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高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

4.これまでの月との比較

2022-08-11 14:55:06 | 報告
4.これまでの月との比較
この調査は今年の5月から始めました。その比較をすると、今回昆虫数が飛び抜けて多くなったことがわかります(図9a)。


図9a. 昆虫合計数の月変化

 この「突然さ」は7月は調査を3日に行ったので、6月の調査との間隔が狭く、8月の調査との間隔が広かったことによるようです。実際には7月中旬で花が増えたので、そのころに調査をしていれば上昇カーブはもう少し段階的だったと思われます。その内訳を見るとハエ・アブの増加が著しいことがわかります(図9b)。チョウも増えていますが、数字そのものは0.3匹/10 mに過ぎません。要するにどの昆虫も増加したが、ハエ・アブが目立って多かったということです。


図9b. 昆虫数の月変化(1) 


図9c. 昆虫数の月変化(2) 

昆虫の内訳を見ても、相対値は甲虫が少なくなり、ハエアブが非常に多くなったことがわかります(図9d)。つまり7月上旬は昆虫は少なかったのに8月になるとアブ・ハエを主体として急に昆虫が増えたということです。ただし、花の観察によれば、その増加は7月中旬くらいから起きていたようです。


図9d. 昆虫の数の内訳の月変化

 いずれにしても、8月になると10 mに10匹以上、つまり1 m進むごとに1匹以上の訪花昆虫が記録されたことになります。シカの影響が強かった2013年8月12日にも麻布大学の学生であった加古菜甫子さんが同じ調査をしています。この時は1.3匹/10mでしたから実に9.5倍も増えたことになります。まさに「桁違い」に回復したことになります。このことにも感銘を受けますが、マルハナバチの結果から学んだのは。昆虫の微妙な違いが選ぶ花に違いを生み、それを支えるかのように多様な花が咲いていることで、共存が可能になっているらしいということです。



3.花の形と昆虫の口の形

2022-08-11 14:53:48 | 報告
3. 花の形と昆虫の口の形

「さまざまな花にさまざまな昆虫が訪れている」のですが、そこにはなんらかのルールがあるはずで、花は来てもらいたい昆虫が来る工夫をしているはずだし、昆虫は自分の好みで花を選んでいるはずです。それには多様な要因があって簡単に説明されるはずはありませんが、それでもなんとか理由を考えてみたいと思います。一つの説明はタチフウロに代表されるような皿状の花にはハエやアブのような棍棒状の口で蜜を舐めるタイプの昆虫がよく行き、アザミ類に代表されるような筒状の花には長い口で蜜を吸うタイプのチョウやハチがよく行くであろうという説明です。
 このことを見るために訪花数が20以上記録された花について、訪問していた昆虫の数を調べてみました(図6)。


図6. 訪花昆虫数の多かった9種の花への訪花昆虫の数。アブ・ハエの多いものを茶色、チョウ、ハチが多いものを水色、「その他」が多いものを緑色で示した。縦軸は不同。

 この図では花の形で分けるのではなく、訪花昆虫の数でタイプ分けをしました。舐めるタイプのハエとアブが多かった花は6つありました。このうち5つはアブが最多でしたが、イタドリはハエの方が多く来ました。このうち、ワレモコウは典型的な皿型で、花序の形も楕円球状で昆虫が安定しにくそうで、チョウやハチはほとんどいませんでした。そのほかヒメトラノオ、オミナエシ、イタドリも皿状でした。しかしヨツバヒヨドリとシラヤマギクは筒状花であり、これにアブ・ハエが多かったことは花と昆虫の口の形だけでは説明できないことを示しています。とくにヨツバヒヨドリは訪花昆虫数が最も多い花でしたから、なんとか納得できる理由が知りたいものです。花を分解すると、たくさんの小花の束があり、その中に3,4個の小花が入っています(図7)。その小花は長さ5mm、太さは1mm未満のごく細い筒状で、その底に蜜があるとすると、ハエやアブには舐められないように思えます。ハエやアブはヨツバヒヨドリの花に来て蜜が吸えているのでしょうか。


図7a. ヨツバヒヨドリの花序(左)、小花の束(中)、その中にある小花

シラヤマギクも筒状花ですが、花粉が多いのでハエ・アブは花粉を舐めるのかもしれません。
 マツムシソウは訪花昆虫数は17でとくに多くはないですが、そのずべてがアブでした。マツムシソウの花はノギク類のように中央に筒状の花があり、周辺に舌状花がある構造です。それを分解してみると、確かにそういう作りですが、中央の花の筒はV字型でキク科のような筒とは違うようでした(図7b)。周辺部にある舌状花も同様です。これならアブでも吸蜜できるようです。


図7b. マツムシソウの頭状花とそれを構成する小花

次に口の長いチョウやハチが多かった花にノハラアザミとイケマがありました。特にノハラアザミにはマルハナバチが27回も訪問しており、マルハナバチの記録全体で71でしたから、ノハラアザミだけで38%も占めていることになり、マルハナバチが特に好む花と言えそうです。アザミは筒状花です。

マルハナバチについて
 マルハナバチ について種ごとに花の選択を比較してみたら、オオマルはヒメトラノオを、トラマルはノハラアザミを、ミヤマはヤマハギを際立ってよく利用していました(図8)。同じマルハナバチでもこれだけはっきりした違いがあるのにも何らかの理由があるはずです。


図8a. マルハナバチ3種が訪問した花への訪花回数

 このことを伝えたら国武さんから重要なコメントがありました。

「ご存じ通り、マルハナバチは長舌系と短舌系に分かれ、乙女高原でいえば、ナガマルとトラマルが長舌系、コマル、オオマルが短舌系、ミヤマは中間のグループになります」。

この分野ではよく知られていることのようですが、私は、マルハナバチは多少大きさや色が違っても、同じように長い口で筒状の花の蜜を吸うのを得意とするハチのグループだとしか思っていませんでした。私の無知はさておき、このことを知った上で結果を見直してみましょう。
 オオマルはヒメトラノオによく来ていましたが、ヒメトラノオの花を見るとコップ型で短舌型のオオマルにぴったりです。トラマルはノハラアザミによくきていましたが、アザミは筒状花で筒の長さは1 cm以上ありますから長舌型のトラマルにぴったりです。ミヤマは「好き嫌い」が一番はっきりしていて、まるでヤマハギだけを訪問しているみたいでした。ミヤマは短舌型と長舌型の中間型とされているそうです。ヤマハギの花はマメ科の蝶形花で、正面の旗弁に模様があり、これは昆虫に「この奥においしい蜜があるよ」というシグナルです。ハチは舟弁に着地して、中にある雄蕊に触れて奥に入って蜜を吸うと思います。


図8b. ヒメトラノオ、ノハラアザミ、ヤマハギの花の作り

花の奥に壺状の部分があり、アザミのように細長い筒ではないので、さほど長舌でなくても吸えるのでしょう。乙女高原のものではありませんが、東京でヤマハギにハチがきたときの写真を見ると旗弁の直下に口を差し込んでいます(図8c)。

図8c. ヤマハギで吸蜜するハチ(ミツバチ?)小平市

<その後、植原さんにマルハナバチを送ってもらって口の長さを測定しました> こちら

 さて、ハチが多かったイケマの花は皿型ですから花の形では説明できませんが、イケマではハエもアリも多く、他の花とは少し違うようでした。

 舐めるタイプと吸うタイプ以外の、甲虫、アリ、カメムシなどを「その他」とすると、これが多い花はあまりありませんでした。その中で、シシウドは相対的に甲虫が多い傾向がありました。もっともシシウドにはアブ、ハエも多く、甲虫だけが多いのではありません。実際、シシウドではハナムグリ、ハナカミキリ、ハムシなど甲虫類をよく見かけました。
 そのように見ると、ワレモコウやオミナエシのように皿型で舐めるタイプの昆虫に強く偏るタイプの花と、イケマ、シシウドのように舐めるタイプも来るがハチも昆虫、アリなども来るジェネラリスト的な花は類型できそうです。イケマとシシウドは代表的な集合花であり、花序が大きいのである程度大きさのある甲虫類が安定的に滞在できるという面もあるかもしれません。


乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日 結果

2022-07-05 07:30:42 | 最近の論文など
手際の良い植原さんがデータを送ってくださったので集計してみた。記録数は合計66で、先月の128の半分ほどだったが、これは調べなかったコースがあったからで、距離あたりに換算すると1.2匹/10mで、これは6月の1.3匹/10mとほぼ同じであった。歩く速度などもほぼ前月並みだった。


 記録された花の内訳は、やや意外だがアヤメが41.5%と半分近くを占めていた。昆虫からすれば、少ししかない大きい花よりも小さい花がたくさんある方が効率が良くて好まれるだろうという頭があったためだ。あやめについでニガナ、ノアザミと続いた。


訪花昆虫が記録された花の数

 記録された昆虫をまとめて、5月、6月と比較してみた。5,6月は甲虫が60%以上で同じような内訳だったのだが、7月になると30%ほどに減り、ハエ・アブとチョウが増えた。これにはアヤメに来たセセリチョウと、ニガナに来たヒラタアブの貢献が大きい。

訪花昆虫数の推移


 5月にはミツバツチグリなどに甲虫が多かったことを思えば、確かに花と昆虫のリンク(組合せ)も季節と共に推移しているのだなと思った。今回は林のデータがとれなかったので森林と草原の比較はできなかった。
 ヨツバヒヨドリやチダケサシ、オオバギボウシなどは蕾状態だし、他にも柵ができてから増えた植物がいくつかあるので、今後の推移を調べるのが楽しみだ。




乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日 野外調査

2022-07-03 07:01:57 | 最近の論文など
乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日

 5月から始めた訪花昆虫の調査も3回目となった。7月は後半は私が予定があるので前回(6月18日)と少し間が詰まったが7月3日に行うことになった。このところ全国的に猛暑で40度を超えるところさえあり、甲府でも猛烈に暑かったようだった。塩山駅に着くとやや曇りで、雨が降ったらしく地面が少し濡れていた。いつものように植原さんが車で迎えに来てくださった。今日は井上さんと五味父子が参加してくれるということだった。道中、ヤマボウシ、ウツギ、ノイバラなど白い花が目についた。東京よりは1ヶ月ほど遅いようだ。
 10時前に乙女高原について早速3班に分かれて調査を始めることにした。

植原さんと五味父子

 ごく弱く雨がパラつく曇天だった。天気が怪しいので、最低限ここは調べようというコースを選び、他のコースは「できたらやる」ということにした。

調査コース


乙女高原

 先月多かったミツバツチグリ、キジムシロはなく、アヤメ、ニガナ、ヤマオダマキが目についた。そのほかヤマハタザオ、オオヤマフスマ、ノアザミがあるほか、レンゲツツジが少し残っていた。全体としては花は少なめだった。私としてはヤマオダマキのあの複雑で距がある花にマルハナバチが来ているところをみたいと思った。

 1本目のDコースの往路では花はある程度あったのだが、少し雨がパラパラ降ってきたせいで昆虫は見られなかったが、復路では日が射したのでキンポウゲやニガナに甲虫(細長いカミキリモドキみたい)やヒラタアブが見られるようになった。

キンポウゲと甲虫

ニガナとハムシ

 ここにはアヤメが多かったが、最初のうちは昆虫が見つからなかった。しかし明るくなったらセセリチョウが来ているのを見つけた。

アヤメにセセリチョウ

 その後でマルハナバチが花の中に潜り込むところを見て嬉しかった。小学校の時にこの説明があったのを覚えている。面白いと思って学校の近くにあったキショウブを見ていたが昆虫は来ず、そのまま見ないでいたので、それが見れて嬉しかった。

アヤメのおしべの下を潜るマルハナバチ

 アヤメの花の「綾目」はこの奥に蜜があるというシグナルそのもの(蜜標)だし、そこに昆虫が着地して潜る時に上からかぶさる花柱の下に潜り込むというのに興味を惹かれた。後で調べたら花柱の内側(天井)に花粉があって昆虫の背中に花粉がつくようになっているとのこと、観察しそこなった。

 次のFコースではヨツバヒヨドリが多くなったが、まだ蕾状態で昆虫は見なかった。

ヨツバヒヨドリ

またノアザミも目につくようになり、これにはさっきの細い甲虫と、別の短めのハムシが来ていたし、記録が終わってからマルハナバチも来ていた。

ノアザミにヒラタアブ

ノアザミにハムシ

ノアザミにマルハナバチ

Gコースも同じような感じだったが、シモツケが一株だけあって、ヒラタアブと甲虫がいた。

シモツケにヒラタアブ

全体にヤマオダマキが多かった。控えめな卵黄色できれいだった。

ヤマオダマキ。上に伸びるのが距

 この花の作りは複雑で、昆虫は花の下にぶら下がって、部屋に別れた筒状の花の奥に進んで吸蜜するといわれている。

ヤマオダマキをしたからみる

 その奥には先がカールした距があってそこに蜜があるというのだが、本当にこんな細長い距の先まで口が届くのだろうかと不思議な気がした。距の部分をとって舐めてみると確かにほんのりと甘かったので、蜜があることは確かなようだった。


 花をよく見ようとバラしてみると中にたくさんのおしべがあった。ただし明らかに2タイプがあって、内側にたくさんある黒っぽいおしべには花粉が見えたが、それとは明らかに違う黄色く扁平で大きめのおしべが外側にあった。これはどういうわけかわからない。

ヤマオダマキのおしべ

 プロットの写真を撮影してお昼前になったので、ロッジに戻ることにした。

 小雨が降ったり止んだりしていたので、ロッジの中でお弁当ということいなった。井上さんが持ってきてくださったキュウリとスモモがおいしかった。このところの暑さの話題になったので小学4年生だという五味君に話しかけた。
「あのね、私が君くらいの時、それまで知らなかったほど暑い日があったの。それで、その日のラジオを聞いたら<今日は30度になりました>というので<30度というのはすごい暑さなんだな>と思ったんだよ。その頃、イギリスで30度の日があったら人が死んだというので<白人は暑さに弱いんだ>と思ったね」
「今じゃ30度なら特に暑いとは言えないよね。これから氷山が溶けたり、地球全体が大変なことになるんじゃない」
「そうだよ、こんな時に戦争してる場合じゃないよね」
と雑談は続く。そうこうしていると雨が降ってきたので、午後できたらやろうと言っていたいくつかのコースはやめることにした。

 せっかくなので後でじっくり観察しようと主な花を採集したくて傘を持って草原を歩くことにした。C,J,Kと歩かなかった方に行ったが、比べてみると、私が歩いたD,F,Gの方が花が多かったことがわかった。
そうして歩いていると井上さんと植原さんも歩いてきたので合流した。井上さんがF, Gの方に行きたいというのでご一緒することにした。そうしたら私がこれまで見たことのない花を3種も見つけて紹介してもらった。地味な花なので調査で歩いたのに完全に見落としていた。井上さんは毎年確認しているからと謙遜しておられたが、その観察眼の凄さに舌を巻いた。貴重な花なのでここには書かないでおこう。

井上さん、高槻

乙女高原のスミレの生育環境について 高槻成紀・植原彰

2022-06-23 21:06:51 | 最近の論文など


高槻は乙女高原にたくさんの種類のスミレが生育していると聞いており、調査におくたびにそのことを確認していた。毎年春になるとスミレの観察会が行われ、その豊富さが報告されていた。高槻は同じ属の植物が豊富に共存することには何か理由があると思い、一言で「乙女高原のスミレ」といっても各種のスミレにとっての細かな環境には違いがあり、スミレのもつ生理生態学的な特性の違いによって多種の共存が可能になっているのではないかと考えた。実際、サクラスミレは草地に多く、ミヤマスミレは林に生え、ニョイスミレは湿った場所を好むなどのことは経験的に知っている。そうであれば、多くのスミレに関心を持つ人がいるのだから、調査としてデータをとることを提案した。
 2022年の春に調べる内容を考えて記録用紙を作り、観察会などで記録をとり、6月16日までに171の情報が得られた。このうち14は「なし」という記録なので、実質157ということになる。これを標高と生育地について整理したので報告する。標高は900 m台から100 m刻みで集計した。生育地は湿地、草地、林縁、落葉樹林(落葉広葉樹とカラマツ)、常緑樹林(常緑針葉樹林)に分けた。これを種ごとに集計し、記録が5以上であったスミレを取り上げた。

