HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

処分のデジタルシフト。

2021-04-14 06:57:40 | Weblog
 タレントのタモリと新しい地図の草彅剛がメルカリのCMで初共演した。早速、テレビでオンエアを見たが、スクリプト通りの台詞まわしで、特に凝った演出ではなかった。むしろ、メルカリがタモリを起用した意図の方が気になっていた。

 そんなことを考えていたら、これまでデジタルに関心がなかったシニア層や高齢者がフリマアプリを積極的に使うようになっているという。メルカリが先日発表した「60代以上のメルカリ取引データ分析」の「20年4月~21年3月」データ(https://about.mercari.com/press/news/articles/20210330_covid19_survey/)によると、

 ◯60代以上のメルカリ利用者数
 前年同期比1.4倍、購入商品総数1.4倍、出品商品総数は1.6倍に拡大。
だそうだ。

 データは日本がコロナ禍で自粛生活に追い込まれた2020年度1年のものだ。同時期に発令された緊急事態宣言はひと月程度で解除されたが、自粛生活でこれまでデジタルの利用に二の足を踏んでいた中高年が断捨離のためにフリマアプリを使うようになったと考えられる。

 タモリ自身もCMのメイキング取材で、「処分したいものがありますか」との質問に「レコードかな」と、答えていた。団塊の世代から60代後半、特に男性のコレクションはやはりレコードが一番多いのではないか。すでにリタイアした人も多く、処分するのに1円でも高く売りたい人は少数派だろう。欲しい人がいるなら譲りたいという思いを察すれば、メルカリのようなフリマが一番適すると思う。


アパレルや百貨店のECは中高年には拡大しにくい

 ただ、どれほどのシニア層がECで商品を「新規購入」するかは別の話だ。メルカリで不要品を処分するくらいだから、「老い先長くない身。できるだけ身辺整理をしておこう」と気持ちの方が強いはず。ならば、必需品や消耗品、趣味的な商材を除き、ECサイトに並ぶ衣料品や服飾小物、雑貨、宝飾品をそれほど購入するとは思えない。

 もちろん、70代にも洋服好きはいるし、靴やバッグに拘る人も多い。だが、彼らは行きつけのショップがあり、そのオーナーと商品の蘊蓄をするのが楽しみという感覚。だから、自粛でストレスが溜まっている中でECによる販売、囲い込みはかえって顧客を軽視することになりはしないか。メルマガで情報発信し、感染対策を万全にすることで来店してもらうべきだ。

 大手アパレルや百貨店の経営者は、こぞってデジタルシフトを表明している。それは間違ってはいないが、今の大手アパレルや百貨店には「中高年が新たに買いたくなる商品があまりない」ことが問題。それを正さずにデジタルシフトだけに注力しても、全くの的外れだ。要はターゲットとシステムと商品をリンクさせてこそ、初めて効果が出る話なのである。

 販売する側が実店舗を持たず販売スタッフを抱えない裏返しで、ECに注力するのなら返品対応や毀損防止などにコストをかけなければならない。つまり、大手アパレルや百貨店がデジタルシフトで、若者を集客するには店舗取り寄せで試着を可能するのは当然で、それを超えるサービスまで充実しなければ、EC慣れした若年層を囲い込むは難しいと考える。

 逆にシニア層はデジタルシフトしていると言っても、それは断捨離のための処分に手間がかからないフリマアプリを使い始めた程度だ。現物を確かめられないECで、商品購入に二の足を踏んできた中高年である。実店舗なら商品を見て衝動買いすることもあるが、通販サイトを見ただけで「ポチる」層は、これ以上増えないと言える。デジタルの強化だけで、中高年を顧客化するのは容易ではない。

 デジタルの特徴とは何か。それはインタラクティブ、つまり双方向のコミュニケーションが取れることだ。通販サイトは24時いつでも、どこからでもアクセスできる。顧客が問い合わせるとオペレーターが対応し、最近はAIがチャットで受け答えしてくれるので、待たされるストレスも減っている。シニア層がデジタルにシフトするハードルが下がっているのは、こうした使い勝手が良くなったこともあると思う。



