森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

ひとつひとつ決着をつける

2007年11月11日 18時12分18秒 | 過去ログ
金曜日は摂津市立老人福祉センターの通称老人大学で講演。
「老いて賢くなる脳のために」と題して、2時間ほど行った。

JR茨木駅に迎えにきていただき、摂津市まで。
なんとなく、下町を感じた。

対象者は70歳前後で、みなさん高齢者。
お元気。

コンセプトは、脳だけ鍛えても体だけ鍛えてもだめという視点と、
老いて賢くなる脳とは、
辺縁系の知恵(たくましく生きてきた知恵)であるという視点と、
もっとも避けたいのがストレス、
そして、ストレスのないコミュニケーションを図ること、を強調した。

物忘れも、脳が賢くなったから起こってきたという仮説も話した。

結構、笑っていただいた。
高齢者の先輩たちは、生きている経験が違う。
笑うという表現もうまい。
高校生に対する授業とは大きく違う。
高校生たちはネガティブ予測を発展させてきたために、
自己表現が下手だ。
認知はできているが、感情の喚起が下手なのである。
これでは、国際化の社会、取り残されてしまう。
社会は、感情で動いている。

それが現代科学の視点だ。

ノーベル経済学賞にダニエル・カーネマンがとるぐらいなんだから。

日本人の美学であるが、
それは国際社会では通用しない場合もある。
文化を大事にはしたいが、
競争となるとそうはいってはいられない。
自己表現は大切だ。

そのまま、新大阪から岡山に。
岡山で発達の講義を行った。
リカレントな世代が夜学は受けているが、
みんなまじめだが、
本を読み、論理を使うっていうのが、
少し下手な感を受けた。

理学療法士とは答えのない仕事。
年をとると、賢くなる脳を持っているが、
時に、それは、答えを急いでしまう。
自分の脳がいろんな仮説を受け入れないのだ。
これは摂津市の方々も言っていた。
ただし、それがストレスな教育・学習になってしまうと、
大脳新皮質の関与よりも大脳辺縁系の関与が大きくなってしまい、
学習を止めてしまう。

リハビリテーション対象者が、
時に喜怒哀楽が激しかったりするのも、
その問題があるからだ。


土曜の朝、岡山をたち、大学へ。

畿央大学理学療法研究会(通称SAPS)の講演を行う。
心理の東山先生が急きょ体調不良で一人で行わないといけなくなったが、
これも急きょ、
奈良リハの女性PTの千葉さん、女性OTの熊谷さんに来てもらい、
職業を持つ女性として、話してもらった。

1~2年生中心だが、
僕の講演内容は、デカルト問題、リベット問題、チャールマーズ問題について語り、
私とは何かはわからないが、
私らしさとは何かは解明できるかもしれないという視点を述べた。


後半は、女脳と男脳について、
バロン=コーエンの仮説を中心に、
自分の思想も含め、話した。
これも、女性らしさ、男性らしさは語ることができるが、
女とは、男とは、という視点はなかなか難しく、
逆に、この場合、らしさがジェンダー問題に触れ、
なかなか踏み込めないのも事実であることを話したと・・思う。

進化論、地動説に匹敵するぐらい難しい問題なのだ。

つまり、性差とは、分けるということであり、
それは、差別するということにもつながるからである。

いずれにしても、フレディマーキュリーは天才だとしめた。

学生(1年生)から、
ネズミの脳ののっとり実験について質問があった時はうれしかった。
脳科学は倫理を知るためのものなのかもしれない。

近い将来、いろんな問題が起こるであろう。
無責任かもしれないが、
僕は現役を退いているか、
この世にいないか、
それぐらいの時期かな。

世の中のスピードから言うともっと早いかもしれない。


今日は朝早く家を出て、京都へ。
近畿理学療法学会の講演へ。
朝一番の講演スケジュールは、動員のためであると聞き、
脳ブームはありがたいが、眠いと思った。
案の定、立ち見、座り見(ゴザを用意??)そして、ドア付近に相当な人々。
それでも入れず、結局は聞けなかった人たちが相当いたらしい。

