高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

タヌキの糞からイチイ

2019-11-09 21:14:22 | 研究
アファンのタヌキの糞からイチイ
 今年(2019年)の10月のタヌキの糞を分析していたら、サルナシやケンポナシとともに見かけない種子が出てきました。やや弾丸状に先が尖っています。草本の種子ではなさそうです。どこかで見たような気もしますが、知らないので、図鑑の初めからチェックし直しなのでなかなか大変です。種子の図鑑は3冊あって、一通り見ましたが、該当なしです。ずっと見ていって、最後の方になると単子葉植物のランなどになるので
「あれ、該当なしだなあ」
とがっかりします。主だった樹木のあたりは丁寧にみましたが、該当するものがありません。
 困っていましたが、別の機会に気を取りなおして図鑑を開き、最初のほうにある裸子植物もチェックしたら、キャラボクがちょっと似ていました。しかしキャラボクは黒姫にはありません。でも似ています。それでハッとしました。キャラボクに近いイチイが出ていました。そういえばイチイはアファンの森の近くの農家の生垣で見たことがあります。改めて図鑑をよくみるとそっくりです。以前に採集していた標本を見たらぴったりでした。間違いありません。


タヌキの糞から検出されたイチイの種子


 多肉果といえば広葉樹と思いがちで、針葉樹という発想がありませんでした。針葉樹といえば松ぼっくりやモミなどの毬果を連想してしまい、図鑑をみるときも裸子植物のページは身を入れて見ていなかったと反省しました。
 林では見たことがないので、タヌキはどこかの農家まで出かけて落ちていたイチイの「果実」を食べたものと思われます。いや、正確にいうと果実ではなく種子の仮種皮が肉質に肥大したものです。


イチイの「多肉果」


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地球永住計画 賢者にきく

2019-11-07 15:58:19 | イベント
糞を食べる糞虫、死体を食べるシデムシなどは鼻つまみ者なのだろうか

11月7日、武蔵美大の三鷹ルームで標記のテーマの話がありました。「シデムシ」や「ギフチョウ」などの細密画の絵本で有名な舘野鴻さんと私と関野先生が鼎談をすることになりました。


最初に挨拶 左 高槻、右 舘野さん


関野先生

舘野さんんは絵本を見て「只者でない」ことはすぐにわかりました。まさか会うことになるとは思っていなかったので、楽しみではありましたが、気後れするような気持ちもありました。
 初めに舘野さんから1時間ほどのスライド紹介がありましたが、これが衝撃的とも言えるほど内容の濃いものでした。ユーモアのある人で、スライドには効果音があったり、ちょっとふざけた動画などもあって意外感がありました。舘野さんは話すことも好きらしくやや早口気味にたくさんの話を聞けました。


舘野さんのシデムシの話


 一番印象的だったのは「シデムシ」の生活史の写真紹介でした。絵本も詳細なリアルな表現ですが、写真はネズミの死体などが文字通り生々しく出てきました。その中で、シデムシの夫婦がネズミの下に潜って「使える」と判断すると作業を初め、くるくると死体を回転させるうちに肉団子のようになり、その中で幼虫を育てることが紹介されました。そして最後にネズミの死体を食い尽くした後、大きくなった幼虫が一斉に死体を離れるシーンが紹介されました。
「一斉にネズミの死体を離れていくんですが、科学的ではない表現になりますが、まるでネズミの死体から命がシデムシの幼虫になって出ていくという気がしました」
という舘野さんの感覚にドキッとしました。
 そのほかにも、描くために飼育装置の中に草を植えたが、その草も生えているのを見るとすごいと思うなど、ポロリともれる言葉に、生き物の観察者としての鋭さや凄みが垣間見れました。
 「絵は偽物だ」「本当に知らなければ描けない」などという言葉に、物事を中途半端にしない舘野さんの姿勢が感じられました。それだけ徹底した調べをすることを紹介した後で、意外なことに
「でも、私たちが調べたり、描いたりすることは昆虫には何の意味もない」
と語られたことも印象的でした。

 私は玉川上水でのコブマルエンマコガネの話をしました。


オオセンチコガネの話から始める


 玉川上水にタヌキがいること、タヌキがいれば糞虫がいるかもしれないと思って調べて糞虫がいたことを確認した時の驚き、調べてみたら玉川上水全域にいたこと、それどころか玉川上水以外の緑地にもいたことなどを紹介しました。そして、知りもしないで「糞に寄ってくる虫なんて汚らわしい」といった偏見は良くないこと、アイヌの人たちはそういう偏見を戒めたことの素晴らしさなどを話しました。
 私自身も絵を描くのは嫌いではないので、準備していたスライドにエンマコガネのスケッチがあったのですが、流石に舘野さんのいるところで紹介するのは気が引けますといったら会場が湧きました。


