2019.1.8 更新
丹沢のシカの食性 -- 糞分析の試み
高槻成紀(麻布大学いのちの博物館)・梶谷敏夫(丹沢ブナ党)
はじめに
丹沢大山は1970年代からシカ問題が生じ、問題解決の取り組みが行われてきた。これは我が国でももっとも初期のことであり、シカと植生に関する記述としても非常に古いものがある(国立公園協会, 1964)。
丹沢では戦後は狩猟が解禁になってシカは激減した(山根, 2012)。このため神奈川県は1955年から1970年までシカ禁猟とした。その効果があって、シカ個体数が回復した結果、林業被害が現れるようになった(神奈川県, 1984)。このため、1970年に有害獣駆除がおこなわれたものの、効果は十分でなく、1980年代を通じて植物への影響が顕在化した(田村, 2013)。その後、シカ個体数管理の努力が続けられ、徐々に植生回復が認められるようになったが、場所によってはシカの過密状態を脱しておらず、低山帯への拡大傾向もあり、問題は続いている。
シカの頭数調査や植生のモニタリングなどは神奈川県の事業としておこなわれているが、シカの食性については不明な部分が多い。もっとも古い記録は1972-75年にシカの食痕を記録したもので、食性内容はわからないが、それ以前には食べなかったススキを食べ始めるようになったという記述がある(古林・丸山, 1977)。この時期から1980年にかけて丹沢東部の札掛で行われた調査ではシカの採食によりスズタケが減少し、その結果、ここではシカ個体数が減少したことを示した(古林・山根, 1997)。やや特殊な事例ではあるが、丹沢東部の塔ノ岳で人馴れしたシカの採食行動を観察した記録によると、冬はササ(ミヤマクマザサ)に依存的であるが、春にはヒメノガリヤスをよく食べ、夏になると緑化に使われた牧草に依存的になったという(三谷ほか, 2005)。しかし、丹沢のシカの食性の定量的評価はなされておらず、シカ問題が深刻であるにも関わらず、基本的な情報が欠如していた。
ニホンジカの食性の定量的分析はおもに糞分析によっておこなわれ、北海道から九州にいたるおよその傾向が明らかにされている(高槻, 2006)。この方法を採用すれば、非侵襲的に(シカを殺すことなく)、繰り返し調査ができるという利点がある。
現在の丹沢では20年ほど前にシカの強い影響を受けて林床植物が退行し、とくにスズタケが大きく減少した(古林・山根, 1997)。また山頂部にはミヤマクマザサが生育する。このような高密度な場所のシカは植物が枯れる冬に食物不足に陥り、常緑のササがあれば集中的に利用する。ササは表皮細胞が特徴的であるため、糞分析で確実に識別できる。一方、丹沢ではシカの影響と土壌流失との関係が調べられている。それによると、林床植物とリターが失われるほど、土壌流失量が大きくなることが知られている(石川ほか, 2007, 畢力格図ほか, 2013)。つまりシカが生きた植物や枯葉を食べることが土壌流失に影響するということである。同様のことは奥多摩でも知られている(Yamada and Takatsuki, 2015)。したがって、シカの食性をこの点に注目する必要がある。林床植物を食べていることを糞分析から知ることはできないが、食糧事情が悪ければ、シカは葉を食べ尽くして、枝、樹皮、枯葉なども食べるようになる。枝を食べれば、糞から木質繊維が検出されるし、枯葉を食べれば、糞から不透過な葉脈だけになった葉が検出されるので、食糧事情の劣悪さを推定することは可能である。
一方、丹沢は垂直的にいえば高地には落葉広葉樹林がひろがり、中腹ではそのほかにおもにスギの人工林がひろがり、低地は落葉広葉樹の二次林の占める割合が大きい。したがってシカの食性にも垂直的な変異があることが想定される。一般にスギ人工林は暗いために林床植物が貧弱であることが多く、シカの食物供給という意味では不適であるといえる。このような状況下にあるシカがおもに何を食べているかを知ることは現状の丹沢のシカの置かれた状況を食性を通じて知ることにつながる。
本調査はこのような背景から丹沢のシカの食性を丹沢の高地、中腹、低地で調べる。食物供給という視点からは季節変化を知ることが重要であるから、それぞれの高さでの季節変化を明らかにする。
方法
標高による違いを比較するために、高地が檜洞丸(中H)、中標高が西丹沢教室周辺(中M)、低地が丹沢湖北東岸(中L)のラインをとり、これを「中ライン」とした。これを丹沢のシカの食性を示す代表的なものとし、比較のためにその東側に「東ライン」をとった。これは、高地が塔の岳(東H)、中標高が岳の台(東M)、低地が名古木(東L)である。このほか切通峠(西H)でも糞を採取し、これを「西」とした(図1、表1)。
図1 シカ糞採集地の位置関係
表1 シカの糞採集地点
シカ生息地で代表的な群落を選び、新鮮なシカの糞を10の糞塊からそれぞれ10粒拾った。糞サンプルは0.5mm間隔のフルイ上で水洗し、残った植物片を顕微鏡でポイント枠法で分析した。カウント数は200以上とした。
結果
食物は次の9つのカテゴリーに分けた。ササ、イネ科、双子葉(双子葉植物の葉で、顕微鏡下では網目の葉脈やモザイク状の表皮細胞が認められる)、枯葉(不透明な葉脈だけが残り、表皮細胞はない)、果実・種子、繊維(木質繊維と樹皮)、稈(イネ科の茎)、その他(透過性はあるが識別不能、不透過なため識別不能など)である。
各季節の垂直変異
中ライン:冬には垂直的な変異は非常に小さかった。どこでもササと双子葉(多くは常緑広葉樹の葉)、繊維が多かった。
春になるとササは減少し、稈が非常に多くなった。高地ではイネ科が多く、繊維も多かったが、中標高と低地では稈が非常に多く、繊維は少なく、ササが10%前後あるという違いがあった。
夏には低地でサンプルが得られず、垂直比較ができるのは中ラインの高地と中標高のみであった。春と同様、高地でイネ科・稈が多く、中標高では繊維が多かった。ササは1年で最も少なくなった。
秋には垂直的な違いがあり、高地では春、夏と同様イネ科・稈が多かった。中標高ではササが増え、低地では春よりも稈が減り、繊維が増えた。双子葉は冬よりは少なかった。
図2a. 中ラインでの各季節の垂直変異
東ライン:冬は垂直の違いがあり、高地ではササが多く、中標高ではササがさらに多く、低地ではササが少なく、双子葉、繊維が多かった。春も同様の垂直変異があり、高地でイネ科・稈が増え、中標高ではササが大きい値を維持し、繊維と稈が増えた。低地ではササと双子葉がへり、稈が増えた。夏には高地しかサンプルがなく、イネ科が非常に多かった。秋も垂直的な違いが大きく、高地はイネ科が多く、中標高はイネ科・稈が多く、低地は双子葉と繊維が多かった。
図2b. 東ラインでの各季節の垂直変異
以上、場所による違いがあったが、概して高地ではイネ科・稈が多く、低地では双子葉が多い傾向があり、中ラインでは変異が小さかった。ただし東ラインでは垂直的な変異が大きい傾向があった。
場所ごとの季節変化
中ライン:低地では冬にササと双子葉(常緑広葉樹の葉が多い)が多く、春には稈が非常に多くなり、秋は春と似ていたが、繊維が多くなった。冬よりは稈が多かった。中標高では冬と秋がササと双子葉が多いという点で共通していた。春にはここでも稈が非常に多くなり、夏には繊維が非常に多くなった。高地では冬だけがササと双子葉が多く、それ以外はイネ科・稈が多く、春と夏は繊維が多かった。
図3a. 中ラインでのシカの糞組成の季節変化
図3b.東ラインでのシカの糞組成の季節変化
西:冬と秋に双子葉と繊維が多く、春と夏にはイネ科・稈が多くなった。春には繊維も多かった。
図3c.西でのシカの糞組成の季節変化季節変化
以上、季節変化を見ると、冬の糞にはササがある場所ではササと常緑広葉樹の葉が多く、春になるとイネ科にシフトし、イネ科の葉と稈が多くなった。
結果
食物は次の9つのカテゴリーに分けた。ササ、イネ科、双子葉(双子葉植物の葉で、顕微鏡下では網目の葉脈やモザイク状の表皮細胞が認められる)、枯葉(不透明な葉脈だけが残り、表皮細胞はない)、果実・種子、繊維(木質繊維と樹皮)、稈(イネ科の茎)、その他(透過性はあるが識別不能、不透過なため識別不能など)である。
各季節の垂直変異
中ライン:冬には垂直的な変異は非常に小さかった。どこでもササと双子葉(多くは常緑広葉樹の葉)、繊維が多かった。
春になるとササは減少し、稈が非常に多くなった。高地ではイネ科が多く、繊維も多かったが、中標高と低地では稈が非常に多く、繊維は少なく、ササが10%前後あるという違いがあった。
夏には低地でサンプルが得られず、垂直比較ができるのは中ラインの高地と中標高のみであった。春と同様、高地でイネ科・稈が多く、中標高では繊維が多かった。ササは1年で最も少なくなった。
秋には垂直的な違いがあり、高地では春、夏と同様イネ科・稈が多かった。中標高ではササが増え、低地では春よりも稈が減り、繊維が増えた。双子葉は冬よりは少なかった。
図2a. 中ラインでの各季節の垂直変異
東ライン:冬は垂直の違いがあり、高地ではササが多く、中標高ではササがさらに多く、低地ではササが少なく、双子葉、繊維が多かった。春も同様の垂直変異があり、高地でイネ科・稈が増え、中標高ではササが大きい値を維持し、繊維と稈が増えた。低地ではササと双子葉がへり、稈が増えた。夏には高地しかサンプルがなく、イネ科が非常に多かった。秋も垂直的な違いが大きく、高地はイネ科が多く、中標高はイネ科・稈が多く、低地は双子葉と繊維が多かった。
図2b. 東ラインでの各季節の垂直変異
以上、場所による違いがあったが、概して高地ではイネ科・稈が多く、低地では双子葉が多い傾向があり、中ラインでは変異が小さかった。ただし東ラインでは垂直的な変異が大きい傾向があった。
場所ごとの季節変化
中ライン:低地では冬にササと双子葉(常緑広葉樹の葉が多い)が多く、春には稈が非常に多くなり、秋は春と似ていたが、繊維が多くなった。冬よりは稈が多かった。中標高では冬と秋がササと双子葉が多いという点で共通していた。春にはここでも稈が非常に多くなり、夏には繊維が非常に多くなった。高地では冬だけがササと双子葉が多く、それ以外はイネ科・稈が多く、春と夏は繊維が多かった。
図3a. 中ラインでのシカの糞組成の季節変化
東ライン
東Lでは冬と秋しかサンプルがない。これらの組成は似ており、双子葉が20%程度あり繊維が30%程度あった。東Mでは冬と春はササが非常に多く40-60%を占めた。夏はサンプルがなく、秋はササは少なく、イネ科が30%台あった。東Hでは冬にササが非常に多かったが、そのほかの季節では少なく、代わりにイネ科が多かった。ただし春には繊維が40%近くを占めた。
このように東ラインでは高さによる違いも、季節による違いも大きい傾向があった。
東Lでは冬と秋しかサンプルがない。これらの組成は似ており、双子葉が20%程度あり繊維が30%程度あった。東Mでは冬と春はササが非常に多く40-60%を占めた。夏はサンプルがなく、秋はササは少なく、イネ科が30%台あった。東Hでは冬にササが非常に多かったが、そのほかの季節では少なく、代わりにイネ科が多かった。ただし春には繊維が40%近くを占めた。
このように東ラインでは高さによる違いも、季節による違いも大きい傾向があった。
図3b.東ラインでのシカの糞組成の季節変化
西:冬と秋に双子葉と繊維が多く、春と夏にはイネ科・稈が多くなった。春には繊維も多かった。
図3c.西でのシカの糞組成の季節変化季節変化
以上、季節変化を見ると、冬の糞にはササがある場所ではササと常緑広葉樹の葉が多く、春になるとイネ科にシフトし、イネ科の葉と稈が多くなった。
考察(未完)
丹沢は山体が大きく、地形的にも植生的にも多様であるから、シカの食性も単純には論じられない。今回の分析でも統一的な傾向を読み取るのは困難であった。それでも、これまでにない精度のサンプリングを行ったことにより、従来知られていなかったことがいくつか指摘できた。そのことを中ラインを中心に考える。
<季節変化>
冬には、どの標高でもササと双子葉植物(常緑広葉樹)が多かった。これらの植物の冬の栄養価はよくわからないが、占有率だけを見ると、冬の緑葉が他の季節よりも多いという意外な結果であった。
