うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

2016年12月24日 | 本と雑誌

新潮文庫2016 

クリスマス・イブにはちょっとふさわしいのかどうか、という気はしますけど・・・。そういえば、「この世界の・・」冒頭、すずさんが広島市内の繁華街を歩くシーンで、サンタさんとかが店頭に飾られているシーンがありましたね。サンタクロースの衣装はコカ・コーラの広告で今のような赤になったそうですね。

僕は高校では日本史とかの成績は良かったのですが、当時から自分でも、それは先生の試験方法と偶々相性が良かっただけで、実は歴史音痴であることは自覚していました。あの頃は一夜漬けすると短期記憶を「暗記パン」みたいに、半日くらいしっかり保つことができたのです(今は見る影もありませんが)。後に史学科大学院まで行った友達よりも成績が良かったりしましたが、背景になる社会情勢とか、そういうことはまるでわかってない。

私立中高だったので、受験暗記ということをしていないのですね。だから年号とかは今でもまるでしらない。中学の日本史の先生は、試験問題をプリントするのではなく、試験中生徒の前で「1番は・・そうだな、鎌倉時代に書かれた歴史書があっただろ。あれをなんというか・。2番はええと・・、朝廷が幕府にを討伐しようと兵をあげたことをなんの乱といったかな?」みたいなテストだった。たぶんクラスによって多少問題が違ってたんじゃないかと思うが、後から生徒の回答を見るとわかったらしい。この先生からは、あまりいい成績を取れなかった。一般論としては、ふつうに受験した子たちのほうが、体系的に歴史が頭に入っていたと思う。ただ、この先生自身のことは結構好きだったし、今思うと懐かしいけどな。

事実世界史は全然だめでした。それでもなぜか通っていた歯医者の待合室で世界史のテキストを広げていたらしく、ある日若い歯医者さんでしたが、「よく勉強しているようだな、ちょっとテストしてみようか(^^;」などと言われ、フランス革命の社会背景とかについてあれこれ聞かれた(その方はおそらく受験のときにしっかり勉強されたのでしょうね)。

それがまるきり、いくつか聞かれたうちの一つも満足に答えることができず、その方も言葉の継ぎようがなくなってしまって、お互い気まずい思いをしたことがあったな。。ありゃあ、なかなか、忘れない記憶だねえ。

前置きが長くなったが、この本は東京大学で近代史を教えている加藤教授が、栄光学園の歴史部の生徒たちを前に、明治以降の日本の戦争-日清、日露、第一次大戦、日中戦争、そして太平洋戦争と、それぞれの開戦までの過程を生徒と対話しながら講義していく、という形の構成になっている。ひところ話題になったサンデル教授の「白熱教室」みたいに、生徒と対話しながら話を進めていく。

加藤教授も、解説の橋本治氏も時折触れているように、この高校生たちは本当によく歴史のことを知っているし、加藤教授の質問に対し的確な答え方をしている。もう、下手な大人顔負け、どころではないですね。。

 

授業の始まりで加藤教授は、そもそも戦争とは何なのか、何を目的として戦争に訴えるのか、あるいは歴史とは科学なのか、などという根本的なことについて生徒に問うています。とりわけルソーの「戦争とは国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の、憲法に対する攻撃、という形をとる」という言葉は、この授業(本)を貫く背骨として、随所に繰り返し出てきます。

 

加藤教授が「もしあなた方がイギリスの貿易商社の社員で、東アジアの国の銅の買い付けを任されたとします。商売で大切なのは「価格や産出量が安定していて、どの相手国にも等しい条件で対応してくれる国」であってほしいと思うでしょう。では、相手の国がそういう国であるということを、あなたは何を基準に判断しますか?ある法律の種類です。」と生徒に尋ねる。

生徒「本国に有利な条件で買えるようにする」

加藤「ほう、関税を有利にするということですね。日本は旧幕府時代に、不平等条約を締結したのですから、その意味では当たっています。ただ、私がここで聞きたかったのは別のことです。例えば足尾銅山のように、鉱害事件が起きて住民に暴動が起きてしまい、銅の算出がストップする。そうしたときに、商社員としてのあなたは何をもって政府に生産を続けるように交渉しますか?」

生徒「警察」

加藤「なるほど、取締法ということですね。たしかに、明治政府は憲法より先に刑法などを公布しています。ただ、これは暴力などでの対応で、経済にかかわることは別のことです」

生徒「商法と民法」

加藤「ああ、やっと出ました。これらの法律があれば、契約手続きということができます。」

そして加藤氏は、日本はこうした商取引を契約の形で行える法律が整備されることで、安定的に取引ができる、と相手国に思わせる形で、対外貿易を発展させる形を取った。中国はこれとは全く違う、華夷秩序という、朝貢貿易のような形の体制で列強と取引をする形をとった(ひらたくいうと、例えば朝鮮やベトナムで問題が起きても、中国に口をきいてもらい、円満に解決できるような体制)。この異なる二つの体制が19世紀末にかけて次第に変容し、日本が台頭してくる、ということになる。それは日清戦争という形に発展していく。

もし自分が高校時代、こんな授業を受けていたら、さぞわくわくしたでしょうね。今はダメです。自分や、自分の周りの大人たちがこんなこと聞かれたら、見当はずれの知識をあれこれ自慢たらしく?ぶち上げる人が出たりして、話が全然進まないでしょう。

 

あとがきで加藤教授は日本人が過去の戦争に対し、これまで十分に振り返ることをしていなかった、と思う人が多いとするアンケート結果を紹介しながら、書店などでよく平積みされている刺激的なタイトルの歴史書(「何とかの大嘘」みたいな)について、「こうした本は何冊読んでも充足することはできない。なぜならこれらの本には適切な『問い』がなされておらず、それを傍証する史料について公平な解釈がなされていないからだ。こうした本を読み続けることは時間とお金の無駄遣いであり、若い人にふさわしくない」としています。たしかに一時期の書店の風景は、ほとんど見苦しいと言ってもいいほどでしたね。さいきんはちょっと静かになってきたかな。。

さいごに橋本治氏の解説。「過去の戦争を『既知のことにしてしまう』ことは、『なぜそうなったかを検討する』必要を感じなくさせることだ」「(開戦までのプロセスを)検討することは、膨大なディティールについて語ることだ。難しいのはこれらを一つの結論にまとめることであり、往々にして論者はそれができず、受け手は自分に都合のよい解釈をしがちになる。加藤さんの本は、その困難を最も誠実な形で乗り切った」

解説というのはたいてい、ろくに内容がないものが多いが、橋本氏のこの解説は非常に内容の濃いものだと思う。

 

 

コメント
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