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生垣を利用した種子散布の把握 – 小平霊園での観察例 

2021-12-24 18:43:02 | 研究
生垣を利用した種子散布の把握 – 小平霊園での観察例 −

Binos, 29: 1-7(2022)

要 約
 都市緑地の多肉果をつける樹木には冬季に野鳥によって別の樹木で採食した果実の種子がもたらされ、一冬に30種ほどが記録されている。これらの種子の一部は発芽定着すると想定されるが、そのことを調べた調査はほとんどない。そこで、都市の大規模霊園という場所の特殊性を利用して、生垣内に生育する若木で散布状態を調べた。予測としては、鳥散布型の種子はより均一に散布され、重力散布型の種子、あるいは鳥散布型でも母樹が近くにある場合は集中的に散布されることが想定される。生垣(1.5 m×8 m程度, n = 90)で若木の密度を調べたところ、シラカシ(248本)、ムクノキ(212本)、エノキ(143本)など合計で959本が確認された。若木の分布パターンを見ると、若木分布を密度-順位曲線をもとに考えると、鳥散布型果実のうち、ムクノキ、エノキは分散型であったが、クワ属はやや集中的だった。鳥散布型でも母樹が霊園内にあったトウネズミモチは集中型であり、かつ分散型でもあった。重力散布型のシラカシは強い集中型であった。風散布型のケヤキは分散型の傾向があった。このように生垣内の若木の空間分布は種子散布特性と母樹のあり方で説明できた。都市緑地では鳥散布型の植物が鳥類によって種子散布されていることが実証的に明らかにされた。

はじめに

 鳥類による種子散布は植物の世代交代に重要な意味を持っている。これまでシードトラップを用いたり、舗装地面を利用するなどの方法で鳥類が運び込んだ種子が調べられてきた(橋口・上田 1990; 田中・佐野 2013; 小島・高槻 2020; 高槻 2020)。そして多様な種子が散布され、市街地においてさえひと冬に30種ほどの種子が散布されることが示された(小島・高槻 2020; 高槻 2020)。都市では必然的に自然が失われ、生物多様性の劣化が起きる。その中で孤立した緑地が鳥類の種子散布によっていわば「つながれる」ことは大きな意味がある。一般に都市環境においては森林環境に適応的な特殊な生活史を持つ鳥類が減少し、一部のジェネラリスト的な種が増えることが知られている(Clavel et al. 2011White et al. 2018)。このような鳥類は食性幅が広いために、鳥類-植物のネットワークは鳥類の種数が減少するほどは減少しないとされている(García et al. 2014White et al. 2018Schneiberg et al. 2020)。そのような意味において都市環境で鳥類による種子散布の実態を明らかにすることは意義がある。
 都市において鳥類が種子散布することは確実だが、散布後の発芽や定着についてはほとんど調べられていない。そうした中で故選・森本(2002)は京都市街地の樹木と種子散布の関係を調べて、エノキ、ムクノキなどの鳥類散布の実生が増加していることを示したが、調査は200 m四方の区画内の実生数と母樹数の対応に留まり、散布の実態の把握はできていない。
 筆者は東京西部の小平霊園において種子散布の実態を調べたが(こちら)、このような大都市の霊園は広いオープンスペースに少数の樹木があり、下草や低木は定期的に刈り取り処理をされる。霊園の中にはツツジなどの生垣があり、その中に明らかにもともと生垣にはなかった植物が観察される。これらの植物はほぼ間違いなく何らかの原因で種子がもたらされ、そこから発芽したものと考えられる。
 このように、都市の大規模霊園には
1)市街地に囲まれた広いオープンスペースである、
2)樹木はあるが低密度である、
3)低木や草本は抑制する管理が行われる、
4)オープンスペースに生垣があり、そこに外部由来の種子が散布され、その一部が生育している、
という特殊な状況がある。これを種子散布研究という視点からすれば、生垣は「種子トラップ」になっており、一種の野外実験が行われていると見ることができる。つまり生垣に生育する植物は生垣の植物ではなく、外部からもたらされたものであり、その植物をもたらした母樹がその場所の周辺にあるかないかを確認できるという条件が満たされている。
 本調査は、このような条件を利用して、霊園の生垣に生育する植物を記録し、その種子散布様式との関係を明らかにすることを目的とした。

