ここのところ仕事はまずまず忙しいというレベルなんですが、台風の時はちょっと地獄見ました。台風前夜が遅かった上に、翌朝は台風直撃前に早朝出勤で。
その時以外は、会社帰り(と言っても20時とか21時過ぎだけど)に「かんとうみんてつスタンプラリー」で回れる範囲の駅を回っていたりしたら、やっぱり家に帰るのが遅くなっているわけですが、まあ出張とか、富士川町帰りとかも利用して、なんとかスタンプ12個までは到達してます。ちなみに、早い人はもう先週末くらいに39個そろえていました。私はまあ、年内でまわれれば良いかなあ。なんせ富士川町でのイベントで11月は手一杯になりそうなので。
さて、10/12-13で行ってきた旅行の続きです。
10/12の朝に東京を出て、仙台は利府にある新幹線総合車両センターの公開イベントへ向かいました。
最初に台車工場を見ていたわけですが、台車工場を抜けたら組み立て工場に入ります。ただ、こちらの工場は2箇所に分割公開されていて、最初に入った側は震災関係の展示スペースでした。
今回の旅行は元々震災の被災地を訪れておきたいという父の希望もあっての旅行でしたので、被災状況を知っておくにはちょうど良いところでしたけど、やはり想像を絶する災害であったことをまじまじと感じさせられました。
台車工場と組み立て工場の間に第1トラバーサがあるが、これはこの日は使わず
組み立て工場へ入る
入口付近では赤い羽根の共同募金をやっていたのだが、なぜか初音ミクコラボでした
床面に海岸線の衛星写真が並べられています。これは震災前後での海岸線を比較するために用意されていました。津波被害のひどさが見て取れます
さらにパネルやビデオ、物品展示も行われていて、子供連れはさすがにあまり見ていませんでしたが、大人客は見入っていました
パネル展示の内容の一部。常磐線の北部不通区間(相馬ー浜吉田)と仙石線の不通区間(高城町ー陸前小野)の復旧計画が示されていました。どちらも線路を内陸へ移動するようになっていました
これは震災によって被害を受けた物の展示です
国土交通省TEC-FORCEの記念撮影用服と装備品展示です
震災関係の展示を見た後は、さらに奥へと移動します。
この後のスペースではパンタグラフが展示されていました。
JR東日本の新幹線のパンタグラフは、国鉄時代の物から徐々に変化し、現在のE5系、E6系ではかなり特殊な物を使用しています。と言うのも、新幹線のパンタグラフは騒音源の一つで有り、なるべく数を減らした方が騒音は小さくなります。
時速320km運転を前提にしたE5系、E6系では、この対策としてそれぞれ10両編成、7両編成で1個ずつしかパンタグラフを上げていません。と言うことは、もし離線してしまうと、途端に電源供給がゼロになってしまうので、E5系、E6系は12分割すり板付き低騒音パンタグラフを採用しています。
パンタグラフ展示
E2系0番台の下枠交差形パンタグラフPS205
これはE2系のパンタグラフのすり板など
E3系のシングルアームパンタグラフPS206
PS206用のすり板など
カバーを開けているE2系1000番台用シングルアームパンタグラフPS207
カバーを外しているE5系用シングルアームパンタグラフPS208
そのカバー。1個のカバーとすることで、騒音を軽減している
これがE5系用パンタグラスのすり板だ
さらに奥にはE6系用シングルアームパンタグラフPS209
MTr。って説明が無くて、何の略だかわからない。変圧器?
