会津八一 山光集・明王院(十一首) 昭和十八年十一月
山 光 集 「昭和15年6月から昭和19年4月に至る4年間に詠まれた246首。
戦争時代を色濃く反映した作品も含まれる。戦中、戦後の価値観の
転換によりこの集は3度出版され、歌の取捨が行われている」
明 王 院 「学徒出陣が始まり、次々と教え子が戦場に向かう時、学生を連れて
最後の奈良旅行(11月11日~22日)を行った。明王院11首は18日
に当麻寺を経て高野山に入り、翌19日に円珍作と言われる赤不動を
拝した時の感動の歌である。ただ、前書にもある通り、病のため東京
に帰ってから詠んだ作」
前 書 「十九日高野山明王院に於て秘宝赤不動を拜すまことに希世の珍なり
その図幽怪神異これに向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐よ
り将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足る予はその後疾を得て京に
還り病室の素壁に面してその印象を追想し成すところ即ちこの十一首
なり」
語句解説
明王院(明王院) ・和歌山県高野町の高野山真言宗の寺院。高野山のなかほど本中院谷に所在。日本三不動のひとつ「赤不動」で有名。
赤不動(あかふどう) ・絹本着色不動明王二童子像(仏画)。園城寺を開いた円珍作と伝えられる。明王院開創当初の本尊五大明王像の焼失後、当寺に本尊として祀られている。京都・青蓮院の「青不動」、滋賀・園城寺の「黄不動」とともに日本三不動の一とされる。
希世(きせい) ・世にまれなこと。
幽怪(ゆうかい) ・あやしいこと。
神異(しんい) ・不思議なこと。
円珍(えんちん) ・平安時代の天台宗の僧。天台寺門宗の宗祖。諡号(しごう)は智証大師(ちしょうだいし)。
台密(だいみつ) ・天台宗に伝わる密教のこと。京都東寺の真言密教を東密と呼ぶのに対する。日本天台宗の開祖である最澄(伝教大師)によって創始。
髣髴(ほうふつ) ・ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのもの
を思い浮かべること。
素壁(そへき) ・白壁。
1 明王院(第1首)
さかもと の よがは の たき の いは の へ に
ひと の みし とふ くしき おもかげ
2 明王院(第2首)
ひと の よ の つみ と いふ つみ の ことごとく
やき ほろぼす と あかき ひ あはれ
3 明王院(第3首)
うつせみ の ちしほ みなぎり とこしへ に
もえ さり ゆく か ひと の よ の ため に
4 明王院(第4首)
うつせみ は あけ に もえ つつ くりから に
みはりて しろき まなこ かなし も
5 明王院(第5首)
くりから の たがみ に まける たつのを の
かぐろき ひかり うつつ とも なし
6 明王院(第6首)
みなのわた かぐろき ひかり かむさびて
よ さへ ひる さへ もゆる くりから
7 明王院(第7首)
もゆる ひ の ひかり ゆゆしみ おのづから
まなこ ふせ けむ どうじ こんがら
8 明王院(第8首)
はべり たつ どうじ が くち の とがりは の
あな すがすがし とし の へぬれど
9 明王院(第9首)
いにしへ の ひじり の まなこ まさやかに
かく をろがみて ゑがき けらし も
10 明王院(第10首)
いま の よ の ゑし の ともがら いにしへ の
かかる ためし を しら ざる な ゆめ
11 明王院(第11首)
あかふどう わが をろがめば ときじく の
こゆき ふり く も のき の ひさし に
山 光 集 「昭和15年6月から昭和19年4月に至る4年間に詠まれた246首。
戦争時代を色濃く反映した作品も含まれる。戦中、戦後の価値観の
転換によりこの集は3度出版され、歌の取捨が行われている」
明 王 院 「学徒出陣が始まり、次々と教え子が戦場に向かう時、学生を連れて
最後の奈良旅行(11月11日~22日)を行った。明王院11首は18日
に当麻寺を経て高野山に入り、翌19日に円珍作と言われる赤不動を
拝した時の感動の歌である。ただ、前書にもある通り、病のため東京
に帰ってから詠んだ作」
前 書 「十九日高野山明王院に於て秘宝赤不動を拜すまことに希世の珍なり
その図幽怪神異これに向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐よ
り将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足る予はその後疾を得て京に
還り病室の素壁に面してその印象を追想し成すところ即ちこの十一首
なり」
