2013年7月6日(土)、京都造形芸術大学外苑キャンパスで行った特別公開講義の発表要旨を掲載させていただきます。
はじめに
東日本大震災は、被災地だけの問題にとどまらず、この国の生活空間や生産活動のあり方を根底から見直すきっかけととらえるべきではないかと考えています。近代の街づくりは便利で快適な生活、効率的な生産を追求する一方で、その基礎をなす生存(=生命の存続)への配慮が不十分だったとはいえないでしょうか。特に、防潮堤に代表されるインフラストラクチャーの考え方、さらには広域的な土地利用の方法自体を再検討する必要があり、その際、レジリエンスという概念を導入することが有効と考えられます。
1. レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用の転換
筆者は公益社団法人日本造園学会が主催した東日本大震災復興支援調査気仙沼チームに参加しました。この調査を通じて、1)レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用転換の必要性、2)生産活動のレジリエンスを支える産業コミュニティおよびランドスケープのあり方、について検討しました。この結果は、公益社団法人日本造園学会東日本大震災復興支援調査委員会編『復興の風景像』(2012)1)にまとめましたので詳しくはそちらを見ていただくとして、今回はそこで十分指摘しきれなかったことを補完したいと思います。
それは、前掲書において、「生圏の持続性を阻害する撹乱にたいして、生圏が発動する抵抗力・回復力・安定性」と定義したレジリエンスへの視点が、被災地における現行の復興計画を見るかぎり十分とはいえないということです。その理由は、防潮堤頼みの街づくりが依然として幅をきかせており、レベル2の津波、すなわち浸水を前提とした土地利用・インフラのあり方についての検討が不十分だからです。
レベル2の津波に対しては、第一に、生存を支える土地利用のゾーニングとそのための土地利用転換が求められます。これについては、土地の高低差に従った職住分離が大原則となりますが、多くの復興計画において居住地の高台移転が原則的に進んでいることは周知のとおりです。しかし、商業地域や港湾地区での、微地形や地質、土地の履歴等をふまえた微細な土地利用のゾーニングが不十分と思われます。
また、浸水想定区域に大面積の公園緑地が計画されているのは評価できますが、メモリアル性よりも津波の減衰・湛水効果の高い立地と設計が考慮されるべきではないでしょうか。従来型の人工公物・都市施設としての公園という発想から、土地を自然に還し、ダイナミックに自然が再生するプロセスをこそ復興の象徴とするような考え方が相応しいと考えます。したがって、自然公物型の公園、あるいは粗放な管理を前提とする自然公園のような設計・管理が期待されます。浸水想定区域における、湛水機能に配慮した土地利用転換のその他の例としては、宅地から農地・樹林地への転換、農地から樹林地への転換等が想定されます。浸水想定区域内のどこでそのような土地利用転換が求められるかは、過去の土地利用(履歴)が一つのモデルになるでしょう。
2. グリーンインフラストラクチャーの概念と計画
レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用転換にあたっては、平常時にも非常時にも対処しうる複合的な機能が土地や施設に求められます。その際、欧米において基礎自治体レベルでも事業化が進み、日本でも導入されつつあるグリーンインフラストラクチャー(以下、GI)の概念が有効な枠組みを提供してくれるように思われます。
GIとは、米国と欧州で若干とらえ方が異なりますが、概ね、自然のプロセスにもとづく多面的な機能・サービスを担う植生や土地・水面およびそれらのネットワークと定義できるでしょう。特に欧州ではネットワーク性が重視されているのにたいして、米国では水政策(突発的集中豪雨対策・洪水対策)の一環として位置づけられているのが特徴といえます。日本でもインフラという言葉から想起されるように、緑地ネットワークというとらえ方が一般的ですが、そのようなとらえ方には何らの新規性も認められません。
私は、GIの可能性はそれ以外の部分にあると考えており、現在、英国リバプール市のGI政策2)に注目しています。同政策においてもネットワークという定義はみられますが、全市面積の62%の土地をGIとみなしており、この中には民有地が多く含まれている点がとても重要です。ここで、政策の役割は、GIとしての機能が維持・改善されるような土地のデザイン・管理を誘導することにあります。また、この政策は、現在GIとして機能していない土地でも、今後機能するように土地・施設のデザインや管理を誘導していくことも視野に入れています。つまり、土地利用の現況を問わず、すべての土地や施設がGIとして機能しうるという前提に支えられているといえます。この点が、従来の緑地計画、とりわけ緑地ネットワークの計画とは異なる点で、むしろパッチワーク的な発想に裏づけられた概念として理解すべきであると私は考えています。その意味で、都市施設の計画ではなく土地利用の計画であるといえます。
もう一つ強調しておきたいことは、GIとは植生や土壌・水面等が発揮する様々な存在機能に立脚した土地の概念であるということです。むろん利用機能も考慮されますが、民有地においては存在機能が期待されます。
それでは、震災復興や事前復興にGI概念はどう援用できるのでしょうか。まず、土地利用計画のレベルでは単一の土地用途や機能に縛られない計画が必要になります。災害時にレベル2の津波を減衰・湛水させたり、避難路・避難地として機能したりするような、土地の用途および機能を複合的に捉えた土地利用計画が必要になります。一方、空間計画のレベルでも、日常的な生産・生活を支えると同時に、非常時においては、津波の減衰・湛水機能を実際に発揮できること、あるいは避難路・避難地としても機能しうる土地や施設のデザイン・管理が求められます。レベル2のような津波にたいしてレジリエントであるには、おおよそ土地利用や施設を総動員してかかる必要があると思われます。GI概念はまさしくこのような見方を可能とします。
3. 持続的生存・生産・生活単位としての「千年村」
生産活動のレジリエンスを支える産業コミュニティを考えるヒントとして、早稲田大学建築学科の中谷礼仁研究室ほかと共同で進めている千年村の調査研究3)を紹介します。千年村とは、千年以上の長きにわたって人々の生産と生活の持続が確認できる環境・集落・コミュニティの単位で、自然災害等に対する生存条件をも満たしている点が、今後の震災復興・事前復興に大いに示唆を与えてくれると私たちは考えています。
2012年度に実施した、千葉県内の千年村の悉皆調査の結果,千年村の地形立地には明らかな傾向がみられました4)。それは、水系に近接し、地形や地質の移行帯、より具体的には洪積台地と沖積低地の境界部に立地する千年村が多いということです。これは、生存・生産の第一条件である水利と、自然災害の危険回避を両立する立地特性とみなせるでしょう。流路延長の長い河川沿いでは氾濫原や低地に立地する千年村も確認できますが、詳しくみてみると集落は自然堤防や浜堤等の微高地に、生産地を低湿地や旧河道に開くという土地利用ゾーニングが明快です。水田は、生産地であると同時に、洪水時には冠水もやむなきとする土地利用として位置づけられており、家屋自体は浸水を免れます。
また、伝統的な集落一般において、集落の人口が増えた場合、生産地を新たに開墾するか、それが不可能な場合、生産地の生産力の範囲内で人口増を許容しますが、宅地確保のための農地転用は制限されてきたようです。その結果、洪水リスクの高い低湿地の宅地化は避けられていたといえます。このように、農地は生産地であると同時に洪水をいなす遊水池でもあり、複合的な機能を有する土地(GI)の典型ということができます。
いくつかの千年村では、集落の縁辺部に位置する旧入会林とみられる山林に住宅地や事業所などの開発圧力を吸収する一方で、集落の生産地(水田や畑)の規模を維持してきた事例もみられました。また、三陸地方の漁村集落では、伝統的な講組織が管理してきた高台の山林が今回の津波からの避難地になり、やがて高台移転の用地にもなった事例が報告されております。これらは、当該集落が古くから維持してきた土地利用のリダンダンシー(冗長性)ゆえに可能だったことであり、レジリエントな土地利用・土地所有の賜といえます。
生産と生活が一体となった伝統的なコミュニティは、本来的にレジリエントな性格を有していたと考えられます。まずはそこに立ち返ってみることが、復興計画の第一歩だと考えられます。
補注・引用文献
1) 日本造園学会東日本大震災復興支援調査委員会編『復興の風景像』マルモ出版,2012所収の,木下剛・八色宏昌「グリーンインフラの構築―レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用転換」pp.76-79,木下剛・高橋靖一郎・石川初「水産業のレジリエンスと景観―漁業の生産施設,生産過程の景観要素としての価値の評価」pp.40-43.
2) 木下剛・芮京禄(2012):リバプール市のグリーンインフラ戦略にみるグリーンインフラの概念と計画論的意義,日本造園学会関東支部大会事例・研究報告集,Vol.30,pp.29-30.
3) 持続的環境・建造物群継承地区〈千年村〉研究ゼミ・ウェブサイト,https://sites.google.com/site/kobonson/home
4) 梶尾智美・高橋大樹・桃井佳奈子・木下剛(2012):千葉県に於ける千年村の地形立地と水系との関係,日本造園学会関東支部大会事例・研究報告集,Vol.30,pp.39-40.
はじめに
東日本大震災は、被災地だけの問題にとどまらず、この国の生活空間や生産活動のあり方を根底から見直すきっかけととらえるべきではないかと考えています。近代の街づくりは便利で快適な生活、効率的な生産を追求する一方で、その基礎をなす生存(=生命の存続)への配慮が不十分だったとはいえないでしょうか。特に、防潮堤に代表されるインフラストラクチャーの考え方、さらには広域的な土地利用の方法自体を再検討する必要があり、その際、レジリエンスという概念を導入することが有効と考えられます。
1. レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用の転換
筆者は公益社団法人日本造園学会が主催した東日本大震災復興支援調査気仙沼チームに参加しました。この調査を通じて、1)レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用転換の必要性、2)生産活動のレジリエンスを支える産業コミュニティおよびランドスケープのあり方、について検討しました。この結果は、公益社団法人日本造園学会東日本大震災復興支援調査委員会編『復興の風景像』(2012)1)にまとめましたので詳しくはそちらを見ていただくとして、今回はそこで十分指摘しきれなかったことを補完したいと思います。
それは、前掲書において、「生圏の持続性を阻害する撹乱にたいして、生圏が発動する抵抗力・回復力・安定性」と定義したレジリエンスへの視点が、被災地における現行の復興計画を見るかぎり十分とはいえないということです。その理由は、防潮堤頼みの街づくりが依然として幅をきかせており、レベル2の津波、すなわち浸水を前提とした土地利用・インフラのあり方についての検討が不十分だからです。
レベル2の津波に対しては、第一に、生存を支える土地利用のゾーニングとそのための土地利用転換が求められます。これについては、土地の高低差に従った職住分離が大原則となりますが、多くの復興計画において居住地の高台移転が原則的に進んでいることは周知のとおりです。しかし、商業地域や港湾地区での、微地形や地質、土地の履歴等をふまえた微細な土地利用のゾーニングが不十分と思われます。
また、浸水想定区域に大面積の公園緑地が計画されているのは評価できますが、メモリアル性よりも津波の減衰・湛水効果の高い立地と設計が考慮されるべきではないでしょうか。従来型の人工公物・都市施設としての公園という発想から、土地を自然に還し、ダイナミックに自然が再生するプロセスをこそ復興の象徴とするような考え方が相応しいと考えます。したがって、自然公物型の公園、あるいは粗放な管理を前提とする自然公園のような設計・管理が期待されます。浸水想定区域における、湛水機能に配慮した土地利用転換のその他の例としては、宅地から農地・樹林地への転換、農地から樹林地への転換等が想定されます。浸水想定区域内のどこでそのような土地利用転換が求められるかは、過去の土地利用(履歴)が一つのモデルになるでしょう。
2. グリーンインフラストラクチャーの概念と計画
レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用転換にあたっては、平常時にも非常時にも対処しうる複合的な機能が土地や施設に求められます。その際、欧米において基礎自治体レベルでも事業化が進み、日本でも導入されつつあるグリーンインフラストラクチャー(以下、GI)の概念が有効な枠組みを提供してくれるように思われます。
GIとは、米国と欧州で若干とらえ方が異なりますが、概ね、自然のプロセスにもとづく多面的な機能・サービスを担う植生や土地・水面およびそれらのネットワークと定義できるでしょう。特に欧州ではネットワーク性が重視されているのにたいして、米国では水政策(突発的集中豪雨対策・洪水対策)の一環として位置づけられているのが特徴といえます。日本でもインフラという言葉から想起されるように、緑地ネットワークというとらえ方が一般的ですが、そのようなとらえ方には何らの新規性も認められません。
私は、GIの可能性はそれ以外の部分にあると考えており、現在、英国リバプール市のGI政策2)に注目しています。同政策においてもネットワークという定義はみられますが、全市面積の62%の土地をGIとみなしており、この中には民有地が多く含まれている点がとても重要です。ここで、政策の役割は、GIとしての機能が維持・改善されるような土地のデザイン・管理を誘導することにあります。また、この政策は、現在GIとして機能していない土地でも、今後機能するように土地・施設のデザインや管理を誘導していくことも視野に入れています。つまり、土地利用の現況を問わず、すべての土地や施設がGIとして機能しうるという前提に支えられているといえます。この点が、従来の緑地計画、とりわけ緑地ネットワークの計画とは異なる点で、むしろパッチワーク的な発想に裏づけられた概念として理解すべきであると私は考えています。その意味で、都市施設の計画ではなく土地利用の計画であるといえます。
