と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

一日一番・・・良い言葉ですねぇ。悟りの境地ですよ。

2020年08月02日 18時39分49秒 | とーま君の流儀2020
照ノ富士が優勝した。優勝インタビューで、昔のことは忘れて一日一番というようなことを言っていたような気がした。聞き違えかもしれないが。

これって実に良い言葉である。ただいまのこの瞬間が最も大事であるということだとボキは理解した。

過去も、未来も関係ないのである。いまこの瞬間が勝負時であって、過去に大関だったからと言ってもなんも関係ないではないか。

良いことを教わったもんだ。

ちなみに照ノ富士はこう言っていた。

「続けてきてよかったです。いろんなことがあったですけど、こうやって笑える日が来ると信じてやってきました。一生懸命やったらいいいことがあると思って。1日1番なんで、前向きで取っていきました。イケイケの時に優勝してますから、今は慎重に取ってます。落ちてる時も応援してくれてくれてる方々、みんなが支えてくれた人たちがいたから恩返しようと思って…」

これはかなりの人格者である。

過去に大関だったといっても、今の彼には関係ないではないか。非常に感動した。

良い話を聞いた。

ボキも、これでいこうと思った。

今日一日が勝負であるから。

彼に比べたら、ボキなんぞただのボンクラだけどねぇ。


ともかくおめでとう!

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ボキの人生、死んでみなくちゃわからんですなぁ。不安定だし、そもそもなんで九十九里にいるのかさえ、理由がはっきりしないから(^_^)

2020年08月02日 06時40分13秒 | とーま君の流儀2020
ボキは、なんでこの九十九里に住んでいるのだろうと思う。親戚もいないし、そもそも就職で流れてきて、最初の赴任地がここだったというだけである。幸い、人間関係にも恵まれたから住んでいるだけのことだ。つまり、職業が決定づけたというわけである。しかも、ボキの職業なんかたいしたことはない。ただの田舎教師であったというだけである。

昨日、入院していた知人がやってきた。病気回復という挨拶だった。まだまだ入院しなくちゃならないのに、時期が早いと申し上げた。外出許可が出たから一時的に家に帰ったのである。独身だからかなり心配した。五十代は身体の変化があるからお大事にねと申し上げた。ボキも、五十代にいろいろあったからである。大腸にポリープが見つかって、それを切ったときはかなり落ち込んでしまった。しかも三個あったのだ。命を失う可能性があったからである。幸い癌ではなかった。以来、健康には気をつけているつもりだ。

そして、運命の六十代。大学院を中退した。エコノミークラス症候群になっちまった。これが論文ばかり書いていて、病気になったのだから大笑いである。向いていないのだ。論文書きに。研究者とかそういうものに。

さらにふと思った。文化財なんとかというものにもさせてもらったが、これもボキには向いていないのだなぁと。そもそも能力がないのだから、隠居していればいい。そういう覚悟が何でモテナイのだと思った。これこそ迷いの道を歩んでいるということだよ。

今やっているインド哲学系の学習に集中すべきであろう。死に方の学習をである。老人になってきたのだから。

ふううううううううううううううううううううむ。



相撲がおもしろい。昨日の朝乃山の戦いがである。元大関と新大関との戦い。これまたどうなるかわからん。今日が千秋楽だから楽しみである。

しかし、勝負事というのは不安定なものである。どっちが勝つかは、やって見なくちゃわからない。

そこであっと思った。これって、ボキの人生もそうではないかと。ボキの人生は、死んでみなくちゃわからないってぇことに気がついたからである。しかし、死んじゃったらもっとわからない。死んじゃったら、(_ _ )/ハンセイしているヒマがないからだ。


わあはっはははっははっはははっははっはははっはは。

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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/