野山と田園の画文通信・漫画家【とよだ時】の山中徘徊記
山のふみあと日記
東北・吾妻連峰人形石の赤ちゃん「山のふみあと日記」
みなさんこんにちは。山のゆ-もぁ画(漫画)のとよた 時です。下
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▼きょうの話題(186)
某月某日(月曜日 天気:くもりのち雪)
「東北・吾妻連峰人形石の赤ちゃん」
『日本百名山』にもかぞえられている、吾妻連峰・西吾妻山北東に
風化してはいますが、人の形をした岩がたくさん建っている所があ
ります。名づけて人形石。
10月下旬、人形石を過ぎたあたりから本格的な雪になりました。西
吾妻避難小屋までまだかなりあります。突然、赤ちゃんをおんぶし
た三人連れが雪の降る中、雨具もつけない軽装で現れました。
赤ちゃんは寒さで泣きっぱなしです。にこにこしながら「お気をつ
けて」などと、やけに元気です。白布温泉に下るといいますが、た
しかいまの時期、リフトは動いていないと聞いています。
時計を見ると午後の4時。歩いて白布に着くのはあと3時間はかか
るはず。7時半過ぎにはなってしまいます。無事だったかしばらく
気になり、新聞やテレビのニュースが気になりました。
・福島県北塩原村と山形県米沢市との境
(本文は下記)
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南ア・鳳凰三山地蔵岳のオベリスク「山のふみあと日記」
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▼きょうの話題(185)
某月某日(日曜日 天気:晴れ)
「南ア・鳳凰三山地蔵岳のオベリスク」
南ア入口の鳳凰三山地蔵岳のオベリスクは、高さ18m、基部からは
50mもある岩峰です。昭和9年に行われた山頂調査で、奈良時代ま
たは平安初期の開山だと推測されています。
その時神仏習合信仰時代に、神社にかけて拝んだとされる懸仏(か
けぼとけ)などが発見されています。また同じ時期、オベリスクの
へこみにまつってある2体の地蔵も見つかったといいます。
岩峰の下の「賽の河原」と呼ばれるところは礫地になっていて、子
授けにご利益があるという地蔵の石仏がたくさんならんでいます。
子どもが欲しい人は、ここのお地蔵さまを1体お借りして家にまつ
ると授かるといわれています。また願いが通じるとお礼に2体を返
す風習が江戸時代から続いているそうです。
一時は数百体の石仏がならんだこともあったそうです。
・山梨県韮崎市、南アルプス市、武川村の境
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中ア・木曽駒ヶ岳濃ヶ池のホコラ「山のふみあと日記」
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▼きょうの話題(184)
某月某日(土曜日 天気:晴れ)
「中ア・木曽駒ヶ岳濃ヶ池のホコラ」
木曽駒ヶ岳山頂から派生する北東尾根の伊那側カールには崖からし
み出す濃ヶ池があり、池のほとりにヤナギの小木が茂っています。
池のほとりには天台大神の石碑や祠もまつられています。
ふもとでは昔から濃ヶ池の水は毒水で池にはヌシの竜が住むとか、
また大声を出すと山が荒れるなどいわれ、神秘な池として村人に恐
れられてきました。そのため、雨乞いの池としても知られます。
宝永7(1710)年、干ばつに苦しんだ伊那郡小出村の人たちが権現
つるねから登って雨乞いをしたという記録があります。何年か前、
濃ヶ池のほとりでテントを張ったことがありました。
ひとっこ一人いない静かな湖畔。目の前の流水で水割りをつくり満
天の星空に乾杯します。この水が毒でない証拠にまだ生きています。
・長野県伊那郡宮田村。
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吾妻連峰・一切経山「山のふみあと日記」
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▼きょうの話題(183)
某月某日(日曜日 天気:晴れ)
「吾妻連峰・一切経山」
「実の名は一切経山なれど、総称して吾妻山という」と古書にある
一切経山。昔はここが連峰の主峰と思われていたようです。山名は、
空海がこの山頂が狭く霊場を建立できず一切経を埋めたのがはじま
りという。
また『信達一統志』という江戸時代の郷土誌には「大笹生邨蓮光寺
開山勇猛法師法華経を一字一石に書き写し、蜂上に埋め塚を築きし
なり」とあります。
この勇猛法師こそ前9年の役の時衣川関で八幡太郎義家に一時見逃
され、のち仏門に入り一切経の経本千巻を山頂に埋めたという安倍
貞任のことでしょうか?いまも山頂には石を積んだ塚と木柱や祠が
建っています。
ある秋、一切経山頂で写真を撮り、沼のわきでテントを張りました。
太陽が西に沈み、かわって白っぽい月が湖面を照らしはじめました。
黒い影になった一切経山と、湖面に写る月に、がらにもなくアルコ
ールがすすみました。
・福島県福島市と猪苗代町との境(本文は下記)
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