日々の泡

日々の事、ヨガや空手、チベットの事など、、、 いきばたブログ。

せいせきNO.1

2014-01-11 | チベット
東京のとある町の新聞配達所で発行している『せいせきNO.1』
そこにダライ・ラマ法王の事が載っているという事で、実家からわざわざ送ってきてくれました。




「来日した非暴力の法王」    桃井和馬

昨年11月、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ法王が来日されました。
絶対の非暴力を提唱し、ノーベル平和賞受賞でもあるダライ・ラマ法王が現在住んでおられるのは、インド北部ヒマラヤに位置するダラムサラという町。
そこにチベットの亡命政府が置かれているのです。

 今回来日した主な目的は、宗教者として科学者と対話するため。
そして宗教を越えて異なる宗教者同士が対話する会を主催、また招待されたいくつもの学校で若者との対話も続けられました。

 私が出席したのは「科学者との対話」とシンポジウムで、司会はニュース解説で有名な池上彰さん。
昨年も同様の企画があったのですが、2年続けて同じ企画が用意された背景は、一見すると宗教と対極にある「科学」が理解し合い、
認め合うことの大切さを法王が強く感じているからだそうです。
その一例として、相対性理論を発見したアインシュタインの次の言葉が紹介されました。
「宗教無き科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目である」。

 数人の日本人科学者がプレゼンテーションを行った後、法王と科学者の対話が始まりました。
日本人科学者たちは、ノーベル平和賞受賞も受賞された仏教指導者を前に、「仏教がいかに優れた宗教であるのか」を繰り返しました。
興味深かったのは、そうした言葉に法王がニコニコするばかりで「まともに答えない」ことでした。

 科学者といっても人の子。世界的に絶大な人気がある法王を前にすると、どうしても「ゴマすり」状態になってしまったのでしょう。
それを見透かした法王は、何度も笑顔を浮かべながら、話しを変えたのです。
氏の態度はまるで、『そうしたことが聞きたいのではありません。
本質的なところで理解し合いたいのです』と言われているようでした。

 人間の世界ではどうしても、仲良くなる場面と、憎しみが生まれる場面があります。
科学者たちは、ダライ・ラマ法王と「仲良く」なりたかったのでしょう。
けれども相手が聞きたいことを話すのが、本当の意味で仲良くなる方法ではありません。
対等に、心の底からお互いがお互いを認め、必要な、不可欠な存在であると認識することで、本当の和解が生まれるのです。
反対に、ゴマすりで仲良くなったとしても、その気持ちは些細なことで簡単に「憎しみ」へと姿を変えてしまうはず。

 だからでしょう。法王が科学者を前に繰り返したのは次のような言葉でした。

「意見が違う人、嫌いな人、また自分のことを苦しめる人こそ、私には必要なのです。
そういう人を前にすると、私自身、仏教で一番大切な教えである慈愛の心を忘れそうになる。
その時こそ修行ができるわけです。
私自身、今も修行者ですが、修行を進める上でもだから、嫌いな人、意見が違う人、また自分を苦しめる人が必要なのです」

 科学という対極にある存在と和解ができたのなら、それは、異なる民族や宗教の間でも和解ができる。
それが法王の確信で、願いなのです。

 1959年以来、法王は生まれた場所に帰ることができていません。
そして法王が来日しても日本のメディアで取り上げられない理由は、そのことに関係しています。

 異なる者がどのようにして手をつなぐのか。
「違い」を元に敵対するのではなく、理解すること、和解すること。
その大切さをダライ・ラマ法王は伝えてくれているようです。







相方がタイに買い付けに行っているので、料理もしています。
まぁ、本当に簡単なものばかりですが。

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