高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

シカの食性分析

2024-07-17 22:38:19 | 研究

金華山での25年間における植生とシカの食性の変化 こちら

秩父大山沢のシカの食性 こちら 分析中

丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例. 高槻成紀・梶谷敏夫. 2019. 保全生態学研究, 24: 1-12.  こちら
山梨県早川町のシカの食性. 高槻成紀・大西信正. 2021. 保全生態学研究, 23: 155-165. こちら

奈良公園と春日山のシカの食性. 高槻成紀・前迫ゆり(完了)こちら
スギ人工林が卓越する場所でのニホンジカの食性と林床植生への影響: 鳥取県若桜町での事例. 高槻 成紀・永松 大. 2021. 保全生態学研究, 26 : 323-331. こちら
四国三嶺山系のシカの食性. 高槻成紀、石川愼吾、比嘉基紀. 2021. 日本生態学会誌, 71: 5-15. 
こちら 
九州大学福岡演習林 こちら 完了

九州大学宮崎演習林 こちら 完了(「保全生態学研究」、受理)

鹿児島大学高隈演習林 こちら 分析中


シカの食性を知りたいという調査地があれば、はこのサイトのコメントにご連絡ください。高槻


高槻によるシカの食性分析点

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フクロウの食性

2024-06-18 07:09:35 | 研究
宮城県「復興の森」のフクロウの食性 こちら
アファンの森のフクロウの食性 準備中
山梨県甲州市菅田天神社のフクロウのペリット内容 – 市街地での1例 こちら

++++++++++
フクロウの食物の識別の試みとその教材利用の可能性 こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

八王子市の滝山保全地域のタヌキの食性

2024-05-20 11:34:08 | 研究
東京都八王子滝山里山保全地域

豊口信行氏が東京都八王子滝山里山保全地域でタヌキのため糞があるのを発見したということで、2023年12月から糞を採集してもらうことになった。以下、逐次報告する。

調査地は東京都八王子滝山里山保全地域である(図1)。

図1 調査地の位置と空中写真

ここは里山として管理され、クリやコナラ、イヌシデなどの林が広がる(図2)。その東側にある竹林内で10個の糞を回収した(図3)。糞は0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残渣をポイント枠法で分析した。

図2 保全地域の景観(棚橋さん撮影)

図3 竹林内のタヌキのため糞を採集する(棚橋さん撮影)

<12月>
結果は図4の通りであった。検出物の写真は図A-12に示した。


図4 タヌキ糞組成

12月の糞組成で最も多かったのは果実で48%を占めた。種子は12%で、このうちエノキが10.4%を占めた。少量ながらヒヨドリジョウゴの種子も検出された。農作物は全てコメで、コメ、稲籾、糠層(果皮、種皮)を合わせて15.0%を占めた。人工物としては、3例からゴム手袋の破片、プラスチック片などが検出され、4%を占めた。その他、昆虫(4%)、支持組織(繊維、6%)などが検出された。
 このような組成をみると、本調査地のタヌキの12月の食性は、保全地域内の落葉樹であるエノキの果実などを主体に果実を食べ、時に農地でコメを食べ、場合によって人工物も口にするというものであると考えられた。


図A-12 2023年12月の検出物

<1月>
1月も基本的に似たフン組成であり、果実、農作物、種子が重要であった。果実でも種子でもイヌホオズキが大きい割合を占めた(図A-1)。種子としてはエノキが多かった。


図A-1 2024年1月の検出物

<2月>
2月になると、やや変化が見られ、果実はこれまでの40%台から24.3%に減少した。農作物が20%前後から31.7%に大きく増加したが、その主体はコメであった。コメには籾殻がついたものもつかないものもあったので(図A-2)、保全地域に隣接する田んぼ(図4)に残った落穂を食べている可能性がある。また人工物が5.8%に増加した。内訳としては化学繊維のネット、ゴミ袋などにある黒いポリ袋、ブヨブヨの柔らかいプラスチック製品などがあった。これらの結果は、林内のエノキなどの野生植物の果実が少なくなって、タヌキは田んぼに出て落穂を食べたり、人家に接近して人工物などを食べるようになったと考えられる。


図4 保全地域(右側)に隣接する池と田んぼ(棚橋さん撮影)


図A-2 2024年2月の検出物

写真の一部は棚橋早苗さんの撮影によるものです。

<3月>
分析結果は図4に、検出物は図A-3に示した。分析結果を見ると、2月と似ており、果実が23.5%農作物が23.1%と多かった。農作物はやや減少した。逆に緑葉が増えたが、ほとんどはイネ科であった。種子にはエノキ、ヨウシュヤマゴボウ、センダンなどがあった(図A-3)。作物の多くはイネであったが、アズキも検出された(図A-3)。人工物としてはゴム手袋が検出されたが(図A-3)、量的には少なかった。
 このように3月は基本的に果実とコメを中心に冬の食物を食べていたが、昆虫とイネ科のはが少し増えたことは早春の到来を反映していた。

図A-3. 2024年3月の検出物

<4月>
 4月になると、いくつかの変化があった(図4)。検出物は図A-4に示した。一つは昆虫の増加で、3月には12.2%であったが、4月には20.4%になった。次に果実の減少である。タヌキは前の年の秋に実った果実を食べて、冬のあいだも食べるだけでなく、翌年の春にも食べ続けることがあるが、滝山では大きく減少し、エノキの種子が少数検出に過ぎなくなった。作物は3月(23.1%)よりやや増加したが、2月(31.7%)とほぼ同じレベル(29.4%)であった。内訳はコメが主体であった。人工物としてはティッシュとポリ袋が検出された。また不透過物が増え、「不明」が21.8%になった。
 これをまとめると、4月になって昆虫が出現してタヌキは昆虫を食べるようになったが、果実類は少なく、また作物も米くらいしか食べられないため、ティッシュやポリ袋など人工物も食べているという状況にあるようである。

図A-4. 2024年4月の検出物

<5月>
5月になると、大きな変化があった(図4)。検出物は図A-5に示した。これまで20-40%占めていた農作物はなくなり、羽毛(31.5%)と骨(24.1%)が多くなった。骨は空隙が多く、鳥の骨の可能性が大きい(図A-5)。骨は大きく、スズメ・サイズではなく、ヒヨドリやハト・クラスと思われる。昆虫は14.8%で4月とあまり違わない。種子ではクワが多かった(図A-5)。また人工物は全く検出されなかった。この結果は、これまでの農作物依存がなくなり、鳥の死体を食べ、昆虫や果実も多少食べたということを示している。ただし、これがタヌキの食物事情が良くなったのかはよくわからない。農作物と人工物がなくなったことを「食べる必要がなくなった」と解釈すれば、食物事情が良くなったといえるが、鳥の死体を確保するのは容易でないだろうから、安定的に良くなったといえるかどうか不明である。このサンプルは5月8日に確保されたものであり、質感から別の排泄と判断されたもの(n = 5)を採取したが、鳥の死体を食べた時の残渣が連続的に排泄されたのかもしれない。

図A-5. 2024年5月の検出物
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タヌキの食性

2024-02-16 12:57:09 | 研究
タヌキの食性: 北から南へ


宮城県仙台市 
高槻成紀・岩田翠・平泉秀樹・平吹喜彦. 2018. 仙台の海岸に生息するタヌキの食性 ―東北地方太平洋沖地震後に復帰し復興事業で生息地が改変された事例―. 保全生態学研究, 23: 155-165. こちら

埼玉県浦和市 高槻成紀・小林邦夫 Seasonal changes in the diet of urban raccoon dogs in Saitama, eastern Japan. Mammal Study, accepted.

