高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

フクロウの食物の識別の試みとその教材利用の可能性

2024-06-18 13:33:50 | 最近の論文など
フクロウの食物の識別の試みとその教材利用の可能性
高槻成紀
日本野鳥の会神奈川支部研究年報 BINOS 第 30 集 (2023) : 23-28

フクロウのペリットあるいは分析が困難と思い敬遠 されがちである。そこで検出される骨の識別法を試み た。特に重要なのはアカネズミ類とハタネズミ類の識別で、これは下顎骨により確実に可能である。またこ の材料は骨の学習にも適している。代表的な骨の特徴を以下に示した。



図 1 アカネズミ(A)とハタネズミ(B)の下顎骨と臼歯


図 2 アカネズミの骨格と主要な骨


図 3 モグラの骨格と主要な骨


図 4 ドバトの骨格と主要な骨


図 5a 主要な骨の一覧図


図 5b 主要な骨の一覧写真


図 6 アカネズミの切歯(上)下顎骨(下)


図 7 モグラの鎌状骨


図 8 モグラの下顎骨

そしてフクロウの食物を調べることの教 材としての可能性を、
1)フクロウのネズミ捕食の特 徴を学ぶ、
2)食物連鎖と頂点捕食者の意義を学ぶ、
3) 齧歯類、食虫類、鳥類の骨を学ぶ、
4)リンゴ園の被 害対策におけるフクロウの活用成功例を通じて保全生 態学を学ぶ、
などの利点があることを指摘した。
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宮城県東松島の復興の森のフクロウの食物

2024-06-18 13:21:38 | 最近の論文など
宮城県東松島の復興の森のフクロウの食物

高槻成紀・福地健太郎

<摘要>宮城県東松島市にある「復興の森」にかけたフクロウの巣箱に残された残存物を分析したところ、アカネズミ属の下顎骨6例、ハタネズミ属の下顎骨12例のほか、アズマモグラの上腕骨1例、ヒミズの上腕骨4例が検出された。鳥類の骨と羽毛も検出されたが、個体数推定は困難であった。森林性のアカネズミ属と草原性のハタネズミの双方が検出され、「ハタネズミ率」が66.7%であったのは他の場所と比較して多い方であった。このことは、調査地が丘陵地の落葉広葉樹林であり、周辺に丘陵の間にある谷津田と接していることを反映していると考えられた。


図 1 復興の森とフクロウの巣箱の位置.ツリーハウスは 木に木製の小屋を作ったもの,サウンドシェルターは 林の中で音を聞くための構造物


図 2 フクロウの巣箱と巣箱から顔を見せるヒナ.背後に いるのは親鳥 . 2021 年 5 月 23 日 , センサーカメラに よる

表 1 検出物の数

図3. 検出物

なお、巣箱に残った骨の中で大きめの鳥の足があり、足輪がついていました。山階鳥類研究所に問い合わせたらレース鳩であることがわかりました。

図 4 検出されたやや大きい鳥の足と骨 . A. 足 , B. 上腕骨 , C. 手根中手骨

図 5 検出された足輪。レース鳩のものであることが判明した

表 2 既往研究の「ハタネズミ率」の比較.「ハタネズミ」はハタネズミ属(Microtus),ビロードネズミ属(Eothenomys), ヤチネズミ属(Craseomys)など含む vole を指す.Suzuki et al. (2013) は複数の巣箱を比較しており,率に幅がある.

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甲州市菅田天神社のフクロウのペリット内容 – 市街地での1例

2024-06-18 07:15:23 | 最近の論文など
甲州市菅田天神社のフクロウのペリット内容 – 市街地での1例
高槻成紀・植原彰
Strix,40: 129-135. 2024

 日本のフクロウは森林に住むアカネズミ類を食べるというのが定説でしたが、わたしたちが八ヶ岳で調べたら牧場に近いところではハタネズミの割合が高いことがわかりました。その後、町中では鳥がよく食べられているという報告がチラホラではじめました。山梨の乙女高原で一緒に植物や訪花昆虫をしらべている植原さんと話していたら、以前に甲州市の神社の木立でペリットを集めていたということで、分析させてもらいました。そうしたら確かに鳥が多く検出されました。タヌキでもそうですが、融通のきく食性を持つ動物の場合、とにかく具体的な事例の蓄積が不可欠で、私はそういう事実の記録に役立ちたいと思っています。

<摘要>2001年5月に山梨県甲州市の神田天神社の森で採集したフクロウのペレット37個を分析した。げっ歯類、鳥類、食虫動物の出現頻度は、それぞれ26、24、4であった。この研究における鳥の出現頻度(64.9%)を以前の研究と比較したところ、森林や里山(約10 %)よりも高く、都市地(約70 %)と同様だった。本調査の結果は、都市域に生息するフクロウが獲物として鳥に依存する可能性を裏付けるものであった。


調査地

検出物

検出物内容

既往研究におけるフクロウの食性に占める鳥類の生息地別出現率(%)。森林1:白石・北原(2007)、森林2:松岡(1977)、里山1:米田ほか(1979)、里山2:今泉(1968)、市街地1:本研究、市街地2:森井・塩入(1996)、市街地3:内山ほか(2014)
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アンケート結果

2023-08-22 10:44:22 | 最近の論文など
以下のようなアンケートをお願いしました。

アンケート (2023年8月20日)
お名前:(          )
年代(○をする):(20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代)
ご住所:小平市、それ以外(        )
このシンポジウムをどうして知りましたか(チラシ、ファイスブック、知人、アサココ、
その他[ 具体的に                         ])
以下を希望する方はメールアドレスをお書きください(          )明瞭に
✔︎をする:今後の連絡をもらいたい( )、会員になる( )(会費なし)

+++++++++++++++
本日の話題について感想・意見を自由にお書きください。

++++++ 前回回答くださった方は記入不要です +++++++++
横断道路(328号線)建設計画があったのを知っていましたか?
(知っていた、知らなかった)
横断道路計画反対の住民投票運動(2012年)があったことを知っていましたが?
(知っていた、知らなかった)
横断道路(328号線)建設計画が進行しているのを知っていましたか?
(知っていた、知らなかった)
横断道路建設に(賛成、反対)
もしつくるとしたら、道路の形状はどうしたらよいと思いますか(平面、地下、高架)

賛成理由(便利になるから、懸案だったから、その他)
 その他の場合:
                                       
反対理由<複数選択可>(国の史跡が破壊されるから、自然が破壊されるから、環境汚染が起きるから、騒音が起きるから、居住地が大変化するから、コミュニティが崩壊するから、その他)
 その他の場合:
                                       
ご協力ありがとうございました。 
玉川上水みどりといきもの会議

+++++++++++++++++++++++++
その回答を集計巣ると次のようになりました。
年代は60代、70代が多く、前回同様、高齢者に偏っていました。

 居住市は大半が小平市で、かなり「小平限定」になりました。道路予定地は小平市ではありますが、この問題は玉川上水全体の問題でもあると思います。

 集会の情報源は「知人から」が多く、広報の工夫が必要だと思いました。


 これまでの経緯についてはほとんどの人がご存じでした。


 道路については大半の人が反対でしたが、一人は条件付き、もう一人は便利になるから賛成という意見で、この集会に参加した意図が不明でした。自由記載はありませんでした。


 今回は道路の形状については議論する余裕がありませんでしたが、アンケートでは地下が良いという人が多い結果でした。


 道路の影響の中では自然への影響が最多でした。


 結果は前回のシンポジウムと共通な部分は合計をし、今後も継続して多人数による意見分布を把握するつもりです。
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最近の論文(2023-)

2023-05-23 07:44:26 | 最近の論文など
Takatsuki, S. and K. Kobayashi. 2023.
Seasonal changes in the diet of urban raccoon dogs in Saitama, eastern Japan.
埼玉の市街地のタヌキの食性の季節変化
Mammal Study, in press
埼玉県の都市部の高校で、タヌキの食性を調査した。調査地は住宅地に囲まれているが、池に隣接している。2022年1月から12月にかけて糞サンプル(n = 126)を採取し、ポイント枠法を用いて分析した。糞の組成は、冬は葉、果実、種子、人工物など多様であった。春はニホンヒキガエルと昆虫の割合が増加し、夏はエノキの果実、昆虫、アメリカザリガニの割合が増加した。秋には、エノキとムクノキの果実が優勢になった。ヒキガエルやザリガニわ食べていたことから、タヌキは日和見的な摂食をすることが示唆された。種子は10種、果実は5種の野生植物からしか回収されなかったが、これは関東地方の里山でキイチゴ、クワ、ヒサカキなどがしばしば大量に検出された既往論文よりも低い数値であった。また、さまざまな人工物が検出されたが、その量は少なかった。これらの結果は、樹木が少なく、池に隣接する市街地という調査地の特徴を反映していた。

高槻成紀・鈴木浩克・大塚惠子・大出水幹男・大石征夫. 2023.
玉川上水の植生状態と鳥類群集
山階鳥学誌,55: 1‒24.
玉川上水は東京の市街地を流れる水路で,その緑地は貴重である。玉川上水の樹林管理は場 所ごとに違いがある。本調査は 2021 年に玉川上水の樹林管理が異なる 4 カ所(小平,小金井, 三鷹,杉並)で鳥類の種ごとの個体数の調査(7 回)と樹林調査(18 地点)を実施した。鳥類 群集は上水沿いの樹林帯と周辺の樹林も豊富な三鷹と小平で豊富であった。緑地が両側を交通 量の多い大型道路に挟まれた杉並では,鳥類の種数と個体数が少なかったが,オナガ ,ハシブトガラス,ドバトは比較的多かった。サ クラ以外の樹木を皆伐した小金井では,近くに広い小金井公園があるにもかかわらず,鳥類群 集は最も貧弱であった。とくに森林性の鳥類が少なく,都市環境でも生息するムクドリ ,スズメなどがやや多いに過ぎなかった。玉川上水での鳥類群 集の季節変化は都心の皇居や赤坂御所などと共通しており,夏にヒヨドリや他の森林性鳥類は減少した。これらの結果は,玉川上水の鳥類群集が植生管理の影響を強く 受ける可能性を示唆する。今後の玉川上水の植生管理においてはこのような生物多様性の視点 を配慮することが重要であることを指摘した。

大塚惠子・鈴木浩克・高槻成紀. 2023. 
玉川上水の杉並区に敷設された大型道路が鳥類群集に与えた影響. 
Strix, 39: 25-48.
玉川上水は東京を流れる水路で鳥類の生息地となっている.その開渠状態の東端の久我山に 2019 年 6 月に放射 5 号線が開通した.これを挟む 2017 年から 2022 年までの 6 年間ラインセンサスで鳥類の種数 と個体数を記録したところ,種数は開通前の 86%,個体数は 57% に減少した.とくに多かったのはヒヨドリ, スズメ,ムクドリなどであった.開通後はヒヨドリ,ムクドリ,ハシブトガラス,スズメは減少したが,ド バトとメジロは 50% 程度増加した.隣接する三鷹地区と井の頭公園では,エナガ,メジロなど樹林性の鳥 類が久我山より多かったが,ムクドリ,スズメ,ドバトなどは久我山の方が多かった.このことは 2019 年 の道路開通が久我山の鳥類の減少をもたらしたことを示唆する.

