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精神科医師のブログ。
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ビューティフルな抑肝散加陳皮半夏

2012年05月13日 | Weblog
クラシエ(旧カネボウ)の主催する漢方の勉強会が松本であった。


(松橋和彦先生)


私は東洋医学や漢方薬はわりと好きな方であり患者の半分までははいかないが、結構出しているし自分でもよく飲んでいる。
もちろん基本的には西洋薬が中心ではあるが、症状に応じて患者さんに応じた漢方薬をそれなりに選べるようになって奏効率は7割程度にはなってきた。
こころと身体を一連のものとして診る東洋医学は精神医学とも相性がよい。
漢方薬を使う最大の効用は東洋医学的な解釈も考えると不定愁訴を診るのが苦痛じゃなくなることと、診察や問診が丁寧になること、それから勉強会などで科をこえた話ができるということか。

日本は保険診療で漢方薬をつかえる世界でも稀な国なのである。

漢方薬、保険はずしのピンチをチャンスに!

現在、保険診療で使える漢方薬のエキス製剤はツムラ、クラシエ、コタロー、オースギなど複数のメーカーが出している。
その中ではツムラがシェアの8割以上を占めており圧倒的だ。
業界2番手のクラシエは1割程度のシェアしかないが、東日本大震災で茨城のツムラの工場が被災したときは、クラシエの富山の工場などはフル回転だったようだ。
そんなこともあり判官贔屓の感情もあわさって、もうすこしクラシエには頑張ってシェアを拡大してもらいたいと思っており、結構クラシエの漢方薬も処方している。
しかしクラシエの漢方薬を指名して処方しても、マイナーどころの方剤は院外の薬局においておらずツムラに変えてもいいですか?との問い合わせがあることがある。仕方なく、「いいですよ」と答える。もったいない話であるがしょうがない。
クラシエの漢方薬エキスはスティック状のパッケージに入っており顆粒が細かく、ちゃんとお湯に溶かして飲む人には溶けやすくて良い。(漢方薬のエキス製剤はインスタントコーヒーのようなものだからお湯に溶いて飲むのが本来の飲み方。)
経管栄養の方に使う場合もクラシエの方が顆粒が細かくチューブが詰まりにくいという。
ただ横着してそのまま口に含んで飲む人には、ツムラくらいの顆粒の大きさのほうが飲みやすいかもしれない。
クラシエのエキス剤をそのまま飲もうとすると粉が舞ってむせてしまうことがある。

その他にクラシエには方剤によっては錠剤の漢方薬がある。
OTC薬ではロートの和漢箋のような錠剤の薬もあるし、台湾の漢方薬局では、生薬を刻んだ煎じ薬の他に、タブレット状の漢方薬エキスが大量に売られていた。
すべての方剤に錠剤のものがあれば便利だと思うが今や保険診療で使える漢方薬が新たには認可を得ることは困難なのだそうだ。
顆粒の薬やお湯に溶いて飲むのが苦手な人も西洋薬同様のタブレットなら飲める場合もあるので何とももったいない話である。
もっとも味わうことも含めて効果で、合わない場合は無理してまで飲まさないのが東洋医学であり、漢方薬に錠剤はそぐわないという考え方もある。

また、クラシエの漢方薬エキス製剤は蒼朮と白朮の使い分けにもこだわっているのがウリだそうだ。
また揮発してしまう成分を特殊な方法でエキスに再度いれこんでいるという。(クラシエの宣伝みたいになってしまうが・・。)

ところで昨今、認知症の周辺症状に関して、頻用されるようになった抑肝散をクラシエはもっていない。。
そのかわり抑肝散に陳皮と半夏を加えたより完成度の高い抑肝散加陳皮半夏がありこれを欲しいとのことのようだ。
服用回数が少くて済む1日2回の内服の3.75mg入のスティックのパッケージがあることも売りとしているようである。
残念ながら抑肝散加陳皮半夏にはタブレット状の薬はない。
あれば相当便利だと思うのだが・・・。

私がいる病院では院外処方にクラシエの抑肝散加陳皮半夏は登録されておらず、使うためには手書きで処方箋に書き加え、なおかつ電子カルテに加えなければならないため、ツムラの抑肝散を使っている。

薬剤には院内と院外の採用があり、病院で院内採用された院内の薬剤に常備され入院患者や様々な事情で院外処方が困難な外来患者に処方される。一方、院外採用された薬剤はリストを渡し周辺の薬局においてもらうようにしている。採用外の薬品で、薬局にない場合でも薬局間で融通はされるが、やたらと増やすわけにもいかない。