千葉県佐倉市 高槻成紀・原 慶太郎 こちら 継続中

東京都日ノ出町 1
Hirasawa, M., E. Kanda and S. Takatsuki. 2006. Seasonal food habits of the raccoon dog at a western suburb of Tokyo.  Mammal Study, 31: 9-14. こちら 

東京都日ノ出町 2 
Sakamoto, Y. and S. Takatsuki, 2015. Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal.
 Zoological Science, 32: 157-162.   こちら   

東京都裏高尾
東京西部の裏高尾のタヌキの食性 – 人為的影響の少ない場所での事例 –. 高槻成紀・山崎 勇・白井 聰一. 2020. 哺乳類科学, 31: 67-69. こちら

東京都小平市 1
高槻成紀. 2017. 東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性. 人と自然, 28: 1-9. こちら

東京都小平市 2

東京都八王子市 森林科学園
Takatsuki, S., R. Miyaoka and K. Sugaya. 2018. A Comparison of Food Habits Between Japanese Marten and Raccoon Dog in Western Tokyo with Reference to Fruit Use.         
Zoological Science, 35(1): 68–74 . こちら

東京都八王子市 裏高尾 
高槻成紀・山崎 勇・白井 聰一. 2020. 東京西部の裏高尾のタヌキの食性 – 人為的影響の少ない場所での事例 –. 
哺乳類科学, 31: 67-69. こちら  

東京都八王子市 滝山里山保全地域
高槻成紀・豊口信行 こちら 継続中

東京都明治神宮 
高槻成紀・釣谷洋輔. 2021. 明治神宮の杜のタヌキの食性. こちら

愛媛県諏訪崎 
Takatsuki, S., M. Inaba, K. Hashigoe, H. Matsui.          Opportunistic food habits of the raccoon dog – a case study on Suwazaki Peninsula, Shikoku, western Japan. Mammal Study, 46: 25-32. こちら

愛媛県松山市郊外 こちら 分析中

高知県 
高槻成紀・谷地森秀二.      高知県とその周辺のタヌキの食性 – 胃内容物分析–.   哺乳類科学, 61: 13-22. こちら

場所特定せず 高槻成紀. 2018.    タヌキが利用する果実の特徴 – 総説. 
哺乳類科学, 58: 1-10.    こちら

このような記述的な研究により、タヌキの食性がきわめて多様であり、可塑的であることがわかってきました。しかしまだ未知の場所が広く残されています。北海道や九州などの方で、タヌキの糞が確実に確保できる人は分析を引き受けますので、ぜひご協力ください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奈良公園と春日山のシカの食性

2024-01-11 08:49:20 | 研究
奈良公園の飛火野と春日山林内のシカの食性

高槻成紀・前迫ゆり

 奈良公園のシカの食性については、古く1978年に報告した(高槻・朝日 1978)。これはニホンジカの食性の定量的分析の最も古い論文の一つである。そこで明らかになったのは、奈良公園の平坦地ではシバを主体とした食物組成であること、若草山では春にススキが多くなるということであった。奈良公園のシカは少なくとも数百年あいだ、奈良の人々に手厚く守られることで、公園のシバなどのイネ科を主要な植物としてきた。そして、非常に高密度で生息している。このことは、人と大型野生動物との共存という意味で注目に値することである。同時に, このことは難しい問題を発生してもいる。奈良公園の背後には春日山がある。春日山の森はこの地方の原生的な植生であり、価値が高いが、高密度の奈良のシカが侵入して、森林植生に強い影響を及ぼし、森林の構造だけでなく、維持という点でも問題がある。照葉樹林の更新過程で、シカが食べないナギやナンキンハゼが定着し、場所によっては置き換えが起きている(前迫 2022)。ところが春日山に生息するシカの食性は全く知られていない。
 春日山の保全について長年調査してこられた前迫氏との共同で、春日山のシカの食性調査をすることになり、2023年5月から季節ごとにシカのフンを回収して分析したので、その結果を報告する。

調査地
 調査地は飛火野と春日山の2カ所とした。調査地2は春日山の西側標高300mのツクバネガシ・コジイ林である(図1)。


図1. シカの糞採集地

飛火野は平坦地でシバ群落が優占し(図2A)、観光客が多く、シカ密度も高い。調査地2は山腹斜面でコジイなどのブナ科常緑樹が卓越し、下層植生としてはイヌガシ、シキミ、アセビなどが生育し、草本層は貧弱であった(図2B)。


図2. 調査地の景観. A: 調査地1、B: 調査地2

方法
 調査地で新鮮なシカの糞を探し、糞1群から10粒を10群から採集した。これを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、植物片を光学顕微鏡で検鏡し、ポイント枠法で評価した。ポイント数は100以上とした。食物はシバ、その他のイネ科、その他のグラミノイド、その他の単子葉類、常緑広葉樹、その他の双子葉植物、針葉樹、枯葉、果実、種子、繊維、稈、不明、不透過に分けた。「不明」は葉や果実ではなく、光学顕微鏡で見て透過性があるもので、特定できないもので、破砕した種子や芽鱗の断片なども含む可能性がある。「不透過」は真っ黒に見えるもので、ドングリの種皮などを含む可能性がある。
 またシカの食物供給量の指標として、調査地の地表群落の記述をした。各地に1 m四方の方形区をランダムに10個とり、出現種の(%)と高さ(cm)を記録した。この被度と高さの咳をバイオマス指数(高槻 2009)とて平均値を算出した。そして生育型(沼田 1969)を修正して種ごとにまとめた。
 またシカの利用度の指標としてシカの糞粒密度を測定した。調査地1では2 m四方の方形区、調査地2では糞粒が少ないので10 m四方の方形区を5つとり、糞粒の平均値を求めた。この調査は2023年7月から1月までおこなった。

結果
1.シカの糞組成
 調査地1(飛火野)ではシバが30%以上を占めたことが最も特徴的だった。特に5月と7月には40%以上となった。そのほかでは5月に彼は、繊維が多かった。7月にはシバ以外では稈が多くなった。10月になるとシバがやや減少し、稈が32.2%と大幅に増え、シバ以外のイネ科も13.2%を占めた。しかし1月になるとシバは大幅に減少し(3.6%)、繊維が39.2%を占めたほか、不明も27.0%と大きく増えた。シバは生産性が高いが、現存量は小さいため、冬になって枯れるとシカの食物としての価値を失い、シカはおそらく木本植物の枝などを食べるために繊維が増えるものと考えられる。


図3. 調査地1(飛火野)のシカの糞組成

 一方、調査地2(春日山)では調査地1とは大きく違い、シバはほとんど検出されなかった。5月に多かったのは、繊維(47.7%%)と常緑広葉樹(17.8%)で、シカは林内で常緑樹の葉を枝とともに採食することが多いと考えられる。7月になるとイネ科や落葉樹などが増えるものと想定していたが、全く違い、繊維が60.%もの大きい割合を占め、枯葉も11.8%であり、シカの食糧事情は非常に劣悪であることがわかった。10月になっても緑葉は増えず、繊維は減少したものの不明物が28.9%に増加した。また不透過物も31.0%と多くなった。この不透過物はドングリの殻(種皮)などを含む可能性がある。1月も同様であったが、不明がさらに増えた(43.7%)。


図4. 調査地2(春日山)のシカの糞組成

 以上の結果から、調査地1、2での季節間の変化の指標としてWhittakerの類似度指数(PS)を求めたところ、調査地1では春から秋まではPSは80%近かったが、冬になると23.8%と大きく落ち込んだ(図5)。これに対して調査地2では春と夏は71.3%%であったが夏から秋で46.3%に減った後、冬には81.5%に大きく上昇した。


図5. 調査地1(飛火野)と調査地2(春日山)における季節間の糞組成の類似度指数

 一方、調査地1と調査地2との類似度を季節ごとに見ると、春から秋までは30%前後と違いが大きかったが、冬には69.6%と大きくなった。これは春から秋までは調査地1ではシバが主要であり、調査地2では樹木の繊維や葉、不明物が多く、組成の違いが大きかったが、冬にはどちらでも繊維が多くなったことを反映しているためである。


