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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

小平の玉川上水が危ない 2、2023年8月20日

2023-08-20 16:41:51 | その他
学習会「小平の玉川上水が危ない2」の記録

高槻成紀

 2023年8月20日に小平市津田公民館で学習会「小平の玉川上水が危ない2」を開催しました。今回は話題が2つでした。

 最初にリー智子さんから挨拶があり、講演が始まりました。

会場のようす

 福本さんは「遊び場としての雑木林~プレーパーク活動から~」と題して、中央公園東側のどんぐり林で、子供を遊ばせた経験を話されました。

講演する福本さん(加藤さん撮影)

 子供が遊ぶことは体力や考える能力を高めることに重要であることを強調されました。ケガをすることも、小さなケガであれば、そのことによって今後気をつけるようになるなど、その子の成長に役立つという話もありました。また河原に近づけない子に訳を聞くと、石がゴロゴロあるので平坦面のように歩けないからだと話したそうです。一方、林を子供が遊ぶ場所としてみた場合、木登りは子供が好きなので役に立つが、枝が高いと遊びにくいこと、イヌシデは枝が折れにくいので適しているなど話されました。林は密生していると枝が高くなるので、木登りには適さなくなります。孤立木は枝が低く、横に張り出すので木登りに適していますが、林にはそういう木はあまりありません。林業では材木を得ることを目的としますが、子供の遊び場として林を考えるというのは新鮮でした。泥の中で遊ぶ子どもたちや、テントの屋根に溜まった雨を落とすことで遊ぶ子どもたち、あるいは土に穴を掘って喜ぶ子どもたちの写真が印象的でした。
 子供が心身ともに順調に育つためには野外で遊び、少しはケガをしたり、ケンカしたりしながら、失敗を重ねることが不可欠です。それはどこでもそうですが、都会では自然の中で遊ぶ機会は限られます。それが小平の玉川上水沿いでは可能になっており、それに参加できた子供たちは幸せだと思います。そのことを福本さんたち大人も「失敗」を繰り返しながら追求してこられたことは素晴らしいと思います。

 私は「玉川上水の野草の価値」と題して、まず玉川上水花マップを作った時の話をしました。その調査では96区画を分担して、「今月の花」として選んだ植物の有無を調べて、充実したデータが取れて、四季の冊子を作りました。


 今はその発展として「花ごよみ」を調べており、その過程で種子植物だけで500種以上が確認されています。これは非常に豊かであることを意味します。こうした調査を通じて、玉川上水が武蔵野の野草が逃げ込むように生育する「レヒュージア」になっていることがわかりました。林に生育する植物の中には早春の限られた時期に開花し、林が暗くなる時には葉もからせてしまう植物があります。私はそれを「たまゆら草」と呼んだらいいと思います。

林の照度とアマナの開花時期

アマナの暮らし方

 これら豊かな野草について、訪花昆虫の調査をしたり、「玉川上水のオリジナル秋の七草」を選んだことなどを話しました。

玉川上水のオリジナル秋の七草

 ここまでの話が「玉川上水の野草の価値」です。しかしそのような牧歌的な態度ではいられないことになりました。
 前からあった328号線計画が、今年になって具体化するかもしれないということを聞いたのです。そこで、生態学者としてこの貴重な樹林が伐採されることの意味を示すべきだと思いました。

小平328号線と玉川上水の位置関係

 328号線の計画は1963年に立てられ、2013年に国が認可しました。その根拠になった「評価書」の生物関係を見ると、当時盛んに行われた「希少種の検討」が行われています。希少種だけに注目することは多くの生物が繋がりあって生きており、全ての生物をセットとして保護しなければならないとする現代保全生態学の立場からすれば間違いですが、その立場を取るとしても、評価する側からすれば希少種があることは不都合です。評価書には希少種としてキンランやニリンソウなどが挙げられています。そしてこれらは移植すれば良いとしています。しかしキンランは寄生植物であり、菌根菌によって樹木から栄養を得ているので、切り離して移植しても定着は困難であることは植物学が明らかにしています。

キンランの移植の説明図

 またニリンソウはレッドデータにあげられていないから「元々あったとは思えず、植栽したと考えられる」としています。しかし「武蔵野の植物」という本(檜山, 1965)にはニリンソウは武蔵野にあるとされているし、我々の花マップの調査でも開花個体だけでも3分の1ほどの区画で確認されており、この全てが植栽と考えるのは不合理です。

