高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

シカの角(島と本土の比較)

2020-11-25 04:19:50 | 研究1 シカ
Good looks versus survival: Antler properties in a malnourished sika deer population
「かっこいい?」それとも「生きる?」:貧栄養なニホンジカ集団の角は健康な集団の角とどうちがうか

シカの角(antler)はオスジカの視覚的ディスプレーとして機能し、実際に角を絡めて突き合わせて押し合いをする武器でもあり、順位を決める上で重要である。したがってオスは見かけが立派であり、長く、丈夫な角をもつほうが繁殖成功を高めるのに有利。しかしウシ科などの角(horn)と違い、毎年落ちるからコストがかかる。もし資源が乏しいと、そのような角をもつことと生存の両立がむずかしくなる。
 この研究はシカが高密度にいる島のシカの角に何が起きるかを調べる。そのために栄養状態のよい本土集団と角の長さ、周、密度を比較した(図1)。ポイント(枝)は1歳では本土、島とも1本だが、2歳になると本土は2本以上になったが、島では1本だった。その後島が本数が少ないが、5歳になるといずれも基本4本になった(図2)。長さは本土では1歳の200mmから直線的に増加し、5歳以上で400mm以上になった。島では2歳までは<50mmで、その後長くなって6歳以上で400mm前後になった(図3)。重さは本土では1歳の20gから6歳で>400gになったが、島では1,2歳は<10 gで、その後増加して200 gほどになった(図4)。密度は年齢、長さに無関係で島は本土より小さかった(図5)。体型/長径比も年齢、長さに無関係で島が小さく、偏った楕円形であった(図6)。同じ重さであれば、島の方が長く、より「スリム」であった(図7)。枝の重量比は島のほうが大きかった(図8)。
 このように、島のオスは貧栄養環境下で角への投資は抑制しながらも、バトルのための機能を最大化しようとしているようだ。


図1 計測部位
図2 年齢とポイント数(○本土、●島)
図3 年齢と角の長さ(○本土、●島)
図4 年齢と角の重さ(○本土、●島)
図5 年齢と角の密度(○本土、●島)  角の断面
図6 年齢と断面の長径/短径の比(○本土、●島)
図7 重さと長さの関係(○本土、●島)
図8 角全重に対する枝の重さの割合(□本土、■島)
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研究1.4 シカの生態・保全

2016-01-01 03:19:10 | 研究1 シカ
シカの生態など

シカとカモシカの排糞数

 シカは1回に約100個、1日に12回くらいの排糞をする。カモシカも1日の総数は1000個あまりだが、回数は3回くらいで1回の回数は300個くらいであった。この数字はその後、糞粒法、糞塊法などに応用された。
高槻成紀・鹿股幸喜・鈴木和男.1981.ニホンジカとニホンカモシカの排糞量・回数. 日本生態学会誌,31:435-439.

シカの分布は雪が少ないところ
 一般に有蹄類は蹄面積が小さいから雪を苦手とする。ニホンジカの蹄圧と脚の長さから雪の不快場所を苦手とすると予測され、実際のシカ分布と積雪深の関係を調べたところ、1m以深にはほとんど分布していないことがわかった。
Takatsuki, S. 1992. Foot morphology and distribution of Sika deer in relation to snow depth. Ecological Research, 7: 19-23.

シカは雪を避けて上下移動
 岩手県のシカに電波発信器を装着して上下移動を調べたところ、積雪にともなって山を下りる個体と、一年中低地にいるシカがいることがわかった。
Takatsuki, S., K. Suzuki, and H. Higashi. 2000.
Seasonal up-down movements of sika deer at Mt. Goyo, northern Japan. Mammal Study, 25: 107-114.

シカはなじみの場所に戻る
 金華山のシカを強制移動し、電波発信器を装着して追跡したところ、放逐後すぐにもといた場所に向かって移動を始め、その後、シカ密度の高い神社周辺を回避してから、自分のなじみの行動圏にもどった。(鈴木らとの共同研究)論文78

シカの一生を追う

 南正人氏、大西信正氏を中心に金華山のシカを個体識別して長期追跡調査が継続されている。毎年3月に集まって生け捕りをして、大きさや遺伝子情報をとるなどの調査をしている。これにより個体別の生長、社会的順位と繁殖成功、メスの妊娠履歴、体格と順位など多くの興味深い事実があきらかになりつつある。

