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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

八ヶ岳亜高山帯のヤマネの食性

2021-11-12 22:30:40 | 論文
八ヶ岳亜高山帯のヤマネの食性

高槻成紀・鈴木詩織

これまで定量的分析がほとんどなかったヤマネの食性を糞分析によって解明した。日本中部の八ヶ岳の亜高山帯のヤマネは夏には主に昆虫(69.2%)を、秋には果実(43.0%)と昆虫(33.4%)を食べていた。夏の果実は育児のため高タンパクを必要とし、秋の果実は冬眠前に脂肪蓄積をするために糖分を必要とするためと考えた。葉は微量しか検出されなかった。
キーワード:ヤマネ、食性、糞分析、昆虫食、果実食

Food habits of the Japanese dormouse in the Yatsugatake Mountains, Japan
Zoological Science, 39(2) online   https://doi.org/10.2108/zs210055 
2021年11月12日受理

ヤマネの糞組成
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八ヶ岳亜高山帯のヤマネの食性

2021-11-12 10:42:18 | 論文
Food habits of the Japanese dormouse in the Yatsugatake Mountains, Japan
Seiki Takatsuki1 and Shiori Suzuki
Zoological Science, 39: 1-5.  こちら      

八ヶ岳亜高山帯のヤマネの食性
高槻成紀・鈴木詩織

摘要:
これまで定量的分析がほとんどなかったヤマネの食性を糞分析によって解明した。日本中部の八ヶ岳の亜高山帯のヤマネは夏には主に昆虫(69.2%)を、秋には果実(43.0%)と昆虫(33.4%)を食べていた。夏の果実は育児のため高タンパクを必要とし、秋の果実は冬眠前に脂肪蓄積をするために糖分を必要とするためと考えた。葉は微量しか検出されなかった。
キーワード:ヤマネ、食性、糞分析、昆虫食、果実食

 

ヤマネの糞



八ヶ岳のヤマネの糞組成(%)


ヤマネの糞内容物の占有率ー順位曲線。A: 2013年9月、B: 11月


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金華山での群落とシカ食性の四半世紀の変化

2021-07-01 08:19:50 | 論文
Long-term changes in food habits of deer and habitat vegetation: 25-year monitoring on a small island

Seiki Takatsuki

Ecological Research, 2021: 1-10.
 https://doi.org/10.2108/zs210055 こちら

1975年から2000年までの25年間、シカが高密度で生息する金華山島のススキ群落とシバ群落で植生とシカの糞組成をモニタリングした。大型草食獣による植生変化がたの大型草食獣に影響与える研究はあるが、自らの食性に与える影響は知られていない。また長期的な植生変化の調査はあるが、草食獣の食性の長期調査はない。調査開始から最初の10年間にススキ群落はシバ群落に入れ替わり、これに伴ってシカの食性もススキ、アズマネザサ、シバからほぼシバだけに変化した。シバ群落は強い採食圧により維持されるが、これにはシバの生産特性と高温多湿な日本の気候によるものと考えた。

草食獣による植生への影響は地形や気候が植生に及ぼす影響に比べれば短期間に変化するものであり、草食獣の密度によって変化する。例えば、乾燥地で過放牧になれば植生荒廃が起きることが知られているし(Fernandez–Gimenes, 2000; Hilker et al., 2014)、島にシカが導入されて植物を食べ尽くすという事例も知られている(Klein 1968; Leader-Williams 1988)。しかし多くの場合はそこまで影響は強くなく、植生は動的に変動する。大型草食獣が植物を食べることは生息地を変形することでもある。その場合、ある動物の採食が植生を変化させ、そのことが別の草食獣に影響を与えることがある。セレンゲティではヌーが高い草を食べることがガゼルにプラスになる(Bell 1970)。一方、ヌーの採食によって草丈が低くなるとトピはそれを利用できなくなるというマイナスの影響もある(Murray and Illius 2000)。これは草食獣が資源あるいはハビタットを変化させることによる他種への間接効果と言える。このような変化は同じ年に起きる季節的な変化であり毎年繰り返されるものである。一方、草食獣による植生の変化は長い時間をかけて起きるものがある。Rooney and Weigman (2004)は五大湖地方の森林を50年前と比較し、オジロジカにより草本類が減少し、シカが食べないシダや再生力のあるイネ科が増えたことを示した。そのようなシカの影響を示した長期の植生変化の調査はあるが(Whitney 1984; Van Deelen et al. 1996; Barrett et al. 2006)、シカの食性を長期的に調べた例は知られていない。
北日本の金華山島はシカが50頭/km2程度の高密度で生息しており、シカ密度は森林で低く、草原で高い(高槻1983)。草原の一つに島の西部の緩斜面があり、1970年代には草丈が1-2mのススキ草原であった。シカの密度が200/km2程度であり、1976年の調査ではシカはススキやアズマネザサ、シバ食べていた(Takatsuki 1980)。この場所は次第にススキが減少し、ススキの株の間に匍匐生の「芝生」であるシバ群落が入り込むようになった。そして1990年台前半になるとススキが非常に少なくシバ群落が広がるようになった。シカはシバをよく食べることが観察されるから、シカの食性が大きく変化した可能性がある。
 そこで本調査はシカ生息地においてシカの食物が生息地の食性を採食することの結果としていかに変化するかを25年という長期調査によって示すことを目的とした。

調査地
 金華山島は本州の太平洋側、牡鹿半島の先端約500m、北緯38度17分、東経141度34分に位置し、面積は992haである(図1)。


図1 調査地の位置図

宗教上の理由で野生動物は保護され、シカは500頭程度が生息している。植生は大半は森林だが、一部に森林がない場所があり、ススキ群落が見られる(吉井・吉岡1949)。島の西部に神社(調査地1)があり、ここでは餌付けをしているためにシカの密度が300/haと高く、採食圧が強いため、シバ群落が広がっている(図2)。この景観は25年間変わらなかった。

