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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -

2021-06-05 08:35:48 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -
高槻成紀・植原 彰
植生学会誌, 38 : 81- 93. こちら

■摘要

1.山梨県の乙女高原は刈取により維持され,大型双子葉草本が多い草原であったが,2005年頃からススキ群落に変化してきた.この時期はシカ(ニホンジカ)の増加と同調していた.
2.主要11種の茎を地上10 cmで切断し,その後の生存率と植物高を継続測定したところ,双子葉草本9種のうち6種は枯れ,生存種も草丈が低くなった.これに対して,ススキとヤマハギは生存し,植物高も減少しなかった.
3.ススキを,6月,9月,11月,6,・9月に刈取処理をし,5年間継続したところ,ススキの草丈は11月処理は180-200 cmを維持し,6月区はやや低くなったまま維持した.これに対し,9月区は草丈が経年的に減少した.
4.シカの採食は双子葉草本には強い影響があるが,刈取処理よりは弱いから,ススキにとっては影響は弱く,乙女高原でのススキ群落化はシカの影響と考えるのが妥当であると考えた.
5.ススキ群落内に設置した15 m×15 mのシカ防除柵4年後の群落はススキが大幅に減少し,双子葉草本が優占した.群落多様度は柵外はH’ = 0.85だったが,柵内はH’ = 2.64と3倍も大きくなった.
6.上層の優占種が大型双子葉草本からススキに変化することで,ヒメシダのような地表性の陽性植物が増加し,ミツバツチグリの場合,ススキ群落では低い草丈で面的に広がったが,双子葉草本が密生していると被度は減少して葉柄を伸長させた.
7.シカの影響は1)シカの嗜好性(不嗜好植物は食べない)の違い,2)採食に対する植物の反応(成長点のいちの違いによる再生力など)の違い,3)その結果による上層の優占種の変化による下層植物への間接効果,という異なるレベルで起きていることを示した.

Abstract: Historically, the vegetation of Otome Highland, Yamanashi Prefecture, central Japan, was maintained by mowing and dominated by tall forbs. However, forbs have been replaced by Miscanthus sinensis, a tall grass, since around 2005, coinciding with an increase in the sika deer population (Cervus nippon). Eleven representative plant species were cut 10 cm above the ground. Among nine forb species, six species died after cutting, and the surviving three species regrew to a shorter height than that of the control plants. Conversely, M. sinensis and Lespedeza bicolor, a shrub, not only survived but showed no decrease in height over the long term by cutting. M. sinensis was cut in June, September or November, and both June and September. These treatments were continued for 5 years. November cutting did not affect grass height. June cutting reduced grass height, but this height was maintained over 5 years. September cutting and June/September cutting steadily reduced the height over 5 years. Grazing by deer affected the survival and height of forbs, but M. sinensis was slightly or not affected, which explained the replacement of forbs by M. sinensis in Otome Highland. A deer proof fence of 15 ×15 m was set in the M. sinensis community. After 4 years, M. sinensis was reduced, and tall forbs had greatly increased or recovered inside the fence. This resulted in an increase in diversity among the plant community inside the fence (H’ = 2.64), which was three times greater than that outside (H’ = 0.85). Changes in dominant plants in the upper layer of the plant community from tall forbs to M. sinensisaffected low-growing ground plants. Thelypteris palustris, a short fern, was increased among clumps of M. sinensis. Potentilla freyniana, a prostrate forb, also increased with M. sinensis outside the fence but was decreased with an elongated petiole height inside the fence. This study demonstrated that deer grazing affects plant communities by three different mechanisms: 1) deer preference (unpalatable plants are untouched), 2) plant response (e.g., ability of plants to recover after defoliation or physical removal of plant parts), and 3) indirect effects of canopy-forming plants on ground plants. From these results, we concluded that the replacement of tall forbs by the M. sinensis plant community since 2005 was a result of sika deer grazing.

Key words: deer grazing, herbivory, Miscanthus sinensis, Otome Highland, sika deer

■はじめに
 乙女高原は山梨県北部にある草原で,標高は1670 m前後であり,もともと森林であった場所が刈取によって維持されてきた草原だと考えられている.このような草原は中部地方,北関東地方に広くあったが,現在では少なくなっている(湯本・須賀 2011; 須賀ほか 2012).乙女高原は太平洋戦争後,1985年まではスキーゲレンデとして刈取によって草原が維持されてきた.それ以降スキーは下火になったがゲレンデとしての維持は継続され,2000年以降は市民グループである乙女高原ファンクラブが中心になって毎年11月に草刈りがおこなわれている.この草原はアヤメIris sanguinea,キンバイソウTrollius hondoensis,トウギボウシ(オオバギボウシ)Hosta sieboldiana,クガイソウVeronicastrum japonicum var. japonicum,マツムシソウScabiosa japonicaなど美しい野草が豊富なことで知られ,訪問者も多かった.ところが2005年くらいを境に,これらの野草が減少し,ススキMiscanthus sinensisが優占する群落に変化した(図1).


図1. 乙女高原の2カ所(AとB)の景観写真.A1は2003年8月5日,B1は2002年7月23日,A1とB1は2014年8月2日撮影.A1ではタムラソウ,シシウド,クガイソウなどが,B1ではシシウド,キンバイソウなどの大型双子葉草本が目立つが,A2,B2ではススキだけが目立つ.

 その原因は増加したシカ(ニホンジカ)Cervus nipponの採食によるのであろうと推定された.というのは,2005年前後からススキ群落化が目立つようになったのと同調して,シカの糞,足跡,植物に残された食痕などが目立つようになったなったからである.乙女高原の草原群落とシカの関係については東京農工大学によって植物社会学的調査がおこなわれている(大津ほか 2011).この調査は秩父多摩甲斐地域の草原群落全体と対象としたもので,1980年代のデータと2008年のデータを比較している.これによれば,この20数年間で中大型草本が減少し,グラミノイド(イネ科,カヤツリグサ科)など小型草本と木本が増加したとしている.この論文ではススキと大型双子葉草本はまとめられ,ススキも減少したとされている.しかし著者(植原)は2000年頃から年間数十回,乙女高原を訪問して詳細な生物観察をしているが,2005年前後を境に明らかに大型双子葉草本が減少し,ススキが増加するのを観察した.この草原は観光資源でもあったので,関係者は大型双子葉草本の減少を深刻に危惧したほどである.このことから推察されるのは,おそらくシカの影響が弱かった2000年までは草原群落全体が弱い影響を受けてススキを含めて大型草本が減少し,その後シカの影響が強くなって種ごとの反応の違いが顕在化したということである.
 Takahashi et al. (2013a)は2012年に乙女高原においてシカの影響に注目して,設置後2年目のシカ防除柵の内外の植物の草丈を比較し,多くの種が柵外で草丈が低いが,ススキの草丈には違いがないことを示すことで,シカによる採食の影響が種ごとに違うことを示した.
 本論文ではこの大型双子葉草本の減少とススキの増加という群落変化がシカの影響であると仮定した場合,どの程度説明できるかを野外実験によって示すことを目的とした.
 シカなど草食獣の採食によって生じる群落変化は複雑なので,影響の段階を整理しておきたい.これにはおよそ次の3つの段階が考えられる.まず第1段階として,シカ側が植物を食べるか食べないかがある.これには植物が有毒であるとか,不快な味がするなどの防衛適応が関係する(高槻 1989; 橋本・藤木 2014).その例として,アメリカの五大湖地方の針葉樹林ではオジロジカOdocoileus virginianusが増えた結果,森林構成種の更新が阻害され,不嗜好植物であるシダが増加した研究がある(Rooney & Dress 1997).第2段階として,シカに食べられることに対する植物側の反応の違いがある.例えば双子葉植物は成長点が茎頂にあるので,採食されると枯れたり,枯れないまでも再生して小型化することが多い.これに対してイネ科は成長点が節にあるため,植物体上部が採食されても再生力があるので影響が小さい(Langer 1972, Coughenour 1985; Bedunah & Sosebee 1997).前記の五大湖地方の調査例で,オジロジカの採食に対して,双子葉草本は減少したが,イネ科は再生力があるために増加した.第3段階として,植物間の関係に及ぼす間接効果(Rooney & Waller 2003)がある.例えば,シカの採食によって草原の上層植物が減少することで,地表生の小型種が増加することがある(Bullock 1996; Hester et al. 2006).実際の群落においては,これらの関係は複合的に作用するため,シカ影響下の群落変化のメカニズムを理解するためには,これらの3つの段階をできるだけ区別して把握するのが有効であると考えられる.
 本論文ではシカの影響下にある乙女高原での草原構成種の増減のメカニズムを野外実験で説明することを目的とし,その植物種の増減を上記の3つの段階に区別して説明することを試みた.

■調査地の概要
 乙女高原は山梨県の北部(北緯35°48’,東経138°38’)に位置し,標高は1670 m前後である.気象は冷涼で,年平均気温は6.2℃(乙女高原ファンクラブ測定.温度データロガー「サ-モクロンGタイプ」による),年降水量は1470 mm程度(気象庁のアメダスデータ,乙女湖,北緯35度48.4分;東経138度39.3分,標高1465m)である.この草原は江戸時代から茅場として採草により維持してきたと考えられており,太平洋戦争後から2000年にかけてはスキー場として維持され,その後は乙女高原ファンクラブが中心となって市民活動として草刈りがおこなわれている.草刈りは11月下旬におこなわれ,木本類の成長が抑止されて,遷移の進行が抑制されて草原が維持されている.周辺にはミズナラQuercus crispula,ブナFagus crenata,ダケカンバBetula ermaniiなどからなる森林が広がり亜高山帯に属する.本調査は乙女高原のほぼ中央部にあるススキが優占する草本群落でおこなった.この場所はシカがおり,植物を採食する可能性がある.また草原の東部に設置されたシカ防除柵の内外でも調査をおこなった.

■方法

個体切除処理の効果
 2013年6月16日に以下の11種(マルバダケブキLigularia dentata,ヨツバヒヨドリEupatorium chinense subsp. sachalinense,タムラソウSerratula coronata subsp. insularis,ヤマハギLespedeza bicolor,クガイソウ,シシウドAngelica pubescens,ワレモコウSanguisorba officinalis,チダケサシAstilbe microphylla,キンバイソウ,イタドリFallopia japonica var. japonica,ススキ)の茎10本を切除し,反応を追跡した.11種の選定には2005年以降減少した双子葉草本を主体とし,増加した種の代表であるススキ(イネ科)と,乙女高原でもっとも多い低木であるヤマハギも含めた.このうち,マルバダケブキとヨツバヒヨドリはシカが好まず,食べ残すことがわかっている(Takahashi et al. 2013b;橋本・藤木 2014).
これらの植物を乙女高原の中央部の平坦地において,地上10 cmの高さで剪定バサミにより切除した.この高さにしたのは,これ以上高い位置で刈り取ると,枝葉が残り種ごとに再生可能性が不揃いになるためであり,またこれより低いとマーキングがしにくく,マーキングができても継続調査の時に発見しにくくなると判断したからである.残った茎に針金で番号を書いたプラスチックの札をつけてマーキングした.また対照として切除しない茎10本を選び,同様にマーキングした.その後,同年7月14日,8月11日,9月12日に生存状態を調べ,生存個体の植物高を0.5 cm精度で計測した.双子葉草本は9月下旬に枯れたので計測をやめたが,ススキだけは10月3日まで継続測定した.なお調査のたびに追跡個体に対するシカの採食を観察したが,食痕は認められなかった.
 個体切除処理をした個体と処理をしない対照個体の植物高をMann-Whitney検定で比較した.

継続刈取に対するススキの草丈の変化
 乙女高原中央の平坦地のススキ群落に10 m × 10 mの方形区を5個とり,異なる刈取処理を5年間継続しておこない,その効果を評価した.刈取処理は10 m × 10 mの方形区をエンジン付き草刈り機でススキを含むすべての植物を地上約10 cmで刈り取った.刈取時期を6月,9月,6月と9月の2回,11月とし,11月は乙女高原の草原維持のためにおこなわれている「草刈り行事」としておこなった.これらの処理区を例えば6月に刈り取ったものを「6月区」のように名付けた.これとは別に刈り取りをしない「対照区」をとった.ススキの植物高は9月に方形区内でランダムに20本を選んで測定した.6月区の効果はその年の9月に評価し,9月区と6, 9月区,11月刈りの効果は翌年の9月に評価した.なお最初の刈取をした2013年6月には,各処理区の開始時の草丈を測定した.これらの処理区はシカの影響がまったくないとは言えないが,観察した限りではシカの食痕はなかった.草丈はKruskal-Wallis検定(Steel-Dwass事後検定)で比較した.

継続刈取に対するススキ群落の変化
 刈取4年目の2017年9月23日に各刈取区の中央部に1 m × 1 mの方形区をとって出現種の出現種の被度(%)と高さ(cm)を測定し,被度と高さの積をバイオマス指数(高槻 2009)とし,植物を以下の7つのタイプ(大型双子葉草本:成長した個体の高さがほぼ50 cm以上になるもの,小型双子葉草本:成長した個体の高さが50 cm未満のもの,グラミノイド:イネ科,カヤツリグサ科,単子葉草本(イネ科を除く),シダ,低木,高木)に分けて,各タイプのバイオマス指数を算出した.

防除柵内外の群落の種組成とその量の比較
 2010年5月9日に乙女高原の東部に設置された一辺15 mのシカ防除柵の内部と外部に1m四方の方形区を5個とり,出現種の被度(%)と高さ(cm)を測定し,バイオマス指数を算出した.この防除柵内部の植物は11月の草刈りの時に刈り取られるので管理法としては柵外と同じである.この調査は柵設置4年後の2014年9月13日におこなった.各植物タイプのバイオマス指数の合計値をKruskal-Wallis検定(Steel-Dwass事後検定)で比較した.
群落のShannon-Wienerの多様度指数H’を算出し,柵内外の値をMann-Whitney検定で比較した.

間接効果
 シカの採食によって草本群落の上層を構成する大型草本の量が変化することが観察されたので,その間接的影響が下層の植物に及ぶ可能性があると考え,柵内外の下層を構成する小型双子葉草本とシダのバイオマス指数の合計値をMann-Whitney検定で比較した.
 著者らは群落調査をする過程で,柵内外の下層植物のうち,生育型が匍匐型であるミツバツチグリPotentilla freynianaの生育状態が違うことを観察したので,間接効果の指標植物として,ミツバツチグリを取り上げた.2013年9月13日にシカ防除柵の内外でランダムに20枚の葉を採集し,高さを測定して,柵内外でMann-Whitney検定で比較した.

 植物名は原則として米倉・梶田 (2003-)「BG Plants 和名-学名インデックス」(YList),http://ylist.info, 2021.3 参照)によった.

■結果
個体切除処理に対する生存率
 2014年6月に切除した各植物の9月時点での生存率を表1に示した.


 クガイソウ,ススキ,ヤマハギの3種はすべての個体が生存していた.ヨツバヒヨドリとイタドリは一部の個体が生き残っていたが,その他の6種はすべての個体が枯れた.生存個体は不定芽を伸ばして再生したが(図2),全く開花しなかった.


図2. 切除処理後,不定芽から枝を再生したクガイソウの例.2013年9月12日撮影.

 表1にはシカが好まない不嗜好植物であれば「不嗜好」であること,双子葉草本でない種にはそのことを記した.これを見ると,生存率が高かったものに,これらの特性を持つものがあった.すなわち,クガイソウとヨツバヒヨドリは不嗜好植物,ススキは再生力のあるイネ科,ヤマハギは再生力のある低木であった.ただしマルバダケブキとキンバイソウは不嗜好植物であるが,生存率は0%であった.なお刈り取りをしなかった個体は全種とも生存率100%であった.


切除処理に対する植物高の推移

 6月の切除した時点では切除個体と対照個体の高さはほとんどの種で違いがなかったが,ヤマハギだけは切除個体のほうが有意に高かった(Mann-Whitney検定,U = 4, P = 0.001,付表1).切除処理以降は多くの植物は草丈が低くなり,6種は8月時点で枯れた(図3).対照個体はキンバイソウ,ワレモコウ,ススキ,ヤマハギなどのように徐々に高くなったものもあれば,チダケサシ,シシウド,イタドリ,クガイソウ,ヨツバヒヨドリなどのように7月までに急に丈を伸ばして,その後,安定したものもあった.各月で切除個体と対照個体を比較したが,双子葉草本は全種で7月以降,切除個体の方が有意に低くなった(付表1).しかしススキはどの月も有意差がなかった(図3,付表1).またヤマハギは6月には切除個体(刈取前)の方が高く,7月には切除個体が低くなったが(U = 7.5, P = 0.002),9月以降は有意に高くなった(図3,付表1).


図3. 刈取後の植物高の推移.黒丸実線:対照個体,白丸破線:刈取個体.詳
刈取に対するススキの草丈と群落の経年変化

 2013年6月13日時点での6月区,9月区,6, 9月区,対照区のススキの高さは60 cm程度であり,有意差はなかった(Kruskal-Wallis検定,χ2= 4.7, df = 3, P = 0.194).
 その後2014年以降は図4のような経年変化を示した.刈取をしなかった対照区は200 cm前後で安定していた.6月区は120-140 cmで推移した.9月区は2014年には平均142.3 cmであったが,年々減少していき,2017年には平均85.7 cmになった.6, 9月区は減少の程度がもっとも著しく,2014年には平均108.3 cmあったが,2016年には平均10.7 cmとなり,2017年には少し回復して35.1 cmとなった.2017年には4つの処理区すべてで平均高に有意差があった(Kruskal-Wallis検定,χ2= 73.6, df = 3, P = 0.000, 付表2).

図4. 異なる刈取処理に対するススキ草丈の経年変化. 誤差バーは標準偏差.

 各刈取処理を4年継続した結果,バイオマス指数は図5のようになった.目立つのは6, 9月区と9月区では合計値が少なく,内訳においてもグラミノイド(大半はススキ)が大半を占め,双子葉草本は少なかったことである.これに比べると6月区と対照区ではバイオマス指数合計が10000前後となり,双子葉草本が1400ほどあった.いずれかの処理区でバイオマス指数が200以上であった双子葉草本はヤマオダマキAquilegia buergeriana var. buergeriana,ヨツバヒヨドリ,イタドリ,ヨモギArtemisia indica var. maximowiczii,コウリンカTephroseris flammea subsp. glabrifolia,アキノキリンソウSolidago virgaurea subsp. asiaticaであった(付表3).


図5. 異なる刈取処理を5年継続した時点でのバイオマス指数.種ごとの値は付表3参照

シカ防除柵内外の群落比較
シカ防除柵の内外で優占種の違いが認められ(図6),そのことは植物タイプ別のバイオマス指数に明確に示された(図7,表2).柵内では大型双子葉草本が61.3%ともっとも多く,グラミノイドは35.1%であった.これに対して柵外ではグラミノイドが優占し,87.8%を占めた.種としては柵内では突出した種はなく,多かったのはススキ(19.7%),ヨモギ(14.3%),アキノキリンソウ(10.2%),タムラソウ(8.7%),シラヤマギクAster scaber(7.5%),アブラススキEccoilopus cotulifer(7.5%)などであった(表2).柵外のグラミノイドの主体はススキ(85.8%)であった.つまり,柵内では多様な種が生育していたのに対して,柵外ではススキが優占していた.
図6. シカ防除柵内外のようす.柵内には双子葉草本が多いが,柵外はススキが優占する. 2013年9月7日撮影

表2. シカ防除柵設置後4年目(2014年9月)内外の出現種のバイオマス指数.プロット数は柵内外とも5. NS: 有意差なし.


 そこでShannon-Wienerの多様性指数H’を算出すると,柵内では2.64,柵外では0.85であり,前者が有意に大きかった(Mann-Whitney検定,U = 0, P = 0.009).
草本群落の上層を形成する大型草本類はシカの大きな影響を受けていたが,それが地表植物に間接的な影響を与えている可能性を検討するために,小型双子葉草本とシダのバイオマス指数を比較した.これらの合計値は柵内で247,柵外で1378と5.6倍の違いがあり,柵外が有意に多かった(Mann-Whitney検定,U = 2, P = 0.028).
ヒメシダThelypteris palustrisもバイオマス指数が柵内では172であったが柵外では1020あり,後者が有意に多かった(Mann-Whitney検定,U = 2.5, P = 0.036).



図7. シカ防除柵設置4年後(2014年9月)の内外の植物タイプごとのバイオマス指数.

 地表に生えるミツバツチグリは,バイオマス指数は柵内が16.0,柵外が36.0であり両者に有意差はなかったが(Mann-Whitney検定,U = 12, P = 0.918),被度は柵内では0.6%に過ぎなかったのに対して,柵外では7.0%であり,後者が有意に大きかった(Mann-Whitney検定,U = 0, P = 0.008).一方,葉の高さは柵内では20.0 cmあったが,柵外では4.4 cmに過ぎず,前者が有意に高かった(Mann-Whitney検定,U = 0.5, P = 0.000,図8).

図8. シカ防除柵設置4年後の柵内外のミツバツチグリPotentilla freiniana.腊葉標本のスキャン
 
■考察
乙女高原の代表的な植物11種について切除処理をしたところ,多くの双子葉草本が枯れたが,クガイソウのように一部には再生力があるものもあった.ただし,生き残った個体も不定芽による再生であり,草丈は低かった.これに対してススキは再生力があり,切除が植物高にマイナスの影響を与えないことがわかった.このことはイネ科の形態学的特徴に関係しており,双子葉草本の成長点が茎頂にあるのに対して,イネ科では節にあるため,切除されても残った節から成長するとともに,地下茎でつながる隣接する芽から分げつ(tillering)することができるためである(Langer 1972; Dahl 1995; Bedunah & Sosebee 1997).またヤマハギも再生力があり,植物高は切除処理によっても変化しなかった(図2).しかし柵内外の比較調査ではヤマハギのバイオマス指数は柵外が小さかった(表2).これは柵が1辺15 mの小さなものであったため,1 m四方の方形区が5個しか取れず,草本類に比較すると散生する傾向があるヤマハギではばらつきが生じがちであり,柵内で大きめのヤマハギ個体が評価されたためと推察される.
 異なる時期の刈取処理効果として,11月に刈取をした対照区のススキの草丈はその後も160-200 cmであった(図4).栃木県那須郡でおこなわれたススキ刈取実験でも,11月に刈り取った場合,12年間,草原の最優占種はつねにススキであり続けたという(山本ほか 1997).これは成長が終わり,生産物を地下部に移動した後の11月の刈取はススキにはマイナスの影響がないことを示している.また,本実験でも6月刈りを繰り返すだけならススキは120-140cmとやや低くなって安定的に維持されたから,影響は軽度であると言える.この段階のススキは前年の貯蔵物質を利用し(吉田 1976),また光合成によって成長するから,草丈は低くなるものの,経年的に減少してゆくことはなかった.しかし,9月区では150 cm程度から徐々に減少し,4年後には100 cmを下回った(図4).もっとも減少したのは6月と9月の2回の刈取を繰り返した場合(6, 9月区)で,3年目からは30 cm以下になった.9月はススキが生産物を地下部に移動して貯蔵する時期であるから(吉田 1976),このタイミングで刈り取られると翌年の生産が阻害されるためと考えられる.Rooney & Dress (1997)はアメリカの五大湖地方の針葉樹林の1950年代の群落調査の結果と現状を比較して,オジロジカが増加してからイネ科とシダが増加したことを明らかにした.そしてシダはシカが食べないからであり,イネ科は成長点が低いために再生力があるからである(Coughenour 1985)と,本研究と同じ解釈をしている.
 図4に見るように,刈取はススキの草丈に明らかな効果があったが,このような刈取処理は,すべてのススキを地上10 cmで刈り取るという強い処理である.これに比べれば,シカの採食はススキの葉の先端部をつまみ食いする程度であることが多く,しかもシカに採食されるのは若い葉の段階が多い(ただしシカ密度が高く,食糧不足である宮城県金華山のような場所では葉の基部まで食べることがあるし,双子葉植物であれば葉身全体を食べることが多い).ススキの葉は8月くらいになると硬くなるだけでなく,葉縁にある棘が鋭いため,この段階になるとシカはススキをあまり食べなくなる.乙女高原でシカの糞分析をしたTakahashi et al. (2013a)によると,シカの糞組成は冬にはミヤコザサが重要になるが,初夏にはイネ科の稈が多くなり,葉はイネ科を主体としたグラミノイドが20%前後,7月には10%程度であった.このグラミノイドすべてがススキであったとしても,シカの食物に占める割合は小さい.したがってススキに対するシカの脱葉(defoliation)効果は本実験の6月区よりもはるかに弱いものであり,草丈でいえばほとんど影響がないと考えられる.したがって,シカの採食は双子葉草本に強いマイナスの影響を与えたが,ススキには影響はほとんどないため,両者の優劣関係に大きな影響を与えたと考えられる.
 個体の切除実験によれば双子葉草本の多くは致命的なダメージを受けるのに対して,ススキは再生力があることが示されたが(図3),ススキ群落の刈り取りでは6月区,9月区で大型双子葉草本がある程度生育しており(図4),一見矛盾する.大型双子葉草本のバイオマス指数は6月区で18.6%,9月区で11.9%であった.量的に多かった種としては6月区でヨツバヒヨドリ(不嗜好植物),イタドリ,アキノキリンソウなどで,9月区には多い種はなかった.ヨツバヒヨドリは個体切除実験の生存率は50%,イタドリは20%であり(表1),アキノキリンソウは対象としなかったので生存力は不明である.個体切除実験と群落刈り取り実験の一見矛盾する結果の理由は次のように考えられる.第1は個体切除では1本ずつを丁寧に切断し追跡したが,群落刈り取りでは草刈機で10 m × 10 mの方形区を刈り取ったため,切除高が多少高くなったことはありうる.このために回復がよくなった個体があった可能性は否定できない.また個体切除は11種を選んでおこなったが,実際の群落にはそれ以外の種も多く生育しており,再生力のある種もあるかもしれない.上記の3種でいえば,ヨツバヒヨドリとイタドリは切除されたあと新しい茎を再生して回復した可能性もある.このように2つの実験の結果は一見矛盾するように見えるが,乙女高原で大型双子葉草本が減少し,ススキが増加したことを十分説明できるものと考えられる.
 シカ防除柵では設置4年後に内外で大きな違いが生じていた(図6).最大の違いは柵外ではススキがバイオマス指数で85.8%もの高率で優占していたのに対して,柵内では双子葉草本が61.5%を占め,ススキを主体とするイネ科は35.1%であったことである(図7).つまり柵内では,この4年間でススキの減少と双子葉草本の増加という変化が起きたことになる.これはその前の状況を考えれば「乙女草原の豊富な花が戻ってきた」ということになる.本論文の序で「美しい野草」と主観的な表現を用いたが,それはこの草原を訪問する人々の実感であり,あえてそう表現したが,生物学的に言えば「美しい野草」とは虫媒花である.柵内には21種の双子葉草本が出現したが,そのうちヨモギ(風媒花)を除く20種は虫媒花であった.双子葉草本のバイオマス指数は柵内で5916だったのに対して柵外は703(12%)にすぎなかった(表2).この理由がすべてシカによるものとはいえないし,2005年以前にシカの影響がまったくなかったとも言い切れない.しかし,柵設置後の4年間に柵内で双子葉草本が大幅に増加・回復したことは事実である.シカ以外の要因は変わったとは考えにくいから,その理由はシカの影響であるというのがもっとも自然な解釈であろう.実際,大津ほか(2011)も1980年代と2008年の群落比較をして,この間にシカの影響によって大型草本が減少したとしている.
 シカの採食が植物の変化を介して,他の生物の影響を与える間接効果(Rooney & Waller 2003)は知られており,シカの採食により樹木が枯れて草原的な環境に住む鳥類が増えた大台ヶ原での事例(日野ほか 2003),シカの採食により森林の下層植生が乏しくなってヨナキドリLuscinia megarhynchosが営巣しなくなったなどの英国での事例(Fuller 2001),同様な影響でアカネズミApodemus speciosusが減少した対馬での事例(Suda & Maruyama 2003),地表の温度や湿度が変化して地上徘徊性の昆虫が減少した東京都奥多摩での事例(Yamada & Takatsuki 2014)などが明らかにされている.群落の変化の記述は多いが,草本層の上層植物の増減が地表生の草本類に与える影響について,考え方としてはBullock (1996)やHester et al. (2006)が指摘しているものの実例は紹介していない.ただし島根県の三瓶山のススキ群落では刈取や火入れをすることでススキを抑制すると,地表生のオキナグサPulsatilla cernuaが増加するという報告がある(内藤・高橋 1998).本調査ではその一例としてススキの下に生えるミツバツチグリを調べた.ミツバツチグリは地表に生え,匍匐性であるため,その生育は上層の植物の影響を強く受ける.刈取や草食獣の採食によって上層の植物が少なくなって明るくなると地上茎を伸ばして被度を広げるが,これらが密生して上層が鬱閉すると光を求めるように葉柄を伸ばして縦方向に伸びる.したがってミツバツチグリの葉の高さは刈取やシカの採食影響を反映する指標と見ることができる.本調査の場合,シカ防除柵の外ではススキが多いものの,株と株の間は隙間があり,そこにミツバツチグリやキジムシロPotentilla fragarioides var. major,オオヤマフスマMoehringia laterifloraなどのロゼット型,匍匐型の草本類が多くなるのが観察された.そしてミツバツチグリは柵外の方が被度が大きく,地上茎を伸ばし,葉の平均高は4.4 cmに過ぎなかった.これに対して柵内は大型草本類とススキが繁茂して地表は暗く,ミツバツチグリの被度は小さくなり,縦方向に伸びて葉の高さが平均20.0 cmもあった(図8).このような状態はミツバツチグリの本来の生育地よりは暗く,このままの状態が続けばさらに減少して,消滅する可能性がある.この例はシカがミツバツチグリを直接採食するのではなく,草本群落の上層の大型草本を採食することが,間接効果として地表植物の生育に影響することを示している.
 群落上層の優占種の変化の間接効果として柵外でのヒメシダの増加も挙げられる.ヒメシダはシカの不嗜好植物であり(橋本・藤木 2014),高さ20 cm程度の小型植物であるから,シカと植物の関係でいえば第1段階の不嗜好植物であるということと,第3段階の大型の双子葉草本がシカの採食で減少して地表が明るくなった間接効果の双方の影響によって増加したものと考えられる.
 以上の結果を総合的にとらえると,乙女高原では以下のようなことが起きていたと考えられる.戦後から2000年くらいまでのスキー場としての採草管理と,それに続く市民活動としておこなわれている11月の草刈りは木本類の生育を阻止し,乙女高原を草原状態に維持してきた.1980年代と2008年に秩父多摩甲斐地域の草原を比較した調査によると,この30年近くのあいだにススキを含む大型草本が減少したという(大津ほか 2011).乙女高原ではシカの影響が強くなり,2005年くらいからマルバダケブキ,ヨツバヒヨドリ,ヒメシダ,ヤマドリゼンマイOsmunda cinnamomea subsp. asiaticaなどの不嗜好植物を除けば,多くの双子葉草本はシカの採食影響を受けて減少した(植原の観察).とくにアマドコロPolygonatum odoratum var. pluriflorum,アヤメ,トウギボウシ,オミナエシPatrinia scabiosifolia,ハバヤマボクチSynurus excelsusなどは2010年頃にはほとんど見られないほど減少した.シカの採食は旺盛な分げつが可能なススキにとってはマイナスの影響は弱いため,相対的に増加した.したがって本調査で課題とした,乙女高原がススキ群落になったことの最大の理由はシカの採食に対する植物の反応が双子葉草本にとっては大きなマイナスになったが,ススキにとってはマイナスにならなかったことにある.このことを図9に模式的に示した.

図9. 乙女高原での群落変化を示す概念図.A: 双子葉草本が多かった状態,B: シカが採食した状態,C: 採食に対する反応の違いによって双子葉草本が少なく,ススキが多くなった状態

 ただし,双子葉草本でも上記の不嗜好植物は,シカの増加によって相対的に増加したものと考えられる.またシカの採食影響下のススキ群落は株同士が間隔を空ける状態であるため,ミツバツチグリ,キジムシロ,オオヤマフスマ,アリノトウグサHaloragis micrantha,ヒメシダなどの小型植物も相対的増加をしたと考えられる.ただし,これらの増加はあったとしても,ススキの優占度は非常に大きくなり,群落多様度は低くなった.
 以下にはシカが増加した2005年前後以降に乙女高原で起きた植物の変化を現象のレベルを考えながら考察する.第1段階のシカの嗜好性と植物との関係によって起きる現象については,シカが植物種ごとに採食するかしないかを直接的に調べてはいないが,群落が変化した後,ススキ群落の中で目立ち,食痕がほとんどないものに,ハンゴンソウSenecio cannabifolius,ヨツバヒヨドリ,マルバダケブキ,ヤマドリゼンマイなどあった.これらはシカの不嗜好植物であることが確認されている(橋本・藤木 2014).
第2段階の脱葉(物理的植物体の除去)に対する植物ごとの反応の違いによって起きる現象は,切除実験により,多くの草本類は枯れ,生き残ったものも小型化したが,ススキとヤマハギは生存し,しかも植物高が変化しないことが示された.しかしススキは地上10 cmですべてを刈り取るという強い継続的な刈り取りをおこなうと,6, 9月区では草丈を大幅に減少させた.実際のシカの採食は葉の一部を食べる程度であるから,ススキの減少にはならなかった.乙女高原におけるススキの増加は,脱葉に対する回復力によるところが大きいが,ススキは不嗜好植物とは言えないもののシカの採食は弱く,第1段階の採食でも多くの大型双子葉草本よりは有利である可能性がある.
第3段階の現象は第2段階の草本群落の上層の変化が群落の下層植物に及ぼす間接効果で,大型双子葉草本の減少とススキの再生力によりススキを優占させたが,ススキの株の間は広く,地表が明るくなった結果,下層の植物(小型双子葉草本とシダ)のバイオマス指数が増加した.柵外ではススキの株の間はヒメシダが多く生育していた.また,ミツバツチグリは柵外で草丈が低く,被度が大きかった.
シカ防除柵設置4年目の柵内外の群落比較により,柵外ではススキが優占する多様性の低い群落になり,柵内では双子葉草本が回復して多様性の高い群落になったことが示された.これはシカの採食の群落レベルでの影響である.
以上の結論として,乙女高原において主に虫媒花で構成される大型草本類群落が2005年前後にススキ群落に入れ替わったのはシカの採食影響によると考えることに矛盾はないとした.また群落の変化を異なる段階の現象として捉えることが有効であることも示された.

■謝辞

調査では麻布大学学生(当時,敬称略)の加古菜甫子,大竹翔子,鷲田茜,須藤哲平,髙田隼人,野々村遥,富永晋也,矢野莉沙子,山本楓,鈴木沙喜,宮岡利佐子と乙女高原ファンクラブの宮原孝男様,三枝かめよ様,井上敬子様,岡崎文子様はじめ延べ30名の方々に協力いただきました.また山梨県峡東林務環境事務所県有林課は本調査の意義を理解され,調査許可をいただきました.これらの方々にお礼申し上げます.


■引用文献 こちら





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論文 (2016-2019)

2020-12-31 06:30:25 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
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2019.11.20
モンゴル北部の森林ステップ帯におけるウマ、ウシ、ヤギ・ヒツジの食性:ブルガン県モゴドソムの事例
Journal of Arid Environment, こちら

モンゴルでは1990年代の社会体制の変化により家畜の数が増え、草原植生も大きな変化をしつつある。にも関わらず、意外なことに家畜の食性を定量的に解明した研究はない。そこで、モンゴル北部の森林スッテプ帯のブルガン県モゴド・ソムの。谷にある調査地1と川辺にある調査地2でウマ(大型非反芻獣)、ウシ(大型反芻獣)、ヤギ・ヒツジ(小型反芻獣)の食性を糞分析法で調べたところ、場所よりも家畜の違いをより強く受けていることがわかった。ウマは自由に動けるから自分たちの好きな水辺のスゲが生えているところに行ってスゲをよく食べるが、ウシはゲルの近くで採食して夕方はゲルに戻るという行動パターンをとるので、ゲルの周りのStipaが多い植生を反映した食べ物になっていた。ヤギ・ヒツジはウシと同じ反芻獣だから食性もウシに似ていたが、牧民に動きを規制され、場所によって違いがあった。


2019.8.27
丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例 −
保全生態学研究、こちら
丹沢山地は1970年代からシカが増加し、その後シカの強い採食圧によって植生が強い影響を受けて貧弱化し、表土流失も見られる。このような状況にあるシカの食性を調べたところ、ほかのシカ生息地と比較して、シカの食物中に葉が少なく、繊維が多く、当地のシカが劣悪な食糧事情にあることがわかった。



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2018.7.13
第 4 回企画展示「フクロウが運んできたもの」展の記録 ─ 構想から展示まで
高槻成紀
麻布大学雑誌, 30 : 29 − 41 こちら


2018.6.30
動物の食物組成を読み取るための占有率−順位曲線の提案 −集団の平均化による情報の消失を避ける工夫−
高槻成紀,高橋和弘,髙田隼人,遠藤嘉甫,安本 唯,野々村遥,菅谷圭太,宮岡利佐子,箕輪篤志
哺乳類科学, 58:49-62. こちら

 動物の食物組成は平均値によって表現されることが多いが,同じ平均値でも内容に違いがあることがある.ニホンジカ(以下シカ),ニホンカモシカ(以下カモシカ),イノシシ,タヌキ,アカギツネ (以下キツネ),ニホンテン(以下テン)の糞組成の食物カテゴリーごとの占有率を高いものから低いものへと曲線で表現する「占有率−順位曲線」で比較したところ,さまざまなパターンが認められ、供給量,動物種の食物要求や消化生理などが関係していると考えられた.

2018.2.4 
仙台の海岸に生息するタヌキの食性
高槻成紀・岩田 翠・平吹喜彦・平泉秀樹
保全生態学研究, 23: 155-165. こちら

これまで知られていなかった東北地方海岸のタヌキの食性を初めて明らかにした。このタヌキは2011年3月の東北地方太平洋沖地震・津波後に回復した個体群である。テリハノイバラ、ドクウツギなど海岸に多く、津波後も生き延びた低木類の果実や、被災後3年ほどの期間に侵入したヨウシュヤマゴボウなどの果実をよく利用した。本研究は津波後の保全、復旧事業において、動物を軸に健全な食物網や海岸エコトーンを再生させる配慮が必要であることを示唆した。


タヌキの糞から検出された種子。1)ドクウツギ、2)テリハノイバラ、3)サクラ属、4)ノブドウ、5)クワ属、6)ヨウシュヤマゴボウ、7)イヌホオズキ、8)ツタウルシ、9)ヘクソカズラ、10)ギンナン(イチョウの種子)、11)コメ(イネの種子)、12)ウメ。格子間隔は5mm

2018.5.8
タヌキが利用する果実の特徴 - 総説
高槻成紀
哺乳類科学, 58: 1-10. こちら

 ホンドタヌキ(以下タヌキ)が利用する果実の特徴を理解するために,15編の論文を通覧したところ,タヌキの糞から103種の種子が検出されていた.これら種子を含む「果実」のうち,針葉樹2種の種子を含む68種は広義の多肉果であった.乾果は30種あり,蒴果6種,堅果4種,穎果4種,痩果4種などであった.生育地ではとくに特徴はなかったが,栽培種が21種も含まれていたことはタヌキに特徴的であった.タヌキが利用する果実には鳥類散布の多肉果とともに,イチョウ,カキノキなど大型の「多肉果」も多いことがわかった.

2018.5.3 モンゴルの放牧圧の論文
モンゴル北部の森林ステップの草地群落への放牧の影響:放牧と非放牧の比較
高槻成紀・佐藤雅俊・森永由紀
Grassland Science, 64: 157-214. こちら

モンゴルでは牧畜のあり方が移牧から定着に変化したため、草原が過放牧になり、群落に変化をもたらしている。モンゴル北部で長い時間家畜を排除した飛行場で群落調査をした。植物量は柵外の7分の1にすぎず、出現種数も半分ほどだった。柵内では直立型、分枝型、大型叢生型が多いが、柵外では小型叢生型と匍匐型が優占的だった。放牧影響はもともとある微地形の影響を「マスク」すると言える。


A: 柵内外の比較、B:柵内の様子、C:柵外の様子、D: Potentilla acaulis

2018.1.15 
東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性
高槻成紀
人と自然 Humans and Nature, 28: 1−10 (2017) こちら

 この論文は2016年の春から始めた玉川上水の自然観察から生まれたものです。大学を定年退職しても研究意欲は失っていないことが形になったという意味でもうれしいものでした。
調査地の林は植林後90年経過したシラカシ林で,林内は暗いため,都市郊外の雑木林のタヌキの食物になる低木や草本は少ない。糞組成は晩冬には果実や葉など多様であったが,春には昆虫と哺乳類が増加,夏には昆虫と葉が多く,秋には果実と種子が優占し,初冬には再び多様になった.果実としては高木のムクノキ,カキノキの果実が重要であり,低木や草本の果実は乏しかった.

津田塾大学のタヌキの糞の組成の季節変化

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2017年の論文 こちら

草食獣と食肉目の糞組成の多様性 – 集団多様性と個別多様性の比較
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・菅谷圭太・箕輪篤志・宮岡利佐子
「哺乳類科学」, 57: 287-321.

テンが利用する果実の特徴 – 総説
高槻成紀
「哺乳類科学」57: 337-347.


A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use 東京西部のテンとタヌキの食性比較−果実利用に注目して
Seiki Takatsuki, Risako Miyaoka and Keita Sugaya 高槻成紀・菅谷圭太・宮岡利佐子
Zoological Science, 35: 68-74


Comparison of the food habits of the sika deer (Cervus nippon), Japanese serow (Capricornis crispus), and wild boar (Sus scrofa), sympatric herbivorous mammals from Mt. Asama, central Japan
浅間山のシカ、カモシカ、イノシシの食性比較
Yoshitomo Endo, Hayato Takada, and Seiki Takatsuki 遠藤嘉甫、髙田隼人、高槻成紀
Mammal Study, 42: 131-140 (2017)


「Mammal Study」が産声をあげた頃
高槻成紀
「哺乳類科学」57: 135-138


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2016年の論文 こちら
2016.12.10
Effects of grazing forms on seasonal body weight changes of sheep and goats in north-central Mongolia: a comparison of nomadic and sedentary grazing
[放牧のしかたがモンゴル北部のヒツジとヤギの体重季節変化におよぼす影響:遊牧群と固定群の比較]
Nature and Peoples, 27: 27-31.


 この論文はモンゴルのヒツジとヤギの体重を調べたものです。モンゴルですごしていると遊牧生活のすばらしさを、自分の生活と対比として、しみじみと感じます。そのことを文章で表現するという方法もあるでしょうが、私たちはそれを自然科学的表現をしたいと思いました。どういうことかというと、モンゴルは広いことで知られた国です。人口密度は2人/km2ほどで、日本の340人/km2とは200倍も違います。それは「無駄が多い」ことでもあり、それだけしか住めないということは「土地生産性が低い」ともいえます。農耕民である中国人はそのことを「劣っている」とみなしました。モンゴルを「蒙古」といいますが、蒙はバカということ、古は古いです。ひどいものです。今でも一部のヨーロッパ研究者にはモンゴルに対して土地生産性をあげるための「提言」をする人がいます。でも乾燥地で土地を耕すことは長い目でみれば土地を荒廃させることが明らかになっています。私たちはモンゴル人と交流するなかで、頑固だなと感じることもありますが、この頑固さがこの土地と生活を守ってきたと賞賛したくなることがあります。
 そうしたことの一つが遊牧です。農耕民の生活とこれほど違うことはありません。広い土地を季節ごとに移動する - 農耕民からすれば落ち着かない貧しい無駄の多い生活です。でもそれには根拠があるのではないかと私たちは考えました。そこで通常の遊牧をする群れと、牧民にお願いして群れを一箇所で動かさないように頼み、その体重を1年追跡してもらいました。牧民は家畜を名前をつけて一頭づつ知っています。その体重を毎月測定してもらったのです。
 ヒツジの群れはスタート時は遊牧群と固定群で体重に違いはなかったのですが、冬の終わりになると固定群のほうがどんどんやせていき、違いが出ました。翌年の回復期にはつねに固定群が軽くなりました。

ヒツジの体重変化 nomadic 遊牧、 sedentary 固定


 ヤギのほうは最初(6月)、遊牧群のほうが少し軽かったのですが、8月には追いつき、その後は違いがなくなり、2年目は逆転しました。
 これらの結果は、表面的に「土地を有効に利用して高密度に家畜を飼うべきだ」という発想がモンゴルのような乾燥地では合理性がないことを示しています。放牧の体制はさらに複雑なシステムですが、体重ひとつとっても伝統的な遊牧に合理性があることを示せたことはよかったと思います。

ヤギの体重変化 nomadic 遊牧、 sedentary 固定


 調べたのは2006年ですから10年も前のことで、ようやく論文になり、ほっとしました。


2016.10.27
「山梨県東部のテンの食性の季節変化と占有率−順位曲線による表現の試み」
箕輪篤志,下岡ゆき子,高槻成紀
「哺乳類科学」57: 1-8.


2015年に退職しましたが、ちょうどその年に帝京科学大学の下岡さんが産休なので講義をしてほしいといわれ、引き受けました。それだけでなく、卒論指導も頼みたいということで4人の学生さんを指導しました。そのうちの一人、箕輪君は大学の近くでテンの糞を拾って分析しました。その内容を論文にしたのがこの論文です。その要旨の一部は次のようにまとめています。
 春には哺乳類33.0%,昆虫類29.1%で,動物質が全体の60%以上を占めた.夏には昆虫類が占める割合に大きな変化はなかったが,哺乳類は4.7%に減少した.一方,植物質は増加し,ヤマグワ,コウゾ,サクラ類などの果実・種子が全体の58.8%を占めた.秋にはこの傾向がさらに強まり,ミズキ,クマノミズキ,ムクノキ,エノキ,アケビ属などの果実(46.4%),種子(34.1%)が全体の80.5%を占めた.冬も果実・種子は重要であった(合計67.6%).これらのことから,上野原市のテンの食性は,果実を中心とし,春には哺乳類,夏には昆虫類も食べるという一般的なテンの食性の季節変化を示すことが確認された.
 タイトルの副題にある「占有率−順位曲線」というのは下の図のように、食べ物の占有率を高いものから低いものへ並べたもので、平均値が同じでも、なだらに減少するもの、急に減少してL字型になるものなどさまざまです。この表現法によって同じ食べ物でもその意味の解釈が深まることを指摘しました。



2016.9.4
論文ではありませんが、「須田修氏遺品寄贈の記録」を書きました。これは麻布大学の明治時代の卒業生である須田修氏の遺品をお孫さんの金子倫子様が寄贈されたことを機に、寄贈品について私とやりとりをしたことを含め紹介したものです。麻布大学は昭和20年に米軍の空襲により学舎を消失したので、戦前の資料は貴重です。それを博物館ではありがたくお受けしたのですが、それに添えるように2つの興味ふかいものがありました。ひとつは「赤城産馬會社設立願」で、須田氏のご尊父が群馬県の農民の貧困さを憂え、牧場を作ることを群馬県に提出したものです。その文章がすばらしく、文末に当時の群馬県令揖取(かとり)素彦の直筆サインがありました。また「夢馬記」という読み物があり、これは須田氏が誰かから借りて書き写したもののようです。内容を読むと、ある日、馬の専門家がうたた寝をしていたら、夢に馬が現れて「最近、日本馬は品質が悪くてよろしくないから品種改良をせよという声が大きいが、そういうことをいうものは馬のことを知らず、その扱いも知らないでいて、この馬はダメだといってひどい扱いをする。改良すべきは馬ではなく騎手のほうだ」といって立ち去った。目が覚めたら月が出ていた、というたいへん面白いものでした。こうした遺品についてのやりとりをしたので、金子様にも共著者になっていただいて、「麻布大学雑誌」に投稿しました。






牧場設立願いに書かれた揖取(かとり)群馬県令のサイン


2016.7.25
Seasonal variation in the food habits of the Eurasia harvest mouse (Micromys minutus) from western Tokyo, Japan(東京西部のカヤネズミの食性の季節変化)
Yamao, Kanako, Reiko Ishiwaka, Masaru Murakami and Seiki Takatsuki
Zoological Science, 33: 611-615.


この論文の内容にはいくつかポイントがあります。カヤネズミの食性の定量的評価は不思議なことに世界的にもなかったのですが、それを奥津くんが解明し、論文にしました(Okutsu and Takatsuki, 2012)。この論文で、小型のカヤネズミはエネルギー代謝的に高栄養な食物を食べているはずだという仮説を検証しました。ただ、このときは繁殖用の地上巣を撹乱しないよう、営巣が終わった初冬に糞を回収したので、カヤネズミの食物が昆虫と種子が主体であることはわかり、仮説は支持されましたが、季節変化はわかりませんでした。今回の研究はその次の段階のもので、ペットボトルを改良して、カヤネズミの専門家である石若さんのアドバイスでカヤネズミしか入れないトラップを作り、その中に排泄された糞を分析することで季節変化を出すことに成功しました。もうひとつは、私にとって画期的なのですが、その糞を遺伝学の村上賢先生にDNA分析してもらったところ、シデムシとダンゴムシが検出されました。これまで「カヤネズミは空中巣を作るくらいだから、草のあいだを移動するのが得意で、地上には降りないはずだ」という思い込みがあったのですが、石若さんは、これは疑ったほうがよいと主張してきました。シデムシもダンゴムシも地上徘徊性で、草の上には登りませんから、カヤネズミがこういうムシを食べていたということは、地上にも頻繁に降りるということで、それがDNA解析で実証されたことになります。DNA解析の面目躍如というところで、たいへんありがたかったです。そういうわけで、目的がはっきりしており、結果も明白だったので、書きやすい論文でした。この論文は生態学と遺伝学がうまくコラボできた好例だと思います。



改良型トラップ


2016.7.14
福岡県朝倉市北部のテンの食性−シカの増加に着目した長期分析− 
足立高行・桑原佳子・高槻成紀


福岡県で11年もの長期にわたってテンの糞を採取し、分析した論文が「保全生態学雑誌」に受理されました。この論文の最大のポイントはこの調査期間にシカが増加して群落が変化し、テンの食性が変化したことを指摘した点にあります。シカ死体が供給されてシカの毛の出現頻度は高くなりましたが、キイチゴ類などはシカに食べられて減り、植物に依存的な昆虫や、ウサギも減りました。シカが増えることがさまざまな生き物に影響をおよぼしていることが示されました。このほか種子散布者としてのテンの特性や、テンに利用される果実の特性も議論しました。サンプル数は7000を超えた力作で、その解析と執筆は非常にたいへんでしたが、機会を与えられたのは幸いでした。



テンの糞から検出された食物出現頻度の経年変化。シカだけが増えている。このところ、論文のグラフに手描きのイラストを入れて楽しんでいます。


2016.6.2
Food habits of Asian elephants Elephas maximus in a rainforest of northernPeninsular Malaysia, Shiori Yamamoto-Ebina, Salman Saaban(マレーシア半島北部の熱帯雨林のアジアゾウの食性)
Ahimsa Campos-Arcez, and Seiki Takatsuki )
Mammal Study, 41(3): 155-161.


これは麻布大学の山本詩織さんが修士研究としておこなったもので、一人でマレーシアにいってがんばりました。滞在中に私も現地を訪問してアドバイスしました。



ゾウの糞を拾った詩織さん


アイムサさんはスペインから私が東大時代に留学し、スリランカでゾウの研究をして、現在はマレーシアのノッチンガム大学の先生になりました。アジアゾウの研究では第一人者になりました。この論文では自然林のゾウと伐採された場所やハイウェイ沿などで食性がどう違うかを狙って分析したもので、見事に違うことが示されました。ゾウはそれだけ柔軟な食性を持っているということが初めてわかったのです。



このグラフは上から自然林、伐採林、道路沿いでの結果で、左から右に食べ物の中身が示されています。grass leavesはイネ科の葉で道路沿いでは一番多いです。monocot leavesは単子葉植物の葉で逆に森林で多いです。banana stemはバナナの茎でこれは道路沿いが多いです。あとはwoody materialとfiberで木本の材と繊維ですが、これが森林で多く道路沿いで少ないという結果が得られました。つまり森林伐採をしてもさほど違わないが、道路をつけると伐採をするだけでなく、草原的な環境がそのまま維持されるので、ゾウは森林の木はあまり食べなくなって道路沿いに増えるイネ科をよく食べるようになるということです。このことはゾウの行動圏にも影響を与えるので、アイムサさんはたくさんのゾウに電波発信機をつけて精力的に調べています。



全く同じアングルで撮影した調査地。スズタケがシカにより消滅した。


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論文 2016-2019

2020-12-31 06:27:57 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
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長野県東部の山地帯のカラマツ林のテンの食性

2020-11-26 21:22:30 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
宗兼明香・南正人・高槻成紀

 長野県東部の御代田町のカラマツ林に生息するテン(ニホンテンMartes melampus)の食性を糞分析法により明らかにした.評価は出現頻度法とポイント枠法の占有率によった.平均占有率は,春には哺乳類(64.1%),夏と秋には果実(夏は65.3%,秋は78.0%)が多かった.種子の出現からわかった果実利用は月ごとに変化し,春にはミズキなど,夏にはサクラ属など,秋にはマタタビ属やアケビ属などが多かった.昆虫は夏でも4.9%に過ぎず,他の地域より少なかった.これは本調査地に果実が豊富なためと考えられた.頻度法による評価では平均占有率が小さかった昆虫や葉が過大に評価された.占有率−順位曲線からは平均値や頻度法ではわからない,食物の供給量とテンの食物選択性を読み取ることができた.テンに利用された果実には林縁植物が多いことからテンが林縁植物の指向性散布をする可能性が示唆された.

