Don't Let Me Down

日々の雑感、引用。
言葉とイメージと音から喚起されるもの。

サイエンスのレッスン

2009-03-23 12:22:43 | 日記
ぼくの“読書”というのは、気まぐれである。

それで自分の読書に、なんとか“計画性”をもたせようと、“読書計画”をたてて、システマチックに本を読もうとするのだが、この“計画”が実現されたためしがない。

昨日のブログで“むかしの文学全集に収録されていたようなベーシックな本を読め”と書いたのだが、自分自身は最近さっぱり“文学”を読んでいない。

数年前、“ベーシックな知識が必要だから新書を読め“とブログに書いて、自分でもその頃、かなりの新書を買ったのだが、読了したものはわずかである。

最近の“トレンド”は、“サイエンス”である(笑)

なにしろ“科学”に弱いので、最近のサイエンスについて勉強する必要性はかねがね感じていた。
特に“私的”にも、妻が神経性難病(こういう表現でいいのだろうか?;笑)なので、その方面の知識の欠如も気にかかっていた。
どうもぼくは、自分の身近なことほど関心がないのである。

ぼくが最近読んだ、サイエンス関係の本は、昨年読んだ、『生物と無生物のあいだ』だが、この評判になった本は予想以上に、ぼくにも面白かった。
しかしこの本の“面白さ”は、そこに書かれている“知識”よりも、現在の科学者の研究を中核とする“生活(のフィーリング)”自体だった。
つまり、この本においても、ぼくはサイエンスを“文学的に”読んでしまった。

現代のサイエンスをどこから読んだらいいかについては、ぼくには迷いはなかった。
上記した事情も含め、脳とか神経系をふくむ“生物学”領域から読むことは決まっていた。
実はそういう領域の“入門書”もかなり購入していた、読んでないだけである(笑)

最近読んだハーバートの『ボイド-星の方舟』というSFによって、またまたサイエンスへの関心がめざめた(このgooブログをはじめてから書いた“VOID;虚空”は、最近書いた自分のブログでは気に入っているので、まだ読んでない人は読んでね;笑)

それで過去に買った“生物学関係の本”をひっぱり出し、先日2冊の岩波新書を買った;
① 松原謙一『遺伝子とゲノム』、②永田和宏『タンパク質の一生』である。

ぼくは、本を買うと、‘まえがき’と‘あとがき’を読んでしまう。
この2冊も、‘まえがき’と‘あとがき’を読むと、なんかわくわくしてくるのであった(笑)

ぼくは小学生のころは“科学少年”(“子供の科学”!)であったので、そのころの“感じ”が蘇るようであったのだ。
ぼくは“天体と宇宙”とか“顕微鏡写真”とかが好きだった。
なぜか新聞の“天気図”が好きであり、南極観測船“宗谷”の冒険に心ときめいた、“ゴジラ”にも。

だが今回、最初に読み始めるのは(読みやすそうな)、だいぶ前の本だが、立花隆が利根川進をインタビューした『精神と物質』(文春文庫)にした。
このインタビューは1988年に行われたので、情報として古いのかもしれないが、まあ足馴しと思ったのだ。

そしたら、インタビュー開始から面白いではないか、引用しよう;
(利根川進は1987年度のノーベル生理学賞・医学賞の受賞者であり、学歴は日比谷高校-京都大学理学部である)

★ (質問=立花);理学部の化学科の出身でしたね。もともと生物に対する興味から分子生物学に入っていかれたわけじゃないんですか。

★ (利根川);ぼくは高校で生物をとってないんです。だから生物の知識なんて、はじめは何もなかったですね。たとえばね、この人間の体がみんな細胞でできてるなんてことは、大学に入って一般教養の生物をとるまで知らなかったくらいなんですよ。それを聞いたとき、へえーっと思ってね、すぐ友達にその話したら、お前そんなことも知らなかったのかって、すごくバカにされましたけどね(笑)。こんな話書かないでくださいよ。

★ (立花);いやあ、その話いいですね。ノーベル賞の利根川さんが細胞を知らなかったなんて傑作ですよ。ぜひ書かせてください。

★ (利根川);それを聞いたとき、おお、そうかあ、生物学ではもう相当えらいことまでわかっとんのやなと感心したぐらいでね(笑)。ぼくの生物学の知識というのはそんなものでしたね。


いやー、勇気づけられるではないか。

さらにいい話。
利根川氏が学者(研究者)になったのは、“サラリーマンになりたくなかった”からだというのだ。


★ (立花);どうしてサラリーマンになるのがいやだったんですか。

★ (利根川);あのころはちょうど安保闘争のあとでね、友達のなかに、会社なんかに勤めてサラリーマンになって資本家のために一生働くなんてつまらんじゃないかというのがおってね、それがまあ、真面目でなかなか魅力的な男なんだな。そいつらの影響を受けて、だんだん、そうだな、確かに会社づとめなんてつまらんなと思いだしたわけです。