図2. 調査地1、2の景観の推移

(調査地2)この神社の北側に緩斜面があり、ススキ群落がある。ここには1980年代に30頭程度のシカ(密度100/ha)がいた。ここは1970年代から1980年台前半には草丈1mくらいのススキ群落で、アザマネザサも多かった(Takatsuki 1977, 図3)。調査地2の一角に面積20m2ほどのシバ群落があった。ここにはメギやアザミもある。これらの量は変わらなかった。

 この島には200年前からシカがいたことがわかっている(宮城県史編集委員会, 1960)。頭数は1966年以来直接目撃で追跡されており、当時は40-45頭/km2出会った(Ito 1968)。その後増加して1983年には70/km2になり、1984年に厳冬があって大量死が起きた(Takatsuki et al., 1991, 1994)。約半数のシカが餓死した。3年で50-60に回復し、1996年まで安定していたが、1997に再び大量死が起きた。その後再び3,4年で回復した。この変動と自然死はシカ頭数は環境収容力ギリギリであることを示す。調査地1と2の密度は300 /km2、100 /km2である。この密度は調査期間中変化しなかったが、調査地2では1967には46/km2であった(Ito 1968)。Ito(1968)は調査地2のシカが調査地1のシカに攻撃行動をとったことを観察している。しかし本調査が始まった1970年代には調査地1のシカはしばしば調査地2に入った。これは1970年代の経済復興後訪問客が急増し、牡鹿半島に道路がついたことによる。訪問客はシカに餌付けをし、増加して調査地2の密度は倍増した。本調査はこの増加後に始まった。

方法
主要種の被度と草丈
調査地2において1975.8/7, 1984. 9/13, 1988.10/13, 1992年9/18に南北30m間隔の東西のライン10本をとり、10歩間隔で1 m x 1 mのプロットをとり、ススキ、アズマネザサ、シバの被度を記録した。プロット数は約400点であり、被度は10%刻みの目測を記録した。草丈は各種について100個体をランダムに選び、1cmの精度で測定した。

糞分析
調査地1と調査地2において1985年8月17日、1988年8月28日、1991年8月26日にシカのフン20粒を10の糞塊から採集し(Campbell and Johnson 1983; Homolka 1993; Klein and Bay 1994)、顕微鏡によりポイント枠法(Stewart 1967)で分析した。計数したポイント数は200以上とした。食物は、ササ、ススキ、シバ、他のイネ科、他の単子葉、双子葉、カン、繊維、その他に分けた。これらを1975年の分析結果(Takatsuki 1980)と比較した。これら3つの年代を通じて一度でも占有率が10%を超えた植物を「主要食物」とし、Kruskal-Wallis検定(Steel-Dwass事後検定)した。主要食物はススキ、シバ、アズマネザサ、その他のイネ科、カンであった。「不明」も10%を超えたが、これは異質な内容を含むので主要食物にはしなかった。
 調査地1と調査地2の各年代の糞組成をもとにWhittakerの百分率組成を算出した。

結果
被度
1975年以降のススキ、アザマネザサ、シバの被度の推移を図5に示した。1975にはプロットの64.6%はススキの被度が20%未満であり、被度が60%以上は7.9%に過ぎなかった。被度はその後減少し、1992年には98.6%が被度20%未満になった。
アズマネザサはススキと似た変化を示した。被度は1975年には48.2%のプロットが20%以上であったが、1992年にはわずか2.4%となった。
シバは上記2種とは対照的に1975年にはプロットの63.6%が被度20%未満であったが、そのような被度の小さいプロットは1992年には19.8%に減少し、被度80%以上のプロットは1975年にはわずか5.6%であったが、1992年には48.1%まで増加した。



図5. 調査地2におけるススキ(A)、アズマネザサ(B)、シバ(C)の被度(%)分布の推移

草丈 
ササ、シバ、ススキの草丈の平均値は3種とも減少したが、特にススキの減少が大きかった(図6)。ススキは1974年から1984年にかけては有意差がなかったが、1984年から1988年と、1984年から1992年には有意に低下した。ササは1975年から1985年の減少が大きく有意に低下し、その後は漸減したが、有意差はなかった。シバはもともと低いので、各年代で有意差があったが(最大値(1975, 8.6cm)と最小値(1992, 3.3cm)の差でも5.2cmに過ぎなかった。


図6. 調査地2におけるススキ、アズマネザサ、シバのと草丈(cm)年推移。バーは標準偏差。

糞組成 
1976, 1985, 1991の夏(8月)のフン組成(付表1)のうち主要種の占有率を図7に示した。調査地1ではシバが60-80%を占め、そのほかの食物カテゴリーとしては、1976年のササと1988年のカンだけが10%以上になった。
 ササは1976に11.0%であったが、その後全く出現しなくなった。ススキは常に10%未満であり、1976に5.1%であったが、1985に1.1%有意に減少し、1985から1988は微増し、1988から1991は有意差がなかった。これら2種に対してシバは非常に大きな占有率であった。1976に58.4%であり、1985には75.0%に有意に増加し、1985から1988は有意差はなかったが、1988から1991は有意に減少した。その他のイネ科は常に10%未満であった。1976に8.7%であり、その後有意差がなかった。カンは1976に5.0%であり、1985に微増し、その後は有意差がなかった。このように調査地1では1970年代にシバが58%であり、その後は60%以上で全体にシバが優占していた。