方 法
調査地

 調査は東京都の多摩地区北部にある小平市の小平霊園(北緯35°74’、東経139°48’)で行なった(図1)。


図1. 調査地(小平霊園)の位置図

 小平霊園は1948年に開園し、面積は65haである。外縁にシラカシなどの樹木が植えられており、園内の主要道路にはサクラ、アカマツ、ケヤキなどが植栽されている。小平市は人口約20万人で、東京都としては農地、公園などの緑地が比較的多い。

方 法
 生垣は主要道路沿いにあり、主にツツジ類であり、少数ながらドウダンツツジなどもあった。生垣の幅は1-2 mで、長さは短いものは2 m程度、長いものは10 mほどで、多くは幅1 m程度で分断されている(図2)。

図2. 小平霊園内の生垣

 これらの生垣をプロットとし、その中に生育する木本植物も個体数を記録した。生垣から突出したものもあるが(図3, 4A)、選定されるので目立たない場合もあるので丁寧に観察した。そのプロットにもたらす可能性のある樹木の参考にするために、プロット周辺の樹木のうち、その樹高と同じ距離にある樹木の種名を記録した(図4B)。図4Bの場合、樹木1は散布の可能性があるが、樹木2はその可能性がないとした。これはその樹木から散布される果実・種子が重力散布あるいは風散布であれば飛来する可能性があると考えたからである。またプロットの真上に樹木があった場合はそれも記録した。これは鳥類が止まり木として利用した場合に、その下に散布される種子が多くなると考えられるからである。


図3. 生垣に生育するシラカシの若木


図4. A: 生垣で生育する外部由来植物のイメージ、
B: 霊園内の生垣と樹木の位置関係を示すイメージ

 生垣に運び込まれた種子が重力散布によりものであれば、プロットの真上にある樹木が多いはずであるし、風散布によるのであれば、周辺で記録された種との対応があるはずであるし、鳥類散布であれば、これら出自となる樹木とは関係がないか、弱いはずである。このことを表現する指標としてプロットあたりの個体密度の順位曲線を用い、これを「密度-順位曲線」とした。これはプロットごとの個体密度の値の大きいものから小さいものへと配したグラフで、重力散布であれば集中してゼロのプロットが多くなるからL字型、風散布であれば母樹を中心に次第に少なくなるから急傾斜のカーブ、鳥類散布であれば広く分散されるからなだらかなカーブになると想定される。

結 果
 90のプロットのうち89のプロットに外部由来の植物が見られ、密度は0.8本/m2から8.0本/m2までの幅があった。出現した木本植物は11種であった。ただし「クワ属」にはヤマグワもマグワもあり、さらに判別の困難なものもあったのでまとめて「クワ属」とした。

+++ コラム +++
以下には密度-順位曲線を示す。ここでこの曲線の説明をする。もし種子が鳥によって散布されたら、左図のように実生は「広く薄く」生育しているはずであり、重力散布で母樹から落ちたり、多少風によって散布される場合、右図のように母樹の近くに集中するはずである。

図5. [広く薄く」散布された場合と「狭く集中して」散布された場合の区画の
イメージ。鳥散布では「広く薄く」、重力散布では「狭く集中」する。

 この結果を生垣ごとに高密度から低密度に並べたのが「密度^順位曲線」で「広く薄く」の場合は、富士山の裾野のように横長になるはずであり、「狭く集中」の場合は滑り台のように急角度のカーブになるはずである。

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 密度-順位曲線は、密度が0.08/m2 以上であった6種を取り上げた。このうちシラカシはカケスが散布する可能性はあるがほとんどは重力落下するはずである。また小平霊園ではトウネズミモチは生垣近くに母樹があるので、鳥散布であっても「狭く集中」することが予測される。そのほかは鳥散布である可能性が大きい。実際の結果を示したのが図6である。
 鳥散布型の多肉果であるムクノキ、エノキ、クワ属のうち、ムクノキとエノキはなだらかなカーブをとり、出現頻度も高かった。クワ属はやや急勾配で低頻度だった。