結果
 多くの種は標高1500 mから1700 mレベルで多かった(図1)。低地でもみられたのはニョイスミレとタチツボスミレであった。アカネスミレは1700 m台だけとなっているが、実際にはこれより低いところにも生育する。ニョイスミレとタチツボスミレが1100-1400 mの間で記録がないが、これも実際には生育することはわかっている。その意味で、この結果は調査した場所の標高に偏りがあることを反映しており、来シーズンは標高による調査頻度をそろえるようにしたい。


図1. 乙女高原一帯でのスミレの標高100 m刻みでの分布。マンジュリカとは狭義の「スミレ」Viola mandshuricaのこと

 生育地については次のような傾向があった。サクラスミレが草地で多い、アカネスミレ、マンジュリカ(狭義の「スミレ」Viola mandshurica)は草地だけ、エイザンスミレとミヤマスミレ、ヒナスミレは落葉広葉樹りんが多い、タチツボスミレは湿地以外は多くの生育地にある、ニョイスミレは湿地と草地で多い(図2)。


図2. 乙女高原一帯でのスミレの生育地ごとの出現頻度。マンジュリカとは狭義の「スミレ」Viola mandshuricaのこと

結論
 記録用紙はやや複雑で記録がしにくかったので改良したい。データの取り方として、乙女高原周辺に集中したため、低標高での実態を捉えることができなかったので、調査地の調査頻度をそろえるようにすべきである。生育地については種ごとの傾向がある程度把握できた。まとまった調査でなくても、野外でスミレを見かけたら報告するようなシステムを工夫し、情報の充実を図るようにしたい。
今後はこれらの点を反省し、今後の調査を改善したい。




ヒミズの骨格標本

2022-06-23 10:47:25 | 最近の論文など
2022年6月18日に乙女高原に行った時、ヒミズの死体を手に入れました。地面に無造作に転がっていて、新鮮なものでした。

見つかったヒミズの死体 2022.6.18 山梨県乙女高原

顔の辺りをよく探すとごく小さな目がありました。そのつもりで探さないと見つからないほど小さなものでした。


ヒミズの目

よく見ると体の3,4箇所にハエの卵が産んでありました。死体を察知して素早く産んだもののようで、たいした能力だと思います。後で剥皮したとき、卵はしつこく離れず何か粘着物質で毛にくっつくようになっているみたいです。

生みつけられたハエの卵

ヒミズの前肢

ヒミズの後肢

 それを骨格標本にしました。

ヒミズの骨格標本

丁寧に扱ったつもりですが、頭骨が割れていました。もともと割れていたのか、処理途中で割れたか不明です。1ミリの何分の位置という薄い骨なので皮を剥ぐときに割れたのかもしれません。この「薄さ」ですが、顕微鏡に使うカバーグラスというのがありますが、あのくらいです。カバーグラスの暑さは0.1 mmくらいのようです。ヒミズの頭骨は薄いので半透明で脳がみえ、処理の段階で取り出すとそれがわかります。
 特徴的なのは肩甲骨で、背中にある細長い骨です。モグラと共通ですが、多くの哺乳類で面的な三角形なのに、線的です。上腕骨も特殊ですが、モグラほどではありません。


シバとススキの脱葉に対する反応

2022-05-25 00:15:09 | 最近の論文など
ススキとシバの摘葉に対する反応 – シカ生息地の群落変化の説明のために
高槻成紀
植生学会誌, 39: 85-91. 2022. こちら

この論文は新しいもので2022年に公表される運びですが、データをとったのはなんと1990年です。現役時代には忙しくて論文にできなかったものがあり、退職後データを見直して論文にしていますが、これはその中でも格物古いものです。想像するに、査読者は当時小学生だったということも十分あり得ます。私の研究の多くは野外調査によるものですが、これは野外での観察現象を栽培実験で証明したもので、1年で結果を出すつもりが、3年もかかってしまいました。自分で言うのは憚られますが、明快なデータで、日本の草地学では今後引用されるはずです。

摘要:
シカ(ニホンジカ)が生息する金華山島(992ha)は森林植生が卓越するが、その中に草原状の場所が点在する。多くはススキ群落であるが、シカ密度が高い場合はシバ群落が成立する。このことはシカの採食圧に応じてススキ群落がシバ群落に移行することを示唆し、家畜の放牧地でも現象記述がある。しかしそのメカニズムを実証した研究はないので、両種の混植摘葉実験によりこのことを実証することを試みた。その結果、摘葉頻度が15日と30日を3年間継続した場合、ススキがほぼ消滅したが、60日間隔では減少しながらもススキ群落が維持された。ススキは摘葉頻度が高くなるにつれて葉長も生産量も減少したが、シバは違いがなかった。金華山島においてシバ群落が維持されている場所では夏の採食率(採食された葉数の割合)は70%以上であり、シカの強い採食圧がススキ群落を減少させてシバ群落に移行・維持させていることが説明できた。

キーワード:長草型群落、短草型群落、採食影響


最終年のススキとシバの積算生産量に及ぼす摘葉処理間隔の比較. 誤差バーは標準偏差. 多重比較したが, 隣接する群間だけを取り上げた. α = 0.05/3 = 0.017,  +:左側よりも有意に長い, NS: 有意差なし.

金華山島の調査地1(シバ 群落), 2(シバ 群落とススキ群落共存)におけるシカによるシバの採食率の季節変化. 誤差バーは標準偏差. **: P < 0.01, NS: 有意差なし.

山形県西川町のタヌキの食性

2022-05-15 20:53:16 | 研究
山形市近郊のタヌキの食性

高槻成紀・中村夢奈(やまがたヤマネ研究会 代表)

 タヌキの食性分析は他の野生動物に比較して比較的よく調べられている(高槻 2018)。しかしその大半は関東地方のタヌキに関するものであり、そのほかは少数例が点在するに過ぎない。東北地方では山形県での事例(加藤ほか 2000)と東日本大震災後の仙台の海岸における事例(高槻ほか 2018)があるに過ぎない。
 今回、山形でヤマネの研究をしている中村氏の協力で共同調査ができることになったので、分析結果を報告する。月ごとの結果はこちら

調査地
 タヌキの糞を採取したのは山形県西川町大井沢(38度23分15.13秒 139度59分30.00秒)で、山形市の西方約35km、標高481mである。


図1 調査地(黄丸)の位置

ここは寒河江川沿いで、この川が北上し、北方で本流と合流する部分に月山湖がある。糞採集地は湯殿神社の近くである(図1)。ここは山形県でも多雪地であり、採取した5月3日時点ではまだ残雪があったが(図2a)、5月20日になると雪は融けていた(図2b)。


図2a. タヌキの糞採集地の景観(2022年5月3日)

図2b. タヌキの糞採集地の景観(2022年5月20日)

 タヌキのタメ糞を発見し、色や質感から1回に排泄分と判断されたものを1サンプルとして分析した。分析法はポイント枠法(高槻・立脇 2012)を用いた。

結 果
 個別の結果は別記した(こちら)。5月3日には糞ごとに違いが大きく、哺乳類が多い糞や鳥類が多い糞などがあり、全体としては果実、哺乳類の毛、脊椎動物の骨などが多かった(図3)。哺乳類と鳥類でほぼ半量あったが、このように多い例はほとんどない。
 5月20日には雪が融け、タヌキの糞内容も大きく変化して、ほとんどの糞に幼虫が多く含まれた。


図3. タヌキの糞組成の変化

考 察
 これまで情報の乏しかった東北地方多雪地のタヌキの糞を分析することができた。5月3日にはまだ残雪があり、晩冬といえる時期であった。平均値では鳥類、哺乳類が多く、しかもサンプルごとにばらつきが大きかったことを考えると、タヌキの食糧事情は悪く、低確率で遭遇した哺乳類や鳥類の、おそらくは死体を集中的に食べるものと推察される。というのは、供給が安定していれば、頻度は高くサンプルごとのばらつきはこれほど大きくはならないはずだからである。果実の平均占有率は24%で、他の場所よりは少なかった。これらは果皮と果肉で、種名はわからなかった。ヒモと輪ゴムが検出されたことは、ここのタヌキがある程度人工物を利用していることを示唆する。
 5月20日になると雪が融け、タヌキの糞も全くといってよいほど変化し、幼虫が多く見られた。この幼虫は体長20 mm程度であった。現時点では不明であるが、量が多いので、ハチなどの集団生の社会昆虫である可能性がある。
 今後も継続して調査したい。