薬に関しては薬局が管理しており、一増一減(一つ採用したら一つ減らす)が原則であり新規採用希望薬が多々ある中で、科で取りまとめた上で申請理由や減らす薬などを書いて薬事委員会を通さなければならない。
院内に在庫をもたなければいけない院内外採用の方が、院外採用よりも条件は厳しい。

クラシエのMR(営業)の方には、抑肝散加陳皮半夏を院外だけでもいいから採用して欲しいとずっと泣きつかれているが、一減ということになるとツムラの抑肝散を切ることになるが、これまで使っている人も多く難しい。

そんなこんなで当院で使える漢方薬は限られていて、使いたい漢方薬がない一方で、あまり使わない漢方薬が採用されていたりする。
そもそも漢方薬を積極的に使う医師も限られており、皮膚科や婦人科などで多少使われる程度であり、なかなか理解を広めていくのは大変である。院外では打ち出される処方箋に手書きで追加という方法も取れるが、院内では届けをだして薬局にお願いして臨時採用、購入しないと使えない。
個人的には、院内でも救急外来や病棟でも使うから、麻黄湯、五苓散、防風通聖散、酸棗仁湯、加味帰脾湯、麻子仁丸などはおいておいて欲しい。インフルエンザで麻黄湯が使えないのは痛すぎる。さらに下痢や慢性硬膜下血腫、むくみなどで応用がひろい五苓散も何故か院内採用にない。
それから院外だけでもよいから、呉茱萸湯、小建中湯、桂枝加竜骨牡蛎湯を採用して欲しい。(しかたがないので使う場合は手書きで処方箋と電子カルテに書いて使っている。少々めんどくさい。)
どれもけっこう頻用される有名な処方だとおもうが・・・。
漢方薬に関して一増一減のルールは勘弁して欲しいと思う。
漢方外来でもあれば一気に増えるのだろうが・・。

であるから静内病院のようにたいていの漢方エキス剤が使える環境は羨ましい。

科学的視点からみた漢方医学


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さて、今回は佐久総合病院内科、北相木村診療所の松橋先生の講演であった。
佐久病院の初期研修の時の診療所の研修でお世話になったり、「千曲川漢方勉強会」などで何度か話は聞いたことがある先生だ。
村で地域づくりの活動もされているユニークな先生だ。
今日は田んぼの代搔きをしてから北相木から駆けつけて下さったそうだ。

ふしぎ先生 診療所で森づくり 北相木村-りんねの森だより


今回のお話は中国の「対(dui)」の概念をもとに、抑肝散加陳皮半夏の処方解説へと広がっていった。
中医概念に慣れていない人でもわかるように、ホワイトボードに書いて、ひとつひとつ組み立てながら解説し鮮やかな話であった。素晴らしい話であったが全ては再現できないのでエッセンスのみを記す。
どこかで松橋先生の話を聞く機会があれば参加してみて欲しい。漢方薬のイメージが代わるであろう。

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まず、「対」概念の歴史からはじまって、中国医学が「こころ」についてどうとらえているのか?というところから。
そもそも脳という臓器を認識していたのか?という問には認識していたというのが答えのようだ。「脳」、「悩」という字があるのがその証拠だ。
中医学では感情も含めて陰陽五行説で説明されるが、「こころ」は主に2つの機能にわけて2つの臓器で担当する。
中医理論での五臓や気血水の概念は西洋医学の臓器と対応する部分もあるが、より広いシステムも含めた概念なので漢方の理論に慣れていない人は注意が必要だ。

心(しん)は神志を主る。神志というのは意識や知性、理性のようなもの。
   脳科学的に言えば大脳新皮質、前頭葉の機能だろう。
肝(かん)は情志を主る。情志というのは感情や本能、欲望といったもの。
   脳科学的に言えば大脳旧皮質、辺縁系、交感神経系などの機能か。


そして神志が情志をコントロールしている。つまり理性が感情をコントロールしている。
五臓のそれぞれに陰陽がある。
ここでの陰(血)は身体の実体(体)をあらわし、陽(気)は身体の機能(用)を表す。

心も心血と心気(現代医学の心機能に近い)があり、肝にも肝血(血を貯蔵する)と肝気がある。

このなかで、こころに関係するのは心血と肝気である。
心血は衰えやすいのが特徴であり、心血虚の症状として健忘、不眠、多夢がある。
これらは認知症の中核症状や抑うつなどでみられる。
一方で肝気は亢進、失調しやすい。これを肝気鬱結といい、まさに認知症のBPSDはこの状態である。