図6a. 鳥散布型の主要種の密度-順位曲線

 トウネズミモチは非常に高密度なプロットが数点あり、1本/m2程度の低密度のプロットも多かったのでL字型となった(図6b)。トウネズミモチは生垣の近くに結実する木があったためカーブが急になるとともに、鳥に散布されるものもあるために裾が広がったものと考えられる。シラカシの堅果は基本的に重力散布であり、生垣の近くにもあったのでグラフの左端に集中していた。ケヤキは風散布型であり、霊園内にも多いが、頻度は低く、勾配はなだらかであった。


図6b. 鳥散布型(トウネズミモチ)、重力散布型(シラカシ)、風散布型(ケヤキ)の主要種の密度-順位曲線

考 察

 種子散布のタイプと種子を供給する母樹を考えて若木の密度-順位曲線から若木の密度の広がりを予想した。この予想と実際の密度-順位曲線を比較すると、重力散布であるシラカシは確かに「高密度であるプロット以外は若木はない」というパターンをとった。このカーブはL字型というよりI字型というべきかもしれない。鳥類散布は頻度が高い傾向があったが、トウネズミモチはプロットの近くに母樹があるケースがあったので、典型的なL字型をとった。その他の鳥散布型の樹種ではなだらかに裾を引くパターンをとった。その他にも低密度・地頻度な鳥散布型の樹種があり、これらは密度-順位曲線を描くには適していなかったが、周囲に母樹はなかったから鳥類が散布したと考えられた。
 このように生垣に種子が散布されそこから芽生えたと考えられる若木の密度と頻度のパターンによって、種子散布のタイプと母樹の存在が若木の分布パターンに大きな影響を与えていることが概ね説明された。しかし未解決の課題もある。付表1には同じ小平霊園の樹下で種子回収をした調査結果(高槻、未発表)を合わせて示した。

付表1. 生垣内の若木密度とセンダン、トウネズミモチの樹下で回収された種子の割合(%)。出現タイプはA: 若木も回収種子ともにあり、B: 若木はあったが、回収種子なし、C:種子は回収されたが若木はなし。



 表のタイプAは本調査で若木が確認され、散布種子調査でも回収された種であり、13種が確認された。
 タイプBは生垣に若木が確認されたが、散布種子は回収されなかった11種で、このうちアカメガシワとクワ属は夏に結実するが、種子回収調査を冬(12月から2月まで)におこなったため回収されなかった可能性が大きい。他の9種は種子回収調査の範囲では運び込まれなかったと考えられる。
 タイプCはこれとは逆に、種子は回収されたにもかかわらず生垣に若木が確認されなかったもので、9種があった。このうちセンダンとモチノキは調査対象以外の生垣では確認したが、数は少ない。クロガネモチは種子がセンダンの樹下で多数回収されたが若木は確認されなかった。タイプCは種子散布されても生垣では発芽しにくいか、発芽後の生存率が低いと考えられる。
 野鳥について定量的なカウントはしていないが、最も頻繁に観察されたはヒヨドリである。そのほかではムクドリやハシブトガラスが果実を採食するのが観察された。これらの野鳥が生垣に止まって種子を吐き出したり糞を排泄することで種子散布していることの実態の一部が明らかになった。都市においては特に森林に生息し、生息地選択や食性などが特殊化した鳥類は減少し、融通が効く「ジェネラリスト」が相対的にも、絶対数でも増加するとされる(Clavel et al. 2011White et al. 2018)。ジェネラリストは食性幅も広いから、さまざまな果実を食べ、種子散布する。スペインのある都市緑地ではズグロムシクイ(Sylvia atricapilla)というジェネラリストが主要な種子散布者で、特にヨウシュヤマゴボウを散布しているという(Cruz et al. 2013)。東京圏ではヒヨドリがその典型例であろう。実際、1970年代に盛んに植栽されたトウネズミモチの分布拡大は鳥類によるものだとされる(吉永・亀山 2001)。本調査でも生垣内で最も多かった若木はトウネズミモチであった。同時にムクノキとエノキも多く、在来の高木種も高頻度に散布されていることがわかった。霊園での生垣は定期的に剪定されるから、これらの若木が大きく育つことはないが、この事例からわかることは、都市緑地にこれらの種子が散布され、若木も生育しているということである。これらほど数は多くないが、そのほかにも多種の樹種が種子散布され若木が育っていることが確認された。このことから、都市緑地においてヒヨドリを中心として野鳥が樹林の動態に影響しているのは確実と考えられる。このことは都市緑地の生物多様性を考える上でも参考にされて良いことであろう。

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