昨日より今日を!今日より明日を! 夢と希望がある限り命輝かせて生きていこう!

「夢を描こう!」「 夢を語ろう!」 「夢を形にしよう!」 楽しもう76歳を!

新藤兼人さんと原爆の子。

2012-05-31 21:58:09 | ひとりごと
現役の映画監督で最年長だった新藤兼人さんが昨日
亡くなられた
ちょうど100歳、いかにも映画監督らしい幕引き
だと思った

郷里が同じ広島県ということもあって新藤監督には
特別の関心があった

いま思えば、あの映画が最後の作品になったと思う
「一枚のハガキ」を見たいと思いながら映画館まで
足を運ばないままになってしまったことを悔む

しかし社会派の新藤監督といえば、なんといっても
あの「原爆の子」は忘れられない

まだ小学生だったが、確か学校に巡回してきた映画
を講堂で見たことを記憶している

その映画で先生役をしていたのが乙羽信子さんだった
後に乙羽さんが後に新藤監督の夫人になったのだから
「原爆の子」は監督にとっても特別な作品だったに
違いない

見ることができたら「原爆の子」見てみたいたい!

          ご冥福をお祈りいたします。


(産経新聞 24.5.31)

幸福行きの夢列車。

2012-05-30 22:18:23 | 交流
日本全国のうまいものを集めた店を開業する夢をもって
3年をかけおいしいもの探しの旅を続けているSさんが
幸せのおすそ分けに写真を送ってきた

営業の途中で立ち寄って撮ったとメールに書いてあった
遠く北海道の幸福駅の写真だ
どんな気持ちでこの写真を撮ったのだろうか?



安定した専門商社の幹部から夢の実現を目指して脱サラ
をして2年、いまは開業前の営業で全国を回っているが
その営業の旅の記録は逐次見せてくれているので今日は
どこで、何をしたか、誰に会ったか、がよくわかる

観光や遊びなどまったくないハードな行程で日本国中を
夢の実現に賭けて旅する情熱と凄まじさはすごいの一言
他に探す言葉が見当たらない

知名度のある会社の名刺があれば会ってもらえるだろう
知りたい情報も公開してもらえるだろう
ただの個人になってはそうはいかない
素姓のわからない者を相手にするはずがない
苦労の枕を友にして全国行脚を続けているに違いない

会社を飛び出しここまで生きてきた自分にはわかる
安定を捨て夢に賭けチャレンジする人には応援をしたい
簡単にできることではないのだから

多分、来年には開業するはずだから残された1年で
どこまで具体化するのか興味はつきない
それにしてもよく体が続くものだとタフさにも驚く

Sさんのことを思うと自分の生きてきた甘さに気づく
PC相手にことば遊びで留まっている自分が恥ずかしい!
人のことを感心している場合ではないぞ!

仕事場から今日の新幹線と夕日

下山もまた楽しい。

2012-05-29 23:32:45 | 輝いて生きる
昨日のブログを見た後輩が心配してメールをくれた

”元気な○○さんらしくないブログで心配しています
 体調でも悪いんですか?”

えっ?

心配されるようなことは書いていないはずだが?
改めて昨日のブログを読んでみた

なるほど!
そう思われても仕方がない

ちょっと弱気の虫が出ているようで
歯切れが悪い!
自分でもそう思う!

決してそんなつもりはなかったが
ブログの流れからそうなったのかもしれない
いずれにしても、らしくないブログだった!

夜遅く書くとどうしても振り返りになるので
ややもすれば反省心から消極的な感情表現になる

昨日もついそんなことから書いたのだと思うので
気にしないでほしいと返信をしておいた
今夜もこのブログを待ってくれていると思う


誰でも必ず年齢とともに体力は衰えるもの
そして、徐々にすすむ老化は阻止できない
みんなが通る自然な道であること

自分もその道をすすんでいる
その現実をひとつひとつうまく受け入れながら
つきあっていくことが上手な生き方だと思う

72歳という年齢は人生の下り道なのだから
同じ下り道なら楽しく下って行きたい
それが自分のこれからの生き方になればよい

前に触れたことがある五木寛之さんの近著
「下山の思想」にヒントが沢山書かれている。



残りの人生はマイペース。

2012-05-28 23:11:13 | ひとりごと
旧東海道五十三次を歩き始めたHさんが昨日、旧大津宿
から旧石部宿まで楽しく完歩したというブログを見せて
もらった

