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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

研究5 モンゴル(製作中)

2016-01-01 07:20:35 | 研究2 モンゴル
モゴッドの地形と植生

いま、明治大学の森永由紀先生のチームで馬乳酒の調査をしています。私はウマの食性とウマの暮らす場所の植生の記載を分担しています。場所はモンゴルの中央北側、ブルガン県のモゴッドというところです。この写真はそこの代表的な地形と植生を示しています。
 調査をもとにモゴッドの地形と植生の対応を図示しました。



 これと実際の植生ゾーンを対応させながら説明します。

1) 山が高いと北側斜面にカンバの林(A)があります。



その下にはマツムシソウとかナンブトラノオなど綺麗な花を咲かせる花の多い土も湿り気のある層がありますが、今年は夏まで雨が降らなかったということで、花はほとんどありませんでした。

2) 崩壊斜面
 その下は斜面の角度によりますが、急であればがれ場になり、ジャコウソウやArenariaなどしかないような植物の乏しいところがあり、傾斜のゆるいところは表土の動きが少ないので植物が多くなります(B)。


斜面上部の植物の乏しいゾーン


ジャコウソウThymus、Arenaria

 しかし全体としては表土を下に「提供する」ゾーンなので植物は少なく、遠目には土色にみえます。そこから下に行くと上から移動してきた表土が溜まる場所になります。斜面が礫を主体としていたのに対して砂質あるいはそれより細かいシルトになります。おそらく土中の水分も多いものと思われ、植物が多くなります。写真でみても斜面下部は薄緑色になっています。このゾーンは凸斜面ではあまり厚みのある層にはなりませんが、凹斜面、つまり雨が降ると水が流れる斜面では扇状地になります(C1)。日本のような場所の扇状地と同じものかどうかわかりませんが、扇型の地形です。このゾーンは場所によってはかなりの面積になります。

3) 緩斜面
 その下に平地といってよいほどゆるやかな斜面(C)があり、こことその上の扇状地にはStipaというイネ科が出ます。これが一番広い面積をもち、家畜の餌場としても重要な場所です。下の緩斜面は土砂の供給頻度は扇状地よりは一段と少ないと思います。


<Stipaの出る緩斜面>

4) 沖積地
 それより下はここの最下部です(D)。ここになると地面が湿ります。この写真の例ではIrisというアヤメの仲間が生えています。これは毒草なので家畜が食べ残します。土壌は灰色のシルト質で水を抜いた田んぼのような感じです。モンゴルでは滅多に降らない雨が降ると水がたまります。


<Irisゾーン>

 その上の斜面は日本では考えにくことですが、雨がふっても表土を軽く拭くようにして中をみるとサラサラに乾いています。緩斜面は斜面からの土砂の供給がありますが、ここはそれとは違う物の動きがあると思います。斜面から降りてきた水がここにたまり斜面方向とは直角な水路としての動きをするはずです。
 この最下部の谷の幅などの関係でさらに多湿になると、Irisはなくなり、Carex(スゲ)のゾーンになります。ここはグジグジで場所によっては地表水がみえます。ここは寒冷地ですから凍結融解をくりかえすために、デコボコになります。亀甲状土またはアースハンモックと呼ばれるようです。構造土のひとつです。


<アースハンモック>

ここには、緩斜面にはまったくない、ウメバチソウやウマノアシガタなどもでてきます。

 

ウメバチソウ、ウマノアシガタ

 ただ、これがでてくるのは谷の幅が十分に広く、「底」の部分が深くて水が集まる場所に限られ、ここまでにはならないで、Irisゾーンで終わるところや、緩斜面で終わるところもあります。Carexはみずみずしい緑でいかにもよい飼料だと思え、実際、ここには家畜がいつもいます。私たちが調べたところ、この植物は現存量はさほどありませんが、生産量は大きく、それだけに家畜の重要な食物になっています。


モウコガゼルの季節移動

 モウコガゼルはかつてはモンゴル全体から中国西部にかけて広く分布していたが、現在では狩猟のためにほぼモンゴルだけに限定され、モンゴル内でも東部などに残っているだけになった。このガゼルは数百頭もの大群をなして突然表れたり消えたりすることが知られていたが、その移動ルートは不明であった。そこでガゼルを生け捕りにして電波発信器をつけ、衛星で捕捉する方法で移動ルートを解明した。夏と冬で300キロもの距離を移動することがわかった。またロシアと中国を結ぶ鉄道によって移動が阻まれていることもわかった
(伊藤健彦らとの共同研究)。論文95, 97, 102, 119