 百貨店の例を挙げると、店舗とオンラインのシームレス化を進める三越伊勢丹は、売場単位でもスマホを使った「ライブコマース」を進め、お客にリアルタイムで商品情報を伝えている。また、EC向けに商品撮影の「イセタンスタジオ」を開設し、社員120名が「ささげ業務(撮影から原稿制作まで)」を行う。サイトに掲載する商品の見せ方の質を担保するためだ。



 だが、商品カットや詳細情報をお客に見てもらうには、高い制作レベルが要求される。写真は色柄別からディールまで撮影し、サイズ別や生地厚までの情報を公開しないと、EC慣れしたお客は食いつかない。編集者やコピーライター、カメラマンの知識・経験がない百貨店スタッフには、ささげ業務は非常に時間を要する。


ジャパネットたかたに見るインタラクティブ

 つまり、オンライン展開では店頭とタイムラグが生じ、商品の同時展開はできないのだ。(逆のケースもあり、うちの事務所近くのトゥモローランドでは、サイト展開のあるアイテムが店頭には並ばずストックされたままで、販売スタッフも知らなかった)



 だから、映像制作の方ははるかに楽だし、詳細な情報まで正確に伝えることができる。これは通信と放送の違いこそあれ、「ジャパネットたかた」が20年以上前に気づいていたこと。その時の髙田明社長のスタッフに対する口癖は、「もっと制作能力を上げろ」だった。自社でスタッフの給料を持ち、テレビ局に長期研修に行かせている。

 髙田社長(当時)は90年代、メディアを使った販売手法に手応えを感じると、通販番組の収録を毎週KBC九州朝日放送のスタジオで行うようになった。ところが、収録からオンエアまで1ヶ月もかかる外部委託では市場の変化に対応できない(その日の天候で売れる商品が変わるから)と、本社に自社スタジオを作って「自社制作」「生放送」を積極的に進めた。

 そうしてメディアセールスのノウハウを蓄積し、今日ではCSやインターネットまで駆使するマルチ体制を確立。「ジャパネットチャンネルDX」では、気になった商品があれば、スマートデバイスの専用アプリを起動し、テレビ画面に向けるだけで商品ページにアクセスできる。詳細情報を調べて手軽にショッピングを楽しめる、まさに放送と通信のシンクロだ。



 2013年、仕事でご本人が出演する生放送を本社スタジオで見学した。大阪のテレビ局の30分枠を買い取った番組で、商品はミネラルウォーターとサーバーのレンタルサービスだった。高田社長が向くテレビカメラより上部、視線が大きく外れない程度の位置にディスプレイ画面があり、放送と同時に視聴者から注文データが表示される。髙田社長はそれを「マチコ」(注文待ちのコンピューター表示から)と呼んでいた。

 注文が殺到すれば、数字は急激に増えていくが、そうでなければポツポツと変わる程度。髙田社長を含め生番組を担当するMC陣は、視聴者に気づかれない程度でチラ見しながら(ラジオ放送なら視線は関係ない)、注文が少ない場合はメディアの向こう側にいるお客に対し声のトーンを上げ、喋り方に力強さを加える。

 また、注文データを瞬時に知ることで、次のオンエアに向けた商品選定やメーカーとの仕様開発(ジャパネットたかたのスペック)にもフィードバックできる。同社が電子辞書から調理器具、靴、寝具までを大ヒットさせリピーターまで獲得できたのは、まさにシニア層、中高年を捉えたからこそ。デジタル機能を生かしたインタラクティブなコミュニケーションがなし得たものと言える。

 大手アパレルや百貨店が声高にデジタル変革や顧客との多面的な接点を語ったところで、それは放送による通販番組を自社制作の動画配信に、チラシやカタログをWebに置き換えた程度に過ぎない。ジャパネットたかたと比べると、まだまだハード面はもちろん、ソフト面でも遅れを感じる。もちろん、同社は店舗を持たないのだから百貨店と単純比較はできないが、お客のレスポンスに敏感なのは事実。この点は学ぶべきである。

 それでなくても、シニア層が新規に商品を購入する動機は生れづらくなっている。デジタルシフトを進めるのならインタラクティブの機能を生かして、お客のニーズを深掘りし商品の仕様開発やMDに反映するのは不可欠だ。でないと、中高年のデジタルシフトは「処分」の範囲に止まり、「購入」にはなかなか進んではいかないと思う。
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