自分が歩いた記録を元にして歩かれているのだがそれに
してもあの道を余裕綽綽で歩いた様子に驚いている

なにしろ自分より2歳も年上のHさん
自分が歩いて時とは7つも年長だからびっくりする

歩く前に細かなところまで資料に作成した上でコースの
イメージができるように繰り返して頭に叩き込んでから
歩いているそうだから現地で困ることは少ないはず

同じことをやっても結果は事前の準備が大きく左右する
決してやさしいコースではないのに余裕をもって完歩が
できたのはその成果に違いないと思う

自分の年齢になってくると無駄にエネルギーを浪費する
ことは体力のみならず精神力にも大きな打撃を与える

適当にとか
なんとかなるとか
気楽にとか

よくいうが、順調な時はまだしも、ひとつ歯車が狂って
しまうともとに戻すのには大変なエネルギーを要する

たぶん、Hさんには、そういうことは禁句で、用心深く
無駄な動きをしないように、事前にきちんと準備をして
歩いているのだと思う


昨日も例会で若い人とウォーキングをして同じペースで
歩き続けるとオーバーペースになってしまうと思った
エネルギーも相当量を消費することになってしまう

それに一緒に歩くことができても回復力が違うから
蓄積された疲れがやがて体力を消耗してしまう

若い時のようにはいかない
若い人のようにはいかない

それを頑張りすぎることで
同じようにしようとすると
心身を痛めてしまうことになる

もう人生はマイペースがいい
心身に余裕と余力を残して
事に当たることが大切な年齢になっている

休日の半分は休養日くらいがいい
あいた時間は次のことの準備に使えばいい
縛ってしまうと自分から飛び出せなくなる

Hさんやウォーキング仲間から気づかされた。

(前日のウォーキング例会のブログは写真を挿入して
タイトルも「ウォーキング例会・赤穂を訪ねて」に
大幅に修正をした)

ウォーキング例会・赤穂を訪ねて。

2012-05-27 23:49:26 | 輝いて生きる
お世話をしているウォーキング倶楽部の5月例会を忠臣蔵の
ふるさと、赤穂浪士で知られる兵庫県西の赤穂市で開催した

新大阪を8時25分の新快速で姫路へ、赤穂線に乗り換えて
終点のJR播州赤穂に着いたのが10時10分

京都、大阪、神戸から参加した11名のメンバーが集合場所
の駅改札前に顔をそろえた
急に来られなくなった3人にはブログで報告をしてあげたい


改札前にはこんな力強い絵と文字が掛けてあり背筋がのびる
ここは赤穂四十七義士のふるさと播州赤穂!
今日は11人でその歴史と伝統の塩の町を歩いてめぐる!




駅前に出ると空は五月晴れ、絶好のウォーキング日和で空気
もいい、駅前広場で担当の播州3人組から資料の配布と説明
があった、忙しいのに下見までして準備をしてくれて感謝!


ストレッチの後、最初の訪問地の赤穂城跡に向けてスタート
駅前から直線で伸びるお城通りを足取り軽くどんどん行く!


道の両側に四十七義士が詠んだ詩が掘られた碑が並んでいる


途中、息継ぎ井戸へ寄った
変わった名前の井戸やな?

江戸城であった浅野長矩の刃傷事件を知らせるために浪士の
早水藤左衛門と萱野三平が早駕籠を飛ばしてたった4昼夜半
で城下に入り、この井戸水で一息ついたという井戸だそうだ


となりにあるからくり時計
高さが4mで午前9時から午後8時までの毎正時に太鼓の音と
ともに時計台の下の扉が開きいてからくり人形による忠臣蔵の
一幕が繰り広げられるそうだ
帰り道によってその瞬間を見たい!


整備されて城下町の雰囲気が漂うお城通りをどんどんすすむ


まもなく赤穂のシンボルの赤穂城跡へ到着した
浅野長直が慶安元年(1648)に築いた海城で国の指定史跡

赤穂城大手隅櫓




大手門前


場内をぐるり急ぎ足で見学ウォークする、観光客が多い
ここは大石義雄宅跡長屋門、屋敷は308畳あった、広い!
この長屋門だけ焼失を免れ江戸期の建築物として国指定史跡


刃傷事件を知らせるため早水藤左衛門と萱野三平が叩いた門


次いで浅野家の家老の藤井又左衛門と大石蔵助の屋敷跡に
四十七義士を祀る神社として大正元年に創建された大石神社
に向かった、ここにも大勢の人が訪れていた


大石神社の本堂


大願成就の御利益があるといい全国から参拝客が絶えない


義士宝物殿にはゆかりの資料が展示してあるらしいがパス


大石義雄内蔵助像の前で、えぃつ!


赤穂城本丸門


本丸庭園は広い、まだ、発掘調査が続いているらしい
石垣の残る天守台跡


城跡を出てかんかん照りの道を一路海浜公園を目指して歩く
静かできれいな街並み、目に映る緑が多くて歩く環境として
申し分ない

千草川にかかるちぐさ橋に着いた


橋上から上流に広がる景観、流れもきれいだ
下流はすぐ瀬戸内の播磨灘に流れている


ちぐさ橋を渡り海辺の道をウォークが続く
今日はMさん以外のベテラン女性会員がいなくて静かだ!