これはE2系のドアエンジンの部品
さて、ここまで部品ばかりでしたが、ようやく車体が見えました。
見えたのはE5系の中間車。E5系は10両編成ですが、車体間に全周幌を装備しているため、通常は中間車の妻面は見られないのですが、こういう工場だとそれが見られるわけです。なかなか面白い構造をしているなあという感じでした。
E5系中間車の姿
組み立て工場を出ると、またトラバーサがあったんですが、このトラバーサがちょうど動かす展示をやっているところでした。
こちらも乗っていたのはE5系の中間車。新幹線は1両の長さが25mと長いので、トラバーサも普通より大きいですね。
トラバーサの移動イベント
この先には車体工場があったんですが、車体工場は今回のイベントでは非公開でした。
さらに奥には、車両保存のスペースが。ここにきてようやくまともに車体を見たんですが、驚いたのは961形が保存されていたこと。いや、知らなかったんですよ。これが残っているなんて。東海道は1000形を解体しましたしね。
961形は全国新幹線網対応車両として開発された試作車両で、数少ない東海道・山陽新幹線と東北新幹線の両方を走ったことのある車両です。また、東北新幹線の小山試験線で当時の電車の世界最高速度記録の319km/hを記録しています。
これと一緒に置いてあったのが、953形「STAR21」。E2系等の礎になった車両で、1993年に425km/hの速度記録を残しています。また、この他にも200系の保存車、かつて利府駅等に置いてあった電気機関車やSLもありました。ただ、新幹線は割と状態が良かったのですが、電気機関車とSLは劣化が激しかったですね。もう少し、ちゃんと整備してあげて欲しいなあ。貴重な車両ばかりだし。
広場に緑の新幹線
なんか200系とは違う。0系とも違うけど、0系に近い
そう、この車両が961形です
車体間がカバーになってます。足回りは200系に近いですね
車内は2列、2列の簡易リクライニングシート。200系の初期より良いじゃないか
もう1両は休憩室になってました
ちなみに、元々試験中は0系同様の青色だったらしく、緑色の下に青色が隠されているのがわかります
こちらが953形「STAR21」。反対側の先頭車である962形は米原に保存されてます
以前は利府駅の側線、その後利府駅の奥の空き地に保存されていた交流電気機関車が今は新幹線総合車両センターに。ちなみにトップナンバー車ばかりです。さらにSLも3両集められていますが、いずれも劣化が進んでいます
200系も2両だけ保存されています
新幹線総合車両センターの見学はまだ続きます。後は、次回にて。
その時以外は、会社帰り(と言っても20時とか21時過ぎだけど)に「かんとうみんてつスタンプラリー」で回れる範囲の駅を回っていたりしたら、やっぱり家に帰るのが遅くなっているわけですが、まあ出張とか、富士川町帰りとかも利用して、なんとかスタンプ12個までは到達してます。ちなみに、早い人はもう先週末くらいに39個そろえていました。私はまあ、年内でまわれれば良いかなあ。なんせ富士川町でのイベントで11月は手一杯になりそうなので。
さて、10/12-13で行ってきた旅行の続きです。
10/12の朝に東京を出て、仙台は利府にある新幹線総合車両センターの公開イベントへ向かいました。
最初に台車工場を見ていたわけですが、台車工場を抜けたら組み立て工場に入ります。ただ、こちらの工場は2箇所に分割公開されていて、最初に入った側は震災関係の展示スペースでした。
今回の旅行は元々震災の被災地を訪れておきたいという父の希望もあっての旅行でしたので、被災状況を知っておくにはちょうど良いところでしたけど、やはり想像を絶する災害であったことをまじまじと感じさせられました。
台車工場と組み立て工場の間に第1トラバーサがあるが、これはこの日は使わず
組み立て工場へ入る
入口付近では赤い羽根の共同募金をやっていたのだが、なぜか初音ミクコラボでした
床面に海岸線の衛星写真が並べられています。これは震災前後での海岸線を比較するために用意されていました。津波被害のひどさが見て取れます
さらにパネルやビデオ、物品展示も行われていて、子供連れはさすがにあまり見ていませんでしたが、大人客は見入っていました
