18年にもなりますか

感じた事、出来事、いろんなこと書き綴ってます。

街で見つけためずらしいもの

2005-05-14 23:54:35 | 風景
 ▲近所の人でも知っているひとは少ないのではないだろうか?

 何度も通っている筈の道で新たな発見をすることがある。

 今日見つけたのは、「タイピスト養成所」の看板。実際に教室が運営されているのかはよく分からないが、さてタイピストという言葉からこの仕事が想像できるかたは何人いらっしゃるだろう?

 昔、庶民の印刷物といえば、ガリ版印刷。学校の試験や連絡は全部これだった。自治会や子ども会などの連絡もすべてこれ。原版に鉄筆で手書きで文字を書いて、原版を削って原版を完成させる。完成した原版を枠にはめて、インクをローラーで伸ばして原版に塗りつけ、紙に写して印刷する。どくとくの臭いがいまだに当時の情景を思い出させる。
 
 それから英文タイプライターや和文タイプライターなんていうのもあった。それを操って文書を作成する仕事をやる人がタイピストである。子供たちにどうやってこの仕事を説明しようか・・・。

 


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ほんのちょっとだけ子供

2005-05-14 14:48:30 | 
 いくつになっても、どんな立場になっても、やっぱり人間だから失敗したりして後悔することがある。そんな小さな、あるいは時には大きな失敗や後悔を重ねて人間は1つ1つ成長してゆくものだから、ある意味でいつまでたっても成長の余地がある”子供”だとも言える。

 JR西日本の事故で、救助活動をせずに現場を立ち去ったJR西日本職員の手記が読売新聞に寄せられている。その時の状況は本人にしかわからないが、本人の手記によれば、後悔の念に苛まれているとのこと。

 人は時として、客観的にみれば分かることであっても、当事者の立場に立ってしまうと、なかなか冷静な判断が出来ないくらい、心理的に弱いものであることを分かっておかなければならない。

 毎日の生活の中でも列車内での迷惑行為、酔っぱらった勢いでのケンカなど、本当はやらなくてよいことを実は多くの年齢を経た大人であっても”やってしまっている”のである。それをストレス社会だとか分析するのは勝手だが、本当のところは、ほんのちょっとだけ、みんなが”子供”だからなのである。

 人は毎日成長してゆかなければならない。精神的に大人になってゆかなければならない。その為にはそういう失敗の経験や後悔の念を、1つ1つ自分の成長に積み重ねてゆくしかないのである。決して失敗や後悔から自分を追い込んではいけない。

 自分自身にも問いかけてゆきたい事である。



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