ウォーク中は、できるだけ若手や新人さんと会話ウォーク
をすることにしている
世代の違う人から学べるチャンスにしたいし
メンバーひとり一人のことも理解してあげたい
そして
その人に何を与えてあげることができるかが
自分の役割だと思っている

この倶楽部に入ってよかった!
あの人に出会えてよかった!

と言ってもらうことがささやかな願いでもある

やがて広大な赤穂海浜公園に着いた




海洋科学館の「塩の国」で塩づくり体験が組まれているので




さっそく塩づくりにチャレンジ! しっかりかき混ぜて


いい塩ができた
チームに分かれて体験、わがチームが一番上質だな!


この真剣な顔、交代で混ぜる、ここが一番!


ここはあかんわ!


ここもあかん!


作った塩をもって記念撮影、今日のお土産はこの塩だ!


釜焚きの実演


昔なつかしい塩田風景が広がっていた


わが家でも戦時中、戦後には、自宅で塩をつくっていた
祖父や母や兄は海からバケツで塩水を運んでブリキ製の
長方形の大きな容器に入れ下から塩になるまで焚き続ける
子供の自分は松林から落ち葉を拾ってくるのが仕事だった

公園内の日陰を探して昼食
ゆで卵をメンバーからもらって作った塩をふりかけ食べた
うん、なかなかおいしい!

午後は瀬戸内の海岸線をぐるり岬回りする絶景コースを行く
穏やかな瀬戸内海の景観が続く海岸を健脚を競うように歩く

伊和都比売神社本殿から鳥居の向こうに瀬戸内海播磨灘が
広がる、かすみの向こうにかすかに小豆島が見える


ここは縁結びでも有名らしい


大石名残の松(碑の説明)
血涙を呑んで赤穂開城を終えた大石内蔵助は元禄14年(1701)
6月半ば妻子をこの港より海路遠く大坂表に送り出し
自らは6月25日 其の後を追って山科に向かった
其の時 御崎の厳頭に立つ老松を見送りつつ名残を惜しんだ
と伝えられている
人びとはこれを「名残の松」と言い伝えているが今は枯れ
幹に儚く昔の語り種を残す




小さなボートでのんびりと釣りをしているのも波静かな
瀬戸内海だから楽しめること


Hちゃんと海に入ったのはいつか、という話になったが
思い出せないくらい昔のこと、足だけでも入れてみたい


瀬戸内育ちの自分には塩の香が漂う海岸ウォークはふるさとに
戻ったような気がしてなつかしかった

コースもいよいよ終盤に入り海岸から御崎展望台をめざして
急な坂道を一気に上っていく
これはきつかったが若い人になんとかついて遅れず上った


この赤穂御崎の夕日は、日本夕日百選に選ばれているそうだ
春には5000本の桜が咲きそろうという


ここにも大石義雄、内蔵助の像が建っていた


今度は赤穂の町を目指してどんどん下っていく
この光景が一番好きでみんなの健脚がたのもしい


自分の役はアンカー役と心得ている
後ろから来る車や自転車の注意
脚に疲れがきているメンバーはいないか注意


第一集団、第二集団が千草川にそってずっと前を行く
ここは自由ウォーク、各人の歩きでのびのび歩く


お城通りに戻りからくり時計に行ったらちょうど16時で
時間を知らせるからくり時計の扉が開いた!


松の廊下事件など、約3分程の忠臣蔵が繰り広げられた!


見てる、撮ってるおじさんメンバー


JR赤穂駅にゴールしたら16時20分になっていた
時間待ちの間をJR駅舎内にあるコーヒーショップで
ミーティングとした

夏を思わせるような炎天下を歩いて約24,000歩
コースは健脚向きでのびのびと歩けるのがすばらしい
播州地区のメンバー3人が企画運営してくれ一味違った
小旅行気分の例会を楽しむことができた


来月は女性コンビの企画による京都コース、今から楽しみ!

人生の夢リスト(3)フルマラソンを走る!

2012-05-26 22:20:35 | 人生の夢リスト



昨夜、いつものナイトウォーキング&ランニングにでかけて
一周がおよそ400mほどある広場の外周を走っていたら
後から来た人にあっさりと抜かれて一周を走る間に二度も
追い抜かれてしまった!

かすかな灯りだけなので何歳くらいなのかはわからないが
多分中年の男性だったと思う

前を走っていた女性の姿もあっという間に暗がりに消えて
いってしまった
いまの自分の走力はそんなものだから気にもならない
ここはマイペース!

半年前まではナイトウォーキングでさっそうと歩いていた
コースだからいまもそのまま歩けばいいのに

”なんで、そんなに、しんどいランニングをするの?”
と自分に聞きたくなる

答えは ”苦しいのが楽しいから!”

別に格好をつけているのではない
早く走ろうとしないから逆に走りたくなる?

その心理が自分にもわからない
足に聞いてほしいくらいだ

とにかく歩いていると走りだしたくなるんだから
止めるわけにはいかん!