パネル展示の内容の一部。常磐線の北部不通区間(相馬ー浜吉田)と仙石線の不通区間(高城町ー陸前小野)の復旧計画が示されていました。どちらも線路を内陸へ移動するようになっていました
これは震災によって被害を受けた物の展示です
国土交通省TEC-FORCEの記念撮影用服と装備品展示です
震災関係の展示を見た後は、さらに奥へと移動します。
この後のスペースではパンタグラフが展示されていました。
JR東日本の新幹線のパンタグラフは、国鉄時代の物から徐々に変化し、現在のE5系、E6系ではかなり特殊な物を使用しています。と言うのも、新幹線のパンタグラフは騒音源の一つで有り、なるべく数を減らした方が騒音は小さくなります。
時速320km運転を前提にしたE5系、E6系では、この対策としてそれぞれ10両編成、7両編成で1個ずつしかパンタグラフを上げていません。と言うことは、もし離線してしまうと、途端に電源供給がゼロになってしまうので、E5系、E6系は12分割すり板付き低騒音パンタグラフを採用しています。
パンタグラフ展示
E2系0番台の下枠交差形パンタグラフPS205
これはE2系のパンタグラフのすり板など
E3系のシングルアームパンタグラフPS206
PS206用のすり板など
カバーを開けているE2系1000番台用シングルアームパンタグラフPS207
カバーを外しているE5系用シングルアームパンタグラフPS208
そのカバー。1個のカバーとすることで、騒音を軽減している
これがE5系用パンタグラスのすり板だ
さらに奥にはE6系用シングルアームパンタグラフPS209
MTr。って説明が無くて、何の略だかわからない。変圧器?
これはE2系のドアエンジンの部品
さて、ここまで部品ばかりでしたが、ようやく車体が見えました。
見えたのはE5系の中間車。E5系は10両編成ですが、車体間に全周幌を装備しているため、通常は中間車の妻面は見られないのですが、こういう工場だとそれが見られるわけです。なかなか面白い構造をしているなあという感じでした。
E5系中間車の姿
組み立て工場を出ると、またトラバーサがあったんですが、このトラバーサがちょうど動かす展示をやっているところでした。
こちらも乗っていたのはE5系の中間車。新幹線は1両の長さが25mと長いので、トラバーサも普通より大きいですね。
トラバーサの移動イベント
この先には車体工場があったんですが、車体工場は今回のイベントでは非公開でした。
さらに奥には、車両保存のスペースが。ここにきてようやくまともに車体を見たんですが、驚いたのは961形が保存されていたこと。いや、知らなかったんですよ。これが残っているなんて。東海道は1000形を解体しましたしね。
961形は全国新幹線網対応車両として開発された試作車両で、数少ない東海道・山陽新幹線と東北新幹線の両方を走ったことのある車両です。また、東北新幹線の小山試験線で当時の電車の世界最高速度記録の319km/hを記録しています。
これと一緒に置いてあったのが、953形「STAR21」。E2系等の礎になった車両で、1993年に425km/hの速度記録を残しています。また、この他にも200系の保存車、かつて利府駅等に置いてあった電気機関車やSLもありました。ただ、新幹線は割と状態が良かったのですが、電気機関車とSLは劣化が激しかったですね。もう少し、ちゃんと整備してあげて欲しいなあ。貴重な車両ばかりだし。
広場に緑の新幹線
なんか200系とは違う。0系とも違うけど、0系に近い
そう、この車両が961形です
車体間がカバーになってます。足回りは200系に近いですね
車内は2列、2列の簡易リクライニングシート。200系の初期より良いじゃないか
もう1両は休憩室になってました
ちなみに、元々試験中は0系同様の青色だったらしく、緑色の下に青色が隠されているのがわかります
こちらが953形「STAR21」。反対側の先頭車である962形は米原に保存されてます
以前は利府駅の側線、その後利府駅の奥の空き地に保存されていた交流電気機関車が今は新幹線総合車両センターに。ちなみにトップナンバー車ばかりです。さらにSLも3両集められていますが、いずれも劣化が進んでいます
200系も2両だけ保存されています
新幹線総合車両センターの見学はまだ続きます。後は、次回にて。