高槻成紀. 2023.
都市孤立樹木の結実パターンと鳥類による種子散布:舗装を利用した種子回収の試み
保全生態学研究、印刷中
都市緑地の生物多様性にとって鳥類による種子散布は重要であるが、都市での方法上の制約のため調査が進ん でいない。本調査では市街地の孤立木の樹下の舗装した地表面を利用することで、森林では困難な種子回収を試みた。 2020 年の 12 月から 2021 年の 3 月上旬まで、東京都の小平市でセンダン、ハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチ の 4 本の樹木について、鳥類によって搬入された可能性のある種子を回収し、結実と種子の落下時期、鳥類による果 実の利用時期、対象とした樹木の外部からの搬入などを調査した。果実と種子の落下時期はトウネズミモチとハゼノ キは同調したが、センダンでは果実よりも種子の落下のピークが 2 週間、クロガネモチでは 1 カ月遅れ、鳥類の好み などに関係する可能性が示された。樹冠以外の種子の種数は 11 種から 29 種(不明種を除く)であり、樹下で回収さ れた種子数の延べ数はハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチの 3 種では約 900-1300 個 /m2 と多かったが、センダ ンでは約 30 個 /m2 と少なかった。樹冠以外の種子数の割合はセンダンは 47.7%と大きかったが、センダン以外は 20% 以下と小さく、センダン樹冠下では高木種の種子が過半数であったが、ハゼノキとトウネズミモチの樹冠下では低木 種が最も多く、クロガネモチ樹冠下では高木、低木、つる植物の順で多様であった。回収された果実の大半は短径が 10 mm 以下で、ヒヨドリの嘴幅(15.4 mm)より小さく、それより大きいのはカラスウリとスズメウリだけであった。

Takatsuki, S., E. Hosoi and H. Tado. 2023. 
Food or rut: contrasting seasonal patterns in fat deposition between males and females of northern and southern sika deer populations in Japan. 
色気か食い気か−日本の南北のニホンジカにおけるオス、メスの脂肪蓄積の対照的な季節パターン
Mammalia, 2023aop. 
https://doi.org/10.1515/mammalia-2022-0092

Takatsuki, S., Purevdorj Y, Bat-Oyun T, Morinaga Y. 2023. 
Responses of plants protected by grazing-proof fences based on the growth form in north-central Mongolia.
モンゴル中北部における放牧圧排除柵内の植物の反応−生育形に注目して.
草原管理はモンゴルにとって重要である。放牧が草原に及ぼす影響を、生育型(Gimingham, 1951)に着目して評価するために、モンゴル中北部のブルガン・アイマグのモゴド・ソムにおいてオルホン川の川辺、平坦地、丘に2013年4月に柵を設置し、同年8月に柵内外の植物と植物群落を比較した。その結果、川辺はもともと多湿であるから植物生産性が高く、家畜がよく利用してCarex duriusculaが優占していたが、柵を作ると柵内でTt(大型叢生型)が高さを回復した。平坦地ではStipa krylovii, Leymus chinensis, Cleistogenes squarrosa, C. duriusuculaなどが生育しており、多様性は高かったが、柵内でTt, Er(直立型), Br(分枝型)などが回復した。丘ではもともとErが多かったが柵設置後もErが回復した。この調査により放牧の影響を生育型で評価するのは有効であること、同時に嗜好性も重要であることが示された。
Human and Nature, 33: 39-47.
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最近の論文 (2020-2022)

2023-05-23 07:34:38 | 最近の論文など

高槻成紀, 2022. 
ススキとシバの摘葉に対する反応−シカ生息地の群落変化の説明のために. 
1. シカ(ニホンジカ)が生息する金華山島のシカ高密度な場所で,ススキ群落がシバ群落に移行した.この現象を説明するため,両種の摘葉実験により,摘葉間隔の違いが両種に与える影響を調べた.
2. ススキは摘葉間隔が短くなるにつれて葉長,草丈,積算生産量が減少した.
3. ススキは摘葉間隔が30日より短いと開花しなくなった.
4. シバは摘葉間隔にかかわらず葉長,積算生産量に違いがなかった.
5. このことから,シカの強い採食圧がススキ群落を減少させてシバ群落に移行・維持させていることが説明できた.
植生学会誌, 39: 85-91. https://www.jstage.jst.go.jp/article/vegsci/39/2/39_85/_article/-char/ja

高槻成紀, 2022. 
生け垣を利用した種子散布の把握 – 東京都小平霊園での観察例. 
Binos, 29: 1-7. https://drive.google.com/file/d/116ZgHUzImm576feUk7WHPREwBd4yKC0r/view

Takatsuki S, Tsuji Y, Prayitno B, Widayati KA, Suryobroto B. 2022. 
Seasonal changes in dietary compositions of the Malayan flying lemur (Galeopterus variegatus) with reference to food availability. 
マレーヒヨケザルの食物組成の季節変化−食物供給に着目して
ヒヨケザルは、手足や胴体、尾の一部につながった薄い皮膚の膜(パタギウム)を使って滑空することができる。マレーヒヨケザル(Galeopterus variegatus)は、東南アジアの固有種である。本種の食性に関するこれまでの情報は断片的であり、食物組成に関する研究はほとんど行われていない。兄弟種の情報から、マレーヒヨケザルは葉食性であると予想された。そこで、まず、インドネシア・西ジャワ州において、マレーヒヨケザルの食性組成を、年間を通じての食料供給状況とあわせて定量的に分析した。マレーヒヨケザルは、12月から7月は雨季(10-6月)と対応的で葉が多く、8月から11月は乾季(7-9月)と対応的で果実が多いという具合に、季節ごとに食物が変化する。果実が多いときは糞中の果実の割合が増え、葉の割合は減る、つまりマレーヒヨケザルは葉から果実へと食性を変化させた。この時期には木の葉が多く、糞中での減少を説明できなかった。このことから、マレーヒヨケザルは1年の大半は木の葉を食べていたが、木の葉が豊富な時期には急激に果実にシフトしたことが推測される。このようにマレーヒヨケザルの食性は、葉から果実へと徐々に変化する葉食霊長類ジャワルトン(Trachypithecus auratus)の食性とは異なっていた。このような種間差は、体格や消化生理の違いに起因すると考えられる。
Mammal Research, 68: 77–83. 
https://doi.org/10.1007/s13364-022-00658-y

高槻成紀・立脇隆文, 2022. 
タヌキの体重の季節変化―冷温帯と暖温帯の比較. 
温帯・寒帯の哺乳類は越冬前に脂肪蓄積することが知 られている.暖温帯に属す和歌山県のタヌキの体重の調査により,タヌキは秋に体重 が 21%増加することが示された.本研究はその比較と して冷温帯の東京近郊で体重(n=192)と腎脂肪指数(n =152)を測定した.体重は 10 月に 37%増加し,腎脂 肪指数も 10 月に最大となった.このことはタヌキが夏 に主に昆虫を食べるのに対して秋には多肉果実を食べる ことに関係すると考えられた.本研究で冷温帯のタヌキ の体重増加の程度は暖温帯のタヌキよりも大きいことが 示された.
哺乳類科学, 62: 233-237. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.233

高槻成紀・鈴木和男.  2022. 
和歌山県におけるタヌキの体重の季節変化.
温帯・寒帯の哺乳類では食物の乏しい冬に備えて体内 脂肪を蓄積するため体重が増加することが知られている が,日本のタヌキでは飼育 条件下の情報しかない.そこで和歌山県田辺市一帯のタ ヌキ(1 歳以上,オス 118,メス77,合計 195)の体重 を調べたところ,季節変化が認められた.体重の月平均 は 5 月が最小(3.4 kg)で 11 月(4.1 kg)までに 21.2% 増加し,その後,漸減した.このことはタヌキが秋に果 実類を食べて脂肪を蓄積すること,冬から春に食物が乏 しくなって痩せることを反映していると考えられた.
哺乳類科学, 62: 133-139. 
https://doi.org/10.11238/mammalianscience.62.133

Takatsuki, Seiki, and Suzuki, Shiori. 2022.
八ヶ岳のヤマネの食性
これまで定量的分析がほとんどなかったヤマネの食性を糞分析によって解明した。日本中部の八ヶ岳の亜高山帯のヤマネは夏には主に昆虫(69.2%)を、秋には果実(43.0%)と昆虫(33.4%)を食べていた。夏の果実は育児のため高タンパクを必要とし、秋の果実は冬眠前に脂肪蓄積をするために糖分を必要とするためと考えた。葉は微量しか検出されなかった。
Food Habits of the Japanese Dormouse in the Yatsugatake Mountains, Japan.
Zoological Science, 39: 1-5.        