描いたエンマコガネの発表


 生態学者は糞虫の分解者としての役割を説明して、だから素晴らしいんだと理屈を垂れますが、生き物観察者としては、糞虫にしても他の生き物にしても、淡々と目の前の生を進めていることに敬意のような気持ちを感じるのだということで締めくくりました。全くの偶然ですが、私の最後のスライドで言おうとしたことが、舘野さんが最後に語られたことと符合していて、ちょっと驚きました。


最後のスライド



 それから鼎談になりました。



 鼎談でいくつかのことを話しましたが、思い出すままに書いてみます。ただ舘野さんの言葉は私が理解したことであり、話し手が意図されたこととは違うかもしれません。

高槻「若い頃アングラ芝居とかしていたそうですが、それとシデムシなどを描くくようになったというのは舘野さんの中でどうつながるのですか」
舘野「まともなこと、まっとうなことの裏側にもっとホンモノがあるはずだと思っていた。そのことがシデムシを描くことで開眼できた」
関連して関野先生が
「パンダをどう思いますか」と聞くと
舘野「素晴らしいんじゃないですか。クマなのにササを食べるようになったとか、白黒の体色など」
高槻「人気がありますが、それは動物園でタイヤで遊ぶ生きたぬいぐるみのような動物に対してであって、野生動物としてのパンダを見ている人がいないという意味で、フェアでないと思うんです。良いイメージならまだしも、糞虫やシデムシは知りもしないで忌み嫌われる、そういうのはフェアでない。要するに知らないで勝手に決めつけることにアンチで、パンダが嫌いというわけではありません」


舘野さんが描いたオオセンチコガネ


高槻「オオセンチコガネの絵を見て衝撃を受けました。シデムシの時には細密ではあるが、光は描かれていませんでした。ところがオオセンチの方はまさに光の照り返しなども含めて質感が素晴らしく描かれています。この違いはなんですか」
舘野「オオセンチは虹のようにきらびやかですからね。私としては目の前にあるものをそのまま描くだけです」
高槻「いや、見えたままといっても、どう見えるかが問題であって、私たちは白いテーブルは白いと見ている。


このテーブルは白い


 でも実際にはコップがあれば影ができて白ではなくなる。にも関わらず、日本の画家はあの北斎でさえ、影は描いていない。それは見えたままではないが、日本の画家には見えていなかった。だから、表現できる技術ということもあるし、光がどう見えるかという目ということもある」
舘野「そうですね。見えるということも対象の魅力や「知る」ということがないと「見えない」ということがある」
 記憶は不確かですが、舘野さんは恩師である熊田千佳慕のことを話しましたが、それはこの時だったかもしれません。熊田画伯は「対象に対する愛がなければ描けない」と言っていたそうです。

高槻「私は最近、あることでファーブルについて書かれたものを読む機会がありました。それによればファーブルは論文を書こうとすれば書けた。現に同時代のダーウィンはファーブルを生物学者として尊敬していたが、ファーブルは昆虫を熟知していたからこそ、進化論の単純な原理によってこの複雑な行動が生まれることは信じることができなかった。そして表現法としては論文ではなく、自分の人生と重ねるような形で昆虫記を書いた。
 私は大学の研究者という生業から論文という形で表現するが、いつも「これでは足りない」という気持ちが残ります。今日の舘野さんのお話を伺うと、やはり同じように表現法の素晴らしさを感じて、論文って限界があるなと改めて思います」
舘野「そうですよね。ファーブルは実に昆虫のことをよく知っている」
高槻「よくファーブルは観察の人といい、それはただよく見るという意味で記述的とされますが、実はファーブルは積極的に実験を行なっている。それも動物のことを知り尽くしているからどういう実験をすればそれがわかるかが実に巧みだ」
舘野「そうそう」