事務局の方では、あたったのかな。
朝から1500名ほど来ていたようだ。
大盛況に終わり(講演は情報過多になってしまったので、50点ぐらいか)、
終わった後に質問をいただいた。

難易度は抗重力から、情報の量、質へ。

午後、同級生や、友人たちと意見交換し、
院生、同僚の発表をチラ見し、
冷やかし程度に会場にいたので、迷惑かと思い、
15時前には退散させていただいた。

やる気がないわけでない。
時間がないのだ。

今週締切原稿や(まだ1字も打っていない)、
他の執筆の仕事(2本)や、
今週は来年の福岡学会の締切が木曜なので、
院生、共同研究者の抄録を見ないといけない。
すでにフォルダには蓄積されつつある。

今日やると思う。
そのために大学に戻ってきた。

自分の抄録を打たないといけないが、気持ち次第。

今週末は、福岡~愛媛、来週末は東京、さ来週末は岡山~愛知、その次は、小倉~大阪~博多と、週末ロードは年末、いやいや年度末まで続く。

今は、曲を考えつつ、ライブガンガンの日々だ。

ひとつひとつ決着をつける。

それしか方法はない。


畿央大学健康科学部理学療法学科 森岡ゼミ平成19年度卒業研究一覧

2007年11月11日 17時35分21秒 | 過去ログ
発表日 11月30日(金)
9:05~10:00
1.小林 隆幸 接触による弁別課題が脳血流量に及ぼす影響
2.濱野 雪久 重量弁別課題が運動イメージの想起に及ぼす影響 ~fNIRSを用いて~
3.岡橋 尚子 運動を伴う空間弁別課題が脳血流量に及ぼす影響 ~左右半球の機能特性~
4.小川 聖太 運動イメージの統御可能性テストは運動イメージの評価として有用か~fNIRSを用いて~
5.松下 知代 聴覚刺激が手指タッピング運動時の脳血流量に及ぼす影響

10:00~11:00
6.杉本 寛朗 生物学的運動観察時における文脈の有無が運動関連領野の脳血流量に及ぼす影響
7.南 信次 痛みの経験が身体反応および脳血流量に与える影響
8.上田 知世恵 慢性腰痛者における体幹運動の感覚情報交換の精度と脳活動
9.西下 智 膝関節固有受容感覚と立位重心動揺の関係
10.唄 大輔 異なる条件下における立位姿勢制御時の脳血流量の相違

11:00~12:00
11.工藤 弘行 ダンス経験者と未経験者の運動観察時における脳血流量の相違
12.玉置 裕久 歩行観察時における注意の限定が運動関連領野の活動に及ぼす影響
13.福澤 友輝 道具使用時の手の心的回転がミラーニューロンシステムを活性化させるのか~fNIRSを用いて~
14.西谷 圭人 物品使用時における言語教示の違いが対象の視覚的情報分析に及ぼす影響
15.平 和晃 系列運動記憶の強化時及び干渉時での脳血流量の比較

充実した日々としよう

2007年11月07日 20時29分29秒 | 過去ログ
北海道から帰り、息をつく間もなく、走っている。
月曜は人間発達学の講義について、感情、嫌悪、道徳から、共同注意、そして心の理論へとすすめた。

いよいよ、これからが対人コミュニケーションの基盤となる脳の発達システムに入る。
行動神経科学から認知神経科学へ、そして認知神経科学から社会神経科学へ。
セラピストとして、将来の父親・母親として、そして人間としてのこころの基盤を植えたい。

こういった教育が医療教育の基本となりうると思っている。
数値やからだだけを見てもしょうがない。
ひとの顔や行動から、意図や感情を推定する能力を高めてもらいたい。

午後は神経系理学療法学Ⅱ、本日から小脳失調症に入った。
小脳は何とためにあるのかをまず理解してもらいたい。
行動だけみてもだめだし、脳だけ推測してもだめ。

授業後、卒論ゼミでタイトル決め、スライドの作成に入ってください。

そののち、遅い会議であった。

昨日は、少し研究を進め、ゼミ生のデータ解析を行い、行い、摂津市、近畿学会を済ませた。
対象者が高齢者というのは、面白い。
しかし、週末に4本講演しないといけないのは、ワーキングメモリがフル稼働だ。
それは、時にストレスホルモンを分泌する。