Minami, M., N. Oonishi, N, Higuchi, A. Okada and S. Takatsuki. 2012.
Costs of parturition and rearing in female sika deer (Cervus nippon).
Zoological Science, 29: 147-150.
この論文は金華山で長年シカの観察をしてきた南さんたちのグループがとってきたデータと合同でおこなってきた体重などの計測を総合的に解析したもので、メスが出産育児をすることの負担がいかに大きいかを示しました。金華山のメスジカは妊娠率が低いことは知られていました。<以下未完>

シカの食物と形態をめぐって
Ozaki, M., G. Suwa, T. Ohba, E. Hosoi, T. Koizumi and S. Takatsuki. 2007.
Correlations between feeding type and mandibular morphology in the sika deer.
Journal of Zoology, 272: 244-257.
 北海道から九州までの9つのシカ集団の歯を解析したところ、イネ科をよく食べる集団ほど臼歯(M1, M3)の磨滅が速く、降水量とは負の相関があった。M3の磨滅と寿命には関係があった。金華山のシカの歯の磨滅はとびぬけて速かった。(尾崎らとの共同研究)


Ozaki, M., K. Kaji, N. Matsuda, K. Ochiai, M. Asada, T. Ohba, E. Hosoi, H. Tado, T. Koizumi,
G. Suwa and S. Takatsuki.
2010.
The relationship between food habits, molar wear and life expectancy in wild sika deer populations.
Journal of Zoology, 280: 202-212.
DNA研究によって明らかにされたニホンジカの「北タイプ」と「南タイプ」を比較すると、北タイプのほうが第一大臼歯(M1)とM3、下顎の突起が大きかった。これは過去に起きた「グレーザー化」によるものと考えた。

保全関連
シカによる林業被害

 農林業の被害は面積や金額で評価される。しかしそこには生物学的な現象があるはずである。たとえばヒノキへのシカの採食は生息地のササが雪に埋もれたときに発生するが、それはシカにとっての食物環境の変化を反映しているからである。(上田との共同研究)
Ueda, H., S. Takatsuki and Y. Takahashi. 2002.
Bark stripping of hinoki cypress by sika deer in relation to snow cover and food availability on Mt Takahara, central Japan.
Ecological Research, 17: 545-551.

Ueda, H., S. Takatsuki and Y. Takahashi. 2003.
Seasonal change in browsing by sika deer on hinoki cypress trees on Mount Takahara, central Japan.
Ecological Research, 18: 355-364.

伐採とシカの生息地利用
 岩手県五葉山の低山地に広域の伐採がおこなわれた場所がある。伐採地は光条件がよくなり、シカの食料であるミヤコザサが増加するが、シカは行動的特性から林縁から遠くへは出ない。その結果、ササへの影響やシカ糞の密度は林縁に集中することがわかった。
Takatsuki, S. 1989.
Edge effects created by clear-cutting on habitat use by Sika deer on Mt. Goyo, northern Honshu, Japan.
Ecological Research, 4: 287-295.

 また送電線沿いは失火の際に延焼を防ぐため伐採帯があるが、ここはシカにとっての食料があり、かつ両側に逃げ込むための森林もあるため、シカの利用度が高い。
Takatsuki, S. 1992.
A case study on the effects of a transmission-line corridor on Sika deer habitat use at the foothill of Mt. Goyo, northern Honshu, Japan. Ecological Research, 7: 141-146.

シカ生息地における伐採と植林の影響

 シカの生息地には人工林化された場所も多い。そのような場所には伐採後の明るい群落、植林木がまだ若い明るい人工林、その後の暗い人工林がある。また植林をしないで広葉樹林へ遷移を進めた林分もある。営林署の林班図をもとに造林後の年数を比較し、時間軸上に植林木以外の植物のバイオマスを測定したところ、伐採後の増加のあと、人工林では10年ほどで急減し、その後も減少して貧弱な暗い林になったが、落葉樹林では中途までは同じパターンをとったが、若い林で減少したあと、回復することがわかった。Takatsuki, S. 1990. Changes in forage biomass following logging in a sika deer habitat near Mt. Goyo. Ecological Review, 22(1): 1-8.

シカにとって牧草

高槻成紀.2001.
シカと牧草-保全生態学的な意味について-.
保全生態学,6:45-54.
シカの生息地に牧場があればシカは牧草をよく利用する(論文45)。牧草は栄養価が高く、長い期間生育するように品種改良されてきたから、シカにとっては理想的な飼料である。日本では道路沿いに牧草が生育して、林道などを通じて山のシカにも食料を提供することになっている。

シカと牧場利用

Takatsuki, S. and S. Nakano. 1992.
Food habits and pasture use of Sika deer at a foothill of Mt. Goyo, northern Japan.
Ecological Review, 22(3): 129-136. 牧草は栄養価が高く、消化率もよいから、シカの生息地に牧場ができるとシカは好んで利用しようとする。ただシカはオープンな場所を怖がってでない側面もある。岩手県五葉山の山麓には牧場があるが、ここのシカは牧草をよく利用しているが、とくに牧場内に林がある部分をよく利用していた。

高槻成紀. 2012.
シカと高山.
私たちの自然, 2012(1/2):24-27.

