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繁栄の外で(18)

2014年05月07日 | 繁栄の外で
繁栄の外で(18)

 その日は、太陽がいつも以上に輝き、天気予報を確認する必要もないほどの晴天だった。

 自分の家からはすこし離れた河川敷で、この前約束した草野球が行われることになっていた。試合に出る当人たちは車を乗り合わせて行っているようだった。ぼくらも自転車で行けないこともない距離だったが、電車で数駅乗ってから歩くことにした。そこは、散歩しても気持ちの良い参道があるところでもあった。

 駅で時刻表を確認していると、多恵子が足早に駆け寄ってきた。そこには、さわやかな風が吹いているようだった。

 電車に乗り込み、10分にも満たない距離なので、大して混み入った話もできないが、それでも彼女が幼少のころに草野球に連れて行ったもらった話はきけた。彼女は小さな頃は、病弱で身体が弱かったらしい。それで、天気の良い日などには、太陽を浴び自然を感じることができるよう外につれられた。そこで、元気いっぱいはしゃぐ姿を両親は安堵の目で見たらしい。

 その代わりに彼女の兄は、生まれついての元気な子でスポーツはなにをしてもトップの成績を保てた。しかし、彼女もいつからか病気もしなくなり、いまぼくの前にいる子は、健康この上なしという感じでもあった。だが、両親は過去にした心配を忘れることができないようだ、と多恵子は言った。当然といえば、当然ともいえるのだろう。そして、数回しかあっていないが、彼女の客観的に話す、その話し方にぼくは興味をもつようになっていた。

 目的地につくと、ユニフォームを着た人たちが入念に準備運動をしたり(無理がきかなくなった年齢の人も数人いた)キャッチボールをして身体を暖めることに励んでいたりした。思ったより、若い人が多かった。ぼくらは少し高みの場所に席を確保し、彼女は荷物から、二人が座れるようなビニールシートを出した。ぼくは、なにが必要か分かっていなかった。彼女は、小さなポットも出し、コーヒーでも良いかときいた。ぼくは、ちょっと彼女のほうに振り向き、そしてうなずいた。

 試合がはじまると、さすがにプロではないので些細なミスも多いが、ときには完璧なダブルプレーがあったり、豪快なランニングホームランがあったりした。ずっと見ていたわけでもない。時には、となりのグラウンドのほうまで歩いて、サッカーをしている姿の少年たちを浮気をするような気持ちで眺めた。ゴールがあると、多恵子は快活に叫んだ。むずかしいルールを抜きにすれば、それは単純なスポーツであるのだ。ひとが守ろうとしているゴールにボールをねじ込むだけのスポーツなのだ。ぼくは、彼女のはしゃぐ姿を横目で見て、自分も日曜のさわやかなエネルギーをもらい共感していることをしった。

 試合が終わる前には、野球にもどった。席も近寄り、みんながいる真後ろまでいった。彼女は歓迎され、ぼくのことはいったい誰なんだろう? という様子でみられていた。まっとうな態度でもある。

 試合後、山本さんは娘にいつもの店で集まるからぼくらも来い、と言っていた。彼女はちらっとぼくの表情をみつめてきたので、ぼくは何も考えずに軽くうなずいてしまった。

 また来た道をだらだらといくつかの店をながめながら駅にもどった。それから数駅電車にのり、地元までたどり着いた。

 野球の後はかならず飲み会になるらしく、夕方から開けてもらっている(たぶん関係者がチームにいるのだろう)店に集まって、週中のつかれを取り除いた。

 ぼくらは隅のほうに陣取り、ぼくはビールを飲み、彼女にはアルコールがはいっていないジュースが手際よく用意された。しばらくして場が盛り上がってくると、彼女をからかい出す人が増えていく。父親もそれを防御するわけでもなく、手助けするわけでもなく奥の席でとなりのひとと熱心にはなしている。

 ビールを数杯のみ、料理にもいくらか手をつけたところで、ぼくは山本さんのそばに寄り、彼女をおくってくると言った。

「楽しそうにしていたか?」といまだに幼少の頃の病弱な残像と手が切れない心配した様子で問われた。
「帰って本人にきいてくださいよ、じゃあ」と言って、ぼくらは店を後にした。
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