八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用と巣材
高槻成紀・大貫彩絵・加古菜甫子・鈴木詩織・南 正人
哺乳類科学 62(1):61-67
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摘 要
八ヶ岳の亜高山帯のカラマツ林で高さ0.5 mと1.8 mに43対の巣箱を設置したところ,ほとんど(91.7%)はヤマネが利用した.高さは高いほうが有意に多く利用された.利用率は通算で32.2%と高く,特に繁殖期後の9月には約50%と非常に高かった.巣材がコケ,サルオガセ,樹皮であったものをヤマネ,枯葉出会ったものをヒメネズミと判断した.巣材は特定の材料が重量のほとんどを占めていた.
キーワード:コケ,巣材,巣箱,地衣,ヤマネ
はじめに
ヤマネ(ニホンヤマネGlirulus japonicus)は日本に固有な小型齧歯類で,樹上生活をし,冬眠をする.そして,樹上の樹洞やくぼみなどを巣として利用し,巣内にコケなどを敷いてベッドとして利用し(湊 2018),人口巣を設置しても利用することが知られている(芝田 2000).
樹上性のヤマネにとって地上は捕食などのリスクがあるかもしれない.一方,樹上の高い場所は移動にコストがかかるであろう.ヤマネの自然巣について調査した例では,巣の高さは平均1.8 mだったとされるが(饗庭ほか 2016),自然巣の発見は困難であり,見落としは避けがたい.この点,巣箱を利用すれば,利用率とともに高さの選択性も明らかにできる.小林(2011)は巣箱を用いて,このことを調べたが,ヤマネの利用はわずか3例であり選択性は不明であった.そこで,本調査では巣箱を異なる高さに設置し,利用率を比較することで,ヤマネが巣の高さの選択性を明らかにすることにした.また利用された巣材についても調べた.
調査地
長野県の八ヶ岳の赤岳(標高2899 m)南東斜面の中腹(北緯35°59’,東経138°25’),標高約の板橋川(板橋大橋)近くのカラマツLarix kaempferi林(1680〜1760 m)を調査地とした(図1).
図1. 調査地の位置図.八ヶ岳の赤岳の東方,JR野辺山駅の北西に位置する.
この辺りは亜高山性のコメツガTsuga diversifoliaなどを主体とする森林だが,調査対象とした場所は緩やかな尾根であり,カラマツが優占し,林床にはミヤコザサSasa nipponicaが密生していた(図2).
図2. ヤマネの巣箱をかけた八ヶ岳の調査地の景観.カラマツ林の林床に
ミヤコザサが密生する.
方 法
調査地に木製の巣箱をかけた.巣箱は縦15 cm,横15 cm,厚さ4 cmの箱状で,背後に縦20 cm,横15 cmの板をとりつけ,これを麻紐で樹木に縛り付けて固定した(図3a).
図3a.ヤマネの巣箱を木にかけたようす.内部が見えるように蓋を開けてある.
通常の巣箱はカラ類が利用することがあるため(湊 2018),高さ3 cmの入り口から入ってから一度上に登らなければ中に入れないようすることで,鳥類による進入を排除した(図3b).
図3b. ヤマネの巣箱の構造を示す図.利用する動物は左下の入り口から曲線のように移動しなければ侵入できないので,鳥類は利用しない.この上面にアクリル板を張って内側が確認できるようにし,その上に蓋をつけた.
蓋として縦15 cm,横15 cmの板を開閉できるようつけた.蓋の内側にはアクリル板をおいて,扉をあければ内部が観察できるようにした.
巣箱を木に設置する高さは,地面から約0.5 mの「低位」と約1.5 mの「高位」とした.巣箱は2013年5月に43本の樹木に合計86個設置し同年9月に点検し1本分を追加した.その後,同年11月,2014年5月,9月の3回,通算4回点検した.前回利用したが,その後新しい巣材が運び込まれていない場合は「利用なし」とした.回収時になんらかの理由で巣箱が落下していることがあり,その場合,データは使用せず,新しい巣箱を更新した.
この巣箱を利用したのはおもにヤマネであったが,一部ヒメネズミApodemus argenteusの可能性があった.ヤマネは巣材として蘚苔類と樹皮を用いることが知られている(Minato and Doei 1995; 饗庭ほか 2016; 中島2001).一方,ヒメネズミは枯葉,ササなどを利用し,しばしばドングリを持ち込むことが知られている(佐藤 1997; 中島 2001; 安藤 2005; 小林 2011; 湊 2018).そこで,巣材を観察して,利用者を推定した.巣箱の利用率を低位(地上0.5 m)と上(地上1.5 m)で比較するためχ2検定した.また巣材は最後の点検時に回収して持ち帰り,内容を大別してそれぞれの乾燥重量(40℃,48時間)を求めた.巣材が少なく,乾燥重量で1 g未満のものは対象から除外し,それ以上であったものの百分率組成を求めた.
結 果
1. 利用率と利用動物
4回の点検により,少数例のヒメネズミと推定される動物の利用例があったが,大半(91.7%)はヤマネが利用していることがわかった(表1).通算のヤマネとヒメネズミの利用率は34.1%,ヤマネだけの利用率は32.2%であった.
表1. 巣箱の利用動物と未利用巣箱数,落下した巣箱数
回収時期別のヤマネの利用率は9月に高く,秋(11月)と春(5月)には低かった(図4).
図4. ヤマネの巣箱利用率.「利用率」は調査時点での利用していた巣箱の割合,「利用率/月」は1ヶ月あたりに換算した利用率.
2013年9月の利用巣と未利用巣の数を他の時期と比較すると11月と5月とは有意差があったが,2014年9月とは有意差がなかった.この利用率は点検の間隔が違うので,1カ月あたりに換算した利用率を見ても同じ傾向があった(図4).
2. 高さの選択性
利用された巣数を高位(地上1.8 m)と低位(地上0.5 m)に分けて比較したのが表2である.通算では高位が70個,低位が27個であり,高位が有意に多かった.各時期についてみると,2013年9月,2014年9月は高位が有意に多く,2014年5月は有意差がなかった.2013年11月は試料数が少なく検定ができなかった.
表2. ヤマネによる高位(地上1.8 m)と低位(地上0.5 m)の巣箱の利用数・未利用数
3. 巣材
巣材であったコケや地衣類は種名の特定ができなかった.巣箱に残された巣材を取り出して乾燥重量を測定した結果,最多の巣材から4タイプが認められた(図5).すなわち,コケ型(15例),サルオガセ型(5例),樹皮型(4例),枯葉型(2例)である.コケ型とサルオガセ型の写真は図6に示した.
図5. 巣材の重量組成(%)
図6. コケ型(A)とサルオガセ型(B)の巣箱の状態
このうち,枯葉型はヒメネズミによるものと推定した.特徴的だったのは,最多の巣材が独占的で,これに次ぐ第2位が大幅に少なくなった点である.
考 察
本調査により改良型の巣箱によりほとんどがヤマネが利用するという結果を得た.そしてその利用率は全体平均で32.2%,夏には50%前後という高い率であった.これはこれまでの調査でヤマネの巣箱利用率はほとんどの場合10%未満である(中島 1993; 佐藤 1997; 湊ほか 1998; 山口 1999; 中西 2000; 安藤 2005; 玉木ほか 2012)と結果と違った。これ以上だったのはわずかに芝田ほか(2020)による和歌山での12%と中島(2001)による浅間山の23.2%、富士山の13-14%に過ぎない。本調査の結果はこれらより大幅に高かった.その理由は不明であるが,本調査地はヤマネの生息密度が高いことと生息地に営巣適地が乏しいためであるかもしれない,調査地はカラマツが優占しており,森林構成樹種が単純であった。カラマツは樹形が直線的で幹に起伏や樹洞が乏しい。そのため,営巣適地が乏しく、そこに巣箱を設置したために集中的に利用された可能性がある.また入り口の構造を改良して鳥類の利用を排除したため,ヤマネにとって好適であった可能性もある.
利用率は9月に高く,その他の季節は低かった.これは富士山や浅間山での調査結果と符合する(中島2001)。このことはヤマネの生活史の季節変化と関係があるようだった.芝田(2000)による詳細な巣箱利用調査によると,浅間山のヤマネは4月頃から巣箱を利用し始め,5月から9月まで繁殖のために巣箱を利用し,10月下旬には巣箱を利用しなくなるという.そして冬は地上の枯れ葉の中などで冬眠する(中島 2001; 湊2018).9月の利用率が高かったのは、出産し,子育てをしたメスが利用した可能性が大きい.その後11月までで利用率が下がったが,子育てを終えたメスや幼獣が巣箱を放棄するのであろう.冬は巣箱を利用しないから(芝田 2000),5月の利用は4月以降のメスの利用である可能性が高い.実際,我々は2014年5月の巣箱点検の際,巣の中にいるヤマネを観察した(図7).