図5. 調査地1(飛火野)と調査地2(春日山)における糞組成の類似度指数の季節変化

2.供給量
調査地1でのバイオマス指数の季節変化は春から秋までは300-500と非常に大きかったが、冬になるとシバが蹴れたため激減した(図6)。


図6. 調査地1(飛火野)におけるバイオマス指数の季節変化

一方、調査地2では春は高木と低木が少量あるだけだが、夏になるとシダと香木が増えてピークとなった。ただし値は調査地1の半量以下であった。その後、秋には減少し、冬には常緑高木がわずかになった(図7)。


図7. 調査地2(春日山)におけるバイオマス指数の季節変化

3.糞粒密度
 調査地1では10月には460/4m2と非常に多く、11月に半分程度に減少してそのまま維持された(図8)。一方、調査地2では10/4m2以下と非常に少なかったが、1月には490/4m2ほどと非常に多くなり、調査地1を上回った(ただし、この時は時間の関係で1か所しか調べていないので、今後追加調査をする予定)。つまり、春日山の林内では夏秋はシカがあまり利用しないが、冬になると大きく利用度が高くなることがわかった。


図8. 調査地1(飛火野)と調査地2(春日山)における糞粒密度の季節変化(暫定)

考察
<飛火野のシカの食性>
飛火野では春と夏にはシバが40%を前後を占めたが、半世紀ほど前の1976年5月の糞組成でもシバが春は30-40%、夏には70-80%占めていた(高槻・朝日 1978)。シバは生産力が高く(吉良 1952, Inoue et al. 1975, 高槻 2023)、シカは生育期にはシカにとって非常に重要な食物となりうる。しかし、現存量が小さいため、枯れると飼料価値は大幅に減る。実際、糞組成でも冬にシバは激減したし、バイオマス指数の変化もこれを裏付けていた。宮城県金華山においては、夏にシバ群落を利用していたシカが冬には周辺の森林を利用するようになることが知られている(Ito and Takatsuki 2005)。調査地1でも夏から秋まではシカの糞粒密度が高く、それは1月まで維持された。この点は金華山と違うが、飛火野ではシバが枯れても、観光客がシカ煎餅を与えるなどの事情でシカがシバ群落にとどまるものと考えられる。

<春日山のシカの食性>
春日山のシカの食性は知られていなかったが、今回初めて明らかになった。それによると、春日山のシカの糞組成は飛火野のそれとは全く違い、イネ科はほとんど出現せず、5月に常緑広葉樹が10-18%を占めた。他の季節では葉は少なく、繊維や不明物が多かった。これらは概ねバイオマス指数と対応したが、夏にはバイオマス指数がある程度大きくなったにもかかわらず、糞組成には葉は少なかった。その理由は林床では木本実生やシダが多くなったが、これらはシキミ、イヌガシ、イワヒメワラビ、コバノイシカグマなど不嗜好植物であり、シカは食べない。このためバイオマス指数が大きくてもシカの食物としては価値がない。 
 調査地2は若草山と500 mほどしか離れていない。若草山にはススキなどシカの食物になる植物が多く、実際シカも多くいる。調査地2と若草山の距離はシカにとって移動は十分可能であると思われるが、糞組成にはイネ科はほとんど検出されなかったことから、春日山のシカは行動上の理由から自由に行き来をするということはないようである。

<シカによる春日山の利用の季節変化>
春日山の森林は冬でも食物が増えるわけではないが、シカの利用度が著しく高くなった。これはシカが林内で寒さを防ぐとか林床の果実などを探して食べるためなどの理由でシカ利用度が非常に高くなるものと考えられる。

<シカによる春日山の森林に及ぼす影響>
この森林は林内が暗いため、シカが採食する植物が乏しく、シカは常緑樹などを探して食べるが、量的には少ない。その時に枝先も同時に摂取するため、糞中に繊維が多くなるものと思われる。春、夏は林床にある落ち葉も採食するため、糞中に枯葉が5-15%程度検出されたが、秋冬は枯葉も5%未満になった。
 
<飛火野のシカと春日山のシカの関係>
この分析により、春日山林内のシカの食性は奈良公園の平坦地のものとはまったく違い、シカは林内にとどまって乏しい植物を食べていることがわかった。もし、シカが林外で植物を食べて林内では休息や睡眠だけをするのであれば、後述する森林への影響は問題とならないが、実際にはシバ群落にいるシカはおもにシバを、森林にいるシカは基本的に森林の植物を食べていた。このことは、春日山の原生的常緑広葉樹の更新のためには問題がある。常緑広葉樹林は林床が暗く、採食を受けた植物の回復力が乏しい。同じ常緑広葉樹林である宮崎県椎葉にある九州大学の演習林ではシカが増加してからスズタケが壊滅的な影響を受けたことが知られているが(猿木ほか 2004)、これも回復力の弱さが関係している。春日山の林では時間をかけて更新する過程で後継樹が供給できず、場所によってシカの不嗜好植物であるナギやナンキンハゼに置き換わることが知られている(前迫 2022)。そのため樹冠を形成するシイ、カシなどの幼樹が生育できず、健全な森林更新ができず、一種の偏向遷移が起きているといえる、
 
<奈良のシカと春日山森林の保全>
奈良のシカは長い時間をかけて形成された人とシカとの共存の例として広く知られ、観光的にも価値があり、その保護が必要であろう。しかし、同時に春日山原生林も世界遺産としての価値がある。奈良公園の自然を管理する上では、この両方を実現することに難しさがある。その両立のためには、現状を把握し、何が起きているかの客観的把握が必要である。本調査により、春日山のシカの行動権の把握も解明すべき課題であることが示された。もし森林の更新が必要であると判断されたのであれば、ある程度広いシカ排除柵を設置することなどにより、後継樹の確保をするなどの対策が必要になるだろう。

文献
Inoue, Y., M. Iwamoto, T. Kaminaga and S. Ogawa. 1975. Measurement and comparison of primary production of semi-natural pastures dominated by Zoysia japonica. In Ecological Studies in Japanese Grasslands, with Special Reference to the IBP Area (ed. Numata, M.), JIBP Synthesis, Vol. 13: 123-124.
Ito, T. Y. and S. Takatsuki. 2005. Relationship between a high density of sika deer and productivity of the short-grass (Zoysia japonica) community: a case study on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research, 20: 573-579. DOI:10.1007/s11284-005-0073-6
吉良龍夫. 1952. 生態学的に見たいわゆる過放牧牧野. 小物生態学報, 1: 209-213.
前迫ゆり. 2022. 照葉樹林に侵入した外来木本種の拡散にニホンジカが与える影響. 日本生態学会誌, 72: 5-12. 
沼田真(編). 1967.『図説植物生態学』, 朝倉書店
猿木重文・井上晋・椎葉康喜・長澤久視・大崎繁・久保田勝義. 2004. 九州大学宮崎演習林においてキュウシュウジカの摂食被害を受けたスズタケ群落分布と生育状況 2003年調査結果. 九州大学演習林報告, 85: 47-57.
高槻成紀. 2009. 野生動物生息地の植物量的評価のためのバイオマス指数について. 麻布大学雑誌,19/20: 1-4. https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030800112.pdf
高槻成紀. 2022. ススキとシバの摘葉に対する反応−シカ生息地の群落変化の説明のために. 植生学会誌, 39: 85-91. https://www.jstage.jst.go.jp/article/vegsci/39/2/39_85/_article/-char/ja
高槻成紀・朝日稔.1978. 糞分析による奈良公園のシカの食性,II.季節変化と特異性. 「天然記念物「奈良のシカ」報告(昭和52年度」:25-37.