Yamada, H.and S. Takatsuki. 2015.
Effects of deer grazing on vegetation and ground-dwelling insects in a larch forest in Okutama, western Tokyo
International Journal of Forest Research, Vol. 2015, ID 687506, 9 pages
この論文は山田穂高君の修士論文をもとにしたもので、奥多摩に作られたシカ排除柵の内外を比較したものです。通常は植物への影響を調べるのですが、この研究では植物の変化が土壌の動きにおよぼす影響と、地上にすむ昆虫への波及効果も調べました。植物がなくなって減る昆虫がいたと同時に、糞虫や死体を分解するシデムシの仲間は柵の外で多いという結果が得られました。こうしてシカがいることが植物の変化を解して物理環境にもそこにすむ昆虫にも多様な影響をおよぼすことを示すことができました。



高槻成紀, 2016.
いきものばなし10, ニホンジカ
ワンダーフォーゲル, 2016.2: 156-157.
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研究1.3 シカの個体群学

2016-01-01 03:18:36 | 研究1 シカ
シカの個体数

 宮城県の金華山という面積10km2ほどの島には500頭ほどのシカが生息している。島という閉鎖系に何頭のシカが生息できるかは生物と環境の関係を解明する生態学の基本的な課題といえる。このシカもシカの頭数は1966年に我が国で初めて調査され、その後も継続的に調査されてきた。

大量死

 その間少なくとも2度の「大量死」が起きた。私たちはその時の死体を回収し、年齢構成などを明らかにした。(鈴木和男、三浦慎悟らとの共同研究)
鈴木 和男, 高槻 成紀.1986. 金華山島における1984年春のシカの大量死. 哺乳類科学, 26:.33-37
Takatsuki, S., S. Miura, K. Suzuki and K. Ito-Sakamoto. 1991. Age structure in mass mortality in the sika deer (Cervus nippon) population on Kinkazan Island, northern Japan. Journal of Mammalogical Society of Japan, 15: 91-98.
Takatsuki, S., K. Suzuki and I. Suzuki. 1994. A mass-mortality of Sika deer on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research, 9: 215-223.

シカの個体群学的パラメータ

 シカの頭数変動は生まれる数と死ぬ数とのバランスの上になりたっている。個体レベルでは何歳で妊娠し。何歳まで生きるかが重要な情報となる。私たちはこれを栄養状態のよい岩手県の五葉山と栄養状態の悪い宮城県金華山で比較した。五葉山では1歳から妊娠を始め、妊娠率は80%以上(双子もある。論文64)だが、金華山では4歳くらいまでずれこみ、妊娠率も50%程度と低い。このように環境の違いはシカの繁殖に大きな影響を与えている(南正人、大西信正、岡田あゆみ、樋口尚子らとの共同研究)。

小さい子ジカは死にやすい
 エゾシカの出産日と死亡率の関係を調べた。遅生まれの子ジカは冬を迎えるまでの生長日数が限られるために、十分な体重に達する前に冬を迎え、死亡率が高くなる。その臨界体重は20kgであったが、これは岩手県五葉山の死亡個体の体重が20kg以下であり、生存個体がそれ以上であるのと対応していた。(松浦との共同研究)
Takatsuki, S. and Y. Matsuura. 2000. Higher mortality of smaller sika deer fawns. Ecological Research, 15: 237-240.

シカの初期死亡が初めて明らか

 金華山のシカで、1994年から2005年にあいだに生まれた234個体を追跡したところ、生後2年以内に96頭が死んだ。最初の1週間で死んだのは21頭で、オスのほうが多かった(13頭)。最初の冬に23.1%が死に、出生時からは32.5%が死んだ。2年目以降は死亡率が急に小さくなった。内訳をみるとカラスによる攻撃が18.9%、転落などの事故死が10.8%などで、不明が多かった(59.5%)。(南、大西らとの協同研究)
Minami, M., N. Ohnishi, N. Higuchi, and S. Takatsuki. 2009. Early mortality of sika deer, Cervus nippon, on Kinkazan Island, northern Japan. Mammal Study, 34: 117-122.

