ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

10月19日激論が予想される研究力シンポジウムの練習(4)なぜ、病床数が論文数と相関するの?

2013年09月29日 | 高等教育

  10月19日のシンポジウムも近づいてくるし、毎週の大学の授業の準備もしないといけないし、また、10月16日には、国立大学病院の若手の事務職員の皆さんを対象とした「病院若手職員勉強会」で理想の大学病院について講演をしないといけないし、ちょっと、お尻に火がついてきました。

ー第1回ScienceTalksシンポジウム開催!「日本の研究力を考える -未来のために今、研究費をどう使うか-」
日時:2013年10月19日 (土) 13:00~17:00
会場:東京工業大学 蔵前会館 くらまえホール  

http://www.sciencetalks.org/ja

 今日は、Dさんのご質問の「経営判断」の問題にに答えるのがどんどんとおくれてしまうのですが、Dさんからの国立大学法人会計における減価償却費に関するさらなる技術的なご質問に対して、先にお答えをしておきます。

“減価償却費は、施設・設備への投資額や債務償還費を反映している“という事は、私なりに理解できます。

昔、習った知識では、減価償却費は次のようだったと思います。例えば、建物についての減価償却費 400,000を計上した場合、間接控除方式で、表わしますと、

        減価償却費 400,000/減価償却累計額 400,000 とし

 減価償却費は一応費用として、損益計算書に記載、減価償却累計額は貸借対照表の、建物の下に 減価償却累計額として △ 400,000 と記載します。

 減価償却費は、実際のキャシュアウトのない費用なので、減価償却費の分だけキャッシュはプラスになり、“営業活動によるキャッシュフロー”の中に記載されます。

 このような事で、前のメールで、原資となる可能性があるのではと書きました。

 ところが、国立大学法人の会計は、相当異なるのでは? 例えば、次のような情報がありました。(先生は、良くご存知のことで、今頃知ったのかと思われるでしょうが、)

 国立大学法人の減価償却は、当該設備の更新投資資金をどのように捻出するかで次の3つの処理法に分けられるとのこと。 一般の企業と同様の処理、資産見返負債戻入処理、損益外減価償却費処理。 従って、具体的な投資資金先とか、償却年数、など分からない私が、単純に一般企業の会計ではというのは、聊か的外れだったように思います。逆に、投資資金の種類によって減価償却費の扱いが変わるのですから、定量的には問題はないのでしょうか?  捻出法で、金額は全然異なるのでしょうか? 所謂、学校間に差はないのでしょうか?

 「減価償却費」についての、かなり高度な技術的なご質問ですね。

 「減価償却費+利益」はグロスキャッシュフローとも呼ばれており、営業キャッシュフローを間接法で計算するときの最初のステップですね。民間企業では、税金も計算に入れます。これは、元金の償還や投資や留保に回せる、およその現金を意味します。支払利息は損益計算書に計上され、「減価償却費+利益」においてはすでに差し引かれた金額ですので、ここから支払う必要はありませんね。このグロスキャッシュフローに、さらに現金の出入りを伴わない、あるいは一致しない科目の金額を加減して調整していくと、次第に営業キャッシュフローに近い金額になっていきます。

 「減価償却費+利益」が元金償還額よりも小さい場合は、資金がショートしている可能性が高く、資産の取り崩しが行われている可能性がありますね。こういう場合は、手元に残る現金はなく、ふつうは新規の投資もできませんね。この「減価償却費+利益(税で調整)-元金償還額>0」については、一部の金融機関が融資を決める場合の、極めて大まかな目安の1つにしている財務指標ですね。

 国立大学の減価償却費は、Dさんがお調べになられたように、3つの処理があります。なかなかややこしいのですが、損益外減価償却費処理は、主として、利益を生まない施設・設備(教育・研究のための施設・設備等)が公的資金で賄われた場合の減価償却費で、これは、損益計算書に計上されません。したがって、この減価償却費は僕の今回の分析には使っていません。Dさんのご指摘にように、投資資金の財源が公的資金の場合は、借入金償還という負担には結びつかないので、論文数に対するマイナスの影響はないはずですね。今回分析に使った減価償却費は、概ね病院現場の負担になるものと考えてよいと思います。

 利益を生じる施設・設備は減価償却費として損益計算書の費用に計上されますが、このうち公的資金や寄付金で賄われた施設・設備については、減価償却費相当額を、資産見返負債戻入等として収益に計上し、減価償却費を打ち消す処理をします。

 先ほどのグロスキャッシュフローを求める観点から申しますと、「資産見返負債戻入」はキャッシュインを伴わない収益ですので、これを調整して「減価償却費+利益-資産見返負債戻入」とするほうが、より正確なキャッシュを推定できます。

 ただ、最近の一連のブログでお示しした論文数と、業務収益および減価償却費の回帰分析で、「減価償却費」を「減価償却費-資産見返負債戻入」に置き換えても、論文数に対する寄与率はほとんど変わりませんでしたので、「減価償却費」を使ってお示しした次第です。本来ならば、減価償却費から資産見返負債戻入の金額を差し引き、医業収益からも資産見返負債戻入を差し引いた金額で相関をとった方がいいのかもしれませんが、今回の検討では資産見返勘定の金額は、結果に影響を与えるほどの金額ではなかったということです。

