。
>りんごさん
先輩の前髪、屋根って‥って感じですね。
結構本家版と日本語版で違う訳になってるとこ多いので、そこ目ざとくツッコんでいきたいと思ってます。
「え?」って言う先輩に違和感ずーっとあったんですよ。前髪で目が隠れてるのが「先輩はいつもじゃないですか」って言われたとして、あの反応はヘンだなーってずっと思ってました。
先輩ご自分で仰ったんですかね、「前髪が屋根みたい」って。それを言うなら「スネ夫ヘアー」と言って欲しかった。いや、それもなんか違うか。笑
あの場面、大体は日本後版の訳そのままですが、
雪の「先輩は元からじゃないですか」だけ、「先輩の前髪は元々屋根みたいじゃないですか」って感じの訳ですね‥私の訳では。。
先輩のその前の台詞は「俺も目見えてないじゃない」って感じだと思いますので、屋根うんぬんは雪しか言ってません‥。
だからあんなショック受けてたのかな‥と思っています^^
しかしスネオヘアーっていいですね!先輩よく拗ねるし、ピッタリだ(笑)
髪型も性格もスネオ(笑)
って、コレ日本人の常識?であって万国共通なギャグにゃなりませんもんね。
関係ないですけど、アプリ『ボケて』って知ってますか?
ある画像に一言加えて笑わせる、テレビで言ったら『IPPON』みたいなのなんだけど、犬やら動物が出てくると、干支か桃太郎関連のギャグになりがちで、それがヤケに面白いという…でも多分日本人しか通じないであろう笑い。
ホント関係ない話でごめんくさい。苦笑
「ボケて」DLしてみました!
めっちゃ面白いですね~!ウケっぱなしでした。
確かに日本人にしか伝わらないもの多いですね、ごつすぎる桃太郎のお供とか干支の空きが出たから猛ダッシュしてる象とか‥ww
楽しませてもらいま~す♪
殿堂入りの、笑っぱなしです!
うっかり、見知らぬ人前でアプリ覗いてしまったその日には完全に不審者扱いされてしまいます。笑
チートラの良さが分かり合える私たちは、笑いのツボも同じなのでしょうか…(喜)
先輩の前髪、屋根みたいと言われてたんですね!それで後ほどカットする流れに...とても納得です!
あとツーショットが自撮りの口止め料ってほんとにイケメンに限るですよね。