「歴史が消されるまち」習志野
縄文人骨の件、屋敷貝塚ってどこだ、という騒ぎになっているようですね。
平成31年屋敷貝塚で縄文人の全身骨格発見、これも市民に「秘密」? - 住みたい習志野
発掘現場の地図を見てみましょう。(「遺跡ウォーカーβ」より)
オレンジ色の+マークの所に開発が出て、数年前発掘をやったわけですね。ストリートビューしてみると、既にもう新しい家が何軒も建って、建売分譲になっています。何も知らずに住んでいる新住民の所に行って、「ご自宅の床下から縄文人の骨が出たんですよね」と言ったら、おそらく新住民はパニックになるでしょう。それで市役所はヒタ隠しにしている。
つまり、それほどのモノが出た遺跡を保存せず、破壊して住宅を建てさせてしまうところにそもそも問題があるわけです。他市でよく見られる、現場を買収して遺跡公園にしようとか、資料館を建てようなどという気は「サラサラない」習志野市。「文教住宅都市」と呼ばれた時代は遠い過去のことになってしまったようです。
「住みたい習志野」にも、こんな記事がありましたね。
習志野歴史散歩(番外編):習志野市に郷土資料館はないけれど… - 住みたい習志野
習志野から消される?ドイツ人捕虜収容所の歴史(菩提樹、聞き書き民話、西郷寅太郎) - 住みたい習志野
同じく縄文人の骨格が発見された新宿区は、このワクワク情報をホームページやビデオで積極的に市民に公開し、新宿歴史博物館で展示を行なったりしています。まったくやる気のない習志野市とは全然違いますね。
https://www.city.shinjuku.lg.jp/video/video_jm01.html
「記録保存」という名の破壊。永久に消えてしまう習志野市の歴史遺跡
教育委員会の社会教育課ではよく「記録保存」と言います。発掘して遺跡の図面を作り、出土遺物の写真や図面を作り、遺跡上の出土地点を記録して、発掘報告書を刊行する。異物はケースに入れて、埋蔵文化財調査室に永久保存する。以上の措置と引き換えに、遺跡そのものは破壊して、住宅なりビルなりを建てさせてしまう。遺跡は二度と見られないが、記録は残っているので、研究したい方はそれを見てね、というのが「記録保存」です。「谷津貝塚」もこの伝で、奏の杜マンション群として永久に消えてしまったわけですね。
ですので、「こんな貴重な、縄文人の全身骨格が出た場所はどこなのだろう」などと出かけて行っても、何も知らない新住民が住んでいるだけ。「記録保存」という名の破壊が行われているわけです。
なお、習志野市内の遺跡についてはこちら、
http://www.isekiwalker.com/pref/千葉県/448
448頁から451頁にかけてが習志野市です。ずいぶんたくさんありますね。
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今頃になってやっと大本営発表。習志野市教育委員会、何を考えている?
「令和3年8月、習志野市文化財審議会に鑑定結果を報告」。それまで素人は口を出すな、ということだ。
「発掘現場は現在個人住宅が建っており、形跡はありませんので、訪問はお控えください。」
ヤジ馬お断り、だ。