高 槻 成 紀 ・ 望 月 亜 佑 子  2022.
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響  —アファンの森と隣接する人工林での観察例—.
人と自然, 32: 99−108  こちら

我が国の国土の27%は針葉樹人工林に占められている.林学研究は森林の生産性に力点がおかれ,生物多様性に対する注目度は低かった.本研究は長野県信濃町黒姫のスギ人工林の間伐が林内の気象などの環境要素,下層植生とその花への昆虫の訪花に及ぼす影響を調べた.間伐によって森林の下層部は明るくなった.間伐を行っていないスギ人工林に比べて間伐林では下層植生の積算優占度が1年目に1.7倍と多く,2年目に4.5倍に増加した.間伐林では先駆性の低木と大型双子葉草本が多かった.また虫媒花植物と訪花数も落葉広葉樹林と同レベルであった.これに対してスギ人工林では訪花昆虫はまったく観察されなかった.本研究はスギ人工林の生物多様性と訪花が間伐によって改善される可能性を示した.

21.12.1 受理
記載的な論文と査読のあり方について
高槻成紀
哺乳類科学、印刷中

生物学の論文は一般性を求める仮説検証型のものと、個別的な記述によって情報を蓄積することに貢献するものとに分かれる。そのいずれもが重要でいわば車の両輪のようなものといえる。私は「哺乳類科学」は後者の役割が大きいと考えるが、実際の査読においては前者型の原稿を高く評価し、記述型を評価しない傾向があり、科学を共有するための貢献というより形式的な粗探しのような査読姿勢が多い。これを改まるべきだという根拠と論理を書いた。

21.9.27 
八ヶ岳におけるヤマネの巣箱利用 − 高さ選択に注目して −
高槻成紀・大貫彩絵・加古菜甫子・鈴木詩織・南 正人
哺乳類科学, 62(1): 61-67 .DOI: 10.11238/mammalianscience.62.61 

 2013年5月に八ヶ岳の亜高山帯のカラマツLarix kaempferi林で同じ樹木の高さ0.5 mと1.8 mに43対(86個)の巣箱を設置し,2013年9月,11月,2014年5月,9月の4回点検してヤマネGlirulus japonicusなどによる利用を調べた.その結果,利用されたのべ108個の巣箱のうち101個(93.5%)はヤマネが利用したことがわかった.巣箱は高さ1.8 mのほうが高さ0.5 mよりも有意に多く利用された.ヤマネによる利用率は通算で27.7%と高く,特に9月には40-50%と非常に高かった.ヤマネは巣材としてコケ,サルオガセ,樹皮などを利用し,巣箱ごとに特定の材料が重量のほとんどを占めていた.

巣箱(蓋を開けたところ)

巣材. A: コケ, B: サルオガセ

巣箱にいたヤマネ

2021
スギ人工林が卓越する場所でのニホンジカの食性と林床植生への影響−鳥取県若桜町での事例−
高槻成紀・ 永松 大
保全生態学研究, 26 : 323-331, https://doi.org/10.18960/hozen.2042 

我が国では近年シカ(ニホンジカ)が増加して植生に強い影響を及ぼしている。鳥取県東部はスギ人工林が卓越するが、近年シカが侵入して影響が強まっている。スギ人工林は暗く、下層植物が少ないため、同じしか密度でも食物供給条件は乏しいことが想定されるが、こういう場所でのシカの食性は調べられていない。そこで本調査ではスギ人工林卓越地のシカの食性と林床植生に及ぼす影響を明らかにすることとした。糞分析により、糞中に占める緑葉の割合が夏(7-9月)でも13-26%に過ぎず、繊維、稈、枯葉など低質な食物が60-80%を占めることがわかった。シカ排除柵内外のバイオマス指数を比較するとスギ人工林、落葉広葉樹林ともに林床植生は乏しく、両群落で柵内が柵外よりもそれぞれ9倍、39倍も多かった。本調査はスギ人工林卓越地においては林床が貧弱であるため、シカの食性は夏でも低質な食物で占められていることを初めて示した。

若桜町のシカ糞中に占める主要食物の月変化

若桜町の針葉樹人工林と落葉広葉樹林の柵内外における林床植物の
バイオマス指数

21.8.18 受理
Long-term changes in food habits of deer and habitat vegetation: 25 year monitoring on a small island
シカの食性と生息地の長期的変化:小島での25年にわたる継続調査
Seiki Takatsuki
Ecological Research, こちら

1975年から2000年までの25年間、シカが高密度で生息する金華山島のススキ群落と芝群落で植生とシカの糞組成をモニタリングした。大型草食獣による植生変化が他の大型草食獣に影響与える研究はあるが、自らの食性に与える影響は知られていない。また長期的な植生変化の調査はあるが、草食獣の食性を併せておこなった長期調査はない。調査開始からススキ群落はシバ群落に徐々に入れ替わり、強い採食圧でも裸地化することはなかった。一方、シカの食性は1970年代にはススキ、アズマネザサ、シバが同程度含まれていたが、1980年以降はほぼシバだけになった。これにはシバの高い生産特性と高温多湿な日本の気候によるものと考えた。25年間の調査により、有蹄類は植生を変化させることを通じて自らの食性を変化させることと、植生の変化は連続的だったがシカの食性の変化は不連続であることが初めて示された。

金華山の調査地1と調査地2の景観の経年変化


調査地2における所用3種の被度の経年
変化
金華山の調査地1と調査地2でのシカ糞中の主要食物の経年変化

21.4
Human effects on habitat use of Japanese macaques (Macaca fuscata): importance of forest edges
ニホンザルの生息地選択に及ぼす人の影響ー林縁の重要性について
Hiroshi Ebihara and Seiki Takatsuki
Mammal Study, 46: 131-141. こちら
 ニホンザルの生息地は伐採、植林、農地化、森林分断など人為的な変形を受けた。そういう影響はサルの生息地利用に影響していると考えられる。そこで、農地群と森林群の2群の生息地利用を比較した。その際、これまで植生図に表現されなかった林縁を植生カテゴリーの一つで取り上げた。両群とも秋と冬には落葉広葉樹林を、また夏には林縁をよく利用した。森林群は森林と草地の林縁を、農地群は森林と農地の林縁をよく利用した。農地群は秋と冬に森林群よりも落葉広葉樹林をよく利用した。オープンな場所はサルにとって危険であるから、両群とも森林をよく利用した。人工林の増加による森林での食物の減少と、農地での食物の増加により、サルの林縁利用が増えた。本研究で林縁を独立した植生タイプとして取り上げることでサルの生息地利用を正確に捉えることができた。

21.4.15   
Diet compositions of two sympatric ungulates, the Japanese serow (Capricornis crispus) and the sika deer (Cervus nippon), in a montane forest and an alpine grassland of Mt. Asama, central Japan
日本の中部地方の浅間山の山地森林と高山草原に同所的に生息するシカとカモシカの食物組成
Takada, H., Yano, R., Katsumata, A., Takatsuki, S., Minami. 2021.  
Mammalian Biology, https://doi.org/10.1007/s42991-021-00122-5

21.3.25 受理
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響
– アファンの森と隣接する人工林での観察例
高槻成紀・望月亜佑子
人と自然:  in press
我が国の国土の27%は針葉樹人工林に占められている.林学研究は森林の生産性に力点がおかれ,生物多様性に対する注目度は低かった.本研究は長野県信濃町黒姫のスギ人工林の間伐が林内の気象などの環境要素,下層植生とその花への昆虫の訪花に及ぼす影響を調べた.間伐によって森林の下層部は明るくなった.間伐を行っていないスギ人工林に比べて間伐林では下層植生の積算優占度が1年目に1.7倍と多く,2年目に4.5倍に増加した.間伐林では先駆性の低木と大型双子葉草本が多かった.また虫媒花植物と訪花数も落葉広葉樹林と同レベルであった.これに対してスギ人工林では訪花昆虫はまったく観察されなかった.本研究はスギ人工林の生物多様性と訪花が間伐によって改善される可能性を示した.

21.3.3 受理
山梨県の乙女高原がススキ群落になった理由 – 植物種による脱葉に対する反応の違いから -
著者名:高槻成紀・植原 彰
植生学会誌, 38: 81-93.  こちら
1.山梨県の乙女高原は刈取により維持され,大型双子葉草本が多い草原であったが,2005年頃からススキ群落に変化してきた.この時期はシカ(ニホンジカ)の増加と同調していた.
2.主要11種の茎を地上10 cmで切断し,その後の生存率と植物高を継続測定したところ,双子葉草本9種のうち6種は枯れ,生存種も草丈が低くなった.これに対して,ススキとヤマハギは生存し,植物高も減少しなかった.
3.ススキを,6月,9月,11月,6,・9月に刈取処理をし,5年間継続したところ,ススキの草丈は11月処理は180-200 cmを維持し,6月区はやや低くなったまま維持した.これに対し,9月区は草丈が経年的に減少した.
4.シカの採食は双子葉草本には強い影響があるが,刈取処理よりは弱いから,ススキにとっては影響は弱く,乙女高原でのススキ群落化はシカの影響と考えるのが妥当であると考えた.
5.ススキ群落内に設置した15 m×15 mのシカ防除柵4年後の群落はススキが大幅に減少し,双子葉草本が優占した.群落多様度は柵外はH’ = 0.85だったが,柵内はH’ = 2.64と3倍も大きくなった.
6.上層の優占種が大型双子葉草本からススキに変化することで,ヒメシダのような地表性の陽性植物が増加し,ミツバツチグリの場合,ススキ群落では低い草丈で面的に広がったが,双子葉草本が密生していると被度は減少して葉柄を伸長させた.
7.シカの影響は1)シカの嗜好性(不嗜好植物は食べない)の違い,2)採食に対する植物の反応(成長点のいちの違いによる再生力など)の違い,3)その結果による上層の優占種の変化による下層植物への間接効果,という異なるレベルで起きていることを示した.