図7. 調査地1, 2におけるシカの糞中の主要食物の占有率の推移

調査地2では1976年から1985年の間に大きな変化があった(図7)。
ササとススキは1976年から1985年にかけて減少した。ササは1976に25.0%を占め、1985には有意に減少した。1985から1988も有意に減少したが、1988から1991は有意差はなかった。ススキは1976に12.0%であったが、1985に4.1%有意に減少し、1985から1988は有意差はなかったが、1988から1991に有意に微増した。これら2種に対してシバは1976年以降増加した。1976に25.8%であったが、1985には59.8%に有意に増加したが、その後は有意差はなかった。その他のイネ科は10%前後を占めた。1976に14.2%であり、その後多少の増減をした。カンは1976に4.9%であり、その後有意差はなかった。このように調査地2では1970年代と1980年代にササとススキが減ってシバが増えるという大きな変化があった。

糞組成の類似度
調査地1と調査地2の糞組成をWhittakerの類似度百分率で比較すると図8のようになった。1976年のPSは66.5%であったが、その後増加して、1988年と1991年には85%前後になった。この内容は調査地2のシカ糞においてシバが増加したことにある。


図8. 各時期の調査地1と調査地2のフン組成のPS

考察
1970年代から2000年にいたる25年間のモニタリングにより、シカ高密度な草原でtussock型からlawn型への植生変化が起き、これに伴いシカの食性もtall grassが減少してシバが優占するようになることが示された。金華山は全体に森林群落であり、シカ密度は森林では低く、草原で高いことが知られている(Takatsuki 1983)。草原の中でも違いがあり、ススキ群落に比べてシバ群落が2倍ほど高密度であった。
 ススキ群落とシバ群落は互換性があり、強い採食影響下ではススキ群落がシバ群落になり、逆も真である。これはシバ群落に柵を作った場合、柵内でススキが伸びてシバを庇蔭し、シバが減少することで示される(Ito and Takatsuki, 2005; Takatsuki and Ito 2009)。これはそれぞれの種生態で説明できる。ススキは大型のtussock grassで、中程度の採食で維持されるが(Takatsuki et al., 2009, 2012)、強い採食圧では減少する(Takatsuki et al 2007)。アズマネザサも同様である(Takatsuki, 1980c)。これに対して、シバは匍匐型のlawn grassである、旺盛に茎とtillerをのばす(Ito et al., 2003; Okubo et al, 1977; Otani et al., 2002))。草丈は低いが、生産性は高い(Ito and Takatsuki, 2005)、これによりシバ群落は高密度のシカを支えられる。
 本調査でgrazingにより調査地2でススキとササが減ることが示された。ここでのシカ密度は1960年代には50頭 /km2であったが、1970以後に100/km2になった(Ito 1968)。これは調査地1でシカが増加して調査地2に入ったからで、その増加は経済復興と牡鹿半島に道路ができたことにより1960年代に観光客が急増したことによる。本調査はその後に始めたことになる。こうしたことから、期間中にススキ群落からシバ 群落への変化は採食によるものであると説明できる。
 調査期間中の調査地2での景観変化を見ると(図2)、1970年代はススキが優占し、シバは見られないが、1980年代半ばにはシバが侵入し、1980年代後半も大きな変化はないが、1990年代にはシバ群落の中にススキが少なくなり、メギやアザミが目立つようになった。主要種の被度はススキとササは減少、シバは増加し、その変化は緩慢であった(図3)。また高さも同様であったが、ササの減少は1970年代から1980年代が大きく、その後は安定的であった。シカの糞組成を見ると、1970年代と1980年代で大きな違いがあり、この間にササの減少、シバの増加が見られた(図6)。このことは植生は徐々に変化したが、シカにとっては食物供給に臨界点があって突然大きな変化が起きたと考えられる。つまりススキの被度で20%未満がほぼ半分以上になり、シバの被度20%以上が半分以上になり、ススキの平均草丈が40cm程度になると、シカの食物ではシバが過半量になるということである。シバの被度とススキの被度・高さがさらに減少しても、シカの食物供給としては違いがなかった。この間、シバは草丈を下げたが、シバは現存量が小さくても生産量は大きいから、次々に葉を展開してシカに供給すると考えられる。
このような高密度においても土地の荒廃が起きなかったことは注目される。大型草食獣の採食影響のうち乾燥地の家畜の放牧の場合、家畜の密度が高くなると、荒廃が起き、砂漠化につながることが知られている(Meyer 2006; Liu et al. 2013; Hilker et al. 2014; Gao et al. 2015)。本調査では劣化も侵食も見られなかった。これは日本列島の高温多湿な気候に支えられていると思われる。
 Rooney et al. (2004)は五大湖地方で50年前のデータと比較して、オジロジカの採食により草本類が減少し、シカが好まないシダとグラミノイドが増えたことを示した。不嗜好植物はシカにとって利用できないので生息地の劣化になるが、グラミノイドは再生力があるので、持続的に利用されるようになる。金華山でのシバの増加と利用はこれに対比できるかもしれない。シバは盛んに生産し、シカはもっぱらシバを食べた。ところがシバは暗い環境では生産力が下がる(Hirayoshi and Matsumura 1957; Otani et al. 2002)。このためシカによるススキとササの除去はシバにとってプラスになる。つまりシバは採食に耐性があるというより、競争相手を除去してもらっている。
調査期間中調査地1、2では高密度のシカがいたが1984年(Takatsuki et al., 1991; 1994)と1997年(高槻, 2006)に大量死が起きた。捕食者がおらず狩猟も行われていないから環境収容力で制限され、晩冬に自然死が起きる。大量死の後には5年以内で回復した。これはシバ群落の高い生産力に裏付けられている。
 そういうシカ-シバ群落関係は各地で知られている(高槻 1980, Takatsuki 1980b, 1982, 1983, 1984, 1985, 1987)。家畜の放牧場でも知られている(Arai and Okubo, 2014; Iwata, 1971)。
 有蹄類は多種が群落を変えることで影響を受けることが知られている(Bell, 1970; Murray and Illius, 2000)。この調査は25年間のモニタリングにより、シカが植生を変え、その結果自分の食性を変えた例を示したという点でこれらの研究とは違う。