ウォーキングが日常生活そのものの中に組み込まれたので
意識の外にいったのかもしれない

大阪マラソンと神戸マラソンのエントリー数が発表された
11月25日の同一日開催なのにエントリー数がすごい

(大阪マラソン)

◆エントリー数最終結果
 エントリー総数  155,482名

  内訳
【マラソン 145,254名】
  定員は 28,000名

【チャレンジラン 10,228名】
  定員は 2,000名

 (神戸マラソン)

◆エントリー数最終結果
 エントリー総数 83,599人

  内訳
【マラソン 75,173人】

【クォーター 8,426人】


とにかく大変なエントリー数だ
ウォーキング大会でもこんなエントリー数はとても望めない
これを見てもランニングブームのすさまじさがわかる

参加者は6月の抽選によって決まるのでまだわからないが
自分は大阪マラソンのチャレンジコース(8.8㎞)に申し込み
これでも5倍余の競争率だ

スロージョギングレベルにいる自分の現状からフルマラソンなど
夢のまた夢のもうひとつ夢だが・・・
それでも走っているという意識がどこかにあって楽しい

先々週、東京で息子の結婚相手の両親と会ったら母親の方が
ホノルルマラソンを走ったと聞いた、えっ?あの歳で!

ジムの人たちにもフルマラソンを走っている人が結構いる
そこにいても自分がフルマラソンを走るイメージはわかない
まだ遠い存在なのだろうと思う

しかし、もし走れたら、すごいこと、可能性がゼロではない
だから、どこかに走ってみたいという夢がないわけではない

3㎞も満足に走れないのに雲をつかむような話かもしれないが
人生の夢リストに「フルマラソン完走」を入れたくなった!

たまたま書店で作家・江上剛さんの新刊書が目についたので
買って一気に読んでみた

  「55歳からのフルマラソン」 新潮新書の新刊



江上剛さんといえば元はみずほ銀行の銀行マン
独立して作家になり、日本振興銀行の経営破綻の後始末社長
となって大変苦労をされたことでも知られている

その江上さんがふとしたことから走りだして数カ月で85㎏の
体重を70㎏まで落としたマラソンとの出会いが書かれている
走り始めたのが2010年5月というから2年前のことだ

すでに東京マラソンはじめいくつかのマラソンも走っている
55歳でマラソンを始めた江上剛さんからも物事を始めるのに
遅すぎることはない!と教えられる

メタボだ!メタボだと騒いでいる暇があったら走ってみろ!と
いわれているような気がして勇気がわく書でもある

江上剛さんには立派な友人コーチとランニング仲間に恵まれて
いることもあるが、走るか走らないかは本人が決めること

お世話をしているウォーキング倶楽部でも自分に刺激を受けて
ランニングを始めているメンバーが二人いる
その二人にも走ってよかった!といってもらえるようにしたい!



ここに

「人生の夢リスト(3)フルマラソンを走る」

を宣言する。


またやった、大ドジ!

2012-05-25 21:50:18 | ひとりごと
朝からドジなことをしてすっきりしない一日だった
黙っておればいいものを恥を忍んで告白したい
ドジ話を楽しみにしている人がいるのでお応えして!?

朝、最寄駅の地下街にあるコーヒーショップへ寄って
頼まれた書類の点検をコーヒーを飲みながら済ませ
席を立つ前にジャケットのポケットに手を入れた

あれ?
財布がない

おかしい
どこに行った?

かばんの中まで捜したが
やっぱりない

よーく考えてみると

昨日、仕事場から帰る時に財布を入れたジャケットから
別のジャケットに着替えて自宅へ戻ってきた

今日はそのジャケットなので財布がないのは当たり前
それは間違いないので落としたわけではない

ここまでは納得
となると代金はどうする?

こういう緊急の時のため定期入れに埋蔵金を入れている
金額は1000円、使わないようにたたんでしまっている

その埋蔵金を活用しようと定期入れから出そうとしたら
これもない、おかしい?

よーく考えてみると

先日、切手を買うのに小銭がなくて使ったまま補充せず
ということで支払うお金がないことがわかった

最後の手、家に電話を入れて財務大臣に持参願うしかない
こんなことで呼び出すのは格好悪いが仕方がないので
かばんからスマホを取り出そうとしたら

あれ?
スマホもない
なんでや?

よーく考えてみなくても

今朝、自宅で使ったので忘れてきたということ
さあ、どうする?
まあ、落ち着け!と言い聞かせてもお金は出てこない

家に取りに戻ればいいのだが
財布はないので借用しないといけない
まさか家内に事情を話すのも・・・どうも

ということで腹をくくった
こうなったら自首する以外ない
問題は自首の仕方や

よーく考えてみた

旧式の頭だからいい知恵が出てこない
いつも携帯しているノートを破って
借用書を書くことにした

店の顔なじみの女の子にわけを話して
なんとかことはすんだが
近くのお客には聞こえている

まわりを見ないで
振り向かないで
逃げるように店を出て電車に乗った

慌てていたのか向かいの席のおばちゃんがこちらをみてる
なんや疑われているみたいで落ち着かなかった

仕事場に来て昨日のジャケットを確認したら
あった!