21.1.25 受理
過疎化した山村でのシカの食性− 山梨県早川町の事例−
高槻成紀・大西信正
保全生態学研究23: 155-165. こちら
過疎化が著しく、シカが高密度になって林床植生が乏しい状態にある山梨県早川町のシカの食性を糞分析により明らかにした。いずれの季節でも栄養価の低い繊維・稈などの支持組織が多く、栄養価の高い緑葉は少なかった。春には繊維が45.0%、稈・鞘が17.7%と多く、緑葉は10.3%に過ぎなかった。夏も繊維(54.6%)と稈・鞘(14.2%)が多かったが、双子葉植物が13.5%に増加した。秋は緑葉が36.0%と年間で最も多くなった。これは新しい落葉を食べたものと推定した。冬の糞組成は最も劣悪で、繊維が82.7%と大半を占め、緑葉は微量(2.5%)しか検出されなかった。早川町のシカの食性は他のシカ生息地と比較しても劣悪であった。シカの食性とシカの管理、特に過疎化との関連に言及した。

20.11.2 
麻布大学キャンパス内の植栽樹への種子散布
小島香澄・高槻成紀
Binos, 27: 11-16.
被食散布型の樹木にはさまざまな果実食鳥類が訪 れ、樹下には別の木で食べた種子が排泄される。しか し、野外の森林では多種の樹木が隣接している上に亜 高木、低木、草本にも被食散布植物があり、林床には 下生え植物や枯葉があるため落下種子を調べるのは難 しい。この点、都市の単純な環境に孤立木があれば調 べることが可能である。この論文では大学キャンパス内の同時期に結実する多肉果を着ける樹木を用いて、 外部から持ち込まれた種子の内容を明らかにすること を目的とした。カキノキでは 27 種以上 2,810 個、セ ンダンでは 17 種以上 451 個、エノキでは 10 種以上 1875 個の種子が回収された。対象木と同種の種子の 割合はカキノキ樹下では 15.6% と小さかったが、セ ンダン樹下で 52.3%、エノキ樹下では 91.1% であった。 外部由来の種子はカキノキとセンダンの樹下ではエノ キが多く、エノキ樹下ではセンダンが多かった。大学 キャンパスという単純な系を使うことで、鳥類による 種子散布の実態の一部が示された。

20.10.10 
長野県東部の山地帯のカラマツ林のテンの食性 
宗兼明香・南正人・高槻成紀. 2021.
哺乳類科学, 61: 39-47. こちら
長野県東部の御代田町のカラマツ林に生息するテンの食性を糞分析法により 明らかにした.食物組成の量的評価は出現頻度法とポイ ント枠法の占有率によった.平均占有率は,春には哺乳 類(64.1%),夏と秋には果実(夏は 65.3%,秋は 78.0%)が多かった.種子の出現からわかった果実利用 は月ごとに変化し,春にはミズキCornus controversaな ど,夏にはサクラ属 Cerasus spp. など,秋にはマタタビ 属 Actinidia spp. やアケビ属 Akebia spp. などが多かった. 昆虫は夏でも 4.9%に過ぎず,他の地域より少なかった. これは本調査地に果実が豊富なためと考えられた.出現 頻度法による評価では平均占有率が小さかった昆虫や葉 が過大に評価された.占有率-順位曲線からは平均値や 頻度だけではわからない,食物の供給量とテンの食物選 択性を読み取ることができた.テンに利用された果実に は林縁植物が多いことからテンが林縁植物の指向性散布 をする可能性が示唆された.

2020.10.8
麻布大学キャンパスのカキノキへの鳥類による種子散布 
高槻成紀. 2020.
麻布大学雑誌 こちら
被食散布型の樹木にはさまざまな果実食鳥類が訪れ、樹下には別の木で食べた種子が落下される。しか し、野外の森林では多種の樹木が隣接している上に亜高木、低木、草本にも被食散布植物があり、地表にも草 本類や枯葉があるために落下種子を調べるのは難しい。この点、都市の単純な環境に孤立木があれば調べるこ とが可能である。この論文では大学キャンパス内に植栽された1本のカキノキを用いて、外部から持ち込ま れた種子の内容を明らかにすることを目的とした。その結果、2009 年の 11 月と 12 月の間に、カキノキ種子を 除いて 36 種以上 7918 個の種子が回収された。その内訳は高木種が 18 種で種子数は 89.9% を占め、低木が 8 種、4.8%、つる植物が 7 種、3.2% などであった。これらを植栽種、野生種で分けると、植栽種が 37.5% を占め、 都市的な環境を反映していた。この調査により大学キャンパスという単純な系を使うことで、鳥類による種子 散布の実態の一端が示された。

2020.9.21 受理
四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して
高槻成紀、石川愼吾、比嘉基紀. 2021.
日本生態学会誌, 71: 5-15.  こちら
これまで不明な点が多かった西日本のシカの食性の例として、四国剣山系三嶺のシカの食性を糞分析により解明 した。標高 1100 m 台のさおりが原ではシカの採食により林床が貧弱になっており、シカの糞でも繊維と稈・鞘が多く、 シカの食物状況は劣悪であった。標高 1600 m 台のカヤハゲでは 2007 年にシカの採食によりミヤマクマザサが消滅し、 現在はススキ群落になっており、糞組成でもイネ科と稈・鞘が多かった。標高 1700 m 台の地蔵の頭では稜線にミヤマ クマザサが密生しており、シカの糞もササが優占していた。山地帯では植生もシカの強い影響で壊滅状態であるが、シ カ自身の食性も劣悪であった。高標高に生息するシカにとっては尾根のミヤマクマザサは特に冬の食物として重要であ ることがわかった。シカの置かれた状態を判断するのに食性解明は有力な情報をもたらすことを指摘した。

Effects of 137Cs contamination after the TEPCO Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Station accident on food and habitat of wild boar in Fukushima Prefecture.
Nemoto, Y., H. Oomachi, R. Saito, R. Kumada, M. Sasaki, S. Takatsuki. 2020.
Journal of Environmental Radioactivity こちら

20.4.21 受理
2018年台風24号による玉川上水の樹木への被害状況と今後の管理について
高槻成紀. 2020.
植生学会誌,  37: 49-55 こちら
1. 2018 年 9 月 30 日深夜から数時間,東京地方を襲った台風 24 号がもたらした玉川上水 30 km の風害 木の実態を記録したところ,合計 111 本(3.7 本 /km) が記録された.
2. 樹種はサクラ属が 3 分の 1 を占めた.風害木の うち,植林されたサクラ属,ヒノキは平均直径が 50 cm を上回っていたが,コナラ,クヌギなど自生する 雑木林の構成種は直径 30 cm 前後であった.
3. 風害木は全体に上流(西側)で少なく,下流 (東側)に多い傾向があり,特に小金井地区と井の頭 公園一帯に多かった.木の倒れた方位は北に偏ってお
り,南からの強風が吹いたことを反映していた. 4. 桜の名所である小金井地区はサクラ属以外は伐 採されるため立木に占めるサクラ属の割合がほかの地 区よりも高く,被害率も他の地区に比べて 7.1 倍も高かった.

2020.8.30
タヌキの日和見的な食性- 愛媛県諏訪崎での事例 -
Mammal Study, 46: 25-32. こちら
タヌキの食性が場所ごとに違いがあることがわかってきたが、南西日本のタヌキの食性は分析例が少ない。本論文では愛媛県の諏訪崎半島のタヌキの食性を糞分析(ポイント枠法)で調べた。調査は2019年5月から2020年4月に行った。果実が重要で秋には30%以上、冬でも20%以上を占めた。椋木あkが特に重要だったが、そのほかにも暖地の果実が季節に応じて食べられた。昆虫も重要で春、夏、初秋には20%以上を占めた。晩冬季にはミカンが40%ほどを占めた。哺乳類と鳥類は他の超幸よりも少な買った。諏訪崎のタヌキの食性は暖地の果実、昆虫、ミカンで特徴付けられ、タヌキが「日和見的」であることを示唆した。

2020.7.14
Kagamiuchi, Y. and S. Takatsuki.  
Diets of sika deer invading Mt. Yatsugatake and the Japanese South Alps in the alpine zone of central Japan.
(中部日本の八ヶ岳と南アルプスの高山帯に侵入したニホンジカの食物)        
Wildlife Biology 2020: wlb.00710 こちら
近年、日本列島でシカが増加しており、その分布は中部地方の高山帯に及び、冬は低地で過ごすが夏は高山帯で過ごす。しかしその食性は調べられていない。本調査では八ヶ岳と南アルプスで、山地帯、亜高山帯、高山帯のシカの糞を採集し、植物組成と栄養学的分析を行った。八ヶ岳の山地帯ではササが40-55%を占めたが、南アルプスの山地帯では双子葉植物が多かった。亜高山帯では、八ヶ岳ではイネ科が50%を占めたが、南アルプスでは単子葉植物と双子葉植物がそれぞれ10-20%をしめた。高山帯ではどちらの山でもイネ科が多かった。糞中の粗タンパク質含有率はどちらの山でも低地では8-12%だったが、高山帯では15-20%と高かった。

20.5.25 受理
高知県とその周辺のタヌキの食性 – 胃内容物分析–
高槻成紀・谷地森秀二
哺乳類科学, 61: 13-22. こちら
これまで四国のタヌキの食性は情報がなかったが,高知県と周辺から得た67例の胃内容物をポイント枠法で分析した.ほかの場所と比べると昆虫が多く(全体の占有率25.7%),特に冬でも25.8%を占めた.果実は重要であったが,他の場所に比べれば少なく,最大で秋の30.4%であった.カタツムリ(ウスカワマイマイ)が春(19.3%)を中心に多かったことと,春にコメを主体とした作物が25.0%と多かった点は特異であった.

