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file.130 Johnny PODRES 【ジョニー・ポドレス】

2006-12-25 | PQR
【1955年】
Johnny PODRES

1953年、20歳の若さでメジャーデビューしたポドレス、
1年目にして9勝をマークし、早くもブルックリン・ドジャースの主力投手となる。

54年には11勝し初の10勝以上をあげるが
翌55年は9勝にとどまった。が、ポドレスの野球人生最高の年が、
実は、この1955年であった。

当時、ドジャースは、1953年まで、7度のリーグ優勝を果たしていた強豪チームだったが、
何故か、ワールド・シリーズには弱く、7度のシリーズ全て敗退、
その内、5度は同じ都市のヤンキースに世界一を献上していた。
ブルックリンの市民はブロンクスのファンに、
「Wait til next year(今に見ていろ!!)」と啖呵を切っていた程だった。

55年、リーグ優勝したドジャースは、
ヤンキースと6度目のワールド・シリーズを戦う事になった。
第1戦を先発ドン・ニューカムで落とし
第2戦、先発にプリーチャー・ローを送り込むも落としたドジャースは、
第3戦にポドレスを先発起用、ポドレスは期待に応え、9回を2失点で完投勝利、まずは一矢を報いた。
ドジャースは続く4戦、5戦と勝ち、3連勝で勢いづくが
6戦はホワイティ・フォードを打てず敗戦、勝負は第7戦に持ち越された。

10月4日、第7戦の先発はポドレス、
ポドレスの気合いは充分、「1点....今日は1点あればいい....。」
ポドレスは試合前、呪文のようにそれを繰り返した。
........結果、9回を無失点完投......。
エルストン・ハワードの打球をピー・ウィー・リースが捌きゲームセット。
ついにドジャースが長年の雪辱を晴らしたのであった。
シリーズMVPは当然のようにポドレスが受賞、
ポドレスは、この瞬間、ブルックリン最高の英雄となった。

ポドレスは、その後も、安定した投球を見せ、
57年から63年まで6年連続で10勝以上をマーク、
57年は防御率2.66でリーグ1位、
61年は18勝5敗でリーグ最高勝率に輝いている。

59年、63年のワールド・シリーズでも1勝づつ勝利し、
それぞれ、チームの世界一に貢献した。

66年、シーズン途中でタイガースへ移籍、
69年、パドレスでユニホームを脱いだ。
通産勝利数は148。

ブルックリン時代はドン・ニューカムに、
LA時代はドライスデール/コーファックスに隠れた形となり
「第3の男」的な印象だが、ドジャースファンにとってポドレスは
特別な存在であり続けるだろう。


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