小平市におけるニリンソウの生育状態

 また評価書では、伐採による樹林面積の減少は全体の3%に過ぎず、周りに良い樹林が残るから問題は少ないとも書いてあります。しかし緑地の価値を面積だけで評価することも間違っているし、福本さんが紹介されたように、その場所に人の活動の歴史があることを無視しています。
 このような評価書に基づいて工事が認可されたことは大きな問題です。


 東京都が紹介する工事後の予想図では幅広い道路が玉川上水を横切っています。これを道路側から見れば、便利になることは間違いありません。しかし私はこれを玉川上水の側から見ます。そうするとこの道路がいかに甚大な破壊をするかがわかります。

 思えば、戦後の、我々の親世代から我々を含む日本人は、自然の側から開発を見たことがあるでしょうか。しかしこれからは、そういう見方は正しくないことに気づく人が増えるはずで、すでにその兆しは見られます。もしこの認可に基づいて工事進められたとすると、玉川上水の歴史に汚点を残すと思います。そうなれば、私たちはこれからの世代に失望を残すことになります。私は、それはすべきではないと思います。

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休憩を挟んで、意見交換に入りました。
 「工事を止められる可能性はあるんですか?」という発言がありました。これに対しては「残念ながらほぼない。関係部署に行って説明を聞いたが、この段階で覆った事例はないと言われた」と答えました。
 行政側の立場がわかるという方から、この工事は100%進められる、東京都は面子をかけて必ず道路をつけるという発言がありました。実際、町田まで開通し、埼玉側も同様だということです。可能性としては「条件闘争」として、できるだけ自然への影響が小さくなることを提言してはどうかと発言されました。そして建設の専門家などを取り込んだネットワークを形成してはどうかとの提案がありました。
 1964年の東京五輪の時に、「環7」の拡幅工事があり、問題なしと説明されたが、工事後は騒音がひどかったという発言もあり、その方は小平の玉川上水で撮影したというコノハズクの写真を持参され紹介されました。

 残念ながら、時間切れのようになりましたが、積極的な発言があり、私たちの今後の活動に有益でした。

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 アンケートの自由記述を読むと、多くの人が2つのことを書いていました。ひとつは花マップなど生物学的に正確なデータが蓄積されていることへの驚きと賞賛です。私は大きな声で主観的な主張をすることよりも、粘り強く事実を積み重ねることが力になると考えているので、そのことが評価されたことを嬉しく思いました。
 もう一つは、行政に明るい方の「道路は100%できます」という言葉へのショックです。そうではあろうと思いながらも、なんとか見直してもらいたいと思っている多くの参加者は、現実を突きつけられた気持ちだったと思います。ただ、その人は「東京都はメンツにかけて道路を通します」と言いました。では東京都のメンツとは実際だれがメンツを潰すことでしょうか。また、そのメンツのために樹木が伐採され、そこに生える野草やそこに住む野鳥などの生き物がいなくなるとすれば、生き物の側から物事を見るようにしてきた者からすると、まったく理不尽としか言いようがありません。

 協力いただいたスタッフの皆様に感謝します。

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史跡玉川上水整備活用のための作業説明会(小平市・立川市域)