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小平のタヌキ

2023-12-12 20:50:45 | 研究
玉川上水(小平)脇で死亡したタヌキについて

 2023年12月8日に玉川上水花マップのメンバーである桜井秀雄氏からタヌキの死体を発見したと連絡があった。前日の7日の夕方、小平市の八佐衛門橋の近くでうずくまるタヌキを見たとのことであった(図1)。


図1. うずくまるタヌキ(桜井秀雄氏撮影、2023年12月7日)

 この場所は八佐衛門橋(西武多摩湖線との交差点にある桜橋の下流の八佐右衛門橋の下流右岸、図2)

図2. タヌキ死体発見場所の位置

 気になって朝見に行ったら死亡していたとのことで、桜井氏はその死体を確保された(図3)。それを譲り受け、計測し、胃内容物を採取し、頭骨標本を作成した。


図3. 計測したタヌキ

 胃内容物を0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残った食物片をポイント枠法で分析した。

計測など
 このタヌキはオスであり、まだ乳歯であったことから(図4)、0歳であることがわかった。

 
図4. 死亡したタヌキの頭骨(左)と切歯列(右)

 体重は3.0 kgで、皮下脂肪は厚い部位では5 mm以上あり、痩せてはいなかった。肩から尾の付け根まで(胴長)は29 cm、胸囲は29 cm、前肢長は15 cm、後足長は11 cmであった。
 目立った外傷、出血はなかったが、骨盤が複雑骨折を起こしており、腹腔内に内出血していたことから、交通事故にあったものと思われる。

胃内容物分析
 胃内容物分析からはエノキ、カキノキ、ムクノキの種子が検出された(図5)。そのほか直径20 mmを超える大きい魚の鱗、大きい幼虫も検出された。人工物としては輪ゴムが検出された。

図5. タヌキの胃内容物からの検出物。格子間隔は5 mm

 組成分析はポイント枠法で行なった。その結果、特定の食物群が多いということはなく、魚鱗と幼虫で4分の1、果実と種子が10%あまり、葉が20%、カキノキの種子が18%、人工物(輪ゴム)が5%などであった(図6)。


図6. 胃内容物の組成(ポイント枠法による)

考察
 これから推定すると、このタヌキは玉川上水かその近くに生息していて、五日市街道で交通事故に遭って死亡したようである。その胃内容物からは、エノキ、ムクノキ、カキノキの種子が検出された。エノキとムクノキは玉川上水沿いの樹林帯にあり、この場所の西側にある津田塾大学のタヌキの秋から冬の重要な食物であった(高槻 2017)。カキノキは玉川上水沿いにはなく、このあたりにはすでに農家はほとんどないから、カキノキは庭に植えられたものである可能性が大きい。大きい鱗は料理して廃棄されたものを食べたのかもしれないが、玉川上水には大きいコイがいるから、あるいはそれを捕食したのかもしれない。輪ゴムが出てきたことは残飯などを食べている可能性を示唆するが、量的には少なかった。このことから、基本的には野生の果実類を食べているようだった。

文献
高槻成紀. 2017. 東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性. 人と自然, 28: 1-9. こちら

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャワ島中部Pangandaranのルサの食性

2023-11-15 22:02:54 | 研究
ジャワ島中部Pangandaranのルサの食性の季節変化

高槻成紀・辻大和・A.W. カンティ・B. スリオブロト

この論文は以下のように公表されました。
Seiki Takatsuki, Yamato Tsuji, Kanthi Arum Widayati, Bambang Suryobroto. 2023.
Seasonal changes in the dietary compositions of rusa deer in Pangandaran Nature Reserve, West Java, Indonesia。Austral Ecology, 48: 1056-1063. こちら


摘要:ジャワ中部のパガンダランのルサの食性を調べたところ、雨季と乾季で明瞭な違いがあった。雨季には芝生状のCynodonが50%を占めるほど依存的であった。これに対して乾季にはCynodonは20%前後に減少し、繊維が30-40%に増加した。この時期にはルトンの落とした枝をルサが食べられることが知られているが、糞組成でも果実が増加した。温帯では「夏は食物が豊かな季節だが、冬は乏しくなる」のに対して熱帯では「雨季は食物が豊かな季節だが、乾季はそれに加えて果実も食べられるさらに豊かな季節である」という違いがあることがわかった。

調査地のパンガンダラン保護区

降水量の季節変化


ルサの糞組成 graminoidはイネ科など、fruitsは果実、フィbれは繊維、culmは稈(イネ科の茎)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

九州大学宮崎演習林のシカの食性

2023-09-24 07:09:19 | 研究
宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林のシカの食性−経過報告−

高槻成紀・片山歩美(九州大学院農学研究院、環境農学部門)

これまで九州のシカの食性は情報が限られている。屋久島で垂直分布に注目した分析があるほか(Takatsuki, 1990)、九州本土ではわずかに2例があるに過ぎない。1例は福岡県のシカの胃内容物分析で双子葉草本が10-50%で夏に多く、常緑広葉樹が10-50%で冬に多かった(池田, 2001)。もう一つは宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林と周辺のシカの胃内容物で、グラミノイド(イネ科、カヤツリグサ科など)が50-60%程度と多く、落葉広葉樹が20-30%であった(矢部ほか, 2007)。
 宮崎演習林では1970年代からシカが増え始め、1985年に人工林被害が始まり、1986年にはスズタケが消失し始め、2001年には9割が消失したという(村田ほか, 2009)。そして2003年には演習林のうち東側で面積の広い三方岳団地ではスズタケが壊滅的な被害を受けていた(猿木ほか, 2004)。
 矢部ほか(2007)の当地でのシカ食性分析は2002-2004年のサンプルを分析したものであり、すでにスズタケの占有率は少なかったとされる。
 こうした状況で2022年に片山氏からシカの糞分析の依頼があり、糞サンプルが確保されることになったので、分析することにした(進行中)。

方法
 調査地は宮崎県椎葉村にある九州大学宮崎演習林(32.375342N, 131.163436E)である(図1)。



図1. 調査地(九州大学宮崎演習林)の位置を示す地図

 森林の下層植生はシカの影響により非常に貧弱であり、低木層にはシカが食べないシキミ、アセビなどが点在する。


図2. 宮崎演習林の林内の景観

 新鮮なシカの糞を10糞塊から10粒づつ採集し、0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残留物を光学顕微鏡によりポイント枠法で分析した。

結果
 2022年12月の分析結果は、葉は常緑樹、針葉樹などが検出されたがいずれも微量で、全てを合計しても24.3%にすぎなかった(図3)。ただしこれには枯葉は含んでおらず、枯葉は3.9%であった。最も多かったのは稈(イネ科の茎)で37.3%を占めた。また繊維(15.3%)も多かった。
 図3には比較のために神奈川県の丹沢(高槻・梶谷, 2019)と岩手県五葉山(Takatsuki, 1986)の冬の結果をあわせて示した。丹沢はシカが高密度であることで知られるが、ここでも葉が少なく、支持組織が大半を占める点では宮崎演習林と同様であった。そして支持組織が多いのは共通していたが、丹沢では稈は少なく、繊維が61.8%を占めた。これらに対して、五葉山ではミヤコザサが70.6%を占めていた。ここはシカの密度が低く、シカの健康状態も非常に良好である。

 
図3. 2022年12月のシカ糞組成。参考のために丹沢と岩手県五葉山の冬のデータも示した。

 この分析により、宮崎演習林の現在のシカの冬の食性は、矢部ほか(2007)が2003年前後に分析した宮崎演習林と周辺でのシカ胃内容物ではグラミノイドが50%前後、落葉広葉樹が30%前後と、葉が大半を占めていたのとは大きく違うことがわかった。当時でもスズタケの割合は少なかったが、グラミノイドが多かったのに対して、現状ではグラミノイドは7%にすぎなかった。したがってシカの食糧事情が悪いことがわかった。