シカの栄養状態診断指標としての腎脂肪

 岩手県五葉山のシカは狩猟されているため低密度で栄養状態がよい集団である。性、年齢によっても季節的なパターンが違うが、その基礎として腎脂肪指数と大腿骨髄脂肪の関係を示した。
Takatsuki, S. 2000. Kidney fat and marrow fat indices of the sika deer population at Mt. Goyo, northern Japan. Ecological Research, 15: 453-457.
Takatsuki, S. 2001. Assessment of nutritional condition in sika deer by color of femur and mandible marrows. Mammal Study, 26: 73-76.

シカの歯の摩滅。同じ島でも場所により違う
Florent Rivals, Seiki Takatsuki, Rosa Maria Albert, and Laia Maci�. 2014.
Bamboo feeding and tooth wear of three sika deer (Cervus nippon) populations from northern Japan.
Journal of Mammalogy, 95:1043-1053.
Rivalsさんはフランス人でいまスペインの古生物学研究所にいます。大量死に興味があるらしく、私たちの1984年の金華山シカ大量死の論文を読んで私に連絡をくれ、標本を調べさせてほしいということで昨年麻布大学に来ました。ニホンジカにとってはササが重要であること、金華山は特殊でササを食いつくし、今はシバに依存的であることを話し、その流れで論文を書きました。Rivalsさんの手法はシリコンで臼歯の表面を写し取り、それから雄型をとって電顕で表面の摩耗を読み取るというものです。イネ科の葉には珪酸体というガラス質の小さな細胞があり、これが歯の表面をこすったり、けずったりするのですが、その珪酸体が植物の種によって形や大きさが違うため、表面の形が違うというわけです。金華山のシバを食べるときは、土壌鉱物が雨で歯につく機会が大きく、それが歯を大きくけずることがわかりました。
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研究1.2 シカと植物

2016-01-01 03:18:18 | 研究1 シカ
シカが森林に与える影響

 シカは毎日大量の植物を食べ、しかも高密度で生活するから、植物群落は強い影響を受ける。そういう環境の群落は構造的にも、種の組成も大きく変容するが、森林群落を動的にみると天然更新(世代を引き継ぐこと)が阻害されることになる。これを金華山のブナ林で調べたところ、種子生産と実生の発生は本土並みであったが、その後シカに食べられて更新が阻害されていることが示された(牛来拓二との共同研究)。
Takatsuki, S. and T. Gorai. 1994. Effects of Sika deer on the regeneration of a Fagus crenata forest on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research, 9: 115-120.
また金華山のモミ林と対岸の牡鹿半島を比較し、下生えや実生が貧弱になっていることを示した。(平吹嘉彦との共同研究)
Takatsuki, S. and Y. Hirabuki. 1998. Effects of sika deer browsing on the structure and regeneration of the Abies firma forest on Kinkazan Island, northern Japan. Journal of Sustainable Forestry, 6: 203-221.
平吹喜彦・高槻成紀.1994. 牡鹿半島駒ケ峰に残る温帯混交林の組成と構造. 宮城教育大学紀要,29:33-47.

山梨県の乙女高原
山梨県の乙女高原はきれいな花がたくさんあることで多くの人が楽しんできたが、最近シカが増えてそれらの花が少なくなったといわれる。そこで3年前に作った咲くの内外で植物の草丈を調べたら、ほとんどの植物は柵内で高くなった。つまり確かに柵の外ではシカに食べられて生育が抑制されていることがわかった。ただしシカがこのまないヨツバヒヨドリtp、シカに食べられても再生力のあるススキは柵内外で違いがなかった。
Takahashi, K., A. Uehara and S. Takatsuki. 2013. Plant height inside and outside of a deer-proof fence in the Otome Highland, Yamanashi, central Japan. Vegetation Science,30: 127-131.