2019.7.16 受理
東京西部の裏高尾のタヌキの食性 – 人為的影響の少ない場所での事例 –
高槻成紀・山崎 勇・白井 聰一. 2020.
哺乳類科学, 31: 67-69. こちら
人為的影響の少ない東京西部の裏高尾のタヌキの食性 を調べたところ,人工物は出現頻度 5.0%,ポイント枠 法による平均占有率 0.4%に過ぎなかった.果実・種子 が一年を通じて重要で,出現頻度(果実 98.0%,種子 93.1%),平均占有率(果実 30.0%,種子 25.7%)とも 高かった.季節的には春は果実,種子,昆虫の占有率が 20%前後を占め,夏には種子が 36.7%に増加した.秋に は果実が 71.5%と最多になり,昆虫は微量になった.初 冬には果実が 43.2%に減り,種子が 31.7%に増えた.晩 冬は果実(15–35%),種子(15–25%),昆虫(20–30%) が主要であった.種子は晩冬のエノキ,春のキチイゴ属, 夏のミズキ,秋のケンポナシ,初冬と晩冬のヤマグワと 推移した.ヤマグワやサルナシは結実期とタヌキによる 利用の時期が対応しなかった.



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さいたま市の浦和商業高校のタヌキの食性

2022-12-15 10:11:50 | 最近の論文など
さいたま市の浦和商業高校のタヌキの食性
高槻成紀・小林邦夫

<各月の結果はこちら 2022.1-3月4−6月7-9月10−12月

摘要
 市街地のタヌキの食性分析例として、埼玉県さいたま市の高校の敷地に隣接する雑木の木立ちのタヌキの糞分析を行った。この木立ちは白幡沼という沼に隣接している。サンプルは2021年の1月から12月まで毎月採集し、ポイント枠法で分析した。ここのタヌキの食性は、冬は食物組成が多様で、春はアズマヒキガエルと昆虫が増え、夏はエノキの果実、昆虫、アメリカザリガニが増え、秋はエノキ、ムクノキの果実が優占した。特徴的なこととしてヒキガエルとアメリカザリガニが検出された。このことはタヌキの食性の日和見的性質を示している。検出された種子はカキノキ、ウメ、ビワなどの栽培種を含め7種にすぎず、関東地方の里山環境で検出されるキイチゴ類、クワ属、ヒサカキなどがなく、種数が貧弱であった。さまざまな人工物が検出されたが平均占有率は4.0%にすぎなかった。これらの結果は緑地に乏しい市街地にある学校の敷地とその周辺という、生育する樹木の種数が限定的で、沼に隣接する環境をよく反映していた。
キーワード:アズマヒキガエル、アメリカザリガニ、食性、タヌキ、都市

■ 序
 東京周辺のタヌキの食性はかなり明らかになってきた(山本・木下1994酒向ほか2008,手塚・遠藤 2005、Hirasawa et al. 2006、Sakamoto and Takatsuki 2015、Akihito et al. 2016、高槻 2017、Takatsuki et al. 2017、Enomoto et al. 2018、高槻ほか 2018、高槻・釣谷2021)。この地域のタヌキの食性は基本的に果実を主体にしており、特に秋と冬は果実をよく食べる。ただし夏には果実が少なくなるので、食物中に昆虫が多くなり、食物が最も乏しい冬の終わりから早春には鳥や哺乳類の羽毛、毛、骨などが検出されるようになる。これらの調査は主に郊外や山地で行われたが、市街地のものもある。ただし市街地の調査地のうち、皇居(酒向ほか 2008,Akihito et al. 2016)、赤坂御用地(手塚・遠藤 2005)、明治神宮(高槻・釣谷2021)などは都市としては例外的な森林があり、都市的緑地を代表するとはえない。市街地での調査事例としては川崎市(山本・木下1994)と小平市の津田塾大学の事例(高槻 2017)がある。川崎市では果実とともに人工物が非常に多かったが、津田塾大ではそうではなかった。これは家庭ゴミの回収の仕方が変化し、2000年以前にはゴミ回収法が不徹底だったためにタヌキが利用できたが、その後家庭ゴミはボックスなどに入れて回収されるようになったためにタヌキは残飯類などを利用しにくくなったものと考えられる。このように市街地のタヌキの食性分析例は少なく、さらなる分析事例が必要である。
 本調査の調査地である浦和商業高校は埼玉県さいたま市にある。ここは交通の要所でもあるために開発が進み、緑地は非常に限定的である。そしてビルや住宅地に囲まれているため、市街地のタヌキの食性調査事例として適している。ただし沼に接している点が特徴的である。

■方法
 調査地は旧浦和市、現在のさいたま市南区で(図1)、西側には新幹線、埼京線、東側に東北本線、南側に武蔵野線が走り、線路に囲まれている。

図1. 調査地の地図。●:タヌキの糞採集地

 また西側には首都高速大宮線、南側には東京外環自動車道があるなど交通の要所であり、開発が進んでいる。浦和商業高校の西側500 mに武蔵浦和駅があり、その周辺はビル街であるが、浦和商業周辺は学校が多く、住宅地が広がる。農耕地はなく、自然には乏しいが、学校の西側には白幡沼があり、弁天神社の小さな祠があって周囲に木立があり、限定的な緑地となっている(図2)。

図2. 調査地を白幡沼の西側から見た景観

 タヌキはこのあたりに生息し、高校生のクラブ活動が終われば明るいうちでも複数の個体が観察される。このように調査地は交通要所にある市街地に囲まれた高校の敷地に隣接する樹林であり、沼に隣接している点が特徴的である。
 ため糞はこの樹林内にあり、そこから糞サンプルを回収した。採集にあたっては,糞の大きさ,色,つや,新しさなどから同一個体による1回の排泄と判断されるタヌキの糞数個を1サンプルとし,それを複数採取した.
糞サンプルは0.5 mm間隔のフルイで水洗し,残った内容物を次の15群に類型してポイント枠法(Stewart 1967)で分析した.

哺乳類,鳥類,脊椎動物の骨,昆虫(鞘翅目,直翅目,膜翅目,幼虫など),節足動物(多足類など),甲殻類,その他の動物質,果実,種子,葉(イネ科,スゲ類,単子葉植物,双子葉植物、枯葉),支持組織(繊維、稈など)、植物その他(コケなど)、作物(農作物、栽培果樹)、人工物(輪ゴム,ポリ袋,紙片など),その他.

 ポイント枠法では,食物片を1 mm格子つきの枠つきスライドグラス(株式会社ヤガミ,「方眼目盛り付きスライドグラス」)上に広げ,食物片が覆った格子交点のポイント数を百分率表現して占有率とした.1サンプルのポイント数は合計100以上とした.また、食物カテゴリーの占有率を大きい順に並べた線グラフで表現する占有率–順位曲線(高槻ほか 2018)を描いた。
また、採食行動を記録するため調査地内に3台のセンサーカメラ(トレイルカメラPH770ー5S、Abask社)を設置してタヌキの出没や採食行動を記録し、糞分析の参考にした。

■結果
食物内容の季節変化
 各食物カテゴリーの占有率(%)の月変化を図3に示した(付表3も参照)。

図3. タヌキの糞組成の月変化(2022年)

 哺乳類の毛は1月から5月は微量、6-8月には10%前後となり、その後また少なくなった。カエルの骨は3, 4月に多く、特に4月には22%を占め、その後は数%で8月以降はほとんど検出されなかった。ザリガニは5月までは少なかったが6月には19.9%となり、その後10月までは数%から10%以上までの値をとった。
 昆虫は4月から8月までほぼ10%以上を占めた。4月の25.8%は最大値だったが、この月には節足動物も最大値(22.7%)をとった。これは昆虫の足や翅と違う細片で昆虫である可能性は大きく、そうであれば合計で50%近くを占め、非常に重要であった。
 果実と種子はここのタヌキにとって最重要な食物であった。1,2月はあわせて30%、3-6月には30-40%と少なかったが、7月以降に増加し、9月には最大の75.0%に達し、その後も70%前後を維持し、12月にはさらに増加して80%以上になった。
 葉は1-3月に多く20-30%を占めたが、その後は少なかった。
人工物は多い月でも10%未満で、8-10月には全く検出されなかったが、検出されたものは多様で次の通りであった。アルミホイル、プラスチック、ポリ袋、ポリエチレンの袋(いわゆる「レジ袋」を含む)、化学繊維、ゴム製品、輪ゴム、紙、皮革製品、糸、ひも

季節類型
 このような結果から、占有率の大きいカテゴリーをもとに季節区分をすると次のようにするのが妥当だと思われた(図4)。


図4. タヌキの糞組成の月変化(2022年)

 冬(1-3月):1月、2月は果実・種子がやや多く、葉、農作物、種子などもある程度多く、組成が多様という点で共通し、4月以降とは違った。3月は1月、2月より果実・種子が少ないが、人工物と葉が多い点で2月に似ており、昆虫が少ない点と脊椎動物(アズマヒキガエル)が多い点で4月と違った。3月と隣り合う月との百分率類似度を求めると、2-3月間は51.4%、3-4月間は47.6%で2月の方が大きかったので3月は冬とした。

春(4-6月):昆虫が多く、果実・種子は少ない点で共通していた。
夏(7,8月):昆虫と果実・種子が多い点で共通していた。
秋(9-12月):果実・種子が独占的である点で共通していた。

主要種の占有率-順位曲線
 食物カテゴリーごとの占有率-順位曲線を描いた(図5)。

図5. 主要食物カテゴリーの占有率-順位曲線

 果実は果肉と果皮(「果実」とする)と種子に加えて、その合計値(「果実合計」とする)を示した。占有率-順位曲線のパターンには安定的に豊富にあって動物がよく利用する高い占有率からなだらかに減少する「高値漸減型」、食物資源が局在するため一部のサンプルが占有率が多く低値も多い「L字型」、低値が少ない「I字型」、供給量は多いが動物が好まないために占有率は小さいが高頻度な「低値高頻度型」などがある(高槻ほか 2018)。「果実合計」は高い値から直線的に減少し、典型的な「高値漸減型」であった。果実、種子はカーブが下にやや窪む形をとった。動物質は最大値が中程度で低頻度なものが多く「I字型」が多かったが、昆虫だけは頻度が高く「L字型」をとった。葉は「L字型」、繊維は低い値である程度高頻度な「低値高頻度型」だった。作物と人工物は最大値が大きいか中程度で低頻度の「I字型」だった。

果実の推移
 果皮、果肉からは種の同定は困難なので、種子の占有率を示した(図6)。

図6. 主要種子の占有率の月変化. A:冬から夏に出現した種子、B: 夏以降に出現した種子. 縦軸は一定でない.