調査地

表1 テンの糞組成

各季節の主要食物の「占有率ー順位」曲線
一部の個体しか食べることができないとL字型になる

主要種子の占有率の月変化

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仙川のタヌキの食性

2020-11-26 16:14:10 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
<はじめに>
 仙川は小金井から始まって南東に流れて野川と合流したあと二子玉川で多摩川に合流する川です。川とはいっても上流部分はいわゆる「三面張り」、つまり自然の川を底も両岸も
人工的にコンクリートにしています。ただし仙川では両岸は鉄板になっています。また水は流れていません。したがって「川」と呼ぶには相当無理がある感じです。
 この仙川上流部にタヌキがいるという情報があったので、様子を見にいったところ、ため糞が見つかりました。私は「都会のタヌキ」の食性を調べたことがあります。一つは小平市の津田塾大学のキャンパス、もう一つは明治神宮です。津田塾大は確かに市街地にありますが、キャンパス内には立派なシラカシの林があるために、ムクノキなどの果実や植栽されたものですが、カキノキとイチョウの果実が主要な食物になっていました(こちら)。もう一つの明治神宮の森は津田塾大学以上に立派な林ですから、やはりムクノキやギンナンがタヌキの重要な食物になっていました。だから、都会のタヌキを調べたと言っても、正確には「都会の立派な林に住むタヌキ」しか調べていないことになります。
 その意味では仙川のタヌキは文字通り都会の極端に人工化された環境に住むタヌキといえますから、そのタヌキが何を食べているかを知ることは、人と野生動物との共存という意味でも意義のあることです。

<仙川の環境>
 仙川の「川底」に降りると、底の部分はコンクリート、両側は鉄の壁で、高さが2メートルあまりもあります。ユニットになっている鉄板は凹凸がありますが、隙間はなく、足がかりになりそうなものもないので、タヌキには上下ができそうもありません。ところどころに鉄の手すりがありますが、もちろんタヌキは使えません。

仙川の「川底」から眺める

 しかも川の両側には高さ1メートル余りの金網柵があるので、人も出入りできません。このことはタヌキにとって人はほとんど来ないという意味で、安全性は確保されていると言えます。

仙川を上から見下ろす

<ため糞>
 その仙川の一角でタヌキのため糞を見つけました。ここから新しいものを数個拾って分析することにしました。またセンサーカメラをおいておきました。

見つかったため糞

 これがタヌキのため糞であるのは間違いないことではありますが、カメラには糞をするタヌキが写っており、確かにタヌキが利用していることが確認できました。

糞をするタヌキ

 このため糞場で5月15日から17日、19日、21日と順調に糞を拾うことができましたが、22日
以降、パタリと利用されなくなりました。理由は不明ですが、あるいはセンサーカメラを警戒したのかもしれません。しかしカメラを設置した初めの方で警戒し、次第になれるのが普通なので、1週間ほどしてから使わなくなったのは不思議です。実はこの近くで営巣していることが確認されており、子供の成長に伴い行動圏が変化した可能性もあります。
 そのため、糞が集められなくなったのですが、5月31日に別の場所2カ所でため糞を見つけることができました。

<分析結果>
 5月に16個の糞を分析しました。分析するには、まず糞を0.5mm間隔のフルイの上で水洗します。そのあとで、特殊なスライドグラスにのせ、顕微鏡でのぞいて多い少ないを評価します。細かいことは略しますが、「有無」ではなく、多い少ないを表現します。
 その結果は以下の円グラフの通りです。
仙川のタヌキの糞組成

 多かったのは種子(19%)、哺乳類(16%)、昆虫(13%)、無脊椎動物(11%)、貝(11%)などでした。種子のほとんどはサクラの種子で、仙川に落ちていたのはヤマザクラのサクランボでした。

仙川に落ちていたヤマザクラのサクランボ

 ただ種子によってヤマザクラとソメイヨシノは区別ができないようです。

サクラ種子 (格子間隔は5mm)

 「哺乳類」としたのは毛で、タヌキの毛と思われるものは微量で、多くはネズミの毛を思われる細く、短いものでした。その割には哺乳類の骨が少ししか出てこなかったのは不思議でした。

哺乳類の毛 (格子間隔は5mm)

 昆虫は甲虫やアリとわかるものもありましが、多くは細かい断片で、識別できませんでした。
 貝としたのは、カタツムリの殻で、これは別の場所ではあまり見かけないものでした。

カタツムリの殻 (格子間隔は5mm) 

<まとめ>
 全体を見ると、動物と植物がほぼ半々で、文字通り雑食性と言えます。ただし、日本のタヌキは果実依存で、ふつうは植物の方が多いので、このことが仙川のタヌキの食性の特徴かもしれません。食物環境としては、植物が貧弱で、川底にナガバヤブマオなどの方か外来雑草が生えている程度ですが、地上に植えられているサクラ、ヤマグワ、ミカンなどの果実が落ちてくるようです。今後も糞が確保できたら、季節変化を追跡したいと思います。

<タヌキがいなくなった>
その後、調査地からタヌキがいなくなりました。どこに行ったのかわかりません何度も糞を探して歩きましたが、見つからなくなりました、残念ながら調査を停止しました。
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人工林が卓越する場所でのシカの食性 鳥取県東部若狭町での事例

2020-11-25 21:19:28 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
人工林が卓越する場所でのシカの食性 鳥取県東部若狭町での事例

高槻成紀・永松 大

日本各地でシカが増加し、森林植生に強い影響を与えるとともに林業被害も増加している。スギ人工林が卓越する鳥取県東部の若桜町では過去20年前からシカが急増し、林床植生が貧弱化した。林業被害対策にはメカニズム解析が不可欠で、シカの食性は一つのポイントとなるが、人工林の卓越する場所でのシカの食性は知られていない。植生は、スギ人工林では柵外はコバノイシカグマ以外は非常に乏しかったが、柵内にはチヂミザサ、ススキ、スゲ類などがあった。落葉広葉樹林でも貧弱で、ムラサキシキブなどが散見される程度であったが、柵内ではタケニグサ、ベニバナボロギク、ジュウモンジシダ、ガクウツギ、ニシノホンモンジスゲ、ススキなどがやや多かった。シカの糞分析の結果、シカの糞組成は植物の生育期でも緑葉が20-30%程度しか含まれておらず、繊維や枯葉の占有率が大きいことがわかった。夏に葉の占有率がこれほど小さいのは神奈川県丹沢のシカで知られているだけである。
調査地地図



調査地の景観。ディアラインが見える。

主要食物の占有率の季節変化
grass イネ科、Dicot 双子葉、dead leaves 枯葉、others その他、culm 
イネ科の茎、fiber 繊維

人工林と広葉樹林の柵内外のバイオマス指数
Pla-out 人工林柵外、Pla-in 人工林柵内、Bro-out  広葉樹林柵外、Bro-in 広葉樹林柵内; short form, 小型草本、tall forb 大型草本, graminoid イネ科・カヤツリグサ科, liane つる, fern シダ, woody plant 木本

検出物の顕微鏡写真
dwarf bamboo ササ, grass イネ科, sedge スゲ, monocot 単子葉, dicot 双子葉, dead leaf 枯葉, culm イネ科の茎, fiber 繊維

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シカの調査

2020-11-25 04:56:25 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
シカの角(島と本土の比較) こちら
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モグラ 2020 3 標本化のプロセス

2020-05-27 21:19:37 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
剥皮以降、筋肉をつまみ取り、ポリデントにつけて筋肉を変性させるという作業をしました。その毎日の変化を示しました。

1日目
2日目
3日目
4日目
5日目
6日目
7日目
8日目
9日目
10日目
12日目
13日目
14日目
15日目
17日目
完成




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アズマモグラ 2020-2 筋肉

2020-05-27 13:56:37 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
皮を剥いで筋肉が見えるようにしました。骨格標本にするには、この筋肉は除きます。この写真は皮を剥いでから1日水につけたので、筋肉と血液の赤い色が目立たなくなっています。さて、上半身の筋肉のすごさを見てください。首は全く細まっていません。
腕の筋肉が太く、何本もが重なり合っています。

アズマモグラの前半身 背面

それを腹側から見ると、いかにマッチョであるかがわかります。胸は「割れて」います。
アズマモグラの前半身 腹面

 要するに、モグラは土を掘るために前半身に大量の筋肉を持っていて、その
パワーでトンネルを掘ることができるというわけです。




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アズマモグラ 2020-1 外見

2020-05-27 13:49:40 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
1 外見
2 筋肉 見ても大丈夫な人はどうぞ こちら
3    標本化のプロセス  見ても大丈夫な人はどうぞ  こちら
4 骨格 こちら

アズマモグラの外見 2020.5.9 小金井市

 小金井市に住んでいる知人が2020年5月9日に、飼育しているネコが捕まえてきたというアズマモグラの標本を提供してくださいました。体重74 gのメスでした。外見はこの通りでサツマイモのようで、お腹がかなり膨らんでいます。

アズマモグラの顔と前足

 前足が巨大といってもいいくらい大きく、顔は小さめで先端の鼻がちょんと尖っていて、生きている時はよく動きます。

アズマモグラの顔。目の当たりの毛を開いたところ。

 普通に見ると目と思しきものはないのですが、目のあるあたりの毛をそっと開くと小さい黒い点があり、これが目のようです。ごく貧弱なものです。


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アズマモグラ 2020-4 骨格標本

2020-05-27 13:41:04 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
それを骨格標本にしました。モグラは「トンネルを掘る動物」として知られていますが、そのことは骨格からも読み取ることができます。

全体で見てわかるのは前肢が大きいのに対して後肢は貧弱です。その前肢は異様に細長い肩甲骨とつながっています。そして背中から首にかけて非常に発達した筋肉があって肩甲骨から前肢を覆うように付いています。まるでプロレスラーのような「マッチョ」で、この筋肉のパワーで土を掘るわけです。


アズマモグラの全身骨格

多くの哺乳類の前肢の上腕骨(肘から上)は棒状に細長いものですが、モグラの場合は面的で、しかも複雑なくぼみや突起のある極めて特異な形になっています(図2)。


前半身

手のひらも特殊です。まず異様というほど大きいこともそうですが、もう一つ親指の
外側に「第6の指」があることです。この写真は左手なので親指の外側ということになりますが、両手を前に伸ばした親指のそおと側ということは体との関係で言えば「内側」になります。この方ねはブーメランのような弓なりの形をしており、農作業に使う鎌にも似ているので「鎌状骨」と呼ばれます。


アズマモグラの左手(手の甲側から)

剥皮する前の手のひら(左手、手に尾平側から)

これは野球のキャッチャーミットのような感じで、指は自分の意志で動かせますが、この骨はそうではありません。この部分が厚い皮膚で覆われてくっついています。そうするとどうなるか。モグラが手のひらを広げて土を掘るとき、土が柔らかければこの鎌状骨により面積が広くなっているので効率的に土を掻き出せます。しかし土が硬い場合は負荷が大きすぎて動かせなくなります。その時は、この鎌状骨の部分は折れ曲がって手のひらの面積が狭くなって少し少なめの土を掘るということになります。実によくできています。
 こう見てくると、モグラが「土を掘る動物」であることが納得できます。

 最後に触れておきたいのは鋭い歯です。モグラの主な食べ物はミミズで、トンネルを掘っていればミミズのトンネルとぶつかってモグラのトンネルにミミズが顔を出すこともあります。それをこの鋭い歯で捉えて食べるのです。鋭い山脈のような歯ですからミミズの体もスパリと切れるはずです。


アズマモグラの頭骨

はじめに戻る こちら

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高知県とその周辺のタヌキの食性 – 胃内容物分析–

2020-05-25 08:57:01 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
20.5.25
高知県とその周辺のタヌキの食性 – 胃内容物分析–
高槻成紀・谷地森秀二
哺乳類科学
これまで四国のタヌキの食性は情報がなかったが,高知県と周辺から得た67例の胃内容物をポイント枠法で分析した.ほかの場所と比べると昆虫が多く(全体の占有率25.7%),特に冬でも25.8%を占めた.果実は重要であったが,他の場所に比べれば少なく,最大で秋の30.4%であった.カタツムリ(ウスカワマイマイ)が春(19.3%)を中心に多かったことと,春にコメを主体とした作物が25.0%と多かった点は特異であった.

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動き 2019以前

2019-12-31 10:44:17 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』

2019.9.7 モンゴル、モゴド・アイラグ博物館の準備 こちら 
2019.9.3 モンゴルでの天気予報教室の記録  こちら
2019.11.7 地球永住計画 賢者にきく 「鼻つまみ者」 こちら 
2019.6.9 NHK 、ETVの「視点・論点」で「都市化する社会の人と動物」を話しました。こちら


再録が終わってくつろぐ

2019年5月4日に公園でモンゴル祭りが行われ、そこにある図書館でモンゴルカレッジ2019が行われました。4つの話題が提供され、私は「モンゴル牧民の知恵に学ぶ」と題して講演をしました。こちら



3月26日、27日
麻布大学いのちの博物館で「粘土で動物を作ろう」を実施しました。 こちら


3月18日
リスの標本を作りました。 こちら


2月21日
仙台で東日本大震災後の仙台海岸の生態系復元についてのフォーラムがあり、タヌキの食性の話をします。





1月12日
武蔵野美大で地球永住計画の「かんさつ会」として「フクロウの巣からネズミを取り出す」を実施しました。 こちら


12月15日
麻布大学いのちの博物館でワークショップ「フクロウの巣からネズミを取り出す」を実施しました。 こちら


12月6日
小平市民奨励教室で講演しました。こちら


12月2日
モモンガの標本が手に入ったので、調べました。外観観察
基本情報 こちら
手足 こちら
剥皮 こちら 見ても平気だと思う人、どうぞ
飛膜 こちら
胃 こちら
全身骨格 こちら
台に載せる こちら


11月17日
ムササビの標本が手に入ったので、調べました。
 外観観察 こちら
 基本情報 こちら
 脱がしたムササビ こちら見ても平気だと思う人、どうぞ
 飛膜 こちら
 「小指」は骨ではなかった こちら
 針状軟骨はバテン? こちら
 滑空 -- 針状軟骨の使われ方 滑空 -- 針状軟骨の使われ方
 胃内容物 こちら
 頭骨 こちら


11月11日
丹沢の自然に関心を持つ人たちに招かれて講演をしたことがあります。そのことをきっかけに、丹沢のシカの食べ物を解明しようということになりました。各季節に丹沢の3箇所で高いところ、中くらい、低いところで糞を拾ってもらい、私が分析をすることになりました。興味ふかい結果が得られていますが(こちら)、秋の糞からはかなりの頻度でヤマボウシの種子が出てきました。現地にも多いそうです。他にも色々な果実があると思いますが、これだけが目立って多く、高頻度で出てきました。



丹沢のシカの糞から検出されたヤマボウシの種子


10月12日
科学技術振興機構のポータルサイト(サイエンスポータル)に私を取材した記事が載りました。こちら


9月28日
鳥取県若桜のシカ糞を分析していますが、これまで知られているどこよりも劣悪で、夏でも枯葉を多く食べていることがわかりました。こちら


9月27日
小平市にある津田塾大学のタヌキの食べ物を調べていますが、9月になったら急に糞が見つかるようになり、中身も昆虫が激減してカキを主体とし、ムクノキなどが混じる「秋モード」に入ったようです。こちら


9月16日
玉川上水の9月の観察会を小金井で行いました。こちら


9月7-10日
日本哺乳類学会が伊那市の信州大学農学部で行われ、参加して来ました。若い人の活気を感じるる学会です。


9月6日
森林インストラクター東京会で「玉川上水の生き物しらべの愉しみ」という講演をしました。



質問に答える


8月30日
サクラサイエンスというプロジェクトで麻布大学で研修中のアジアの若手獣医研究者が麻布大学いのちの博物館に来館しまし他ので、解説しました。こちら


8月26日
玉川上水の観察会をしました。こちら


8月25日
「玉川上水にはフン虫がいるよ」を実施しました。こちら


8月21日
明治神宮にタヌキの糞を探しに行きましたが、見つからずがっかりでした。


8月19日
乙女高原で訪花昆虫の調査をしました。大きな柵を作ってシカの影響を排除したおかげで花が戻ってきて全体でポリネーション(花に昆虫が受粉にくること)が咲く設置前の5階程増えていました。花と昆虫にに囲まれてとても幸福感のある調査でした。


8月16日
「3.11」後の仙台の海岸に戻ってきたタヌキの論文が朝日新聞の宮城県版に載りましたが、その英訳ができたそうです。


http://www.asahi.com/ajw/articles/AJ201808110001.html


7月31日-8月11日
モンゴル調査


7月27日
私は仲間と東日本大震災の後、仙台の海岸に「戻ってきた」タヌキの糞分析をして、「保全生態学研究」という学術誌に論文を書きました。それを朝日新聞の宮城版が取り上げてくれました。研究をこういう形で発信することも大事だと思います。





7月24日-26日
7月24-26日、麻布大学いのちの博物館で小学生を対象とした夏休み子ども教室をしました。子供達の真剣な眼差し、ユニークなスケッチ作品を見れば、あれこれの評価は無用であることがわかります。

スケッチする子供達

(写真の公開は了解を得ています)もっとみる

子供ならではの作品ができました。

もっと見る

 小学生に解説をしていると、自分の言葉が子供の心に入って行くようで、まさに「語れば応える」が実感できます。スケッチの仕方や動物の見方をアドバイスすると、驚くほどの効果がみられます。自分は大学の先生より、小学校の先生の方が向いていたかな、と思うくらいです。



 アオダイショウの骨の説明をする時、南米でアナコンダにおばあさんが食べられた話をしました。その時はホワイトボードにヘビの頭を描いて大きく開けた口に丸い人の頭だけを描いておきました。その後、感想文を書いてもらっているときに、人の顔に目や口を描き、体も描き加えて、男の子にしました。そうしたら子どもたちが目ざとく見つけて、笑顔が見られました。それを見て一人の子が「さっき、おばあさんって言ったのに」と言いました。そこで男の子の頭の上に丸い髪の塊りを描き、口の脇にほうれい線を引きました。それから半ズボンをスカートにしました。子どもたちは大喜びでした。
 落書きが得意なのもこういうときは役に立つものです。





7月16日
「玉川上水を守るには?」という集会で講演をしました。こちら





7月8日
玉川上水観察会
内容 津田塾大学でタヌキのタメフンを観察、回収し、水洗してマーカーの検出をします。マーカーとはソーセージに入れたプラスチック片で、キャンパスの外に置いてあり、タヌキの動きを調べようとしています。
無事完了しました。報告はこちら


6月27日
武蔵野美大三鷹ルームで「人による動物の勝手なイメージ:イタチも知らずにイタチごっこ」
「人間の偏見、動物の言い分」について話しました。





関野先生と対談


話が終わってから子供たちもお話にきました。写真は豊口信行さんによる。




6月25日
「人間の偏見、動物の言い分~動物のイメージを科学する」イースト・プレス社 こちら
武蔵野美術大学で最近出版した上記の本の解説をしました。



人は動物に勝手なイメージを作ってきた



ハーツォグは実験のために「下等な」動物から「高等な」動物の順に熱湯に入れた。さて、高等下等とは??


++++++++++++
当日は武蔵美大の学生を主体に一般の方も聞きに来てくださいました。



動物のイメージを板書して説明(棚橋早苗さん撮影)




6月16日の「高尾の森づくりの会」での講演
同会で「森と動物たちのかかわりについて」という講演をしました。


6月10日「人間の偏見 動物の言い分」の書評
宮部みゆきさんの書評 こちら


6月10日の桐生での実習指導
桐生の自然の森で食肉目(タヌキやテン)の糞分析の実習指導をしました。



作業室



記念撮影


異変
 このブログを訪問する人はだいたい100人前後です。ところが、今朝(5月13日)、そのブログを見て我が目を疑いました。なんと8800人もの訪問者があったのです。桁違いです。これはどうしたことかと思っていましたが、友人がメールをくれたので、そのわけがわかりました。
 それによると、私が2年前に書いたあるエッセーがツイッターで話題になったのだそうです。それは天皇陛下が書かれた皇居のタヌキの糞分析の論文についてのものです。こちら 興味のある人にはゆっくり読んでもらうこととして、そのとき私が作った次の歌はどうでしょう。


 故ありてタヌキが糞を分析しけむが、広きこの世にかくなる行なひを為す者、幾人ありなむとこそ思ひけれ。
 しかるに、あらむことか、帝がこれを為されけむと知り、いみじう驚きたりて作りたる歌・・







 それにしても、なぜ今頃話題になったのかはいまだにわかりません。もしご存知の方がおられたら教えてもらえると喜びます。


5月20日の観察会
気持ちの良い天気の中で終えました。全体の報告と下生え調査の結果


2018.5.3 モンゴルの放牧圧の論文
 2002年からモンゴルに通っています。最初はモウコガゼルの調査から始まったのですが、その後家畜と草原の関係を調べるようになって今日に至っています。モンゴル中央の北部はモンゴルとしては比較的降水量があり、山の北斜面には森林があるので「森林ステップ」と呼ばれています。もっと北のロシアに行けばタイガになる、草原と森林の移行帯です。その一つとしてブルガンという場所があり、そこで放牧影響を調べた調査結果が論文になりました。こちら


モンゴル北部の森林ステップの草地群落への放牧の影響:放牧と非放牧の比較
高槻成紀・佐藤雅人・森永由紀


モンゴルでは牧畜のあり方が移牧から定着に変化したため、草原が過放牧になり、群落に変化をもたらしている。この調査はモンゴル北部の深林ステップで長い時間家畜を排除した好例を見つけたので、放牧が草原にどのような影響をもたらすかを示そうとした。ブルガン飛行場は1950年代から柵をしてきたので、放牧された場所とされていない場所を比較できる。そこで群落構造、種組成、生育形に着目して柵の内外を比較した。植物量は柵外で40 g/m2であり、柵外(305 g/m2)の7分の1にすぎず、出現種数も半分ほどだった。柵内では草丈は30-40cmあったが、柵外では10cm未満だった。柵内では直立型、分枝型、大型叢生型が多いが、柵外では小型叢生型と匍匐型が優占的だった。柵内では微地形に応じて優占種に違いが見られたが、柵外ではCarex duriusculaというスゲとPotentilla acaulis(キジムシロ属)という匍匐型が優占していた。すなわち放牧影響はもともとある微地形の影響を「マスク」すると言える。この調査は、放牧による群落への影響を生育型を用いることで有効に示せることを示した。



A: 柵内外の比較、B:柵内の様子、C:柵外の様子、D: Potentilla acaulis


Effects of grazing on grassland communities of the forest-steppe of northern Mongolia: a comparison of grazed versus ungrazed places


Seiki Takatsuki, Masatoshi Sato, and Yuki Morinaga


Abstract
Overgrazing of grasslands in the Mongolian steppes resulting from a transition from pastoral to sedentary livestock production has led to significant changes in the plant communities. This study aimed to show how livestock grazing affects steppe vegetation in northern Mongolia by a good example of a long-termed exclusion of grazing. The Bulgan Airport in northern Mongolia has been fenced since the 1950s and thus is suitable to compare grazed and ungrazed plant communities. We studied plots both inside and outside the fence with reference to community structure, species composition, and growth form. Plant biomass for the outside plots averaged (40 g/m2) less than one-seventh of that inside the fence (305 g/m2), and average species number per plot was about half of that inside the fence. Height of plants inside the fence ranged from the ground surface to 30 - 40 cm, whereas most of the plants outside were less than 10 cm tall. Erect, branched, and tall tussock form plants were reduced outside the fence, and short tussock and prostrate form plants became dominant. Microtopography resulted in different dominant plants inside the fence whereas only Carex duriuscula, a sedge, and Potentilla acaulis, a short growing prostrate forb, prevailed outside. That is, grazing as a factor effecting plant communities prevailed and "masked" microtopography outside the fence. It was shown that the use of growth form is effective to evaluate vegetation changes by grazing.


