東京都八王子滝山里山保全地域
豊口信行氏が東京都八王子滝山里山保全地域でタヌキのため糞があるのを発見したということで、2023年12月から糞を採集してもらうことになった。以下、逐次報告する。
調査地は東京都八王子滝山里山保全地域である(図1)。

図1 調査地の位置と空中写真
ここは里山として管理され、クリやコナラ、イヌシデなどの林が広がる(図2)。その東側にある竹林内で10個の糞を回収した(図3)。糞は0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残渣をポイント枠法で分析した。

図2 保全地域の景観(棚橋さん撮影)

図3 竹林内のタヌキのため糞を採集する(棚橋さん撮影)
<12月>
結果は図4の通りであった。検出物の写真は図A-12に示した。

図4 タヌキ糞組成
2023年12月の糞組成で最も多かったのは果実で48%を占めた。種子は12%で、このうちエノキが10.4%を占めた。少量ながらヒヨドリジョウゴの種子も検出された。農作物は全てコメで、コメ、稲籾、糠層(果皮、種皮)を合わせて15.0%を占めた。人工物としては、3例からゴム手袋の破片、プラスチック片などが検出され、4%を占めた。その他、昆虫(4%)、支持組織(繊維、6%)などが検出された。
このような組成をみると、本調査地のタヌキの12月の食性は、保全地域内の落葉樹であるエノキの果実などを主体に果実を食べ、時に農地でコメを食べ、場合によって人工物も口にするというものであると考えられた。

図A-12 2023年12月の検出物
<1月>
1月も基本的に似たフン組成であり、果実、農作物、種子が重要であった。果実でも種子でもイヌホオズキが大きい割合を占めた(図A-1)。種子としてはエノキが多かった。

図A-1 2024年1月の検出物
<2月>
2月になると、やや変化が見られ、果実はこれまでの40%台から24.3%に減少した。農作物が20%前後から31.7%に大きく増加したが、その主体はコメであった。コメには籾殻がついたものもつかないものもあったので(図A-2)、保全地域に隣接する田んぼ(図4)に残った落穂を食べている可能性がある。また人工物が5.8%に増加した。内訳としては化学繊維のネット、ゴミ袋などにある黒いポリ袋、ブヨブヨの柔らかいプラスチック製品などがあった。これらの結果は、林内のエノキなどの野生植物の果実が少なくなって、タヌキは田んぼに出て落穂を食べたり、人家に接近して人工物などを食べるようになったと考えられる。

図5. 保全地域(右側)に隣接する池と田んぼ(棚橋さん撮影)

図A-2 2024年2月の検出物
写真の一部は棚橋早苗さんの撮影によるものです。
<3月>
分析結果は図4に、検出物は図A-3に示した。分析結果を見ると、2月と似ており、果実が23.5%農作物が23.1%と多かった。農作物はやや減少した。逆に緑葉が増えたが、ほとんどはイネ科であった。種子にはエノキ、ヨウシュヤマゴボウ、センダンなどがあった(図A-3)。作物の多くはイネであったが、アズキも検出された(図A-3)。人工物としてはゴム手袋が検出されたが(図A-3)、量的には少なかった。
このように3月は基本的に果実とコメを中心に冬の食物を食べていたが、昆虫とイネ科のはが少し増えたことは早春の到来を反映していた。

図A-3. 2024年3月の検出物
<4月>
4月になると、いくつかの変化があった(図4)。検出物は図A-4に示した。一つは昆虫の増加で、3月には12.2%であったが、4月には20.4%になった。次に果実の減少である。タヌキは前の年の秋に実った果実を食べて、冬のあいだも食べるだけでなく、翌年の春にも食べ続けることがあるが、滝山では大きく減少し、エノキの種子が少数検出に過ぎなくなった。作物は3月(23.1%)よりやや増加したが、2月(31.7%)とほぼ同じレベル(29.4%)であった。内訳はコメが主体であった。人工物としてはティッシュとポリ袋が検出された。また不透過物が増え、「不明」が21.8%になった。
これをまとめると、4月になって昆虫が出現してタヌキは昆虫を食べるようになったが、果実類は少なく、また作物も米くらいしか食べられないため、ティッシュやポリ袋など人工物も食べているという状況にあるようである。

図A-4. 2024年4月の検出物
<5月>
5月になると、大きな変化があった(図4)。検出物は図A-5に示した。これまで20-40%占めていた農作物はなくなり、羽毛(31.5%)と骨(24.1%)が多くなった。骨は空隙が多く、鳥の骨の可能性が大きい(図A-5)。骨は大きく、スズメ・サイズではなく、ヒヨドリやハト・クラスと思われる。昆虫は14.8%で4月とあまり違わない。種子ではクワが多かった(図A-5)。また人工物は全く検出されなかった。この結果は、これまでの農作物依存がなくなり、鳥の死体を食べ、昆虫や果実も多少食べたということを示している。ただし、これがタヌキの食物事情が良くなったのかはよくわからない。農作物と人工物がなくなったことを「食べる必要がなくなった」と解釈すれば、食物事情が良くなったといえるが、鳥の死体を確保するのは容易でないだろうから、安定的に良くなったといえるかどうか不明である。このサンプルは5月8日に確保されたものであり、質感から別の排泄と判断されたもの(n = 5)を採取したが、鳥の死体を食べた時の残渣が連続的に排泄されたのかもしれない。