2023-07-20 07:14:47 | その他
史跡玉川上水整備活用のための作業説明会(小平市・立川市域) 記録メモ(水口)
日時:令和5年7月20日(木)19時~
場所:中央公民館視聴覚室
参加市民:5名+水口
次第:2.水道局境浄水場長挨拶
   3.水道局、東京水道(株)、小平市(水と緑と公園課、文化スポーツ課)、立川市 自己紹介
4.樹木処理作業等について
    ・伐採は赤テープ、強剪定は黄色テープ、剪定は青テープを貼る。
   5.史跡玉川上水整備活用計画検討委員会の設置について(*水口はここから参加)
    ・5月23日に第一回委員会を開いた。令和6年度から16年度が対象となる計画を策定する。
    ・水路、法面の保全、法面補修、サクラの保存と被圧樹木の処理、植生管理(ナラ枯れや、多様性に配慮した管理)、地元自治会との連携、などに基づく活用整備を規定する。
   6.質疑応答
問:鷹の台自治会のユノキさん:新堀用水は小平市など、管理主体がいろいろでわかりにくい。どんな対応をしているのか。
答:昨年度は、中流部18㎞の環境調査や樹木医による樹勢調査をした。その結果、ナラ枯れの(?)被害木が800本あまりあり、今年度は、それらの樹木の根株の腐朽診断など詳細調査をしている。それらの調査に基づき、枯死した木や、不健全な木、周辺住宅等への影響、警察等からの連絡、などで樹木処理を行う。
問:江戸東京学び舎ユネスコクラブのクボタさん:月に1回、玉川上水の自然観察会をしているが、下草刈りで貴重な野草が刈られていることがある。専門知識をもたない人が刈っているのか。
答:小平市では、毎年11~12月に下草刈りをしている。貴重な野草があれば、具体的な場所を東京水道(株)か境浄水場に知らせてほしい。
問:鷹の台自治会の方:樹木の周辺住宅への影響に配慮してほしい。(スライドで紹介された)小桜橋下流では、緑道の桜が斜めになっていて危ないのではないか。台風対策の意味もあり、樹木の高さに気を付けてほしい。
問:近所で、枯れたナラの枝が路上に落下した。これで3回目。現在、ポールを立てて、伐採の方向で作業中だが、危ない枝は取り除いてほしい。
問:玉川上水での作業を示す黄色い看板は、美観上よくない。
答:作業期間のみの掲示で、すぐ取れるようなものにしている。
問:岩井さん:羽村から浅間橋まで歩いた。橋が105あり、橋から玉川上水の深さを赤外線で(?)測ったところ、小平区間が、5~7.5mで、他区間より深いにも関わらず、柵の高さが60㎝くらいでまたげる状態である。今年4月には、東小川橋のところで亡くなった方がいる。今日の午前中に、西部公園緑地事務所にも行ってきたが、他市区間の柵は、一部高さ80㎝のところもあるが、ほとんど110㎝ある。小平区間は、橋の上から水面が見えず、高さが感じられない。東小川橋では対岸も見えず、そのために発見が遅れたということもある。これまでも、年1回くらい落下事故がある。水面が見えない部分は、危険性を認識できるように刈り取ってほしい。
答:眺望の確保は、整備活用計画でもうたっており、刈ることは検討したい。
問:クボタさん:柵については、反対運動があったのか。小平市部分はなぜ低いのか。
答:水と緑と公園課:小平市部分の柵を設置した当時は、現在と基準が異なっていたのではないか。
問:クボタさん:安全管理には反するが、柵が低いから、例えば柵を乗り越えて昆虫をつかまえて子ども達に学習させる、などもすることができており、難しい面はある。
答:水と緑と公園課:小平監視所の下流部分は、高さ110㎝の柵になっている。状況を見て、都建設局が対応していくと思う。
問:鷹の台自治会の方:高さ110㎝にしても、越えようと思えば乗り越えられる。史跡であり、景観重視の観点から、自分は今のままの柵でいいと思う。100年先を見据えて残すようにしてほしい。
問:ユノキさん:台風が来た後に、樹木の調査をしている人がいて、聞いたら役所ではなかった。環境重視で、家の前の小さな木も切ることはできないのか。環境にうるさい人ではなく、住んでいる人の意見を聞いてほしい。環境重視で意見を言う団体があるのか。
答:水と緑と公園課:玉川上水の景観に配慮する団体はある。管理主体もいろいろだが、適切な管理方法を検討したい。
問:クボタさん:玉川上水のごみを市民で掃除して取ることはできないのか。
答:小平市部分は特に深くて危険。ごみを見つけたら、連絡してほしい。
問:岩井さん:八左衛門橋?のたもとあたりは、交通事故が起きそうなので、視認性を確保してほしい。山家橋?も、水路の中に木が生えていて、対岸が見えないので、対処してほしい。
答:視認性の確保は検討したい。

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東京都建設局北多摩北部建設事務所での話し合いのメモ(高槻)

2023-07-14 07:06:54 | その他
東京都建設局北多摩北部建設事務所での話し合いのメモ(高槻)