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文献(乙女高原、ススキ)

2021-06-05 08:41:31 | 論文

Bedunah, D.J. & Sosebee, R.E. 1997. Wildland plants: physiological ecology and developmental morphology. Society for Range Management, Kansas, USA.
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八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用と巣材

2021-05-04 08:37:29 | 論文
八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用と巣材

高槻成紀・大貫彩絵・加古菜甫子・鈴木詩織・南 正人
哺乳類科学 62(1):61-67
こちら

摘 要
 八ヶ岳の亜高山帯のカラマツ林で高さ0.5 mと1.8 mに43対の巣箱を設置したところ,ほとんど(91.7%)はヤマネが利用した.高さは高いほうが有意に多く利用された.利用率は通算で32.2%と高く,特に繁殖期後の9月には約50%と非常に高かった.巣材がコケ,サルオガセ,樹皮であったものをヤマネ,枯葉出会ったものをヒメネズミと判断した.巣材は特定の材料が重量のほとんどを占めていた.
キーワード:コケ,巣材,巣箱,地衣,ヤマネ

はじめに
 ヤマネ(ニホンヤマネGlirulus japonicus)は日本に固有な小型齧歯類で,樹上生活をし,冬眠をする.そして,樹上の樹洞やくぼみなどを巣として利用し,巣内にコケなどを敷いてベッドとして利用し(湊 2018),人口巣を設置しても利用することが知られている(芝田 2000).
 樹上性のヤマネにとって地上は捕食などのリスクがあるかもしれない.一方,樹上の高い場所は移動にコストがかかるであろう.ヤマネの自然巣について調査した例では,巣の高さは平均1.8 mだったとされるが(饗庭ほか 2016),自然巣の発見は困難であり,見落としは避けがたい.この点,巣箱を利用すれば,利用率とともに高さの選択性も明らかにできる.小林(2011)は巣箱を用いて,このことを調べたが,ヤマネの利用はわずか3例であり選択性は不明であった.そこで,本調査では巣箱を異なる高さに設置し,利用率を比較することで,ヤマネが巣の高さの選択性を明らかにすることにした.また利用された巣材についても調べた.

調査地
 長野県の八ヶ岳の赤岳(標高2899 m)南東斜面の中腹(北緯35°59’,東経138°25’),標高約の板橋川(板橋大橋)近くのカラマツLarix kaempferi林(1680〜1760 m)を調査地とした(図1).

図1. 調査地の位置図.八ヶ岳の赤岳の東方,JR野辺山駅の北西に位置する.

 この辺りは亜高山性のコメツガTsuga diversifoliaなどを主体とする森林だが,調査対象とした場所は緩やかな尾根であり,カラマツが優占し,林床にはミヤコザサSasa nipponicaが密生していた(図2).

図2. ヤマネの巣箱をかけた八ヶ岳の調査地の景観.カラマツ林の林床に
ミヤコザサが密生する.

方 法
 調査地に木製の巣箱をかけた.巣箱は縦15 cm,横15 cm,厚さ4 cmの箱状で,背後に縦20 cm,横15 cmの板をとりつけ,これを麻紐で樹木に縛り付けて固定した(図3a).

図3a.ヤマネの巣箱を木にかけたようす.内部が見えるように蓋を開けてある.

通常の巣箱はカラ類が利用することがあるため(湊 2018),高さ3 cmの入り口から入ってから一度上に登らなければ中に入れないようすることで,鳥類による進入を排除した(図3b).


図3b. ヤマネの巣箱の構造を示す図.利用する動物は左下の入り口から曲線のように移動しなければ侵入できないので,鳥類は利用しない.この上面にアクリル板を張って内側が確認できるようにし,その上に蓋をつけた.

蓋として縦15 cm,横15 cmの板を開閉できるようつけた.蓋の内側にはアクリル板をおいて,扉をあければ内部が観察できるようにした.
 巣箱を木に設置する高さは,地面から約0.5 mの「低位」と約1.5 mの「高位」とした.巣箱は2013年5月に43本の樹木に合計86個設置し同年9月に点検し1本分を追加した.その後,同年11月,2014年5月,9月の3回,通算4回点検した.前回利用したが,その後新しい巣材が運び込まれていない場合は「利用なし」とした.回収時になんらかの理由で巣箱が落下していることがあり,その場合,データは使用せず,新しい巣箱を更新した.
 この巣箱を利用したのはおもにヤマネであったが,一部ヒメネズミApodemus argenteusの可能性があった.ヤマネは巣材として蘚苔類と樹皮を用いることが知られている(Minato and Doei 1995; 饗庭ほか 2016; 中島2001).一方,ヒメネズミは枯葉,ササなどを利用し,しばしばドングリを持ち込むことが知られている(佐藤 1997; 中島 2001; 安藤 2005; 小林 2011; 湊 2018).そこで,巣材を観察して,利用者を推定した.巣箱の利用率を低位(地上0.5 m)と上(地上1.5 m)で比較するためχ2検定した.また巣材は最後の点検時に回収して持ち帰り,内容を大別してそれぞれの乾燥重量(40℃,48時間)を求めた.巣材が少なく,乾燥重量で1 g未満のものは対象から除外し,それ以上であったものの百分率組成を求めた.
 
結 果
1. 利用率と利用動物
 4回の点検により,少数例のヒメネズミと推定される動物の利用例があったが,大半(91.7%)はヤマネが利用していることがわかった(表1).通算のヤマネとヒメネズミの利用率は34.1%,ヤマネだけの利用率は32.2%であった.