 図4には2023年4月-11月の分析結果を示した。4月には明らかに繊維と常緑広葉樹が増加し、稈が減少した。


図4 2022年12月から2023年11月までのシカ糞組成。

 このことは12月には常緑広葉樹を含む生葉が乏しかったが、4月になると新しい葉が展開して利用できるようになり、シカがその葉とともに枝を食べるようになったことを示唆する。稈が大きく減少した理由は明らかでないが、12月にはシカが立ち枯れたススキなどのイネ科の稈を食べていたが、4月にはその必要がなくなったことを示唆するものと思われる。双子葉草本が増加することを予測していたが、ほとんど出現しなかった。これは新葉はみずみずしいため、消化率が良く、糞中には残りにくいためである可能性がある。
 9月は大きな変化はなく、繊維が57.2%と過半を占めた。常緑広葉樹は9.3%に減少し、イネ科が14.5%に増えた。これに伴い稈も9.0%に増えた。食物環境としては、常緑広葉樹が減少したとは考えにくく、相対的にイネ科が増加したためと考えられる。しかし、葉が少なく、繊維が多いという状況は変わっておらず、本調査地のシカは夏でも小枝などを食べていることがわかった。
 11月になると、葉はさらに減少し、イネ科は8.4%に、常緑広葉樹も5.0%に減少したが、枯葉は5.4%に増加した。これらに対しては繊維が9月の56.8%からさらに増えて68.3%に達した。昨年の12月には稈が37.3%をしめていたが、今年(2023年)の11月の結果はそれとは大きく違っていた。福岡演習林ではこの時期(10月)にヨウシュヤマゴボウなどの種子が検出されたが(こちら)、宮崎演習林ではそのようなことはなかった。
 全体として本調査地では糞中に占める葉の割合が小さく、シカにとって食物になる植物が乏しくなっていることを反映していた。これはシカ密度が高い山梨県早川町の状態などと共通である(こちら)。

文献
池田浩一. 2001. 福岡県におけるニホンジカの生息および被害状況について. 福岡県森林林業技術センター研究報告, 3: 1083. こちら
村田育恵・井上幸子・矢部恒晶・壁村勇二・鍛治清弘・久保田勝義・馬渕哲也・椎葉康喜・内海康弘. 2009. 九州大学宮崎演習林における ニホンジカの生息密度と下層植生の変遷. 九州大学演習林報告, 90: 13-24. こちら
猿木重文・井上 晋・椎葉康喜・長澤久視・大崎 繁・久保田勝義. 2004. 九州大学宮崎演習林においてキュウシュウジカの摂食被害を受けたスズタケ群落分布と生育状況 2003年調査結果. 九州大学演習林報告, 85: 47-57. こちら
Takatsuki, S. 1986. Food habits of Sika deer on Mt. Goyo, northern Honshu. Ecological Research, 1: 119-128. こちら
Takatsuki, S. 1990. Summer dietary compositions of sika deer on Yakushima Island, southern Japan. Ecological Research, 5: 253-260. こちら
高槻成紀・梶谷敏夫. 2019. 丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例. 保全生態学研究, 24: 209-220. こちら                         
高槻成紀・大西信正. 2021. 山梨県早川町のシカの食性 − 過疎化した山村での事例 −. 保全生態学研究, 26: 149-155. こちら
矢部恒晶・當房こず枝・吉山佳代・小泉 透. 2007. 九州山地の落葉広葉樹林帯におけるニホンジカの胃内容. 九州森林研究, 60: 99-100. こちら

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

九州大学福岡演習林のシカの食性

2023-08-11 09:47:37 | 研究
九州大学福岡演習林のシカの食性

高槻成紀
片山歩美(九州大学院農学研究院、環境農学部門)
阿部隼人(九州大学生物資源環境科学府)

 九州のシカの食性は情報が限定的で宮崎県と福岡県での分析例がある。宮崎県の事例は椎葉村にある九州大学の演習林において、2003年前後の胃内容物分析が行われ、グラミノイド(イネ科、カヤツリグサ科)が多かった(矢部ほか, 2007)。ここではシカが増え、植生も変化したので、我々が2022年の12月から糞分析を開始した(こちら)。一方、福岡県での事例は有害鳥獣駆除の胃内容物分析で、場所は県内各所であるが、低地が多いとされており、内容は双子葉草本が多く、夏には落葉樹が、冬には常緑樹が多くなる傾向があった(池田, 2001)。今回、片山氏から九州大学福岡演習林のシカの糞の提供があったので分析することにした。

方法
 調査地は福岡市の東側にある九州大学福岡演習林で、森林とオープンな場所が混在している(図1)。ここでは2009年から2013年にかけてシカが増えたが(壁村ほか, 2018)、植生への影響はさほど強くない段階にある。

図1. 調査地(九州大学福岡演習林)の位置図

 新鮮なシカの糞を10糞塊から10粒づつ採集し、0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残留物を光学顕微鏡によりポイント枠法で分析した。

結果
 2月28日のサンプルを分析した結果、常緑広葉樹の葉が19.9%、グラミノイドが11.5%、ササが8.8%などで、葉の合計が42.1%であった(図2)。枯葉(8.6%)はこれには含んでいない。そして稈(イネ科の茎)と繊維がそれぞれ20.5%と22.2%を占めた。つまり葉と支持組織がほぼ半々であった。図2には福岡県全体の1月の胃内容物も示したが、演習林の結果はこれと比べると支持組織が多い。また宮崎演習林の12月の結果と比較すると葉が多く、食糧事情はこれよりはよいと言える。


図2. 福岡演習林のシカの糞組成(左)と比較のための2カ所の冬のシカ食性

 福岡演習林での季節変化(10月まで)を図3に示す。2月には常緑樹の葉が19.9%と比較的多く、繊維(22.2%)と稈(20.5%)もやや多かった。
 4月には常緑広葉樹は19.1%とほぼ同じであったが、繊維が45.8%と非常に多くなった。4月には植物が生育中で、葉はみずみずしい状態であるため、消化率が高く、糞には少量しか出現せず、消化率の低い繊維が相対的に多くなったものと推察される。
 8月になると常緑広葉樹は8.5%に減少し、双子葉植物が7.1%に増加した。このことは供給量として常緑広葉樹が減少したのではなく、落葉広葉樹や草本の双子葉植物の葉が増加したためであろう。一方、稈が56.5%と大幅に増加し、繊維は10.2%に減少した。このことはシカは夏になってイネ科をよく食べるようになり、消化率の低い稈が多く出現したものと考えられる。イネ科の稈は広葉樹の枝などに由来する繊維に比べると緑色であり、栄養価もさほど低くないと考えられるので、葉が少ないとはいえ、食物事情は良くなっていると考えられる。
 10月になると、稈が減って代わりに繊維が増えた。イネ科の葉が硬くなるなどしてアメリ食べなくなり、木本の枝などを食べて繊維が増えたものと思われる。葉全体は8月とあまり変わらず、その内訳は常緑樹とイネ科は減少し、双子葉植物は同程度だった。ササが微量ながら検出された。不明が増加したが、この中には不透過物が多かった。


図3. 福岡演習林のシカの糞組成(2023年)


図4. 10月のシカの糞から検出された種子

 注目されたのは種子がこれまでで一番多かったことで、植物のフェノロジーを反映していた。多かったのはヨウシュヤマゴボウの種子で、検出されたもの(図4検出物 1)と手持ちの標本を比較したが、一致した。ヨウシュヤマゴボウは10サンプルのうち、1サンプルから検出されただけだったが、そのサンプル内では8.3%を占めた。このほかにも微細なイネ科と思われる種子も検出された(検出物 2)。また、光学顕微鏡で不透過で縁が直線的な検出物があり、ドングリの殻ではないかと察していたが、糞内容物を乾燥させると、間違いなくドングリの殻の破片が検出された(図4)。
 葉は合計しても23.2%にすぎず、2月の42.1%の半分程度であった。この時期の樹木の葉は消化が良いのかもしれない。

文献
池田浩一. 2001. 福岡県におけるニホンジカの生息および被害状況について. 福岡県森林林業技術センター研究報告, 3: 1083. 
壁村勇二 ・榎木 勉 ・大崎 繁 ・山内康平 ・扇 大輔 ・古賀信也・菱 拓雄・井上幸子・安田悠子・内海泰弘. 2018. 九州大学福岡演習林におけるニホンジカの目撃数増加と造林木 および下層植生への食害. 九大演報 , 99:18-21.
矢部恒晶・當房こず枝・吉山佳代・小泉 透. 2007. 九州山地の落葉広葉樹林帯におけるニホンジカの胃内容. 九州森林研究, 60: 99-100. 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