語句解説
明王院(明王院) ・和歌山県高野町の高野山真言宗の寺院。高野山のなかほど本中院谷に所在。日本三不動のひとつ「赤不動」で有名。
赤不動(あかふどう) ・絹本着色不動明王二童子像(仏画)。園城寺を開いた円珍作と伝えられる。明王院開創当初の本尊五大明王像の焼失後、当寺に本尊として祀られている。京都・青蓮院の「青不動」、滋賀・園城寺の「黄不動」とともに日本三不動の一とされる。
希世(きせい) ・世にまれなこと。
幽怪(ゆうかい) ・あやしいこと。
神異(しんい) ・不思議なこと。
円珍(えんちん) ・平安時代の天台宗の僧。天台寺門宗の宗祖。諡号(しごう)は智証大師(ちしょうだいし)。
台密(だいみつ) ・天台宗に伝わる密教のこと。京都東寺の真言密教を東密と呼ぶのに対する。日本天台宗の開祖である最澄(伝教大師)によって創始。
髣髴(ほうふつ) ・ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのもの
を思い浮かべること。
素壁(そへき) ・白壁。
1 明王院(第1首)
さかもと の よがは の たき の いは の へ に
ひと の みし とふ くしき おもかげ
2 明王院(第2首)
ひと の よ の つみ と いふ つみ の ことごとく
やき ほろぼす と あかき ひ あはれ
3 明王院(第3首)
うつせみ の ちしほ みなぎり とこしへ に
もえ さり ゆく か ひと の よ の ため に
4 明王院(第4首)
うつせみ は あけ に もえ つつ くりから に
みはりて しろき まなこ かなし も
5 明王院(第5首)
くりから の たがみ に まける たつのを の
かぐろき ひかり うつつ とも なし
6 明王院(第6首)
みなのわた かぐろき ひかり かむさびて
よ さへ ひる さへ もゆる くりから
7 明王院(第7首)
もゆる ひ の ひかり ゆゆしみ おのづから
まなこ ふせ けむ どうじ こんがら
8 明王院(第8首)
はべり たつ どうじ が くち の とがりは の
あな すがすがし とし の へぬれど
9 明王院(第9首)
いにしへ の ひじり の まなこ まさやかに
かく をろがみて ゑがき けらし も
10 明王院(第10首)
いま の よ の ゑし の ともがら いにしへ の
かかる ためし を しら ざる な ゆめ
11 明王院(第11首)
あかふどう わが をろがめば ときじく の
こゆき ふり く も のき の ひさし に
会津八一 山光集・明王院(十一首) 昭和十八年十一月
山 光 集 「昭和15年6月から昭和19年4月に至る4年間に詠まれた246首。
戦争時代を色濃く反映した作品も含まれる。戦中、戦後の価値観の
転換によりこの集は3度出版され、歌の取捨が行われている」
明 王 院 「学徒出陣が始まり、次々と教え子が戦場に向かう時、学生を連れて
最後の奈良旅行(11月11日~22日)を行った。明王院11首は18日
に当麻寺を経て高野山に入り、翌19日に円珍作と言われる赤不動を
拝した時の感動の歌である。ただ、前書にもある通り、病のため東京
に帰ってから詠んだ作」
前 書 「十九日高野山明王院に於て秘宝赤不動を拜すまことに希世の珍なり
その図幽怪神異これに向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐よ
り将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足る予はその後疾を得て京に
還り病室の素壁に面してその印象を追想し成すところ即ちこの十一首
なり」
語句解説
明王院(明王院) ・和歌山県高野町の高野山真言宗の寺院。高野山のなかほど本中院谷に所在。日本三不動のひとつ「赤不動」で有名。
赤不動(あかふどう) ・絹本着色不動明王二童子像(仏画)。園城寺を開いた円珍作と伝えられる。明王院開創当初の本尊五大明王像の焼失後、当寺に本尊として祀られている。京都・青蓮院の「青不動」、滋賀・園城寺の「黄不動」とともに日本三不動の一とされる。
希世(きせい) ・世にまれなこと。
幽怪(ゆうかい) ・あやしいこと。
神異(しんい) ・不思議なこと。
円珍(えんちん) ・平安時代の天台宗の僧。天台寺門宗の宗祖。諡号(しごう)は智証大師(ちしょうだいし)。
台密(だいみつ) ・天台宗に伝わる密教のこと。京都東寺の真言密教を東密と呼ぶのに対する。日本天台宗の開祖である最澄(伝教大師)によって創始。
髣髴(ほうふつ) ・ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのもの
を思い浮かべること。
素壁(そへき) ・白壁。
