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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

シバとススキの脱葉に対する反応

2022-05-25 00:15:09 | 最近の論文など
ススキとシバの摘葉に対する反応 – シカ生息地の群落変化の説明のために
高槻成紀
植生学会誌, 39: 85-91. 2022. こちら

この論文は新しいもので2022年に公表される運びですが、データをとったのはなんと1990年です。現役時代には忙しくて論文にできなかったものがあり、退職後データを見直して論文にしていますが、これはその中でも格物古いものです。想像するに、査読者は当時小学生だったということも十分あり得ます。私の研究の多くは野外調査によるものですが、これは野外での観察現象を栽培実験で証明したもので、1年で結果を出すつもりが、3年もかかってしまいました。自分で言うのは憚られますが、明快なデータで、日本の草地学では今後引用されるはずです。

摘要:
シカ(ニホンジカ)が生息する金華山島(992ha)は森林植生が卓越するが、その中に草原状の場所が点在する。多くはススキ群落であるが、シカ密度が高い場合はシバ群落が成立する。このことはシカの採食圧に応じてススキ群落がシバ群落に移行することを示唆し、家畜の放牧地でも現象記述がある。しかしそのメカニズムを実証した研究はないので、両種の混植摘葉実験によりこのことを実証することを試みた。その結果、摘葉頻度が15日と30日を3年間継続した場合、ススキがほぼ消滅したが、60日間隔では減少しながらもススキ群落が維持された。ススキは摘葉頻度が高くなるにつれて葉長も生産量も減少したが、シバは違いがなかった。金華山島においてシバ群落が維持されている場所では夏の採食率(採食された葉数の割合)は70%以上であり、シカの強い採食圧がススキ群落を減少させてシバ群落に移行・維持させていることが説明できた。

キーワード:長草型群落、短草型群落、採食影響


最終年のススキとシバの積算生産量に及ぼす摘葉処理間隔の比較. 誤差バーは標準偏差. 多重比較したが, 隣接する群間だけを取り上げた. α = 0.05/3 = 0.017,  +:左側よりも有意に長い, NS: 有意差なし.

金華山島の調査地1(シバ 群落), 2(シバ 群落とススキ群落共存)におけるシカによるシバの採食率の季節変化. 誤差バーは標準偏差. **: P < 0.01, NS: 有意差なし.
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山形県西川町のタヌキの食性

2022-05-15 20:53:16 | 研究
山形市近郊のタヌキの食性

高槻成紀・中村夢奈(やまがたヤマネ研究会 代表)

 タヌキの食性分析は他の野生動物に比較して比較的よく調べられている(高槻 2018)。しかしその大半は関東地方のタヌキに関するものであり、そのほかは少数例が点在するに過ぎない。東北地方では山形県での事例(加藤ほか 2000)と東日本大震災後の仙台の海岸における事例(高槻ほか 2018)があるに過ぎない。
 今回、山形でヤマネの研究をしている中村氏の協力で共同調査ができることになったので、分析結果を報告する。月ごとの結果はこちら

調査地
 タヌキの糞を採取したのは山形県西川町大井沢(38度23分15.13秒 139度59分30.00秒)で、山形市の西方約35km、標高481mである。


図1 調査地(黄丸)の位置

ここは寒河江川沿いで、この川が北上し、北方で本流と合流する部分に月山湖がある。糞採集地は湯殿神社の近くである(図1)。ここは山形県でも多雪地であり、採取した5月3日時点ではまだ残雪があったが(図2a)、5月20日になると雪は融けていた(図2b)。


図2a. タヌキの糞採集地の景観(2022年5月3日)

図2b. タヌキの糞採集地の景観(2022年5月20日)

 タヌキのタメ糞を発見し、色や質感から1回に排泄分と判断されたものを1サンプルとして分析した。分析法はポイント枠法(高槻・立脇 2012)を用いた。

結 果
 個別の結果は別記した(こちら)。5月3日には糞ごとに違いが大きく、哺乳類が多い糞や鳥類が多い糞などがあり、全体としては果実、哺乳類の毛、脊椎動物の骨などが多かった(図3)。哺乳類と鳥類でほぼ半量あったが、このように多い例はほとんどない。
 5月20日には雪が融け、タヌキの糞内容も大きく変化して、ほとんどの糞に幼虫が多く含まれた。


図3. タヌキの糞組成の変化

考 察
 これまで情報の乏しかった東北地方多雪地のタヌキの糞を分析することができた。5月3日にはまだ残雪があり、晩冬といえる時期であった。平均値では鳥類、哺乳類が多く、しかもサンプルごとにばらつきが大きかったことを考えると、タヌキの食糧事情は悪く、低確率で遭遇した哺乳類や鳥類の、おそらくは死体を集中的に食べるものと推察される。というのは、供給が安定していれば、頻度は高くサンプルごとのばらつきはこれほど大きくはならないはずだからである。果実の平均占有率は24%で、他の場所よりは少なかった。これらは果皮と果肉で、種名はわからなかった。ヒモと輪ゴムが検出されたことは、ここのタヌキがある程度人工物を利用していることを示唆する。
 5月20日になると雪が融け、タヌキの糞も全くといってよいほど変化し、幼虫が多く見られた。この幼虫は体長20 mm程度であった。現時点では不明であるが、量が多いので、ハチなどの集団生の社会昆虫である可能性がある。
 今後も継続して調査したい。