春にはイネ科が多くなった。シカの採食影響を受けた場合、双子葉草本と比較するとイネ科は分げつにより再生できるから、生き残りやすい。実際、丹沢では低木や、シカが好まない種を除けば、双子葉草本が減少して、相対的にイネ科が生き残ったとされる(田村, 2013)。ただしイネ科の葉は少なく、稈が非常に多かった。これは生育初期のイネ科の葉は消化率が良いために食べたもののうち稈が多く残るからと考えられる。ただし、高地の糞では葉と稈が同じ程度であったが、繊維が多いという違いがあった。
注目されるのは、夏に糞が得にくかったことである。特に低地では全く発見できなかった。この理由はよくわからないが、食物が豊富になるとシカが低地から山に登って行くのかもしれない。ただ、中標高でも高地でも、夏には糞は発見しにくく、発見された糞にしばしばエンマコガネ系の糞虫が見られたから、糞虫によって分解されるために、糞が少なかったことは間違いない。
夏に糞が得られた中標高では繊維が60%以上を占め、高地でも稈と繊維で70%を占めており、葉は少なかった。また糞から量は多くないが枯葉も検出された。このことは、丹沢のシカは夏でも非常に劣悪な食糧事情にあることを強く示唆する。雨が降った場合、生きた植物はいうまでもなく、枯葉があるだけでも雨滴が地面を直接打たないため、土壌流失を抑制する効果があるが、これらが少なくなると土壌流失が大きくなることが知られている(石川ほか, 2007, 畢力格図ほか, 2013)。したがって、夏にシカが枝や枯葉を食べることが、土壌流失に影響している可能性が大きい。丹沢のシカが夏でも枝や枯葉を食べていることの発見は本分析の大きな成果であった。
さらに意外なことに、シカが夏よりも秋の方が良い食物を食べていることであり、低地と中標高では糞中にササと双子葉がやや多かった。高地では葉の占有率は夏と変わらず、繊維が減り、稈が非常に多くなり、ササはなかった。この理由はよくわからないが、中標高でササが増えたのは草本類が枯れ始めてササの必要性が大きくなったからかもしれない。
<塔ノ岳での季節変化>
1994年に塔ノ岳で人馴れしたシカの採食行動を観察した調査例がある(三谷ほか, 2005)。それによると、そのシカは冬にササ、春にイネ科のヒメノガリヤス、夏に緑化工で吹き付けた牧草、秋に枯葉をよく食べたという。本分析の結果はこれとよく対応している。すなわち塔ノ岳(東H)では冬にササ、春にイネ科・稈・繊維、夏にイネ科・稈、秋にイネ科・枯葉が多かった(図3b)。観察では稈や繊維は評価されないし、1994年当時とは植生も同じではないことを考えれば、非常によい対応を示しているといえよう。
<垂直分布>
糞組成の垂直分布をみると、高地でイネ科が多かった。一般に尾根は乾燥しがちであり、また風を受けやすいので、尾根の樹木は斜面や沢に比較して風倒被害を受けやすい。通常であれば、風倒木によってできた森林ギャップは後継樹によって補完されてゆくが、丹沢の場合、シカの強い採食によってそれができず、草原が広がっている。鈴木・山根(2015)は空中写真を解析して、1970年代に比較して2000年代は丹沢の尾根でブナ林が減少して草原が54%も拡大していることを明らかにした。尾根の草原には双子葉草本類もあるが、この草原もシカの採食影響を受けて、再生力のあるイネ科が相対的に多く、そのことが高地でシカの糞にイネ科が多いことの理由になっていると思われる。
<他地域との比較>
夏にシカの糞中に葉が少なかったことについて、他の場所のシカと比較してみたい。岩手県五葉山のシカの場合、代表例として山地帯のミズナラ林(標高1150m)を取り上げると、一年を通じてミヤコザサが重要で夏から秋まで70%台を占め、春には実に89.0%に達した。夏には他の単子葉が21.6%を占め、葉が95%を占めた(Takatsuki, 1986)。
山梨県の乙女高原のシカの場合もミヤコザサが多いが、大きな季節変化を示し、多いのは11月から4月までで、ほかの植物が枯れるため常緑のササの利用度が高くなることがわかった(Takahashi et al, 2013)。初夏にはササ利用は少なくなり、稈が50%程度を占め、秋にはイネ科が20%、稈が30%程度であった。
これらの事例から葉とその他に分けて、葉が占める割合だけを取り出してみた(図4)。すると五葉山のシカの糞は一年中ほとんど葉だけに占められていることがよくわかる。これに対して乙女高原では6月には葉が30%を下回り、7月には40%ほどになるなど、乙女高原でも初夏には葉が少なくなることがわかる。この時期に多くなるのは丹沢と同じく稈であった。丹沢ではそれ以上に葉が少ないが、秋(10月)には乙女高原とほぼ同レベルであった。
図4a.岩手県五葉山、山梨県乙女高原、丹沢(中ライン、中標高)のシカの糞に占める葉の占有率の季節変化。五葉山(Takatsuki, 1986)と乙女高原(Takahashi et al., 2013)は元のデータから計算し直して作図した。
したがって、ミヤコザサの豊富な五葉山(表日光でも同様である)とは大きく違うが、ササがさほど多くない乙女高原とはある程度、似たパターンをとった。ただ、それに比べても丹沢では春と夏は大幅に葉が少ないことが確認できた。
次に食物状態の劣悪さの指標として、糞中の繊維の占有率を比較した。これによると、五葉山でも乙女高原でも繊維は一年を通じて5%未満であったが、丹沢では秋と冬には20%台となり、特に注目されるのは夏に60%以上になったことである。ただし春には4.5%に止まった。このことから、丹沢のシカにおける葉の占有率は乙女高原とやや似ていたが、繊維占有率では大きく違うことが確認された。
図4b.岩手県五葉山、山梨県乙女高原、丹沢(中ライン、中標高)のシカの糞に占める繊維の占有率の季節変化。五葉山(Takatsuki, 1986)と乙女高原(Takahashi et al., 2013)は元のデータから計算し直して作図した。
丹沢では長年のシカの影響でササは少なくなっているが、それでも冬の食物としては重要度が高い。そのことはササへの影響が非常に強く出ることを予測させる。今後、さらにササが減れば、冬季のシカの栄養状態に悪影響を与えるようになるであろう。また、夏にも十分に葉を利用できない状況にあるようだった。
この分析により、丹沢においては、シカの糞に、春から秋にかけての植物生育期においてさえ、葉が少量しか検出されないことがわかった。このことは、現状の丹沢のシカが劣悪な食物環境に生きることを強いられていることを示唆する。したがって、これまで以上に、植生のモニタリング、シカの頭数管理、特にその質的特性(妊娠率や蓄積脂肪など)を把握しながら適切なシカ管理を進めることが重要であろう。そのためにも、糞分析による食性解明は有益な情報を提供するであろう。
丹沢は山体が大きく、地形的にも植生的にも多様であるから、シカの食性も単純には論じられない。今回の分析でも統一的な傾向を読み取るのは困難であった。それでも、これまでにない精度のサンプリングを行ったことにより、従来知られていなかったことがいくつか指摘できた。そのことを中ラインを中心に考える。
<季節変化>
冬には、どの標高でもササと双子葉植物(常緑広葉樹)が多かった。これらの植物の冬の栄養価はよくわからないが、占有率だけを見ると、冬の緑葉が他の季節よりも多いという意外な結果であった。
春にはイネ科が多くなった。シカの採食影響を受けた場合、双子葉草本と比較するとイネ科は分げつにより再生できるから、生き残りやすい。実際、丹沢では低木や、シカが好まない種を除けば、双子葉草本が減少して、相対的にイネ科が生き残ったとされる(田村, 2013)。ただしイネ科の葉は少なく、稈が非常に多かった。これは生育初期のイネ科の葉は消化率が良いために食べたもののうち稈が多く残るからと考えられる。ただし、高地の糞では葉と稈が同じ程度であったが、繊維が多いという違いがあった。
注目されるのは、夏に糞が得にくかったことである。特に低地では全く発見できなかった。この理由はよくわからないが、食物が豊富になるとシカが低地から山に登って行くのかもしれない。ただ、中標高でも高地でも、夏には糞は発見しにくく、発見された糞にしばしばエンマコガネ系の糞虫が見られたから、糞虫によって分解されるために、糞が少なかったことは間違いない。
夏に糞が得られた中標高では繊維が60%以上を占め、高地でも稈と繊維で70%を占めており、葉は少なかった。また糞から量は多くないが枯葉も検出された。このことは、丹沢のシカは夏でも非常に劣悪な食糧事情にあることを強く示唆する。雨が降った場合、生きた植物はいうまでもなく、枯葉があるだけでも雨滴が地面を直接打たないため、土壌流失を抑制する効果があるが、これらが少なくなると土壌流失が大きくなることが知られている(石川ほか, 2007, 畢力格図ほか, 2013)。したがって、夏にシカが枝や枯葉を食べることが、土壌流失に影響している可能性が大きい。丹沢のシカが夏でも枝や枯葉を食べていることの発見は本分析の大きな成果であった。
さらに意外なことに、シカが夏よりも秋の方が良い食物を食べていることであり、低地と中標高では糞中にササと双子葉がやや多かった。高地では葉の占有率は夏と変わらず、繊維が減り、稈が非常に多くなり、ササはなかった。この理由はよくわからないが、中標高でササが増えたのは草本類が枯れ始めてササの必要性が大きくなったからかもしれない。
<塔ノ岳での季節変化>
1994年に塔ノ岳で人馴れしたシカの採食行動を観察した調査例がある(三谷ほか, 2005)。それによると、そのシカは冬にササ、春にイネ科のヒメノガリヤス、夏に緑化工で吹き付けた牧草、秋に枯葉をよく食べたという。本分析の結果はこれとよく対応している。すなわち塔ノ岳(東H)では冬にササ、春にイネ科・稈・繊維、夏にイネ科・稈、秋にイネ科・枯葉が多かった(図3b)。観察では稈や繊維は評価されないし、1994年当時とは植生も同じではないことを考えれば、非常によい対応を示しているといえよう。
<垂直分布>
糞組成の垂直分布をみると、高地でイネ科が多かった。一般に尾根は乾燥しがちであり、また風を受けやすいので、尾根の樹木は斜面や沢に比較して風倒被害を受けやすい。通常であれば、風倒木によってできた森林ギャップは後継樹によって補完されてゆくが、丹沢の場合、シカの強い採食によってそれができず、草原が広がっている。鈴木・山根(2015)は空中写真を解析して、1970年代に比較して2000年代は丹沢の尾根でブナ林が減少して草原が54%も拡大していることを明らかにした。尾根の草原には双子葉草本類もあるが、この草原もシカの採食影響を受けて、再生力のあるイネ科が相対的に多く、そのことが高地でシカの糞にイネ科が多いことの理由になっていると思われる。
<他地域との比較>
夏にシカの糞中に葉が少なかったことについて、他の場所のシカと比較してみたい。岩手県五葉山のシカの場合、代表例として山地帯のミズナラ林(標高1150m)を取り上げると、一年を通じてミヤコザサが重要で夏から秋まで70%台を占め、春には実に89.0%に達した。夏には他の単子葉が21.6%を占め、葉が95%を占めた(Takatsuki, 1986)。
山梨県の乙女高原のシカの場合もミヤコザサが多いが、大きな季節変化を示し、多いのは11月から4月までで、ほかの植物が枯れるため常緑のササの利用度が高くなることがわかった(Takahashi et al, 2013)。初夏にはササ利用は少なくなり、稈が50%程度を占め、秋にはイネ科が20%、稈が30%程度であった。
これらの事例から葉とその他に分けて、葉が占める割合だけを取り出してみた(図4)。すると五葉山のシカの糞は一年中ほとんど葉だけに占められていることがよくわかる。これに対して乙女高原では6月には葉が30%を下回り、7月には40%ほどになるなど、乙女高原でも初夏には葉が少なくなることがわかる。この時期に多くなるのは丹沢と同じく稈であった。丹沢ではそれ以上に葉が少ないが、秋(10月)には乙女高原とほぼ同レベルであった。
図4a.岩手県五葉山、山梨県乙女高原、丹沢(中ライン、中標高)のシカの糞に占める葉の占有率の季節変化。五葉山(Takatsuki, 1986)と乙女高原(Takahashi et al., 2013)は元のデータから計算し直して作図した。