 どういう文脈だったか思い出せませんが、舘野さんが昆虫の顔の描写についての質問に対して言いました
舘野「顔だけじゃなくて姿全体を表現する」
高槻「あのオオセンチの絵で、触覚が開いているのを描いたでしょう。あれは糞の匂いに反応した時に開くんですよね。興奮しているんです」
舘野「そうなんですよ。でもそれがわかってくれる人は先生だけです」(笑)
 それからこうも言いました。
舘野「論文も大事で、私たちもそういう研究があるから先に進めるんです」
高槻「いや、研究者はこれまでどういう研究があるかを調べて、こういうことなら新しい論文になるといったイヤらしい動機で研究をし、論文を書くことが多い。本当にその生き物のことを知りたいという純粋な好奇心からではない。そういう純粋な意味での知らないことを知ることに日本の生物学者がどれだけ貢献したかはかなり怪しい」(笑)

 表現ということでは舘野さんはこうも言いました。
舘野「絵を描いているときはいいんだけど、描いてしまうと作品が自分から遠ざかるような気持ちになる」
その発言は鼎談ではなく講演の時だったので、私からは発言しませんでしたが、この気持ちは研究者が論文に対して持つのと全く同じなので、この符合にも驚きました。論文に何を書いたかは本人が一番知っているから、読み直すということはほとんどありません。

 パッと思い出すのはそんなところです。不確かな記憶で書いたので、前後関係は違っていると思います。今後、思い出すことがあれば追記します。
舘野さんに会い、お話を伺って、「流石にあれだけの絵を描ける人は違う」と感じ入ったことです。とても充実した時間でした。
 写真は豊口さん撮影です。ありがとうございました。

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人工林が広がる場所でのシカの食性 – 鳥取県東部の事例 --

2019-11-02 23:14:03 | 研究
19.9.19
人工林が広がる場所でのシカの食性 – 鳥取県東部の事例 --

高槻成紀(麻布大学いのちの博物館)・永松 大(鳥取大学)

摘要:日本各地でシカが増加し、森林植生に強い影響を与えるとともに林業被害も増加している。スギ人工林が卓越する鳥取県東部の若桜町では過去20年前からシカが急増し、林床植生が貧弱化した。林業被害対策にはメカニズム解析が不可欠で、シカの食性は一つのポイントとなるが、人工林の卓越する場所でのシカの食性は知られていない。植生は、スギ人工林では柵外はコバノイシカグマ以外は非常に乏しかったが、柵内にはチヂミザサ、ススキ、スゲ類などがあった。落葉広葉樹林でも貧弱で、ムラサキシキブなどが散見される程度であったが、柵内ではタケニグサ、ベニバナボロギク、ジュウモンジシダ、ガクウツギ、ニシノホンモンジスゲ、ススキなどがやや多かった。シカの糞分析の結果、シカの糞組成は植物の生育期でも緑葉が20-30%程度しか含まれておらず、繊維や枯葉の占有率が大きいことがわかった。夏に葉の占有率がこれほど小さいのは神奈川県丹沢のシカで知られているだけである。

はじめに
 シカ類の増加と森林生態系の問題は世界的に深刻である(McShea and Rappole, 1992, Waller and Alberson, 1997, Côté et al., 2004, Tanentzap et al., 2010)。日本でも過去20年ほどでシカが増加し(++)、森林生態系に利用を及ぼすとともに(Takatsuki, 2009)、林業の被害を起こしている(大井 1999、Akashi N, Nakashizuka T (1999), Ueda et al., 2002, 2003, 尾崎 2004、Honda et al., 2008)。シカ(ニホンジカ)は落葉広葉樹林に生息することが多いが、場所によってはスギやヒノキの人工林が卓越した場所がある。人工林は密植されるため林内が暗く、林床植物は乏しいことが多い。そのため同じ生息密度であっても広葉樹林よりはシカの食物は乏しく、そのことが林業被害とも関連している。林業被害は被害発生のメカニズムを解明することが重要であり(Ueda et a., 2002, 2003, Honda et al., 2008)、シカの密度や食性を解明は重要な情報となる。
 シカの食性は北海道から屋久島まで広範に分析され、大体の傾向は把握されているが(Takatsuki, 2009)、まだまだ残された地域も多い。中国地方はその一つで、2000年に山口県のシカで断片的な情報が報告されたにすぎない(Jayasekara and Takatsuki, 2000)。この分析がなされた1990年代後半には中国地方でのシカの生息は限定的であったが、その後、徐々に拡大した。鳥取県においても兵庫県から連続的な分布域が県東部から徐々に拡大傾向にある(鳥取県, 2017)。
 このため農林業への被害が大きくなり、鳥取県ではその抑制のために捕獲が進められ、2010年からは3000頭台、2013年以降は4000頭を超えるレベルになっている(鳥取県 2017)。
 調査地である若桜町を含む鳥取県東南部で群落調査とシカの糞密度の関係を調査したところ、若桜町はその中でもシカ密度が高く、植物への影響も強いことが示された(川嶋・永松, 2016)。場所によってはもともとはササがあったが、シカによって食べ尽くされ、低木層も貧弱化し、不嗜好植物(シカが嫌って食べない植物)が増えている場所もあった。
シカが高密度になり、植生に強い影響を与えて食物が乏しくなった状況で死体の胃内容物を調べた例では、枯葉が大きな割合を占めていた(Takahashi and Kaji, 2001)。このようにシカは食物供給の状態に応じて食性を変えることができる。人工林が卓越する場所では食物供給状態は良くないと想定され、シカの食性も落葉樹林とは違う可能性がある。しかし、これまで人工林が卓越した場所でのシカの食性は知られていない。
 本調査はこのような背景から鳥取県東部の若桜町のシカの現時点での食性を明らかにすることを目的とした。