1 明王院(第1首)
さかもと の よがは の たき の いは の へ に
ひと の みし とふ くしき おもかげ
2 明王院(第2首)
ひと の よ の つみ と いふ つみ の ことごとく
やき ほろぼす と あかき ひ あはれ
3 明王院(第3首)
うつせみ の ちしほ みなぎり とこしへ に
もえ さり ゆく か ひと の よ の ため に
4 明王院(第4首)
うつせみ は あけ に もえ つつ くりから に
みはりて しろき まなこ かなし も
5 明王院(第5首)
くりから の たがみ に まける たつのを の
かぐろき ひかり うつつ とも なし
6 明王院(第6首)
みなのわた かぐろき ひかり かむさびて
よ さへ ひる さへ もゆる くりから
7 明王院(第7首)
もゆる ひ の ひかり ゆゆしみ おのづから
まなこ ふせ けむ どうじ こんがら
8 明王院(第8首)
はべり たつ どうじ が くち の とがりは の
あな すがすがし とし の へぬれど
9 明王院(第9首)
いにしへ の ひじり の まなこ まさやかに
かく をろがみて ゑがき けらし も
10 明王院(第10首)
いま の よ の ゑし の ともがら いにしへ の
かかる ためし を しら ざる な ゆめ
11 明王院(第11首)
あかふどう わが をろがめば ときじく の
こゆき ふり く も のき の ひさし に
山 光 集 「昭和15年6月から昭和19年4月に至る4年間に詠まれた246首。
戦争時代を色濃く反映した作品も含まれる。戦中、戦後の価値観の
転換によりこの集は3度出版され、歌の取捨が行われている」
明 王 院 「学徒出陣が始まり、次々と教え子が戦場に向かう時、学生を連れて
最後の奈良旅行(11月11日~22日)を行った。明王院11首は18日
に当麻寺を経て高野山に入り、翌19日に円珍作と言われる赤不動を
拝した時の感動の歌である。ただ、前書にもある通り、病のため東京
に帰ってから詠んだ作」
前 書 「十九日高野山明王院に於て秘宝赤不動を拜すまことに希世の珍なり
その図幽怪神異これに向ふものをして舌慄へ胸戦き円珍が遠く晩唐よ
り将来せる台密の面目を髣髴せしむるに足る予はその後疾を得て京に
還り病室の素壁に面してその印象を追想し成すところ即ちこの十一首
なり」
語句解説
明王院(明王院) ・和歌山県高野町の高野山真言宗の寺院。高野山のなかほど本中院谷に所在。日本三不動のひとつ「赤不動」で有名。
赤不動(あかふどう) ・絹本着色不動明王二童子像(仏画)。園城寺を開いた円珍作と伝えられる。明王院開創当初の本尊五大明王像の焼失後、当寺に本尊として祀られている。京都・青蓮院の「青不動」、滋賀・園城寺の「黄不動」とともに日本三不動の一とされる。
希世(きせい) ・世にまれなこと。
幽怪(ゆうかい) ・あやしいこと。
神異(しんい) ・不思議なこと。
円珍(えんちん) ・平安時代の天台宗の僧。天台寺門宗の宗祖。諡号(しごう)は智証大師(ちしょうだいし)。
台密(だいみつ) ・天台宗に伝わる密教のこと。京都東寺の真言密教を東密と呼ぶのに対する。日本天台宗の開祖である最澄(伝教大師)によって創始。
髣髴(ほうふつ) ・ありありと想像すること。よく似ているものを見て、そのもの
を思い浮かべること。
素壁(そへき) ・白壁。
1 明王院(第1首)
さかもと の よがは の たき の いは の へ に
ひと の みし とふ くしき おもかげ
2 明王院(第2首)
ひと の よ の つみ と いふ つみ の ことごとく
やき ほろぼす と あかき ひ あはれ
3 明王院(第3首)
うつせみ の ちしほ みなぎり とこしへ に
もえ さり ゆく か ひと の よ の ため に
4 明王院(第4首)
うつせみ は あけ に もえ つつ くりから に
みはりて しろき まなこ かなし も
5 明王院(第5首)
くりから の たがみ に まける たつのを の
かぐろき ひかり うつつ とも なし
6 明王院(第6首)
みなのわた かぐろき ひかり かむさびて
よ さへ ひる さへ もゆる くりから
7 明王院(第7首)
もゆる ひ の ひかり ゆゆしみ おのづから
まなこ ふせ けむ どうじ こんがら
8 明王院(第8首)
はべり たつ どうじ が くち の とがりは の
あな すがすがし とし の へぬれど
9 明王院(第9首)
いにしへ の ひじり の まなこ まさやかに
かく をろがみて ゑがき けらし も
10 明王院(第10首)
いま の よ の ゑし の ともがら いにしへ の
かかる ためし を しら ざる な ゆめ
11 明王院(第11首)
あかふどう わが をろがめば ときじく の