したがって、ミヤコザサの豊富な五葉山(表日光でも同様である)とは大きく違うが、ササがさほど多くない乙女高原とはある程度、似たパターンをとった。ただ、それに比べても丹沢では春と夏は大幅に葉が少ないことが確認できた。
次に食物状態の劣悪さの指標として、糞中の繊維の占有率を比較した。これによると、五葉山でも乙女高原でも繊維は一年を通じて5%未満であったが、丹沢では秋と冬には20%台となり、特に注目されるのは夏に60%以上になったことである。ただし春には4.5%に止まった。このことから、丹沢のシカにおける葉の占有率は乙女高原とやや似ていたが、繊維占有率では大きく違うことが確認された。
図4b.岩手県五葉山、山梨県乙女高原、丹沢(中ライン、中標高)のシカの糞に占める繊維の占有率の季節変化。五葉山(Takatsuki, 1986)と乙女高原(Takahashi et al., 2013)は元のデータから計算し直して作図した。
丹沢では長年のシカの影響でササは少なくなっているが、それでも冬の食物としては重要度が高い。そのことはササへの影響が非常に強く出ることを予測させる。今後、さらにササが減れば、冬季のシカの栄養状態に悪影響を与えるようになるであろう。また、夏にも十分に葉を利用できない状況にあるようだった。
この分析により、丹沢においては、シカの糞に、春から秋にかけての植物生育期においてさえ、葉が少量しか検出されないことがわかった。このことは、現状の丹沢のシカが劣悪な食物環境に生きることを強いられていることを示唆する。したがって、これまで以上に、植生のモニタリング、シカの頭数管理、特にその質的特性(妊娠率や蓄積脂肪など)を把握しながら適切なシカ管理を進めることが重要であろう。そのためにも、糞分析による食性解明は有益な情報を提供するであろう。
文献
石川芳治・白木克繁・戸田浩人・片岡史子・鈴木雅一・内山佳美 . 2007. 丹沢堂平地区のシカによる林床植生衰退地における降雨と土壌侵食量. 関東森林研究 58: 131‒132.
国立公園協会.1964. 丹沢大山学術調査報告書,神奈川県,横浜
鈴木 透・山根 正伸. 2013.空中写真からわかるブナ林の衰退. 森林科学, 67: 6-9.
高槻成紀. 2006.「シカの生態誌」、東京大学出版会
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三谷奈保・山根正伸・羽山伸一・古林賢恒. 2005. ニホンジカ (Cervu snippon)の採食行動からみた緑化工の保全生態学的影響 -- 神奈川県丹沢山地塔ノ岳での一事例. 保全生態学研究, 10: 53-61.
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石川芳治・白木克繁・戸田浩人・片岡史子・鈴木雅一・内山佳美 . 2007. 丹沢堂平地区のシカによる林床植生衰退地における降雨と土壌侵食量. 関東森林研究 58: 131‒132.
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鈴木 透・山根 正伸. 2013.空中写真からわかるブナ林の衰退. 森林科学, 67: 6-9.
高槻成紀. 2006.「シカの生態誌」、東京大学出版会
田村 淳. 2015.神奈川県丹沢山地におけるシカ問題の歴史と森林保全対策.水利科学, 333: 52-66.
畢力格図, 石川 芳治, 白木 克繁, 若原 妙子, 海 虎, 内山 佳美. 2013.丹沢堂平地区のシカによる林床植生衰退地における降雨量, 降雨係数および地表流流出量と土壌侵食量との関係. 日本森林学会誌, 95: 163-172.
古林賢恒・丸山直樹. 1977. 丹沢山塊札掛におけるシカの食性. 哺乳動物学雑誌, 57: 5-62.
古林賢恒・山根正伸. 1997. 丹沢山地長尾根での森林皆伐後のニホンジカとスズタケの変動.野生生物保護 2 :195-204.
三谷奈保・山根正伸・羽山伸一・古林賢恒. 2005. ニホンジカ (Cervu snippon)の採食行動からみた緑化工の保全生態学的影響 -- 神奈川県丹沢山地塔ノ岳での一事例. 保全生態学研究, 10: 53-61.
山根正伸. 2012.シカの管理─奥山に登ったシカ.「丹沢の自然再生」、木平勇吉・勝山輝男・田村 淳・山根正伸・羽山伸一・糸長浩司・原慶太郎・谷川 潔編,日本林 業調査会,東京),283-295.
Takahashi, K., A. Uehara and S. Takatsuki. 2013. Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica. Mammal Study, 38: 231-234.
Takatsuki, S. 1986. Food habits of Sika deer on Mt. Goyo. Ecological Research, 1: 119-128.
Yamada, H. and S. Takatsuki, 2014. Effects of deer grazing on vegetation and ground-dwelling insects in a larch forest in Okutama, western Tokyo. International Journal of Forestry Research, 2015, Article ID 687506, 9 pp.
タヌキの食性は割合よく調べられているが、論文数では関東地方に偏っている。九州の孤島(Ikeda et al. 1979)とか、仙台の海岸(高槻ほか 2018)などユニークな生息地の事例、あるいは山地の事例(Sasaki and Kawabata 1994; 山本 1994)もあるが、こういう事例は限れており、多いのは市街地の郊外や里山(田園地帯)の事例である(Hirasawa et al. 2006; Sakamoto and Takatsuki 2015)。そこでは果実を主体とし、夏に昆虫、冬に哺乳類や鳥類や人工物が増加するという季節変化が見られる。食物内容は季節的にも大きく変化するが、タヌキの食性の一つの特徴は生息地の環境によっても大きく変化することで、これらはタヌキの「融通性」を反映している。
そういう背景からいえば、この分析で取り上げるアファンの森のタヌキの食性はどういう特徴があるだろうか。アファンの森は長野県北部にある信濃町の飯縄山の下方にある主に落葉樹広葉樹の雑木林からなり、周辺にはすぎ人工林、牧場、農地などもある。したがってタヌキは基本的には雑木林内の動植物を利用できるが、必要によってはこれら農地に出て作物などを食べることもできるという環境に生きている。
ここまでタヌキの食性の場所的な可塑性を述べたが、これまでのタヌキの食性研究はほとんどが単年のものである。唯一の例外は皇居において5年間の継続調査である(Akihito et al. 2016)。この分析では5年間、同じ季節変化が繰り返されたことが明らかにされた。それは皇居の森の安定性を反映していると考えられる。
これに比較すると、アファンの森は冬は積雪があり、皇居の常緑樹林に比較すれば果実生産などの年次変動が大きい可能性がある。
そこで、調査の目的は雑木林と農地の食物の比率が、季節的に、あるいは年次を通じてどのような変動を示すかを明らかにすることにある。そのため糞試料を6年間回収した。
この報告はそのうち、2018年の試料に関するものであり、それ以前のものは今後分析する予定である。
調査地
アファンの森がある飯縄山は長野県北部の信濃町にある。アファンの森は飯綱山の北東の下方に位置する。コナラを主体とした落葉広葉樹林で、比較的強度の間伐と下刈りをしており、林は明るい。すぐ北側には国有林があり、主にスギ人工林である。東側および南側は農地で、畑や牧場がある。
方法
2018年の4月から11月までのほぼ毎月野外調査を行い、タヌキのタメフンを探して新鮮な糞の中から,形や色合いなどによって異なる排糞と明らかに区別されるものを回収した。
アファン の森のタメフン場においたセンサーカメラで撮影された糞をするタヌキ
アファン の森のタヌキの糞(2018.6.15)
タヌキの糞は0.5 mm間隔の篩上で水洗して残った食物片を光学顕微鏡で分析した。量的評価にはポイント枠法(Stewart 1967; Sato et al. 2000)を用いた。これは食物片の投影面積を1 mm間隔の格子の交点数で評価するものであり(高槻・立脇 2012)、各食物カテゴリーごとに占有率(交点数の総数に対するある食物カテゴリーの交点数の割合)を算出した。カウント数は1サンプルあたり100以上とした。
水洗されてフルイに残った糞内容物
タヌキの糞から出現した果実はすべて多肉果であり、「果実」としたのはその果皮、あるいは果肉である。これらは同定が困難であったが、種子の多くは種または属まで識別できた。人工物にはポリ袋、銀紙(菓子類の包装紙)、ゴム類、プラスチックなどを含む。またコメやトウモロコシなどの農作物も人工物とした。種子は図鑑類(石井 1994; 中山ほか 2000; 鈴木ほか 2012)とレファレンス標本によって同定した。
結果
タメフン場を2カ所発見してそこで糞を回収したが、夏は糞虫の分解が活発で、サンプルが得られない月もあった。5月の調査で発見した新鮮な糞は5月のものとしたが、その下にあった古いものは冬のサンプルとした。結果をいかに記述し、検出物の写真は巻末に示した。
冬のサンプルでは農作物、支持組織、哺乳類が20-30%を占めた。農作物は全て米の籾であり、タヌキがアファン の森の外でコメを食べていることを示していた。野生の果実はごく少なかった。
5月のサンプルでは哺乳類とその他の動物が多く、タヌキがネズミなどの死体を食べているようだった。「脊椎動物」としたのは大部分が骨であり、鳥類の羽毛がほとんど出ておらず、哺乳類の毛は多く検出されているので、このほとんどは哺乳類の骨と推定される。
6月になると哺乳類は減り、昆虫が増えた。
7, 8月には糞が糞虫によって分解されて分析できなかった。
9月になってサンプルが確保できたが、サンプル数が少ないので、10月のサンプルとまとめた。6月までの動物質中心が大きく変化し、果実、キノコなど植物質主体になった。ヤマボウシの果肉と種子が多かった。
12月のサンプルは10, 11月のものも含むと思われ、秋の食性を反映していると言える。それによると、種子が28.5%で、そのほかは果皮、植物の葉、キノコ、農作物(コメとソバ)など10%程度のものがあり多様であった。
アファン の森の糞組成の季節変化
種子は9,10月には増加し、主体はヤマボウシだったが、ヤマブドウもあった。12月のサンプルには9種も検出され、そのうち、サルナシ(6.1%)、エノキ(5.9%)、コブシ(3.4%)、ヤマグワ(3.5%)、ヤマブドウ(2.4%)、ミズキ(2.0%)などが多かった。果皮は識別が困難であったが、サルナシとヤマブドウは果皮も多く検出された。
農作物はコメ(イネ籾)のほかソバが検出された。
考察
今後、他地域との比較をする予定であるが、2018年の分析で言えることは次のようになる。冬は動物の死体や農作物などを食べていた。植物の支持組織も多かったことから察すると、果実がなくなり、食物が乏しい状況で、限られた食物を探して食べているようである。初夏になると哺乳類や昆虫が増え、果実はほとんど食べていないようだった。夏はサンプルがなく不明である。秋になると果実が豊富になり、昆虫はほとんど食べなくなった。このように、春から初夏にかけてほぼ動物食になるのは他の場所ではあまりないことで、アファン のタヌキに特徴的なことかもしれない。何れにしても、季節ごとに食物内容が大きく変化した。
冬、6月、12月の糞からコメ、ソバが検出されており、野生植物だけでなく農作物も食べていることがわかった。ただしポリ袋などの人工物は冬に微量検出されたに過ぎない。
したがって、アファン の森のタヌキは森林の動植物を主体としながら、必要に応じて農作物も利用するという食性を持つということが特徴であろうと思われる。
文献
