社会断想

諸々の社会現象にもの申す
中高年者・定年退職者向け

大学入学後のミスマッチを救済せよ

2008年02月05日 15時00分41秒 | 社会断層
2月3日のNHKのニュースで大学生と授業・読書量らについての東大の研究グループによる調査結果を流していた。それによって日本の将来はどうなるんだと恐怖に近い感情を持ったのは小生だけではないだろうと思う。
その調査の概要は次の通りである。
調査主体:東京大学研究グループ
調査対象:全国の国・公・私立127大学 大学生5万人

調査質問と答え:
1)「授業に興味・関心がわかないか?」
答え:「よくある」 17%
   「時々ある」 45%
2)一日の勉強量は?
答え:「1時間以下」 64%
   「全くない」  13%
3)1ヶ月の読書量 (漫画は除く)
答え:4冊以上 16%
   1冊のみ 28%
   読まない 29%

この結果を見て小生は考えた。
大学全入時代を迎えて
・もともと勉強が好きでない子、他に熱中し勉強する時間がなかった子(例えば体育会系)・読書が嫌いか種々の理由で読書になじめなかった子
・自分のやりたいことが分からない、分かっていない模索中の子
等も偏差値を頼りに難関大学から入学容易な大学まで選択肢はいくらでもある。
ともかくどこかの大学には入れるのだ。
小生にとって一番ショックだったのは月に一冊も本を読まない学生がいることである。
上記の質問1)、2)と読書量との相関はデータとして表示されていないので軽々にものは云えないが、3)の読書量は1)2)の結果ではなかろうかと思えてならない。
世間には自分のハッキリとした将来像を描いている18歳もいれば目下模索中の子もいるだろう。一番困るのは将来像どころか何も考えていない、考えようとしない子である。何が何でも大学だけはと親や学校にいわれて偏差値相当の、或いは推薦で入学する。
そこには専攻コースと自分とのミスマッチの場、或いはミスマッチ以前の問題がある。
しかし、18歳を責められるだろうか?今の日本には迷える18歳はまだしも、迷いも意識しない18歳がゴロゴロいるのではないのか?
がともかく大学には入ってくる。そして早晩ミスマッチに気がつく。
このミスマッチを救済する大学システムこそ大事ではないのか?
結論を急ごう。
入学後の1~2年に転入学・転科が容易に出来る大学間の制度を設け、且つ出口を狭める即ち卒業時のレベルを高めるべく大学は学生の質を担保する。