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九州大学宮崎演習林のシカの食性

2023-09-24 07:09:19 | 研究
宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林のシカの食性−経過報告−

高槻成紀・片山歩美(九州大学院農学研究院、環境農学部門)

これまで九州のシカの食性は情報が限られている。屋久島で垂直分布に注目した分析があるほか(Takatsuki, 1990)、九州本土ではわずかに2例があるに過ぎない。1例は福岡県のシカの胃内容物分析で双子葉草本が10-50%で夏に多く、常緑広葉樹が10-50%で冬に多かった(池田, 2001)。もう一つは宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林と周辺のシカの胃内容物で、グラミノイド(イネ科、カヤツリグサ科など)が50-60%程度と多く、落葉広葉樹が20-30%であった(矢部ほか, 2007)。
 宮崎演習林では1970年代からシカが増え始め、1985年に人工林被害が始まり、1986年にはスズタケが消失し始め、2001年には9割が消失したという(村田ほか, 2009)。そして2003年には演習林のうち東側で面積の広い三方岳団地ではスズタケが壊滅的な被害を受けていた(猿木ほか, 2004)。
 矢部ほか(2007)の当地でのシカ食性分析は2002-2004年のサンプルを分析したものであり、すでにスズタケの占有率は少なかったとされる。
 こうした状況で2022年に片山氏からシカの糞分析の依頼があり、糞サンプルが確保されることになったので、分析することにした(進行中)。

方法
 調査地は宮崎県椎葉村にある九州大学宮崎演習林(32.375342N, 131.163436E)である(図1)。



図1. 調査地(九州大学宮崎演習林)の位置を示す地図

 森林の下層植生はシカの影響により非常に貧弱であり、低木層にはシカが食べないシキミ、アセビなどが点在する。


図2. 宮崎演習林の林内の景観

 新鮮なシカの糞を10糞塊から10粒づつ採集し、0.5 mm間隔のフルイで水洗し、残留物を光学顕微鏡によりポイント枠法で分析した。

結果
 2022年12月の分析結果は、葉は常緑樹、針葉樹などが検出されたがいずれも微量で、全てを合計しても24.3%にすぎなかった(図3)。ただしこれには枯葉は含んでおらず、枯葉は3.9%であった。最も多かったのは稈(イネ科の茎)で37.3%を占めた。また繊維(15.3%)も多かった。
 図3には比較のために神奈川県の丹沢(高槻・梶谷, 2019)と岩手県五葉山(Takatsuki, 1986)の冬の結果をあわせて示した。丹沢はシカが高密度であることで知られるが、ここでも葉が少なく、支持組織が大半を占める点では宮崎演習林と同様であった。そして支持組織が多いのは共通していたが、丹沢では稈は少なく、繊維が61.8%を占めた。これらに対して、五葉山ではミヤコザサが70.6%を占めていた。ここはシカの密度が低く、シカの健康状態も非常に良好である。

 
図3. 2022年12月のシカ糞組成。参考のために丹沢と岩手県五葉山の冬のデータも示した。

 この分析により、宮崎演習林の現在のシカの冬の食性は、矢部ほか(2007)が2003年前後に分析した宮崎演習林と周辺でのシカ胃内容物ではグラミノイドが50%前後、落葉広葉樹が30%前後と、葉が大半を占めていたのとは大きく違うことがわかった。当時でもスズタケの割合は少なかったが、グラミノイドが多かったのに対して、現状ではグラミノイドは7%にすぎなかった。したがってシカの食糧事情が悪いことがわかった。

