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コラテラル

2004-11-07 02:17:25 | 映画
 ひさりぶりに映画館へでかけて、トム・クルーズ主演の「コラテラル」を観た。
映画そのものは、まあ、こんなものかという感じで、トム・クルーズは主演だが決してヒーローではなく、いわゆる「殺し屋」として依頼人からの仕事を淡々と進めるだけである。そんな非日常の世界の存在と、どこにでもよくある日常の生活をタクシードライバーとして12年それこそ淡々と仕事をしてきている、ジェイミー・フォックスとの絡みが生み出す、物語である。

 時に、映画はその中で名ぜりふというものを遺すことがあるが、この映画を観ていて大変気になったセリフがあった。トムが自分の過去を語るシーンで、「親は、子どもに自分の欠点を見つけると、それを非難したくなる」というものだ。映画ではどうやら、このセリフで、トムの精神構造の成り立ちを説明しようとしていたのだろうが、わたしはこれを全く現代の、親による子どもの虐待に置き換えてしまった。

 なぜならば、大概の場合それが当てはまるからだ。おすぎとピーコのどちらかが昔同じようなことを言っていた。所詮自分の子どもなのだから、過剰な期待をかけてはいけないと。まあ、子どもを育てたことのない人には言って欲しくないセリフだが、ただ、自分の子どもはいい部分も、悪い部分も親の影響を受けているのは間違いない。子どもを叱るときは、子どもの何を叱っているのかを考えて、必要以上に感情的にならないようにしなければならないし、感情的になったとあとでふりかえって、それは、もしかしたら自分の欠点を子どもによって再現されてしまったからではなかったか?とも考えてみることも必要だろう。そしてもしそれに気づいたならば、こどもをしっかりと抱きしめて、「ホントは、お父さんだって子どもの頃はそんなだったんだ。」とか「お母さんもきちんと出来なかったんだよ。」としっかり伝えてあげるのがいい。親はこどもに「告白する」ことで、虐待しなくなるし、こどもも親に抱きしめられて安心するのである。

 さて、映画は、「交渉人※」のような、2人の人間同士の絡み合いを上手く展開させて最後までしっかりと見せてくれる。個人的には100点満点で70点ぐらいの満足度である。

※サミュエル・L・ジャクソン/ケビン・スペイシーによる。








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