 2023年7月14日、水口さんのご尽力により東京都建設局北多摩北部建設事務所工事第一課を訪問し、話し合いをしました。多くは水口さんが事前に準備した質問に答える形でした。これについては水口さんからの報告をご覧ください。
 私としては「建設局の予測が基準値を超えたら、環境局が是正を求めるという形がとられる」ということが聞けたのが最大の成果でした。私は次のように質問をしました。
「東京都が道路工事の計画を立てます。そのことについて東京都が予測し、開通後に測定するのですね?」
「はい」
その時第1課の側から
「東京都と言われますが、実際には工事をするのは建設局、評価をするのは環境局と別の局なのです」
 私は心の中で「しめた」と思いました。評価書を読む限り、全くの「お手盛り」で、工事をすると決めたら調査をして、どんな結果が出ても「問題ないと予測される」と書いてあったので、これでは無意味だと感じていたのに、そうではないと言ったからです。
 例えば排気ガスが環境基準を上回ったら、環境局が是正を求めることもあるというのです。これは、きわめて健全な姿勢です。
そこで、例を考えてみます。お地蔵様などが拡幅工事によって移動を余儀なくされ、「重要な物なので壊すことは良くないから移動した」をこれまで「仕方ない」としてきました。しかしよく考えたら、歩道の脇にあって人が自然に頭を下げたお地蔵様を交通量の多い道路の脇に移動したのは、ほとんど破壊に近いと見ることもできます。このことを、「高度成長期には、お地蔵様を移動することは問題視されなかったが、現在の基準からすれば大きな問題があった」と反省することはごく自然なことです。
 もし「工事によって過度の問題が生じれば戻さなければならない」ということが本当なら、「工事によって自然が破壊されたら、永遠に失われて取り返しがつかない」ことが立証できれば、工事の強い抑止力になるはずです。生物現象は人の浅知恵で予測できないことが多いことは、多くの保全生態学の成果が示しています。その評価が高度成長期と今では違うことを論理と生態学の成果で説明することは十分可能です。そのような考えに立曲して、私は次のような主張をすべきだと考えます。
 「高度成長期に立てられ、認可された道路工事は、当時の社会の価値観から自然に対する配慮が欠けていた。その後社会は生物多様性の重要性を認識し、保全生態学において長足の進展があった。そしてSDGsつまり「持続的発展のゴール」は現代社会の重大な課題とされるに至った。これは人類が地球資源を利用する上では、破壊的ではなく、持続可能な形で利用しなければ人類の未来はないという考え方であり、20世紀の開発優先の考え方を根本的に改めなければならないというものである。この視点からすれば、高度成長期に立てられた計画のうち、自然に対する配慮の部分の問題点を見直すことは、現代社会にとっての必要不可欠な重要な課題である。」
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坂上多津夫氏(元津田塾大学職員)に話を聞く会

2023-07-10 22:41:01 | その他
坂上多津夫氏(元津田塾大学職員)に話を聞く会のメモ
(文責、高槻成紀)

2023年7月10日、上水本町地域センター
参加者:大槻史彦、加藤嘉六、黒木由里子、坂上多津夫、高槻成紀、平林俊夫、松山 景二、水口和恵、リー智子

+++ 武蔵野線 +++
<坂上>
私は昭和22(1947)年生まれで、父が津田塾大学の職員であり、当時は職員も教員も学内の宿舎に住んでいたので、津田塾大で育った。コジュケイがいた。長じて自分も昭和50(1975)年から25年ほど津田塾大で勤務した。大雨の時や入試の時の降雪時は排水溝を掃除したり、通学路の雪かきをするのが大変だった。
 武蔵野線開通前後の話は父から聞いた。武蔵野線は1964年に全体構想ができ、当初は貨物専用路線だった。1973年に府中本町まで開通し、下河原線(東芝の御用路線)は廃止された。
 津田塾大学は1960年代末の買収交渉では教育環境の悪化を理由に買収に応じなかった。東側には日立が住宅を作った。南側の旭ケ丘住宅は菜園付き住宅のふれ込みで都内からインテリ層が引っ越してきた。また当時の経団連会長の石坂泰三氏をはじめ財界の有力者が理事であったことによる影響もあったのか地下化となった*。
 ただし、当時は線路が短かったため、電車のゴトゴト音が大きく、視聴覚教室棟の建設に際しては騒音防止対策に苦慮した。
 津田塾大は新府中街道には反対しなかった。

*地下化された範囲は新秋津の手前から国分寺の恋ヶ窪のあたりまでであり、地下化の要望は他にもあった可能性がある(リー、水口)。

<高槻>
高度成長期には新しい鉄道路線がつくことは歓迎された訳で、その中で地下化にできたのは特別なことだと思う。それに津田塾大学の要求が反映されて地下化が実現したことを知るのは重要なことだ。
<黒木>
新宿御苑に分断道路の計画があったとき、新宿高校の同窓会にやはり実力者がいて阻止した例もある。
<坂上>
正論を言うだけでは動かないから、現実的方法論として働きかければ動くことはある。状況によっては、トップの裁量で方針転換することもある。まずは水口さんが卒業生の市議として学長と面会することから始めたら良い。