方法
1)調査地と林床植生
 調査地は鳥取県東部の若桜町に選んだ。この地方は伝統的に林業が盛んであり、若桜町の林野率は95%,人工林率は58%に達していて(鳥取県東部農林事務所 2017),「若桜の杉の美林」として知られる。鳥取県東部のスギは常緑であり葉の垂直的厚さがあるために林床は暗く、林床植生は貧弱である。シカの糞は若桜町役場の南側にそびえる鶴尾山(452 m)の山頂周辺,国指定史跡「若桜鬼ヶ城」の隣接地で採集した(図1)。


図1. シカ糞採取地の位置


 糞採取した場所はアカマツとコナラの林で、下生えは強いシカの影響を受けて貧弱になっており、場所によっては2m程度のシカの口が届く高さ以下では植物が非常に乏しくなって「ディア・ライン」が認められた(図2)。


図2. シカ糞採集地の景観。下生えは非常に貧弱で、「ディア・ライン」がみられる場所もある。

 シカによって影響を受けている林床群落を記述するために、スギ人工林と落葉広葉樹林の林床に1m四方の方形区をランダムに10個とり、方形区内の植物種の被度(%)と高さを記録した。また史跡保護のために設置されている防鹿柵を利用して,比較のために柵設置後10年の柵内でも同様の記録をとった。これらをもとに、バイオマス指数(被度%×高さcm, Takatsuki and Sato 2013)を求めた。そしてバイオマス指数を木本、双子葉草本、グラミノイド(イネ科とカヤツリグサ科の総称)、シダ、つるに分け、草本はさらに大型草本(50cm以上になるもの)と小型草本に分けて比較した。

2)糞分析
 シカの糞の採取に際しては1回分の排泄と判断される糞塊から10粒を採集して1サンプルとし、10サンプルを集めた。糞は2018年の5月から2019年1月まで6回採集した。5月は春、6月、7月、9月が夏、11月が秋、1月が冬に対応する。これを光学顕微鏡でポイント枠法(Stewart, 1967++)で分析し、占有率を求めた。ポイント数は200以上とした。
 糞中の成分は次の14群とした。
 ササの葉、イネ科の葉、スゲの葉、単子葉植物の葉、双子葉植物の葉、常緑広葉樹の葉、枯葉、その他の葉(コケ、シダなど)、果実、種子、その他、木質繊維、稈、不明
枯葉は黒褐色の不透明な葉脈となった落葉樹の葉であり、緑葉は葉肉部もあり、葉脈は半透明であるから区別ができた。中間的なものもあったが、違いが不明瞭なものは緑葉にした。占有率が1回でも10%以上になった食物群を「主要食物」とし、月間の占有率を多重比較した。

結果
1) 林床植生
 調査地のスギ人工林と落葉広葉樹林のようすを図3に示した。柵外はどちらの林でも植物が非常に乏しかった。柵内では回復が見られ、スギ人工林ではススキが、落葉広葉樹林では草本類やスゲが目立った。