本日は15日締め切りの原稿を少しだけ書いた。

ゼミ生(学部生、院生)の研究の指導に終始した。

摂津市立身体障害者・老人福祉センター 出張講義

2007年11月06日 23時01分52秒 | 過去ログ

摂津市立身体障害者・老人福祉センター出張講義

日 時 11月9日(金)10:00~12:00

テーマ 「老いて賢くなる脳のために:脳科学からの検証」

場 所 摂津市立身体障害者・老人福祉センター

対 象 センター通所などの高齢者(限定)

講 師 森岡 周(畿央大学)

畿央大学の出張講義の利用


Penfieldのホムンクルスの取り扱い

2007年11月04日 23時58分07秒 | 過去ログ


昨日の朝5時のバスで小倉から福岡空港へ。
福岡空港出発が20分ほど遅れ、トランジットの羽田では、1kmをダッシュ。
ダッシュしているときに、佐賀から北海道の学会まで、私の講演を聴講するという、セラピストの方に、呼び止められた。
何人かで、ダッシュした。
出発三分前に乗り込み、久しぶりに運動した自覚がわいた。
しかし、高齢者にはどうするのだろう。

学会場に行くと、森先生と大橋先生とご挨拶。
森先生とはオランダ・マーストリヒトでの国際姿勢歩行学会以来であるが、
覚えていただいていた。
歩行の神経機構の世界的な第一人者である。

先生のご講演は、Penfieldのホムンクルスの功罪からスタートした。
ホムンクルスが一人歩きし、きちんと原著が読まれていないことを指摘。
個人の注意機能によって、大きく神経活動が違っていたことを書かれているという。

これを無視したことによって、歩行運動には大脳皮質が関与しないとの解釈が生まれたという。
つまり、歩行はCPGのみで制御するという流れである。
これは大きな間違いであることを指摘し、歩行には高次脳機能が大きく関与することをまず報告された。
その際、歩行運動の制御や学習には注意の集中が極めて重要であることも付記された。

「脳がからだをつくるのか」
「からだが脳をつくるのか」

依然としてその回答は得られていないが、マクリーンの3層構造の意味について紹介された。

いずれにしても、環境との相互作用であると提言された。

類人猿から人類への進化は、多運動分節からの感覚情報を動環境に対抗する知性に変えてきた感覚運動情報の統合であり、言語と歩行の学習は同じであることを指摘され、からだの記憶(内的世界)と環境の記憶(外的世界)の統合が知を創発し、歩行の獲得もそうであると研究成果から根拠を示された。

環境-中枢神経系(脳)-筋骨格系(からだ)が双方向に相互作用し、それを媒介するのがエクササイズであり、セラピストであることを断言された。

リハの介入はその経験を作ることであり、そこから失われた機能の回復が起こるのだと仮説を述べられた。
そして、その内的世界は修正し、updateする、それが知になると。

私たちの介入理論とほぼマッチし、勇気をもらった。

人の一生は脳のなかに刻み込まれ、修正は生涯続くとし、エイジング研究の期待を付記された。

使わないところにも意味がある。
前頭葉だけでなく、辺縁系にも意味がある。
老いて賢くなる脳に関する仮説は、今の私の仮説とほぼ似ていた。

いずれにしても、ホムンクルスの呪縛から抜け出ないといけない。
いつまでたっても歩行分析・解析が、運動学、運動力学の視点だけでな足りない。
それは1980年代までの知識だと、強くおっしゃられた。

歩行運動と高次脳機能(SMAの機能を大変重視されていた)の因果関係の科学の進歩に見合った、セラピストの歩行分析に翻訳してもらいたいものだ。

今日はシンポで同じ壇上に上がったが、最後に森先生は今のEBMの方向性を痛烈に批判され、脳科学(経験の意味、経験科学の意味)の意味を伝えられた。

私も伊藤正男先生からいただいたEBMよりhypothesis guided researchの重要性を追記し、臨床(経験科学&思考過程)が科学の最前線であるといい、科学することは思考することであると言わせていただいた。