モウコガゼルとモウコノロバの動きを捉えた
 この論文はモンゴルのモウコガゼルとモウコノロバにGPS発信器をつけて動きを調べたところ、鉄道の東西で捕獲して放したにもかかわらず、一頭も鉄道を越えたことがなかったことから、こういう移動性の大きい動物の保全にとって鉄道のような障壁が障害になっていることを示したものです。いまモンゴルでは露天堀りで鉱山開発が進みつつあり、鉄道建設も予定されているので、こうした配慮が必要だと提言しています。Plos Oneという新しい形式の論文ですが、査読者の名前ものるようで、有名なFesta-Bianchetが読んでくれたようです。
Takehiko Y., Badamjav Lhagvasuren, Atsushi Tsunekawa, Masato Shinoda, Seiki Takatsuki, Bayarbaatar Buuveibaatar, Buyanaa Chimeddorj
Fragmentation of the Habitat of Wild Ungulates by Anthropogenic Barriers in Mongolia.
PLoS ONE 8(2): e56995. doi:10.1371/journal.pone.0056995



モウコガゼルの食性

 モウコガゼルは体重30キロほどの小型有蹄類であり、移動性が大きい。生息地は典型的なイネ科草原であるが、ガゼルはそのサイズからして、典型的なグレーザーではありえない。その中でできるかぎり良質な双子葉草本を食べていた(姜との共同研究)。論文62, 81, 82。ガゼルは家畜と草原を共有する場合もある。家畜にはウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジなどがいるが、体の大きさや消化生理からすると、その食性をガゼルと比較すると、ウマは大きく違い、ウシはやや似ており、ヤギ、ヒツジは似ていると予測された。実際に砂漠、乾燥草原、典型草原で比較してみると、ガゼルはどこでもニラの仲間と双子葉草本をよく食べ、安定していたが、ウマとウシは場所の植物を反映して違いが大きかった。ヤギ、ヒツジは牧夫が管理するために場所ごとの植物を反映しておらず、ガゼルとの共通性が大きかった。
(カンポスアルセイス、吉原佑との共同研究)論文90, 125

タヒ(野生馬)とアカシカの資源利用比較

 タヒはモウコノウマとも呼ばれ、1960年代にモンゴルで絶滅した。しかしヨーロッパの動物園にいた個体が1990年代にモンゴルに「里帰り」した。フスタイ国立公園では順調に個体数が回復しているが、その反面アカシカと資源の利用で問題がある可能性が生じて来た。そこでタヒとアカシカの資源利用を比較したところ、タヒは草原をアカシカは森林をよく利用すること、食物としてはタヒはほとんどイネ科を、アカシカはイネ科のほかに双子葉草本をかなり利用することがわかった。ただしこれは春と夏の結果であり、それ以外の季節は今後分析する予定である。
(大津綾乃との共同研究)

オオカミとキツネ類の食性比較

 フスタイ国立公園にはオオカミ、キツネ類(アカギツネ、コサックギツネ)、アナグマ、オオヤマネコなどの肉食獣がいて「肉食ギルド」を形成している。このうちオオカミとキツネ類の食性を糞分析によって解明した。オオカミは一年中哺乳類を中心に食べており、キツネ類は夏は昆虫、秋は果実、冬は果実と哺乳類をおもに食べていた。食べられていた哺乳類は、オオカミではヤギ、ヒツジを中心に中大型が多かったが、キツネ類では齧歯類が多かった。
(藤本彩乃との共同研究)

シベリアマーモットによる生態系エンジニアリングと間接効果

 モンゴルではマーモットが食用とされてきたが、最近減少したため禁猟となっている。禁猟の目的は資源確保にあるが、私たちは生物多様性の観点から保全が必要だと考えた。マーモッとは地下のトンネルに暮らすため、出入り口にマウンドを作る。マウンドはイネ科草原に異質性をもたらし、そこにはしばしば双子葉草本が多くなる。こういう現象を「生態系エンジニアリング」という。その多くの植物は虫媒花であり、ハチ、アブ、チョウなどが引きつけられてくる。こうして単調なイネ科草原に異質で生物多様性の高い「ホットスポット」が作られていることがわかった。
(佐藤雅俊との共同研究)

「ナリン」の意義の生態学的説明

Kakinuma, K. and S. Takatsuki. 2012.
Applying local knowledge to rangeland management in northern Mongolia: do 'narrow plants' reflect the carrying capacity of the land?
Pastoralism: Research, Policy and Practice, 2012, 2:23
この論文はモンゴル北部のボルガン地方で、過放牧にみえる草原が実はそうでもないということを示したものです。この地方はモンゴルとしては降水量があるので、山の北部には森林があるほどです。ですから草の伸びもよいのですが、家畜になめるように食べられて芝生のようになっています。その優占種はスゲの仲間です。共同研究者の柿沼薫さんは、牧民に聞き込みをして「ここはよい草地ですか?」と質問をしたところ、よい、悪いという返事があり、よいところには「ナリン・ウブスが生えているから」というのです。ナリンは細い、ウブスは草です。このことは双子葉草本は回復力がないが、小型のイネ科やカヤアツリグサ科は再生力があることを知っているということです。柿沼さんは実験的に柵を作って一夏おいてみたところ、中では草丈が高くなりましたが、この柵を移動させることで、家畜のお腹にはいってしまたはずの植物量を推定したのです。そうしたらみかけよりずっと生産量が多いことがわかりました。私たちはモンゴルの牧民が信じている知識を、科学的に検証し、正しいものはその理由を示したいと思っています。そして多くのことにはそれなりの理由があることがわかってきました。牧民の「知恵」としては理由がわからないままに信じていて説明ができないこともありますが、長いあいだに経験的に言い伝えられてきたことが多いと思うのです。そういうことを示すことのできた論文になりました。