表1. 巣箱の利用動物と未利用巣箱数,落下した巣箱数

 回収時期別のヤマネの利用率は9月に高く,秋(11月)と春(5月)には低かった(図4).

図4. ヤマネの巣箱利用率.「利用率」は調査時点での利用していた巣箱の割合,「利用率/月」は1ヶ月あたりに換算した利用率.

 2013年9月の利用巣と未利用巣の数を他の時期と比較すると11月と5月とは有意差があったが,2014年9月とは有意差がなかった.この利用率は点検の間隔が違うので,1カ月あたりに換算した利用率を見ても同じ傾向があった(図4).

2. 高さの選択性
 利用された巣数を高位(地上1.8 m)と低位(地上0.5 m)に分けて比較したのが表2である.通算では高位が70個,低位が27個であり,高位が有意に多かった.各時期についてみると,2013年9月,2014年9月は高位が有意に多く,2014年5月は有意差がなかった.2013年11月は試料数が少なく検定ができなかった.

表2. ヤマネによる高位(地上1.8 m)と低位(地上0.5 m)の巣箱の利用数・未利用数

3. 巣材
 巣材であったコケや地衣類は種名の特定ができなかった.巣箱に残された巣材を取り出して乾燥重量を測定した結果,最多の巣材から4タイプが認められた(図5).すなわち,コケ型(15例),サルオガセ型(5例),樹皮型(4例),枯葉型(2例)である.コケ型とサルオガセ型の写真は図6に示した.


図5. 巣材の重量組成(%)


図6. コケ型(A)とサルオガセ型(B)の巣箱の状態

 このうち,枯葉型はヒメネズミによるものと推定した.特徴的だったのは,最多の巣材が独占的で,これに次ぐ第2位が大幅に少なくなった点である.

考 察
 本調査により改良型の巣箱によりほとんどがヤマネが利用するという結果を得た.そしてその利用率は全体平均で32.2%,夏には50%前後という高い率であった.これはこれまでの調査でヤマネの巣箱利用率はほとんどの場合10%未満である(中島 1993; 佐藤 1997; 湊ほか 1998; 山口 1999; 中西 2000; 安藤 2005; 玉木ほか 2012)と結果と違った。これ以上だったのはわずかに芝田ほか(2020)による和歌山での12%と中島(2001)による浅間山の23.2%、富士山の13-14%に過ぎない。本調査の結果はこれらより大幅に高かった.その理由は不明であるが,本調査地はヤマネの生息密度が高いことと生息地に営巣適地が乏しいためであるかもしれない,調査地はカラマツが優占しており,森林構成樹種が単純であった。カラマツは樹形が直線的で幹に起伏や樹洞が乏しい。そのため,営巣適地が乏しく、そこに巣箱を設置したために集中的に利用された可能性がある.また入り口の構造を改良して鳥類の利用を排除したため,ヤマネにとって好適であった可能性もある.
 利用率は9月に高く,その他の季節は低かった.これは富士山や浅間山での調査結果と符合する(中島2001)。このことはヤマネの生活史の季節変化と関係があるようだった.芝田(2000)による詳細な巣箱利用調査によると,浅間山のヤマネは4月頃から巣箱を利用し始め,5月から9月まで繁殖のために巣箱を利用し,10月下旬には巣箱を利用しなくなるという.そして冬は地上の枯れ葉の中などで冬眠する(中島 2001; 湊2018).9月の利用率が高かったのは、出産し,子育てをしたメスが利用した可能性が大きい.その後11月までで利用率が下がったが,子育てを終えたメスや幼獣が巣箱を放棄するのであろう.冬は巣箱を利用しないから(芝田 2000),5月の利用は4月以降のメスの利用である可能性が高い.実際,我々は2014年5月の巣箱点検の際,巣の中にいるヤマネを観察した(図7).

図7. 巣箱の中にいたヤマネ(2014年5月31日).


 巣箱の高さについては地上0.5 mと1.8 mでは高位のほうが利用率が高く、中島(2001)の巣の高さには傾向がないという見解とは違っていた.一方,饗庭ほか(2016)はヤマネの自然巣の高さは平均1.8 mであったとしており,本調査の結果はこれを支持する結果であった.
 巣材は巣ごとに利用巣材が明瞭に違い,ほとんどの場合,単一の巣材が大半を占めていた.これはヤマネが巣材を運ぶとき,特定の巣材を選ぶとそれだけを集中的に持ち込むことを示唆する.湊(2018)が,ヤマネが巣作りをする場合,一晩で完成すると記述しているのはこのことと符合する.巣材としてはコケが最もよく利用されていたが,調査地ではコメツガやカラマツの幹にコケが多く見られたので,ヤマネにとって利用しやすかったものと考えられる.またサルオガセもよく利用されていたが,調査地のカラマツの高さ2 m以上にはサルオガセがよく見られたから,これもヤマネにとって確保しやすい巣材であると考えられる.このことから見ても湊(2018)が指摘するように,ヤマネが典型的な樹上生活者であるといえる.高い巣箱を選んだことも巣材の確保と関連していると考えて矛盾しない.
 なおヒメネズミが利用した巣の場合,持ち込まれた巣材の上4分の3ほどに枯葉があったが,その下にコケがあり,そのコケは枯葉よりは古いものと見られたことから,最初にヤマネがコケを持ち込み,その後でヒメネズミが枯れ葉を運び込んだ可能性がある.一つの巣箱を別種あるいは同種の別個体が利用することは芝田(2000)が記録している.