植生状態と鳥類群集

2023-07-27 14:08:36 | 研究
玉川上水は東京を30kmの長さで連なる水路ですが、その植生管理は一様ではありません。羽村から小平までは水が豊富で生活用水に使うため両岸の管理がよく行われ、サクラを主体として樹林が続きますが、その幅は広くない場所が多いです。小平管理所で取水し、それ以下は再生水が流れますが、水量は少なく、玉川上水の水路は深くなります。小平では樹林はばが30メートルほどもあり、武蔵野の雑木林の片鱗が見られます。小金井では桜並木のために強度の伐採が行われ、サクラが間隔を置いて植えられています。それより下流(東側)では樹林幅は狭くなり、杉並では両側を放射5号線という大きい道路が開通しました。西から小平、小金井、三鷹、杉並で7回の鳥類調査をし、比較したところ、玉川上水と三鷹が鳥類が豊富で、杉並では大きく減りましたが、小金井はそれよりもさらに少ないことがわかりました。しかもその内容は小平と三鷹では樹林に住む鳥が多く、杉並と小金井では都市のオープンな場所に住むスズメ、カラス、ハトなどが多いことがわかりました。このように鳥類群集は生息地の樹林の状態に強く影響されること、したがってその管理には生物多様性の考え方が重要であることを指摘しました。

高槻成紀・鈴木浩克・大塚惠子・大出水幹男・大石征夫. 2023. 玉川上水の植生状態と鳥類群集. 山階鳥類学雑誌 (J. Yamashina Inst. Ornithol.),55: 1-24. こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小金井の桜並木と台風の影響について

2023-07-27 14:01:39 | 研究
小金井では桜並木の保存に力を入れ、その目的でその他の樹木を皆伐しました。その影響はさまざまなところに現れていますが、その一つとして2021年に東京を襲った台風18号の影響があります。これにより多数の樹木が被害を受けましたが、その被害率は小金井地区が他の場所の7倍も多く、また内訳はほとんどがサクラでした。私たちはその実態を調べて論文として公表しました。こちら

高槻成紀. 2020. 2018 年台風 24 号による玉川上水の樹木への被害状況と今後の管理につい .  植生学会誌, 37: 49-55.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秩父大山沢のシカの食性

2023-05-28 17:21:09 | 研究
秩父大山沢のシカの食性

高槻成紀・崎尾 均

1990年以降、関東地方でもシカが増加し、各地で植生に強い影響を及ぼしている。秩父地方も例外ではなく、その一か所である中津川上流の大山沢もシカの強い採食圧により渓畔林の林床が非常に貧弱になった。この沢では非常に詳細な植物生態学的調査が継続され、多くの知見が得られており(崎尾 1995; 2000; Sakio 2020)、シカによる樹木への影響についても調べられている(比嘉ほか 1995; Higa et al. 2020)。しかし、シカの食性自体は調べられたことがないので、糞分析によってこれを解明することにした。

方法
大山沢は荒川の支流である中津川の上流である(図1)。シオジなどからなる渓畔林であるが、2000年頃からシカが増加し、樹木への影響が顕著になってきた(比嘉ほか 1995)。

図1. 大山沢の位置図

 最近では林床にはハシリドコロ,コバイケイソウ,サンヨウブシなどのシカの不嗜好草本だけのような状態になっている(図2)。


図2. 調査地の林床の景観(2023年4月28日、撮影崎尾)

 シカの糞分析はポイント枠法で行なった。2023年4月28日に採集した10のサンプル(10粒)を分析した。

結果
<2023年4月の分析結果>
 分析の結果を図3に示した。繊維が78.7%もの多くを占めた。そのほかは枯葉が9.1%を占めたほかは5%未満であり、生葉は4.5%にすぎなかった。4月下旬であるにもかかわらず、これだけ生葉が少ないのはこれまでほとんど知られていない。これは、シカが採食する植物の葉がなく、木本類の枝などを食べていることを示唆する。


図3. シカ糞組成(%)。参考のために丹沢と早川の分析例も示した。

図3には参考までにほぼ同じ時期の分析例のうち、低質な繊維や支持組織が多いものとして神奈川県丹沢(高槻・梶谷 2019)と山梨県早川町(高槻・大西 2021)の結果も示したが、大山沢の結果はこれらと比較しても繊維が非常に多いことがわかる。
 これほど劣悪な食糧状況であれば、シカが生息すること自体が不思議なほどである。山梨県甲府市早川の場合、糞の採集地の落葉樹林内にはほとんど植物がなかったが、糞にはある程度イネ科の葉が検出されたことから、シカが林外で採食し、林内で糞を排泄したと推定された。大山沢ではそのようなことを示唆するデータも認められなかった。

<5月の結果>
 5月25日になると植物は増加したが、林床にはシカが食べないハシリドコロくらいしかないので、シカにとって食物となる植物は少ないままであるように思われる(図4)。


図4. 大山沢の2023年5月25日の景観(撮影、崎尾)

採取された糞を分析した結果、4月と同様に繊維が主体(75.3%)であることがわかった(図5)。枯葉が減少したり、イネ科や果実が増えたなどの変化はあったが、いずれも5%未満の微細な変化であった。5月になれば通常であれば植物が増えて、シカの糞にも葉が増えることが多いので、意外感があった。このことは調査地では植物の生育期でもシカの食べる植物が非常に乏しいことを意味する。

図4. 秩父大山沢でのシカの糞組成、2023年4月、5月

 なお、分析の過程を披瀝すると、糞は0.5mm間隔のフルイの上で水洗するが、そのとき、フルイから水が流れ出る。このとき、冬の糞は暗褐色であるが、夏の糞は緑色になる。東北地方などのシカの場合、冬にミヤコザサをよく食べるので、冬の糞でも流れ出る水は緑色となる。ところが秩父の糞は5月のものでも茶色であり、「これはひどい」と思ったが、実際に分析してみてそのことが確認された。
 今後、夏にはどのような糞組成になるか継続して分析したい。

文献
比嘉基紀・川西基博・久保満佐子・崎尾均. 2011. 大山沢渓畔林におけるニホンジカの食害の影響. 日本森林学会, 122: こちら
Higa, M., Kawanishi, M, Kubo M,  Sakio H. 2020. Temporal Changes in Browsing Damage by Sika Deer in a Natural Riparian Forest in Central Japan. In "Long-term Ecosystem Changes in Riparian Forests" (ed. H. Sakio). Springer こちら
崎尾 均. 1995. 渓畔域の撹乱体制と樹木の生活史からみた渓畔林の動態. 日本生態学会誌, 45: 307-310. こちら
崎尾 均. 2000. 水辺林 (渓畔林)の動態,生態的機能および保全・再生指針. 水利科学 44: 31-45. こちら
Sakio H. 2020. Long-term Ecosystem Changes in Riparian Forests. Springer こちら
高槻成紀・梶谷敏夫. 2019. 丹沢山地のシカの食性−長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例. 保全生態学研究, 24: 209-220. こちら
高槻成紀・大西信正. 2021. 山梨県早川町のシカの食性−過疎化した山村での事例−. 保全生態学研究, 26: 149-155. こちら

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛媛県松山市郊外のタヌキの食性

2023-05-06 14:17:28 | 研究
タヌキの食性は主に関東地方で行われ、果実を主体として夏には昆虫が増え、冬には哺乳類や鳥類がやや多くなるという傾向がわかってきた。ただ、タヌキは生息地も産地から海岸、農耕地から都市にまで及ぶため、場所ごとの変異が大きいため、その全体像を把握するためには各地での分析例を増やす必要がある。これまで関東地方以外では東北地方、中部地方などで少数例があるだけで、西日本では全体に分析例が乏しい。これまでのところ九州と四国で少数の分析例があるに過ぎない。私は愛媛県の稲葉正和氏の協力を得て、佐多岬のタヌキの糞分析をしたことがある(こちら)。ここでは冬にミカンが食べられるのが特徴的だった。また高知県の各地の交通事故死体のタヌキの胃内容物を分析したこともある(こちら)。
 今回、稲葉氏から連絡があり、松山市郊外で確実にタヌキのフンが得られるので採取したという連絡があったので、分析することにした。