”ほんまに懲りないドジさん、しっかりしてや!”
と財布にいわれているようで情けなかった

これが、もし、食事でもした後だったら・・・
と思うとぞっとした!

ここまで書くと、腹をかかえて笑っている
○○さんと××さんの顔が浮かんできた
明日はきついコメントがあるかもしれない

明日は、借用した代金の返済?に行かないといけない
そして借用書を返してもらわないと!

どんな顔して行こうか
今夜は眠れそうにない・・・
まさか

今日はこのへんで!

マイ・ランニングコースに女性が!

2012-05-24 23:16:49 | 輝いて生きる
昨夜は11時過ぎ、ナイトウォーキングにでかけた
自宅に帰ると玄関にウォーキングシューズと今年から
ランニングシューズが仲間入りして待ち構えている



すぐ着替えて、どっちかのシューズを履いて出かける
のがいつものパターンで週のうち半分はそうしている

最近はランニングシューズばかりでウォークシューズ
は淋しがっているだろうが、ウォーク&ランニングには
どちらも使えるランニングシューズのほうにする!

この時期の夜は気候的にウォークにもランニングにも
最適で遅い時間帯でもランニングしている人が目立つ

いつもの公園の入口には噴水を真ん中に広場があって
噴水の周囲が50メートルほどの円になっている

そこをぐるりスローランニングするのがいつものこと
昨夜もそこに行ってみると若い女性が同じようにぐる
ぐると走っているではないか!

おれ様のコースを勝手に走ってる!

と思ったが、そんなことは言えない
男性なら間をあけて走ることもできるが
女性の後ろを走ったら、つけているように思われて
とんでもないことになる!ので近づけない

離れた場所からしばらく見ていたが一向にやめそうに
ないのてあきらめて別の場所へ移動して軽く走った

ベンチを利用して腹筋、軽く100m走とウォーキング

帰りに噴水コースに寄ってみたら女性の姿がなかったので
5周ほど走って汗臭い匂いを残しておいた、汚い!?

ワン公ならおしっこして縄張りの印をしておくのだろうが
自分にはそういう芸当はないのでせいぜい汗の匂いを!

それにしてもあの時間に若い女性が公園を走っている
ことが不思議ではないほど女性の運動熱はすごい!
ランニングブームは女性が火をつけたような気がする

今日は午後4時半過ぎにフィトネスクラブに行ったが
ここにも若い女性が増えて熱心に筋トレをやっている
ダイエットなど必要なさそうな人達だと思うがなぜ?

会社帰りに気楽に寄れるフィツネスクラブは若い人に
格好のトレーニング場所になっているのだろと思う

6時前になると若い人が次々とやってきて前の時間帯の
中高年中心の雰囲気が一変する

フィツトネスクラブには、運動不足や体力増強に必要な
プログラムがほとんどがそろっていて専門コーチもいる
その人(目的)にあったプログラムが組める
マイペースで無理なく自由にできる
数字で変化が明確に出てくる

そういう意味でフィットネスクラブは利用価値がある
お金はかかるがバランスのとれたトレーニングが選択
できるので特に時間のない人にはいいと思う

歩く、走るが一つのマシンでできるのも人気の秘密で
それを主体にやっている人もいる

次々と新しいメニューが張り出されているのを見ると
やりたいことがたくさんあるが、少しずつ少しずつと
言い聞かせてエネルギーを温存しておくことも大切だ

今日はウォーキングと久しぶりランニングをやったが、
汗をかくとやっぱり気持ちがいい!

体重はこのひと月、変動しなくて安定してきた。

「やせている」と言われたら。

2012-05-23 22:35:17 | 健康
昨日のブログで買物にいった先の店員さんに言われた
”やせているのでSで大丈夫です”ということばに嫌な
気分になったことを書いた

やせ=細い=弱々しいと否定的に言われたような気がした
からだと思うが
もし、女性がそう言われたらどうとるだろうか?と思った

と書いたらさっそく男女二人からコメントをもらった


まず、女性のSさん(東京)

デブの私から言いますと「痩せていますね。」は
「良い体型ですね。」という意味に思えます。
 (注・決してSさんはデブではありません)

痩せている人にとっては嫌な言い方に聞こえていたんですね。


そして男性のYさんからはメールがきた(札幌)

・・・「やせていますね」は誉め言葉で、言われて嬉しく、
言ってあげると喜ばれます。

やせているのは自己管理がきちんと出来ていると言う事に
つながる感じです。
あくまでも健康的な人に対してですが。

でも今回は言葉の感じ方は人それぞれと言う事で勉強に
なりました。

二人のコメントに腹をかかえて笑った!
(いや、すみません、大親友だからついつい)