引用文献
饗場葉留果・湊秋作・岩渕真奈美・湊ちせ・小山泰弘・若林千賀子・森田哲夫. 2016. ニホンヤマネにおける繁殖巣の巣材・構造および繁殖事例の報告. 環動昆 27: 1–7.
安藤元一. 2005. 樹上性齧歯類を対象とした巣箱調査法の検討. 哺乳類科学 45: 165–176.
小林朋道. 2011. 鳥取県智頭町芦津森林で見られた樹上性齧歯類や鳥類の巣箱の使い分け. 鳥取県立博物館研究報告 48: 95–101.
湊秋作. 2018. ニホンヤマネ – 野生動物の保全と環境教育. 東京大学出版会. 
Minato, S. and Doei, J. 1995. Arboreal activity of Glirulus japonicus (Rodentia: Myoxidae) confirmed by use of bryophytes as nest materials. Acta Theriologica 40: 309– 313.
湊秋作・松尾公則・田中龍子・相川千里・志田富美子・安東茂・中西こずえ. 1998. 長崎県多良岳のヤマネ. 哺乳類科学 37: 115‒118.
中島福男. 1993. 信州の自然史「森の珍獣ヤマネ」. 信濃毎日新聞社,長野,191 pp.
中島福夫. 2001.日本のヤマネ[改訂版].信濃毎日新聞社, 長野, 179 pp.
中西安男・渡部孝・清家晴男・門田智恵美・吉沢未来・山崎博継・吉川貴臣・大地博史・野田こずえ. 2000. 高知県でのヤマネGlirulus japonicusの生息調査. 香川生,29: 33‒38.
佐藤洋司. 1997. 栗山地域における小鳥用巣箱を利用した哺乳類の分布調査. 栃木県立博物館研究紀,14: 21‒31.
芝田仁史. 2000.ヤマネ.冬眠する哺乳類(川道武男・近藤宣昭・森田哲夫編), pp.162‒186. 東京大学出版会, 東京
芝田史仁・細田徹治・揚妻直樹・鈴木慶太・清水善吉. 2020. 和歌山県内におけるヤマネGlirulus japonicusの生息状況. 南紀生物 62: 98‒102,
玉木恵理香・杉山昌典・門脇正史. 2012. ヤマネGlirulus japonicus用新型巣箱の考案. 哺乳類科学 52 15-22.
山口喜盛. 1999. コウモリ用巣箱を利用したニホンヤマネ. リスとムササ,6: 12‒13.


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山梨県早川町のシカの食性 - 過疎化した山村での事例

2021-01-28 08:37:37 | 論文

山梨県早川のシカの食性 – 過疎化した山村での事例

高槻成紀・大西信正

保全生態学研究, 2021

 こちら

要 約:過疎化が著しく、シカが高密度になって植生が乏しい状態にある山梨県早川のシカの食性を糞分析により明らかにした。いずれの季節でも繊維・稈などの支持組織が多く、緑葉は少なかった。春には繊維が45.0%、稈・鞘が17.7%と多く、緑葉は10.2%に過ぎなかった。夏も繊維(54.6%)と稈・鞘(14.2%)が多かったが、双子葉植物が13.5%に増えた。秋は変化があり、緑葉が35.5%と年間で最も多くなった。これはシカが新しい落葉を食べたものと推定した。冬の食性は最も劣悪で、繊維が82.5%と大半を占め、緑葉は微量しか検出されなかった。早川のシカの食性は他の場所と比較しても劣悪であった。シカの食性とシカの管理、特に過疎化との関連に言及した。

キーワード:過疎、過密度、シカ管理、貧栄養、糞分析、

はじめに

 過去40年ほどで日本各地でシカが増加し、初期は農林業被害として問題視されたが、1990年頃からは自然植生への影響も問題となってきた(Takatsuki 2009)。植生へのシカの影響はシカ侵入の初期には目立たないが、シカが好む常緑樹やササなどに冬に食痕が目立つようになり、採食圧が強くなるとシカに食べられた植物が盆栽状に変形し、一部の植物が減少し、不嗜好植物が目立つようになるといった変化が見られる(大橋ほか 2007; Takatsuki 2009, 大津ほか 2011)。

 シカ増加に伴う農林業や自然植生への影響の問題は日本の農山村の過疎化・高齢化と不可分な関係にある。過去半世紀に急速に起きた農山村で進んだ過疎化・高齢化は野生動物に対する抑止力を弱め、その増加・拡大が進んだ(中島 2007)。その結果、植生への影響が強くなり、全国的な調査により、太平洋側では土砂崩れを伴うほどの強い影響がある場所も少なくないことがわかった(植生学会企画委員会 2011)。

 植生がシカによって強い影響を受けた例として、神奈川県丹沢の場合はシカの影響が1970年代から報告されてきたが、2000年以降は影響が非常に強くなった(田村 2007, 2013)。落葉樹林の林床が貧弱になり、シカの食物は夏でも緑葉をあまり含まないことがわかった(高槻・梶谷 2019)。

 一方、農山村の過疎化とも関連するが、シカとは独立の森林の変化が重要な意味を持つ場合もある。鳥取県東部の場合は、スギ人工林が卓越するためにシカの食物が乏しい。そのためシカが侵入した場合、植物への影響が強くなり、林床が非常に貧弱になっている(川嶋・永松 2016)。ここでも夏であるにも関わらず、シカの食性に占める緑葉が少なかった(Takatsuki and Nagamatsu, unpubl.)。

 このように、シカが生息する場所で起きている現象は植生変化を把握すると同時に、シカの食性を把握することでより正確に把握できる。しかし、これまでのところ、島でシカが高密度である場所を除けば、シカの影響の強い場所での食性分析例はこの2つしか知られていない。しかし、シカの影響により植生が貧弱になった場所は拡大しており(植生学会企画委員会 2011)、そのような場所での分析事例がさらに必要となっている。