図3. 林床の景観。A. スギ人工林、B. スギ人工林柵内、C. 落葉広葉樹林、D. 落葉広葉樹林の柵内

スギ人工林と落葉広葉樹林で植被率(%)を見ると、シカの影響を受けている柵外ではスギ林が3.8%、落葉樹林が3.0%といずれも小さく、両者に有意差はなかった(多重比較、クラスカル・ウォリス検定、z = 0.495, P = 0.96)。柵の内外ではいずれも有意差があった(スギ林、z = 3.631, P = 0.002、広葉樹林、z = 3.9621, P < 0.001)。
スギ人工林と落葉広葉樹林で、バイオマス指数を生育型ごとに合計したところ、スギ人工林でも落葉広葉樹林でも柵外では植物が非常に乏しいこと、柵内では大幅に増加することがわかった(図4)。スギ人工林柵外でのバイオマス指数は45.6で柵内の11.7%に過ぎなかった。内訳ではコバノイシカグマが68.3%を占め、目立って多かった。柵内ではスギ人工林ではイネ科が目立って多く、シダ、大型草本がこれに次いだ。
落葉広葉樹林でのバイオマス指数は13.0と少なく、柵内のわずか2.5%に過ぎなかった。内訳ではムラサキシキブなどの木本類が半量程度であった。柵内では大型草本、シダ、木本が多かった。
 柵内をスギ林と落葉広葉樹林で比較すると、スギ林でグラミノイド(チヂミザサ、ススキ、ニシノホンモンジスゲ)が多いこと、広葉樹林で大型草本(タケニグサ、ベニバナボログクなど)、木本(ガクウツギ、クロモジなど)、シダ(ジュウモンジシダ)が多い傾向があった。つる植物は柵外にはほとんどなかったが、柵内ではバイオマス指数で10から20程度あった。


図4. スギ林(Con)と落葉広葉樹林(Bro)の柵外と柵内のバイオマス指数

2)シカの糞の組成
 主要食物(一度でも10%以上になった食物)にはイネ科の葉、双子葉植物の葉、枯葉、稈、木質繊維の5つであった。その季節変化は以下の通りであり(図5)、主要種を含む各食物群の組成は付表1に示した。
 イネ科は季節変化が不明瞭で10%前後を推移したが、9月の3.8%は7月の10.3%より有意に少なかった(多重比較、z=3.403, p=0.009)。
 双子葉植物は7月から11月に多い山型を示した(図3)。6月(1.7%)から7月(15.6%)には有意に増加(z=-3.781, p=0.002)、7月(15.6%)から9月(10.7%)に有意に減少(z=3.326, p=0.011)、9月(10.7%)から11月(19.5%)に有意に増加(z=-3.780, p=0.002)、11月(19.5%)から1月(4.6%)に有意に減少(z=3.78, p=0.002)と、増減を繰り返した。
 枯葉は春(5月, 17.8%)と夏(9月、25.1%)、秋(11月、19.8%)に20%前後と多かった。しかし隣あう採集月で有意差はなく、有意差があったのは6月(10.0%)と9月(25.1%)の間だけであった(z=-2.948, p=0.038)。
 稈は全体に大きな値をとり、夏に多くなる山型をとった(図3)。7月には45.4%と非常に多く、9月(23.4%)に有意に少なくなり(z=3.780, p=0.002)、1月(10.8%)は11月(27.2%)より有意に少なかった(z=3.024, p=0.030)。
 木質繊維も全体に多く、特に5月(55.5%)と1月(48.4%)に多くてU字型を示した。6月(36.3%)から7月(4.2%)へは有意に減少(z=3.781, p=0.002)したが、9月(30.9%)には有意に増加し(z=-3.781, p=0.002)、11月(36.3%)には減少(z=3.780, p=0.002)、1月(36.3%)には増加(z=-3.780, p=0.002)と変化した。