ここまで正反対とは・・・・
しかも、偶然だが、この二人は、現札幌人と間もなく札幌人で
ブログ立ち上げから熱心なサポーター、でも二人に関係はない

熊さんの北海道だからではないだろうが、もしかして、これが
一般的なのかもしれないと

ダイエット志向の強い女性は、「やせている」は「良い体型」
に結びつくのかもしれないし

やせているといわれる人は「自己管理」がきちんとできている
と見られるのかもしれない

また、メタボが見た目だけでなく健康管理上の評価もされる
時代背景が「やせる」ことで褒められたり、喜ばれたりする
ということもうなづける部分がある

自分の場合は、仕事で見られる立場にあるので
中身のないところは体型でカバーしたくて
少し、ふっくらとしているくらいがちょうどいい
堂々として、安心感や説得力、迫力につながる

やせている印象をもたれたくないという思いがあるので
「やせている」という言葉にマイナス反応をしてしまう

”いま以上にやせないでください!”

と言われているが、これからは減量して(やせたとはいわない)
取り除いた脂肪分に代わって筋肉を増量して太りたい

見られたい自分、見られたくない自分、
その人、その人によって違うのだから、
「やせている」という受け止め方が違うのは当然

ご意見のある方、ぜひ、コメントで参戦していただきたい。

身体も節電用に!

2012-05-22 22:21:42 | 健康
”やせているのでSで大丈夫です!”
と言われて、いや~な気分になった

これから夏場、節電が叫ばれているので仕事場までは
ノーネクタイで、シャツも節約して安価なものでもよしと
通い道にある○ニ○ロへ寄った

Yシャツは首回り38でいつも買っているがサイズ表示
がS、Mとなっているので店員さんに38はMサイズ
ですか?と聞いたら
”やせているのでSで大丈夫です”と言うではないか

とにかくSにして買物はわずか2~3分ですんだが
”やせている”という店員のひとことがひっかかって
嫌な気分で店を出た

この半年間、自分なりに努力を重ねてウオーキングに
プラスして筋トレとランニングを加えて無駄な脂肪を
取り除いたので身体をうんと絞ることができた

その結果、体重を6㎏以上も落としたのでやせている
と言われても不思議ではないが、なんとなく抵抗感が
あった

やせ=細い=弱々しいと否定的に言われたような気が
したのかもしれない

女性がそう言われたらどうとるだろうか?と思った

よく似たことが昭和の時代にあった
今でもよく覚えていて、それが重なって今日、自分に
言われたことが余計に響いたのだと思う


ある会社が主催していた講座に家内が参加していたが
たまたま多少のご縁があったので担当をしていた若い
女性に会った時にお礼をいったら

”あのやせた方が奥さんでしたか”
と言われて嫌な気分になったことがあった
確かに細くて「やせ型」だったが、その程度のこと

”やせている”という言い方はないだろう!
それも言うなら「細身」とか「スマート」とか「華奢」
とか言へば気持ちよく通ずるのにと思ったからだろう

たわいもないことだが、ちょっとしたことば選び一つ
で伝わり方が違うもの

ダイエット志向が強い女性でも「やせている」は?
同じ言うなら(無理しても)「スマート」といえば
笑顔が返ってくるに違いない

わがW倶楽部にも「ダイエット」(女性)と「減量」
(男性)に取り組んでいるメンバーが二人いる
成果に自分が間違って使わないように気をつけたい

その前に「ダイエット」と「減量」に成功してほしい

新聞記事によると節電本番前に、今年は「スーツ」や
「ジャケット」の人気が回復しているという


(日経新聞)

去年は節電で「クールビズ」の半そでやポロシャツが
主流だったが、やはり、ビジネスマンは仕事で外出時
には、ネクタイにスーツ姿が見直されているのだろう

いずれにしても「身体」がもろに外に見える季節には
女性のみならず、おじさん達もみっともない脂肪腹は
格好悪い
健康であれば「やせているほうが涼しくてよい!」
文句があったらやせてみろ!

634メートルと世界一高い電波塔「東京スカイツリー」
が開業した


それぞれの金環日食。

2012-05-21 22:23:17 | ひとりごと
今日はどちらのブログを見ても金環日食で話題一色!
いま頃、それを話題にするのは憚られるがまあいいか!