Akihito, Sako T, Teduka M, Kawada S (2016) Long-term trends in food habits of the raccoon dog, Nyctereutes viverrinus, in the imperial palace, Tokyo. Bulletin of National Museum, Natural Science, Ser. A, 42:143-161
Hirasawa M, Kanda E, Takatsuki S (2006) Seasonal food habits of the raccoon dog at a western suburb of Tokyo. Mammal Study, 31:9-14
Ikeda H, Eguchi K, Ono Y (1979) Home range utilization of a raccoon dog, Nyctereutes procyonoides viverrinus, Temminck, in a small islet in western Kyushu. Japanese Journal of Ecology, 29:35-48
Sakamoto Y, Takatsuki S (2015) Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science, 32: 157-162
酒向 貴子, 川田 伸一郎, 手塚 牧人, 上杉 哲郎, 明仁 (2008) 皇居におけるタヌキの食性とその季節変動. 国立科学博物館研究報告A類(動物学), 34:63-75
Sasaki H, Kawabata M (1994) Food habits of the raccoon dog Nyctereutes procyonoides viverrinus in a mountainous area of Japan. Journal of Mammalogical Society of Japan, 19:1-8
Stewart DRM (1967) Analysis of plant epidermis in faeces:A technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology, 4:83-111
山本 祐治 (1994) 長野県入笠山におけるテン, キツネ, アナグマ, タヌキの食性の比較分析. 自然環境科学研究, 7:45-52
山本 祐治, 木下 あけみ (1994) 川崎市におけるホンドタヌキの食物組成. 川崎市青少年科学館紀要, 5:29-34
付図
↑2018年冬(4月以前)
↑2018年5月
↑2018年6月
↑2018年9月
↑2018年10月
↑2018年12月
そういう背景からいえば、この分析で取り上げるアファンの森のタヌキの食性はどういう特徴があるだろうか。アファンの森は長野県北部にある信濃町の飯縄山の下方にある主に落葉樹広葉樹の雑木林からなり、周辺にはすぎ人工林、牧場、農地などもある。したがってタヌキは基本的には雑木林内の動植物を利用できるが、必要によってはこれら農地に出て作物などを食べることもできるという環境に生きている。
ここまでタヌキの食性の場所的な可塑性を述べたが、これまでのタヌキの食性研究はほとんどが単年のものである。唯一の例外は皇居において5年間の継続調査である(Akihito et al. 2016)。この分析では5年間、同じ季節変化が繰り返されたことが明らかにされた。それは皇居の森の安定性を反映していると考えられる。
これに比較すると、アファンの森は冬は積雪があり、皇居の常緑樹林に比較すれば果実生産などの年次変動が大きい可能性がある。
そこで、調査の目的は雑木林と農地の食物の比率が、季節的に、あるいは年次を通じてどのような変動を示すかを明らかにすることにある。そのため糞試料を6年間回収した。
この報告はそのうち、2018年の試料に関するものであり、それ以前のものは今後分析する予定である。
調査地
アファンの森がある飯縄山は長野県北部の信濃町にある。アファンの森は飯綱山の北東の下方に位置する。コナラを主体とした落葉広葉樹林で、比較的強度の間伐と下刈りをしており、林は明るい。すぐ北側には国有林があり、主にスギ人工林である。東側および南側は農地で、畑や牧場がある。
方法
2018年の4月から11月までのほぼ毎月野外調査を行い、タヌキのタメフンを探して新鮮な糞の中から,形や色合いなどによって異なる排糞と明らかに区別されるものを回収した。
アファン の森のタメフン場においたセンサーカメラで撮影された糞をするタヌキ
アファン の森のタヌキの糞(2018.6.15)
タヌキの糞は0.5 mm間隔の篩上で水洗して残った食物片を光学顕微鏡で分析した。量的評価にはポイント枠法(Stewart 1967; Sato et al. 2000)を用いた。これは食物片の投影面積を1 mm間隔の格子の交点数で評価するものであり(高槻・立脇 2012)、各食物カテゴリーごとに占有率(交点数の総数に対するある食物カテゴリーの交点数の割合)を算出した。カウント数は1サンプルあたり100以上とした。
水洗されてフルイに残った糞内容物
タヌキの糞から出現した果実はすべて多肉果であり、「果実」としたのはその果皮、あるいは果肉である。これらは同定が困難であったが、種子の多くは種または属まで識別できた。人工物にはポリ袋、銀紙(菓子類の包装紙)、ゴム類、プラスチックなどを含む。またコメやトウモロコシなどの農作物も人工物とした。種子は図鑑類(石井 1994; 中山ほか 2000; 鈴木ほか 2012)とレファレンス標本によって同定した。
結果
タメフン場を2カ所発見してそこで糞を回収したが、夏は糞虫の分解が活発で、サンプルが得られない月もあった。5月の調査で発見した新鮮な糞は5月のものとしたが、その下にあった古いものは冬のサンプルとした。結果をいかに記述し、検出物の写真は巻末に示した。
冬のサンプルでは農作物、支持組織、哺乳類が20-30%を占めた。農作物は全て米の籾であり、タヌキがアファン の森の外でコメを食べていることを示していた。野生の果実はごく少なかった。
5月のサンプルでは哺乳類とその他の動物が多く、タヌキがネズミなどの死体を食べているようだった。「脊椎動物」としたのは大部分が骨であり、鳥類の羽毛がほとんど出ておらず、哺乳類の毛は多く検出されているので、このほとんどは哺乳類の骨と推定される。
6月になると哺乳類は減り、昆虫が増えた。
7, 8月には糞が糞虫によって分解されて分析できなかった。
9月になってサンプルが確保できたが、サンプル数が少ないので、10月のサンプルとまとめた。6月までの動物質中心が大きく変化し、果実、キノコなど植物質主体になった。ヤマボウシの果肉と種子が多かった。
12月のサンプルは10, 11月のものも含むと思われ、秋の食性を反映していると言える。それによると、種子が28.5%で、そのほかは果皮、植物の葉、キノコ、農作物(コメとソバ)など10%程度のものがあり多様であった。
アファン の森の糞組成の季節変化
種子は9,10月には増加し、主体はヤマボウシだったが、ヤマブドウもあった。12月のサンプルには9種も検出され、そのうち、サルナシ(6.1%)、エノキ(5.9%)、コブシ(3.4%)、ヤマグワ(3.5%)、ヤマブドウ(2.4%)、ミズキ(2.0%)などが多かった。果皮は識別が困難であったが、サルナシとヤマブドウは果皮も多く検出された。
農作物はコメ(イネ籾)のほかソバが検出された。
考察
今後、他地域との比較をする予定であるが、2018年の分析で言えることは次のようになる。冬は動物の死体や農作物などを食べていた。植物の支持組織も多かったことから察すると、果実がなくなり、食物が乏しい状況で、限られた食物を探して食べているようである。初夏になると哺乳類や昆虫が増え、果実はほとんど食べていないようだった。夏はサンプルがなく不明である。秋になると果実が豊富になり、昆虫はほとんど食べなくなった。このように、春から初夏にかけてほぼ動物食になるのは他の場所ではあまりないことで、アファン のタヌキに特徴的なことかもしれない。何れにしても、季節ごとに食物内容が大きく変化した。
冬、6月、12月の糞からコメ、ソバが検出されており、野生植物だけでなく農作物も食べていることがわかった。ただしポリ袋などの人工物は冬に微量検出されたに過ぎない。
したがって、アファン の森のタヌキは森林の動植物を主体としながら、必要に応じて農作物も利用するという食性を持つということが特徴であろうと思われる。
文献
Akihito, Sako T, Teduka M, Kawada S (2016) Long-term trends in food habits of the raccoon dog, Nyctereutes viverrinus, in the imperial palace, Tokyo. Bulletin of National Museum, Natural Science, Ser. A, 42:143-161
Hirasawa M, Kanda E, Takatsuki S (2006) Seasonal food habits of the raccoon dog at a western suburb of Tokyo. Mammal Study, 31:9-14
Ikeda H, Eguchi K, Ono Y (1979) Home range utilization of a raccoon dog, Nyctereutes procyonoides viverrinus, Temminck, in a small islet in western Kyushu. Japanese Journal of Ecology, 29:35-48
Sakamoto Y, Takatsuki S (2015) Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science, 32: 157-162
酒向 貴子, 川田 伸一郎, 手塚 牧人, 上杉 哲郎, 明仁 (2008) 皇居におけるタヌキの食性とその季節変動. 国立科学博物館研究報告A類(動物学), 34:63-75
Sasaki H, Kawabata M (1994) Food habits of the raccoon dog Nyctereutes procyonoides viverrinus in a mountainous area of Japan. Journal of Mammalogical Society of Japan, 19:1-8
Stewart DRM (1967) Analysis of plant epidermis in faeces:A technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology, 4:83-111
山本 祐治 (1994) 長野県入笠山におけるテン, キツネ, アナグマ, タヌキの食性の比較分析. 自然環境科学研究, 7:45-52
山本 祐治, 木下 あけみ (1994) 川崎市におけるホンドタヌキの食物組成. 川崎市青少年科学館紀要, 5:29-34
付図
↑2018年冬(4月以前)
↑2018年5月
↑2018年6月
↑2018年9月
↑2018年10月
↑2018年12月
今村 航
いままでやったことがないようなことをいっぱいできてうれしかったです。フクロウのことやネズミの骨のことなどが分かってすごく勉強になりました。「ダーウィンがきた」をみたのでさらによく分かりました。ネズミの骨を見つけ出すということはやったことがなかったので、きちょうな体験ができたと思いました。できたら、ネズミの骨の部分の名前を覚えたいです。このイベントにきてよかったです。
梶尾 祥太
ふだんはあまり体験しないフクロウの巣からネズミの骨を探してみるとねずみだけではなくさまざまな物があったのでおどろきました。
ネズミにも種るいがあるのは知っていたのですが、どうやって種類を見わけるのか分からなかったので知る事が出来たので良かったです。
金子 黎美
今日の分析作業は、いい経験になりました!!
