広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

謎の「中島」

2016-01-29 00:05:39 | 秋田の季節・風景
秋田市中央部の裏通りに、以前から気になるものがあった。
2012年10月撮影Googleストリートビューより
角地にある店舗兼住宅らしき建物。1階は床屋さん。

昨2015年の前半かと思われるが、床屋さんが店を閉め、跡が「テナント募集」となっていた。
2015年8月撮影ストリートビューより
その後、借り手が見つかり、昨年末に「紅茶バー」なるものがオープンした。
建物の1階正面部分は、和風なようなおしゃれなような雰囲気に改装されたが、それ以外の外観や2階は以前と変わらない。
ただ、そのテナント入居によって、以前から気にしていたものがなくなってしまった。

それは、角地のまさに角にあった。(上の8月のストリートビュー参照)
ひざ下の高さでそう大きくはない、コンクリートの製の箱。
中は土が入っていて、植えたのか勝手に生えたのか植物が茂っているが、元は防火用水のような水槽だったのかもしれない。(にしては容量が少ないか?)


その箱の外向き(道路からよく見える)面の中央には、小さい白いひし形のタイルのようなものが1枚だけ取り付けられていた。そこには、
「中島」の文字が!

これが気になっていたのだ。
どうして「中島」なのか。
ここの地名ではないから、表札なのか?
だけど表札にしては形状が斬新だし、玄関や門ではない場所の低い位置にあり、役に立たなそうだけどやっぱり表札なのか?

しかし、姓に由来すると思われる床屋さんの屋号はYさんであり、中島ではなかった。
床屋さんよりも以前にいたのが中島さんなのか、別に中島さんという大家さんがいるとかだろうか。
磯野カツオくんが友達を野球に誘いに来そうな、気になる場所であった。


今はテナント入居によって箱ごと撤去され、代わりにエアコンの室外機が置かれた。
箱は不要なものなんだろうし、中島さんでもないのだから、それで当然で仕方のないことだけど、謎を残して消えてしまった。

【2月2日追記】コメントにて、1960年代頃までゴミの個別収集に使われていた「ゴミ箱」ではないかとのご指摘をいただいた。大きさからすれば、防火水槽よりも可能性はありそう。

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2 コメント

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謎の箱は? (あおい君)
2016-02-01 10:34:44
全国から雪のたよりが聞かれるのに、相変わらず雪とは無縁な静岡市です。
それはともかく、この箱ですが、現物を見ていないので憶測ですが、1960年代前半まで各戸の玄関近くに設置されていたゴミ箱ではないでしょうか?
(今のようにゴミ収集場所でなく、各戸へゴミ収集に来てくれていました。)
コンクリート製で前面に苗字や屋号が書かれていました。(子どもの頃の記憶なので曖昧ですが)
ゴミ収集の効率化を図るため、ポリバケツが奨励されるようになり、さらにポリ袋へと変わったようです。
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ありがとうございます (taic02)
2016-02-02 00:02:04
先日、たしか浜松市街地の雪の映像をテレビで見て驚きました。それでも、静岡市は雪ではないのですね。梅はもう咲いているようですが、次々と早春の便りが聞かれる頃でしょうか。

調べてみましたが、たしかに昔のゴミ箱にサイズや質感が似ています。その可能性は高そうです。
昔は個別収集していたと聞いてはいましたが、こういうものを使っていたとは、知りませんでした。

フタなどを撤去して、プランターに転用していたとすれば、秋田市では1965年頃にポリバケツ化を推奨していたようですから、50年も残っていたことになります。貴重なものだったといえそうです。
そう思えば、少々惜しいものをなくしました。
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