+++ 小平と玉川上水 +++
 小平の歴史と文化は玉川上水によって涵養されたと言ってよい。玉川上水は17世紀に標高差92mの平坦地に作った奇跡的な工事。<松山:小平の分水は総延長53kmある。>大学が7つ(津田塾大学、一橋大学、武蔵野美術大学、朝鮮大学校、白梅短大、嘉悦大学他)もあるのは極めて特異。
玉川上水は津田塾大学にとっても重要。礼拝で話した時に、聖書の詩篇にある「流れの脇に植えられた木は強い」*という言葉を紹介した。

*詩篇1篇3節「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。」新共同訳、
「かかる人は水流のほとりにうゑし樹の期にいたりて實をむすび、葉もまた凋まざるごとく」旧約、
「And he shall be like a tree planted by the rivers of water, that bringeth forth his fruit in his season; his leaf also shall not wither; and whatsoever he doeth shall prosper. Psalm 1:3 (King James Version)」

+++ 津田塾大学 +++
<坂上>
津田塾大学は小平キャンパスのためにアメリカからも含め10万ドル(<高槻>ウィキペディアによれば50万ドル)を集めた。新校舎はセントラルヒーティング、水洗トイレで、文部省から贅沢すぎると言われたほどだった。津田塾大には在野精神とキリスト教精神があった。戦争中も奉安殿を作ることを拒絶したし、陸軍が女子英語塾の看板の上に部隊の看板をかけたことに対して、学生がそれを剥がして玉川上水に投げ捨てた。大学の部品工場(体育館)で兵器の部品作りをしていた時、ラインが止まって部品が届くのを待つ間、将校が学生に「気をつけ」で待つことを強要した時、藤田タキ(第三代学長、元衆議院議員)が「いいから座って休みなさい」と言った。津田梅子は鹿鳴館で会った伊藤博文の人品について批判する日記を書いている。

<高槻>
女子英学塾(津田塾大の前身)は1931年に小平に移ったが、英学塾の歴史を書いた本に空中写真があり、周囲には1軒の家もなかった。秩父おろしで砂嵐になるため、シラカシなどを植林したという記述があった。
<坂上>
シラカシ、スギ、ケヤキなどを明治神宮と同じように100年後、200年後の変化を考えた計画で植林した。
<高槻>
そうであれば、東大林学教授の本多静六であり、大隈重信と対峙した強者だった。

<高槻>
津田塾大にとって玉川上水が重要とのことだが、具体的には学生の通学の問題があると思う。あそこに大道路がつけば問題であろう。
<リー、水口>
 反対していると聞いたのですが・・・。
<坂上>
その通りだが、大学は明確な意思表示をしていない*。
<高槻>
 学生がどの程度意識しているか不明だが、玉川上水を歩いて通学することが心に与える影響はあるのではないか。
<坂上>
今の玉川上水緑道を通って通うことは大変贅沢なことだと思う。

*<水口>東京都が小平328号線の環境影響評価をしたのは2010年-2012年。私は、当時津田塾大の職員であった利根川氏から、「環境影響評価書案」に対する意見として、津田塾大学が地下化の提案をしたと聞いた。

+++ 地下化 +++
<平林>
328号線計画に反対するとなると小池知事まで届くことになる。そのことを熟慮する必要がある。
<高槻>
シンポジウムでかなりの人が計画自体に反対だとした。しかし我々はそのような理想主義的な主張をして敗北するよりも、現実路線としての地下化を見直すよう説得したい。
<平林>
地下化の場合、住民の土地問題、工事による地下水の動きなど難問もある。
<高槻>
現状で我々は知らないことが多く、これから専門的立場に学びたい。ただはっきりしているのは100年後に「あの時になぜ阻止しなかったのだ」と言われたくないということで、それを思えば課題は多いものの、平面道路に見直しを迫るしかない。
<平林>
地下道の深さは玉川上水の底から5mであり、斜面勾配は5%だから玉川上水から地下道の入り口・出口は水平距離は500m前後になるはず。
<坂上>
 50年前に武蔵野線が地下化して現在まで問題が起きていない。しかもその後の土木工学技術の進展は目覚ましい。買収もほぼ済んでいる。地下化した後の土地は緑地公園にすればよい。何も問題はない。

+++ 玉川上水の自然を守ること +++
<坂上>
 子供の頃、津田構内の住宅に住んでいたが、夜になると蛍が飛んできたものだ。その光景を思い出すと涙が出そうになる。玉川上水の自然を守り、100年後に良い選択をしたと言われるよう努めるべきだ。

<高槻>
 これまで328号線の話し合いをすると、困難であることが認識されて暗い気持ちになることが多かったが、今日は明るい希望が感じられるお話を聞けて大変ありがたかった。
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2023.6.1 分断道路を考える集まり

