会津八一&団塊のつぶやき

会津八一の歌の解説と団塊のつぶやき!

会津八一 1411

2017-05-05 19:52:21 | Weblog
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「大和路」(堀辰雄)と会津八一14(完) 2013・2・9(土)

 「浄瑠璃寺の春」で馬酔木の花を印象深く語り、寺の娘を描写する。
 『阿弥陀堂へ僕たちを案内してくれたのは、寺僧ではなく、その娘らしい、十六七の、ジャケット姿の少女だった。・・・・妻はその寺の娘とともに堂のそとに出て、陽あたりのいい縁さきで、裏庭の方かなんぞを眺めながら、こんな会話をしあっている。
「ずいぶん大きな柿の木ね。」妻の声がする。
「ほんまにええ柿の木やろ。」少女の返事はいかにも得意そうだ。
「何本あるのかしら? 一本、二本、三本……」
「みんなで七本だす。七本だすが、沢山に成りまっせ。九体寺の柿やいうてな、それを目あてに、人はんが大ぜいハイキングに来やはります。あてが一人で捥(も)いで上げるのだすがなあ、そのときのせわしい事やったらおまへんなあ。


 この娘は八一も鹿鳴集・観仏三昧の浄瑠璃寺4首に出てくる娘である。

 浄瑠璃寺(第1首)
 二十日奈良より歩して山城国浄瑠璃寺にいたる。寺僧はあたかも奈良に買ひものに行きしとて在らず 赤きジャケツを着たる少女一人留守をまもりてたまたま来るハイキングの人々に裏庭の柿をもぎて売り我等がためには九体阿弥陀堂の扉を開けり 予ひとり堂後の縁をめぐれば一基の廃機ありこれを見て詠じて懐を抒(の)ぶ。

 第3首と4首を下記に

  やまでら の ほふし が むすめ ひとり ゐて 
        かき うる には も いろづき に けり  
解説

  みどう なる 九ぼん の ひざ に ひとつ づつ 
        かき たてまつれ はは の みため に
  解説

 以上で「大和路と会津八一」を終わる。奈良をめぐって文人たちが影響し合い、また交流したことを思いながら。