方法 
 松山市の位置は四国の西側で、調査地は松山市の南側で平地が山に接する辺りである。西側には住宅地があるが、東側は農耕地で里山的環境といえる。


松山市の位置と調査地(赤丸)と周辺の状態

 これまでと同じく、フンを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、残滓をポイント枠法で分析した。採集期間は2022年の5月から2023年の4月までである。

結果
 糞組成の月変化を示したのが次のグラフである。


松山市郊外のタヌキの糞組成の月変化

  5月の組成は多様で、果実(21.7%)、葉(15.6%)、昆虫(14.5%)、人工物(14.0%)がやや多かった。作物はコメ(米)で5.3%であった。人工物は厚いゴムの破片であった。


2022年5月の検出物。格子間隔は5 mm

 6月になると果実が32.1%に増え、昆虫が6.0%に減った。種子ではキイチゴ属、マタタビ属などが検出された。マタタビ属、私はサルナシだと思ったのだが、稲葉氏によればサルナシは山地にしかなく、キウイフルーツであろうということであった。作物はやはりコメとキウイフルーツで10.2%であった。1例だがカタツムリの殻と「フタ」が検出された。人工物はゴム手袋であった。
 このように、地方都市郊外のタヌキらしく、作物(コメ)や人工物(ゴム手袋)なども含む多様な食性を示しているようである。


2022年6月の検出物。格子間隔は5 mm

 7月は果実と種子がさらに増加し、果実は51.6%、種子は16.5%になった。作物はコメとキウイフルーツで6.2%であった。種子ではエノキとクワが多く、センダンも検出された。多くの場所では夏に昆虫が増えるが、ここではむしろ少なくなってわずか2.4%に過ぎなかった。太い羽軸が検出され、大きめの骨もあったことから、ニワトリが食べられた可能性がある。ただし、羽毛部分は見られていない。作物は主にコメで6.2%であった。厚いゴム片と輪ゴムが検出されたが、量的には少なく0.7%に過ぎなかった。


2022年7月の検出物。格子間隔は5 mm

 8月にも果実は重要で44.0%を占め、種子は9.7%で7月よりはやや少なくなった。種子ではクワ、エノキが多かったが、ギンナン、センダン、ムクノキも検出された。昆虫は11.0%に増え、作物も12.3%に増えた。作物はコメが主体で一部キウイフルーツもあった。8月も太い羽軸が検出された。人工物としてはアルミホイルと輪ゴムが検出された。

2022年8月の検出物。格子間隔は5 mm

 9月になると昆虫が35.4%で最も多いカテゴリーになった。このうち10.5%は卵であった。果実は24.3%で大幅に減少した。種子のほとんどはクワで、作物、人工物はほとんど見られなくなった。9月に果実が減少した意味は不明だが、作物や人工物をほとんど食べていないことから、食物が乏しいのではなく、昆虫が得やすくなったため、そちらを主に食べるようになったためと思われる。


2022年9月の検出物。格子間隔は5 mm

 10月には大きな変化が認められた。一つは作物(主にコメ)が大幅に増えて26.6%になったことである。これにはカキノキの種子も含む。またゴマの種子も10.6%出現し、頻度も高かった。したがって、作物が38.0%に上った。果実も増えたが、39.4%であり、8月の44.0%には及ばない。昆虫が9月の35.4%から4.1%に大幅に減ったことも大きな変化だった。人工物としては糸が検出された。タヌキの食物環境としてはコメやゴマがみのり、カキノキも結実したことで昆虫や野生植物の果実をあまり食べなくて良くなったと思われる。

2022年10月の検出物。格子間隔は5 mm

 11月になると果実がさらに増え、52.6%に達した。作物ではゴマ(こちら)が増え、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.0%に過ぎなかった。人工物はゴム製品が検出されたが、1.8%に過ぎなかった。

2022年11月の検出物。格子間隔は5 mm

 12月の糞組成は10月と似ていた。果実は53.3%で10月の52.6%と同レベルであった。作物ではゴマ(こちら)がさらに増えて28.0%となり、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.6%、人工物(ゴム製品)は1.4%に過ぎなかった。
 ごまを取り上げると、9月から出現しはじめて10月以降急増し、12月には糞の内容がほとんどゴマばかりのようなものさえあった。

ゴマの占有率(%)



2022年12月の検出物。格子間隔は5 mm

 2023年1月になると少し変化が見られた。果実がほぼ半量を占めるのはこれまでと同様であったが、種子と作物は大幅に減少し、人工物が増えた。作物の減少はゴマが少なくなったことにある。人工物はゴム片であった。

ゴマの占有率の推移

2023年1月の検出物

 2月になると果実が減少、昆虫が増加したほか、人工物が8%ほど出た。カメが食べられていたのは突起するに値する。


3月は果実が増えて、昆虫が減ったが、基本的に2月と似通った蘇生であった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛媛県松山市郊外のタヌキの食性

2023-04-03 17:35:35 | 研究
タヌキの食性は主に関東地方で行われ、果実を主体として夏には昆虫が増え、冬には哺乳類や鳥類がやや多くなるという傾向がわかってきた。ただ、タヌキは生息地も産地から海岸、農耕地から都市にまで及ぶため、場所ごとの変異が大きいため、その全体像を把握するためには各地での分析例を増やす必要がある。これまで関東地方以外では東北地方、中部地方などで少数例があるだけで、西日本では全体に分析例が乏しい。これまでのところ九州と四国で少数の分析例があるに過ぎない。私は愛媛県の稲葉正和氏の協力を得て、佐多岬のタヌキの糞分析をしたことがある(こちら)。ここでは冬にミカンが食べられるのが特徴的だった。また高知県の各地の交通事故死体のタヌキの胃内容物を分析したこともある(こちら)。
 今回、稲葉氏から連絡があり、松山市郊外で確実にタヌキのフンが得られるので採取したという連絡があったので、分析することにした。

方法 
 松山市の位置は四国の西側で、調査地は松山市の南側で平地が山に接する辺りである。西側には住宅地があるが、東側は農耕地で里山的環境といえる。


松山市の位置と調査地(赤丸)と周辺の状態

 これまでと同じく、フンを0.5 mm間隔のフルイ上で水洗し、残滓をポイント枠法で分析した。採集期間は2022年の5月からで2023年4月で完了した。

結果
 糞組成の月変化を示したのが次のグラフである。全体の傾向を見ると5月は多くの食物が少しずつ含まれていたが、6月以降は果実が増え、人工物が減った。7月になると果実がさらに増え、人工物は出なくなった。8月になると作物が少し増え、昆虫もやや増えた。9月になると昆虫が大幅に増え、作物は非常に少なくなった。10月になると昆虫が大きく減って作物が非常に多くなり、この傾向は1月まで続いた。ただし、12月までは人工物は少なかったが、1月、2月は10%ほどを占めた。2月以降は昆虫などが増えて果実は減った。このようにこの調査地のタヌキは果実に依存的であると同時に秋以降は作物(コメ、カキノキ、ゴマ、サツマイモなど)を多く食べ、冬と初には人工物(輪ゴムなど)も食べるという傾向があった。これは農耕地に近い場所に生息することをよく反映していた。


松山市郊外のタヌキの糞組成の月変化

 主要食物の月変化は次のとおりである。
 動物質は全体に少ないが、9月の昆虫は多く、2月以降もやや多くなった。

昆虫の月変化

 果実・種子は最も重要な食物で、7-1月に50-60%を占め、安定的に多かった。
 
果実・種子の月変化

 支持組織(繊維、稈など)は少なく、ほぼ10%未満であった。


支持組織の月変化

 作物は果実・種子についで重要で、10月をピークにほぼ富士山型を示した。

作物の月変化

 次に種子について、どこかの月で5%以上になったものを取り上げると6種に限られた。そのうち野生植物はエノキのみで7月と12月に7-8%を占めた。


 クワはヤマグワと区別できないが、栽培のクワであるとすると野生植物ではないことになる。これは7-9月に6-12%を占めた。


 作物としてはコメが毎月検出され、5,6月、8月、10月に10%を上回った。籾殻もあったから、生育中のもの、落穂などを食べたものと思われる。ムギは3月に13%となった。