認知症は心血虚となり、抑えていた不安感、所有欲、帰巣本能、支配欲が出てきた状態といえる。

・・・酔っ払って理性がなくなったときに出てくる症状が認知症となりBPSDとして出てくる症状かもしれない。

さて、肝の治療原則として以下のような考え方がある。

1)気と血を同時に治療する
2)脾への配慮
3)虚熱、痙攣、震え、二次的変化への配慮 


このような考え方で作られた方剤である抑肝散加陳皮半夏と加味逍遥散は、そもそも別の目的で作られた方剤だが非常によく似た構成になっているという。

(どちらも四逆散から発展した変法かとおもったらそうではないらしい。
抑肝散の出典は『保嬰撮要(ほえいさつよう)』,もともとは子供のための処方。
「抑肝散は小児が肝の経絡の虚熱のため痙攣を起こし、あるいは発熱して歯を食いしばり、あるいはひきつけを起こして発熱悪寒し、あるいは粘液を嘔吐し、腹部膨満して食欲不振となり、寝てもむずがるという症状を治す。小児と母親の双方に服用させる。」
今で言う育児ノイローゼのための薬であり、それを認知症のBPSDに応用した。介護者も同時に飲むのが良いのではないか?

加味逍遥散は小柴胡湯の変法である逍遥散に牡丹皮、山楂子をくわえたもので『和剤局方』婦人諸疾篇の逍遥散の項目に「血虚、労倦し、五心煩熱し、肢体疼痛し、頭目昏重、心忪(胸苦しく)頬赤く、口燥咽乾し、発熱盗汗し、食を減じ臥すを嗜む、及び血熱相い搏ち、月水調はず、臍腹脹痛し、寒熱瘧のごとくなるを治す。また室女の血弱く陰虚して栄衛和せず、痰嗽潮熱し、肌体るいそうし、骨蒸となるを治す。」婦人の更年期障害や性周期に一致した精神症状などによい。)

いづれにしろ肝気が亢進すると、気が血を上回り、虚熱というほてりや、肝陽化風(=けいれん)、めまい、充血などがでる。
加味逍遥散には火照りをとる目的で牡丹皮や山梔子が入っており、抑肝散加陳皮半夏には釣藤鈎が入っている。
肝気が亢進すると、相克の関係から、今はなくてもそのうち胃腸の症状も出てくるはずである。(イライラすると胃が痛いなど)
そういえば自験例でもアルツハイマー型認知症になって、行き始めたディサービスなどストレスからか胃潰瘍となった方もいたな・・。ピロリ菌も陽性ではあったが。

・・・そこまで配慮して抑肝散は日本で抑肝散加陳皮半夏に進化した。
(抑肝散に六君子湯の方意を加えたとも言えるだろう。)

釣藤鈎:平肝、潜陽(目に見える症状を抑える)
柴胡:疏肝理気(肝気の流れを良くする)

       ↑
  さらに、これらが複合対薬
       ↓
当帰:補血(+活血)(肝血は心血を提供する、心血は肝気をコントロールする)
川芎:活血(+理気)


白朮:補気(>)燥湿(脾の気がたまるとゲップ、下痢、舌苔↑になる)
茯苓:補気(<)燥湿(2つを合わせることでバランスがとれる)

       ↑
  さらに、これらが複合対薬
       ↓
陳皮:理気、開胃(みかんの皮、シトラスの香りで食欲↑)
半夏:止嘔、降逆(ムカムカを抑える。)


これらに全体を調和さす目的で甘草を加えて抑肝散加陳皮半夏となる。

Beautiful!美しい方剤・・・。
それぞれが対となり、さらに複合対薬となっている。まるで麻雀の役のようだ・・。

ということで抑肝散より抑肝散加陳皮半夏の方が完成度の高い方剤というクラシエ大喜びの〆でした。

こういう説明をされると、とても面白い。
東洋医学の理論に基づいて、いろんな方剤についてこういう理解を深めていきたいとおもった。

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さらに今回は札幌の「ときわ病院」の宮澤仁朗先生のアルツハイマー型認知症の診断と治療の話もあった。
札幌のスーパー救急もやっている単科の精神科病院の院長で、北海道の朝のテレビ番組に毎週レギュラーでコメンテーターとして出演しているイケメンの精神科医だ。印象に残ったのはMe-CDTというCDT(時計描画テスト)と短期記憶、見当識など5つの質問を組み合わせた簡単なテストで、MMSEと同等の感度特異度でアルツハイマー型認知症を診断できるという話。10時10分というのを覚えてもらって最後に時計を書くというのがミソ。たしかにMMSEやHDS-Rまでとれない時には外来でそのような検査をおこなっているし、免許の高齢者講習もほぼそのくらいの内容だ。早く標準化されるといいな~。
あと抑肝散加陳皮半夏の脾(消化器)への効果はアリセプトなどコリン賦活薬の副作用である消化器症状を打ち消すので、アリセプトと抑肝散加陳皮半夏の組み合わせがよいという話も・・・。

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