1 伝統的なカーボローディングの方法(3)
カーボローディングは運動能力を増強させる戦略方法のひとつで、競技を行う前の週に2段階に分けて実施されるのがふつうである。ただしその運動競技が1時間以上の高い強度の持続を必要とするようなものでなければ妥当しない。
<第1段階>
レースの1週間前から炭水化物の摂取を総摂取カロリーの40~50%に抑え、代わりにタンパク質と脂質の摂取を増やす。トレーニングはふつうのレベルで実施する。これにより体内の炭水化物の貯蔵量が減少し、カーボローディングのための空きスペースが確保される。
<第2段階>
レースの3,4日前からは、炭水化物の摂取を毎日の総摂取カロリーの60~70%に増やす。脂質を多く含む食物を切り詰めて、炭水化物を多く含む食物を摂るようにする。トレーニングを縮小し。グリコーゲンの貯蔵量の減少を避ける。レース前の1,2日は完全休養とする。
2 カーボローディングの理論的仮説
擬人化した表現で言えば、前半の3日間に炭水化物の少ない食事をとることで、身体は自らのグリコーゲン貯蔵量に不足が生じていて、通常よりもグリコーゲンを多く貯蔵しなければならないと考えるようになる。後半の3日間は、炭水化物を多く摂取することにより、身体はグリコーゲン貯蔵を回復させ、その際いくらか余分に補充しようとする、ということである。(1)
カーボローディングは1967年にスウェーデンのSaltinとHermansonによって発表された研究に由来する概念である。彼らは、持久系運動の数時間ないし数日前に炭水化物の摂取量を増加させることによって、筋肉のグリコーゲンを有意に増加させることができることを、筋生検による調査によって明らかにした。また筋肉のグリコーゲンの貯蔵量を減少させるような長時間の激しい運動の直後に炭水化物を多く摂った場合に、筋肉のグリコーゲンレベルが最適になることを示した。しかしながら、1939年同じくスウェーデンのChristensenとHansenは、激しい運動の直前に炭水化物を多く摂るとパフォーマンスが低下することを報告している。これは炭水化物の負荷により低血糖反応が引き起こされるためと推測される。(2)
3 カーボローディングの副作用(1)(2)(3)
カーボローディングに効果があるとされるのは1時間以上の高度な持久系運動に限られる。実施の際にはいくつかの注意点と副作用についても理解しておく必要がある。
� 注意点
・前半の3日間においても、毎日の身体の主要な機能を維持するためには、1日約60gの炭水化物が必要であり、全く摂取しないというわけにはいかないこと。
・後半の3日間の高炭水化物食の時に食べすぎは禁物であることと、同時に適量のタンパク質、ミネラル、ビタミン、水分の摂取が欠かせないこと。またこの際ふだんよりも水分の摂取量が増える傾向にあること。
・あらかじめカーボローディングを行っていたとしても、レースの間中、血糖値を一定に維持し続けるためには、途中で果実を摂取したりスポーツドリンクを補給したりするなどが必要であること。
� 体重増加
・グリコーゲン1gにつき3gの水が一緒に貯蔵される。したがって最大限にカーボローディングをした場合にはレース開始前に2~3kgの水を体内に抱え込んでしまうことになる。1,2kgであっても体重増加がパフォーマンスを妨げる可能性があるならば、カーボローディングはやめた方が良い。
� 消化不良
・レース前の1,2日は繊維質を含む食物は制限した方がよい。豆類、シリアル、ブロッコリーを摂取すると腹痛が生じたり,お腹が張ったり、軟便になったりする。
� 血糖値の変化
・カーボローディングは血糖値に影響を与え、血糖値が上がると反応性にインシュリンの分泌量も増える。それによって脂肪の貯蔵が増加し、脂肪の分解過程が干渉を受けると、ランでのエネルギー産生機構にも影響が及ぶ。またその他のホルモンバランスにも妨害が生じ、血圧は上昇し、血中のコレステロールと中性脂肪のレベルも上昇する。
・血糖値の上昇に反応してインシュリンの分泌量も増えるので、これにより低血糖が生じてしまう場合があり、糖尿病の人は開始前には必ず医師に相談するべきである。
・カーボローディングによる低血糖反応は、判断能力の低下、集中力の低下を引き起こし、パフォーマンスを測定する能力に影響を与えるとともに、無気力になったり、気持ちが滅入るような場合も見られる。