残念ながらその後、うまく継続的に糞サンプルが確保できず、調査は中断しています。

文 献
加藤智恵・那須嘉明・林田光祐. 2000. タヌキによって 種子散布される植物の果実の特徴. 東北森林科学会誌, 5: 9-15. こちら
高槻成紀. 2018.タヌキが利用する果実の特徴 – 総説. 哺乳類科学, 58: 1-10.  こちら
高槻成紀・岩田 翠・平泉秀樹・平吹喜彦. 2018.仙台の海岸に生息するタヌキの食性  - 東北地方太平洋沖地震後に復帰し復興事業で生息地が改変された事例 -.   保全生態学研究, 23: 155-165.  こちら
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・野々村 遥・菅谷圭太・宮岡利佐子・箕輪篤志. 2018.     動物の食物組成を読み取るための占有率 − 順位曲線の提案−集団の平均化による情報の消失を避ける工夫 −哺乳類科学, 58: 49-62. こちら
高槻成紀・立脇隆文. 2012. 雑食性哺乳類の食性分析のためのポイント枠法の評価: 中型食肉目の事例. 哺乳類科学, 52: 167-177. こちら

山形県西川町のタヌキの食性 月ごとの結果

2022-05-14 19:48:30 | 研究
<2022年5月3日>
 10例のサンプルの組成には大きい変異があった(図1)。図1では組成を哺乳類の多い順に並べ、次に鳥類、そして脊椎動物の骨が多い順に並べた。これを見ると4つの資料では哺乳類が40-70%を占めた。2つでは鳥類の羽毛が多く、他の2例では脊椎動物の骨が多かった。また果実が多いサンプルが4つあった。


図1. タヌキの5月3日の糞組成(%)。左から哺乳類、鳥類、脊椎動物の骨が多い順に並べた。

  個別サンプルから平均値を示したのが図2である。多かったのは果実の24%、哺乳類の22%であり、これについで脊椎動物の骨(14%)、鳥の羽毛(9%)などが続いた。哺乳類、鳥、脊椎動物の骨を合計するとほぼ半量であり、これだけ鳥類、哺乳類が多い例は少ない。


図2. タヌキの糞組成の平均値

 検出物を図3に示した。脊椎動物の骨の中には哺乳類の長骨が粉砕されたものがあり、縁は鋭く尖っており、消化管を傷つける可能性のあるものもあった。昆虫の多くは幼虫であり、そのほかに微細に粉砕された翅、脚などが検出された。植物の葉は落葉樹の枯葉が多かったが、少数ながらイネ科の緑葉が検出された。種子は少なかったが、ヤマブドウの種子が検出された。また出現頻度は2例だけだったが、人工物があり、化学繊維のヒモと輪ゴムが検出された。


図3. 5月3日の検出物. 最初の数字はサンプル番号, 格子間隔は5 mm.

 このデータに基づき「占有率ー順位曲線」(高槻ほか 2018)を求めたところ、3タイプが認められた。
 一つは大きい値から徐々に下がるもの(Sタイプ)で、果実が該当した(図4a)。これは多くのタヌキに需要と供給がある、つまり生息地にある程度確実に存在し、タヌキの食物として魅力ある食物と言える。

図4a. 占有率ー順位曲線のS型の例

 2つ目はL字型で、最大値は大きいが出現頻度が高いためにL字型になるもので、昆虫、脊椎動物の骨、人工物、哺乳類の毛、鳥類が該当した(図4b)。ほとんどが動物質であり、タヌキは好んで食べる(需要が高い)が、供給が限定的ために出現頻度が低いものである。ただし人工物は最大値が小さかったので、非典型的である。また哺乳類は10例のうち5例で検出されたので、低頻度とはいえず、これも非典型的である。

図4b. 占有率ー順位曲線のL字型の例

 第3のタイプはF型で低い値で高頻度であった(図4c)。葉と植物の支持組織が該当し、タヌキにとって供給はあるが、魅力ある食物とはいえず、食べても少量しか食べないものである。

図4c. 占有率ー順位曲線のF型の例

<5月20日>
 5月20日になると糞組成は全く違うものになり、全てのサンプルで幼虫が多くなった(図5)。頻度も占有率も大きいことから、ハチなど社会性昆虫の集団で育つ幼虫である可能性がある(図6)。2例でイネ科の葉が10-20%程度検出された。1例で哺乳類の椎骨が検出された。またドングリの殻と中身(澱粉質)が検出された。今回は人工物は検出されなかった。

図5. タヌキの5月20日の糞組成(%)


図6. 5月20日の検出物. 最初の数字はサンプル番号, 格子間隔は5 mm.


ヒキガエル

2022-04-01 21:26:45 | 標本

検出された骨がヒキガエルのものである可能性があると考え、小林に連絡を取ったところ、白幡沼にはヒキガエルはいて、時々グランドでローラーに轢かれて死んでいたりするということだった(図1)。


図1. ヒキガエルの死体(2021.2/24 小林撮影)

そして新しいしたいを確保したということだったので、送ってもらった。そのヒキガエルは鼻先から大腿の付け根までが102 mm、体重71 gの大きさだった。


図2. ヒキガエルの背面と腹面

この死体から骨格標本を作った(図5)。


図3. ヒキガエルの骨格標本

 その前肢の橈骨(とうこつ)を見ると、間違いなく検出されたもの(図4b)と同じものだった(図4b)。ただしこの中空構造は前肢だけでなく後肢の脛骨にもあった。


図 4a. 3月のサンプルから検出された骨

図4b. ヒキガエル標本の前肢の骨格

 これは古いヨーロッパのイラストにもあった(図5)。

図5. カエルの骨格図. 



小平での「イーレ構想」に発表

2022-03-26 20:13:36 | 講演
 3月26日、小平市小川公民館で「鷹の台のまちと新公園を語る会」(ひとえん会主催)という講演会がありました。

 中央大学の辻野五郎丸先生が「玉川上水・分水網の今後の活用と課題」という話をされました。江戸時代の江戸の水路網が玉川上水を軸としていたこと、作られた時点で玉川上水の深さは1メートルほどに過ぎないこと、玉川上水を世界遺産にすることを目標とするなら通水しなければならないこと、かつては水の話はしにくかったが、最近はその動きが活発化して、行政も動くようになったというような点が印象的でした。

 私は「玉川上水イーレ構想」という話をしました。これは以前にこの会に呼ばれた時、玉川上水に行く前に立ち寄れる「博物館のようなもの」があったらいい、ただしお金にはならない、という話をして、公園で街を活性化するという目的の会だから、多分却下されると思っていたのですが、どういうわけか取り上げられてもう一度話して欲しいということになりました。それで講演では鳥類調査も紹介して、その施設を「イーレ」と呼ぶことを提案しました。イーレとはギリシア語で「行く」「歩く」などの意味で、「玉川上水を歩くための入り口」という意味です。私がこの提案をしたのは鷹の台には以下の好条件があるからです。
1)小平は玉川上水の真ん中にある
2)この場所は玉川上水にも鷹の台駅にも近い
3)鷹の台には大学が多いので、イーレで玉川上水の解説をする学生が確保できる
4)イーレで展示する内容は動植物については十分あり、今後、玉川上水の水、土木工事、歴史などについて情報を確保できる
そしてイーレができれば、次のような利点があると話しました。
1)魅力ある展示ができる
2)老人から昔の玉川上水や生活の話を聞くなどすることで、老人の活躍の場を作れる
3)これらが機能すれば、子供から老人までのコミュニケーションが生まれ、玉川上水の価値を次世代に引き継ぐことができる