シカのすむ島の群落

 四国や九州にはシカのすむ小さな島があり、群落は強いシカの影響を受けている。そういう場所に共通なのは1)森林の更新阻害、2)シカの嫌いな植物の顕在化、3)シバ群落の発達などである。シカの嫌いな植物は場所によりさまざまだが、テンナンショウ、キイチゴなどは同じ属で違う種が見られる。
Takatsuki, S. 1977. Ecological studies on effect of Sika deer (Cervus nippon) on vegetation, I. Evaluation of grazing intensity of Sika deer on vegetation on Kinkazan Island, Japan. Ecological Review, 18(4): 233-250.
Takatsuki, S. 1980. Ecological studies on effect of Sika deer (Cervus nippon) on vegetation, II. The vegetation of Akune Island, Kagoshima Prefecture, with special reference to grazing and browsing effect of Sika deer. Ecological Review, 19(3): 123-144.
Takatsuki, S. 1982. Ecological studies on effect of Sika deer (Cervus nippon) on vegetation, III. The vegetation of Iyo-Kashima Island, southern Shikoku, with reference to grazing effect of Sika deer. Ecological Review, 20(1): 15-29.
Takatsuki, S. 1985. Ecological studies on effect of Sika deer (Cervus nippon) on vegetation, VI. Tomogashima Island, Wakayama Prefecture. Ecological Review, 20(4): 291-300.
Ecological studies on effect of Sika deer (Cervus nippon) on vegetation, VII. Miyajima Island. Ecological Review, 21(2): 111-116.

アズマネザサへのシカの影響
 アズマネザサは金華山の一部にしかないので、人が持ち込んだものである可能性が大きいが、そこではとくに冬の重要な餌である(論文5)。そのアズマネザサは本来3mにもなるが金華山では30cmくらいしかない。しかし密度はたいへん高く、面積当たりの総慎重はシカがいない場所と違いがなかった。このように一部の植物は食べられても再生することで維持されており、そのことによってシカに安定的な食物となっている。
Takatsuki, S. 1980. The effects of Sika deer (Cervus nippon) on the growth of Pleioblastus chino. Japanese Journal of Ecology, 30: 1-8.

シカとミヤコザサ

 シカは細い足の先に小さな蹄をもっているため、深い雪が降ると沈んでしまい、動けなくなる。そのため分布も雪の少ない地方に偏っている。北日本の太平洋側はそういう場所にあたるが、そこにはミヤコザサという枝分かれしない、草丈の低いササがある。ササの体制は積雪と深い関係があり、雪の少ない場所では枝を持たず、冬芽を地面近くにもつミヤコザサでなければ生育できない。「ミヤコザサ帯」はシカの分布と一致し、その生態はシカの採食にも適応的であることがわかった。
高槻成紀.1992.「北に生きるシカたち」, どうぶつ社

ササの減少と波及効果
 京都芦生ではシカが増加してチマキザサが減少した。ササは被度が大きく、常緑でもあるので、森林全体の生物に大きな影響をおよぼす。今後の影響が懸念される。(田中との共同研究)
田中由紀・高槻成紀・高柳敦. 2008. 芦生研究林におけるニホンジカ(Cervus nippon)の採食によるチマキザサ(Sasa palmata)群落の衰退について. 森林研究, 77: 13-23.

シバ群落

 森林が伐採されたり、木が倒れて明るい場所ができたりすると、ススキが侵入することが多い。ササの多い場所ではササ群落になることもある。そういう場所でシカの密度が高くなるとススキ群落がシバ群落に移行する。これは「退行遷移」とされる。シバは形態学的に刈り取りに適応的で、シバとススキを混植して違う頻度で刈り取ると、低頻度ではススキ群落、高頻度ではシバ群落になることが示された。
 シバ群落はきわめて生産性が高いため、シカを「引きつける」が、現存量は小さいので、冬になると価値が非常に小さくなる。したがって一年を通じてみれば、シバ群落だけでは多数のシカを「養う」ことはできない。このことは有蹄類の生息地は景観レベルで理解されるべきことを示している。(伊藤との共同研究)
Ito, T. Y. and S. Takatsuki.2005. Relationship between a high density of sika deer and productivity of the short-grass (Zoysia japonica) community: a case study on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research, 20: 573-579.

大量死と植物の反応
 1984年に金華山でシカの「大量死」が起きて個体数が半分くらいに減少した。その年には、それまでシカに食べられて盆栽状になっていたガマズミが枝を伸ばし、それまでとはまったく違う樹形を示した。このことから逆に高密度下では植物がつねに強い採食影響を受けていることが示された。(坂京子との共同研究)
Takatsuki, S. and K. Saka. 1988. Recovery of Viburnum dilatatum after a die-off of sika deer on Kinkazan Island. Ecological Review, 21(3): 177-181.