図A-5. 2024年5月の検出物
<11月>
6月以降は糞虫の活動が活発になり、糞は回収できなくなった。ようやく11月になって確保できたので、分析した(図4)。2023年12月には果実が48.2%と多かったが、2024年11月は果実は18.8%に過ぎず、昆虫(17.2%)、支持組織(19.0%)などとほぼ同じく、多様な組成であった。種子ではエノキがやや多かった(図A-11)。作物はおもにコメであったが、米粒は残っておらず、粉砕された一部と多くの種皮(コメを覆う剥膜)が検出された。カキノキの種子は作物とした。カタツムリの殻も検出された(図A-11)。

図A-11. 2024年11月の検出物
<12月>
12月は5つのサンプルが得られた。最も多かったのは作物でほとんどはコメであった。最も米粒は少なく多くは種皮であった。1例でカキノキの種子が見られた。果実も++と多かったが、種は特定できなかった。ムクノキの果皮は見られたが、種子は検出されなかった。昆虫は大幅に減少し、支持組織(おもに繊維)も減少した。イネ科の葉はやや増加した。人工物は全く検出されなかった。したがって、12月にはタヌキはおそらく田んぼに残された米への依存度を強め、そのほかカキノキなどの果実を食べ、食糧事情は悪くないように思われる。

図A-12. 2024年11月の検出物
<まとめ>
2023年12月から夏のデータは欠けたが1年間分析したのでまとめてみた。主要食物の季節変化を図6に示す。
葉は量は少ないが安定的に検出され、春に多い傾向があった。これは各地のタヌキで見られ、葉が新しく柔らかいときにタヌキが食べるようである。果実と種子は糞では別々に検出されるが、タヌキが食べるときは果実を食べるので同じ図に示したが、冬に多く春から夏にかけて減っていった。種子としてはエノキが多かった。これは関東地方の里山でよくみられることである。ただ通常は秋に最も多く、それが冬にも継続するという形で見られるが、ここでは秋に糞サンプルが確保されなかったのでその点は不明であった。本調査地では作物が多いのが特徴的で、特にイネ(米)が多かった。田んぼに生えている状態で食べられるのか、落穂を探して食べられるのかはわからない。カキノキも栽培されるという意味で広義の作物に含めた。昆虫は冬に少なく春に多かった。通常は夏に最も多くなるのだが、ここでは夏のサンプルが得られなかったので、不明である。

図6. 主要食物の季節変化
これらをもとに「占有率-順位曲線」を描いた。これは、各糞における占有率をもとに、主要食物について最大値から順次小さい値を配置したもので、平均値だけからは読み取れない情報がわかる。もし多くのタヌキが好んで食べていればこのカーブは高頻度で高い値を維持する。もしタヌキが好んで食べるが、供給量が限られる良質な食物の場合、食べることができたタヌキの糞には大量に含まれるが頻度は低いので、カーブはL字型になる。逆に供給量は豊富だが、タヌキがあまり食べない食物の場合、カーブは低い値で長く尾を引くことになる。量も少なく、タヌキも好まない食物の場合は、カーブはグラフの左の小さいものとなる。
本調査地の場合、「果実+種子」は高い値から減少し、ほぼ全サンプルに見られた(図7)。このことはタヌキはほとんどの個体が果実を食べたが、その程度は様々であったことを示す。作物もやや少ないもののほぼ同様の形を取ったから、ここのタヌキは作物への依存度が高いと言える。

図7. 占有率-順位曲線
これに対して葉はL字型に近い形のカーブとなった。タヌキは葉を好んで食べるのは初夏であり、それ以外の季節は偶発的に食べるようである。支持組織は典型的な「低占有率・高頻度」で果実や葉を食べたときに同時に摂取されるためであろう。人工物は占有率も頻度も小さかった。
こうした結果から分かるのは、滝山地区のタヌキは里山のうちでも農地への依存度が高く、米を中心とした農作物をよく食べ、併せてエノキ、ムクノキなど雑木林の樹木の果実をよく食べることがわかった。そして量は多くはないが、春と秋には昆虫が多くなったから、夏にはそれ以上に昆虫を食べている可能性がある。里山であるのに人工物は少なかったことは、農作物や果実に恵まれて、食糧事情が良いことを反映しているものと思われる。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます