高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

タヌキのウンチ

2018-06-01 15:59:04 | それ以外の著作
昔ばなしのイメージ
 私は最近タヌキを調べています。
 タヌキと聞いて知らないという人はいません。それは子どもの頃に「かちかち山」や「ぶんぶく茶釜」の話を聞いているからでしょう。「かちかち山」のタヌキはおばあさんをだましたりする悪い動物である反面、ウサギの仕置きのあまりに厳しさにかわいそうなにも感じられます。「ぶんぶく茶釜」の方では、まぬけだけれど、恩人にお礼をしたいと一生懸命な動物というイメージがあります。
昔ばなしでは「知っている」タヌキですが、実際に目撃したことがある人はそう多くなく、その姿も、イラストなら思い浮かぶけれど、実物は知らないという人が大半のようです。タヌキよりも動物園にいるレッサーパンダのほうがよほどよく見られているかもしれません。まして、タヌキが実際にどういう生活をしているかということになると、みなさん「さあ?」と頼りない返事になります。研究上でもわからないことの多い動物なのです。
 タヌキは漢字では「狸」、つまりケモノ偏に里と書き、里山にいる動物であることを表しています。里山というのは昔ながらの農業地帯のことです。タヌキは世界的に見ればけっこう珍しい動物で、東アジアにしかいませんが、日本ではかつては身近な存在だったのです。道を歩いているのを見ることもあったし、畑の作物を食べられたりしました。だからこそ、「かちかち山」では、おじいさんに捕まえられたり、ウサギにお仕置きされたりと、憎まれる存在にもなったのです。

いまも都会に住むタヌキ
 そういう里山に活気があった時代とは違い、現代の都会では、せいぜい野良ネコやカラス程度しか野生動物を見かけなくなってしまいました。ですから、自分はタヌキとは無縁だと思っている人もいるかもしれません。
 しかし、多くの野生動物が郊外から山に追いやられてしまった中で、いまもタヌキだけが東京都心を含む都市にも生き延びているのです。東京都心の23区でもほとんどで生息が確認されているし、もちろん明治神宮や皇居のような豊かな緑があるところにはタヌキが暮らしています。
 一方、同じように里山で暮らし、同じように昔ばなしにもよく登場するキツネやノウサギは都市からはいなくなってしまいました。それは、キツネは神経質で警戒心が強く、自動車が走るような環境を嫌い、いなくなってしまうからです。一方、ノウサギは草はらに住んで植物の葉や芽などを食べるので、まとまった緑地がないと生きていけませんし、耳がとても良いので騒音にも耐えることができません。
 この点、タヌキは騒音などにも耐え、残飯でも食べるし、あまり広くない緑地でも生きてゆけます。こういうたくましさ、融通のきく性質が都市環境での生息を可能にしているようです。

ウンチの調査
 では、実際彼らはどんなふうに都市で暮らしているのでしょう。私は東京西部の小平市にある、津田塾大学に生息するタヌキを調べています。


津田塾大学で撮影されたタヌキ


 タヌキの食べ物を知るために、一緒に調べている仲間と大学内の林を歩くと、「タメフン」を見つけました。タメフンというのはタヌキのトイレのことです。タヌキは決まった場所に糞をします。複数の個体が共有しているようで、タメフンに来たタヌキはほかのタヌキの糞の匂いを嗅いでから、その上に「上書き」をするように、お尻を近づけて糞をします。
 見つけたタメフンから定期的に糞を回収し、細かいフルイの上で水道水を流して顕微鏡で調べます。するとタヌキが食べた物がわかるというわけです。
 調べてみると、津田塾大学のタヌキにとっては果実が重要な食べ物だということがわかりました。季節ごとに見ると、夏にはムクノキとエノキの実のほか、昆虫も食べます。秋から冬にはカキとイチョウ(ギンナン)を食べ、果実のとぼしい冬の終わりから春にかけては、ネズミの毛や骨、鳥の羽根などを食べているようです。

ウンチのつながり
ところで、タメフンがあるところには、夏になるとムクノキやエノキ、イチョウの芽生えがたくさん生えてきました。タヌキは植物の実を食べることで、種子を運んでいるということです。植物からすれば、タヌキにおいしい果肉を食べさせて、中に入っている種子を運ばせているのです。
 私の興味はタヌキそのものにもありますが、むしろタヌキがほかの生き物とどうつながって生きているかに興味があります。動物がほかの動物や植物を食べるということは、そのことを通じてほかの生き物とつながっているということです。
 タヌキは果実を食べて種子を運ぶということで植物とつながっていますが、タヌキとつながりを持つのは植物だけではありません。小さなバケツで簡単なトラップを作って大学キャンパスに置いてみたところ、翌日、数匹の小さな糞虫(ふんちゅう)が入っていました。調べてみるとコブマルエンマコガネという糞虫でした。


コブマルエンマコガネ


 ファーブル昆虫記に出てくるスカラベ(糞ころがし)よりはずっと小さく、長さ六ミリメートル程度の黒くて地味な糞虫です。飼育して観察してみると、五匹のエンマコガネがピンポン球ほどの馬糞を一日かからずにバラバラにしてしまったので、驚きました。こうして糞虫によってタヌキの糞も食料として利用され、また分解された養分が土に戻されていることがわかりました。


すぐそこにいるタヌキ
 コツコツと調べると、ありふれたタヌキがほかの生き物と確かにつながって生きていること、それぞれの生き物が懸命に生きているということが実感できました。
 子どもは動物が好きなものです。動物園に行けばゾウやライオン、場所によってはパンダもいて子どもたちは大喜び、だから動物園に行くのは特別にうれしいことです。そういう花形動物は絵本にもたびたび登場しますから、子どもの頭の中には、いろいろなイメージや想像がふくらみ、親しみを感じていることでしょう。
 それに比べると、タヌキはとくに大きくもなく、かわいくもなく、パッとしないかもしれません。でも、どこか遠くの国から来て、飼育員に餌をもらい、コンクリートの上で糞をしている動物園の動物とは違い、タヌキは、たとえ目撃しなくても、私たちと「ニアミス」するほど近くで暮らしている動物です。私たちが目にしている木になった実を食べ、私たちの足許からつながった土の上に糞をしているのです。そのことを想像するのは楽しいことです。
「あそこの林にタヌキがいるかもしれないよ」、そう声をかけてあげたら、子どもたちの想像は、きっと大きくふくらむことでしょう。

 
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それ以外の著作

2018-06-01 15:53:49 | それ以外の著作

野生動物による農業被害拡大の背景にあるもの 「自治研」, 60: 16-24. 2018年12月

タヌキのウンチ 童心社「母のひろば」2018.6 こちら

日本の山とシカ問題 山と渓谷 2018.7(No.999):143-154.

「越智祐一という人 「感染症の3要素」説を改め、戦後の日本獣医界を立て直し、麻布大学を作り変えた人」29pp., 麻布大学いのちの博物館 2018.9.4


餅と動物たちのかかわりについて. 「高尾の森」通信, 71: 4-5. 2018年8月

森とシカと日本人、「自然保護」 566: 16-17. 2018年9・10月 こちら
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