 センダンが1-4月に出現し、サクラ属が5月、ビワが6月、クワ属が6, 7月に5%前後からそれ未満で検出された(図5A)。エノキとムクノキは多く、ここのタヌキの非常に重要な食物となっていた(図5B)。エノキは1–3月は少なく4月には出現しなくなったが、5月から出現し始め、8月には35%に達し、その後10月には一時的に下がったが、その後再び増加した。ムクノキは1月から5月までは少なく、6–8月には出現しなくなったが、9月以降は20%前後を占め、12月には29.3%に達した。このようにタヌキは季節に応じて推移する果実を利用していた。

■考察
 関東平野の大都市の一つである旧浦和市(さいたま市南区)の市街地にある高校一帯に生息するタヌキの食性を糞分析によって調べた。この場所は周辺に農耕地がないこと、昼間は高校生がいるが夕方から夜は無人になること、一般の市街地よりは廃棄物などが得にくいこと、樹木や草本類が限定的であること、白幡沼という沼が隣接し、小規模な樹林があることが特徴的である。
 食物はエノキ、ムクノキなどの果実が主要であったが、春にアズマヒキガエルが、夏にアメリカザリガニが食べられる点が特徴的だった。都市、あるいは郊外で果実食傾向があることはこれまでも東京都小平市(高槻2017)、新宿御苑(Enomoto et al. 2018)、東京都日出町(Hirasawa et al. 2006; Sakamoto and Takatsuki 2015)、皇居(酒向ほか 2008; Akihito et al. 2016)、赤坂御用地(手塚・遠藤 2005)、明治神宮(高槻・釣谷2021)などで確認されているが、カエルやザリガニの利用は知られていない。タヌキが日和見的な食性を持つことはこれまでにも指摘さてきたが(山本・木下 1994; Hirasawa et al. 2006; Takatsuki et al. 2021)、この結果もそのことを裏付ける。
 エノキとムクノキの果実は特に重要であったが、これらの結実時期は夏以降であるにもかかわらず1–4月の分にも含まれていた。この時期のエノキ、ムクノキ、センダンは前年の夏から秋にかけて結実して落下したものをタヌキが探して食べたものと考えられる。同所的に生息するタヌキとテンの食性を調べた研究では、テンは結実期に果実を食べたが、タヌキは長い期間食べ続けたことが知られている(Takatsuki et al 2017)。カキノキは高校の敷地内にもあり、9月の結実初期には枝についたカキノキの果実を食べようと後肢で立ち上がり、何度か挑戦して最終的に果実に噛みついて枝を折ることに成功して、地面で食べるのがセンサーカメラに撮影された(図7)。

図7. 枝についたカキノキ果実を食べようと後肢立ちになったタヌキ(2022年9月18日).

 3月に「脊椎動物」が18.6%を占めたが、その大半はアズマヒキガエルの骨であった。この時期はアズマヒキガエルの繁殖期であり、警戒心がなくなっているためにタヌキが捕食しやすい可能性がある。調査地に設置したセンサーカメラにはヒキガエルを発見し、前肢でコントロールしながら噛みついて引きちぎったシーンが撮影された(図8)。

図8. アズマヒキガエルを捕食するタヌキ。A: アズマヒキガエルを見つけて右前肢でコントロールし、B: 引きちぎって食べる(2022年5月12日)

 糞中のアメリカザリガニは4月に多く(19.9%)、その後も10月まである程度出現したが、調査地のタヌキによるカエルやザリガニの利用は食物に占める割合は大きくはなかった。特にヒキガエルは利用も短期的であり、アメリカザリガニも出現頻度は35%程度で、高いとはいえない。これらのことから、ここのタヌキは基本的に調査地の木立や高校の敷地内の樹木の果実などを軸に、時々白幡沼を訪問してこれらを利用するという程度であると推察される。しかし、そのことはタヌキが生息地にある食物を順応的に利用してメニューを拡大する潜在力を持っていることを示す好例といえよう。
 人工物はアルミホイル、プラスチック片、ポリエチレンの袋、化学繊維、ゴム製品、輪ゴム、包紙、皮革製品、糸、ひもなど多様であったが、出現頻度は全体で23.0%、平均占有率は4.0%にすぎず、食物としての重要度は小さいといえる。人工物が20%以上であったのは果実も昆虫も乏しい2月だけで、これを除けば平均占有率は0.5%にすぎない。これは市街地の緑地に生息するタヌキとしては人工物への依存度が低いといえる。その背景として、高校の敷地であり、タヌキが利用する残飯や捨てられた菓子類などの袋などの供給が一般の公園などより少ないという事情があると思われる。
 食性とも関連するが、本調査地のタヌキの状況を考えてみたい。旧浦和市(現在はさいたま市の一部)は、1960年代から1970年代にかけて急激に発展し、人口は敗戦の1945年には94,000人ほどであったが、1960年には倍増して160,000人ほどになり、1988年(平成元年)には410,000人ほどで、敗戦年の4倍以上になった。さいたま市の土地利用の変遷を見ると、1906年には畑と田が広く、両方で60%以上であったが、1969年には田はやや増えたが、畑は8割ほど、樹林は7割ほどに減り、宅地が7割増えた(付表1)。

付表1. 旧浦和市(現さいたま市)の1906年, 1969年, 2006年の土地利用の推移(国土交通省 2012より)


 そして2003年になると、田畑を合わせても3割ほどに減少し、樹林は5%になったのに対して宅地は62%に達した。調査地周辺の土地利用の1961年と2022年を取り上げると、1969年には南西部は田畑が広がっていたが、現在は新幹線が通り、武蔵野線もあるので、ビル街となっている(付図1)。


付図1. 調査地周辺の1961年と2022年の土地利用(空中写真より作図)

 また北東部に多かった宅地が全体に拡大した。そしてこの範囲では田畑は消滅した。北部から東部には樹林がかなりあったが、この半世紀に減少し、現在はわずかに社寺や公園、学校などにしか残されていない。こうした中で白幡沼と隣接する樹林は貴重な緑地となっている。調査地はこの緑地帯の一角にあり、周辺には樹木のあるような広めの庭のある宅地もある。タヌキはそれらをつなぐように利用している可能性はあるが、人口数万人程度の小都市にあるようなまとまった樹林や農耕地はない。したがっていわば島のように孤立した状態で生息していると考えられる。そのことは食性にも反映しており、タヌキが利用していた食物に農作物と特定できるものは少なく、わずかにコメの籾殻、ソバ、ミカン種子が微量に検出されたにすぎない。調査地周辺に水田やソバ畑、ミカンの果樹園などはなく、何らかの理由で落ちたものを食べたものと思われる。強いて農地的な食物といえばカキノキの果実で、カキノキは高校敷地にもあり、タヌキがそれを食べるところもセンサーカメラに撮影された(図7)。しかしカキノキ果実の利用期間は短く、占有率も小さかった。したがってここのタヌキは農作物をほぼ利用していないといってよい。
 そうした中にあって高校の敷地内や周辺にエノキとムクノキが比較的多くあり、タヌキはこれらの果実に依存的である時期が長かった。ただし、タヌキが利用した果実の種数は少なく、これまでのタヌキの食性分析では種子は20種前後検出されることが多かったが、本調査地では7種にすぎず、非常に乏しいといえる。関東地方の里山のタヌキの食物からは、キイチゴ、クワ属、ミズキ、サルナシ、ヒサカキなどが高頻度で検出されるから(Hirasawa et al. 2006; Sakamoto and Takatsuki 2015; 高槻ほか 2020)、これらがなかったことは孤立した市街地にある高校とその周辺という、植物相の単純な環境を反映したものと考えられる。そのことを含め、本事例はタヌキの食性が日和見的であるという見解(Hirasawa et al 2006, Takatsuki et al. 2021)を支持するものであった。

