☆☆ゆきのおと Yuki's Note ♪☆☆

☆名越(なごや)左源太時敏の玄孫が綴る日々のあれこれや家族の歴史. 
☆記事・写真などの複写・転載はご遠慮ください

気付けば「曲水の宴」の頃

2023-04-10 19:00:30 | 初めて読む方へ

 当ブログへ初めてご訪問の皆さま、また日頃からお読みくださっている皆さま、ありがとうございます 

 

きょう夕方のニュースを見ていたら、鹿児島市磯の仙巌園で「曲水の宴」が催されたとのこと。

父と見に行ったのは5年前のことでした。

仙巌園 曲水の宴 2018

 

さて、勝手ながらしばらくの間、コメント欄の書き込みを閉じさせて頂きたく、

よろしくお願い致します。

 カテゴリー欄も順序を入れ替えて少し見易くしてみました

(スマホでの表示はどうなのか確認していませんが‥‥

今後もお時間ある時には遊びにおいで下さいませ

 画像はいずれも2009年1月15日に撮ったものです 

 

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「ゆきのおと」は、飽く迄も個人的なブログです

2020-04-18 17:47:07 | 初めて読む方へ

 いつもお読み下さり、ありがとうございます。

 

さて、当ブログですが、タイトル通り、あくまでも個人的なブログです。

 

母が亡くなって数年後、以前から聞かされていた祖先のことを知りたくて、母が残してくれたメモ書きや書籍、戸籍や除籍謄本など家族の情報を頼りに、現在から祖父、曽祖父と辿って、知り得たことを記録に止めることで、県外に暮らす兄弟にも共有してもらえることを期待して書き始めたものです。

我が家は台湾から引き揚げて来た家族であり、

あちらではもしかすると祖父が持っていたかも知れませんが、家系図も残っておりませんし、

歴史に詳しいわけでも、ましてや専門的知識があるわけでもありません。

ご質問を頂いても分りかねることが多々あります。

コメント返しがない場合は、当方では分らないことであると、どうぞご承知おきください。

 

 2年前(2018年)にも『数年越しでのコメント返信』で書きましたが、再度、以下の通りお伝えいたします

 ご一読頂けると有難く存じます。

 

《 以下、再掲示 》

   ☆☆☆

これまでコメントを頂きながらも自分でも分からない事・捉えきれていない事については
コメント返しもせずに失礼とは思いつつもそのままにしておりました。

 

公開にしているコメントの他にも数通のコメントを頂いていましたが、何しろ当方の知識も乏しく、またお寄せいただいた内容についての確認も出来ない状態でしたので公表は控えさせて頂きました。

 

当方としては、私自身の祖父、曾祖父から遡ったことしか分からない上に、除籍謄本などは役所では曾祖父以降(昭和24年以降だったか?)の書類しか残っていないので、それ以前は辿れないそうでお手上げ状態のまま、それ以上はわかりません。
曾祖父の兄・名越時成さんについても、そのご子孫であり最初に我が家に曾祖父・轟について訪ねてこられた内村八紘氏から頂いたレポートからしか分かりませんので、今後ご質問頂いてもお答え出来ることは特にございませんので、ご了承ください。

 

カテゴリーの「初めて読む方へ」 もご覧下さると、お分り頂けるかと思います。

 2010年10月の『『墓標を縫って 南洲墓地にて』の作者、湯場崎末次郎様へ。』なども、先祖を辿る当時の活動が記録されています。自分で読み返しても懐かしいです。(※ 2020. 4.19 追記)

 2009年2月の『ブログに込めた想い-5(一部追記あり)』を読み返していたら、自分でも忘れていたこのブログを書く動機が記されていました。(※ 同上 同日追記)

 

以上、何卒ご了承いただきたく、今後とも当ブログを宜しくお願いいたします。

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ちょこっと補足・訂正など

2017-03-09 19:19:35 | 初めて読む方へ

振り返ってみると、このブログを始めて、今月で9年になります。

始めた頃はよくわからなかったことも、少しずつ理解でき、更に新たな情報等も入って来たりしているので、補足や訂正が必要な箇所がチラホラ目に付いていました。


最近はツイッターなどで遊んでいたので、先延ばしにしていましたが、
ようやくやるべき作業に取りかかることにしました。


まずは、2008年4月23日の「そもそもの始まりは」から。

そして、同年4月25日の「追いつけない。。」

以上2件、内容について少しだけ補足しました。


よろしければお読みください。

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あらためて当ブログのこと

2009-02-21 06:27:28 | 初めて読む方へ


こんにちは、ゆきです。

気がつけば、複数のブログを抱えて、さて、どうしたものかとしばし思案中でしたが、この辺であらためて各ブログの位置付けを再確認してみることにしました。


そこで、まずはmixiの次に始めたこのブログ、
「ゆきのおと Yuki's Note ♪」です。

去年の春分の日に始めて、特に去年の後半辺りからは日常の出来事なども書いてきましたが、これからは名越左源太や先祖のこと、それに歴史探訪のようなことに絞って、日記というよりは、趣味のホームページのような感じになるかと思います。

実際このブログを始める時にも、ホームページを作るよりは簡単だと思ったから書いてみる気になった訳ですし、日々のことは別のブログを使うことにします。

☆ご興味がおありの方はこちら→「ゆきのおと♪ Part 3」をご覧下さいね。最近作った「ゆきの時間」なんていうのもあります

       ☆☆☆

当ブログを始めたのはほんの気まぐれではあったのですが、
ブログのサブタイトル(ブログ説明)にも名前を記してあるように、
実を言えば、左源太のことも無関係ではありません。


左源太のこともブログに書こうと思った動機を率直に言うと、
「左源太についてもっと知って欲しい」という気持ちと
「ここにも左源太の子孫がいるのにな~」という想いと
もっと言えば、私のブログが
まだ会ったことのない左源太の子孫の方の目に触れるとしたら嬉しいな
というものでした。

 

そう思った切っ掛けはある新聞記事にありました。


以前切り抜きしてとっておいたもので、
2001年4月11日の南日本新聞朝刊に載った
「南島雑話 史料 名瀬に里帰り 名越左源太の子孫が寄贈」
という記事が目に留まったのです。


詳しくお話しすると長くなるので、それにまつわる経緯を次回から数回に渡って綴ってみようと思います。
ちょーーーっと長くなりますが、まぁ気楽に読んでくださいまし。
   


☆こちらから→「ブログに込めた想い-1」へどうぞ。


22:40 一部内容を校正し直しました~
☆画像は名越左源太が晩年暮らしたという
 鹿児島市の野屋敷跡入り口の案内表示
 画像拡大できないので見づらくてすみません。。

 

 

 2020. 4. 18 追記:投稿当時は「左源太の子孫の方の‥‥」と書きましたが、

今考えると、もっと限定的な気持ちがあったように思います。

「祖父・篤彦の兄弟の家系」と、あまり情報がなく未だよく分かっていない「左源太の二女・フデさんのご子孫」の方々、という気持ちが今も強くあります。

 

 

コメント (2)
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