最先端と最前線は違う。
最前線の臨床家の知性がもっとも重要だし、それが科学を改変させる。
すなわち、最先端を変えるのである。

最後に昼食のとき、現在のノーベル医学・生理学賞の流れが分子神経科学一辺倒であることを残念がられたが、ご自身のご尽力などもあってか、システム神経科学(ヒト)が見直され、そちらに人材が多くなれば、また科学の方向も変わるであろうと、今後の期待を述べられた。

私の忙しさにも触れていただき(神経科学者に知っていただいているということはうれしい限りである)、 45年脳の研究をされてきたが、そのスポットがあたったのは、ほんのわずかであったといわれ、そのときを大切にしなさいと、励ましていただいた。

今は、高齢者の脳の構造・機能について探求されている。
前頭葉は大きく萎縮するが、海馬や扁桃体は高齢であっても、元気なものは萎縮していないことを、楽しそうに話された。

その傍ら、四国88箇所めぐりをされているという。
北海道に帰郷されたのは、ご自身の子どものころの体感した自然だという。
そのからだの記憶が、感情をつくる。
そして、絵画を見て、脳を科学するという視点は、文化をとても大事にしている。

神経科学者の多くは、文化と自然について、考えている。
それが自らの脳をはぐくみ、ゆたかにしてきたという、自分自身の経験から、そう考えているのだろう。

私の上司の金子学部長のPCの壁紙は、ラファエロの確か、ベルヴェデーレの聖母だったと思う。


私の講演は60点ぐらいだったが、森茂美先生と時間を共有できたことが、何よりも喜びだ。


この2年間、様々な有識者の方々とお話ができ、updateな自分に遭遇できる。
狭い枠組みの中だけで今もなお生きていたら、こんな自分には出会えていない。
いろんな出会いが人のこころを新たな水準へemergenceさせる。


札幌医大の小塚先生に冬用タイヤにはきかえた車で、わざわざ空港まで送っていただいた(感謝します)。

もう紅葉もすぎ、枯れ木な北海道であった。




北の大地へ

2007年11月03日 04時20分51秒 | 過去ログ
昨日は、岡山の朝日リハで講義をした後、
小倉リハへ。
脳性まひの病態からスタートし、その診方を講義した。
いろいろ、子どもに対するセラピーを考えてもらいたい。

その後、小倉リハのみなさんと遅い懇親。
0時にお開きし、ホテルへ。
ここのスタッフはopenでみなさん仲睦まじい。

仮眠もとれずに、4時。
4時55分の電車orバスで福岡空港へ。

朝早い便で、東京トランジットで、北の大地へ。


<私>としての信念

2007年11月02日 09時34分29秒 | 過去ログ
最近、すっかり回想録となりつつある。
書きたいことは、そのつど、浮かぶのだが、なかなか脳のなかに書きとどめておけないし(年齢から)、肉体的&時間的な問題でかけなかった。

いつもは歩いているとき、入浴中にいろんな心の声が沸きあがってくる。

今週は腰痛が激しく、座っても立ってもいられなかったので、
講演・模擬授業のためにコルセットを装着して行った。
満身創痍!と同僚に言われた。

それでもなんとか東大阪生協病院の講演を終えた。
摂南の奥埜先生に来ていただいて、よかった。
リアルなところが伝わったと思う。

まだ、1~3年目ぐらいの方々が多かったので、今のともし火を消さないことかな。
今消してしまうと、二度とその火はともさないかも。

人間としての信念をもって、対象者に接してほしいいし、
自分自身として生きてほしい。

計算する必要は無い。

翌日は、桜井高校に授業。
古風な路地を歩き、情感がわいた。
高校は義務教育で無いので、「義務」として、教師はかかわらないほうがよいと思った。
そういうことばは顕在化していないが、どこかに潜在的な意識としてあるのかもと思った。

昨日は、ゼミ生が常時いて、研究室を管理してもらった。
卒論も架橋ですので、一日一日を大事にしてください。

さてさて、今日は岡山で昼間講義をして、
小倉で夜、講義をして、
明日の朝、福岡から札幌に向かう。
時間帯の関係で、直行が無く、東京経由となるが、日本列島縦断か。

札幌は寒いようだ。