■文献
     Akihito, Sako, T., Teduka, M. and Kawada, S. 2016. Long-term trends in food habits of the raccoon dog, Nyctereutes viverrinus, in the imperial palace, Tokyo. Bulletin of National Museum, Natural Science, Series A (Zoology) 42: 143–161. 
     Enomoto, T., Saito, M. U., Yoshikawa, M. and Kaneko, Y. 2018. Winter diet of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides) in urban parks, central Tokyo. Mammal Study 43: 275–280. 
     Hirasawa, M., Kanda, E. and Takatsuki, S. 2006. Seasonal food habits of the raccoon dog at a western suburb of Tokyo. Mammal Study 31: 9–14. 
 Sakamoto, Y. and Takatsuki, S. 2015. Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science 32: 157–162. 
 酒向貴子・川田伸一郎・手塚牧人・上杉哲郎・明仁.  2008. 皇居におけるタヌキの食性とその季節変動. 国立科学博物 館研究報告 34: 63–75.
 Stewart, D. R. M. 1967. Analysis of plant epidermis in faeces: a technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology 4: 83–111. 
 Takatsuki, S., Miyaoka, R. and Sugaya, K. 2017. A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use. Zoological Science 35: 68–74.
 高槻成紀・岩田 翠・平泉秀樹・平吹喜彦. 2018. 仙台の海岸に生息するタヌキの食性  - 東北地方太平洋沖地震後に復帰し復興事業で生息地が改変された事例 -. 保全生態学研究 23: 155-165.
 高槻成紀・山崎 勇・白井聰一. 2020. 東京西部の裏高尾のタヌキの食性―人為的影響の少ない場所での事例―. 哺乳類 科学 60: 85–93. 
高槻成紀・高橋和弘・髙田隼人・遠藤嘉甫・安本 唯・野々村 遥・菅谷圭太・宮岡利佐子・箕輪篤志. 2018. 動物の食物組成を読み取るための占有率 − 順位曲線の提案−集団の平均化による情報の消失を避ける工夫 −. 哺乳類科学, 58: 49-62.
 Takatsuki, S., M. Inaba, K. Hashigoe, and H. Matsui. 2021. Opportunistic food habits of the raccoon dog – a case study on Suwazaki Peninsula, Shikoku, western Japan. Mammal Study, 46: 25-32.
 高槻成紀. 2017. 東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性. 人と自然 28: 1–10.
 高槻成紀 ・釣谷洋輔. 2021. 明治神宮の杜のタヌキの食性. 鎮 座 百 年 記 念 第 二 次 明 治 神 宮 境 内 総 合 調 査 報 告 書 第 2 報 : 91-100.
 手塚牧人・遠藤秀紀. 2005. 赤坂御用地に生息するタヌキの タメフン場利用と食性について. 国立科学博物館専報 39: 35–46. 
 Whittaker, R. H. 1952. A study of summer foliage insect communities in the Great Smoky Mountains. Ecological Monographs, 22: 1-44.
 山本祐治・木下あけみ. 1994. 川崎市におけるホンドタヌキ Nyctereutes procyonoides viverrinus個体群の死亡状況と生命表. 川崎市青少年科学館紀要 5: 35-40.

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ヤマネ

2022-12-14 09:04:22 | 最近の論文など
2022年11月27日に八ヶ岳自然クラブからフクロウの巣箱から確保した巣材が送られてきました(12月10日)。巣材は樹皮のチップが入っていて、フクロウの食べ物がその中に入っているので、ネズミの骨を調べています。そのうちの一つの中にヤマネの死体がありました。食べ跡はなく、骨も壊れていませんでした。

側面 体重17g、オス

背面




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浦和のタヌキの食性 月ごとの分析結果 2022年9月-

2022-10-13 14:00:13 | 最近の論文など

<2022年9月>
9月になると果実・種子がさらに多くなり、特にムクノキが非常に増えた(図9-1)。エノキも高頻度で検出されたが、量は減った。1例であるがカキノキの種子が検出された。その2つの種子はいずれも歯形が残っていた。ミズキの種子も検出された。昆虫は8月の19.4%から5.0%と大幅に減少した。

図9-1. 2022年9月の検出物。

 小林がカキノキの前に設置しているセンサーカメラに9月18日の夜にタヌキが現れた。このタヌキは後ろ足立ちになって背を伸ばしてカキの実を取ろうとした。何度か失敗した後、ついに枝を捉え、カキの実をくわえて一度地面に置いてからくわえ直してその場をさった(図9-2)。

図9-2. カキの実(黄色い矢印)を狙って後ろ足立ちになり、一度地面に置いてからくわえ直してこの場をさった(2022.9.18 小林撮影)。

<2022年10月8日>
9月にも果実・種子が増えていたが、10月になるとさらに増えて果実が44.6%、種子が31.5%で合わせて76.1%に達した。内訳はムクノキが最も多く、カキノキがこれに次、エノキはさほど多くなかったが、出現頻度は高かった。1例だが哺乳類の毛がまとまって出た。種は特定できないが、タヌキの幼獣の可能性がある。昆虫は1.4%と非常に少なくなった。人工物は8月以降検出さえrておらず、タヌキの食物状況はよくなったと思われる。

図10-1. 2022年10月の検出物。

<2022年11月4-6日>
 11月も果実が豊富であることを反映してフン組成でも果実が31.0%、種子が35.7%を占めた。最も多かったのはムクノキでエノキがこれに次いだ。2例だけ果実が少ないサンプルがあった。一つはカエルの骨とザリガニが検出されたものであり、沼に行って採食したものと察せられる。もう一例はフンのほとんどがひも(紐)で占められていたもので、靴の縛り紐と思われた。ひもに2種類あり、いずれも5 cmよりも短い長さに分断されていた。

図11-1. 2022年11月の検出物。

<2022年12月>
果実がさらに増え、ほとんどがムクノキとエノキのような状態になりました。

調査地のムクノキの果実 22.11.29

ムクノキの下に集まるタヌキ 22.12.4


ムクノキの果実、種子がいっぱいのタヌキの糞 22.12.8

2022年12月の検出物
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浦和のタヌキの食性 月ごとの分析結果 2022年7月-8月

2022-10-13 13:59:38 | 最近の論文など

<2022年7月15-27日>
7月の糞では種子が多かったが、その主体はエノキであった。種子だけのものもあったが、果皮がついたままのものもかなりあった(図7-1)。今年の果実はまだ緑色で枝についたままであるったが、早く熟した果実が落下したのを食べたのかもしれない。8月11日には赤く色づいたエノキの果実を確認した(図7-2)。クワの種子も検出されたが(図7-1)、これも今年のものであろう。昆虫はほとんどが細かく分解されていた。イネ科の葉が多いサンプルもあった。人工物としては白くゴムのような弾力のあるものが検出されたが(図7-2)、量は少なかった。イネ科の葉が多い例や、甲殻類が多い例もあった。2例であるがドングリが検出された(図7-1)。1例ではほとんど全体が検出され、内側の子葉部分(でんぷん質)は消化されていた。ドングリは供給量は大きいがタヌキの糞からはほとんど検出されないので、珍しい事例と言える。調査地にはコナラは多く、ドングリは大量にある。小林が設置したセンサーカメラにはタヌキがドングリを食べた瞬間が撮影されていた。タヌキにとってドングリは殻の部分が硬いために砕きにくく、食べたときに「味わう」ことにならないため、食べないのかもしれない。同じ食肉目でもクマはドングリを非常に好むので、興味深い。「甲殻類」としたものの一部はアメリカサリガニの「顎脚」と似ていた(図7-1)。


図7-1. 2022年7月の検出物 格子は5 mm

図7-2. 2022.08.11 浦和商業北側エノキの果実

<2022年8月18-20日>
脊椎動物や甲殻類は減少し、昆虫は安定的だった。少ないが巻貝が検出された(図8)。エノキの果実、種子が非常に多かった。図8-1には巻貝をあげた。巻貝は分サンプルに入っていたが、小林の観察によると、タヌキの糞を食べにきている巻貝があることがわかり、これはタヌキが食べたのではないことがわかった(図8-2)。


図8-1. 2022年8月の検出物


図8-2. タヌキの糞を食べにきた巻貝(2022.9.8 小林撮影)



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浦和のタヌキの食性 月ごとの分析結果 2022年4月-6月

2022-10-13 13:59:12 | 最近の論文など
<2022年4月>
 2022年4月9日に回収した糞を分析した。今回もサンプルごとの違いが大きかった(図6a)。種子は少なくなり、センダンが10個の糞サンプルうち1粒だけあったに過ぎない。昆虫と節足動物の外骨格が多くなった。昆虫は微小な脚のほか、幼虫の皮膚があった。外骨格は不明が多かったが1例でカニが検出された(図6b)。植物はイネ科の葉を含め葉がほとんど出なくなった。一部にサクラの花弁があった。人工物としては1例でプラスチックがあったが、3月よりさらに少なくなった。


図6a. 2022.4月のフン組成


図6b. 2022.4月フンからの検出物

参考 サクラの花弁

<2022年5月10日>
 5月になり、木のはは展開し、草本類も伸びたが、タヌキの食物としては少数例で双子葉草本の葉が検出されたものの、季節にふさわしい食物は特になかった。むしろ古い木材と思われるボロボロのブロック状の材が多かった。これは食物として食べられたとは考えられず、中にいた昆虫を食べるときに混食されたのかもしれない。4月に少なくなっていたカエルの骨が検出された他、やはり4月に少なくなっていた種子がやや増えた(図7a)。多かったのはエノキの種子で噛み砕かれたものもあった(図7b)。ムクノキの種子が1例あった。また少量ながらクワの種子もあった。今年のクワはまだ結実していないので、前年の果実を探して食べたのかもしれない。1例だが鳥類の羽毛が多く検出された。

図7a. 2022.5月のフン組成

 主要な検出物を図7bに示した。


図7b. 2022年5月の検出物. 格子間隔は5 mm

 「サクラ種子」としたものは属レベルしかわからなかったが、その後、小林が現地で落下していたソメイヨシノとオオシマザクラの果実を採取し、種子標本を作ったらソメイヨシノの種子であることがわかった。図7dに見るように、ソメイヨシノの種子は半球型で扁平な傾向があるが、オオシマザクラはやや水滴状に上方が尖る傾向があることで区別ができた。

図7c. 5月10日のサンプルで検出されたサクラ種子


 
 占有率の大きいものから小さいものに並べる「占有率-順位曲線」(こちら)を求めると、3つのパターンが認められた(図8)。一つは比較的大きい最大値からほぼ直線的に小さくなり、多数のサンプルから出現したものでS型とした(図8a)。S型には脊椎動物(カエルの骨)、昆虫、種子、葉があり、タヌキにとって遭遇率が高く、可能な限り摂取すると考えられる。

