ある時、アメリカの環境省の液晶製造の環境への影響調査を手伝ったことがあった。その折にアメリカ人の情報収集の上手さに驚いたことがある。
今日はその話をご紹介したい。
@工場の調査は現場に行くのが鉄則
米国環境省は全ての工業の製造工程の環境への影響を調査していた。
テレビや携帯電話に使われる液晶パネルはアメリカでは作られていない。そこで日本の液晶パネル製造工場の実態調査をすることになった。
「液晶パネル製造中の環境汚染調査」はテネシー大学のアリア・ソコラッテイ教授が担当することになった。私は日本に居てソコラッティ教授の調査の実行を担当した。メールの交換で進める仕事でした。一通りの書面調査の終了した所で、ソコラッティ教授が各地の工場を回って調査の裏付けを取ることになった。
来日し全国の工場を10ケ所訪問した。1998年のことである。
ソコラッテイ教授は35歳位の小柄な女性。ケンという男性の助手が同行して来た。
訪問する10の企業へは既に筆者が何度も電話をした上で、完璧なアンケート調査をし、報告書をテネシー大学へ送った心算であった。調査を完了したと思っていた筆者にとっては不本意である。
「ソコラッテイ先生、これ以上の情報は企業秘密なので訪問しても無駄ですよ。観光旅行でもされたら如何でしょうか?」
先生は微笑んで「環境情報は現場に行って集めるのが原則です。10ケ所へは予定通り行きたいのです。その代わりご忠告に従い1泊2日の観光旅行へ行きますので何処でも良いですから設定してください」
妥協はするが譲歩はしない。「日本でよく言う「足で情報集める」ことですね?」
「足ではありません。心と心の交流で情報を集めるのです」
「よく分かりませんが、契約通り10ケ所へ同行します。それと観光は十和田湖にしては如何ですか?」
「良いですよ。ケンと2人分の予約を御願いします。」
そんな会話の後に奈良県、滋賀県、石川県、長野県などに散在する液晶製造現場を3人で訪ねた。
訪問先での会合は本社の会議室でなく、工場内の会議室にするようにと彼女が頼む。忙しい現場の技術者でも気軽に参加できるという配慮である。それぞれの工場の会議室には10人位の液晶製造現場の担当者が集まっていた。
@工場現場での心の交流と信頼関係を作ってから情報収集する
日本側はソコラッテイ教授へ、「まずご講演をして下さい」と頼む。それが遠路、テネシー大学から訪問する学者への儀礼である。
ソコラッテイ教授は前に進み出て、柔和な笑顔になる。少し間をおいて参加者一人一人の顔を見る。ーー生産現場は忙しい筈なのによく来てくれましたーーという感謝の気持ちが表情にアリアリと見える。
「皆様の作る液晶パネルは軽くて薄いので素晴らしいです。アメリカのテレビやコンピューターには日本製の液晶パネルが使われています。アメリカでは製造出来ないのです」
ソコラッテイ教授が続ける、
「日本の工場が環境保護に大変努力しているのは十分知っています。でも液晶パネルはまったく新しい工業製品です。現代の科学では予想もつかない隠れた環境汚染が起き、皆様の健康を知らず知らずのうちに損なっていたら大変です。
そこで今日は皆様と一緒に環境汚染の可能性を相談したくて参りました。企業秘密も含めて今日の話に出たことを報告書へ記述する場合は必ず皆様の許可を頂きます。勿論、守秘義務契約書は同行した藤山さんを通して届けてあります」
そして、ソコラッテイ教授が同行者のケンの仕事を温かく紹介する。会議室の中がなごやかになり何でも気安く相談出来る雰囲気になる。
ソコラッテイ先生が良い雰囲気を作りながら鋭い質問をする。企業秘密スレスレである。雰囲気が悪くなると、夫や子供の話をユーモア交じりで紹介する。
いつの間にか、日本側は企業秘密など気にしなくなり、何でも話してしまう。その上、断って来た工場見学までさせてくれる。同行したケンの紳士的な態度や善良そうな表情が双方の信頼感を一層強める。心と心の交流で情報を集める。
書面のアンケート調査では集めにくい、文書化しにくい情報を丹念に集める。
@情報収集のプロとは人間同士の信頼関係を一番重要視する
10ケ所の工場の調査の後、帰りの新幹線の中で聞いた、
「先生の情報を引き出すテクニックは凄いですね!何時もこいう方法で情報を集めるのですか?」
「藤山さんは、テクニックと言いますが、これは心の持ち方の問題です。環境情報は科学では解明できない未知の現象を取り扱うので、どうしても相手との深い交流が必要なのです。アメリカの工場へ行っても今回と同じような話し合いをしますよ」
3ケ月後、彼女からアメリカ環境省へ提出する報告書の原稿が、訪問した10ケ所の工場へ届いた。電話で確認したところ、どこの工場からも訂正の要求が出なかった。ある工場長が独り言のように言ったことが忘れられない、「あの会議では、企業秘密もつい喋ってしまったが、そういう部分は見事にはずしてある。あの人はプロだった!」
相手の信頼を得る。これが情報収集のプロと素人の境目と知る。
この一連の経験で気が付いたのだが、日本の情報収集の仕方がかなり表面的過ぎる。アンケートや電話問答で数多く情報を集めれば良いと思っている。
どうも日本の情報収集分野は国際的にかなり劣っているようで心配である。
皆様はどのようにお考えでしょうか?(終わり)
今日も皆様のご健康と平和をお祈り致します。 藤山杜人