シカによるシバの種子散布

 シバ群落は高い生産性のためにシカを「引きつける」が、その結果、大量の種子が葉とともに取り込まれる。食べられた種子は消化過程で傷つくが、おもしろいことにシバの種子は傷つくことでむしろ発芽率が向上する。したがってシバはシカによって種子散布をされていることになるが、実際には明るい群落に排泄されればよいが、暗い森林に排泄された場合は発芽率が低く、無駄になることがわかった(伊藤健彦、今栄博司、藤田裕輝との共同研究)。

シカと生息地選択

 金華山の群落に対してシカがどういう選択性を示すかを調べたところ、一般に草本群落がよく利用され、森林群落は選択性が低かった。草本群落でもシバ群落はとくに生育期は非常によく選択されたが、冬には激減し、逆にアズマネザサ群落は冬でもよく利用された。森林では針葉樹林はむしろ冬によく利用された。
高槻成紀.1983. 金華山島のシカによるハビタット選択.哺乳動物学雑誌,9:183-191.

尾瀬のシカは湿地を「耕す」
 
 多雪地である尾瀬にニホンジカが侵入したことは驚きをもって受け止められたが、そのシカの群落への影響を調べたところ、湿地を掘ってミツガシワの地下茎を食べていることがわかった。ミツガシワは緩い水流のある深い湿地に生育するので、その生育値が掘り起こされると湿原の水流が変化し、ほかの植物も影響を受ける。これは一種の「生態系エンジニア」といえる。(五十嵐との共同研究)
Takatsuki, S. 2003. Use of mires and food habits of sika deer in the Oze Area, central Japan. Ecological Research, 18: 331-338.
Igarashi, T. and S. Takatsuki. 2008. Effects of defoliation and digging caused by sika deer on the Oze mires of central Japan. Biosphere Conservation, 9: 9-16.

シカによる植生への影響:総説
 こうしたシカの影響についてBiological Conservation誌に総合的な総説をした。
Takatsuki, S. 2009. Effects of sika deer on vegetation in Japan: a review. Biological Conservation, 142:1922-1929.
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研究1.1 シカの食性関係

2016-01-01 03:18:00 | 研究1 シカ
シカの研究
 シカが植物群落におよぼす影響というテーマで研究を始めたので、その後もそれを発展させながら、いろいろな研究に展開しています。その軸になるのはシカが植物を「食べる」ことで生き物同士のつながりが生まれているということにあります。シカの研究は1.1シカの食性、1.2シカの群落への影響、1.3シカの個体群、1.4その他に分かれます。

ニホンジカの食性を調べる

 私が研究を始めたいまから30年くらい前、シカの食べ物については図鑑などに「シカは木の葉や草の葉やササなどを食べる」と書いてあるだけだった。私はシカと植物の関係を調べるために、どうしてもシカの食べ物の内容を知らないといけないと考えて分析を始めた。最初は糞分析という方法を開発し、後には胃内容物が確保されるようになり、ニホンジカで初めて食性を定量的に分析できるようになった。
Takatsuki, S. 1978. Precision of fecal analysis: a feeding experiment with penned sika deer. Journal of Mammalogical Society of Japan, 7: 167-180.

シカの食物と形態をめぐって
 北海道から九州までの9つのシカ集団の歯を解析したところ、イネ科をよく食べる集団ほど臼歯(M1, M3)の磨滅が速く、降水量とは負の相関があった。M3の磨滅と寿命には関係があった。金華山のシカの歯の磨滅はとびぬけて速かった。(尾崎らとの共同研究)論文112
 DNA研究によって明らかにされたニホンジカの「北タイプ」と「南タイプ」を比較すると、北タイプのほうが第一大臼歯(M1)とM3、下顎の突起が大きかった。これは過去に起きた「グレーザー化」によるものと考えた。(尾崎らとの共同研究)
"Ozaki, M., K. Kaji, N. Matsuda, K. Ochiai, M. Asada, T. Ohba, E. Hosoi, H. Tado, T. Koizumi,
G. Suwa and S. Takatsuki. 2010.." The relationship between food habits, molar wear and life expectancy in wild sika deer populations. Journal of Zoology, 280: 202-212.

同じ種でも食べ物は違う

 動物種ごとに栄養生理学や消化器官の特性などにより食性が決まるが、同じ種の中でも違う可能性がある。とくにシカのように性的二型が明瞭な種ではその可能性が大きい。ニホンジカでオス、メス、子ジカで食性を比較したところ、春と秋にオス、メス、子ジカの順で栄養価が高いことがわかった。ただし食物が最も豊富な夏はどのクラスのシカもよい食物を摂取できるから、また冬には逆にどのクラスも共通に選択の余地がなくなるために違いがなくなると解釈した。
Padmalal, U.K.G.K. and S. Takatsuki. 1994. Age-sex differences in the diets of Sika deer on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research, 9: 251-256.
 富士山のシカの冬の消化管内容物と消化管を調べたところ、「大きい個体ほど低質で大量に食べるため、消化管が大きい」という予測ははずれ、妊娠メスの胃内容物は質もよく、胃も大きく、腸も長かった。このことから、栄養要求の大きいメスは冬のあいだ質も量もよいものを確保していると考えた。(姜との協同研究)
Jiang, Z, S. Hamasaki, H. Ueda, M. Kitahara, S. Takatsuki, and M. Kishimoto. 2006. Sexual variations in food quality and gastrointestinal features of sika deer (Cervus nippon) in Japan during winter: implications for feeding strategy. Zoological Science, 23: 543-548.

