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日々の体験や思ったことを綴ります(by 涼風)。

「小学校英語、必修化を提言」

2006年04月02日 | 語学
小学校英語、必修化を提言 中教審、高学年で週1時間 (共同通信) - goo ニュース

「成績をつける教科とはせず、5、6年生は週1時間程度、共通の教育内容を設定することを提言。コミュニケーション能力の育成を重視するとした。」


週1時間とは言えども、“まったく何も知らない”状態で中学から勉強を始めるより、アルファベットや身の回りの英単語を知るだけでも英語アレルギーへの予防接種にはなるのでしょうか。


僕がヨーロッパに滞在したときに分かったのは、向こうの若者はほとんどが英語がぺらぺらだということでした。

これには世代にも差があるらしく、国が英語教育に自覚的に取り組んだ時期によって世代の間で英語力にかなり差があるそうです。年輩の人には英語のできない人も多いみたいです。それに対して40歳以下の人なら殆んどが英語をしゃべれるのは当たり前のような感じでした。あくまで印象だけど、これは欧州内では国を問わず共通するように思えました。

要するに本気で取り組めば彼らはあっという間に英語ならしゃべれちゃうということですね。

もちろんこれは、彼らの能力が日本人よりすぐれているからではなく、欧州内の言葉が似ているからです。

逆に言えば日本人が英語ができなくてもある程度はしょうがないということがよく分かります。根本的に文法構造が違うのですから。

それだけ大きなハンディがありながら、しかしドラスティックに英語教育の改革をする姿勢は未だに見られません。これは、なんだかんだ言っても、日本は切実に英語教育を欲してはいないことの表れなのでしょう。今回の提言も、本気で英語を必要としているという切迫感はありません。

ヨーロッパのとくに小国とは違い、日本人は英語がなくても生きていける手段があります。(例えば、向こうでも町のお医者さんのように言葉が下手でも仕事に困らない職業ならあまり英語はできないものなのかもしれない。僕がかかった歯医者さんはあまり英語ができませんでした)。

日本では、たしかに英語ができれば多少メリットにはなるかもしれないけど、生きていくために絶対絶対英語が必要というわけではありません。

それに対して欧州では相手がイギリスやアメリカじゃなくてもコミュニケーションのツールとして英語が欠かせなくなっているみたいでした。彼らにとっては英語ができることは当たり前で、かつ他にもう何ヶ国語かできるのが望ましいみたい。

だから日本も本腰を入れてハンディを克服するように英語教育を充実させるべきかというと、私には分かりません。

語学が単なるビジネスの手段ではなく、それは文化理解の手段だと言うのであれば、むしろ韓国語や中国語を子供の段階から教えれば、ぺらぺらになる子は増えるんじゃないでしょうか。ヨーロッパでは英語が話せる小学生がいるように。


涼風


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