 図4には2023年4月-11月の分析結果を示した。4月には明らかに繊維と常緑広葉樹が増加し、稈が減少した。


図4 2022年12月から2023年11月までのシカ糞組成。

 このことは12月には常緑広葉樹を含む生葉が乏しかったが、4月になると新しい葉が展開して利用できるようになり、シカがその葉とともに枝を食べるようになったことを示唆する。稈が大きく減少した理由は明らかでないが、12月にはシカが立ち枯れたススキなどのイネ科の稈を食べていたが、4月にはその必要がなくなったことを示唆するものと思われる。双子葉草本が増加することを予測していたが、ほとんど出現しなかった。これは新葉はみずみずしいため、消化率が良く、糞中には残りにくいためである可能性がある。
 9月は大きな変化はなく、繊維が57.2%と過半を占めた。常緑広葉樹は9.3%に減少し、イネ科が14.5%に増えた。これに伴い稈も9.0%に増えた。食物環境としては、常緑広葉樹が減少したとは考えにくく、相対的にイネ科が増加したためと考えられる。しかし、葉が少なく、繊維が多いという状況は変わっておらず、本調査地のシカは夏でも小枝などを食べていることがわかった。
 11月になると、葉はさらに減少し、イネ科は8.4%に、常緑広葉樹も5.0%に減少したが、枯葉は5.4%に増加した。これらに対しては繊維が9月の56.8%からさらに増えて68.3%に達した。昨年の12月には稈が37.3%をしめていたが、今年(2023年)の11月の結果はそれとは大きく違っていた。福岡演習林ではこの時期(10月)にヨウシュヤマゴボウなどの種子が検出されたが(こちら)、宮崎演習林ではそのようなことはなかった。
 全体として本調査地では糞中に占める葉の割合が小さく、シカにとって食物になる植物が乏しくなっていることを反映していた。これはシカ密度が高い山梨県早川町の状態などと共通である(こちら)。

文献
池田浩一. 2001. 福岡県におけるニホンジカの生息および被害状況について. 福岡県森林林業技術センター研究報告, 3: 1083. こちら
村田育恵・井上幸子・矢部恒晶・壁村勇二・鍛治清弘・久保田勝義・馬渕哲也・椎葉康喜・内海康弘. 2009. 九州大学宮崎演習林における ニホンジカの生息密度と下層植生の変遷. 九州大学演習林報告, 90: 13-24. こちら
猿木重文・井上 晋・椎葉康喜・長澤久視・大崎 繁・久保田勝義. 2004. 九州大学宮崎演習林においてキュウシュウジカの摂食被害を受けたスズタケ群落分布と生育状況 2003年調査結果. 九州大学演習林報告, 85: 47-57. こちら
Takatsuki, S. 1986. Food habits of Sika deer on Mt. Goyo, northern Honshu. Ecological Research, 1: 119-128. こちら
Takatsuki, S. 1990. Summer dietary compositions of sika deer on Yakushima Island, southern Japan. Ecological Research, 5: 253-260. こちら
高槻成紀・梶谷敏夫. 2019. 丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例. 保全生態学研究, 24: 209-220. こちら                         
高槻成紀・大西信正. 2021. 山梨県早川町のシカの食性 − 過疎化した山村での事例 −. 保全生態学研究, 26: 149-155. こちら
矢部恒晶・當房こず枝・吉山佳代・小泉 透. 2007. 九州山地の落葉広葉樹林帯におけるニホンジカの胃内容. 九州森林研究, 60: 99-100. こちら

コメント (3)
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都庁水道局を訪問 2023.9.1

2023-09-01 10:40:18 | その他
私たちは小金井の桜並木の復活において樹林伐採が行われたことは問題があるとして関連団体とともに活動をしています。大きい問題は樹木の伐採が小金井だけでなく、玉川上水全体で進められていることで、砂防学や森林科学で定説とされている「樹木は土壌流失を防ぐ」こととは真っ向から違う樹林管理がされています。実際に松影橋近くでは樹木伐採の結果土砂崩れが起きました。
 こういう問題を委員会への質問という形でまとめ、資料とともに東京都水道局に持参しました。高槻と加藤嘉六さんが書類を持参し、都議の漢人あきこさんと岩永やす代さんが同道くださいました。しかし経理部用地担当課の武井豊課長は「委員には渡せない」と拒絶しました。
 高槻は「委員会は都民のためにあるはず、そうであれば都民がする質問が渡せないというのはおかしいではないか」と説明しましたが、課長は「委員会は局にアドバイスするためのもので、質問に答えるものでない」の一点張りでした。漢人都議が強くサポートしてくださり、心強かったのですが、結局態度は変わらなかったので、書類は一部を渡して引き取りました。

左より 岩永都議、漢人都議、高槻、武井課長

 その質問に答えるかどうかは委員が判断すれば良いので、手渡すことさえしないというのは東京都の態度として正当性があるとは思えないと感じました。



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