シカはササを食べる

 食性分析に大きな成果はシカはササをよく食べるということがわかったことである。分かってしまえば当たり前のようなことだが、生息地の豊富にあり、しかも常緑であるササは、越冬期のシカにとってはとくに重要である。しかし草食獣の研究が進んでいる欧米にはササがないため、このことはまったく知られていなかった。
白糠
Campos-Zrceiz, A. and S. Takatsuki. 2005. Food habits of sika deer in the Shiranuka Hills, eastern Hokkaido - a northern example among the north-south variations of food habits in sika deer -. Ecological Research, 20: 129-133.
日光
Takatsuki, S. 1983. The importance of Sasa nipponica as a forage for Sika deer (Cervus nippon) in Omote-Nikko. Japanese Journal of Ecology, 33: 17-25. 高槻成紀.1986. 1984年に大量死した日光のシカの胃内容物分析(中間報告). 栃木県立博物館報告,4:15-22
五葉山
Takatsuki, S. 1986. Food habits of Sika deer on Mt. Goyo. Ecological Research, 1: 119-128.
金華山
Takatsuki, S. 1980. Food habits of Sika deer on Kinkazan Island. Science Report of Tohoku University, Series IV (Biology), 38(1): 7-31.
山梨県乙女高原
Takahashi, K., A. Uehara and S. Takatsuki. 2013. Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica. Mammal Study, 38: 231-234.
京都芦生
田中由紀・高槻成紀・高柳敦. 2008. 芦生研究林におけるニホンジカ(Cervus nippon)の採食によるチマキザサ(Sasa palmata)群落の衰退について. 森林研究, 77: 13-23.)
屋久島
Takatsuki, S. 1989. Pseudosasa owatarii as a forage for sika deer on Yakushima Island. Bamboo Journal, 7: 39-47.,
Takatsuki, S. 1990. Summer dietary compositions of sika deer on Yakushima Island, southern Japan. Ecological Research, 5: 253-260.

シカの食性:ミクロスケール:金華山のシカの食性は場所により違う、でもイネ科

 はじめに金華山のシカの食性を調べた。胃内容物はとれないので、糞分析法を開発した。それを野外に応用したが、小さな島といえど場所によって違いが大きいことがわかった。神社境内にいるシカは夏にシバをよく食べたが、山の中にいるシカはススキなどのイネ科をよく食べ、神社北の草原にいるシカはアズマネザサをよく食べた。しかしいずれもイネ科を食べるという点では一貫していた。
Takatsuki, S. 1980. Food habits of Sika deer on Kinkazan Island. Science Report of Tohoku University, Series IV (Biology), 38(1): 7-31.

シカの食性:メソスケール
 栃木県というスケールでのシカの食性変異を調べると、山地はミヤコザサが多かったが、低地になるとそのほかのイネ科が多くなった。
Takatsuki, S. and H. Ueda. 2007. Meso-scale variation in winter food composition of sika deer in Tochigi Prefecture, central Japan. Mammal Study, 32: 115-120.
また伊豆半島でも上部ではササ、下部では常緑広葉樹が主体であり、垂直変異を示した。
Kitamura, T., Y. Sato and S. Takatsuki. 2010. Altitudinal variation in the diet of sika deer on the Izu Peninsula: patterns in the transitional zone of geographic variation along the Japanese archipelago. Acta Theriologica, 55:89-93.

山梨県乙女高原のシカの食性

Vegetation Science より許可を得て掲載
この論文は高橋和弘君が乙女高原のシカの食性を糞分析法で明らかにしたもので、次の2点が評価されました。これまでのシカの食性論文の多くは季節変化を4季節で表現してきましたが、この論文ではほぼ毎月の月変化を示しました。また、その結果、冬を中心としてミヤコザサに依存的な季節と、ササに依存しない季節とに2分されることを示しました。このことは乙女高原が森林伐採によって草原となり、その後も刈り取りで草原が維持されていることを反映しています。もし森林だけであれば、岩手県五葉山や栃木県日光などのように一年中ミヤコザサに依存的なはずです。この論文では糞分析に加えて、ササの採食率も測定しました。

Takahashi, Kazuhiro , Akira Uehara and Seiki Takatsuki
Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica.
Mammal Study, 38: 231-234.