 さて、病院の財務データの論文数に対する寄与についてもう少し追加の説明をしておきます。

 実は、国立大学間の論文数の違いは、業務収益と減価償却費でもって、その93%が説明できるという回帰分析の結果をお示ししたのですが、その大部分は業務収益の差で説明ができ、減価償却費の差は、それをわずかに調整する程度しか寄与していないのです。

 次のグラフは、病院の医業収益(業務収益ではない!業務収益には運営費交付金収益や受託・共同研究費が含まれています)と臨床医学論文数の相関を調べたものです。国立大学間の臨床医学論文数の差が、大学病院の医業収益、つまり病院の売り上げ高だけで、寄与率約90%で説明できてしまいます。これに、受託・共同研究費、運営費交付金、減価償却費、その他の財務データで調整を加えていくと、最終的には96%が病院の財務データで説明できるようになります、


 

 ところが、病院の医業収益と臨床医学論文数が相関するのであれば、医業収益を増やせば臨床医学論文数が増えるかというと、そのようなことにはならないわけです。下のグラフは2007年から2010年にかけての、各国立大学病院の医業収益の増加率と、臨床医学論文数の増加率の相関を調べたものですが、相関は認められませんでした。

 医業収益の差は、大学病院の規模(∝研究人材数)の差を反映するものであり、論文数と良好な相関を示しますが、医業収益を増やしても、それがFTE研究者数(∝研究活動の人・時間)の増をともなわない場合は、論文数は増えない。医業収益の増が研究者の診療時間を増やして、研究時間を減少させるようにマイナスに働いた場合は、論文数は減ることだってありうるわけです。このような論文数の動的な変化に関係する財務データとしては、前にお示しした分析では、運営費交付金の増はプラスに働き、減価償却費の増はマイナスに働き、診療活動への偏り(静的データですが)はマイナスに働くということでした。


 

 このようなメカニズムを理解していただくために、「床屋ー研究所モデル」なるものを使ってご説明しましたね。このモデルでは、床屋が研究所を持っており、研究者が50%の活動を研究に使い、50%の活動を床屋の営業に使っているということにします。そして、床屋の売り上げ単価や、1人の顧客に要する理容時間、理容椅子稼働率も50%で同じと仮定します。そして、研究者の人件費は運営費交付金で賄われていることにします。

 Aという「床屋ー研究所」には、10人の研究者がおり、10個の理容椅子を持っている規模であり、Bという「床屋ー研究所」には20人の研究者がおり、20個の理容椅子を持っていました。

 研究者一人が1年間に1編の論文を産生するとすると(FTE研究者あたり年2編の論文数産生)、A「床屋ー研究所」は年10編の論文を産生し、B「床屋ー研究所」は20編の論文を産生し、2倍の違いがあります。この時の床屋部門の売り上げ高も、AとBでちょうど2倍の違いになりますね。ですから、床屋の売上高の違いを調べれば、論文数の違いも正確にわかるわけです。

 ところが、A店 、B店とも、設備の購入のために売上高を10%増やす必要に迫られました。そのため、両店とも理容椅子稼働率を55%に上げました。A店では、研究者の数を増やさずに稼働率だけ上げたので、研究者の研究活動時間が10%減少してFTE研究者数は10%減少し、論文数は10%減少しました。

 一方B店では、運営費交付金を10%増やしてもらえたので、研究員を2人増やすことができ、総研究員数が22人で、理容椅子稼働率が55%、FTE教員数は11名という勘定になるので、論文数は10%増えることになりました。

 このようなケースの場合、A店、B店の売上高の違いは2倍、論文数の違いは9対22と2.4倍の違いになりますが、論文数の違いの2.4倍は、売上高の違いの2倍で、まだ83%まで説明できることになります。しかし、売上高が10%増えたということで、A店の論文数が10%減り、B店の論文数が10%増えたという違いを全く説明できませんね。一方、運営費交付金の増でその50%を説明できることになります。

 もう一つ、A店、B店の理容椅子の数は、それぞれ10、20であり、2倍の違いがあり、論文数の違いと同じですね。この理容椅子の数の違いでも、論文数の違いが説明できるかもしれませんね。

 では、実際の国立大学附属病院で調べてみましょう。

 

 病床数と論文数の相関については、病床数の多い大学(旧帝大)のバラつきが大きく、残差の正規性が認められないという問題はあるのですが、大学間の臨床医学論文数の違いは、病床数の違いで、その約84%が説明できてしまうという結果になりました。(なお、病床数の多い5大学病院を除きますと、残差の正規性が認められ、寄与率は87%となります。)

 「床屋ー研究所モデル」をご理解いただいた読者の皆さんには、論文数とまったく関係がないと思われる病床数が相関する理由がお分かりになりますよね。もちろん、病床数だけ増やしても論文数は増えませんよ。研究者数を増やさずに病床を増やして、病床稼働率を上げた場合には、研究時間が減ることによりFTE研究者数が減って論文数が減少するかもしれませんし、逆に、研究者数を十分増やしつつ病床数を増やすということであれば、論文数が増える可能性もありますね。

 Dさんの「経営判断」の問題への回答は次回です。

 

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