一番最初に、土を取って紙皿に入れた時、モグラの手の骨が入っていて自分でも目を丸くしました。そして、なぜかほとんどの骨が大腿骨で、少し上腕骨や下顎骨がまざっていました。鳥の口ばしや、下顎骨から歯を取ったりと、夏休みに行ったイベントと同じくらいにすごく面白かったです。
先生が1つ1つ丁ねいに教えてくれたり、分からないものがあると、くわしく説明して下さったので、いろんなことがたくさん覚えられました。
次のきかくがあったら、また応ぼします!!
坂田 雄悟
フクロウのすからネズミのほねを取り出すことができてとてもいいけいけんになりました。
清水 小百合
たくさんやってもきりがないのでおどろきました。時間を忘れるくらいおもしろいです。骨が出てきてほしいと思った。けん甲こつを3,4回目でようやく1つでてきました。あごの部分が4~5つありました。
関野 椿子
はじめてさんかさせてもらったけど、高つき先生が、形や大きさをおしえてくださったので、たのしくほねをさがせることができました!!ありがとうございました。とくに、わたしがいんしょうにのこっているほねは、うたうおじさんです。ほんものを見たらほんとうにうたっているおじさんみたいでした♫たのしかったです。
千葉 楓音
思ったよりネズミじゃない動物の骨も入っていてびっくりした。鳥やリスの骨がかなりでてきた。ネズミの頭がまるまる1個でてきたときは、ちょっとこわくて、どうしたらそんな風になるんだろうとふしぎに思えた。また、虫の足、虫のさなぎ、ハチの巣まで出てきた。この巣はきょう存しているのかなとも考えた。今回、参加してみてよかったと思えた。
塚原 朋士
今日、骨を探す前、小さくて土とまざってわからなかったりして、30分くらいであきるだろうと思っていたけれど、やってみると楽しく2時間があっという間に感じました。
楽しく「頭骨」「肩甲骨」など、いろいろな骨があることを知れました。「すごい」「これを見せてくれませんか」など、ほかの人とも話せたりできて良かったです。
地方、場所、気候などによって、とれるネズミなど、とれるもの、巣立ちの時季はちがうのかとぎもんになりました。今日はきちょうな体験をありがとうございました。またしたいです。
平石 千畝
骨集めとネズミの首が出てきたのが楽しかったです。ネズミの首をみていると少しかわいそうに思いました。フクロウは食いしんぼうだと思いました。
美濃部 篤哉
今回は骨の形と名前が印象に残りました。P骨は骨に穴が空いているのでP骨になっていたり、尺骨が歌っている人に見えるので歌う人になっていることです。このことをおぼえておき、他の動物にその骨があるかどうか見てみようと思いました。また参加したいです。
目野 朔太郎
ぼくは新聞でこのことを知りました。ぼくは自分の中で、「あまり骨はでないかな~」と思ったけど、たくさんできてびっくりしました。またもぐらの手、鳥のくちばしもでてきてとってもたのしかったです。
今村 彩子
フクロウのエサのとり方だけでなく、ネズミの特徴や違いも教えていただき、大変興味深いものでした。また、ネズミ以外の色々な動物の骨が出てきたので、多様な世界だなあと感じました。とても小さい骨なのに、先生はすぐに何か判るので、さすが専門家!!と思いました。
今村 剛
これまで知らなかったフクロウとネズミの生態を大いに勉強させていただき、またフクロウになった気分で実感することができました。ネズミの骨の小ささと精密さに驚きました。貴重な機会をいただきありがとうございました。
江尻 なな美
フクロウと猫のことが良く分かったので、良かったです。
ネズミの骨を間近で見れたので良かったです。私は獣医師をめざしているので、良い参考になりました。
江尻 真太郎
フクロウの巣からネズミの骨を探し、さらに骨の種類ごとに仕分ける作業はなかなか体験できないことであり、とても楽しかったです。子供にとっても貴重な体験となり、動物の生態や体の仕組みを学べ、良かったと思います。ありがとうございました。
木地本 重徳
野鳥観察はよく出かけますが、ペレットの分析ははじめてで、実際のものを目前で見て良い経験でした。こういう作業を続けられるのは大変ですね。頭が下がります。フクロウの姿を見ることは何回かしましたが・・・。
薦田 洋子
フクロウに興味があり申し込みました。案内を読んで自分にもできるだろうか?と思いましたが、意外にも多くの骨を見つけることができ、うれしかったです。始めると作業に夢中になり、眼鏡(老眼鏡)を忘れて「しまった!」と思いましたが、ルーペを持っていて役に立ちました。
ネズミの種類もわかったり(2種類ですが)骨のつながり方も知ることができ、良かったと思います。先週の「ダーウィンが来た!」を楽しく観ましたので、今日とのつながりがあり、とてもよい機会になりました。
ありがとうございました。
坂田 憲一
普段それほど気にしていない巣の中にも色々な情報を得ることができるのだと知った。また、機会があればこのような体験に参加したいと思います。
坂田 美幸
見ていてかわいいと思っていたフクロウの生態を知るとても良い学びの場でした。ネズミの体の構造を知る機会はこれからもない?かもしれないので骨を見ておどろきでした。子供も集中して1時間以上作業しました。先生をはじめ、皆様に親切にしていただき、ありがとうございました。子供はとても楽しかったそうです。
新藤 はるな
どういう場所に何ネズミがいるのか解説を聞くことで楽しく骨を探せました。フクロウの巣箱をしかける活動にも関心がわきました。実物をさわる貴重な体験をさせて頂き、楽しかったです。また、こういう講座がありましたら、参加したいです。ありがとうございました。
関野 貴之
高槻先生が様々な背景や根拠を示してくださったので、大変興味深く参加させていただきました。先生がおっしゃったように、実物に触れることが子どもたちには大事だと思います。短い時間ではありませんでしたが、娘も集中して、かつ細部まで観察をしておりました。先生には多様な質問にも快く答えていただき感謝しております。ありがとうございました。また次回も参加したいと思います。
千葉 千絵
今日は初めてワークショップに参加させて頂きました。青森のりんご畑で、フクロウの住む木を切ったら、ねずみが増えてしまったが、フクロウが再び住めるようにしたら、またねずみが減り、農家と動物が共存できるという事に嬉しい気持ちになりました。ヒトとフクロウとねずみが良いバランスで生きていける世の中になったら良いなと思います。骨の分類もとても勉強になりました。色々なものが出てきておどろきました。なかなかこういう機会はないので、興味深かったです。ありがとうございました。
塚原 朋子
フクロウの食性をよく見ることができて、とても面白く興味深かったです。もっと長時間でじっくり分類できても良かったと思います。リンゴ畑のフクロウとの共生については、とても素晴らしいと思います。
<博物館:ありがとうございます。子供さんの参加があったので2時間以上は難しいと判断しました。>
檜山 幸子
ネズミのこと大変参考になりました。いつもながら骨の分別になると判断迷うことが多く、まわりの方と「これ何~」とききながら楽しくできましたが、習得までは仲々~。ありがとうございました。
平石 康久
色々な骨が出てきて大変楽しかったです。森ネズミとハタネズミの違い、森を狩場とするフクロウと牧場を狩場とするフクロウの戦略の違いも興味深かったです。
いままでやったことがないようなことをいっぱいできてうれしかったです。フクロウのことやネズミの骨のことなどが分かってすごく勉強になりました。「ダーウィンがきた」をみたのでさらによく分かりました。ネズミの骨を見つけ出すということはやったことがなかったので、きちょうな体験ができたと思いました。できたら、ネズミの骨の部分の名前を覚えたいです。このイベントにきてよかったです。
梶尾 祥太
ふだんはあまり体験しないフクロウの巣からネズミの骨を探してみるとねずみだけではなくさまざまな物があったのでおどろきました。
ネズミにも種るいがあるのは知っていたのですが、どうやって種類を見わけるのか分からなかったので知る事が出来たので良かったです。
金子 黎美
今日の分析作業は、いい経験になりました!!
一番最初に、土を取って紙皿に入れた時、モグラの手の骨が入っていて自分でも目を丸くしました。そして、なぜかほとんどの骨が大腿骨で、少し上腕骨や下顎骨がまざっていました。鳥の口ばしや、下顎骨から歯を取ったりと、夏休みに行ったイベントと同じくらいにすごく面白かったです。
先生が1つ1つ丁ねいに教えてくれたり、分からないものがあると、くわしく説明して下さったので、いろんなことがたくさん覚えられました。
次のきかくがあったら、また応ぼします!!
