壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

鯨売

2010年11月16日 22時40分09秒 | Weblog
        鯨売市に刀を鼓しけり     蕪 村

 鯨売りが町へあらわれて、大きな包丁で肉を切っては売る――ただ、それだけの事実である。それを「市(いち)」といい、「刀(かたな)」といい、「鼓(なら)しけり」といったために、ある種の物珍しい感じと、北斎の描く人物のような、一種の唐様の色彩が添ってくる。漢語を使ってはいないが、文字の印象が主となり、全体が漢語調となっている。
 俳句に限らず、味付け・飾り立てられた作品は、概して、見たままの平凡単純なものが多い。

 「鯨」は、海に棲息(せいそく)する哺乳類の大きな動物。「シロナガスクジラ」は、体長30メートル、体重150トンに達する。体長数メートル以下のものは「海豚(いるか)」と呼んでいる。「イワシクジラ」や「ザトウクジラ」は、春から夏にかけて日本近海を群れをなして泳いでくる。「マッコウクジラ」は、腸内の結石から竜涎香(りゅうぜんこう)という貴重な香料を採取した。鯨油は加工原料として、鯨肉は食用として有用であるが、現在、世界的に捕獲が禁止されている。「勇魚(いさな)」は、鯨の古名である。
 「鼓し」は、「ならし」と読み、「鳴らし」の意。ただ、「鼓」の字を宛てたのは、リズムをつけて、勢いよくたたくさまを、表したかったからだと思う。現在、柴又帝釈天の参道で見られる「飴切り」のような。

 季語は「鯨」で冬。

    「冬になったので、鯨売りなる者が町に姿をあらわし、大きな包丁で
     おおげさな音をたてて、紅色の鯨の肉を切売りしていることだ」


      一隅をまもれば応ふ冬北斗     季 己