図7. 巣箱の中にいたヤマネ(2014年5月31日).
巣箱の高さについては地上0.5 mと1.8 mでは高位のほうが利用率が高く、中島(2001)の巣の高さには傾向がないという見解とは違っていた.一方,饗庭ほか(2016)はヤマネの自然巣の高さは平均1.8 mであったとしており,本調査の結果はこれを支持する結果であった.
巣材は巣ごとに利用巣材が明瞭に違い,ほとんどの場合,単一の巣材が大半を占めていた.これはヤマネが巣材を運ぶとき,特定の巣材を選ぶとそれだけを集中的に持ち込むことを示唆する.湊(2018)が,ヤマネが巣作りをする場合,一晩で完成すると記述しているのはこのことと符合する.巣材としてはコケが最もよく利用されていたが,調査地ではコメツガやカラマツの幹にコケが多く見られたので,ヤマネにとって利用しやすかったものと考えられる.またサルオガセもよく利用されていたが,調査地のカラマツの高さ2 m以上にはサルオガセがよく見られたから,これもヤマネにとって確保しやすい巣材であると考えられる.このことから見ても湊(2018)が指摘するように,ヤマネが典型的な樹上生活者であるといえる.高い巣箱を選んだことも巣材の確保と関連していると考えて矛盾しない.
なおヒメネズミが利用した巣の場合,持ち込まれた巣材の上4分の3ほどに枯葉があったが,その下にコケがあり,そのコケは枯葉よりは古いものと見られたことから,最初にヤマネがコケを持ち込み,その後でヒメネズミが枯れ葉を運び込んだ可能性がある.一つの巣箱を別種あるいは同種の別個体が利用することは芝田(2000)が記録している.
引用文献
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安藤元一. 2005. 樹上性齧歯類を対象とした巣箱調査法の検討. 哺乳類科学 45: 165–176.
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湊秋作. 2018. ニホンヤマネ – 野生動物の保全と環境教育. 東京大学出版会.
Minato, S. and Doei, J. 1995. Arboreal activity of Glirulus japonicus (Rodentia: Myoxidae) confirmed by use of bryophytes as nest materials. Acta Theriologica 40: 309– 313.
湊秋作・松尾公則・田中龍子・相川千里・志田富美子・安東茂・中西こずえ. 1998. 長崎県多良岳のヤマネ. 哺乳類科学 37: 115‒118.
中島福男. 1993. 信州の自然史「森の珍獣ヤマネ」. 信濃毎日新聞社,長野,191 pp.
中島福夫. 2001.日本のヤマネ[改訂版].信濃毎日新聞社, 長野, 179 pp.
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佐藤洋司. 1997. 栗山地域における小鳥用巣箱を利用した哺乳類の分布調査. 栃木県立博物館研究紀,14: 21‒31.
芝田仁史. 2000.ヤマネ.冬眠する哺乳類(川道武男・近藤宣昭・森田哲夫編), pp.162‒186. 東京大学出版会, 東京
芝田史仁・細田徹治・揚妻直樹・鈴木慶太・清水善吉. 2020. 和歌山県内におけるヤマネGlirulus japonicusの生息状況. 南紀生物 62: 98‒102,
玉木恵理香・杉山昌典・門脇正史. 2012. ヤマネGlirulus japonicus用新型巣箱の考案. 哺乳類科学 52 15-22.
山口喜盛. 1999. コウモリ用巣箱を利用したニホンヤマネ. リスとムササ,6: 12‒13.
http://jlichen.com)で地衣学を講義しています。地衣類と動物の暮らし-特に地衣類の動物巣材への利用-に興味を持っています。現在「地衣学講義テキスト」の印刷版を作成しています。二つほど質問とお願いがあり、メールを差し上げました。
①テキストに引用したいので、Webでの貴著「八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用と巣材」は印刷物になっていますでしょうか。②巣箱の写真がありますが、現在作成中のテキストにご提供頂けないでしょうか。お忙しいところ申し訳ありませんが宜しくお願いします。