4 カーボローディングに対する誤った考え方
�筋肉のグリコーゲンだけがランのエネルギー源なのか?(2)(3)
筋肉のグリコーゲン貯蔵量は少量であり、5~10kmのランには十分量であっても、90~120分を越える強度の運動では、筋肉のグリコーゲンは使い果たされてしまう、と言われることがある。しかしこれは正しくないだろう。先にグリコーゲンを消費し尽くしてから次に脂肪酸の分解にエネルギー産生の主役が交代するわけではなく、実際には両方のエネルギー産生機構は、運動の強度や持続に応じて滑らかに連動して同時に作動しているものと考えられる。多くの持久系運動、例えばトライアスロンやフルマラソンの場合では、65~75%が有酸素運動で行われており、実際に半分以上は脂肪の分解で得たエネルギーが利用されているという。脂肪はふつう体内に十分量貯蔵されており、それを上手く燃焼させていけばエネルギー源として不足することはないはずである。重要なことは高品質のスポーツドリンクなどで、ランの間中、血糖値を一定に維持していくことである。
�カーボローディングによって良好なパフォーマンスが得られるのか?(2)
カーボローディングの理論的仮説によれば、低炭水化物食を3日間続けた後、高炭水化物食を3日間続けた場合に、筋肉のグリコーゲンが増加すると考えられていたが、炭水化物50%食の後に、炭水化物70%食を3日間続けても同様のグリコーゲン増加が認められ、また単に炭水化物50%食を1週間続けただけでも、ある程度のグリコーゲン増加が認められたという。またその際のパフォーマンスに有意な差は認められなかったという。さらに、貯蔵されたグリコーゲンレベルが持久系運動のスピードの差に影響を与えるというエビデンスは、残念ながら今のところ無いようである。
5 より現実的なカーボローディングの方法(4)
レースの前週にバランスの良い食物を摂取しておけば、それだけですでに筋肉には十分なグリコーゲンが貯蔵される、というのが最近の考え方である。
マラソンの前週にはトレーニング量を徐々に減少させ、炭水化物を60~70%含むバランスの良い食事を摂るようにし、過剰な減食はしないのが良い。もし体重制限食を行っているならば、基礎代謝量まで摂取カロリーを上げたほうが良いようだ。
もしパスタパーティ(レース前夜にパスタをたっぷり食べること)をしたいのなら、レース2日前の夜にした方がよい。しかし決して大食いはしないこと。この時カフェインとアルコールは極力ひかえ、飲むなら水にする。食物繊維を大量に摂ることは勧められない。中庸に徹することが肝要だ。
1日前には、豆類、ブロッコリー、シリアルといったお腹が張る原因となる食物や高繊維質の食物は摂らない。乳糖不耐症の人は牛乳も飲まない方が良い。香辛料の利いた食物は腸管の動きを亢進させるので避けた方が良い。低残渣食がお勧めであり、基礎代謝を満たす程度の食事とする。アルコールは避け、カフェインは最小限にとどめる。
多くのランナーはスタート前には何も口にしない。当日の朝食には、薄味で炭水化物に富んだ消化の良い物を摂取すべきである。コーヒーが欲しければできるだけ少量とする。
スタートの1,2時間前には水を多めに摂っておき、その後スタートまでは水分を摂らない。それによって水分が十分に補充され、余分な水分を排泄する時間も確保される。
<参考資料>
(1) Brian Mac: Carbohydrate Loading:
http://www.brianmac.co.uk/carbload.htm
(2) L.Lee Coyne. Carbohydrate Loading. Con in the “carbo-loading argument”: Centralhome.com.
http://www.centralhome.com/ballroomcountry/carbohydrate-loading.htm
(3) Mayo Clinic.com. Carbohydrate loading: Can your deit boost your athletic performance?:
http://www.mayoclinic.com/health/carbo-loading/HQ00385
(4) Wendy Bumgardner. Shold I carbo load before the marathon?: About.com.