 3番目にひとえん会の相馬一郎さんが鷹の台全体の活性化について非常に総合的、かつ具体的な話をされました。注目されるのは建築家の隈研吾さんが小平市の仕事をされることになり、相馬さんはこれまでにも隈氏と交流があり、この仕事の中で隈氏も玉川上水の重要性を強調しておられたということで、これは小平市を動かす非常に大きな力になると思いました。それでイーレが実現したら、私は博物館を作った経験が活かせると思います。花マップの蓄積情報が活かされると思うと楽しみです。



その他の調査

2022-01-01 09:10:26 | 研究

その他

シカ
高尾山に迫るシカ 2019.5.27 こちら
裏高尾の植物に見られたシカによる食痕 2019.12.5 こちら

サル
ニホンザル2群の群落利用に対する人の影響 – 林縁に注目して こちら


ヤマネ

八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用と巣材 2021.5.4 こちら
ヤマネの巣材に使われたサルオガセ 2022.10.4 こちら
八ヶ岳亜高山帯のヤマネの食性 2021.5.5 こちら


鳥類
都市における鳥類による種子散布の一断面 予備調査 こちら 2020.4/15

我が家(東京都小平市)の周りでの鳥類種子散布 こちら 2021.4/16
アファンの森のフクロウの食べ物こちら 2018.6.21

バードストライク ビルにぶつかったデンショバト 2019.3.6  こちら


その他
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響 – アファンの森と隣接する人工林での観察例 こちら

柵をした乙女高原の訪花昆虫 - 2018年 -こちら 2018.9.20 


記載的な論文と査読のあり方について

2021-12-30 07:03:57 | 最近の論文など
2021.12.1 「哺乳類科学」受理

記載的な論文と査読のあり方について

高槻成紀

ある哺乳類研究者の発言
 年代や出典は不確かだが,内容ははっきり覚えている.哺乳類について書籍も論文も貧弱であった1970年代に,ある哺乳類研究者が博物学の伝統について次のような内容を書いておられた.曰く,
 「欧米には博物学の伝統があるが,日本にはそれがない.そのために分子生物学のような研究は盛んだが,哺乳類の生活に関する地道な研究が乏しい.」
 これに続く内容については記憶が曖昧だが,学生だった私はその言葉に強く共鳴して「だから日本の研究者もそのような研究を進めるべきだ」と思った.そして自分は学生だが,そう書いた人は大学の教授だったから,日本でもそういう研究が進められるものと期待していた.しかし私の知る限り,その人や周辺からそういう研究が生まれることはなかった.
 遠藤(1992)は比較解剖学の立場から1980年代から1990年代の我が国の生物学における還元主義重視と,その必然的動きとしての記述軽視の状況を捉え,批判的警告を発している.
 時が経ち,2003年に「Wild Mammals of North America」(Feldhamer et al. 2003)が出版された.A4版で5 cmほどの厚さがあるその大著は,大部であるにもかかわらず小さな文字で膨大な記述があり,本文が1187ページもあって,種ごとに文献がついていた.例えばミュールジカを例にとると,文献だけで7ページに及ぶ.1970年代に大きく水を開けられていた日本の哺乳類学は,私が「これからはその距離が縮むはずだ」と思っていたのとは裏腹に,四半世紀後にさらに隔たりが大きくなったことを思い知らされた.

記載的論文
 私はその後,研究者になった.博物学的な研究が重要だという意識はあった.ではこのことについてお前はどれだけ貢献したのだと問われれば恥入るしかないが,私なりに動物の生活を描くタイプの論文を書いてきたつもりである.それはいろいろな種の食性,ニホンジカのハビタット利用(高槻 1983),ニホンジカの個体群動態(Takatsuki et al. 1994),ニホンジカによる群落への影響(Takatsuki 2009),種子散布(タヌキ: Sakamoto and Takatsuki 2015, テン: Yasumoto and Takatsuki 2015)などである.食性についての論文は多種にわたるので代表的なものだけ紹介すると,
ニホンジカ(高槻ほか 2021), 
ニホンカモシカ (Takatsuki and Suzuki 1984), 
ニホンジカとニホンカモシカ(Kobayashi and Takatsuki 2012), 
モウコガゼル(Yoshihara et al. 2008), 
タヒとアカシカ (Ohtsu and Takatsuki 2020),
モンゴルの家畜(Takatsuki and Morinaga 2019), 
アジアゾウ(Campos-Arceiz et al. 2008), 
ニホンザル(Tsuji and Takatsuki 2004), 
タヌキ(Takatsuki et al. 2020), 
テン(足立ほか 2017), 
タヌキとテン(Takatsuki et al. 2017), 
ツキノワグマ(Hashimoto et al. 2003
ヒグマ(Sato et al. 2004), 
カヤネズミ(Okutsu et al. 2012)などである.
 さて,この種の論文は必然的に記載的であるから,投稿してすんなりと受理されることはあまりない.多くの例ではさまざまなきびしい査読コメントがつく.その内容はさまざまだが,かなり多いのは「このことはすでに判っていることだから新規性がない」という類のものである.これは通常の科学論文では正当なコメントであることは認めたい.もし私が「どこどこのアカシカの食性」という論文を査読することになったら,雑誌と内容によって評価を違えるだろう.というのは,私は雑誌によって役割分担があると考えるからだ.もしその論文が国際誌に投稿されたのであり,何らかの生態学的概念を提唱するなどの内容であれば,その部分を読んで評価を考える.しかし,もしその論文が対象とする調査地では未知であったアカシカの食性情報を記述するという内容であれば,地方誌を奨めることになるだろう.

仮説検証型と記載型
 国際誌に掲載される論文は,一般性があり,未知な内容を解明する意義が明解であり,優れた総説がされており,方法が適切で,結果が充実しており,論理的な考察がなされたものであらねばならない.その種の論文はしばしば仮説検証型である.そのような論文が価値があり,国際誌に掲載されるにふさわしいものであることを認めた上で,動物種や対象地域が個別的で,新規性はあまりない記載的な論文(このような論文を以下「個別記載的論文」とする)もまた哺乳類学には必要不可欠であることを強調したい.昆虫や魚類に比べて大量のサンプル数を確保することも飼育にも困難が伴う傾向のある哺乳類の研究においては記載的研究の価値は大きい.冒頭にあげた哺乳類研究者が強調した博物学的研究にはその種の要素がある.例えば私が取り組んできた課題の一つである哺乳類の食性解明はギリシアの時代から情報の蓄積がある.博物学には創造主によって生み出された被造物を讃えるためにあらゆる生物のあらゆる属性を記載するという精神がある.文字通り枚挙的に記載しようというわけである.しかし現代生物学では,例えば体重と食物内容との関係の原理を解明すべくクライバー則があり,有蹄類についてはジャーマン・ベルの原理(グレイザー・ブラウザーの類型,いずれも例えば高槻, 1998)があるなど,生物の特性の背後にある原則を理論的に説明することで一般性を追求する.
 個別記載的研究の蓄積があることが,例えば前述の北米の哺乳類の大著に見るように,ある哺乳類の体格の南北変異とか食性の地域変異を示すことを可能にする.ジャーマン・ベル原理も個別記載的研究があってこそ可能であった.そうした俯瞰的総説は個別の情報なしには不可能である.
 では個別記載的な論文は俯瞰的総説のためだけにあるかといえばそうではない.個別記載的な論文がある時代のある理論のために有益な情報となることもある.そして,また新たな発見があって考え方が変われば,別の記載的論文が役に立つこともある.その意味で,記載された事実そのものに価値があるのであり,その意義は既往の概念で評価できないこともしばしばある.
 ここではあえて単純化して仮説検証型と記載型の典型例を取り上げたが,実際にはさまざまなレベルでその中間型の論文がある.
 さて,論文の内容と雑誌の関係であるが,大きくいって国際誌には一般性を重んじた仮説検証型の論文が主体であり,個別記載的な論文はローカルな雑誌が掲載を引き受けるのが妥当だというのが私の考えである.もちろん前者に優れた記載的論文があったり,後者に一般性を解明した論文があることを否定するものではない.本学会で言えばMammal Studyが前者,「哺乳類科学」が後者に対応する.「哺乳類科学」は日本というローカルな地方の雑誌である.
 このような雑誌の役割分担を考えると,査読のポイントも自ずと力点が違って然るべきである.私は,「哺乳類科学」は個別記載的論文が総合的に見て日本の哺乳類学を底上げするものであれば積極的に取り上げるべきだと思う.原稿の記載事実に価値があるが,執筆者が論文執筆に不慣れであることや,原稿の文章がわかりにくいこと,論理に無理があることなどはしばしばあるが,それは論文の致命点ではなく,査読によって改善すればよい.この点,現行の「哺乳類科学」の査読者には,上記の一般性追求型の論文以外は否定すべきと考えている人がいるようである.私は,それはローカル雑誌としての「哺乳類科学」のあり方としては違うと思う.このことについて私自身のささやかな体験を紹介したい.