シカの食性:マクロスケール:日本列島での変異


 各地でのシカの食性が解明されるにつれて、北日本ではササやイネ科を、南西に本では常緑樹の葉や果実をよく食べる傾向があることが分かって来た。前者をグレイザー、後者をブラウザーといい、関東以北はグレイザー、中国地方以南はブラウザーであることがわかった。しかし房総、東海、近畿などでは場所による変異が大きく移行帯であることがわかった。
Takatsuki, S. 2009. Geographical variations in food habits of sika deer: the northern grazer vs. the southern browser. Sika Deer: Biology and Management of Native and Introduced Populations, (eds. D. R. McCullough, S. Takatsuki and K. Kaji): 231-237. Springer, Tokyo.

 シカの食性の垂直分布をみると、ほとんどの場所では同じ植生帯に属すため大きな違いはないが、屋久島では中腹以下ではブラウザーだが、山頂付近だけヤクシマヤダケを主体とするグレーザーであった。
Takatsuki, S. 1989. Pseudosasa owatarii as a forage for sika deer on Yakushima Island. Bamboo Journal, 7: 39-47.,
Takatsuki, S. 1990. Summer dietary compositions of sika deer on Yakushima Island, southern Japan. Ecological Research, 5: 253-260.

また伊豆半島でも上部ではササ、下部では常緑広葉樹が主体であった。
Kitamura, T., Y. Sato and S. Takatsuki. 2010. Altitudinal variation in the diet of sika deer on the Izu Peninsula: patterns in the transitional zone of geographic variation along the Japanese archipelago. Acta Theriologica, 55:89-93.

シカとカモシカの食性比較

 同じ反芻獣であるニホンジカとニホンカモシカでありながら、シカはササやイネ科を食べるが、カモシカは木本の葉や果実をよく食べることを示した。ただしこれは同じ東北地方であっても厳密に同所的ではないために、その違いが動物の違いによるのか、生息地の植生の違いによるのかは不明であった。論文21, 115。そこで2種が同所的にすむ八ヶ岳で調査したところ、ここでもシカがササを、カモシカは木本の葉を食べており、違いは動物の選択性によるものであることを示した。
Kobayashi, K. and S. Takatsuki.2012. A comparison of food habits of two sympatric ruminants of Mt. Yatsugatake, central Japan: sika deer and Japanese serow Acta Theriologica, 57: 343-349.

シカの胃のつくり

 ニホンジカがササを主体としたイネ科を食べるということは、消化しにくい植物を消化できるということである。そのためには発酵胃が発達している必要がある。そこでシカの胃を調べたところ、シカ科のなかでもっとも大きな第1、2胃をもっていることがわかった。この傾向は体重と相関があり、後天的に発酵胃が発達することがわかった。
Takatasuki, S. 1988. The weight contributions of stomach compartments of sika deer. Journal of Wildlife Management, 52: 313-316.

西日本のシカの食物と消化器官
 兵庫県のニホンジカの食物と消化器官を調べたところ、以下のことがわかった。第3胃は夏よりも冬が相対的に大きく、低質な食物を消化するためと考えた。夏にはオスよりメスのほうが胃が大きく、小腸が長かった。メスは冬より夏にオスより第4胃内容物重、第1,2胃重、小腸が大きかった。したがって夏のメスは体重のためではなく、子供を泌乳するために大量の食物を食べ、消化器官に保持しようとすると解釈した。妊娠よりも泌乳のほうが栄養要求が大きいのであろう
Jiang, Z., S. Hamasaki, S. Takatsuki, M. Kishimot and M. Kitahara, 2009. "Seasonal and sexual variation in the diet and gastrointestinal features of the sika Deer in western Japan: implications for the feeding strategy. Zoological Science, 26: 691–697.

落葉広葉樹林帯の植物の栄養成分

 常緑樹、落葉樹、双子葉草本、イネ科、ササ、低木などの栄養成分を季節に応じて調べて、それぞれの特性を示して基礎資料とした。(池田との共同研究)
池田昭七・高槻成紀.1999.ニホンジカとニホンカモシカの採食植物の栄養成分の季節変化-仙台地方の例-. 東北畜産学会会報,49:1-8.
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