船橋よみうりでも取り上げられました。
板東収容所は第一次世界大戦期、日本の徳島県鳴門市大麻町桧(旧板野郡板東町)に開かれた俘虜収容所です。
昨年はベートーヴェンの「第九交響曲」アジア初演100年でした。
初演は四国鳴門市にある板東収容所の俘虜オーケストラで、100年を記念した6月1日の「第九」の合唱には、5000人が参加したそうです。
今、鳴門市では“板東俘虜収容所関係資料”を、ユネスコ世界の記憶への登録に取り組んでいます。
展示会は20日まで、渋谷の東急百貨店本店ギャラリーで開かれています。
鳴門市のドイツ館(資料展示館)の館長さんが、丁寧は応対をされています。
チラシをご覧になり、是非、お出かけください。
日にち・場所:1月12~20日に東京・渋谷のBunkamuraギャラリー
習志野俘虜収容所は建物こそ残っていませんが、貴重な歴史の証しです。
所長の西郷寅太郎は十数年にわたるドイツ留学の経験者です。
俘虜への扱いも丁重だったとそうですが、習志野市は「西郷寅太郎が立派だったというのはデマで、俘虜に対して残忍なことをしていた」と公言しているとか。
不勉強も甚だしいです。
鳴門市を見習うべきです。(市内市民談)
今年は第一次大戦終結100年目。当時習志野にあった
ドイツ兵俘虜収容所てせ亡くなったドイツ人を弔い慰霊祭が
千葉県日独協会主催で開かれました。
ドイツからはハンス・カール・フォン・ヴェアテルン駐日大使が
参列、県立千葉女子高オーケストラ部や習志野第九合唱団も参加
演奏も行われました。
(市内の参加者の感想)



「閉じておくれ 僕の眼を」
テーオドール・シュトルム詩
ハンス・ミリエス曲
閉じておくれ 僕の眼を
君の愛らしい手で
すると 君の手の下で
僕の悩みはすべて
眠りにつくだろう
悲しみがそっと波をうって
眠りにつく時
その波の最後のひと寄せが
打ち寄せる時
君は僕の心を充たすのだ
(曲の解説)
第一次大戦時、習志野には俘虜収容所があり、約1000人のドイツ兵が暮らしていました。
所長は西郷隆盛の嫡男、寅太郎で、十数年に渡るポツダム留学経験を持っていました。
収容所ではハーグ条約を遵守し、ドイツ兵たちは音楽、演劇、スポーツ、学習会など、様々なことを暮らしの中に取り入れていました。
音楽はオーケストラあり、弦楽カルテットあり、軽音楽団あり、男声合唱団ありと幅広く、今年、アジアでの「第九」初演100周年で話題になった、鳴門の板東収容所にひけをとらない活動をしていました。
ハンス・ミリエスはヴァイオリニストで、オーケストラ指揮者でしたが、習志野で数曲、作曲をしています。
歌曲「閉じておくれ 僕の眼を」は、その中の一曲です。
偶然、遺族の息子さんから入手できました。
今、お聞きいただいていますのは、今年の8月23日、市川文化会館でおこなわれました、千葉女子高とデュッセルドルフ・ユースオーケストラとのフレンドシップコンサートの、アンコールで演奏されました「閉じておくれ 僕の眼を」です。
弦楽五重奏的なアレンジですので、管楽器パートは歌に回りました。
ドイツ人が初めて、ドイツ語で、ミリエスさんの曲を歌ったんです。
「悲しい曲です」と、ドイツの学生さんたちは言っていたようです。
習志野から生まれた「閉じておくれ 僕の眼を」。
多くの皆さんに知っていただきたい曲です。
余談ですが、千葉女子高の音楽教師山岡さんから「中学生と父母を対象にした公開授業があるんですけど、そこで収容所のことを話し、ミリエスさんの曲を紹介します」という、連絡をいただいています。
ミリエスさんの曲が、どんどん広がります。
(曲の著作権についてはYou Tube動画に付記されているとおり
Please obey the copyright laws of your country
This recording is considered to be in the PUBLIC DOMAIN under the copyright law in Japan
という国際指針に従っています)
第一次大戦当時の習志野のドイツ兵俘虜収容所を巡る
催しや話題が昨今様々な形で取り上げられています。
8月にも催しが開かれソーセージが振る舞われました。
関連ブログ記事 https://blog.goo.ne.jp/sumitai/d/20180802
習志野の文化の一つとして今後も繋がって行くことを期待します。