フクロウ論文の体験
 私は鳥類について一つだけ論文を書いたことがある.それはフクロウの食性に関するもので,八ヶ岳に架けたフクロウの巣箱を調べたところ,牧場に近い巣箱ではハタネズミの割合が高く,森林に近い巣箱ではそれが低くなり,アカネズミ属が多くなるという結果が得られた(Suzuki et al. 2013).実際,牧場と森林でネズミの捕獲をしたらこれを裏付ける結果が得られた.これまでの日本のフクロウの食性分析例のほとんどはアカネズミ属が主体であることを示唆しており,里山的な環境で例外的にハタネズミが多いという事例があるに過ぎなかった.このことから八ヶ岳では開拓のために森林伐採が行われて牧場が造成された結果,アカネズミ属が減少し,それまでアカネズミ属を食べていたフクロウは牧場のハタネズミを食べるようになったのであろうと考察した.考察にはアムールで調べられたフクロウの食物はハタネズミが主体であることも付け加えた.
 これを日本の鳥類関係の雑誌に投稿したところ否定的だった.その理由の一つは「世界中の全てのフクロウの論文を網羅的に引用しない限り受理できない」というものだった.私は,この論文の意義は森林が卓越する日本ではフクロウは基本的に森林のアカネズミ属を主食とするが,草原的な環境になればハタネズミにシフトすることもあるということを示したことにあるので,それを論じるに必要十分な引用をすればよいと考えた.そして,この査読者との議論に生産性はないと判断して取り下げ,Journal of Raptor Researchに投稿し直した.すると,その反応は驚くほど違っていた.編集者は「これは大変よい論文であり,特に牧場との距離とハタネズミの割合の関係は美しい.ぜひ論文を改良してほしい」とあった.「Beautiful」という言葉が忘れがたい.そして「日本のフクロウの食性論文はほとんどが和文で書かれているので我々は読めない.この論文で総説して特徴を記述してほしい」とあり,さらに「そちらでは手に入りにくいであろう東ヨーロッパの博物館の報告に重要なものがあるから送るので引用してほしい」として論文が添付されていた.

査読の精神
 私はもちろんその査読のよい評価に喜んだのだが,同時に査読の姿勢が彼我でこれほどまでに違うのかとため息の出る思いだった.もちろん別の論文を国際誌に投稿して門前払いのように却下されたこともある.それはそれで悔しいが科学する精神として納得すべきことは納得する.しかし総合的に「よし」と判断すれば,微細な改善点はアドバイスして直し,こうすればもっと良くなると建設的な情報を提供するという対応をしてもらえば,「一緒に科学をしている」という充実感を持てる.いや,却下された場合であっても,自然界で起きていることを捉えようとしたのに,自分の方法はそれをうまく捉えるのにふさわしくなかった,あるいはとったデータの解析が不適切であったと知ることも「一緒に科学している」ことだと思える.
 これに対して,論文は仮説検証型のものこそ重要であり,記載的なものはレベルが低いとし,内容を十分に理解しないまま,重箱の隅をつつくような否定的なコメントをし,まるでアラ探しをして足を引っ張ることを査読と心得違いをしているような査読者に出会うと,失意しか残らない.そういうことが繰り返されると「哺乳類科学」に記載的論文が投稿されなくなり,そうなれば日本でその種の研究が低調になるであろう.とくに若手研究者が記載的研究に関心を失うようなことがあれば,日本の哺乳類学にとって大きなマイナスである.
 私は論文の査読とスポーツの解説に共通点があるように思う.よき選手必ずしもよき解説者ならずというのは周知のことである.そして解説と応援を混同している「解説者」もいる.だが,そのスポーツの世界,特に一般人が知らない,練習での苦労やプレーの背後にある意味などを論理的に解説されると「さすがにその道のプロだ」と感銘を受ける.
 私自身,査読はよくするが,思えば査読とはどういうことかを教わったことはない.自分が査読された体験から査読とはこういうものらしいと推察して実行してきたに過ぎない.「哺乳類科学」の編集委員会は査読について講習をすることを検討したらどうだろうか.それによって査読の精神を理解した人に査読を依頼すれば状況は大きく改善されると思われる.
 ただし,誤解があってはいけないので付け加えると,私は査読が甘くてもよいと言っているのではまったくない.すでに述べたように,哺乳類の調査では多くの事例を確保したり,観察の繰り返しが難しいことが少なくない.それだけにその記載によって言えることと言えないことを厳密に見極めなければならない.根拠がある論理的な解釈は許容されるが,主観的解釈は排除されなければならない.またその記載がどのような意義があるかは,背景を含めて明確に書かれなければならない.そうした点や記載の仕方には厳密な科学的姿勢が求められるのは論を俟たない.私が取り上げるべきであるという論文はこれらの点をクリアしたものであることを確認しておきたい.その上で,査読者には記載の価値を正しく捉えてもらいたい.
 付け加えることがもう一つある.ここまで私はMammal Studyを国際誌,「哺乳類科学」を地方誌として論を進めてきた.しかしMammal Studyは「アジアという地域の雑誌」という側面もあり,その意味では私がここで論じたことはMammal Studyにも当てはまる部分があると思う.アジアという世界でも稀に見る多様な生物を擁する地域の牽引という重要なミッションを担うMammal Studyが記述を重んじるよき地方紙となればなんとすばらしいことであろうか.

結語
 編集委員会と査読者が「哺乳類科学」を記載的論文を評価する雑誌にするという意識を持ち,読者,執筆者とそのことが共有されれば,個別記載的な論文が増えるに違いない.そうなれば欧米の哺乳類学との差は縮まらないまでも,開きが大きくはならなくなるだろう.
 1994年の「日本の哺乳類」(阿部 1994,現在は改訂2版, 2004)は我が国の哺乳類学の一里塚であり,2009年の「The Wild Mammals of Japan」(Ohdachi et al. 2009)はその時点での記念すべき到達点であった.「哺乳類科学」に個別記載的な論文がどんどん蓄積され,これら古典的な書籍を「古いもの」にできる日が来ることを期待したい.

謝辞
 東京大学総合研究博物館の遠藤秀紀教授にはもとの原稿を読んで有益なコメントを頂いた.そこでは科学哲学に言及されていたが,私はそこについて深めることはできなかった.しかし記述を軽んずる空気が現在よりも強かった1990年代の我が国の生物学の空気の意味などについて見解を共有でき,もとの原稿を改善することができた.遠藤教授に感謝申し上げる.