図5. 若桜町(鳥取県東部)のシカの主要食物の月変化


考察
 群落調査の結果、柵外ではスギ林でも落葉広葉樹林でも植被率が3%程度しかなく、シカの食物という点で言えば、ほとんど食物がないといえる状況であった。特に面積的に広いスギ林ではその乏しい植物のバイオマス指数の半量以上がコガノイシカグマで占められていた。コバノイシカグマはシカが食べず、食べ残された状況にあった。関東地方ではオオバノイノモトソウが同位的な位置にある(高槻、未発表)。
 柵内はスギ林でも広葉樹林でも林床のバイオマス指数が大幅に増加し、スギ林では8.6倍に、広葉樹林では37.9倍になった。このこともシカの採食圧の強さを示している。柵内で回復した植物の構成には違いがあったが、これは元々の種組成の違いと、柵設置後の光条件が落葉広葉樹の方が良いことなどが関係していると考えられる。
 シカの糞組成において、夏を中心に葉が多く、冬を中心に繊維が多いというパターンは各地のシカの食性で見られるものであった。しかし葉が夏でも30-40%しかなく、9月には16.8%に過ぎなかった点(後述)と、繊維が冬や春には50%前後にもなり、9月でも30.9%になった点は注目に値する。さらに、夏でも枯葉が食べられて、7月には12.9%、9月には25.1%にも達した。これらのことは、本調査地のシカの食物供給状態が劣悪であることを示唆する。
 このことを確認するために、岩手県の五葉山(Takatsuki, 1986)、山梨県の乙女高原(Takahashi et al., 2013)、宮城県の金華山(Takatsuki, 1980)、神奈川県の丹沢山地(高槻・梶谷、印刷中)を比較する。五葉山と乙女高原はシカの密度はあまり高くなくて植物が豊富な場所である。金華山はシカの密度が50頭/km2にも達し、植物は強い影響を受けてシカの食物供給は劣悪である。丹沢山地は場所によって密度は違うが場所によっては金華山並みの高密度の場所もあり、シカの影響を長く受けているので植生は貧弱である(村上ほか, 2007)。
 葉の占有率は五葉山が一年を通じて非常に多いが、これはミヤコザサが主体であった(図6)。乙女高原では夏・秋が40%程度、春・冬が50-60%で冬の方がササを食べてやや多くなった。金華山では夏・秋に50-60%と多く、春・冬は20-40%であった。丹沢山地では春と夏が20%程度と少なく、秋・冬にササを食べて40-50%になった。これらに比べると。若桜では春は丹沢と金華山よりは多く、乙女高原程度であり、少ないとは言えなかった。しかし夏は丹沢とともに他の3カ所よりもはるかに少なかった(13.0%)。秋には増加したが5カ所中最少であった(36.3%)。冬も5カ所中最少であった(19.3%)。


 図6. 若桜以外4カ所のシカ糞における葉(A)と繊維(B)の占有率。ただし金華山では繊維のデータがない。

 繊維は金華山では糞組成を類型するとき「その他」にまとめたので図示できなかった。それ以外の4カ所の比較では、シカの密度が低い五葉山と乙女高原では一年中10%以下と少なかったが、丹沢山地では春以外は多く、若桜では春と冬は4カ所中で最多、夏と秋は丹沢山地に次いだ。
 川嶋・永松(2016)は若桜を含むこの地域の植生を調べて、シカによってササが減った場所があると指摘した。シカの糞におけるササの占有率は最も多かった冬でも2.1%に過ぎなかった。しかも、サンプル間のばらつきが大きく、変動係数は繊維が22%であったのに対して、ササは119%であった。このことは調査地ではササが点在していたことと符合する。これは五葉山や乙女高原でササ(ミヤコザサ)が林床全面を覆うのと違い、供給が確実、安定的でないことを意味する。ササは常緑であり、鹿の冬の重要な食物である。このことは五葉山(Takatsuki, 1986)、日光(Takatsuki, 1983)、大台ケ原(Yokoyama et al., 1996)などで示されている。ササの喪失は調査地のシカにとっても林業被害にとっても深刻であろう。
 冬は草本類が枯れ、落葉樹は葉を落とすからシカの食物が乏しくなる。そのような状況では植林木への被害が強くなる(Ueda et al. 2002)。この意味で、ササの減少は林業被害につながる可能性がある。
 林床群落は非常に貧弱であり、シカの採食影響が強いことを示していた。このことは当然、シカの食性に影響を与えているはずであり、夏でも葉が少なく、枯葉が多いこと、繊維含有率が高いことなどはこのことを反映していると考えられる。
シカの個体数管理は密度を調べて過剰と判断されれば捕獲頭数を決めて駆除がおこなわれる。しかし、シカにとっての資源量である植物量が違えば、密度のもつ意味が違い、植物量の少ない人工林では同じ頭数のシカがいても食物量は少なく、被害が発生する可能性が大きい。その意味でシカ頭数管理は単純に密度ではなく、シカの栄養状態、繁殖率、食性など、シカの状態の質的判断に基づくべきである。この調査の食性分析は、この地方のシカの食料状況が劣悪であることを示した。糞分析方は非侵襲的で比較的簡単であるから応用されることが期待される。