 南アルプス一帯は過去20年ほどでシカが増加し、その生息域は高山帯に達して植生への影響も強くなっている(中部森林管理局 2006, 2008, 渡邉ほか 2012)。当然山地帯でのシカの影響も強く、山梨県南西部もその範囲にある(長池ほか 2016)。早川町はその南西部にあり、農山村の過疎化という点では代表的な町である。1960年代には1万人を超えた人口はその後減少し、1980年代には3000人、現在は1000人と最大時の10分の1になった(早川町ホームページ)。そして2000年以降シカが増加し、2010年からは森林植生の貧弱化が著しい。そこで本調査では早川町でシカの食性を糞分析によって分析することを目的とした。

 

調 査 地 と 方 法

 シカの糞を採集したのは山梨県南西部の早川町南部にある「シッコ山」(35°28’, 138°22’、標高700-800m)である。早川町は北部・西部を南アルプス(赤石山脈)、東部を櫛形山系、南部を身延山地に囲まれた山間地域で、全体に地形が急峻で町の面積の約96%は山林である。

図1 早川のシカ糞採集地シッコ山の地図

 

 筆者らはシッコ山を含む早川町の森林において2010年前後から急速にシカの影響を受けて貧弱になるのを観察した。本調査でシカの糞を採集したシッコ山の林でははっきりした「ディア・ライン」がみられ、シカの影響が強いことを示している(図2)。

図2 糞採集地の景観。林床にはほとんど植物がなく、ディア・ラインがはっきりわかる。2019年8月

 

2)糞分析

 シカの糞の採取に際しては1回分の排泄と判断される糞塊から10粒を採集して1サンプルとし、10サンプルを集めた。糞は2019年の5月、8月、11月、2020年2月に採集した。糞は0.5mm間隔のフルイ上で水洗し、残った植物片を光学顕微鏡でポイント枠法(Chamrad and Box 1964, Stewart 1967)で分析した。格子間隔が1mmのスライドグラスに植物片を広げ、ポイント数は200以上とし、百分率組成を求めた。

 糞中の成分は次の14群とした。

 ササの葉、イネ科の葉、スゲの葉、単子葉植物の葉、双子葉植物の葉、常緑広葉樹の葉、枯葉、その他の葉、果実・種子、その他、繊維、稈、不明

 枯葉は黒褐色の不透明な葉脈となった落葉樹の葉であり、緑葉は葉肉部もあり、葉脈は半透明であるから区別ができた。中間的なものもあったが、違いが不明瞭なものは緑葉にした。占有率が1回でも5%以上になった食物群を「主要食物」とし、隣り合う季節間の占有率を比較した。考察において本調査地の糞組成を比較した。既往論文のデータから、緑葉(グラミノイド、双子葉植物、シダ)の合計値を算出して比較した。

 

結 果

春(5月)

 糞の組成では木質繊維が45.0%とほぼ半量を占めていた(図3)。また稈(イネ科の茎)が17.7%と多かった。これに対して緑葉はイネ科、単子葉植物、双子葉植物がいずれも3%あまりと微量であり、ササは全く検出されなかった。

図3 早川のシカ糞組成

 

夏(8月)

 夏になっても糞中の繊維が春よりもさらに増えて55.4%と過半量となったが、有意差はなかった。葉はさほど増えなかったが、双子葉植物は14.1%と大きく増加した。

秋(11月)

 秋になると糞組成がかなり変化した。春と夏に半量ほどを占めていた繊維が15.8%に減少した。その代わりに稈が夏には10%台であったが、33.6%にほぼ倍増した。つまり支持器官が減少した。そして増えたのは双子葉(夏の13.5%から18.8%、ただし有意差なし)で、イネ科や、常緑広葉樹のはもやや増えたが、主要食物には該当しなかった。

冬(2月)

 冬になると大きな変化があった。最大の違いは繊維が秋の15.2%から実に82.7%と大きく増加したことである。その分減ったのは葉で、秋には双子葉、単子葉などを合わせて36.0%あったが、冬にはいずれも減少し、合計しても2.5%と、ほとんど葉がない状況であった。稈も36.6%から3.1%に減少した。


考 察

 調査地の植生調査はしていないが、図2に見るように林床植生は極めて貧弱であり、真夏でも植物がほとんどなく、ごく一部の森林ギャップにイワヒメワラビ、オオバノイノモトソウ などシカの不嗜好植物がみられる程度であった。上層はミズナラ、オニグルミ.、ヤマハンノキなどの落葉広葉樹の森林であり、2010年以前には林床植物が明らかに多かったから、現状の貧弱さはシカの影響によるものと考えられる。早川町の東にある櫛形山などを含む秩父多摩甲斐地域の植生を1980年代と2008年で比較した研究ではこの地域では、全体に大型・中型草本が減少し、群落高も低くなったことが示されている(大津ほか 2011)。その中でも山梨県南西部はシカの影響が強いとされている。
 早川町のシカの食性を糞組成から次の3カ所と比較する。岩手県の五葉山は落葉広葉樹林にミヤコザサが豊富にあり、シカはこのササをよく食べていた(Takatsuki 1986)。乙女高原は早川町と同じ山梨県で、ここも落葉樹林にミヤコザサがある。草原の植物はシカの採食影響を受けており(Takahashi et al. 2013b)、シカの食物としてはミヤコザサが重要である(Takahashi et al. 2013a)。一方、神奈川県の丹沢は古くからシカの影響が強いために林床植物は乏しく(田村 2007, 2013)、シカの食性においては緑葉が少なく、繊維が多い低質なものであった(高槻・梶谷 2019)。これらの場所でのシカの糞分析からシカの食性の質を比較するために、葉の占有率を合計した「緑葉」と、繊維の占有率を比較する。緑葉はタンパク質含有率が高いが、繊維はこれが低いので、草食獣の食物の栄養価を比較するのに適している(Van Soest 1982; Robbins 1983)。
 シカの糞中に占める成分のうち、緑葉は岩手県五葉山がとび離れて多く、一年を通じてミヤコザサを食べていた(図4a)。乙女高原では緑葉の占有率が50%前後で、冬に緑葉が多くなったが、これはミヤコザサを食べたためである(Takahashi et al. 2013a)。丹沢では5カ所で分析したが(高槻・梶谷 2019)、比較対象として丹沢山塊の中央部、中標高の場所を選んだ。そこでは夏に緑葉が20%未満と少ないのが特徴的であったが、冬は50%台で意外と多かった。ただし丹沢でも他の場所(中部の高標高)では冬は10%台と少なかった。これらと比較して早川町での緑葉は40%未満と少なく、夏に最低値をとった丹沢に次いで少なく、その他の季節は4カ所中最低であった。