引用文献
阿部 永(監修)1994. 日本の哺乳類. 東海大学出版会, 東京, 195pp.(改訂2版は2008, 206pp.)
足立高行・桑原佳子・高槻成紀,2017. 福岡県朝倉市北部のテンの食性−シカの増加に着目した長期分析.保全生態学研究 21: 203-217.
Campos-Arceiz, A., Larrinaga, A. R., Weerasinghe, U. R., Takatsuki, S., Pastorini, J., Leimberger, P., Fernando, P. and Santamaria, L. 2008. Behavior rather than diet mediates seasonal differences in seed dispersal by Asian elephants. Ecology 89: 2684-2691.
遠藤秀紀, 1992. 比較解剖学は今.生物科学 44:52-54.
Feldhamer, G. A., Thompson, B. C. and Chapman, J. A. 2003. Wild Mammals of North America: Biology, Management, and Conservation. JHU Press, Maryland, 1216pp.
Hashimoto, Y., Kaji, M., Sawada, H. and Takatsuki, S. 2003. Five-year study on the autumn food habits of the Asiatic black bear in relation to nut production. Ecological Research 18: 485-492.
Kobayashi, K. and Takatsuki, S. 2012. A comparison of food habits of two sympatric ruminants of Mt. Yatsugatake, central Japan: sika deer and Japanese serow. Acta Theriologica 57: 343-349.
Ohdachi, S. D., Ishibashi, Y., Iwasa, M. A. and Saitoh, T. 2009. The Wild Mammals of Japan. Shoukadoh, Kyoto, 544pp.
Ohtsu, A. and Takatsuki, S. 2020. Diets and habitat selection of takhi and red deer in Hustai National Park, Mongolia Wildlife Biology 2021: wlb.00749 
Okutsu, K., Takatsuki, S. and Ishiwaka, R. 2012. Food composition of the harvest mouse (Micromys minutus) in a western suburb of Tokyo, Japan, with reference to frugivory and insectivory. Mammal Study 37: 155-158.
Sakamoto, Y. and Takatsuki, S. 2015. Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science 32: 157-162.
Sato, Y., Aoi, T., Kaji, K. and Takatsuki, S. 2004. Temporal changes in the population density and diet of brown bears in eastern Hokkaido, Japan. Mammal Study 29: 47-53.
高槻成紀. 1983. 金華山島のシカによるハビタット選択.哺乳動物学雑誌 9:183-191.
高槻成紀. 1998. 哺乳類の生物学5 – 生態. 東京大学出版会, 東京, 144pp.
Takatsuki, S. 2009. Effects of sika deer on vegetation in Japan: a review. Biological Conservation 142: 1922-1929.
Takatsuki, S., Inaba, M., Hashigoe, K., Matsui, H. 2021. Opportunistic food habits of the raccoon dog - a case study on Suwazaki Peninsula, Shikoku, western Japan. Mammal Study 46: 25-32.
高槻成紀・石川愼吾・比嘉基紀. 2021. 四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して. 日本生態学会誌 71: 5-15.
Takatsuki, S., Miyaoka, R. and Sugaya, K. 2017. A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use. Zoological Science 35: 1-7.
Takatsuki, S. and Morinaga, Y. 2019. Food habits of horses, cattle, and sheep-goats and food supply in the forest-steppe zone of Mongolia: A case study in Mogod sum (county) in Bulgan aimag (province). Journal of Arid Environments 104039.
Takatsuki, S. and Suzuki, K. 1984. Status and food habits of Japanese serow. Proceedings of the Biennial Symposium of Northern Wild Sheep and Goat Council 4: 231-240.
Takatsuki, S., Suzuki, K. and Suzuki, I. 1994. A mass-mortality of Sika deer on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research 9: 215-223.
Tsuji, Y. and Takatsuki, S. 2004. Food habits and home range use of Japanese macaques on an island inhabited by deer. Ecological Research 19: 381-388.
Yasumoto, Y. and Takatsuki, S. 2015. The Japanese marten favors Actinidia arguta, a forest edge liane as a directed seed disperser. Zoological Science 32: 255-259.
Yoshihara, Y., Ito, Y. T., Lhagvasuren, B. and Takatsuki, S. 2008. A comparison of food resources used by Mongolian gazelles and sympatric livestock in three areas in Mongolia. Journal of Arid Environment 72: 48-55.

著者名:高槻成紀,
住所:郵便番号187-0041 東京都小平市美園町3-29-2(所属機関の住所ではなく自宅)
所属:麻布大学いのちの博物館,
ファックス番号042-347-5280,電子メールアドレス takatuki@azabu-u.ac.jp

生垣を利用した種子散布の把握 – 小平霊園での観察例 

2021-12-24 18:43:02 | 研究
生垣を利用した種子散布の把握 – 小平霊園での観察例 −

Binos, 29: 1-7(2022)

要 約
 都市緑地の多肉果をつける樹木には冬季に野鳥によって別の樹木で採食した果実の種子がもたらされ、一冬に30種ほどが記録されている。これらの種子の一部は発芽定着すると想定されるが、そのことを調べた調査はほとんどない。そこで、都市の大規模霊園という場所の特殊性を利用して、生垣内に生育する若木で散布状態を調べた。予測としては、鳥散布型の種子はより均一に散布され、重力散布型の種子、あるいは鳥散布型でも母樹が近くにある場合は集中的に散布されることが想定される。生垣(1.5 m×8 m程度, n = 90)で若木の密度を調べたところ、シラカシ(248本)、ムクノキ(212本)、エノキ(143本)など合計で959本が確認された。若木の分布パターンを見ると、若木分布を密度-順位曲線をもとに考えると、鳥散布型果実のうち、ムクノキ、エノキは分散型であったが、クワ属はやや集中的だった。鳥散布型でも母樹が霊園内にあったトウネズミモチは集中型であり、かつ分散型でもあった。重力散布型のシラカシは強い集中型であった。風散布型のケヤキは分散型の傾向があった。このように生垣内の若木の空間分布は種子散布特性と母樹のあり方で説明できた。都市緑地では鳥散布型の植物が鳥類によって種子散布されていることが実証的に明らかにされた。

はじめに

 鳥類による種子散布は植物の世代交代に重要な意味を持っている。これまでシードトラップを用いたり、舗装地面を利用するなどの方法で鳥類が運び込んだ種子が調べられてきた(橋口・上田 1990; 田中・佐野 2013; 小島・高槻 2020; 高槻 2020)。そして多様な種子が散布され、市街地においてさえひと冬に30種ほどの種子が散布されることが示された(小島・高槻 2020; 高槻 2020)。都市では必然的に自然が失われ、生物多様性の劣化が起きる。その中で孤立した緑地が鳥類の種子散布によっていわば「つながれる」ことは大きな意味がある。一般に都市環境においては森林環境に適応的な特殊な生活史を持つ鳥類が減少し、一部のジェネラリスト的な種が増えることが知られている(Clavel et al. 2011White et al. 2018)。このような鳥類は食性幅が広いために、鳥類-植物のネットワークは鳥類の種数が減少するほどは減少しないとされている(García et al. 2014White et al. 2018Schneiberg et al. 2020)。そのような意味において都市環境で鳥類による種子散布の実態を明らかにすることは意義がある。
 都市において鳥類が種子散布することは確実だが、散布後の発芽や定着についてはほとんど調べられていない。そうした中で故選・森本(2002)は京都市街地の樹木と種子散布の関係を調べて、エノキ、ムクノキなどの鳥類散布の実生が増加していることを示したが、調査は200 m四方の区画内の実生数と母樹数の対応に留まり、散布の実態の把握はできていない。
 筆者は東京西部の小平霊園において種子散布の実態を調べたが(こちら)、このような大都市の霊園は広いオープンスペースに少数の樹木があり、下草や低木は定期的に刈り取り処理をされる。霊園の中にはツツジなどの生垣があり、その中に明らかにもともと生垣にはなかった植物が観察される。これらの植物はほぼ間違いなく何らかの原因で種子がもたらされ、そこから発芽したものと考えられる。
 このように、都市の大規模霊園には
1)市街地に囲まれた広いオープンスペースである、
2)樹木はあるが低密度である、
3)低木や草本は抑制する管理が行われる、
4)オープンスペースに生垣があり、そこに外部由来の種子が散布され、その一部が生育している、
という特殊な状況がある。これを種子散布研究という視点からすれば、生垣は「種子トラップ」になっており、一種の野外実験が行われていると見ることができる。つまり生垣に生育する植物は生垣の植物ではなく、外部からもたらされたものであり、その植物をもたらした母樹がその場所の周辺にあるかないかを確認できるという条件が満たされている。
 本調査は、このような条件を利用して、霊園の生垣に生育する植物を記録し、その種子散布様式との関係を明らかにすることを目的とした。

方 法
調査地

 調査は東京都の多摩地区北部にある小平市の小平霊園(北緯35°74’、東経139°48’)で行なった(図1)。


図1. 調査地(小平霊園)の位置図

 小平霊園は1948年に開園し、面積は65haである。外縁にシラカシなどの樹木が植えられており、園内の主要道路にはサクラ、アカマツ、ケヤキなどが植栽されている。小平市は人口約20万人で、東京都としては農地、公園などの緑地が比較的多い。