夕ベ、11時半すぎにいつものナイトウオーキングで
見上げた夜空に星が見えていたので晴れると思って
それならと見る場所のベンチまで確認しておいた

6時半すぎ、家内の"お天気がいいですよ!"という声
に起こされたものの、時間があるのでまだ寝ていたい

”後から行くのでメガネをおいといてくれ!"
と口に出かかったが、ちょっと待て 
メガネは一個かもしれない、5分ほどの天体ショーの
ためにいくらするのかしらないが二つはないはずだ

あわてて着替えて眠い目をこすりながら300mほどの
公園を目指した
明らかに金環日食を見に行くと思われる人がどんどん
遊歩道を急ぐ、通学の高校生もまじって、競争みたい

ここでわが女房殿の健脚ぶりを見せつけられた
どんどん歩いていく、逃げられたらメガネがないので
天体ショーはみられない

ここは追っかけていく以外ない
先日、東京の銀座4丁目から日本橋まで往復した時も
そうだったが、いつの間にかすっかり足を鍛えていた

もう1年前から毎日、早朝の公園を歩き続けているので
歩けるのはわかるがあの早さはどうしたのか?
時々、小走りでおっかけたことは口が裂けても言えない

公園のベンチはすでに全部がふさがっていたので階段に
場所を確保して待ち構えた
やっぱりメガネは一つ!
直接見てはいけないと厳重に指令が出た!
やれやれ・・

小学生の頃、黒のセルロイドの下敷きかローソクの篝で
ガラスを黒くして覗いたことを思い出したが、よく目を
痛めなかったものだ
あたりが少し曇ってきた



薄い雲は出ていたがさして問題がないくらい天気はいい
少しずつ欠けていく太陽を代わる代わるメガネを覗いて
その瞬間を待った



横で三脚を立て撮影をしていた年配の男性に話しかけたら
レンズからのぞかせてくれた
”わーすごい、よく見える!”
とオーバー気味に喜んだら想定通り何度も見せてくれた

7時27分だったと思うが見事なリングになって世紀の
天体ショーは大きな拍手に変った
多少、雲がかかったりしたが、おおむねきれいに見えて
あれなら大満足、なぜか、犬も鳩も見ていた・・まさか!

限られた時間なので撮影に気をとられるより鑑賞に専念
するということで撮影はしなかったが勿体なかったな

そのわりには見物席の写真を撮っていたのはなぜ?

家に戻りテレビで各地の様子をみたがどこもそれなりに
見られたようで日本国中、金環日食でわいた一日だった。



(日経新聞)

「わが母の記」

2012-05-20 19:15:30 | 家族
井上靖さんの自伝的小説を映画化した「わが母の記」を
昨夜観てきた


(講談社文庫)

幼い時に妹を連れて家を出て行った母・八重(樹木希林)に
捨てられたと思い続けた息子・洪作(役所広司)が、老いて
次第に認知症がすすむ母との間にある溝を埋めようとする
ストーリーを昭和の日本的家族愛を背景に描いた作品だと
思った

たんたんとすすむストーリーに、固唾を呑むような起伏の
あるシーンはなかったが、思わず涙する場面が一か所だけ
あった

それは
「海辺で息子の洪作が母の八重をおんぶするシーン」

雑誌でこのシーンは見ていたが、母と息子がお互いに求め
あっていた本来の親子にやっと戻ったシーン!
感動の場面だった!

樹木希林さんの演技はほんとうに素晴らしかった!


母をすでに失くしている自分にとって「母」は遠い存在の
はずなのだが、何年たっても、その存在は消えることはない
むしろ事あるごとに、幼き頃のことが、思い出されるのは
年齢のせいなのか、なになのかわからない

もっも小さい時の思い出が、戦時中に母親に背負われて父
の慰問に行った時、軍服姿で黒ぶちのメガネの父が怖くて
母の背中にしがみついていた時のことをよく覚えている

93歳で亡くなる前の数年は徐々に認知症が進んで会っても
息子の自分のことをなかなか思い出してくれなかった
そんな母が慰問の話に反応したのを驚いたことがある

父親のことを思うことはあまりないが、母と息子の繫がり
はどこまでも続いているのだろうか思ったものだ

樹木希林の母親姿を観ていて、どこかで母親と重なる部分
があって後半は涙をさそわれることが多かった

母を背負うことは生涯なかったが
この映画を観てふと思った
一度でいいから母を背負ってあげたかった

もう叶わぬことだが。

いま大阪から目が離せない!

2012-05-19 17:43:18 | 輝いて生きる
関電の節電問題が連日ニュースとして取り上げられているが
東京の石原知事が大阪維新の会に続いて政治家を育成する
「日本の維新の会のようなものをつくりたい」と維新の会と
の連携に意欲を示しているというニュースが報じられている

東京と大阪とが組んで日本の政治を変えようということなの
だと思うが普段から電話で連絡を取り合う仲らしいから今後
この二人からは目が離せない、橋下さんを講師に招くとか

細かなことはわからないがいずれにしてもいま時の人として
注目をされている二人だからその言動には関心が集まる
悲しいかな野田総理や国会議員の影は薄くなるばかりだ

無責任かもしれないが、このまま存在感もリーダーシップも
哲学もない政治家たちに国の将来を任せられないくらいなら
二人に思い切ってやってもらったらいい!と思う

関電に大阪維新の会、いま大阪がニュースの源になっている
注目されているのならそれに応えていい見本を創ってさすが
大阪は勇気と元気があるということを示してほしい

管理組合の理事会で提案した節電対策の件で時間がかかった
今日は映画に行く予定にしているのでこれからお出かけ!