こゆき ふり く も のき の ひさし に
十九日高野山を下る熱ややたかければ学生のみ河内観心寺に遣り
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第5首) 解説
すめろぎ の くに たたかふ と かすが なる
やまべ の さる の しらず か も あらむ
(天皇の国戦ふと春日なる山辺の猿の知らずかもあらむ)
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第5首) 解説
すめろぎ の くに たたかふ と かすが なる
やまべ の さる の しらず か も あらむ
(天皇の国戦ふと春日なる山辺の猿の知らずかもあらむ)
十九日高野山を下る熱ややたかければ学生のみ河内観心寺に遣り
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第4首) 解説
とりはてて ひとつ の かき も なき には の
なに に しぬびて あそぶ さる かな
(取り果てて一つの柿も無き庭の何に忍びて遊ぶ猿かな)
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第4首) 解説
とりはてて ひとつ の かき も なき には の
なに に しぬびて あそぶ さる かな
(取り果てて一つの柿も無き庭の何に忍びて遊ぶ猿かな)
十九日高野山を下る熱ややたかければ学生のみ河内観心寺に遣り
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第3首) 解説
かすがの の もり の こぬれ を つたひ きて
さる なく らし も やど の ふるには
(春日野の森の木末を伝ひ来て猿鳴くらしも宿の古庭)
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第3首) 解説
かすがの の もり の こぬれ を つたひ きて
さる なく らし も やど の ふるには
(春日野の森の木末を伝ひ来て猿鳴くらしも宿の古庭)
十九日高野山を下る熱ややたかければ学生のみ河内観心寺に遣り
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第2首) 解説
もりかげ の やど の ながや に ひとり ねし
まくら に ちかき もの の ひとこゑ
(森かげの宿の長屋に一人寝し枕に近きものの一声)
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第2首) 解説
もりかげ の やど の ながや に ひとり ねし
まくら に ちかき もの の ひとこゑ
(森かげの宿の長屋に一人寝し枕に近きものの一声)
十九日高野山を下る熱ややたかければ学生のみ河内観心寺に遣り
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第1首) 解説
みゆき ふる かうや おり きて こもり ねし
なら の やどり の よひ の ともしび
(み雪降る高野降り来て籠り寝し奈良の宿りの宵の灯)
ーーーーー明日20日(火)は休みますーーーーー
われひとり奈良のやどりに戻りて閑臥す(第1首) 解説
みゆき ふる かうや おり きて こもり ねし
なら の やどり の よひ の ともしび
(み雪降る高野降り来て籠り寝し奈良の宿りの宵の灯)
ーーーーー明日20日(火)は休みますーーーーー
その朝金剛峰寺の霊宝館にて大師の絵像に対して(第1首) 解説
しづけさ の はな に ある ごと こんどう の
五こ たにぎりて おはし ます かも
(静けさの花にあるごと金銅の五鈷手握りておはしますかも)
しづけさ の はな に ある ごと こんどう の
五こ たにぎりて おはし ます かも
(静けさの花にあるごと金銅の五鈷手握りておはしますかも)
十八日室生を出で当麻を経て高野山に登り明王院に入るかねて
風邪の心地なりしを翌朝目さむれば薄雪降りしきて塔廟房舎みな
白し我が齢も大師を過ぐることすでに一歳なればおもひ更に深し(第2首) 解説
いませりし よはひ は こぞ と すぎ はてし
わが ころもで に ゆき な ふり そ ね
(いませりし歳は去年と過ぎ果てし我が衣手に雪な降りそね)
風邪の心地なりしを翌朝目さむれば薄雪降りしきて塔廟房舎みな
白し我が齢も大師を過ぐることすでに一歳なればおもひ更に深し(第2首) 解説
いませりし よはひ は こぞ と すぎ はてし
わが ころもで に ゆき な ふり そ ね
(いませりし歳は去年と過ぎ果てし我が衣手に雪な降りそね)