坂田 雄悟
フクロウのすからネズミのほねを取り出すことができてとてもいいけいけんになりました。
清水 小百合
たくさんやってもきりがないのでおどろきました。時間を忘れるくらいおもしろいです。骨が出てきてほしいと思った。けん甲こつを3,4回目でようやく1つでてきました。あごの部分が4~5つありました。
関野 椿子
はじめてさんかさせてもらったけど、高つき先生が、形や大きさをおしえてくださったので、たのしくほねをさがせることができました!!ありがとうございました。とくに、わたしがいんしょうにのこっているほねは、うたうおじさんです。ほんものを見たらほんとうにうたっているおじさんみたいでした♫たのしかったです。
千葉 楓音
思ったよりネズミじゃない動物の骨も入っていてびっくりした。鳥やリスの骨がかなりでてきた。ネズミの頭がまるまる1個でてきたときは、ちょっとこわくて、どうしたらそんな風になるんだろうとふしぎに思えた。また、虫の足、虫のさなぎ、ハチの巣まで出てきた。この巣はきょう存しているのかなとも考えた。今回、参加してみてよかったと思えた。
塚原 朋士
今日、骨を探す前、小さくて土とまざってわからなかったりして、30分くらいであきるだろうと思っていたけれど、やってみると楽しく2時間があっという間に感じました。
楽しく「頭骨」「肩甲骨」など、いろいろな骨があることを知れました。「すごい」「これを見せてくれませんか」など、ほかの人とも話せたりできて良かったです。
地方、場所、気候などによって、とれるネズミなど、とれるもの、巣立ちの時季はちがうのかとぎもんになりました。今日はきちょうな体験をありがとうございました。またしたいです。
平石 千畝
骨集めとネズミの首が出てきたのが楽しかったです。ネズミの首をみていると少しかわいそうに思いました。フクロウは食いしんぼうだと思いました。
美濃部 篤哉
今回は骨の形と名前が印象に残りました。P骨は骨に穴が空いているのでP骨になっていたり、尺骨が歌っている人に見えるので歌う人になっていることです。このことをおぼえておき、他の動物にその骨があるかどうか見てみようと思いました。また参加したいです。
目野 朔太郎
ぼくは新聞でこのことを知りました。ぼくは自分の中で、「あまり骨はでないかな~」と思ったけど、たくさんできてびっくりしました。またもぐらの手、鳥のくちばしもでてきてとってもたのしかったです。
今村 彩子
フクロウのエサのとり方だけでなく、ネズミの特徴や違いも教えていただき、大変興味深いものでした。また、ネズミ以外の色々な動物の骨が出てきたので、多様な世界だなあと感じました。とても小さい骨なのに、先生はすぐに何か判るので、さすが専門家!!と思いました。
今村 剛
これまで知らなかったフクロウとネズミの生態を大いに勉強させていただき、またフクロウになった気分で実感することができました。ネズミの骨の小ささと精密さに驚きました。貴重な機会をいただきありがとうございました。
江尻 なな美
フクロウと猫のことが良く分かったので、良かったです。
ネズミの骨を間近で見れたので良かったです。私は獣医師をめざしているので、良い参考になりました。
江尻 真太郎
フクロウの巣からネズミの骨を探し、さらに骨の種類ごとに仕分ける作業はなかなか体験できないことであり、とても楽しかったです。子供にとっても貴重な体験となり、動物の生態や体の仕組みを学べ、良かったと思います。ありがとうございました。
木地本 重徳
野鳥観察はよく出かけますが、ペレットの分析ははじめてで、実際のものを目前で見て良い経験でした。こういう作業を続けられるのは大変ですね。頭が下がります。フクロウの姿を見ることは何回かしましたが・・・。
薦田 洋子
フクロウに興味があり申し込みました。案内を読んで自分にもできるだろうか?と思いましたが、意外にも多くの骨を見つけることができ、うれしかったです。始めると作業に夢中になり、眼鏡(老眼鏡)を忘れて「しまった!」と思いましたが、ルーペを持っていて役に立ちました。
ネズミの種類もわかったり(2種類ですが)骨のつながり方も知ることができ、良かったと思います。先週の「ダーウィンが来た!」を楽しく観ましたので、今日とのつながりがあり、とてもよい機会になりました。
ありがとうございました。
坂田 憲一
普段それほど気にしていない巣の中にも色々な情報を得ることができるのだと知った。また、機会があればこのような体験に参加したいと思います。
坂田 美幸
見ていてかわいいと思っていたフクロウの生態を知るとても良い学びの場でした。ネズミの体の構造を知る機会はこれからもない?かもしれないので骨を見ておどろきでした。子供も集中して1時間以上作業しました。先生をはじめ、皆様に親切にしていただき、ありがとうございました。子供はとても楽しかったそうです。
新藤 はるな
どういう場所に何ネズミがいるのか解説を聞くことで楽しく骨を探せました。フクロウの巣箱をしかける活動にも関心がわきました。実物をさわる貴重な体験をさせて頂き、楽しかったです。また、こういう講座がありましたら、参加したいです。ありがとうございました。
関野 貴之
高槻先生が様々な背景や根拠を示してくださったので、大変興味深く参加させていただきました。先生がおっしゃったように、実物に触れることが子どもたちには大事だと思います。短い時間ではありませんでしたが、娘も集中して、かつ細部まで観察をしておりました。先生には多様な質問にも快く答えていただき感謝しております。ありがとうございました。また次回も参加したいと思います。
千葉 千絵
今日は初めてワークショップに参加させて頂きました。青森のりんご畑で、フクロウの住む木を切ったら、ねずみが増えてしまったが、フクロウが再び住めるようにしたら、またねずみが減り、農家と動物が共存できるという事に嬉しい気持ちになりました。ヒトとフクロウとねずみが良いバランスで生きていける世の中になったら良いなと思います。骨の分類もとても勉強になりました。色々なものが出てきておどろきました。なかなかこういう機会はないので、興味深かったです。ありがとうございました。
塚原 朋子
フクロウの食性をよく見ることができて、とても面白く興味深かったです。もっと長時間でじっくり分類できても良かったと思います。リンゴ畑のフクロウとの共生については、とても素晴らしいと思います。
<博物館:ありがとうございます。子供さんの参加があったので2時間以上は難しいと判断しました。>
檜山 幸子
ネズミのこと大変参考になりました。いつもながら骨の分別になると判断迷うことが多く、まわりの方と「これ何~」とききながら楽しくできましたが、習得までは仲々~。ありがとうございました。
平石 康久
色々な骨が出てきて大変楽しかったです。森ネズミとハタネズミの違い、森を狩場とするフクロウと牧場を狩場とするフクロウの戦略の違いも興味深かったです。
12月15日と翌週の22日に麻布大学いのちの博物館のイベントとしてワークショプ「フクロウの巣からネズミの骨を取り出す」を実施しました。親子連れを中心に31名の参加がありました。
はじめに当日の内容の解説をしました。それは次のようなものでした。フクロウはネズミを食べることに特殊化した鳥である。八ヶ岳では八ヶ岳自然クラブが長年巣箱をかけて観察をしており、麻布大学で10年くらい巣に残されたネズミの骨を分析している。それによってわかったのは牧場に近い巣ではハタネズミの割合が高く、森に近いとその割合が低くなること。ハタネズミは牧場のような草原にいて草の葉や根など消化しにくいものでも食べるが、アカネズミは森林に住んでおり、果実や動物質など栄養価の高い食物を食べること。フクロウの巣に残った下顎でハタネズミとアカネズミは区別できることなどでした。
それからネズミの骨の解説をしました。動物の骨にはむずかしい漢字で細かく名前がついており、とくに子供には覚えられません。それでこのワークショップではいくつかの骨にニックネームをつけることで覚えやすくする工夫をすることにしました。前肢の下、つまり肘から下を尺骨といいますが、この骨は上腕骨との関節部分が半円形にえぐれているので、見ようによっては人が大声をあげているように見えなくもありません。そこでこれを「歌うおじさん」と呼びます。腰骨は「寛骨」といいますが、これは左右が分かれて出てきます。それを見るとアルファベットのPに見えるので「P骨」としました。また後肢のヒザから下を「脛骨」といいますが、脛骨は腓骨と並んでいます。それがネズミの場合は癒合しているので「脛腓骨」と呼ばれます。これはバイオリンの弓に似ているので「バイオリン」としました。
ネズミの骨の説明図
理解をはかるために、以前の展示で使った粘土模型などを展示し、見てもらいました。
ネズミの骨の粘土模型など
もう一点、今年特別に説明したことがあります。それは弘前のリンゴ園のフクロウのことです。12月2日にNHK総合テレビで弘前のリンゴ園のフクロウのことが紹介されました(「青森のリンゴ園 救世主はフクロウ!」こちら)。それはリンゴ園で働く人が高齢化したためにリンゴの大きい木が伐られて、作業のしやすい若い木に植え直したらネズミにかじられる被害が出るようになった。それに困って、殺鼠剤などで駆除しようとしたが効果がなかった。それは大きい木にはウロ(樹洞)があってフクロウが住んでおり、フクロウがネズミを食べてくれていたのに、それがなくなってネズミが増えたのではないかと考えてフクロウの巣箱をつけたら、フクロウが営巣し、その周りではネズミが減ったという話でした。私(高槻)はこの研究を指導した弘前大学の東先生と長年の知り合いで、相談の結果、そのリンゴ園の2つの巣から巣材を提供してもらうことになり、このワークショップで分析することにしました。
この説明の後、6つのテーブルにおいた巣材を分析してもらうことになりました。はじめに骨の取り出し方を説明しました。
骨の取り出し方を説明する
分析を始める
皆さんたいへん熱心に分析し、小さい子には長すぎるのではないかと心配しましたが、退屈することなく、集中して分析をしていました。
作業のようす1
作業のようす2(12月22日)
作業のようす3(12月22日)
「これはなんですか?」
という質問に行ってみるとモグラの手だったので、標本を持って行って
「ほら、これと同じでしょう?足に比べてこんなに大きい」
「掘るからだ」
「そうだね、トンネルを掘るから手が特別大きいんだよ」
というと、歓声が上がりました。
しばらくすると小さな男の子が取り出したものを持って来たので、見るとサワガニの体の腹部でした。これはK2という場所の巣から出たもので、周りが湿地なので、毎年サワガニが検出される場所です。
子供達は学校でも理科の勉強をしますが、学校では主に理解して覚えるということをすると思います。でもここでは現物を目の前にして、実際にフクロウが何を食べていたかを自分が明らかにするということですから、楽しくて仕方がないようでした。
そのほか、鳥の羽毛、胸骨、卵の殻なども出て来ました。弘前のサンプルからはハタネズミが多く出て来て、テレビに内容と符合する結果でした。
途中で田中さんに八ヶ岳のフクロウを観察し、撮影した写真で、巣立ちの様子などについて解説してもらいました。
八ヶ岳のフクロウの観察結果を説明する田中さん
初めて出会った人が会話をし、大人が子供に説明したりするなど、楽しい雰囲気で作業が進みました。
「ネズミの頭があったよ」
大人が子供に説明する
取り上げた骨はネズミの骨格を描いた紙の上に並べ、最終的にはシャーレに入れてもらいました。
取り出したネズミの骨をネズミの骨格を描いた紙の上に並べた
作業が進み、調べ終わった巣内の細かな物質が増えて来た
そうこうするうちにあっという間に終了時間の3時が近くなりました。それで感想文を書いてもらい、感謝状を渡しました。
感謝状を手渡す
最後に記念撮影をしました。
記念撮影 12月15日
記念撮影 12月22日
参加者からの感想は こちら
