徒然写真帳

郡上でX人で始めたブログです。管理人の転居により、下呂、美濃、岐阜、恵那、下呂を経て一宮発のブログに!

宮田用水

2020-01-19 11:13:02 | Weblog
 既に1週間が経過してしまいましたが、先週は宮田用水探検サイクリングをしてきました。
 何故、宮田用水かというと、このところ犬山から一宮まで区間の木曽川の河川敷をブラブラする機会が増え、地図を見ると宮田用水の存在が気になりますので下流から辿ってやれ!ということで自転車に乗って探検です。
 探検区間は木曽川の南派川の合流点近くから木曽川から取水している犬山頭首工の区間まで。
 大半はパイプライン化され水が流れているのを観察できるのは大江用水、新般若用水の取水口と南派川との合流点付近と取水しているところぐらい。
 このように書くと歴史が浅いのかと思われるのですが現在の状況になるまでは紆余曲折あり宮田用水の取水は400年になるとのことです。
 色々と調べてみると御囲堤が作られ濃尾平野への水の供給が無くなり木曽川から取水するために作られた用水で、取水箇所は川の状況によって随分変わっていて今の取水箇所となったのは戦後であり様々な歴史があります。
 辿ってみて思ったのは今まで御囲堤の堤外にある土手は何?と思っていたのは宮田用水のものであるということに気づいたことが大きな収穫でしょうか?
 といっても今はパイプライン化され単なる土手となってしまっているのですが・・・
 といっても私の故郷である濃尾平野の歴史を知る上では大きな存在となる宮田用水について調べていくと興味深いことに気づかされます。
 今回の探検で御囲堤が治水のために作られた以外にも木曽から木材を流送ためのインフラであったと言われていること。
 堤を作ることで水を得ることができなくなり用水を作ったこと。
 時代は近代となり恵那にある大井ダムの建設により流量が減り宮田用水への影響が大きかったということ。様々なことに気づくくことができました。
 ただ、実際の探検というと流れを見ることができないつまらないものとなってしまっていたのですが・・・(管理人)

 詳しく知りたい方はWikipediaの記事へ
          更に詳しく知りたい方は濃尾平野の最大資産 宮田用水通水400年の歴史

  南派川近くの宮田用水、流量は随分少なくなっています。(サイクリングロードからみています)
  

  現在の木曽川の堤防の外へ宮田用水の水を調整する水門、大水が出た時には閉鎖されることになるのでしょう
  

  大江用水、新般若用水への取水後の宮田用水(場所は江南市宮田)
  

  中に立ち入ることができませんが大江用水と新般若用水の取水口
  

  大江用水から新般若用水から上流はパイプライン化。現在は散策路整備が進められています。
  

  自転車を走らせ用水の場所を確認、御囲堤沿いに流路があることがわかります
   


  

  江南市草井のあたり(愛岐大橋付近)
  

  ここから上流、犬山頭首工の区間は昭和の時代に作られたものと思います?(ここから御囲堤の堤内となります)
  

  宮田用水、木津用水の取水口、大江用水と新般若用水の取水後と比べると大変な水量です。
  

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