もう一つ強調しておきたいことは、GIとは植生や土壌・水面等が発揮する様々な存在機能に立脚した土地の概念であるということです。むろん利用機能も考慮されますが、民有地においては存在機能が期待されます。
それでは、震災復興や事前復興にGI概念はどう援用できるのでしょうか。まず、土地利用計画のレベルでは単一の土地用途や機能に縛られない計画が必要になります。災害時にレベル2の津波を減衰・湛水させたり、避難路・避難地として機能したりするような、土地の用途および機能を複合的に捉えた土地利用計画が必要になります。一方、空間計画のレベルでも、日常的な生産・生活を支えると同時に、非常時においては、津波の減衰・湛水機能を実際に発揮できること、あるいは避難路・避難地としても機能しうる土地や施設のデザイン・管理が求められます。レベル2のような津波にたいしてレジリエントであるには、おおよそ土地利用や施設を総動員してかかる必要があると思われます。GI概念はまさしくこのような見方を可能とします。
3. 持続的生存・生産・生活単位としての「千年村」
生産活動のレジリエンスを支える産業コミュニティを考えるヒントとして、早稲田大学建築学科の中谷礼仁研究室ほかと共同で進めている千年村の調査研究3)を紹介します。千年村とは、千年以上の長きにわたって人々の生産と生活の持続が確認できる環境・集落・コミュニティの単位で、自然災害等に対する生存条件をも満たしている点が、今後の震災復興・事前復興に大いに示唆を与えてくれると私たちは考えています。
2012年度に実施した、千葉県内の千年村の悉皆調査の結果,千年村の地形立地には明らかな傾向がみられました4)。それは、水系に近接し、地形や地質の移行帯、より具体的には洪積台地と沖積低地の境界部に立地する千年村が多いということです。これは、生存・生産の第一条件である水利と、自然災害の危険回避を両立する立地特性とみなせるでしょう。流路延長の長い河川沿いでは氾濫原や低地に立地する千年村も確認できますが、詳しくみてみると集落は自然堤防や浜堤等の微高地に、生産地を低湿地や旧河道に開くという土地利用ゾーニングが明快です。水田は、生産地であると同時に、洪水時には冠水もやむなきとする土地利用として位置づけられており、家屋自体は浸水を免れます。
また、伝統的な集落一般において、集落の人口が増えた場合、生産地を新たに開墾するか、それが不可能な場合、生産地の生産力の範囲内で人口増を許容しますが、宅地確保のための農地転用は制限されてきたようです。その結果、洪水リスクの高い低湿地の宅地化は避けられていたといえます。このように、農地は生産地であると同時に洪水をいなす遊水池でもあり、複合的な機能を有する土地(GI)の典型ということができます。
いくつかの千年村では、集落の縁辺部に位置する旧入会林とみられる山林に住宅地や事業所などの開発圧力を吸収する一方で、集落の生産地(水田や畑)の規模を維持してきた事例もみられました。また、三陸地方の漁村集落では、伝統的な講組織が管理してきた高台の山林が今回の津波からの避難地になり、やがて高台移転の用地にもなった事例が報告されております。これらは、当該集落が古くから維持してきた土地利用のリダンダンシー(冗長性)ゆえに可能だったことであり、レジリエントな土地利用・土地所有の賜といえます。
生産と生活が一体となった伝統的なコミュニティは、本来的にレジリエントな性格を有していたと考えられます。まずはそこに立ち返ってみることが、復興計画の第一歩だと考えられます。
補注・引用文献
1) 日本造園学会東日本大震災復興支援調査委員会編『復興の風景像』マルモ出版,2012所収の,木下剛・八色宏昌「グリーンインフラの構築―レジリエンスをもたらす空間計画と土地利用転換」pp.76-79,木下剛・高橋靖一郎・石川初「水産業のレジリエンスと景観―漁業の生産施設,生産過程の景観要素としての価値の評価」pp.40-43.
2) 木下剛・芮京禄(2012):リバプール市のグリーンインフラ戦略にみるグリーンインフラの概念と計画論的意義,日本造園学会関東支部大会事例・研究報告集,Vol.30,pp.29-30.
3) 持続的環境・建造物群継承地区〈千年村〉研究ゼミ・ウェブサイト,https://sites.google.com/site/kobonson/home
4) 梶尾智美・高橋大樹・桃井佳奈子・木下剛(2012):千葉県に於ける千年村の地形立地と水系との関係,日本造園学会関東支部大会事例・研究報告集,Vol.30,pp.39-40.
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