小平市民奨励学級というものがあり、そこで玉川上水の動植物についての連続講座をすることになったそうです。私にはタヌキの話をして欲しいという依頼がありました。
そこで津田塾大学のタヌキを調べているのでその話をしました。正確にいうとタヌキの話ではなく、タヌキがいることで関連する他の生き物とつながり(リンク)を持つことの話です。
まず玉川上水は細長い緑だということ、そのことは周辺の孤立緑地と比較すると、センサーカメラによるタヌキの撮影率が2倍以上高かったことでタヌキにとって良い生息地であることが確認できたということから始めました。
玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率
以下要点を書きます。
玉川上水は細いが、まとまった緑地が接していると幅が広くなるので、そういうところにはタヌキがいる確率が高いはずだと思って、代表例である津田塾大学にセンサーカメラをおいたらすぐに撮影されました。そしてタメフン場が見つかったので、食べ物を定量的に調べました。それでわかったのは、春と夏は昆虫、秋と冬は果実、冬は相対的に哺乳類と鳥類が増えるというものでした。こちら
津田塾大のタヌキの糞組成
ここで2つの気づきがありました。
ひとつは、タメフン場にたくさんの芽生えがあり、タヌキが種子散布をしていることが確認されたことです。このことから、動物は自分が果実を利用しているつもりだが、実は植物が動物を利用して種子を散布させているということがわかります。
もうひとつは津田塾大学のタヌキが食べるギンナン、カキ、ムクノキ、エノキはいずれも高木であるが、これは関東地方の里山に住むタヌキでヒサカキ、キイチゴ、ヤマグワなど明るい場所に生える低木が多いのと違うということです。
津田塾大学のタヌキがよく食べる果実の種子(上)と里山のタヌキがよく食べる果実の種子(下)
それは津田塾大学のキャンパスの植生と関係があるはずなので調べたら、90年前に防風林として植えたシラカシが育って鬱蒼とした森林になっていることを反映したものだということがわかりました。
タヌキの糞分析ということから少し横道に逸れました。それは仙台の海岸が2011年の3.11大震災で津波に襲われて壊滅的被害を受けたのに2年度にタヌキが「戻って」来たことです。その糞を分析したら、海岸に生えるドクウツギとテリハノイバラがたくさん食べられていました。
3.11大津波のイメージ
仙台の海岸に「戻って」きたタヌキの糞から種子がよく出てきた海岸低木
これらは地上部が破壊されても地下部が残っていたので、2年後には開花結実したのです。この他ヨウシュヤマゴボウなどの外来種、コメやムギなどの農作物なども食べていました。このような融通性のおかげでタヌキは激変する環境でも生き延びているのだと思います。
我が家には各地のタヌキの糞が送られてきます。家族は呆れ顔ですが、実は天皇陛下が皇居のタヌキの糞分析をして立派な論文を書かれました(こちら)。それ以来、私は「こんな地味で誰も興味を持たないような作業をしている人がもう一人ある、それは天皇陛下だ」と胸を張るようになったということを紹介しました。
そして陛下と美智子皇后様の生き物に関する短歌を紹介しました。
玉川上水のタヌキにもどります。タヌキがいれば糞を利用する糞虫がいるはずだと思って調べたら、コブマルエンマコガネという糞虫がたくさんいることがわかりました。これは私の新発見です。このようにタヌキがいることは様々な生き物と関わりを持っていることがわかりました。
この勉強会には子育て中のお母さんも来ると聞いていたので、こども観察会のことも紹介しました。こども向けの観察会のうち、糞虫の観察会をしたときの様ことです。まずトラップをかけたらうまく糞虫が採れたこと、それを観察して、スケッチしてもらったら素晴らしい作品ができたことを紹介しました。
子供達による糞虫のスケッチ
この時に、発泡スチロールでタヌキの人形を作ったり、糞虫の粘土作品を作って解説したことなどを紹介しました。
最後に犬の糞と糞虫をプレゼントしたら、あとで「森には動物がいて糞をするから臭いはずだけど、糞虫が分解してくれるから臭くありません。だから糞虫は大切です」という意味の手紙が来たことを紹介しました。
これに続けて、アイヌのミソサザイの民話を紹介しました。その中に「相手のことを知らないで見下してはいけない」、「神様はこの世に無駄なものは1つもお創りにならなかった」という言葉があることを紹介しました。それから、R. カーソンの「沈黙の春」の中に書かれている「地球は人間だけのためにあるのではない」という言葉を思い起こしてもらいました。これと同じ言葉はアイヌの民話の中にもあります。
そのあとで道路の話をしました。市街地を流れる玉川上水は連続していることに大きな意味を持つが、現実には道路が横切っており、その程度によっては孤立緑地と同じようにタヌキが住めなくなる可能性が十分あります。最近の調査で、府中街道をタヌキが横切っている証拠をつかみました。交通事故の犠牲者もいるはずです。タヌキにとって最後の砦のような玉川上水が厳しい環境になってるようです。私は小平にタヌキがいること、そのタヌキが交通事故にあっていることを市民に知ってもらうための動きをしたいと思っています。
タヌキが道路を横断していることをアピールするためのイラスト
私たちが都市に住むということは自然に迷惑をかけるということです。それは避けられないことではありますが、それを前提としたとしても、さらなる大きな道路が本当に必要であるか、道路が持つ、人にとってのプラス面と、道路をつけることで起きる自然破壊というマイナス面との折り合いをどうつけるかということは十分に考える必要があると思います。
少し早く終わったので、司会のリーさんがご自身のエピソードを紹介しました。私がおこなっている観察会で訪花昆虫の記録をした後で、朝ごはんの時にパンにハチミツをつけようとして、今までなかったことだけど、その蜜を吸うミツバチの姿や動きが見えるようだったそうです。彼女は知識として知ることも大事だけども、実体験することで生き物との距離が近づくということを伝えたかったのだと思いました。
それから、参加者から質問を促しました。具体的なタヌキの性質などに関するものや、どこどこでタヌキを見たという話が多くありました。おそらく「タヌキの話をする」と聞いた人は、私をタヌキそのものをよく知っている人と予測したのだと思います。しかし私は -- もちろんタヌキのことも一通りは知っていますが -- 興味の中心はそこにはなく、自然界におけるタヌキの存在の持つ意味にあるのですが、そのことはわかりにくいのだろうと思いました。
タヌキのことではなく、人間と動物がどう共存するかということについて意見がないかと私が聞いたとき、ある男性が「自分であればもっとラディカルに主張するが、先生(高槻)は調べてわかった客観的事実を伝え、穏やかに話したのが印象に残った」という発言がありました。これに対して私が答えたのは、
「私は70年代の学生運動が盛んだった頃に大学に入りました。政治活動がありましたが、イデオロギーだけに基づく運動は真の力にならないという思いがあります。そうではなく事実に基づいて客観的に事実を伝える、動植物については素晴らしさを伝える、そうすれば、それを破壊するのは良くないと言わなくても、伝わるのだという確認のようなものがあります」ということでした。私が言いたかったのは、人が都市に住んで利便性を追求するのは当然のことかもしれない、しかしこの土地は人間だけのものではないという気持ちを少しは持ったほうがいいということです。
玉川上水を横切る道路建設の反対運動をしている水口和恵さんは「この話をもっと多くの人に聞いてもらいたいと思いました」と言ってくれました。そして、後でメールで「人間の利便性だけを優先する人たちに聞いてほしいです」と伝えてくれました
そこで津田塾大学のタヌキを調べているのでその話をしました。正確にいうとタヌキの話ではなく、タヌキがいることで関連する他の生き物とつながり(リンク)を持つことの話です。
まず玉川上水は細長い緑だということ、そのことは周辺の孤立緑地と比較すると、センサーカメラによるタヌキの撮影率が2倍以上高かったことでタヌキにとって良い生息地であることが確認できたということから始めました。
玉川上水と孤立緑地でのタヌキの撮影率
以下要点を書きます。
玉川上水は細いが、まとまった緑地が接していると幅が広くなるので、そういうところにはタヌキがいる確率が高いはずだと思って、代表例である津田塾大学にセンサーカメラをおいたらすぐに撮影されました。そしてタメフン場が見つかったので、食べ物を定量的に調べました。それでわかったのは、春と夏は昆虫、秋と冬は果実、冬は相対的に哺乳類と鳥類が増えるというものでした。こちら
津田塾大のタヌキの糞組成
ここで2つの気づきがありました。
ひとつは、タメフン場にたくさんの芽生えがあり、タヌキが種子散布をしていることが確認されたことです。このことから、動物は自分が果実を利用しているつもりだが、実は植物が動物を利用して種子を散布させているということがわかります。
もうひとつは津田塾大学のタヌキが食べるギンナン、カキ、ムクノキ、エノキはいずれも高木であるが、これは関東地方の里山に住むタヌキでヒサカキ、キイチゴ、ヤマグワなど明るい場所に生える低木が多いのと違うということです。
津田塾大学のタヌキがよく食べる果実の種子(上)と里山のタヌキがよく食べる果実の種子(下)
それは津田塾大学のキャンパスの植生と関係があるはずなので調べたら、90年前に防風林として植えたシラカシが育って鬱蒼とした森林になっていることを反映したものだということがわかりました。
タヌキの糞分析ということから少し横道に逸れました。それは仙台の海岸が2011年の3.11大震災で津波に襲われて壊滅的被害を受けたのに2年度にタヌキが「戻って」来たことです。その糞を分析したら、海岸に生えるドクウツギとテリハノイバラがたくさん食べられていました。
3.11大津波のイメージ
仙台の海岸に「戻って」きたタヌキの糞から種子がよく出てきた海岸低木
これらは地上部が破壊されても地下部が残っていたので、2年後には開花結実したのです。この他ヨウシュヤマゴボウなどの外来種、コメやムギなどの農作物なども食べていました。このような融通性のおかげでタヌキは激変する環境でも生き延びているのだと思います。
我が家には各地のタヌキの糞が送られてきます。家族は呆れ顔ですが、実は天皇陛下が皇居のタヌキの糞分析をして立派な論文を書かれました(こちら)。それ以来、私は「こんな地味で誰も興味を持たないような作業をしている人がもう一人ある、それは天皇陛下だ」と胸を張るようになったということを紹介しました。
そして陛下と美智子皇后様の生き物に関する短歌を紹介しました。
玉川上水のタヌキにもどります。タヌキがいれば糞を利用する糞虫がいるはずだと思って調べたら、コブマルエンマコガネという糞虫がたくさんいることがわかりました。これは私の新発見です。このようにタヌキがいることは様々な生き物と関わりを持っていることがわかりました。
この勉強会には子育て中のお母さんも来ると聞いていたので、こども観察会のことも紹介しました。こども向けの観察会のうち、糞虫の観察会をしたときの様ことです。まずトラップをかけたらうまく糞虫が採れたこと、それを観察して、スケッチしてもらったら素晴らしい作品ができたことを紹介しました。
子供達による糞虫のスケッチ
この時に、発泡スチロールでタヌキの人形を作ったり、糞虫の粘土作品を作って解説したことなどを紹介しました。
最後に犬の糞と糞虫をプレゼントしたら、あとで「森には動物がいて糞をするから臭いはずだけど、糞虫が分解してくれるから臭くありません。だから糞虫は大切です」という意味の手紙が来たことを紹介しました。