文献
Akashi N, Nakashizuka T (1999) Effects of bark-stripping by sika deer (Cervus nippon) on population dynamics of a mixed forest in Japan. For Ecol Manage 113:75–82
Jayasekara, P. and S. Takatsuki. 2000. Seasonal food habits of a sika deer population in the warm temperate forest of the westernmost part of Honshu, Japan. Ecological Research, 15: 153-157.
川嶋淳史・永松 大. 2016. 鳥取県東部におけるシカの採食による植生の被害状況. 山陰自然史研究, 12: 9-17.
McShea, W. J. and J. H. Rappole. 1997. Herbivores and the ecology of forest understory birds. In The Science of Overabundance: Deer Ecology and Population Management, ed. W. J. McShea, H. B. Underwood and J. H. Rappole. Washington: Smithsonian Institution Press, pp. 268-309.
Stewart, D. R. M. 1967. Analysis of plant epidermis in faeces: a technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology 4: 83–111.
Takahashi,H. and K. Kaji. 2001. Fallen leaves and unpalatable plants as alternative foods for sika deer under food limitation. Ecological Research, 16: 257-262.
Takahashi K, Uehara A, and Takatsuki S. 2013. Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica. Mammal Study, 38: 231-234
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四国三嶺山系のシカの食性

2019-11-02 15:37:58 | 研究

高槻成紀・石川慎吾(高知大学)

 高槻は東北地方や関東地方のシカの食性を調べ、冬を中心にササが重要であることを明らかにしてきた(北海道白糠、岩手県五葉山、宮城県金華山、栃木県表日光、山梨県乙女高原)。ただし南西日本の暖温帯では双子葉植物の木本、草本が多い傾向があり、南北で違いがあることもわかってきた。一方で1990年くらいから各地でシカの個体数が増加して、森林への影響が強くなってきた。
 そうした中で1970年代からシカ問題がある神奈川県の丹沢でシカの糞分析をする機会に恵まれて分析したところ、夏でも緑葉が少なく、枝などを食べていることがわかり驚いた(こちら)。また2018〜19年には鳥取県東部でも同様の調査をした。ここはスギ人工林が卓越する場所で、もともと植物が乏しいが、ここでも夏に緑葉が20-30%と少なく、夏でも枯葉を食べていることが明らかになった(こちら)。このように、シカが高密度である場所では、植物に強い影響が現れる。このため、植生の調査は行われているが、シカの食性の定量的な分析は非常に重要な情報を提供するにもかかわらず、分析があまり進んでいない。
 四国でも三嶺を中心にシカの影響が強く、その植生を守るために活発な活動が行われ、その活動は高い評価を受けている(三嶺の森を守るみんなの会、こちら)。高槻は2018年にこの会にお招きいただいてシカと植生について講演をした。そのときに、東北大学時代の後輩で、高知大学で活躍し、最近定年退職された石川さんと話をするうちに、シカの糞分析をすることになった。

調査地
 調査地は三嶺の南側に3カ所とった(図1)。


調査地(三嶺)の位置図

調査地1は地蔵の頭という場所で、標高1,780m。ミヤマクマザサが卓越した場所で、シカの影響は強いが、まだミヤマクマザサは残っている(表1)。調査地2は1,650mの「カヤハゲ」という場所で、最初にシカ問題が顕在化した。ミヤマクマザサが卓越していたが、シカによって減少し、今はススキが生え、ヤマヌカボが増加している。周辺の森林にあったスズタケは壊滅状態にある。調査地3は「さおりが原」という場所で、1,160mと低くなる。サワグルミなどの林だが、スズタケはなくなり、土壌流失が激しい。

表1 調査地の比較


 三嶺の概況はこちらを参照されたい。

方法
 シカの糞の採取に際しては1回分の排泄と判断される糞塊から10粒を採取して1サンプルとし、10サンプルを集めた。これを光学顕微鏡でポイント枠法で分析した。ポイント数は200以上とした。