http://walking.about.com/od/marathontraining/f/carboloading.htm
カーボローディングは運動能力を増強させる戦略方法のひとつで、競技を行う前の週に2段階に分けて実施されるのがふつうである。ただしその運動競技が1時間以上の高い強度の持続を必要とするようなものでなければ妥当しない。
<第1段階>
レースの1週間前から炭水化物の摂取を総摂取カロリーの40~50%に抑え、代わりにタンパク質と脂質の摂取を増やす。トレーニングはふつうのレベルで実施する。これにより体内の炭水化物の貯蔵量が減少し、カーボローディングのための空きスペースが確保される。
<第2段階>
レースの3,4日前からは、炭水化物の摂取を毎日の総摂取カロリーの60~70%に増やす。脂質を多く含む食物を切り詰めて、炭水化物を多く含む食物を摂るようにする。トレーニングを縮小し。グリコーゲンの貯蔵量の減少を避ける。レース前の1,2日は完全休養とする。
2 カーボローディングの理論的仮説
擬人化した表現で言えば、前半の3日間に炭水化物の少ない食事をとることで、身体は自らのグリコーゲン貯蔵量に不足が生じていて、通常よりもグリコーゲンを多く貯蔵しなければならないと考えるようになる。後半の3日間は、炭水化物を多く摂取することにより、身体はグリコーゲン貯蔵を回復させ、その際いくらか余分に補充しようとする、ということである。(1)
カーボローディングは1967年にスウェーデンのSaltinとHermansonによって発表された研究に由来する概念である。彼らは、持久系運動の数時間ないし数日前に炭水化物の摂取量を増加させることによって、筋肉のグリコーゲンを有意に増加させることができることを、筋生検による調査によって明らかにした。また筋肉のグリコーゲンの貯蔵量を減少させるような長時間の激しい運動の直後に炭水化物を多く摂った場合に、筋肉のグリコーゲンレベルが最適になることを示した。しかしながら、1939年同じくスウェーデンのChristensenとHansenは、激しい運動の直前に炭水化物を多く摂るとパフォーマンスが低下することを報告している。これは炭水化物の負荷により低血糖反応が引き起こされるためと推測される。(2)
3 カーボローディングの副作用(1)(2)(3)
カーボローディングに効果があるとされるのは1時間以上の高度な持久系運動に限られる。実施の際にはいくつかの注意点と副作用についても理解しておく必要がある。
� 注意点
・前半の3日間においても、毎日の身体の主要な機能を維持するためには、1日約60gの炭水化物が必要であり、全く摂取しないというわけにはいかないこと。
・後半の3日間の高炭水化物食の時に食べすぎは禁物であることと、同時に適量のタンパク質、ミネラル、ビタミン、水分の摂取が欠かせないこと。またこの際ふだんよりも水分の摂取量が増える傾向にあること。
・あらかじめカーボローディングを行っていたとしても、レースの間中、血糖値を一定に維持し続けるためには、途中で果実を摂取したりスポーツドリンクを補給したりするなどが必要であること。
� 体重増加
・グリコーゲン1gにつき3gの水が一緒に貯蔵される。したがって最大限にカーボローディングをした場合にはレース開始前に2~3kgの水を体内に抱え込んでしまうことになる。1,2kgであっても体重増加がパフォーマンスを妨げる可能性があるならば、カーボローディングはやめた方が良い。
� 消化不良
・レース前の1,2日は繊維質を含む食物は制限した方がよい。豆類、シリアル、ブロッコリーを摂取すると腹痛が生じたり,お腹が張ったり、軟便になったりする。
� 血糖値の変化
・カーボローディングは血糖値に影響を与え、血糖値が上がると反応性にインシュリンの分泌量も増える。それによって脂肪の貯蔵が増加し、脂肪の分解過程が干渉を受けると、ランでのエネルギー産生機構にも影響が及ぶ。またその他のホルモンバランスにも妨害が生じ、血圧は上昇し、血中のコレステロールと中性脂肪のレベルも上昇する。
・血糖値の上昇に反応してインシュリンの分泌量も増えるので、これにより低血糖が生じてしまう場合があり、糖尿病の人は開始前には必ず医師に相談するべきである。
・カーボローディングによる低血糖反応は、判断能力の低下、集中力の低下を引き起こし、パフォーマンスを測定する能力に影響を与えるとともに、無気力になったり、気持ちが滅入るような場合も見られる。
4 カーボローディングに対する誤った考え方