2018.4.22 骨格標本
2018年4月10日、麻布大学のキャンパスでモズの死体を見つけました。状態がよかったので、骨格標本を作ることにしました。


モズの死体


骨格標本



2018.5.17 新刊出版
「人間の偏見 動物の言い分」という本がイーストプレスから出版されます。







私は長いあいだ動物の研究をしてきて、動物の立場から見たらこの世はずいぶん理不尽だと思うだろうなと想像することがよくありました。それが本書で言いたいことなのですが、その主張のために2つの工夫をしました。
 一つは「動物」というときに、ペットも家畜も野生動物も区別がされないために「動物のいのちを大切に」というとき、多くはイヌ・ネコのイメージをしますが、食肉用のウシやブタのことは考えないし、野生動物の絶滅のことも考えません。そこで動物を類型しながら説明しました。
 もう一つは現代の都市生活と動物の関係を考えるために、大胆とは思いながら、狩猟採集時代、農業時代、都市生活時代という時代区分をし、それぞれの時代に人が動物にどう接してきたかを考えたということです。
 その作業をすることで、都市生活が下手をするとかなり深刻な問題を生む危険性があることにも言及しました。出版は2018年5月17日で、定価は1700円(+税)です。


株式会社イースト・プレス




2018.4.12 講演
4月12日に武蔵野美大の「三鷹ルーム」で講演をしました。これは関野義晴先生が地球永住計画というプロジェクトの活動の一つとして行なっておられる連続講座で、さまざまな分野の研究者や専門家が関野先生と対談をするというものです。私は「リンク(生き物のつながり)を求めて」という話をしました。
 関野先生からは、最近行っている玉川上水の話ではなく、これまでの研究を振り返るような話をして欲しいということだったので、シカとササ、タヌキとテンの食性比較、シカの多面的生物に及ぼす影響、アファンの森の訪花昆虫などの話をしました。
 それら研究の話の前に、子供の頃の写真を紹介し、中2の時にアゲハ蝶類と食草の対応関係に気づいて、愛読していた図鑑の監修者であった九州大学の白水先生に手紙を書いたこと、そして返事をもらったことを紹介しました。そのことが、動物の食べ物を調べることに関心を持ったことと繋がっているかもしれないと思うからです。
 話の最後にはアイヌ民話の「ミソサザイとサマイクル」の話を紹介し、小さく、顧みられることのない生き物への配慮をする文化の素晴らしさを話しました。








豊口信行さん撮影


2018.4.4 子どもイベント「シカ、サル、タヌキの骨比べ」こちら








2018.3.17


動物園講演会「タヌキのウンチ 生き物のつながりを探る」@武蔵野公会堂
動物園に関心のある人が主催する講演会でお話をしました。動物好きの人が多く、タヌキに限らず、動物のいのちについて様々な意見が買わされました。[Believe」を一緒に歌いました。


質問に答える


一緒に「Believe」を歌う

2018.2.25
講演 「日本の山とシカ問題」
山と渓谷社による「日本山岳遺産サミット」で話しました。
 

2018.2.19
NHKテレビの「視点・論点」で「身近な自然をじっくり眺める」を話しました。内容はこちら

月~金 午前4時20分~午前4時30分 [Eテレ] 月~金 午後1時50分~午後2時

2018.1.13
講演 「タヌキのポン?!」予告
多摩動物公園でタヌキの話をしました。こちら
感想など こちら





2018.1.8
「玉川上水花マップ」と称して花の分布を調べていますが、1月8日にシンポジウムを開催しました。こちら
動画は こちら



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崎山氏のコメント 2015.5/11

2015-04-02 23:27:53 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
崎山言世様からコメントをもらいました。

たいへん丁寧に真摯におこたえいただき有難く思いました。この「故郷」という歌は、いろんな方面からもっともっと議論をしてもよい歌だと感じました。作者がだれかれというだけではなくて。たまたまきょう酒井惇一「ノウサギ、因幡の白兎」というページを見つけました。
いまこの歌をめぐって、足りていないのは兎狩や小鮒釣りをもっと民俗学的な観点で深く読み解く研究かもしれないと感じていますが、私には到底手が届きません。


酒井さんの記事を読みました。まあ、こういう感想をもつ方もおられるでしょう。しかし、兎を追うことをただの言葉遊びで作詞すると思っていたという感覚は私には理解できません。自分がしなくても、そういう世界があるはずだとは思わないのでしょうか。
 因幡の白ウサギは簡単です。ノウサギは飼育がむずかしいウサギですが、アナウサギは容易です。因幡の白ウサギの世界は朝鮮半島の文化そのものです。大陸で家畜化されたアナウサギが稲作文明とともに渡来したのです。アナウサギも野生のものは褐色ですが、品種改良されたものにアルビノの白いものが産まれました。これはイヌでもネコでも起きたことですし、野生状態でも稀にあります。そもそも赤ん坊が赤裸というイメージはノウサギではありません。ノウサギの赤ちゃんはすでに茶色で歩ける状態で産まれて来ます。山陰の民話などは朝鮮半島のそれを理解することなしに解釈できないものだと思います。私にも到底手が届きません。(高槻)
コメント (2)
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唱歌の合議制について

2015-04-02 22:21:26 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
 私が出会った文部省唱歌やその作家についての以下のブログは、それまで出会った書籍や論文とは桁違いの情報量と緻密さで、圧倒されるものがあります。

「琴月と冷光の時代」
「言世と一昌の夢幻問答」
「文部省唱歌100年に問う」

 私は小著にも書いたように、生態学者であり、個人的に歌が好きなので、いわば職業人としての高槻と私人としての高槻を融合させて「唱歌ふるさとの生態学」を書いたつもりでいました。しかし、これらの作品群を前にすると、里山の生物についての考察には専門性とオリジナリティがあり、それにもとづく論考にいくばくかの公表意義はあるとは思うものの、唱歌についてはあまりに無知であったと認めないわけにはいきません。あとがきに、それら(歌や社会)について読者からの意見を歓迎するという意味のことを書き、実際にそういうお便りを頂戴もしましたが、それはあまりに無邪気にすぎたという気持ちがあります。
 この作品群に学んだことはたくさんありますが、ここでは合議制ということにしぼって考えたいと思います。中国で日本やアメリカの意匠がコピーされるのをみると、「ひどい」と思います。でも私は子供の頃、ただのロゴをデザインするだけで巨万の富を得たという話を聞いたとき、勤勉な農民やサラリーマンが汗水流して一年働いて得るお金の何百倍も儲けるのは「高すぎる」ので不公平だと感じたことがあります。一方、自分が野外調査をし、苦労して撮影した写真や、長い時間をかけて解析したデータをもとにして原稿を書いたとき、原稿料が安かったり、取材をしないでも書ける原稿と値段が違わなかったりすると、今度は「安すぎる」ので不公平だと思いました。そう考えればロゴのデザインもデザイナーの才能というかけがえのないものがなければ生まれないのだから、それを高いと考えてはいけないと思い、たとえばミッキーマウスなどのロゴで莫大な収入を得ているディズニーの会社は正当なのだと思うようになり、だからそれを「盗む」のはひどいことだと思うようになったというわけです。つまり、もともとは思いつきで作れる(と思っていた)作品のデザインにそれほど価値があるわけではないと思っていたということです。
 著作権という権利の歴史も紆余曲折があったはずです。わらべ歌や民謡を考えればわかるように、もともと歌というものは歌い伝えられてきたもので誰が作ったということはなかったはずです。歌をうたうことは楽しいからと、みんなに歌ってもらいたいと思って歌を作った人もたくさんいたはずです。そのうち、歌がラジオで流れるとか、レコードが発明されて、ありえないことに音がためられて(録音)、あとで再生されることという革命が起き、それによって大きなお金が動くようになり、そのために著作権が生まれ、お金を儲けるために歌を作る人が現れました。それは大産業になっていきました。音楽の才能がある人がヒット曲を作ることは賛美され、作者はヒーローとなり、裕福になりました。そうなると、贋作は非難され、裁判沙汰になり、犯罪となりました。ヒットを飛ばした作家には、人気のある歌手からオファーが来て、それがヒットしてさらに有名になるというようなことがふつうになってきました。歌そのものでなく、誰が作った歌だから、というだけでキャンペーンがはられ、ヒット曲が作られるようになりました。
 私たちはそういう時代に生きています。歌は商品であり、商品の作者は打ち出の小槌であり、著作権はきわめて貴重なものです。そうであるから、「作者不詳」と聞くと「おや?」と思います。そして、それが「アイルランド民謡」だったりすると、「じゃあしかたない」と思いますが、たかだか百年ほど前だと、「わからないはずがない」と思います。文部省唱歌の場合も作者不詳となっていることが多く、その場合はなぜだろうという疑問がわきます。私は文部省唱歌で作者不詳となっているのは、おかしいと思いました。文部省が委員会を作って人選をして、その中から誰かが原案を出したのだから、オリジナリティはその人にあるはずです。委員会で修正案が出て、原型を止めないほど変形しても、原作は尊重されるべきだと思いました。私自身、学生が書いた論文原稿をほとんど原型を止めないほど書き換えることはあります。しかしデータをとって解析をし、文章を書いた本人が筆頭著者になるべきだと考え、それと同じだと思いました。
 ですが、上記のブログを読むと、どうもそういうことではないようです。合議制ということの意味は、よい歌を作るために、全員ががんばって磨き上げる、そのためには「私が作った」というような権利主張はすべきではないという感覚があったのかもしれません。このあたりの感覚は、戦後アメリカの価値観を植えつけられた我々現代人にはわかりにくくなってしまったように思われます。当時の編纂委員たちは若くても明治の初期に生まれるか、江戸時代の人もいたと思われます。少なくとも彼らの幼少期は江戸時代の空気が残り、公の感覚が濃厚だったと思われます。いやそれは明治時代になってさらに強化されたでしょう。「新しいお国のためによい歌を作る」という思いは、私的な名誉欲、あるいは権利主張型の発想を恥ずべきものと考えた可能性があります。少なくとも合議で決めたことを、よしとする感覚であったことは確かなようです。
 そうであるとすると、私自身が子供のときに感じた不公平さというのが案外正しいのかもしれず、明治人は公の尊重に、現代人は私の尊重に偏っていたのかもしれません。そうであれば、作者不詳としたことの意味を取り違えるのは当然というか、十分にありうることで、当時の作品に関わった人たちの感覚を正しく捉える努力をしなければならないのだと反省しました。

2015.5/11

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