★ (立花);ぼくも同じ世代だからわかりますけど、確かにあの時代そういう雰囲気がありましたね。安保闘争は大学2年のときですね。

★ (利根川);そう。60年(1960年)はもう授業にもかなりの影響が出始めていた。つまり授業時間を先生に頼んで、クラス討議にふりかえたり、デモにいったりしていた。ぼくは全然ノンポリティカルな学生だったけど、根が真面目なたちだったから、クラス討議なんか一生懸命聞くわけ。そのうちだんだん彼らというか運動やってる連中のいってることももっともだと思うようになって、デモに行くようになりました。みんな集まって、なんかぎゃあぎゃあやるだけでくだらんなという気持もあったけど、やらにゃいかんという気持もあった。そして、東京で樺美智子さんという人が死んだでしょう。

★ (立花)60年6月15日。

★ (利根川)そう。あの衝撃大きかったね。それで、京都からみんな東京へ行った。安保が時間切れで自然成立で通る前の日の晩ね、あのときぼくら東京に行って、国会の前におったわけです。ぼくらの教室40人ぐらいおるうち、30人は行っておったね。


60年安保闘争のあとの“挫折感、虚脱感”のあとで、利根川氏はどう考えたか;

(京大化学科の中に生物化学教室というのがあり、そこで博士課程を終えたばかりで研究室に残っていた山田さんに会い、ニーレンバーグの遺伝子暗号解読の話を聞いた)

★ (利根川);そのとき、へえー、こんな面白いことがあるのかと思った。化学はつまらんと思っていたけど、生物現象を化学的に研究していけば、これはひょっとしたらなんか面白いことがありそうだと思った。それで、生物化学の教室に入ることにした。いまから思うとこれが最初のきっかけですね。ほんとうに分子生物学の世界にひきこまれるのはもう少し先ですけどね。





<追記>

ここでぼくは、“20年前”の利根川氏の発言を読んでいる。

そこでは、“50年前”の“60年安保闘争”のことが語られている。
“安保”とは、“日米安全保障条約”のことである。

この話題は、“もう古い”のであろうか?

しかしぼくがブックマークしている“不破利晴ブログ”の最新記事は、“日米安保条約無効訴訟に注目する[前編]”である。

一市民が提訴した“日米安保条約無効訴訟”は、この2009年において闘われているのだ(不破ブログ参照)

つまり、この現在において、“安保条約”について考え発言することは、ちっとも“古く”などなっていない。


たぶん”サイエンス”がほんとうに機能するためには、それは、新しいことを追いかけることのみには、ない。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
文学のレッスン (ゆうゆう)
2009-03-24 17:29:12
久しぶりです。
愛読していたブログが一挙に3つもなくなってしまって、何かさびしく思っていました。復活うれしく思います。

昔、読んだ「精神と科学」の名が出てきたので思わず書き込みをしてます。分子生物学は私にとって興味ある分野です。「生物と無生物のあいだ」以降出てきた「動的平衡」も面白かったです。文学的面からも、科学的面からも・・・。私はどちらかといえば文学の方より科学的方面の方が・・・文学についてはまだまだレッスンの必要ありそうです。

安保条約問題、決して古くなどありませんです。それでは・・・私の目が悪いせいか?画面のコントラストが少し強いのか?目が疲れるのは何でだろう。
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Unknown (warmgun)
2009-03-24 21:25:34
ゆうゆうさん、ここまできてくれて恐縮です(笑)

ぼくは、べつにブログを変えたかったわけじゃありません。

この黒バックに白抜き文字というのは、疲れるかもしれません。
このブログのテンプレートがカワユイものが多いので、この選択となりました。
それと黒バックは、写真がひきたつので。

”科学”の入門書・概説書だけで、おびただしい本が出てますね、”脳”だけでも。
この選択においても、ぼくは”勘”に頼るだけです。
養老とか茂木とかいうひとは、あまり読みたくありません(茂木さんは読んだことがあります;笑)

文学と科学(論理)と倫理の”関係”については、ぼくの死ぬまでのテーマです。

ぼくは60年安保世代ではない、わけですが、”樺美智子”というような名に、感情が動かないわけにはいきません。

長いブログが多くなって、読むのが大変だと思いますが、今後とも読んでいただけるなら嬉しいです。
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良きパートナーさん (ゆうゆう)
2009-03-24 23:50:48
「追っかけ」をしているのではないのですが・・・。wamgun氏の奥様からメールを頂いたのです。良き伴侶、良きパートナーですね。

養老、茂木氏は読んだことがありません。脳研究の最前線で意欲的に黙々と研究している人が書いたような本を・・・選んでいます。

”樺美智子”さんの名は知っています。私はwarmgun氏の又ひとつ後の世代に属していますのですが、彼女の名を聞くとやはり心がワサッとします。

確かに背景が黒だと写真は引き立ちますね。文章は斜め読みにして、写真を眺めるさせて頂きます。(斜め読みで文意をつかめるのか?って「はい、私の得意技です。」)
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Unknown (warmgun)
2009-03-25 08:30:22
そうですね、おなじ新書でも有名人が書いたものを連発するのと、その新書が一般書でははじめてという書き手がいますね。

ぼくはこのごろ、”本”における編集者や出版社の役割のことも意識します。
科学書だけでなく、中上健次のような作家の誕生-成熟についてもです。

ようするに”ひとの関係”です。

ぼくは”70年安保世代”ですが、利根川氏の発言を読んで、60年と70年には非常な差異があったんですが、”クラス討議”というような言葉に自分の体験を重ねてジーンときました。

”斜め読み”(笑)ですか、そうしてください。

福岡でお会いしましょう。
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