2023-06-01 01:22:48 | その他
分断道路を考える集まりで話し合ったことのメモ(文責:高槻、6/2修正)

2023.6.1 津田公民館、18:00-19:30
参加者 小口、加藤、黒木、関野、高槻、松山、水口、リー

以下のような話し合いをした。
-前回のシンポジウムは玉川上水みどりといきもの会議、地球永住計画、「ちむくい」の3団体の共催とした。この活動として新たな団体を立ち上げるかという話をし、現状のままでよいとした。
-この集まりの性格を明確にした方がよい。10年前の「道路見直し」の時との違いは、当時あまり取り上げなかった「生物多様性の尊重」について論じる材料も得られたし、時代もその理解が進んだので、小平の玉川上水の林が生物多様性が豊かであることを強調し、328号線が開通したらそれが破壊されることの問題を市民レベルで理解してもらい、行政に見直しを図るものとすることにした。
-シンポジウムでは「道路計画そのものに反対する」という意見があったが、現状を客観的に見た場合、それは現実味がないので、その運動にはしないものとする。そして道路開通は認めた上で、平面(地上)道路による林の破壊を回避する方策を行政に見直させることを目指す。その内容としては地下化、高架化、府中街道右折レーン*などがある。

*(府中街道と鷹の街道の交差点の北上部での右折の待ち時間が長くなって渋滞が生じるので、そこを2車線にすれば渋滞が解消されるはずだが、行政は既存道路の改良よりも新道路の開通の方が問題解決になるとして受け付けない。國分功一郎著『民主主義を直感するために』に詳しい)

-328号線の問題が知られていないので広報の充実が必要。
具体的には以下のようなものがある:新聞に取り上げてもらう。そのために注目を引くイベントを行う。チラシを作る。署名運動をする。ネット署名をする、など。
-こうした機運が高まることで行政が見直しをすることを期待する。
-リー:都議会議員で協力してくれそうな人を探す。
-水口:北多摩北部建設事務所に現状を聞きに行きたい。
-次回の「分断道路を見直すシンポジウム2」は8月下旬とし、神宮外苑街路樹伐採反対運動をしたリーダーに話してもらう(黒木がアクセス)方向で準備する。
-高槻:これとは別に主に小平市民を対象とした「勉強会」を開催することで、理解を広げる活動を進めたい。7月上旬に山田氏を呼んで話を聞くことを希望(今後アクセス)。

高槻による追加メモ:署名運動、ネット署名の具体化については詰めていない。発言はしなかったが、チラシの原案は高槻が進めて、関係者に諮る。
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5月7日のシンポジウム

2023-05-07 22:26:02 | その他
玉川上水の自然と分断道路

高槻成紀(玉川上水みどりといきもの会議代表)

私は 玉川上水の 動植物を調べてきた。そして、小平の玉川上水が上水全体の中でも、もっとも豊かであるということがわかってきた。その小平の玉川上水に、昭和の時代に計画された328号線道路がつけられることが実現化しそうだということを知り、黙っていられない気持ちになった。そこで 同じ思いを持つ人たちとシンポジウムを開催することにした。このシンポジウムでは二つの講演と、意見交換の時間を設けた。

最初の話題は水口和恵さんによる10年前の住民投票活動と、その後の経緯に関するものだった。 この道路の話は新しいものではない。十年前にも問題とされ、計画に対して立ち上がったのが水口さんたちのグループであった。今回はその時のことと、その後の経緯について話してもらった。それによると、2013年2月に小平市長に、道路計画の見直しについての住民投票をするための条例の制定を直接請求し、それが市議会で可決されたこと、4月に市長選があって小林市長が再選された後、投票率50%以上が必要という条件を「あと出し」し、投票率35%で不成立されたことは、知ってはいたが、フェアでないことに憤りを感じた。その後の投票用紙の開示を求めた裁判の提起と敗訴、最高裁判決の翌日の投票用紙の破棄など、誰のための判決であり、誰のための行政なのかと思った。
続いて私が小平の玉川上水の豊かさについて話した。ここではその内容について紹介したい
 一つは 玉川上水花マップについてである。私は 2015年に大学を定年退職し、時間が取れるようになったので 玉川上水の動植物を調べることにした。手始めに行ったのは、野草を記録することだった。というのは 都市緑地は、植生の管理の仕方によってそこに生える植物が常に変化しているからである。 玉川上水には 96の橋があるので、十人余りの仲間に声をかけて毎月、指定した植物を確認してもらった。その結果、約100の区画について 200種の 野草の「ある、なし」が記録された。この膨大なデータを元に代表的な植物について花マップの冊子を作った(図1)。この調査で分かったのは、かつて広がっていた畑や雑木林にあった野草が、開発によって失われ、玉川上水に逃げ込むような形で生き延びているということだった。また、このような調査が、ビギナーを含む市民によって実施されたということの意味も大きいと思った