方 法
 生垣は主要道路沿いにあり、主にツツジ類であり、少数ながらドウダンツツジなどもあった。生垣の幅は1-2 mで、長さは短いものは2 m程度、長いものは10 mほどで、多くは幅1 m程度で分断されている(図2)。

図2. 小平霊園内の生垣

 これらの生垣をプロットとし、その中に生育する木本植物も個体数を記録した。生垣から突出したものもあるが(図3, 4A)、選定されるので目立たない場合もあるので丁寧に観察した。そのプロットにもたらす可能性のある樹木の参考にするために、プロット周辺の樹木のうち、その樹高と同じ距離にある樹木の種名を記録した(図4B)。図4Bの場合、樹木1は散布の可能性があるが、樹木2はその可能性がないとした。これはその樹木から散布される果実・種子が重力散布あるいは風散布であれば飛来する可能性があると考えたからである。またプロットの真上に樹木があった場合はそれも記録した。これは鳥類が止まり木として利用した場合に、その下に散布される種子が多くなると考えられるからである。


図3. 生垣に生育するシラカシの若木


図4. A: 生垣で生育する外部由来植物のイメージ、
B: 霊園内の生垣と樹木の位置関係を示すイメージ

 生垣に運び込まれた種子が重力散布によりものであれば、プロットの真上にある樹木が多いはずであるし、風散布によるのであれば、周辺で記録された種との対応があるはずであるし、鳥類散布であれば、これら出自となる樹木とは関係がないか、弱いはずである。このことを表現する指標としてプロットあたりの個体密度の順位曲線を用い、これを「密度-順位曲線」とした。これはプロットごとの個体密度の値の大きいものから小さいものへと配したグラフで、重力散布であれば集中してゼロのプロットが多くなるからL字型、風散布であれば母樹を中心に次第に少なくなるから急傾斜のカーブ、鳥類散布であれば広く分散されるからなだらかなカーブになると想定される。

結 果
 90のプロットのうち89のプロットに外部由来の植物が見られ、密度は0.8本/m2から8.0本/m2までの幅があった。出現した木本植物は11種であった。ただし「クワ属」にはヤマグワもマグワもあり、さらに判別の困難なものもあったのでまとめて「クワ属」とした。

+++ コラム +++
以下には密度-順位曲線を示す。ここでこの曲線の説明をする。もし種子が鳥によって散布されたら、左図のように実生は「広く薄く」生育しているはずであり、重力散布で母樹から落ちたり、多少風によって散布される場合、右図のように母樹の近くに集中するはずである。

図5. [広く薄く」散布された場合と「狭く集中して」散布された場合の区画の
イメージ。鳥散布では「広く薄く」、重力散布では「狭く集中」する。

 この結果を生垣ごとに高密度から低密度に並べたのが「密度^順位曲線」で「広く薄く」の場合は、富士山の裾野のように横長になるはずであり、「狭く集中」の場合は滑り台のように急角度のカーブになるはずである。

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 密度-順位曲線は、密度が0.08/m2 以上であった6種を取り上げた。このうちシラカシはカケスが散布する可能性はあるがほとんどは重力落下するはずである。また小平霊園ではトウネズミモチは生垣近くに母樹があるので、鳥散布であっても「狭く集中」することが予測される。そのほかは鳥散布である可能性が大きい。実際の結果を示したのが図6である。
 鳥散布型の多肉果であるムクノキ、エノキ、クワ属のうち、ムクノキとエノキはなだらかなカーブをとり、出現頻度も高かった。クワ属はやや急勾配で低頻度だった。


図6a. 鳥散布型の主要種の密度-順位曲線

 トウネズミモチは非常に高密度なプロットが数点あり、1本/m2程度の低密度のプロットも多かったのでL字型となった(図6b)。トウネズミモチは生垣の近くに結実する木があったためカーブが急になるとともに、鳥に散布されるものもあるために裾が広がったものと考えられる。シラカシの堅果は基本的に重力散布であり、生垣の近くにもあったのでグラフの左端に集中していた。ケヤキは風散布型であり、霊園内にも多いが、頻度は低く、勾配はなだらかであった。


図6b. 鳥散布型(トウネズミモチ)、重力散布型(シラカシ)、風散布型(ケヤキ)の主要種の密度-順位曲線

考 察

 種子散布のタイプと種子を供給する母樹を考えて若木の密度-順位曲線から若木の密度の広がりを予想した。この予想と実際の密度-順位曲線を比較すると、重力散布であるシラカシは確かに「高密度であるプロット以外は若木はない」というパターンをとった。このカーブはL字型というよりI字型というべきかもしれない。鳥類散布は頻度が高い傾向があったが、トウネズミモチはプロットの近くに母樹があるケースがあったので、典型的なL字型をとった。その他の鳥散布型の樹種ではなだらかに裾を引くパターンをとった。その他にも低密度・地頻度な鳥散布型の樹種があり、これらは密度-順位曲線を描くには適していなかったが、周囲に母樹はなかったから鳥類が散布したと考えられた。
 このように生垣に種子が散布されそこから芽生えたと考えられる若木の密度と頻度のパターンによって、種子散布のタイプと母樹の存在が若木の分布パターンに大きな影響を与えていることが概ね説明された。しかし未解決の課題もある。付表1には同じ小平霊園の樹下で種子回収をした調査結果(高槻、未発表)を合わせて示した。

付表1. 生垣内の若木密度とセンダン、トウネズミモチの樹下で回収された種子の割合(%)。出現タイプはA: 若木も回収種子ともにあり、B: 若木はあったが、回収種子なし、C:種子は回収されたが若木はなし。



 表のタイプAは本調査で若木が確認され、散布種子調査でも回収された種であり、13種が確認された。
 タイプBは生垣に若木が確認されたが、散布種子は回収されなかった11種で、このうちアカメガシワとクワ属は夏に結実するが、種子回収調査を冬(12月から2月まで)におこなったため回収されなかった可能性が大きい。他の9種は種子回収調査の範囲では運び込まれなかったと考えられる。
 タイプCはこれとは逆に、種子は回収されたにもかかわらず生垣に若木が確認されなかったもので、9種があった。このうちセンダンとモチノキは調査対象以外の生垣では確認したが、数は少ない。クロガネモチは種子がセンダンの樹下で多数回収されたが若木は確認されなかった。タイプCは種子散布されても生垣では発芽しにくいか、発芽後の生存率が低いと考えられる。
 野鳥について定量的なカウントはしていないが、最も頻繁に観察されたはヒヨドリである。そのほかではムクドリやハシブトガラスが果実を採食するのが観察された。これらの野鳥が生垣に止まって種子を吐き出したり糞を排泄することで種子散布していることの実態の一部が明らかになった。都市においては特に森林に生息し、生息地選択や食性などが特殊化した鳥類は減少し、融通が効く「ジェネラリスト」が相対的にも、絶対数でも増加するとされる(Clavel et al. 2011White et al. 2018)。ジェネラリストは食性幅も広いから、さまざまな果実を食べ、種子散布する。スペインのある都市緑地ではズグロムシクイ(Sylvia atricapilla)というジェネラリストが主要な種子散布者で、特にヨウシュヤマゴボウを散布しているという(Cruz et al. 2013)。東京圏ではヒヨドリがその典型例であろう。実際、1970年代に盛んに植栽されたトウネズミモチの分布拡大は鳥類によるものだとされる(吉永・亀山 2001)。本調査でも生垣内で最も多かった若木はトウネズミモチであった。同時にムクノキとエノキも多く、在来の高木種も高頻度に散布されていることがわかった。霊園での生垣は定期的に剪定されるから、これらの若木が大きく育つことはないが、この事例からわかることは、都市緑地にこれらの種子が散布され、若木も生育しているということである。これらほど数は多くないが、そのほかにも多種の樹種が種子散布され若木が育っていることが確認された。このことから、都市緑地においてヒヨドリを中心として野鳥が樹林の動態に影響しているのは確実と考えられる。このことは都市緑地の生物多様性を考える上でも参考にされて良いことであろう。


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2021.11/19