�筋肉のグリコーゲンだけがランのエネルギー源なのか?(2)(3)
筋肉のグリコーゲン貯蔵量は少量であり、5~10kmのランには十分量であっても、90~120分を越える強度の運動では、筋肉のグリコーゲンは使い果たされてしまう、と言われることがある。しかしこれは正しくないだろう。先にグリコーゲンを消費し尽くしてから次に脂肪酸の分解にエネルギー産生の主役が交代するわけではなく、実際には両方のエネルギー産生機構は、運動の強度や持続に応じて滑らかに連動して同時に作動しているものと考えられる。多くの持久系運動、例えばトライアスロンやフルマラソンの場合では、65~75%が有酸素運動で行われており、実際に半分以上は脂肪の分解で得たエネルギーが利用されているという。脂肪はふつう体内に十分量貯蔵されており、それを上手く燃焼させていけばエネルギー源として不足することはないはずである。重要なことは高品質のスポーツドリンクなどで、ランの間中、血糖値を一定に維持していくことである。
�カーボローディングによって良好なパフォーマンスが得られるのか?(2)
カーボローディングの理論的仮説によれば、低炭水化物食を3日間続けた後、高炭水化物食を3日間続けた場合に、筋肉のグリコーゲンが増加すると考えられていたが、炭水化物50%食の後に、炭水化物70%食を3日間続けても同様のグリコーゲン増加が認められ、また単に炭水化物50%食を1週間続けただけでも、ある程度のグリコーゲン増加が認められたという。またその際のパフォーマンスに有意な差は認められなかったという。さらに、貯蔵されたグリコーゲンレベルが持久系運動のスピードの差に影響を与えるというエビデンスは、残念ながら今のところ無いようである。
5 より現実的なカーボローディングの方法(4)
レースの前週にバランスの良い食物を摂取しておけば、それだけですでに筋肉には十分なグリコーゲンが貯蔵される、というのが最近の考え方である。
マラソンの前週にはトレーニング量を徐々に減少させ、炭水化物を60~70%含むバランスの良い食事を摂るようにし、過剰な減食はしないのが良い。もし体重制限食を行っているならば、基礎代謝量まで摂取カロリーを上げたほうが良いようだ。
もしパスタパーティ(レース前夜にパスタをたっぷり食べること)をしたいのなら、レース2日前の夜にした方がよい。しかし決して大食いはしないこと。この時カフェインとアルコールは極力ひかえ、飲むなら水にする。食物繊維を大量に摂ることは勧められない。中庸に徹することが肝要だ。
1日前には、豆類、ブロッコリー、シリアルといったお腹が張る原因となる食物や高繊維質の食物は摂らない。乳糖不耐症の人は牛乳も飲まない方が良い。香辛料の利いた食物は腸管の動きを亢進させるので避けた方が良い。低残渣食がお勧めであり、基礎代謝を満たす程度の食事とする。アルコールは避け、カフェインは最小限にとどめる。
多くのランナーはスタート前には何も口にしない。当日の朝食には、薄味で炭水化物に富んだ消化の良い物を摂取すべきである。コーヒーが欲しければできるだけ少量とする。
スタートの1,2時間前には水を多めに摂っておき、その後スタートまでは水分を摂らない。それによって水分が十分に補充され、余分な水分を排泄する時間も確保される。
<参考資料>
(1) Brian Mac: Carbohydrate Loading:
http://www.brianmac.co.uk/carbload.htm
(2) L.Lee Coyne. Carbohydrate Loading. Con in the “carbo-loading argument”: Centralhome.com.
http://www.centralhome.com/ballroomcountry/carbohydrate-loading.htm
(3) Mayo Clinic.com. Carbohydrate loading: Can your deit boost your athletic performance?:
http://www.mayoclinic.com/health/carbo-loading/HQ00385
(4) Wendy Bumgardner. Shold I carbo load before the marathon?: About.com.
http://walking.about.com/od/marathontraining/f/carboloading.htm