図8a. 占有率-順位曲線, S型の例

 第2のタイプはL字型で、最大値はある程度大きいが少数例しかないために、カーブは急激に下がってL字型となる(図8b)。これには鳥の羽毛と人工物が該当した。これらは遭遇率が低く、タヌキが確保しにくいと考えられる。

図8b. 占有率-順位曲線, L字型の例

 第3は低い値を続けるためカーブは横一文字のようになるもので、果実と植物の支持組織が該当した(図8c)。これは一般には遭遇率は高いが、タヌキにとってさほど魅力が高くないために、多くは摂取しないと考えられる。支持組織はこれに該当するが、果実(果皮と果肉)はタヌキにとって魅力的なはずであり、消化率が高いために糞での占有率が低かったものと考えられる。

図8c. 占有率-順位曲線, F型の例

<2022年6月9-16日>
サンプルごとのばらつきがかなり大きく、1では葉、4では哺乳類の毛、5では無脊椎動物(主に甲殻類*)、6では種子(エノキ、ビワ、クワ)が多かった(図9)。種子はエノキは昨年の落下果実によるものと思われる。サクラ、クワ、ビワは今年のものである。クワは全部のサンプルから検出された。人工物は少なかったが、1例から輪ゴムが検出された(図10)。

図9. 2022.5月のフン組成


図10. 2022年6月のタヌキの糞からの検出物

*これまで「甲殻類」としてきた外骨格はカニではないかと思っていたが、小林はアメリカザリガニではないかと思った。というのが「細い脚」(歩脚)の先端に小さなハサミがあったが、カニにはこれがないからである。そこで6月24日に白幡沼でアマリカザリガニを捕獲しようとしたが、これは不首尾であったが、死骸を拾うことができた。それを見ると確かに小さいハサミが確認でき、脚全体の質感や色もピタリと一致したので、これはアメリカザリガニであると判断した。同じサンプルから平坦な外骨格も検出されたが、これは尾の瓦状に重なる部位と先端の花びら状に広がる部位(尾扇)に該当することがわかった。これに伴いこれまでの記述を修正した。

図11. これまで「甲殻類」とした歩脚(左)と、アメリカザリガニの死骸から得た歩脚(右)

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ヤマネの巣に使われたサルオガセ

2022-10-04 09:09:49 | 最近の論文など
八ヶ岳のヤマネの巣材について公表した(こちら)。その中で巣材にサルオガセが使われていたと記述したが、これを地衣学の専門家が読んで、写真などの提供を求められた。それが2022年10月に出版された「図説地衣学講義」に引用されたので、紹介する。それによるとこのサルオガセは主にヨコワサルオガセであるらしい。流石に専門家は写真を見ただけでわかるようだ。

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訪花昆虫の写真

2022-08-11 20:12:26 | 最近の論文など
参加者が撮影した訪花昆虫を、花のあいうえお順に並べました。


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乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日 結果

2022-07-05 07:30:42 | 最近の論文など
手際の良い植原さんがデータを送ってくださったので集計してみた。記録数は合計66で、先月の128の半分ほどだったが、これは調べなかったコースがあったからで、距離あたりに換算すると1.2匹/10mで、これは6月の1.3匹/10mとほぼ同じであった。歩く速度などもほぼ前月並みだった。


 記録された花の内訳は、やや意外だがアヤメが41.5%と半分近くを占めていた。昆虫からすれば、少ししかない大きい花よりも小さい花がたくさんある方が効率が良くて好まれるだろうという頭があったためだ。あやめについでニガナ、ノアザミと続いた。


訪花昆虫が記録された花の数

 記録された昆虫をまとめて、5月、6月と比較してみた。5,6月は甲虫が60%以上で同じような内訳だったのだが、7月になると30%ほどに減り、ハエ・アブとチョウが増えた。これにはアヤメに来たセセリチョウと、ニガナに来たヒラタアブの貢献が大きい。

訪花昆虫数の推移


 5月にはミツバツチグリなどに甲虫が多かったことを思えば、確かに花と昆虫のリンク(組合せ)も季節と共に推移しているのだなと思った。今回は林のデータがとれなかったので森林と草原の比較はできなかった。
 ヨツバヒヨドリやチダケサシ、オオバギボウシなどは蕾状態だし、他にも柵ができてから増えた植物がいくつかあるので、今後の推移を調べるのが楽しみだ。



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乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日 野外調査

2022-07-03 07:01:57 | 最近の論文など
乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日

 5月から始めた訪花昆虫の調査も3回目となった。7月は後半は私が予定があるので前回(6月18日)と少し間が詰まったが7月3日に行うことになった。このところ全国的に猛暑で40度を超えるところさえあり、甲府でも猛烈に暑かったようだった。塩山駅に着くとやや曇りで、雨が降ったらしく地面が少し濡れていた。いつものように植原さんが車で迎えに来てくださった。今日は井上さんと五味父子が参加してくれるということだった。道中、ヤマボウシ、ウツギ、ノイバラなど白い花が目についた。東京よりは1ヶ月ほど遅いようだ。
 10時前に乙女高原について早速3班に分かれて調査を始めることにした。

植原さんと五味父子

 ごく弱く雨がパラつく曇天だった。天気が怪しいので、最低限ここは調べようというコースを選び、他のコースは「できたらやる」ということにした。

調査コース


乙女高原

 先月多かったミツバツチグリ、キジムシロはなく、アヤメ、ニガナ、ヤマオダマキが目についた。そのほかヤマハタザオ、オオヤマフスマ、ノアザミがあるほか、レンゲツツジが少し残っていた。全体としては花は少なめだった。私としてはヤマオダマキのあの複雑で距がある花にマルハナバチが来ているところをみたいと思った。

 1本目のDコースの往路では花はある程度あったのだが、少し雨がパラパラ降ってきたせいで昆虫は見られなかったが、復路では日が射したのでキンポウゲやニガナに甲虫(細長いカミキリモドキみたい)やヒラタアブが見られるようになった。

キンポウゲと甲虫

ニガナとハムシ

 ここにはアヤメが多かったが、最初のうちは昆虫が見つからなかった。しかし明るくなったらセセリチョウが来ているのを見つけた。

アヤメにセセリチョウ

 その後でマルハナバチが花の中に潜り込むところを見て嬉しかった。小学校の時にこの説明があったのを覚えている。面白いと思って学校の近くにあったキショウブを見ていたが昆虫は来ず、そのまま見ないでいたので、それが見れて嬉しかった。

アヤメのおしべの下を潜るマルハナバチ

 アヤメの花の「綾目」はこの奥に蜜があるというシグナルそのもの(蜜標)だし、そこに昆虫が着地して潜る時に上からかぶさる花柱の下に潜り込むというのに興味を惹かれた。後で調べたら花柱の内側(天井)に花粉があって昆虫の背中に花粉がつくようになっているとのこと、観察しそこなった。

 次のFコースではヨツバヒヨドリが多くなったが、まだ蕾状態で昆虫は見なかった。

ヨツバヒヨドリ

またノアザミも目につくようになり、これにはさっきの細い甲虫と、別の短めのハムシが来ていたし、記録が終わってからマルハナバチも来ていた。

ノアザミにヒラタアブ

ノアザミにハムシ

ノアザミにマルハナバチ

Gコースも同じような感じだったが、シモツケが一株だけあって、ヒラタアブと甲虫がいた。

シモツケにヒラタアブ

全体にヤマオダマキが多かった。控えめな卵黄色できれいだった。

ヤマオダマキ。上に伸びるのが距

 この花の作りは複雑で、昆虫は花の下にぶら下がって、部屋に別れた筒状の花の奥に進んで吸蜜するといわれている。

ヤマオダマキをしたからみる

 その奥には先がカールした距があってそこに蜜があるというのだが、本当にこんな細長い距の先まで口が届くのだろうかと不思議な気がした。距の部分をとって舐めてみると確かにほんのりと甘かったので、蜜があることは確かなようだった。


 花をよく見ようとバラしてみると中にたくさんのおしべがあった。ただし明らかに2タイプがあって、内側にたくさんある黒っぽいおしべには花粉が見えたが、それとは明らかに違う黄色く扁平で大きめのおしべが外側にあった。これはどういうわけかわからない。

ヤマオダマキのおしべ

 プロットの写真を撮影してお昼前になったので、ロッジに戻ることにした。

 小雨が降ったり止んだりしていたので、ロッジの中でお弁当ということいなった。井上さんが持ってきてくださったキュウリとスモモがおいしかった。このところの暑さの話題になったので小学4年生だという五味君に話しかけた。
「あのね、私が君くらいの時、それまで知らなかったほど暑い日があったの。それで、その日のラジオを聞いたら<今日は30度になりました>というので<30度というのはすごい暑さなんだな>と思ったんだよ。その頃、イギリスで30度の日があったら人が死んだというので<白人は暑さに弱いんだ>と思ったね」
「今じゃ30度なら特に暑いとは言えないよね。これから氷山が溶けたり、地球全体が大変なことになるんじゃない」
「そうだよ、こんな時に戦争してる場合じゃないよね」
と雑談は続く。そうこうしていると雨が降ってきたので、午後できたらやろうと言っていたいくつかのコースはやめることにした。

 せっかくなので後でじっくり観察しようと主な花を採集したくて傘を持って草原を歩くことにした。C,J,Kと歩かなかった方に行ったが、比べてみると、私が歩いたD,F,Gの方が花が多かったことがわかった。
そうして歩いていると井上さんと植原さんも歩いてきたので合流した。井上さんがF, Gの方に行きたいというのでご一緒することにした。そうしたら私がこれまで見たことのない花を3種も見つけて紹介してもらった。地味な花なので調査で歩いたのに完全に見落としていた。井上さんは毎年確認しているからと謙遜しておられたが、その観察眼の凄さに舌を巻いた。貴重な花なのでここには書かないでおこう。

井上さん、高槻
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