残念ながらその後、うまく継続的に糞サンプルが確保できず、調査は中断しています。

文 献
加藤智恵・那須嘉明・林田光祐. 2000. タヌキによって 種子散布される植物の果実の特徴. 東北森林科学会誌, 5: 9-15. こちら
高槻成紀. 2018.タヌキが利用する果実の特徴 – 総説. 哺乳類科学, 58: 1-10.  こちら
高槻成紀・岩田 翠・平泉秀樹・平吹喜彦. 2018.仙台の海岸に生息するタヌキの食性  - 東北地方太平洋沖地震後に復帰し復興事業で生息地が改変された事例 -.   保全生態学研究, 23: 155-165.  こちら
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・野々村 遥・菅谷圭太・宮岡利佐子・箕輪篤志. 2018.     動物の食物組成を読み取るための占有率 − 順位曲線の提案−集団の平均化による情報の消失を避ける工夫 −哺乳類科学, 58: 49-62. こちら
高槻成紀・立脇隆文. 2012. 雑食性哺乳類の食性分析のためのポイント枠法の評価: 中型食肉目の事例. 哺乳類科学, 52: 167-177. こちら
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山形県西川町のタヌキの食性 月ごとの結果

2022-05-14 19:48:30 | 研究
<2022年5月3日>
 10例のサンプルの組成には大きい変異があった(図1)。図1では組成を哺乳類の多い順に並べ、次に鳥類、そして脊椎動物の骨が多い順に並べた。これを見ると4つの資料では哺乳類が40-70%を占めた。2つでは鳥類の羽毛が多く、他の2例では脊椎動物の骨が多かった。また果実が多いサンプルが4つあった。


図1. タヌキの5月3日の糞組成(%)。左から哺乳類、鳥類、脊椎動物の骨が多い順に並べた。

  個別サンプルから平均値を示したのが図2である。多かったのは果実の24%、哺乳類の22%であり、これについで脊椎動物の骨(14%)、鳥の羽毛(9%)などが続いた。哺乳類、鳥、脊椎動物の骨を合計するとほぼ半量であり、これだけ鳥類、哺乳類が多い例は少ない。


図2. タヌキの糞組成の平均値

 検出物を図3に示した。脊椎動物の骨の中には哺乳類の長骨が粉砕されたものがあり、縁は鋭く尖っており、消化管を傷つける可能性のあるものもあった。昆虫の多くは幼虫であり、そのほかに微細に粉砕された翅、脚などが検出された。植物の葉は落葉樹の枯葉が多かったが、少数ながらイネ科の緑葉が検出された。種子は少なかったが、ヤマブドウの種子が検出された。また出現頻度は2例だけだったが、人工物があり、化学繊維のヒモと輪ゴムが検出された。


図3. 5月3日の検出物. 最初の数字はサンプル番号, 格子間隔は5 mm.

 このデータに基づき「占有率ー順位曲線」(高槻ほか 2018)を求めたところ、3タイプが認められた。
 一つは大きい値から徐々に下がるもの(Sタイプ)で、果実が該当した(図4a)。これは多くのタヌキに需要と供給がある、つまり生息地にある程度確実に存在し、タヌキの食物として魅力ある食物と言える。

図4a. 占有率ー順位曲線のS型の例

 2つ目はL字型で、最大値は大きいが出現頻度が高いためにL字型になるもので、昆虫、脊椎動物の骨、人工物、哺乳類の毛、鳥類が該当した(図4b)。ほとんどが動物質であり、タヌキは好んで食べる(需要が高い)が、供給が限定的ために出現頻度が低いものである。ただし人工物は最大値が小さかったので、非典型的である。また哺乳類は10例のうち5例で検出されたので、低頻度とはいえず、これも非典型的である。

図4b. 占有率ー順位曲線のL字型の例

 第3のタイプはF型で低い値で高頻度であった(図4c)。葉と植物の支持組織が該当し、タヌキにとって供給はあるが、魅力ある食物とはいえず、食べても少量しか食べないものである。

図4c. 占有率ー順位曲線のF型の例

<5月20日>
 5月20日になると糞組成は全く違うものになり、全てのサンプルで幼虫が多くなった(図5)。頻度も占有率も大きいことから、ハチなど社会性昆虫の集団で育つ幼虫である可能性がある(図6)。2例でイネ科の葉が10-20%程度検出された。1例で哺乳類の椎骨が検出された。またドングリの殻と中身(澱粉質)が検出された。今回は人工物は検出されなかった。

図5. タヌキの5月20日の糞組成(%)


図6. 5月20日の検出物. 最初の数字はサンプル番号, 格子間隔は5 mm.

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