2021.8.12
乙女高原に訪花昆虫が戻ってきた – 2013年との比較 –
高槻成紀(文責)・植原 彰・井上敬子・鈴木辰三
2021年8月8日に訪花昆虫の調査をしました。台風が近づいているというので行こうかどうか迷いましたが、後で後悔するくらいなら行くだけ行ってダメなら諦めればいいと思い、行くことにしました。塩山駅で植原さんに拾ってもらって移動するあいだも半分は「ダメかな」と思わせる曇天で、時おり小雨も降りました。
現地に着いてようすを見ると、薄曇りで「できなくはない」くらいにはなりました。「ひょっとしたらできるかもしれない」と思えるくらいになって集合の10時になり、鈴木さんと井上さんも来てくれたので、「巻尺張りだけはやろう」ということになりました。調査法の打ち合わせをしている間に、少し空が明るくなってきて、薄日もさすくらいになりました。
乙女高原には歩道があり、管理されているので歩きやすく、歩道の両側には杭があってロープが張ってあります。曲がり角に番号をつけ、その間に「コースB」というようにアルファベットの記号をつけました。これを4人で分担して記録を取ることにしました。ゴールに向かって100mの巻尺を張り、昆虫がいた花の位置を記録できるようにしました。右側幅2mの範囲内の花に昆虫が来ていたら、それを時刻と距離とともに記録するようにしました。つまり往復で歩道の両側4mをカバーすることになります。昆虫は以下の10群に分けました。
ハエ、アブ、アリ、カメムシ、甲虫、ガ、チョウ、
ハチ(マルハナバチ以外)、マルハナバチ、不明
結果をまとめたのが表1で、訪花昆虫が見られた花は26種、訪花昆虫の総数は859匹でした。それぞれの花にきた昆虫の数は1匹というものがいくつかありましたが、多いのはヨツバヒヨドリで260匹も来ていました。次はシシウドの102匹、ノハラアザミの72匹などが続きました。昆虫の数の合計を見ると、アブが209匹、ハエが192匹で、この2つ(双翅目)を合わせると401匹に達しましたから、これが半分近くということです。次が甲虫で151匹、マルハナバチが147匹でした。
表1. 2021年8月の乙女高原での訪花昆虫数
このうち訪花昆虫数が50匹以上と特に多かったトップ5を取り上げたのが図1です。これを見ると明らかな傾向があって、オミナエシとヨツバヒヨドリはハエ・アブが大半を占めていました。一方、ノハラアザミはほとんどがマルハナバチでした。この間にチダケサシとシシウドがあり、チダケサシでは半分くらいが甲虫で、シシウドはハチ、甲虫、ハエなどが3分の1くらいを占めていました。
図1. 202年18月に訪花昆虫がよく来ていた花、トップ5の内訳
図2. 訪花昆虫がよく来ていた花
次に昆虫数が20以上であった8種を取り上げたのが図3です。
図3. 訪花昆虫がよく来ていた花(昆虫数20匹から50匹)
図4. 比較的訪花昆虫が多かった花
訪花昆虫の内訳を見ると、イタドリとワレモコウはハエ・アブが多く、ウスユキソウとイケマはアリが多く、ヤマハギとタチフウロはマルハナバチが多いというはっきりした傾向がありました。傾向がはっきりしないのはヒメトラノオとシモツケソウでハエ、マルハナバチなどが20-30%を占めていました。
このように多くの花で訪花昆虫にはっきりした傾向があったので、理由を考えてみます。オミナエシ、イタドリ、ワレモコウなどは花が小さく、皿のような形をしているので、ハエ・アブが蜜を舐めやすいだろうと推察できます。逆にノハラアザミ、ヤマハギのように花の形が複雑で蜜が花の奥にある花の場合はハチ・アブは蜜が吸えず、マルハナバチのように口が長く伸びる昆虫しか利用できないだろうという推察もできます。ウスユキソウとイケマは花が小さく開いているのでアリが来ていましたが、これも納得できます。
しかしヨツバヒヨドリも小さな筒型の花なのでこれにたくさん来ていたハエ・アブは蜜がちゃんとなめれるのだろうかと疑問が残ります。一方タチフウロはいかにも蜜が吸いやすいように開放型の形をしているのでハエでも蜜が吸えそうですがほとんどがマルハナバチでした。だから話はそう単純ではなさそうです。
こういうデータがわかってくると、花を何気なく見ていたことに気づきます。もっと花の作りなどをしっかり見ないといけません。
ところで、この調査は柵を作って乙女高原の花を守ることで花が戻ってきて、その結果、訪花昆虫も戻ってきたことを示したいということで始めたものです。私は2013年に卒業生の加古さんの研究テーマとしてこのことを調べていました。そこで加古さんのデータと比較してみました。表1と同じまとめをしたのが表2です。ただし加古さんはアブとハエを区別せず「アブ」でまとめています。花の種数は18種ですから、2021年の26種は44%増しということになります。特にヤナギランとオオバギボウシは、私は去年まで花を見ていないので、今年花を見ただけでなく、訪花昆虫のデータが取れたのでとても嬉しく思いました。このほか2013年に記録されず、今年記録されたものにはオミナエシ、イタドリ、イケマ、ヒメトラノオがありました。ことにオミナエシは今はたくさんあるので2013年に全く記録がなかったというのは意外感があります。
表2. 2013年8月の乙女高原での訪花昆虫数
初めに2013年と2021年の昆虫全体の内訳を見ると、基本的にはよく似た組成でした(図5)。どちらもハエ・アブがほぼ半分、マルハナバチが20%ほどでした。2013年の方がチョウが多く、2021年の方が甲虫が多い点は違いました。しかし全体の数が8倍も違うので、2021年にチョウガ「減った」わけではなく、偶然ですがどちらも14匹でした。
図5. 2013年と2021年の訪花昆虫の内訳.
年の後の()内の数字は合計値.
次に2013年と2021年の訪花昆虫数を比較したのが図6です。全ての花で大幅に増加しましたが、ヨツバヒヨドリは2013年でも最多で、5倍に増えました。そのほかでも大幅に増えましたが、特にシシウド、チダケサシなどは増加が目立ち、オミナエシ、イタドリでは2013年に全く記録がありませんでした。
図6. 2013年と2021年の訪花昆虫数の比較
次に「念のため」という感じで、ある程度訪花昆虫が多かった2種について昆虫の内訳を比較したのが図7です。これを見るとどちらの年でもヨツバヒヨドリではハエ・アブが、ノハラアザミではマルハナバチが多かったということがわかりました。同じ花ですから、年によって違わないのは当然といえば当然です。
図7. ヨツバヒヨドリとノハラアザミの2013年と2021年の訪花昆虫の内訳。訪花昆虫数は花の名前の後に記した。
このように乙女高原がススキ原のようになっていた2013年に訪花昆虫の調査をし、その後2015年11月に柵が完成し、野草の回復の様子を見守ってきました。(柵については こちら)
それから5年後の去年、訪花昆虫の調査をしてもらい、はっきりと違いがあることがわかりました。去年は週末に雨が続き、私はどうしても都合がつかず、植原先生たちにお任せしたのですが、今年は順調に調査ができました。去年とほぼ同じデータが取れて、大きくいえば一桁訪花昆虫が増えました。これまで見なかった花にも訪花昆虫が確認され、少ししかなかった花に大量の昆虫が訪れていました。植物が回復することは、同時に花と昆虫のつながり(リンク)が回復するということです。昆虫が増えればそれを利用する小動物も増えるなどさらなるリンクが生まれるはずです。豊かな乙女高原が戻ってきたことが確認できてとても嬉しく思いました。