遊牧の意義の生態学的説明

 モンゴルでは1990年代の耐性変化後市場経済が導入され、人口増加、家畜頭数増加、定着化が進んでいる。その結果、遊牧が不活発となり、草原が荒廃する傾向がある。遊牧を土地利用効率の低い「遅れた」農業形態だとする見解があるが、私たちは遊牧のもつプラスの意義を科学的に示したいと考えている。そこでヤギとヒツジを一群は定着的に、一群は遊牧させて、体重変化を調べたところ、ヤギでは一年目では違いがなかったが、翌年、定着群は軽くなった。ヒツジでは実験開始の初冬から定着群が大幅に軽くなり、翌年も軽いままであった。したがって遊牧は家畜の体重を増加させるのに有効であることが示された。
(森永由紀との共同研究)

過放牧が送粉系におよぼす影響

 放牧の定着化が草原の劣化を起こしているが、これは畜産生産力の低下という意味で懸念されている。しかし私たちはこれを生物多様性の劣化という視点から調べてみた。モンゴル北部のブルガンで、放牧圧に応じて軽牧区、中牧区、重牧区を選び、群落と訪花昆虫を調べたところ、軽牧では花の種類、数、昆虫の数が多く、複雑な花形の「スペシャリスト」花が多かったが、中牧では現象し、重牧ではきわめて貧弱になった。また重牧では皿状のさまざまな昆虫が訪問できる「ジェネラリスト」花しか生育していなかった。このように定着にともなう群落変化は草地生産だけでなく、生育する植物の多様性を貧化させ、昆虫との結びつきを分断するという意味で問題であることを指摘した。
(吉原、佐藤との共同研究)

やっぱり牧民の知恵だ
Effects of grazing forms on seasonal body weight changes of sheep and goats in north-central Mongolia: a comparison of nomadic and sedentary grazing
[放牧のしかたがモンゴル北部のヒツジとヤギの体重季節変化におよぼす影響:遊牧群と固定群の比較]
Nature and Peoples, 27: 27-31.

 この論文はモンゴルのヒツジとヤギの体重を調べたものです。モンゴルですごしていると遊牧生活のすばらしさを、自分の生活と対比として、しみじみと感じます。そのことを文章で表現するという方法もあるでしょうが、私たちはそれを自然科学的表現をしたいと思いました。どういうことかというと、モンゴルは広いことで知られた国です。人口密度は2人/km2ほどで、日本の340人/km2とは200倍も違います。それは「無駄が多い」ことでもあり、それだけしか住めないということは「土地生産性が低い」ともいえます。農耕民である中国人はそのことを「劣っている」とみなしました。モンゴルを「蒙古」といいますが、蒙はバカということ、古は古いです。ひどいものです。今でも一部のヨーロッパ研究者にはモンゴルに対して土地生産性をあげるための「提言」をする人がいます。でも乾燥地で土地を耕すことは長い目でみれば土地を荒廃させることが明らかになっています。私たちはモンゴル人と交流するなかで、頑固だなと感じることもありますが、この頑固さがこの土地と生活を守ってきたと賞賛したくなることがあります。
 そうしたことの一つが遊牧です。農耕民の生活とこれほど違うことはありません。広い土地を季節ごとに移動する - 農耕民からすれば落ち着かない貧しい無駄の多い生活です。でもそれには根拠があるのではないかと私たちは考えました。そこで通常の遊牧をする群れと、牧民にお願いして群れを一箇所で動かさないように頼み、その体重を1年追跡してもらいました。牧民は家畜を名前をつけて一頭づつ知っています。その体重を毎月測定してもらったのです。
 ヒツジの群れはスタート時は遊牧群と固定群で体重に違いはなかったのですが、冬の終わりになると固定群のほうがどんどんやせていき、違いが出ました。翌年の回復期にはつねに固定群が軽くなりました。

ヒツジの体重変化 nomadic 遊牧、 sedentary 固定

 ヤギのほうは最初(6月)、遊牧群のほうが少し軽かったのですが、8月には追いつき、その後は違いがなくなり、2年目は逆転しました。
 これらの結果は、表面的に「土地を有効に利用して高密度に家畜を飼うべきだ」という発想がモンゴルのような乾燥地では合理性がないことを示しています。放牧の体制はさらに複雑なシステムですが、体重ひとつとっても伝統的な遊牧に合理性があることを示せたことはよかったと思います。

ヤギの体重変化 nomadic 遊牧、 sedentary 固定

コメント
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