とりあえずここまで・・・。

東海道、不思議なつながり。

2012-05-18 22:53:11 | 輝いて生きる
先日、上京していた13日の朝に
二年前に京都三条大橋から東海道を歩き続けてゴールした
思い出の日本橋を訪ねたときのことをブログに書いた

偶然にそこで出会った男性に声をかけたことからお互いが
大阪と滋賀から東京に住む息子を訪ねてきたことがわかった

そして二人ともウォーキングのサークルをもっていること
滋賀県のFさんは県内の東海道を歩いていること
偶然とはいえ共通項が多いのも不思議な出会いだった

あの時は、こちらに時間の余裕がなかったためにことばを
少し交わした程度で連絡を取り合うことで失礼をした

今日、そのFさんから次のようなメールをもらった

滋賀に帰って東海道のブログを見てもらっていること
いつになるかわからないが歩きたいと思っていること
東海道を歩く参考になるガイドブックを知りたいこと

折り返しガイドブック二冊をお知らせした

それにしても東海道五十三次にまつわる不思議な縁が続く
昨日ブログに書いたHさんに続いて今度はFさんまでもが
自分が歩いて作成した東海道五十三次のHPをみたことが
後押ししているような気がしてうれしい

東海道を歩いている時、応援してくれていた人が記録本
を書いたらどうかと言っていたことを思い出す

稚拙な文の自費出版でもいいから書いておくべきだった
と思うが、いまとなっては遅すぎる

東海道五十三次に関する書物は、すべて日本橋発ばかり
で京都三条大橋発のものはない
三条大橋から日本橋へ向かって歩く人にはガイド本でも
最終ページから読むようなもので役にたたない

そういうことだから、関西から東海道を日本橋へ歩く人
には、自分の下手な記録でも参考になるのだろうと思う

気楽に歩いて、気軽に書いたHPでも参考にしてもらう
ならこんなうれしいことはない

すでにスタートしたHさんは月末に大津から石部に向かう
Fさんもいつか後を続けるに違いないと思う
必要であれば喜んで応援したい

東海道からこんな出会い、つながりが連続して起きた
偶然なのだろうがそれにしても不思議なことだ。

遅すぎることはない!

2012-05-17 23:27:26 | チャレンジ
昨日のブログでシニア世代のサークルで歩こう会の例会に
参加したことを書いた

参加のきっかけはそのサークルメンバーのひとりHさんが
自分の東海道五十三次のHPを見て3年をかけて東海道を
歩く決心をしたというので応援をしたくて出会いの機会を
求めたのが参加の目的だった

二歳年上のHさんはもはや先のことなどまったく考えない
生活をしていたという
そのHさんが、自分のHPの東海道五十三次の3ケ年計画
に触れて東海道を歩くことで人生をもう一度、前向きに生
きていこうと決心をしたらしい

まるで少年のように東海道を歩く楽しみを語りかける姿に
ふれて衝撃を受けた!

年齢的に大丈夫だろうか、ちょっと心配だ!という思いが
自分のほうにはあった
がHさんに会ってそれは余計なことだとわかった

東海道を歩くのが楽しみで(すでに大津まで歩いている)
迷っても苦労してもそれを楽しみたい!
Hさんはそう言っていた

”始めることに遅すぎるということはない”

そういう心境なんだろう
それなら気持ちよく歩かせてあげたい
それがきっかけをつくった自分の役目だ!

今日、自宅で来客を待つ間に何気なくつけていたテレビで
カオリ・ナラ・ターナーさんという78歳の日系人で米国
の映画スターのメイクアップをする仕事で今も現役として
大活躍をしてアーティストを紹介していた

彼女は40歳でその道に入ったらしく新しい仕事を始める
には決して早くはなかった、むしろ遅いほうだろう
それを克服していまは日米両国で活躍しているカオリさん
が大事にしていることばが

  never  too  late

”始めることに遅すぎるということはない”

そのことばが胸につきささった

72歳の自分のキャッチフレーズがブログのサブタイトル
にしている

 自分から飛び出せ
 新しい舞台を創って
 72歳を楽しもう

このところある構想を持って静かに練っていることがある
昨日のサークル参加でもヒントをもらった

ひとつひとつがストーリーとなって結ばれているようで
わくわくする

”始めることに遅すぎるということはない”



書棚にこんな本が置いてある
何年前に買って読んだことやら・・・
読むだけなら簡単なこと

そんなことばかり繰り返して
最初の一歩でとどまっていては生きる値打ちがない
東海道はその一歩の連続で完歩した

Hさんも一歩を踏み出した
それなら自分もおっかけないと面白くない
そんなことを強く思った一日だった!

いま、Hさんからメールが来た

”東海道を歩く目標ができたことは、
 心の中に太い心柱が立ったみたいです”

私がHさんに力をもらっている
応援しているつもりが
応援をされている!