図1. 完成した玉川上水花マップの冊子

 次に紹介したのは タヌキについてである。私は玉川上水と、そこから少し離れた孤立した緑地でセンサーカメラによるタヌキの生息状況を調べた。その結果、緑地が連続している玉川上水の方が、公園など孤立した緑地よりも撮影率が高い、つまり緑地が連続していることがタヌキの生息に好都合であるということがわかった(図2)。


図2. 玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率

小平には 津田塾大学がある。津田塾大学のキャンパスは玉川上水に接しているから、タヌキが生息しているに違いないと踏んでいた。そこでセンサーカメラを設置したところ、すぐにタヌキが撮影された。キャンパス内に少なくとも3ヶ所の「ため糞場」を見つけることができた。その糞を分析し、タヌキは秋から冬にかけて果実をよく食べ、夏には 昆虫をよく食べることがわかった(図3)。


図3. 津田塾大学のタヌキの糞組成(「人と自然」誌, 高槻 2017より)

ただし 果実の内容はほかの里山のタヌキと違い、エノキ、ムクノキ、ギンナンなどに限られ、低木類の果実はほとんどみられなかった。そこで 津田塾大学の林と 玉川上水の林で樹木を比較してみたところ、玉川上水ではコナラやクヌギを中心とする落葉広葉樹が多いのに対して、津田塾大学ではシラカシが多いことがわかった。また林の下に生える植物を比較すると 玉川上水では落葉広葉樹の低木が多いのに対して 津田塾大学ではアオキを主体とする常緑低木が多いことがわかった。津田塾大学の 歴史を記した本によると、津田塾大学は1931年に麹町から小平に移転したことが分かった。 春になると畑から砂埃が飛んでくるので防風林としてシラカシを植樹したという記述があった。つまり、現在の津田塾大学の鬱蒼とした林は、約90年前に植えられたシラカシが育ち、そのために 明るい場所を好む低木類が少なく、それがタヌキの食性に影響していることがわかった。
このため糞場には 春になるとエノキやムクノキの芽生えがたくさん見られ、タヌキがこれらの木の種子散布をしていることもわかった。また、タヌキの糞にはコブマルエンマコガネという小型の甲虫がたくさん来ることも分かった。こうしたことを考えると、良い林があることでタヌキが生息し、タヌキは果実を食べて種子散布をし、糞をしてエンマコガネを養うという具合に、生き物のつながりがあることが分かってきた(図4)。


図4. タヌキと他の動植物とのリンク(つながり)

次におこなったのは 樹林の状態と鳥類の関係についての調査である。樹林調査を行ったところ、小平、三鷹、杉並、小金井の順で樹林の豊かさがなくなることがわかった。これは 小平では樹林幅が広いため、三鷹の井の頭公園では樹林幅は狭いが、周りに連続的な林があるため、小金井は桜以外の木を伐採したためであることがわかった。これら4カ所で 一年を通じて鳥類調査を行ったところ、鳥類も小平、三鷹、杉並、小金井の順で種数、個体数が少なくなることがわかった。その内訳は多くのタイプの鳥がこの順で少なくなったが、エナガなど樹林型で特に著しく、逆にスズメなど都市オープン型は杉並、小金井の方が多かった(図5)。この調査により、鳥類は樹林のあり方に強い影響を受けることがわかった。


図5. 玉川上水沿い4カ所における鳥類のタイプごとの個体数比較(「山階鳥類学雑誌」, 高槻ほか印刷中より)

我々の仲間が玉川上水開渠部分の最下流である杉並の久我山で同じように鳥類調査を行っている。2017年から行った調査によると、2019年に鳥類の個体数が大幅に少なくなった(図6)。この場所は 2019年に「放射五号線」という大型道路ができ、玉川上水を両側から挟む形になった。これにより 交通量が大幅に増え、鳥類には住みにくい環境になったものと思われる。


図6. 杉並区久我山における2019年の放射5号線開通前後の鳥類の個体数変化(「Strix」誌, 大塚ほか、印刷中より)