図4a シカ生息地5カ所でのシカの糞に占める緑葉の割合の季節変化

 次に栄養価の低い繊維を見ると,五葉山と乙女高原が目立って少なく、丹沢と早川町では乱高下することがわかった(図4b)。この2カ所では繊維は夏に多く、秋に少くなり、これらの季節には丹沢のほうがやや多かったが、春と冬には早川町が4カ所中最多となった。

図3b シカ生息地5カ所でのシカの糞に占める繊維の割合の季節変化

 以上を通してみると、早川町のシカの食性は非常に劣悪であるといえる。糞組成は四季を通じて繊維が多く、ことに夏でさえ繊維が54.6%も含まれていた。意外なことに緑葉が夏よりも秋の方で多かった。筆者らは宮城県金華山でシカの行動観察を行っているが、夏の台風直後や秋のまだ樹上に緑葉のある時期に強風で落葉すると、シカが盛んに採食するのを観察している。このことから推定してシッコ山のシカの食性で秋に緑葉が増加した理由は、樹上からもたらされる落ち葉をシカが食べた可能性が大きい。これは丹沢でも同様であり、林床植物の乏しい落葉広葉樹林のシカに共通なことであるかもしれない。冬には緑葉が少なくなると予想したが、分析結果はそれを裏付け、しかも4カ所中の最低値であった。実際、シッコ山の林では落葉樹林の林床であるにもかかわらずシカの影響により、ほとんど植物がないまでに非常に貧弱になっている(図2)。ここでは2010年くらいまではさまざまな低木や草本が生育していたが、急速に減少したことが観察されている。ことにスズタケSasa borealis (Hack.) Makino et Shibataは林内の各所にまとまって生えていたが、常緑であるために冬にシカに採食にされ、回復力がないために(汰木ほか 1977)、現在はほとんど残っていない。実際、シッコ山のシカの糞からは秋にササが0.5%しか検出されただけで、そのほかの季節にはまったく検出されなかった。
 山梨県でのシカの増加は著しく、農林業被害や自然植生への影響も深刻となっている(山梨県)。シカの捕獲数は2006年からの10年ほどで5倍となっている(図4)。中でも早川町の西側にある南アルプスでのシカの増加は著しく、1980年代以前にはシカがいなかった高山帯へもシカが侵入し、高山植物が大きな被害を受けるようになった(中部森林管理局 2006, 2008;増沢2015)。また早川町の東に位置する富士川町の櫛形山(標高2052m)には,アヤメの群生地があり「アヤメ祭り」が開催されていたが、そのアヤメがシカに食べられて減少したために、2007年には中止することになった。櫛形山でシカ防除策を設置したところ、柵外ではアヤメがまったくなかったが、柵内では被度30%程度まで回復したという(長池ほか 2016)。このように、山梨県南西部は全体にシカが増加し、森林への影響が非常に強くなっている。
 早川町はこの地域の中でも過疎化が著しく、1960年代までは6000−7000人いた人口が、1980年代に3000人、2000年代には2000年を下回り、2020年には1000人となった(図5、早川町ホームページ)。人口密度は2.6人/km2に過ぎず、これは全国平均の130分の1、山梨県の平均値と比べても70分の1に過ぎない。しかも高齢化が著しく、平均年齢は58.2歳、高齢化率が50%近くになっており、産業人口もかつての農林業従事者は減少して観光や建設業従事者が多くなっている(早川町 2015)。人口減少に伴い、ハンター数も減少し、1975年に比べると20%まで減少しており(図5)、しかもハンターの高齢化が著しい。そのためシカをはじめとする野生動物による農林業被害の抑制力も弱くなったと考えられる。

図5 早川町での人口とハンター数(最大値を100とした相対値)の推移

 山間地の多い山梨県および長野県、静岡県の隣接県では多くの場所で過疎化、高齢化が進み、シカをはじめとする野生動物が増加している。そのような状況ではシカの管理が重要な課題となるが、適切な管理のためにはシカによる植生への影響とともに、シカの置かれている状態を的確に捉えることが重要となる。そのためには植生情報、可能であればシカ防除柵による採食影響の評価(前迫 2018)、シカの栄養状態、妊娠率などを把握することが重要であるが(羽山ほか 2016)、それとともに本調査で示されたように、シカの食性も有力な情報となる。また、これまでもシカの影響の強さと環境要因に関するアプローチが行われているが(Ohashi and Hoshino 2014)、そのためにも食性情報は重要な情報をもたらすことが期待される。
 シカの食性情報はこれまで人為的影響が弱い場所で行われてきたが、今後は人工林や農業地帯でも行う必要が生じるであろう。その場合、全国的に各植生帯で複数カ所、できれば10以上の分析が行われるのが望ましい。

引用文献 こちら

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