はちみつと青い花 No.2

飛び去っていく毎日の記録。

伊藤比呂美著『道行きや』

2023年08月03日 | 
2023/08/03


伊藤比呂美さんの本は
実は初めて読みました。

名前は前から存じ上げていたけれど
「性と身体、のちには生殖を赤裸々に扱う詩人」
ということに
なんとなく敬遠してしまって。


今回『道行きや』を読んでみて
とてもおもしろかった。

私がひるんでしまった
「性と身体、のちには生殖」は
実は人が、ヒトだけでなく生物全般が
生きていくうえで最も重要なことのはず。

ほんとうは人の意識の大部分を占めていても
おかしくないことがら。

でも
そういうのは大っぴらにいうものではないとか
プライベートなことは秘密に
という道徳観に私が縛られていたと思ったのです。


ここまでは前置きです。

 

本書の内容紹介文から

〈カリフォルニアで夫を看取り、二十数年ぶりに日本へ愛犬と帰国。
“老婆の浦島”は、週の四日は熊本で犬と河原を歩き、植物を愛でる。
残りは早稲田大学で、魚類の卵のように大勢の若者と対話する。
移動の日々で財布を忘れ、メガネをなくし、鍵をなくし、犬もなくしかけた……思えば家族を、あらゆるものを失って、ここに辿り着いたのだった。過ぎ去りし日を嚙みしめ、果てなき漂泊人生を綴る。〉


「鰻と犬」の章で
財布をなくし、メガネをなくし
鍵をなくし、犬もなくしかけた・・・とあって
なんてあわてものの人だろうと
(自分のことは棚に上げて)
こういう人と付き合うのは大変だと
思ったりしたのです。


が、読み進めるうちに
自分を殊更よく見せようとか
あるいは自虐でもなく
感性に従って行動する人であり
帰国後の生活の変化に対する不慣れや当惑
あるいは老いの影もあったのか。

ありのままをオープンに記す人なのだと
感じられたのでした。


特におもしろく感じたのは
早稲田で学生に教え始めたことについて。

「早稲田で、教師として向かい合う学生たちの
想像を絶する多さと一人一人の面倒くささ、
その面倒くささは、今まで出会ったことのないものだった」
(p.32)

「わたしは、家族を失って、ここにたどり着いたのだ。
そしたら今、いきなりこんなに、家族みたいに
世話をしなくちゃならない人たちができて、
失ったものが戻ってきたような気さえする。
哺乳類の母親として、子どもを育てるのには慣れていたが、
何百もいる。これじゃあ魚類の卵の数である」(p.34)


しばらくして彼女は「小説演習」を
教えることがつらくなる。

「自分でも迷走しているとわかっていた」

それまで一度も大学で教えたことはなく
どうやって教えていいかわからない。

リアクションペーパーに
ひどいことを書かれて落ち込んだ。

「今どきは、教務課から、学生の誰それは
発達障害だから配慮してくださいと連絡が来る。
それなのに学生は、教員の発達障害に対して
ただただ批判を繰り返す。
これが芸風と思って生きて来たけど、もう限界だ。」(p.46)


ペーパーだと学生は辛辣になる。
まるでSNSに書くように。

こういう言葉を一対一で面と向かったら
言えるだろうか…。


「学生のレポートを採点するのだが270人分あるのだった。
学籍簿は女も男も学年もごっちゃであり
あいうえお順かというとそうでもなく
そもそも名前を見ても女も男もないようで、
読み方もわからぬ名前がならんでおり、
集めたレポートは順不同で…」(p.48)

と、まあこんな具合。

それでも彼女はいろいろ対処する術を見つけ
(このあたりは本書を読んでいただきたい)
秋学期からは
「文学とジェンダー」クラスで本領を発揮しだす。

彼女はきっと姉御肌で面倒見がよく
行動的な人なのだろうと感じます。


海外生活、国際結婚の大変さも
身につまされました。

ところどころに
自然から受け取るスピリチュアルな感じも
詩人らしい。


なお、題名の「道行き」とは
解説のブレイディみかこさんによると
〈一般に「道を行くこと」または「旅をすること」を意味する言葉だが、浄瑠璃や歌舞伎の世界では、惚れ合った男女が駆け落ちをしたり、情死行したりする場面を指す。〉とあります。

ある種のなまめかしさを感じる言葉のようです。

この「道行き」の連れは誰なのだろうかと
考えたときに「言葉ではないのか」と
ブレイディみかこさんは推測しています。


人生でその時々に出会った人々
縁あって寄り添って幾年かを過ごした人々
(犬も含めて)
それらすべての人々と歩いた道(時間)が
「道行き」なのではと私は感じられたのですが。






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