この調査で示されたのは、道路開通は鳥類の生息に非常に大きい影響を与えるということである。にもかかわらず、東京都建設局が工事前に予測した文章では、玉川上水の樹林は一部失われるが、大半は残っているので、動植物への影響は全くないと決めつけている。このような根拠のない説明で道路工事が決定されたとすれば、実質的には生物多様性の保全はまったく配慮されていないと言わざるを得ない。
玉川上水に沿った道路でさえ、これだけの影響があるのだから、玉川上水を横切る幅32メートルもある328号線がつけば、その影響の程度はこれよりもはるかに大きなものとなるであろう。

玉川上水は江戸時代に作られた歴史的遺跡である。1965年に上水の機能を終えてからは、樹木が育つようになった。周辺が市街地化する中で、武蔵野の動植物が逃げ込むように生き延びる場所となり、住民にとっては散策し、その自然を楽しむことの意味が大きくなった。半世紀も前の昭和の高度成長期に、経済発展のために都市の自然が破壊された。328号線は、その時代の空気の中で計画されたものであった。現在はどうであろうか。「人か自然か」という二者択一の基準を置き、自然の犠牲はやむを得ないとしたのが高度成長期の考え方であった。道路がつけば人の生活が便利になることは確かであろう。しかし、本当に「人か自然か」という二者択一の考え方は正しいのであろうか。日本の現状を考え、これから先のことを考えた時、次の世代にどのような玉川上水を残すかは、我々に課された大きな課題であろう。動植物のことを考え続けてきた私には、この分断道路をそのまま開通させることに何もしないのは、自分を許せない気がする。 折しも、神宮外苑の街路樹伐採に対して大きな反対運動がおこっている。私たちの中に、都市に残された自然に対して、もうこれ以上の仕打ちはやめるべきだという気持ちが湧き上がっているのではないだろうか。このことは、行政の決定に対して、住民の意志をいかに反映させるかを考えるという意味でも重要な課題であると思う。

休憩の後、2氏からコメントをもらった。
関野吉晴氏は「グレートジャーニー」の経験からアマゾンの狩猟採集民との交流の話から、ゴミ、排泄物、死体が自然の循環の中にあること、それに対して我々はその循環からはずれてしまった。それは「もっともっと」という欲望が過剰となったからであり「ほどほど」が大切であり、玉川上水の分断道路も同じ過剰欲望の一例だとした。
次に國分功一郎氏は、10年前の住民運動の時に体験した道路建設の説明会での衝撃、つまり誰がどうして決めるかがわからず、住民の声が全く無力であることを知らされたことを話した。また328号線が小平の西のことで、多くの小平市民にとっては直接関わらないにも関わらず、市長選と同レベルの投票率があったことから、市民の関心が高かったことを説明した。次に昭和の高度経済の時代の計画が今も進められていることについては、あの時代の経済は望めないにも関わらず、全く見直されないまま強行されるのは行政だけでなく、資本の動きがあるからであろうとした。そして行政に立ち向かうのは極めて困難であるとしながらも、横浜市の瀬上沢緑地の開発を東急が断念したなどの例もあり、何がどこで役に立つかはわからないので、こういうシンポジウムなども何かの力になるかもしれないと結んだ。

その後、意見交換をした。小平市以外から参加した人に挙手を求めたところ過半数の挙手があるように見えた(アンケートによれば実は46%であった)。このことは多くの人がこの分断道路は小平だけの問題ではなく、玉川上水全体にとっても重大な問題であると考えていることを示す。
多様な意見が出たが、一つの極は道路計画そのものを見直すべきだというものであった。この人は人も自然の一部であるということ、昭和に立てられ得た計画は今は状況が違うので納得できないという意見であった。これに対して問題をそこまで戻すのは非現実的であり、実際に少しでも可能性があるものとしては地下ないし高架に変更させることで、地上(平面)道路による樹林破壊を回避すべきという意見であった。これについて異なる意見も出され、盛り上がりを見せた。
リー智子さんから、 自分は地下化には問題があると考えるが、もしそのことによって計画の見直しがされれば、着工が十年くらい延びるのではないか、その意味で地下化にも意味があると思うという意見が出て、拍手する人もあった。
今回の意見交換によって一つの結論に到達することはないし、そうである必要もないと思う。私たちのできることには限りがある。しかし、玉川上水の自然が貴重であるということを明らかにし、そのことをもっと積極的に発言することによって、多くの人にその価値を知ってもらうこと、そしてそのことをメディアなどを通じて社会に発信することで、行政に見直しを図ることはできるかもしれない。そうした努力を粘り強く進めていきたいと思った。

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