隅の老人のミステリー読書雑感

ミステリーの読後感や、関連のドラマ・映画など。

1133.検事調書の余白

2011年01月25日 | エッセイ
検事調書の余白
読 了 日 2011/01/15
著  者 佐藤道夫
出 版 社 朝日新聞社
形  態 文庫
ページ数 320
発 行 日 1996/02/01
ISBN 4-02-261131-6

 

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つか読んでおこうという本がたくさん有るというのはいい事だが、反面これという本を決めることが難しいという面も有る。手持ち蔵書が数あるのに、今これを読みたいという本は、外部にあることが多い。(勝手な思い込みとわがままのなせる業だ)
実に皮肉なことで、マーフィーの法則ではないが、世の中はそういうものなのだろう。
実はこの本も相当前に手に入れたものだ。1996年にNHKBS2で、放送されたドラマを見てまもなくこの文庫が発売されたのだったと思う。(単行本として発行されたのはそれより3年ほど前だ)
柄本明、佐藤慶氏らの出演したドラマは、厳しく取り調べる検事ではなく、事件の裏に潜む人間ドラマに、思いを馳せる検事の葛藤や、人を見る眼の優しさといった方向を描写した、癒されるドラマであったと記憶している。
そんなドラマに惹かれてせっかく手にした本なのだが、10数年も読みはぐってしまったのは、僕にとって珍しいことではない。気まぐれの読書は、あっちこっちさまよいながら進む。

 

 

ショートショートともいえるような短いエッセイ集は、全部で94篇が収録されている。それぞれテーマや、内容は独立したものだから、どこから読んでも差し支えはないが、僕は自分の読書の慣例に習って、最初から順序よく読み進めた。
概していえるのは、検事局に送られてきた犯罪者に対する優しい眼差しを感じることだ。もちろん犯罪を取り調べる側の検事としては、厳しく取り調べて、犯罪者に罪の意識を持たせることは、検事として重要な役目なのだが、その裏側でそこに至った犯罪者の人生をも汲み取って、その環境、社会の仕組みや、法のあり方などにも言及して、読者にも考えさせるきっかけを作っている。

著者、佐藤道夫氏は東京各地検の検事をはじめ、法務省刑事局課長、内閣法制局参事官、横浜検事局検事正を経た後に最高検刑事部長、札幌高検検事長を歴任後、1965年に退官して後、二院クラブから立候補して参議院議員となった。
このエッセイは、そうした経歴を持つ著者が、まだ検事任期中1991年から1993年にかけて「週刊朝日」に、大半が「法談余談」として連載されたものだ。僕はその当時から新聞も週刊誌も東京新聞や、週刊東京しか読んでいなかったから、この記事については全く知らなかった。
前述のように僕はNHKドラマではじめて知ったのだ。当時の記憶はだいぶ薄れてしまったが、主演の柄本明氏の飄々とした演技が、今思えばこのエッセイの暖かな目線と一脈相通じるものを感じる。

 

 

 

おかつ、淡々と語られる一つ一つのエッセイは、時になるほどと思わせたり、その真の優しい眼差しに涙を誘われるようなエピソードも数多く、その文章表現に心を打たれる。
巻末の解説で佐木隆三氏は、著者の佐藤氏が退官後作家に転向するとばかり思っていたと書いている。
佐木氏がそう思ったのも無理はない。エッセイの文章は正にそうしたことを思わせるうまさがにじみ出ている。単に文章表現のうまさだけではなく、人の心を打つ何かが自然に備わっていることを感じさせる。
残念ながら、佐藤氏は2009年7月に76歳でこの世を去った。
この中の1篇でも、掘り下げたら長編ミステリーも物にできたかもしれないと思うと、本当に惜しい気がする・・・・。

胸を打つような話がこの中に数多くあるのは、やはりそれが事実であるということが、大きな要因を占めるのだろう。昔から「事実に勝る小説なし」などとも言われるように、この短い話の中で、語られる以外の底にある物語を、読むわれわれとしては、想像の世界として垣間見るからだろう。
佐藤氏の話は、犯罪者のことばかりでなく、同僚の検事の話や、その時々に発した事件の話から、法律に対する考え方など、多方面からの視点が読み取ったエピソードが語られる。先年証拠改ざんで世間を騒がせた検察の組織ぐるみの不正を、佐藤氏は彼方からどう見ただろうか?

 

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