結果
 調査は進行中で、現在2019年11月までの試料の分析が終わった。
 興味深いことに、以下のように、3カ所ではっきりとした違いがあった(図2)。

 調査地1(地蔵の頭)では5月にササが3分の1程度を占め、他のイネ科と合わせて6割近くを占め、良好な食糧事情にあることを示していた。7月になるとササの占有率が60%を超え、非常に重要な食物になっていた。多くはないが双子葉植物も増加した。ササは9月にはやや減少した。11月は9月に似ていたが、双子葉植物がやや少なくなった。
 調査地2(カヤハゲ)の5月では一転してササが全く検出されず、イネ科の葉と稈(イネ科の茎)がそれぞれ40%ほどを占め、全体がほとんどがイネ科で占められており、ここも食料事情は良好であると判断された。7月でも基本的には違いがなく、稈がやや減少し、双子葉植物とササが増加した。9月になるとイネ科は大きく減少し、双子葉植物と稈が増えた。11月になると、双子葉植物もイネ科も減少し、稈・鞘と枯葉が増え、質の低下が示唆された。
 調査地3(さおりが原)の5月はこれらとは違い、繊維が40%ほどを占めて、この中では食料事情が一番良くなかった。ササもイネ科も少なく、針葉樹と思われる葉が20%ほどを占めたのが特徴的であった。8月になると双子葉植物が大幅に増え、イネ科も増えて、繊維は半減し、食糧事情はよくなっていた。9月になると双子葉植物が40%近くを占めるようになった。イネ科も増加し、繊維はさらに減少して、5月よりは食糧事情がよくなっていた。11月になると双子葉植物が大幅び減少し、枯葉と稈・鞘が増えた。その結果、11月は調査地2と3の糞組成は似ていた。


図2 三嶺のシカの糞分析結果



 このように食性の内容は平均値で表現されるが、同じ占有率50%でも試料全体が50%前後で平均値が50%の場合だけでなく、半分くらいが100%近くで、残りの半分が0%近くで平均値50%になることもあり、その意味は違う。その違いを表現するために、各成分について試料ごとの占有率を大きいものから小さい順に並べるという「占有率-順位曲線」という表現法を考案した、わかりやすいようにタヌキの例を紹介する。


タヌキの糞組成における占有率-順位曲線



 この例では果実と種子が左上から直線的に下がっている。タヌキはたくさん果実を食べるものから少ないものまでいるということである。一方、昆虫は80%から30%までは急激に減少し、その後はなだらかに右下がりになった。これは一部のタヌキはたくさんの昆虫を食べたが、多くのタヌキはあまり多くは食べられなかった、しかしほとんどのタヌキが多かれ少なかれ昆虫にありついたということを意味する。そして脊椎動物(主に哺乳類と鳥類)では上位から13位までは昆虫以上に急なカーブを取り、それ以降では急になだらかになり、30位以下では全く食べられておらず、「L字型」に折れ曲がった。このことは脊椎動物は滅多にありつけず、その幸運に遭遇したタヌキはたくさん食べるがそういうタヌキは少ないということを意味する。つまりたくさんある栄養価の高い果実や種子は多くのタヌキが様々な程度に食べるが、動物質は一部のタヌキが集中的に食べるという関係が表現されている。
 これを三嶺のシカで表現してみた。シカのような反芻獣の場合は、食べた食物を反芻する、つまり食べ物を繰り返し咀嚼して「かき混ぜる」ので、出現頻度は高くなる。


三嶺3カ所のシカ糞組成における占有率-順位曲線



 地蔵の頭での占有率-順位曲線はササが最高値も大きく、多くの試料が大きな占有率をとっており、際立って重要であることを示している。これについで、稈・鞘、イネ科が重要であったが、いずれもなだらかで高頻度であった。カヤハゲでは稈・鞘、ついでイネ科が重要であるが、やはりなだらかであった。地蔵の頭とは双子葉植物が重要である点が違い、トップ4がやや断続的に大きな占有率をとった。これは5月の試料では繊維質が非常に多いものがあったからである。さおりが原でも稈・鞘の重要性が目立ったが、「繊維ほか」は最高値が非常に大きくトップ4までは稈・鞘よりも大きくて、その後で交差した。双子葉植物が他の2箇所より大きく、やや2極化し、占有率が20%以上とそれ未満に分かれた。ここではイネ科が5%未満であり、主要種にならなかった。
 
 まとめ
 近接した3カ所であるが、糞分析の結果は場所ごとに大きく違うことを示し、それぞれの場所の特徴をよく反映していた。調査地1は安定してササが多かったが、調査地2は9月にイネ科の減少と双子葉植物の増加があり、11月にはこれらがさらに減って、逆に枯葉と稈・鞘が増えて食物の質の低下があった。また調査地3は季節変化が明瞭で、春から秋にかけて双子葉植物が多くなって食糧事情がよくなったが、11月には調査地2と同様、枯葉と稈・鞘が増え、質の低下が起きた。
 全体としては、三嶺山系ではシカが増加して植生は強い影響を受けて深刻な状況にあるが、シカの食性から見ると、丹沢や鳥取県東部のような劣悪な食性ではないと言える。今後とも継続して分析したい。



コメント
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