これに続けて、アイヌのミソサザイの民話を紹介しました。その中に「相手のことを知らないで見下してはいけない」、「神様はこの世に無駄なものは1つもお創りにならなかった」という言葉があることを紹介しました。それから、R. カーソンの「沈黙の春」の中に書かれている「地球は人間だけのためにあるのではない」という言葉を思い起こしてもらいました。これと同じ言葉はアイヌの民話の中にもあります。
そのあとで道路の話をしました。市街地を流れる玉川上水は連続していることに大きな意味を持つが、現実には道路が横切っており、その程度によっては孤立緑地と同じようにタヌキが住めなくなる可能性が十分あります。最近の調査で、府中街道をタヌキが横切っている証拠をつかみました。交通事故の犠牲者もいるはずです。タヌキにとって最後の砦のような玉川上水が厳しい環境になってるようです。私は小平にタヌキがいること、そのタヌキが交通事故にあっていることを市民に知ってもらうための動きをしたいと思っています。
タヌキが道路を横断していることをアピールするためのイラスト
私たちが都市に住むということは自然に迷惑をかけるということです。それは避けられないことではありますが、それを前提としたとしても、さらなる大きな道路が本当に必要であるか、道路が持つ、人にとってのプラス面と、道路をつけることで起きる自然破壊というマイナス面との折り合いをどうつけるかということは十分に考える必要があると思います。
少し早く終わったので、司会のリーさんがご自身のエピソードを紹介しました。私がおこなっている観察会で訪花昆虫の記録をした後で、朝ごはんの時にパンにハチミツをつけようとして、今までなかったことだけど、その蜜を吸うミツバチの姿や動きが見えるようだったそうです。彼女は知識として知ることも大事だけども、実体験することで生き物との距離が近づくということを伝えたかったのだと思いました。
それから、参加者から質問を促しました。具体的なタヌキの性質などに関するものや、どこどこでタヌキを見たという話が多くありました。おそらく「タヌキの話をする」と聞いた人は、私をタヌキそのものをよく知っている人と予測したのだと思います。しかし私は -- もちろんタヌキのことも一通りは知っていますが -- 興味の中心はそこにはなく、自然界におけるタヌキの存在の持つ意味にあるのですが、そのことはわかりにくいのだろうと思いました。
タヌキのことではなく、人間と動物がどう共存するかということについて意見がないかと私が聞いたとき、ある男性が「自分であればもっとラディカルに主張するが、先生(高槻)は調べてわかった客観的事実を伝え、穏やかに話したのが印象に残った」という発言がありました。これに対して私が答えたのは、
「私は70年代の学生運動が盛んだった頃に大学に入りました。政治活動がありましたが、イデオロギーだけに基づく運動は真の力にならないという思いがあります。そうではなく事実に基づいて客観的に事実を伝える、動植物については素晴らしさを伝える、そうすれば、それを破壊するのは良くないと言わなくても、伝わるのだという確認のようなものがあります」ということでした。私が言いたかったのは、人が都市に住んで利便性を追求するのは当然のことかもしれない、しかしこの土地は人間だけのものではないという気持ちを少しは持ったほうがいいということです。
玉川上水を横切る道路建設の反対運動をしている水口和恵さんは「この話をもっと多くの人に聞いてもらいたいと思いました」と言ってくれました。そして、後でメールで「人間の利便性だけを優先する人たちに聞いてほしいです」と伝えてくれました
毎日少しずつ作っていた標本がようやく出来上がりました。これから滑空している状態にしないといけませんが、骨格はできたということです。針状軟骨もなんとかうまくできました。
2018.12.14 骨格完成
2018.12.14 骨格完成
ムササビは胴長に対する胃の長さが38%もあって大きいなという印象でしたが、モモンガは24%でした。長さの割に幅が広いので、長さによる数字の意味はあまりないかもしれませんが、モモンガの方が胃は小さい印象です。
モモンガの胃と、その内容物
中身を取り出して顕微鏡で覗いて見ましたが、よくわかりませんでした。不透明なモワモワしたものが多く、葉と認められたものは10%以下でした。でんぷん質のようなので、ドングリなどかもしれません。保存はしておきます。
ムササビはサルナシばかりだったので、どちらも葉食専門ではないということだけは言えます。
モモンガの胃と、その内容物
中身を取り出して顕微鏡で覗いて見ましたが、よくわかりませんでした。不透明なモワモワしたものが多く、葉と認められたものは10%以下でした。でんぷん質のようなので、ドングリなどかもしれません。保存はしておきます。
ムササビはサルナシばかりだったので、どちらも葉食専門ではないということだけは言えます。
安藤・白石(1985)の「ムササビにおける相対成長と滑空適応」という論文を読みました。ムササビが主体ですが、モモンガを含め、新生児から成獣になるまでに体がどう変化するかを論じた論文で難しいところもあるので、要点をわかりやすく説明しておきます。
リスの仲間であるムササビ、モモンガは飛膜で滑空しますが、同じことをする哺乳類でヒヨケザルというのがいます。私も去年ジャワで見ました。ヒヨケザルはムササビなどに比べて顔から手までに飛膜があり、後肢から尾にも飛膜があり、6角形の飛膜を持っています。針状軟骨はないため、手足の先までは飛膜がありますが、それ以上ではありません。そのため面積を稼ぐために必然的に手足は長くなっています。その結果、木を移動するのは苦手です。
飛膜の比較
ヒヨケザルは四肢が長いので樹上を歩くのは苦手 https://plaza.rakuten.co.jp/yamashoubin/diary/201407190000/
このことを考えると、ムササビの針状軟骨は手足を短いままで、樹上の移動にも支障が少なく、いざ飛ぶときにピンと「指代わりの骨」である針状軟骨を伸ばして飛膜面積を大きくしているということです。
モモンガ。四肢の長さはリスなどと同じ程度であり、樹上でも支障なく移動できる。https://hb-l-pet.net/small-animals/
針状軟骨については柔らかくて「たわみ」を持っており、そのために飛膜の前端縁がカーブを描きますが、それは角張っているより飛ぶために好都合だといいます。そういえば飛行機の翼も半円形にカーブを描いています。
また柔らかいことは上に反り返りを生みますが、これは横滑りを少なくするそうです。確かにトビやアホウドリなどの翼の先は反り返っています。
アメリカモモンガの飛翔を写真から描く。飛膜の前の端に長い毛があり、滑空時には反り返る
安藤・白石( 1985)は、ムササビの尾は鳥の尾とは違うことを指摘しています。鳥の尾は低速飛行するときは広がって揚力になり、滑空するときは方向舵になりますが、ムササビの尾は全く違い、重心を後ろに置き、抗力を生んで滑空姿勢を安定させるためだとしています。確かにムササビの滑空写真をみると尾はまるで横広のブラシのように広がって空気抵抗を生んでいるように見えます。
滑空するムササビ。尾は水平に開いて空気抵抗を大きくしている。https://troutinn.exblog.jp/24748009/
リスの仲間であるムササビ、モモンガは飛膜で滑空しますが、同じことをする哺乳類でヒヨケザルというのがいます。私も去年ジャワで見ました。ヒヨケザルはムササビなどに比べて顔から手までに飛膜があり、後肢から尾にも飛膜があり、6角形の飛膜を持っています。針状軟骨はないため、手足の先までは飛膜がありますが、それ以上ではありません。そのため面積を稼ぐために必然的に手足は長くなっています。その結果、木を移動するのは苦手です。
飛膜の比較
ヒヨケザルは四肢が長いので樹上を歩くのは苦手 https://plaza.rakuten.co.jp/yamashoubin/diary/201407190000/
このことを考えると、ムササビの針状軟骨は手足を短いままで、樹上の移動にも支障が少なく、いざ飛ぶときにピンと「指代わりの骨」である針状軟骨を伸ばして飛膜面積を大きくしているということです。
モモンガ。四肢の長さはリスなどと同じ程度であり、樹上でも支障なく移動できる。https://hb-l-pet.net/small-animals/
針状軟骨については柔らかくて「たわみ」を持っており、そのために飛膜の前端縁がカーブを描きますが、それは角張っているより飛ぶために好都合だといいます。そういえば飛行機の翼も半円形にカーブを描いています。
また柔らかいことは上に反り返りを生みますが、これは横滑りを少なくするそうです。確かにトビやアホウドリなどの翼の先は反り返っています。
アメリカモモンガの飛翔を写真から描く。飛膜の前の端に長い毛があり、滑空時には反り返る
安藤・白石( 1985)は、ムササビの尾は鳥の尾とは違うことを指摘しています。鳥の尾は低速飛行するときは広がって揚力になり、滑空するときは方向舵になりますが、ムササビの尾は全く違い、重心を後ろに置き、抗力を生んで滑空姿勢を安定させるためだとしています。確かにムササビの滑空写真をみると尾はまるで横広のブラシのように広がって空気抵抗を生んでいるように見えます。
滑空するムササビ。尾は水平に開いて空気抵抗を大きくしている。https://troutinn.exblog.jp/24748009/
モモンガの骨格標本を針金に乗せて台に固定しました。本当なら真鍮などの台座が望ましいのでしょうが、そこまではできないのでアルミ針金です。そこから手足の台になる針金を伸ばし、極細の針金で手足を固定しました。私の技術ではこのくらいまで、というところです。
モモンガの計測値など(体重以外はmm)
場所 神奈川県丹沢湖近く
年月日 2018.11.26
性別 メス
体重 104g
鼻から尾の付け根 153
肩から尾の付け根 90
尾 140
肩から針状軟骨の縁 212
上腕 32
ひじ-手先 59
前足 22
大腿 31
膝から足先 36
脛骨 51
後足 36
耳 13
ヒゲ 52
場所 神奈川県丹沢湖近く
年月日 2018.11.26
性別 メス
体重 104g
鼻から尾の付け根 153
肩から尾の付け根 90
尾 140
肩から針状軟骨の縁 212
上腕 32
ひじ-手先 59
前足 22
大腿 31
膝から足先 36
脛骨 51
後足 36
耳 13
ヒゲ 52
皮を剥いだところです。この段階では針状軟骨の外側にある毛をつけたままです。
毛を外したとことです。ムササビと同様、「鎌を持った」ような特異な姿です。
手は、まあリスの手に近いです。広げなければ針状軟骨も目立ちません。下の写真は骨標本にするために水につけていたものを取り出したものです。針状軟骨はかなり下についています。手根骨との位置関係は表面からはわかりませんが、手首に近いあたりから出ています。
足はこんな具合で、取り立てて特別なものではないようです。
注目は針状軟骨です。腕の長さと比べるとそれと同じほどの長さがあります。その前側に長めの毛が生えています。
ムササビを入手して、その処理も終わらないうちに同じ半場さんから「今度はモモンガを手に入れたよ」と連絡がありました。山で愛犬が拾ってきたということです。それを送ってもらいました。
体重は104グラムで、ムササビの10分の1、胴長も90ミリでムササビの3分の1ほどしかありません。目が大きく可愛いのですが、ヒゲが52ミリもありました。
モモンガの横顔 目が大きく、ヒゲが長い
また、尾が長くて、ムササビで205ミリだったのですが、モモンガで140ミリあり、半分以上でした。つまり胴長に対する尾の比はムササビで0.79であったのに対して、モモンガは1.56もありました。
背面を見るとムササビとさほど違わない印象ですが、針状軟骨を広げて飛膜を最大限に開くと「座布団」ではなく前半で広くお腹のあたりでは狭くなる形になりました。