 ゴマは11-12月を中心に多く検出されたが、ゴマの畑は未確認であり、個人菜園的な場所で確保しているのかもしれない。



 多くないがキウイフルーツの種子も検出され、7月と2月には5%以上になった。サンプルによればかなり多いものもあり、果肉も確認された。



 カキノキは畑で栽培される作物ではなく、農家の庭などに植えられる果樹であり、10月以降利用され、特に10月に多かった。



 このように本調査地のタヌキは種子から見ても栽培植物に依存的だといえる。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
以下は各月の記述である。

  5月の組成は多様で、果実(21.7%)、葉(15.6%)、昆虫(14.5%)、人工物(14.0%)がやや多かった。作物はコメ(米)で5.3%であった。人工物は厚いゴムの破片であった。


2022年5月の検出物。格子間隔は5 mm

 6月になると果実が32.1%に増え、昆虫が6.0%に減った。種子ではキイチゴ属、マタタビ属などが検出された。マタタビ属、私はサルナシだと思ったのだが、稲葉氏によればサルナシは山地にしかなく、キウイフルーツであろうということであった。作物はやはりコメとキウイフルーツで10.2%であった。1例だがカタツムリの殻と「フタ」が検出された。人工物はゴム手袋であった。
 このように、地方都市郊外のタヌキらしく、作物(コメ)や人工物(ゴム手袋)なども含む多様な食性を示しているようである。


2022年6月の検出物。格子間隔は5 mm

 7月は果実と種子がさらに増加し、果実は51.6%、種子は16.5%になった。作物はコメとキウイフルーツで6.2%であった。種子ではエノキとクワが多く、センダンも検出された。多くの場所では夏に昆虫が増えるが、ここではむしろ少なくなってわずか2.4%に過ぎなかった。太い羽軸が検出され、大きめの骨もあったことから、ニワトリが食べられた可能性がある。ただし、羽毛部分は見られていない。作物は主にコメで6.2%であった。厚いゴム片と輪ゴムが検出されたが、量的には少なく0.7%に過ぎなかった。


2022年7月の検出物。格子間隔は5 mm

 8月にも果実は重要で44.0%を占め、種子は9.7%で7月よりはやや少なくなった。種子ではクワ、エノキが多かったが、ギンナン、センダン、ムクノキも検出された。昆虫は11.0%に増え、作物も12.3%に増えた。作物はコメが主体で一部キウイフルーツもあった。8月も太い羽軸が検出された。人工物としてはアルミホイルと輪ゴムが検出された。

2022年8月の検出物。格子間隔は5 mm

 9月になると昆虫が35.4%で最も多いカテゴリーになった。このうち10.5%は卵であった。果実は24.3%で大幅に減少した。種子のほとんどはクワで、作物、人工物はほとんど見られなくなった。9月に果実が減少した意味は不明だが、作物や人工物をほとんど食べていないことから、食物が乏しいのではなく、昆虫が得やすくなったため、そちらを主に食べるようになったためと思われる。


2022年9月の検出物。格子間隔は5 mm

 10月には大きな変化が認められた。一つは作物(主にコメ)が大幅に増えて26.6%になったことである。これにはカキノキの種子も含む。またゴマの種子も10.6%出現し、頻度も高かった。したがって、作物が38.0%に上った。果実も増えたが、39.4%であり、8月の44.0%には及ばない。昆虫が9月の35.4%から4.1%に大幅に減ったことも大きな変化だった。人工物としては糸が検出された。タヌキの食物環境としてはコメやゴマがみのり、カキノキも結実したことで昆虫や野生植物の果実をあまり食べなくて良くなったと思われる。

2022年10月の検出物。格子間隔は5 mm

 11月になると果実がさらに増え、52.6%に達した。作物ではゴマ(こちら)が増え、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.0%に過ぎなかった。人工物はゴム製品が検出されたが、1.8%に過ぎなかった。

2022年11月の検出物。格子間隔は5 mm

 12月の糞組成は10月と似ていた。果実は53.3%で10月の52.6%と同レベルであった。作物ではゴマ(こちら)がさらに増えて28.0%となり、カキノキの果実は減った。そのほかの成分は少なく、昆虫は1.6%、人工物(ゴム製品)は1.4%に過ぎなかった。
 ごまを取り上げると、9月から出現しはじめて10月以降急増し、12月には糞の内容がほとんどゴマばかりのようなものさえあった。



2022年12月の検出物。格子間隔は5 mm

 2023年1月になると少し変化が見られた。果実がほぼ半量を占めるのはこれまでと同様であったが、種子と作物は大幅に減少し、人工物が増えた。作物の減少はゴマが少なくなったことにある。人工物はゴム片であった。


2023年1月の検出物

 2023年2月になる果実がさらに減り、昆虫などがやや増えた。注目されたのは、1例からカメが検出されたことで、手、尾、甲羅の破片が確認された。そのほか骨、腸などもカメのものと思われた。調査地にはため池が多く、ミドリガメがいるとのことであり、砥部動物園の前田園長や専門家の見解で、ミドリガメであることが確認された。

2023年2月の検出物(植物)
2023年2月の検出物(動物)

2023年2月の検出物(人工物)

 なお2月下旬からセンサーカメラを設置し、健康そうな複数のタヌキが訪問することが確認された。

2023.2.25 撮影

3月の糞組成は基本的に2月と似ていた。種子がやや増えたが、センダン、サクラ、キウイフルーツなどであった。なお、ドングリが未消化のまま検出された。タヌキの糞からはドングリがほとんど検出されず、これが食べようとして食べたかどうか不明である。作物としては2月に検出されたサツマイモは検出されず、コメ、ムギが見られた。人工物としてはゴム片、輪ゴムなどが検出されたが、ポリ袋はなく、残飯や腰袋などを食べるのではないようである。この組成は昨年の5月に近づいており、このまま推移していくものと思われる。

2023年3月の検出物(植物と作物)


2023年3月の検出物(動物質と人工物)

 4月は、予測としては去年の5月に近づくと思っていたのですが、そうでもありませんでした。まず昆虫が予想以上に多かったことで、最多の9月に次ぐ値でした。作物は追う少しあると予想していたのですが、少ない結果で、これは去年の5月に近いとは言えません。人工物は3月にもでて、5月にも出ているので、あっていいのですが、全くありませんでした。そういうわけでグラフの動きは滑らかではありませんでしたが、この程度のばらつきは不思議ではありません。オランダイチゴの「へた」と思われるものが出てきたので、これも農地が近いことを反映しているようです。

2023年4月の検出物
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

玉川上水の植生状態と鳥類群集 謝辞

2022-12-20 09:46:16 | 研究

謝 辞
調査には以下の方の協力をいただきました。朝日智子,足達千恵子,有賀喜見子,有賀誠門,大西治子,大原正子,尾川直子,荻窪奈緒,小口治男,加藤嘉六,菊地香帆,黒木由里子,輿水光子,近藤秀子,笹本禮子,澤口節子,関野吉晴,高槻知子,高橋健,田中利秋, 田中操,棚橋早苗,辻京子,豊口信行,永添景子,長峰トモイ,春山公子,藤尾かず子,松井尚子,松山景二,水口和恵,安河内葉子,リー智子。放送大学の加藤和弘教授には貴重なアドバイスをいただきました。また玉川上水での調査には東京都環境局から(書類「3環自緑180」),現地への立ち入りには水道局から(書類「3水東浄庶101」など)許可をいただきました。これらの方々,部局にお礼申し上げます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする